第二百二十五話「何を迷う事があるのか」
ゼニスとクレアの姿が見えても、俺は動揺を外には出さなかったと思う。
勝てるという確信があったわけではない。
全てがうまくいくという確信があったわけではない。
ただ、この瞬間、最低限のことはできるという確信があった。
ゼニスを連れてこの場から脱出するシミュレートは一瞬で終わった。
この人の多さで転移魔法陣は使えない。
だが、すでにこの場にいる神殿騎士の力量は掴んでいる。
教皇の背後にいる神殿騎士がどれほどのモノかはわからないが、
神子の言葉を信用するなら、『
ゼニスは確実に確保できる。
この状況になったのであれば、目的の一つは達成したも同然だ。
ゼニスを確保。
クリフも確保。
アイシャとギースも確保。
そのまま脱出しよう。
アイシャとギースの身柄だけは気がかりだが、
それは今から会話で聞き出す事もできる。
ともあれ、そんな風に考えていたがゆえ、俺は堂々と席につけた。
神子を隣の席へとエスコートし、その二の腕を掴んだまま、隣の席へ。
座る前に口から出てくるのは、なんとも落ち着いた声だ。
「皆さんお集まりのようで、手間が省けましたね」
舌が滑るように動く。
久しぶりの感覚だ。
「お初にお目に掛かる方も多いと思いますので、まずは自己紹介を。
私の名前はルーデウス・グレイラット。
『龍神』オルステッド様の名代として、ミリス教団の方々と友好を深めに参った者です」
龍神という言葉で周囲の空気が一瞬だけ戸惑いを持つ。
この中に、オルステッドに直接会った者はいない。
無論、オルステッドが何を目指し、何と戦っているかを知っている者もいまい。
あるいは、七大列強という言葉を知らぬ者もいるかもしれない。
だが『龍神』という単語を知らぬ者はいない。
それは『魔神』と並ぶ有名な単語であるから。
「今は、故あって神子様の命を握らせて頂いております」
右手の人差し指にて神子を指す。
魔力を込めて、ライターのような、小さな火を作り出す
場に緊張が走る。
「今回、このような事になって非常に遺憾に思っております。
人質を取るなど、圧倒的超存在たるオルステッド様の顔に泥を塗るような真似をしなければならないとは思いもしませんでした。
ですが、これも私自身の保身と、部下の安全、それに加え今後の交渉のための手段であると、ご理解ください」
「あっとうてきちょう……?」
「こほん」
口が滑りすぎた。
ふざけてるつもりはない。
「さて、なぜ私が命を狙われたのか、なぜ私が主君の顔に泥を塗るような真似をしなければならなくなったのか――」
俺は周囲を見渡し……。
ふと、クレアの所で目を止めた。
彼女が、眉間にしわを寄せていたからだ。
「どなたか、弁明していただけると、ありがたい。
でなければ、私を含めた『龍神』オルステッドとその配下は、ミリス教団と本格的に敵対しなければならなくなる」
脅しではない。
もし、ミリス教団のトップ連中がヒトガミの手で操られていたというのなら。
そうなる事も考慮にいれなければならない。
「……」
俺の言葉で、会議場がシンと静まり返った。
誰も、俺の売り言葉を買う者はいない。
ならば戦おう、かかって来いと言ってくる者はいない。
先ほどの戦闘が効いていたのか。
それとも、俺が何かおかしなことを言ったのか。
ただ、怒っていますというポーズだけは伝わっていると思いたい。
「ルーデウス様のお怒りは、よくわかりました」
答えたのは、俺の真正面。
一番奥に座る男。
脇にクリフを従えた、この場で最も偉い男。
教皇ハリー・グリモル。
「しかし、先ほどもルーデウス様が申されました通り、この場にはルーデウス様の知らぬ者も多い。
一人ずつ、紹介をしたいのですが、よろしいですかな?」
「……」
「そうお時間は取らせません」
その意図を考える。
紹介する意図、時間稼ぎか?
今、アイシャの確保に奔走中とか?
いや、だが、人数にしてもそれほど多いわけではない。
俺も、この場にいる相手について知っておくのは、悪くはないはずだ。
何かを要求するにしても、順序が必要だ。
聞く耳ってのは、持つのに準備が必要だ。
ただ声高に自分の言いたいことだけを主張しても、相手に聞く準備が整っていなければ意味がない。
「構いません。私の方こそ性急すぎましたね」
「ありがとう……クリフ、頼みます」
「はい。皆様、私は教皇ハリー・グリモルの孫、神父クリフ・グリモルです」
クリフが立ち上がってそう言うと、自らは一歩後ろへと引いた。
どうやら、彼が司会進行を勤めるらしい。
「では、まずはルブラン枢機卿からお願いします」
クリフの声で、一人が立ち上がる。
教皇と同じぐらい高価そうな法衣を着た男性だ。
顔は一言で言うと、太っている。
まんまるの顔で、アンパン顔の正義の味方みたいだ。
でも、この人は魔族排斥のトップなんだよな……。
「ルブラン・マクファーレン枢機卿です。
神殿騎士団の統括と教皇猊下の補佐を行っております」
この人がミリス教団の実質的なナンバーツーということか。
枢機卿の仕事ってのは、確か教皇の補佐だったからな……国王と宰相みたいなものだろう。
もっとも、ミリス教団の教皇だの枢機卿だのというのは、俺の知る宗教におけるそれとは、少し違うようだし、ちょっと違うのかもしれないが。
しかし、この教皇と枢機卿が戦っているのは確かなのだろう。
次の教皇の座を狙っているわけだ。
何年に一度、選挙が行われるのかは知らないが……。
なんて考えていたら、枢機卿はすぐに座った。
本当に、名前と役職だけの自己紹介か。
「――ベルモンド卿」
クリフの呼びかけで、ルブランの隣にいた白い鎧の男が立ち上がった。
顔に傷のある、隻眼の男だ。
歳は40ぐらいだろうか。
白い鎧ということは、聖堂騎士団か。
しかし、その表情はひたすらに険しい。
聖堂騎士団は、確かミリスの正騎士みたいな立ち位置にあったはずだ。
町中で騒ぎを起こしたという事で、怒っているのだろうか。
「聖堂騎士団『弓グループ』副団長、ベルモンド・ナッシュ・ヴェニクだ」
男は一言、それだけ言って座った。
なんか、どこかで聞いたことがある気がする。
向こうは、俺のほうをじっと、睨みつけるように見てきている。
だが、別段何を言うでもない。
もともとそういう目つきなのだろう。オルステッドとかルイジェルドみたいに……。
あ、思い出した。
確か、ルイジェルドの知り合いの騎士がそんな感じの名前だったはずだ。
そう、ガルガードだ。ガルガード・ナッシュ・ヴェニク。
略してガッシュ。
「もしかして、ガルガードさんの?」
「…………息子だ」
「その節は、お父上には、世話になりました」
なるほどね。
父親が教導騎士団でも、息子が同じ騎士団に入るとは限らないのか。
とはいえ、出来の悪い息子ってわけじゃないのは、副団長という地位が証明している。
「――レイルバード卿」
その後、白鎧の騎士が二人。
いずれも知らぬ名前だったが、『弓グループ』の大隊長を名乗っていた。
この、なんちゃらグループというのは、軍隊における連隊みたいなものだ。
大隊長ってことは、つまり団長、副団長、連隊長の次に偉い人だな。
「――カーライル卿」
「私は先ほど失礼した、飛ばしてもらっても構いませぬ」
カーライル・ラトレイアは、紹介を辞した。
そういうのもアリなのかと思ったが、思えば教皇は自己紹介していない。
となると、クレアも紹介は無しなのだろうか。
そう思いつつも、紹介は進む。
大司教に、神殿騎士団の『盾グループ』の
一応、名前は覚えておこう。
覚える必要があるかどうかは分からないが、名前を知っていて損はない。
だが、できれば名刺交換でもしたいところだ……。
「――クレア殿」
クレアの名が呼ばれた。
このお歴々の中、なぜ彼女がいるのか。
何かの参考人として呼ばれたのか。
あるいは、神子誘拐についてのデマを流したのが、彼女なのか。
なぜゼニスを連れているのか。
今すぐ聞きたい所ではあるが、説明がある気もする。
ひとまずは我慢だ。
「ラトレイア伯爵夫人クレア・ラトレイアです。こちらが私の娘のゼニス。少々病気のため、このような姿をしておりますが、ご容赦を」
クレアはすまし顔でそう言うと、着席した。
ひとまず、これで、全員か。
護衛の騎士たちは紹介していないが、話し合いに参加する資格が無いという事か。
「さて、では、はじめましょうか。ルーデウス様も交え、どこで何が起こっていたのかを」
教皇の言葉で、話し合いが開始された。
---
「さて、ルーデウス様、まずは前後関係をハッキリさせたいと思いますが、よろしいですかな」
「構いません。私も何が起きたのか、知りたい所ですからね」
教皇がこういう言い方をするということは、彼らも今しがた状況を把握したというところだろうか。
騒乱から数時間。
枢機卿や各騎士団のトップ連中が集まるのは、少々都合がよすぎる気もする。
だが、トップ連中といっても、騎士団の団長クラスは現れていない。
神子誘拐を受けて、おっとり刀で来れる連中だけきたというところだろうか。
それにしては、当事者たる神殿騎士団の連中が立ってるのも、おかしな感じだが。
「では、まず何から話しましょう……何分、私もつい先ほど話を聞いたばかりですからね。まだ整理ができていない」
教皇が眉のあたりをかきながらそういうと、一人の男が挙手をした。
ベルモンド。
ベッシュさんだ。
「恐らく、自分たちが最も情報量が少ないだろう。
自分たちは、枢機卿の要請できた。
神子を殺害し、国に損害を出そうという者の亡骸を引き取れと」
国に損害を出す。
というのは、ザノバの存在を見ればわかるように、『神子』は国にとって重要な財産だ。
ミリス教団が管理し、私物化しているとはいえ、国としても存在がなくなるのは困るのだろう。
少なくとも、要請を無視できないほどには。
「しかし、来てみれば護衛は気絶させられ、神子もさらわれただけ。その上、誘拐した犯人はこのように、怒りを持って現場に戻り、己の正当性を主張している」
ベッシュはそういうと、枢機卿をじろりとねめつけた。
「受けた要請と現状のつじつまが合わない。ゆえに、今は中立の立場を取らせてもらう」
ベッシュはそう言って、着席した。
教皇はにこやかに微笑み、枢機卿へと目線をうつした。
「枢機卿殿、どうか、そのような要請に至った経緯をお話しください。
どうか、私ではなく、ルーデウス様の方を見て、お話しください」
枢機卿は無表情のまま立ち上がった。
今の話を聞くに、枢機卿の仕業だったという事かね。
「私の元に、ラトレイア家の者より通告があったのです。
道端で神子様を誘拐するという物騒な会話をしていた者がいると……」
ラトレイア家の者より道端で……。
あ、もしかすると、二度目にクレアの家に行った帰り、誰かにつけられていたのかもしれない。
全然気づかなかったが、あれだけ騒ぎを起こして別れたのだ。
何かをしでかさないかと、一人ぐらい様子を見に来させていたかもしれない。
そうでなくとも、会話をしていたのは道端だ。
誰が聞いていてもおかしくはない。
それが偶然にもラトレイア家の耳に入ったって可能性は十分にある。
壁に耳あり正直メアリーだ。
密告者メアリーはどこにでもいる。
「その者が誰かと調べてみたところ、ルーデウス・グレイラット殿でした。
部下に調べさせたところ、ルーデウス殿はテレーズとの関係を使い、巧みに神子様に近づいておりました」
枢機卿曰く。
本来ならば、そんな通告は無視しても構わないものだったという。
そうしたいたずらは日常茶飯事だし、道端の悪口一つで動くほど、神殿騎士団も暇ではない。
だが、俺は魔族とも交友が深く、魔族との迎合を主張する教皇猊下の孫と親友の間柄にある。
そのうえ、ラトレイア家とも決別しており、何やら問題を抱えている。
さらに、実際にルーデウスはラトレイア家と諍いを起こした直後から、神子に急接近している。
とどめに言うならば、ルーデウスには神子の護衛の目を盗んで誘拐したり、殺害するだけの能力がある。
動機も能力も十分。
「ゆえに、私は先手を打ったのです」
「なるほど……しかし、聖堂騎士団の証言と食い違いますな。誘拐と殺害では、意味合いが大きく違ってくる」
「恐らく、連絡役の者が、少し誇張した表現をしたのでしょうな」
枢機卿はしれっとした顔で言った。
だが、状況を見れば、彼の思惑は透けて見える。
俺を神子の殺害未遂犯にしたてあげ、その裏で教皇が操っていたという形にしたかったのだろう。
だが、残念ながら虎の子の神殿騎士たちは敗北した。
俺には神子どころか、神殿騎士を殺害するつもりすらないことがわかってしまった。
「では、ラトレイア家……カーライル卿に話を聞く前に……ルーデウス様に話を聞きましょうか。いかがですか?」
「……」
話を振られて、一瞬迷う。
だが、よくよく考えてみると、俺が嘘をつく必要はない。
やましいことは一つもないからな。
「確かに、誘拐しようなどと口走った事は確かですが、それはあくまで頭に血が上って口走ったこと、周囲の静止もあり、実行にうつすことはありませんでした」
「では、なぜ神子様にお近づきになられたのかな?」
「ラトレイア家との問題の解決を、叔母であるテレーズに相談しました。それが、神子様に近づいたように見えたのでしょう」
「ほう、しかし、それならば、なぜ本当に神子様を誘拐したのですか?」
内容は詰問のようだが、教皇の声は常時やさしい。
そのまま素直に答えれば大丈夫ですよとでも言わんばかりだ。
「先ほども言いましたが、己の身柄の安全を確保するのに、要人を盾に取らせてもらったまでのこと。無論、神子様にも許可はいただいております」
「本当ですか?」
「はい。ルーデウス様にやましいところがないのは、目を見ればわかりますので」
神子がそう言って周囲を見渡すと、教皇や枢機卿はさりげなく目をそらした。
やましい事だらけの人たちは大変だな。
「しかし、それならば、なぜ彼らを全滅させたのです? 言葉による説得もできたのでは?」
「唐突に結界に閉じ込められ、問答無用でふざけた裁判を行われ、両腕を切り落とすと言われたのです。抵抗しない理由はない」
だが、考えてみると、確かに全滅させる必要はなかったな。
テレーズあたりを一人残して、うまく説得するほうがスマートだったろう。
ちょうど、神子も外に出てきたところだし。
神子を前にしても、動かぬ俺を見れば、テレーズだって……。
いや、無理か。
神子が出てくるなんて思ってはいなかったし、あの場の雰囲気を思い出しても、話し合いで説得できる感じではなかった。
結論が決まっている裁判だ。
前世でも、ああいういじめられ方をした事はある。
「なるほど……では……」
そこで教皇は、ゆっくりと、核心に触れるかのように、言った。
「そもそも、ラトレイア家との問題とは、いかなることですか?」
クレアの体がびくりと震えた。
それを見て、俺の中に薄暗い感情が湧いてくる。
あの時の、自分勝手なクレアの言動が脳裏によみがえる。
俺に対しては、いくらでも我慢できる。
だが、アイシャに対してのあの言葉。
ゼニスに対してのあの言葉。
ギースに対してもひどかった。
「そちらの伯爵夫人が、我が母……そちらにいる女性ですが、彼女を拉致し、私の目の届かないところに監禁したことです」
口にしているうちに、段々とイラついてくる。
「彼女は、言葉もまともにしゃべることのできなくなった母を、母の意思と関係なく、別の男と結婚させ、子供まで産ませようというのです」
声が荒くなっていく。
「それに反対したら卑怯な方法で誘拐し、家に赴いて詰問したら知らぬ存ぜぬを通そうとしたっ!」
周囲が戦慄した顔をしている。
テレーズや神殿騎士団が、険しい顔で腰の剣に手をかけている。
神子が少し顔をしかめている。
少し、手に力が入ってしまったらしい。
「……まぁ、そんな感じです」
言葉が胡散霧消し、尻切れトンボのような言葉で終わってしまう。
だが、俺の怒りは周囲に伝わったらしい。
視線がラトレイア家の面々へと向いている。
カーライルとクレアへ。
その隣、ぽかんと天井の方を見ているゼニスに向けての、憐憫の視線もある。
「では、カーライル卿、クレア夫人。
今の話を聞くに、今回の一件はあなた方の落ち度であると思いますが。
お二方の意見を聞きましょう」
カーライルとクレアは、一瞬だけ目くばせをした。
何をたくらんでいるのか。
少なくとも、枢機卿に二人を助けようという気配はない。
「妻が勝手にやったことです、私は知りません」
カーライルは、すました顔で言った。
切り捨てた。
切り捨てたのだ、この男、自分の妻を。
いや、だがクレアのあの態度が日ごろからのものであれば、
日々カーライルが苛立ちを募らせているのであれば、
こうした場で、カーライルが切り捨てるのもおかしくはないのか?
俺だったら、エリスがどれだけ乱暴で問題を起こしたとしても、切り捨てたり見捨てることはない。
長年の夫婦生活で、相手のダメな部分に嫌気を指すことがないとは、絶対にないとは、言い切れない。
だが、切り捨てたり、見捨てたりは無い。
やはり少し喉に引っかかる。
昔、クリフは言った。
ミリスでは婚姻を結ぶ時、女の家族が、花嫁に結納品を持たせるが、その代わり、男の方は女の家に何かあった時に、必ず助ける、と。
家とはなにかという部分もあるだろうが、
カーライルは、妻であるクレアを見捨てるのか……。
「無論、当主として責任を取るつもりではありますが、今回の事がラトレイア家の総意ではないことを、ご理解いただきたい」
付け加えるようにそう言ったのは、彼なりの責任感か。
「ふむ。ではクレア夫人、いかがですか?」
「……」
クレアは答えない。
拗ねた子供のように口を真一文字に結んで黙っているだけだ。
「沈黙は肯定と受け取ります」
教皇はそう言うと、周囲を見渡した。
そして、誰かが何かを言う前に声を張り上げた。
「では、今回の一件の原因はクレア夫人。
連帯責任としてカーライル卿。
クレア夫人には罰を、カーライル卿には責をおってもらう事で、終わりとしたいが、いかがか?」
何ががねじ曲げられたような感覚。
論点のすり替えが行われたような感覚。
最初から決められていたことが淡々と行われていたかのような感覚。
「異議なし!」
それに誰よりも早く反応したのは、枢機卿だった。
「……異議なし!」
「異議なし!」
枢機卿の言葉に釣られるように全員が頷く中、クレアは青い顔をしつつも、すまし顔を崩さなかった。
何か言わないのだろうか。
言い訳とか。
まぁ、ヘタに言い訳されても気分が悪くなるし、いいか。
俺も、ゼニスさえ帰ってくれば、それでいい。
俺はもう二度と、ラトレイア家には近づかない。ゼニスもノルンも、アイシャも、近づかせない。
それで終わりだ。
「ルーデウス様も、それで構いませんか?
今回の一件は我々にとって、不本意な事。
ルーデウス様を害するつもりは無く、オルステッド様を敵に回すつもりもなく、依然として友好的な立場を保ちたいのですが……」
俺は教皇を見る。
教皇は、にこやかな顔を崩さない。
枢機卿を見る。
彼は俺と視線が合って、ひくっと喉を動かし、冷や汗を垂らした。
「む、無論、我々とてオルステッド様との争いは望まない。
オルステッド様がいかにしてラプラスの復活を予知したのかは知らぬが、打倒ラプラスのために動くという事に、協力を惜しむつもりはない。
魔族の人形などというものの販売は、今後の深い協議の末に検討したいが……」
そんなやりとりで、なんとなく、流れがわかった。
今回の一件。
黒幕は教皇だ。
恐らく、誘拐云々の情報をリークしたのも、教皇の手先だろう。
ラトレイア家の名を騙り、枢機卿派に俺を殺害するように働きかけたのだ。
あるいは、ラトレイア家に教皇の間者がいるとか、実際にラトレイア家の者が聞いたのを利用したのかもしれないが、どっちでもいいだろう。
枢機卿が動くかどうかはわからない。
でも、枢機卿から見れば、俺という存在は厄介に映ったはずだ。
教皇の孫であるクリフの友人として、やってきた龍神の配下。
枢機卿派であるラトレイア家と問題を起こし、それを理由に神子に近づく姿は、教皇が放った刺客にも見えたろう。
手を打たねばと思っても、不思議ではない。
神殿騎士団全てを動かさず、あのような形にしたのは、俺をナメていたか、こうなる事を見越しての布石だったのだろう。
教皇としては、俺が神子を殺さない事はわかっていたか。
あるいは殺したとしても、何も問題は無かったのだろう。
もちろん、俺が神殿騎士団に勝てず、死んだとしても、教皇にデメリットは無い。
俺はクリフの友人であるが、教皇派というわけではない。
教皇は直接手を汚したわけではなく、誘拐しろとも言っていない。
神子に審問されても抜けられる自信はあったし、最悪クリフをスケープゴートに出来る。
さらに、後でオルステッドが来ても、魔族排斥派の罠にハメられたのだと声高に主張できる。
その時、改めてオルステッドに協力し、友好を結んでもいい、ぐらいには考えていたかもしれない。
そして、この状況。
ラトレイア家に罰を与えるという結末。
きっと、教皇と枢機卿は、誰が生贄となってもいいのだろう。
そこでクレアという存在をやり玉に上げたのは、俺がクレアに対して怒り心頭だからに他ならない。
俺はクレアに意趣返しが出来て満足。
教皇は枢機卿派(ラトレイア家)にダメージを与えられて万歳。
枢機卿派だけが歯噛み、と。
手のひらの上で踊らされた感覚はあるが……。
いいだろう。
ゼニスは戻ってくる。
クレアにも意趣返しが出来る。
そして、この流れなら、予定通り傭兵団の方も設置できるだろう。
反対する理由は無い。
「構いません」
「では、慣例に従いクレア・ラトレイアを国家騒乱罪とし、10年間の投獄を求刑する」
「ふえっ?」
変な声が出た。
「何か、異議がおありですか? ルーデウス殿」
「……10年ですか?」
「はい。龍神様の側近たるルーデウス殿の家族を攫い、神子様を襲撃するように仕向けたのです」
「でも、その……」
「力のある者に相応の応対をせず、このような騒乱を招いた。
ルーデウス殿が良識ある方でなければ、とっくに神子様の命はなかったでしょう。
それを考えれば、10年でも、まだ短い」
そう……なんだろうか。
でも、そうか。
これだけ人が集まるぐらい
他にも罰を受ける者はいるのだろうが、クレアに投獄10年。
10年……。
短くはない。
今から10年前といえば、俺はまだ、エリスと別れたばかりの頃だ。
だから、短くは、ない。
とはいえ、仕方ないのだろうか。
元はといえば、クレアのやり方が汚いのだ。
あんな方法でゼニスを誘拐しなければ、こうはならなかった。
「……」
「異議は無いようですね、では3人以上の司教、及びに3人以上の大隊長による簡易裁判の可決により、クレア・ラトレイア伯爵夫人を国家騒乱罪とし10年間の投獄を求刑、また、カーライル卿には後に正式な裁判の執行を」
「異議無し」
「異議無し」
枢機卿と大司教、騎士たちが厳かに言い放つ。
「では、ベルモンド殿、中立たる聖堂騎士団の手で、ラトレイア夫妻の拘束を。
その他の者には、後に正式な評定の後、沙汰を下しましょう」
教皇が聖堂騎士団へと目配せをし、手を上げる。
ベッシュとその他二人が即座に立ち上がり、きびきびとした動作でテーブルを回り、並んで座るカーライルとクレアへと向かっていく。
テレーズの前を通るとき、テレーズが一瞬だけ、眉を潜めた。
聖堂騎士団の一人は、懐から手錠のようなものを取り出し、まずはカーライルへとそれを掛けた。
カーライルは無言でそれを受け、聖堂騎士の一人と共に、自らの足で出口へと向かう。
クレアはというと、動かない。
立ち上がろうとしているが、体が震えている。
表情はいつもどおりであるのに、その体が、足が、震えている。
「さぁ、クレア夫人」
「わ、私は……」
聖堂騎士団がゆっくりとクレアへと近づいていく。
このままクレアは逮捕され、牢屋に入れられるのだろう。
少し後味は悪いが、一件落着だ。
「……」
ふと、クリフと目があった。
彼は、焦ったような、困惑したような顔で俺を見ていた。
なぜそんな顔をする?
確かに、俺だって気に食わない部分はある。
こんな私刑みたいなやりかたで、10年間の投獄だ。
強引すぎじゃないのかって思う。
けど、これがお前たちのルールじゃないのか?
神殿騎士団も俺に対して、似たような事をやっていた。
なら、このやり方は、お前たちのルールに則った、正式な結末じゃないか。
「さぁ、クレア夫人」
ベルモンドはクレアを刺激しないよう、ゆっくりと手を伸ばしていく。
クレアはその手に怯えた目を向けつつ、体を逃がそうとして……。
「ぬっ!」
次の瞬間、ベルモンドは突き飛ばされた。
重い鎧をガシャリと震わせながら、一歩、後ろへとたたらを踏んだ。
ベルモンドは即座に腰を落とし、剣を抜こうとして、とどまった。
抵抗したのは、クレアではなかった。
クレアの隣、カーライルとクレアに挟まれるように座っていた、一人の女性だ。
ゼニスが、クレアの前に立っていた。
両手を広げて、通せん坊をするように。
虚ろな顔をベルモンドに向けて、しかし明らかに敵意が感じられる動作で。
クレアを、守っていた。
「……!」
俺はさらに混乱する。
なんでゼニスがクレアを守るんだ?
咄嗟の行動か?
でも、彼女は今まで、状況状況では、きちんと動いてきた。
彼女がこうして動くときは、家族のためを思っての行動だ。
自分が何をされたかわかってないから、反射的に母を守ろうとした?
「……」
何かが欠落している感覚がある。
こういう時、俺はいつだって間違ってきた。
落ち着け、落ち着いて考えれば、見落としがわかるかもしれない。
でも、時間は無い。
ベルモンドはすぐにでもゼニスをどかして、クレアを連れていくだろう。
制止すべきか?
結果を考えずに止めていいのか?
もっと色々聞いてからのほうがいいんじゃないのか?
でも、クレアは、ゼニスを……。
「待ってください!」
迷う俺を尻目に、ベルモンドを静止する声が上がった。
ゼニスの前に割り込むように、一つの小柄な人物が出てきた。
先ほどまで俺を批難するような目で見ていた人物。
クリフだ。
「こんな強引なやり方はおかしい」
彼はゼニスをかばうように、ベルモンドの前に立った。
「こんな、老いた女性ひとりを追い詰めて、生贄にするようなやり方は、ミリス様はお許しにならない!」
「一介の神父如きが、教団の正式な決定に異を発し、ミリス様の代弁者を名乗るか!」
枢機卿が大声を張り上げる。
「では、枢機卿はミリス様がお許しになると思うのですか!?
夫は妻を見捨て、子供だけが母を守ろうとする中、大勢で寄ってたかって母を連行することを!」
「子供といっても、心を失っているだけの大人だ!」
「年齢は関係ないでしょう!」
ピシャリといったクリフに、枢機卿はムッとした顔をした。
そして、すぐに己の配下たる神殿騎士に顔を向けた。
こいつを黙らせろとでも言わんばかりの顔。
だが、向いた先はテレーズだ。
クリフもまた、テレーズを見ていた。
「神殿騎士団『盾グループ』中隊長、テレーズ・ラトレイア殿! あなたにとっても母親だ!
いいのですか? ミリス様はおっしゃっている「騎士はいかなる時も忠義を忘れてはならない。だが時には愛する者の守護を優先すべし」と。
あなたにとって、己の母親は愛するに値しないものなのか?
今まで育ててもらった時に、愛を感じなかったのか?
例え感じずとも、その歳になった今、過去を思い返し、返すべき恩があるとは思わないのか?」
テレーズは苦しそうな顔をして、そっぽをむいた。
クリフは怒りの表情を保ったまま、視線を巡らせる。
その視線は、俺の所で止まった。
「君もだ、ルーデウス!」
彼はいつもどおり、まったく迷いのない目で、俺を射抜いた。
「こんなやり方で、君は満足するのか?
神子を人質に取るなんて君らしくもない方法で、
実の祖母を罠にハメて、牢獄に叩きこんで、満足するのか?」
「……」
聞かれ、俺は黙る。
クリフの言い分は少しおかしい。
俺は好きで神子を人質にとったつもりはない。
牢獄に叩き込もうと思ったのも、俺の意思じゃない。
そもそも、クレアが悪い事をしたのは事実だ。
罰を受けるのは当然じゃないか。
それを、そんな感情的な言葉で覆してはいかんだろう。
「確かに君は彼女と喧嘩をしたかもしれない、
だが、君はいつだって家族との諍いは、相手の気持ちを思いやって解決してきただろう?
ノルン君からも聞いている。君はあれだけ邪険にされていたノルン君が落ち込んでいた時も、後先を顧みずに助けに行った。
今回だって、君は努力していた。
お祖父様や、テレーズ卿に相談して、平和裏に和解しようとしていた。
それなのに、これで、いいのか?」
彼は、少し勘違いしているようだ。
俺が平和裏に解決しようとしたのは、あくまで傭兵団とクリフのためだ。
別に、家族のことを思っての事じゃない。
だが、クリフはそんな揚げ足取りを聞きたいわけじゃないのだろう。
「……」
「答えろ! ルーデウス・グレイラット!
いいのか、悪いのか!
返答次第で、お前を軽蔑する!」
なぜか心に響くものがある。
胸に刺さるものがある。
なぜだ。
そりゃ、俺だって、家族を牢獄に叩き込むなんて、いいとは思わない。
でも、クレアは違うだろう。
彼女は俺を家族として見ようとはしなかった。
彼女は違う。
家族じゃない。
「……」
でも、まだ、小骨のように引っかかっている事がある。
それが何かわからない。
だが、抜けなければ、答えられない。
「クリフ先輩……その質問に答える前に、一つ、クレアさんに質問させていただいていいですか?」
「……?」
俺はクリフの返答を待たず、クレアの方を向いた。
彼女は怯えの混じった、しかし毅然とした態度で、俺の視線を受け止めた。
「あなたは、なぜ、母を誘拐なんてしたんですか……?」
クレアは、表情を変えなかった。
ただ当然のように答えた。
「娘と、家のためです」
「あなたは、こんな風になった娘を、無理やり結婚させることが、本当に、娘のためになると思っているんですか?」
「時と、場合によっては」
知らず、拳が握られる。
手に力が入り、奥歯が噛み締められる。
この人は、なぜこうなんだろうか。
この場で、思わないと言えば、自分が間違っていたと言えば、この場は逃れられるかもしれないのに。
「……」
押し黙った俺を、周囲が探るように見てくる。
まるで、この場の決定権を俺が持っているかのようだ。
いや、持っているのか?
俺は未だに、神子の腕を掴んでいる。
最初から対等な話し合いの場ではない。
「娘と、家と、どっちが大事なんですか?」
「どちらも、同じぐらい大事です」
のらりくらりとした返答に、いらだちを覚える。
なぜ、俺を説得しようとしないのか。
彼女だって、この場で俺が有利なことはわかっているはずだ。
俺が彼女を許してやってほしいと言えば、この場は収まる。
いや、完全に収まりはしないだろうが、クレアが10年間も牢屋にはいる形にはならないはずだ。
死人だって出ていないし、別の罰で終わるはずだ。
だから。
いいから。
いいかげん。
謝れよ……。
迷う俺に、クレアはふんと鼻を鳴らした。
「無理はしなくても結構。あなたに助けてもらおうなどとは考えておりません。娘のためにしたことで罰を受けるというのなら、受け入れましょう」
「……っ!」
おま、お……ああっ……くそっ、話にならない。
ゼニスに庇われて、クリフに庇われて。
それが、それで、出てくるのがそれかよ……。
もう許せん。
「そうまで言われては、私からはこれ以上……ん?」
言いかけて、ふと肩のあたりに突かれる感触。
ふと見ると、神子が俺に掴まれているのと逆の手で、俺の肩を突いていた。
「ルーデウス様」
「なんですか?」
神子は、いつもの天真爛漫な顔ではなく、無表情だった。
無表情だが、しかしなにか、透き通ってみえた。
聖女のような雰囲気を受けた。
「彼女を、助けてあげなさい」
「なぜですか?」
雰囲気には騙されない。
俺はもう、クレアを許すつもりはない。
少なくとも、彼女は俺と和解するつもりなどハナから無いのだ。
彼女は娘を支配下に置きたいだけの愚かな母親だ。
それを邪魔する孫も気に食わないのだろうさ。
自分の思い通りにならないと、癇癪を起こして暴れる子供みたいな思考を持ってるんだろうさ。
「クレア様は本当に、娘と家の事だけを考えているのです」
「考えるだけなら、誰にでも出来ますよ」
ちゃんと相手の立場になって考えなきゃ、意味ないだろ。
良かれと思ったことでも、相手の望まぬものを押し付けるのは……余計なお世話というのだ。
しかも今回は、相当に悪い方向にお世話している。
誰も望んじゃいない。
「クレア様の考えている『家』には、ルーデウス様。あなたの事も含まれているのですよ」
「どういう事ですか?」
「今回の一件は、あなたの事を考えての事でもあるのです」
俺の事。
を、考えて、どうしてこうなる。
どうしてこうなった。
意味がわからない。
会話をキャッチボールしてほしい。
「私を信じてください、目を見ればわかります」
む。
神子としての能力か。
目を見れば、過去の記憶を見ることができる。
つまり、何か理由があっての事だろう。
どんな理由があるのかは知らんがね。
「クレアさん、神子様の言ってることについて、説明してもらえませんか?
どうにも、よくわからない」
「どうもこうも、私にも何のことだかわかりません。神子様でも嘘をつくことぐらいあるでしょう。私はあなたの事など、考えた事もありません」
ツンと言われた。
これだ。
クリフ、神子様。
いくらあなた方が彼女をかばっても、これじゃ、俺だって折れることは出来ない。
確かに、少し心残りな部分はあるが……。
けど、もう終わりにしよう。
「ハナから俺を受け入れようとしてくれてない人と、和解するつもりはありません……」
俺がため息混じりに言うと、クレアもまた、すまし顔で頷いた。
クリフが鎮痛な顔で俺を睨み、神子が悲しそうな顔をした。
テレーズがクレアに視線を送り、ベルモンドが動き、ゼニスが――。
――ゼニスが、気づいたら俺の前にいた。
「……」
ぺちりと、頬を叩かれた。
力はほとんど入っていなかった。
痕にも残らないほど、力ない一撃だった。
「あれ?」
でも、なぜか痛かった。
叩かれた所が、やけに熱を帯びている気がした。
「っ……」
唐突に湧き出してきた涙。
その正体に気づけぬうちに、ゼニスは俺の脇を通り過ぎた。
振り返ると、そこには手枷をかけられ、退室前に事の成り行きを見守っていたカーライルがいた。
俺の後ろにいたため、今まで彼の表情は見えなかった。
だが、その顔は、心配と、焦りと、後悔の入り混じったような、複雑な表情をしていた。
彼も叩かれた。
やはり、ペチリと、力ない平手で。
ゼニスは、フラフラと頼りない足取りで歩いた。
誰も彼女を止めない。
聖堂騎士も、神殿騎士も、誰も止めない。
時間が止まった空間の中を、ゼニスは歩く。
そして、クレアの前に立った。
その手をゆっくりと上げて、彼女にも平手を……。
いや、平手ではなかった。
両手で、クレアの頬に触れていた。
覗きこむかのように、近距離で彼女の顔を見た。
俺の側から、ゼニスの表情はうかがい知れない。
だが、ゼニスの顔を見たクレアには、劇的な変化があった。
まず、目が大きく見開かれた。
その後、唇が震えた。
頬が、肩が、体が、震えだした。
震えは指先にまで届き、その震えに少しずつずらされるかのように、クレアが両手を持ち上げ、ゼニスの両手を包み込むように握った。
「ぉ……ぁ……あぁ……あああ……」
クレアの口から、泣き声とも、うめき声ともつかぬ慟哭が漏れる。
クレアがゼニスの手にキスでもするかのように己の顔に近づけた。
彼女の目から、ぼろぼろと涙がこぼれ始める。
それと同時に、震えに耐え切れなくなったかのように、クレアが膝から崩れた。
「あっ」
後ろから声が聞こえたと同時に、誰かが俺の脇をすり抜けた。
カーライルだ。
彼は両手を拘束されたまま、クレアへと駆け寄った。
そして、その脇に座り込みつつ、言った。
「クレア、もう、意地を張るのはやめよう」
「あ……ぁぁ、あなた……ゼニスが……ゼニスが……」
クレアは顔をくしゃくしゃに歪めて泣きつつ、カーライルにすがりついた。
カーライルはその肩を抱こうとして、手枷を見て無理だと判断したのか、ゼニスの手を包むクレアの手に重ねた。
「大丈夫だったんだ。君が気張らずとも、大丈夫だったんだよ」
カーライルはそう言って、立ち上がった。
クレアの泣き声が響く空間の中。
彼は周囲を見渡し、言った。
「申し訳ありません。今から全てを明かします。沙汰は、その後にお願いしても、よろしいですか?」
カーライルの言葉で、空間の時間が動き出した。
彼の言葉は、この場の全員に向けて言ったのだと思う。
だが教皇が、枢機卿が、クリフが、ベルモンドが、テレーズが、
神子が俺の袖を引っ張った。
両手で引っ張った。
いつしか、俺は神子の手を離していた。
「……わかりました」
俺は倒れるように席に座り直した。
ゼニスに叩かれた頬が、まだ熱かった。