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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第21章 青年期 クリフ編

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第二百二十話「教皇と、そして……」

「お荷物をお預かりします」


 中枢に入る前に、身体検査を受けた。

 武器になりそうなものをすべて没収される形だ。

 愛用しているナイフから、スクロールまで、すべて預けさせられた。


 もっとも、鎧そのものが武器だとは思わないらしく、脱衣は求められなかった。

 クリフも知っているだろうに言わないのは、俺を信頼してくれているからだろう。

 俺は誠意として、吸魔石を搭載した左ガントレットと、ショットガンを搭載した右ガントレットを預けておくことにした。


 中枢内部は、迷路のような作りになっていた。

 まっすぐな通路は一つもなく、すべてが曲線で構成されている。

 しかも、内部が真っ白に塗られているため、通路の先がどうなっているのかわかりにくい。

 もっとも、ここはミリス教団の中枢だ。

 城と同じように、敵が攻めてきた時の事を考えて作られているのだろう。


 そんな中をクリフはするすると進み、教皇の執務室へとたどり着いた。

 執務室は二人の騎士と、結界に守られていた。


「一応言っておくが、魔術は使えない」

「はい」


 結界の強さは聖級か王級か。

 騎士の実力は聖級か王級か。

 いまいちわからないが、もし戦闘になったら肉弾戦のみで戦う事になるだろう。


「猊下、お連れしました」


 クリフの祖父ハリー・グリモルは、透明な結界の向こう側にいた。

 姿形は、手紙の文面から想像していた通りの好々爺だった。

 白く長い髭に、金糸の入った司教服。


「はい、お疲れ様でした」


 サウロスのような力強さや、レイダのような鋭さは無い。

 強者に感じられるようなオーラは感じ取れない。


 だが、その代わりに包み込むような器の大きさを感じた。

 なるほど、これが教皇か、と納得できるような、何かを感じた。

 オーラを感じない代わりに、大らかさを感じ取ったってわけだ。

 なんちゃって。


「紹介します。彼はルーデウス・グレイラット。

 ラノア魔法大学で一緒に勉強した仲で、僕の後輩です。

 僕を凌ぐ魔術の才能を持っていて、極めて有能な人物です。

 今後、長い付き合いをしていくつもりなので、猊下に会わせておこうと思って連れて参りました」


 クリフの紹介に、教皇は和やかな顔のまま、ゆっくりと頷いた。

 それ以上の事は、俺の口から説明しろという事だろう。

 あくまで友人として紹介したから、その後は俺次第だと。

 昨夜のうちに話した通りというわけだ。


「なるほど、それで……。

 ルーデウス殿は、私に何を要求しにきたのですか?

 傭兵団の立ち上げの許可ですか?

 それともスペルド族の人形の販売の許可?

 あるいは、龍神オルステッドの軍門への勧告に?」


 違った。

 クリフったら、すでに話していたらしい。

 俺の目的とか、立場とか、何のためにこの国に来たのだとか。

 どうせ後で話す事だからいいけどね。

 むしろ、説明をせずに済んで楽だ。


 ……あれ?

 クリフが驚いた顔で俺と教皇の顔を交互に見てる。


「さすが『龍神の右腕』と称される事はありますね。

 眉一つ動かさないとは……クリフもこうならねばなりませんよ?」


 気づいた時にはすでに遅かった。

 教皇の勘違いは一瞬で完了していた。


「申し訳ありませんが、事前に調べさせていただきました」


 彼はにこやかな顔で手元にある資料を読み上げる。


「ルーデウス・グレイラット。

 名門ノトス・グレイラットの血縁。

 パウロ・グレイラットの息子にして、剣王ギレーヌ・デドルディアの弟子。

 転移事件に巻き込まれるも、3年後に自力で帰還。

 魔法大学に入学し、アリエル王女と懇意になる。

 その数年後、『龍神』オルステッドと戦い、その軍門に下る。

 アスラ王国の乱で暗躍し、水神レイダと北帝オーベールを撃破。

 現国王アリエル・アネモイ・アスラを国王へと押し上げる。

 その後、各地に己の私兵を作りつつ、権力者に龍神オルステッドへの協力を呼びかけている……。

 何か間違っていますか?」


 調べられていたらしい。

 だが、別に隠していたわけでもない。

 調べようと思えば調べられるし、

 目の前にいる人物は、調べられる立場にいる人だし、

 必要のあることを調べなければいけない人だ。


 驚く事はない。

 ただ、間違いがある。


「間違いは三つ。

 魔大陸からは、自力で帰還したわけではありません。

 ルイジェルドという、スペルド族の戦士に力を借りました。

 水神レイダを倒したのは俺ではなく、オーベールも剣王ギレーヌ、剣王エリスと力を合わせての事です。

 それと、一番大事な部分ですが、水王級魔術師ロキシー・ミグルディアの弟子というのも付け加えてください」

「ほう、正直な方だ」


 教皇はふむふむと頷きながら、手元の紙に何やら書き込んでいた。

 何を書いているのかはわからないが、最低でもロキシーの弟子とだけは書き加えて置いて欲しい。


「となると、スペルド族の人形を販売している理由は、そのスペルド族への恩返しのためですか?

 識字率の上昇による国家の転覆を企んでいるわけではなく?」

「はい」

「ほう」


 なぜ識字率を上げると国家が転覆するんだったっけか……。

 確か、風が吹くと桶屋が儲かるのと同じ理論のはずだが。


「それでは、オルステッド様への協力の呼びかけは、いかなる理由によるもので?」

「今から約80年後、魔神ラプラスが復活するため、それに対する備えです」


 そう答えても、教皇は顔色一つ変えなかった。

 ただ得心がいったように頷いた。


「なるほど。それで、クリフを利用して、私に協力を要請しにきたと、そういうわけですか。『龍神』を己の陣営につけたければ、言うことを聞け……と」

「いいえ、違います」


 なんか、このおじいちゃん、すでに交渉モードに入ってそうな感じだ。

 まあいいか。

 どのみち交渉は必要だったんだ。

 言うべきことは言っておこう。


「俺が味方に付けたいのは、クリフです」

「ほう。では、クリフの後ろにつき、その支援をすると?」

「いえ……確かに、最初はそのつもりでしたが、クリフが「己の力だけでどこまでやれるか試してみたい」というので、やめておきました。

 少なくとも、彼が教団内でひとかどの存在になるまでは、ノータッチです」


 そう言うと、教皇は顔をほころばせた。

 孫がテストで100点を取った時の、じいちゃんの顔だ。


「そうですか、クリフがそんなことを言いましたか……」

「はい。なので、本日は一人のルーデウス、龍神の配下として、対応して欲しい」


 正直に言った。

 向こうはこちらの事を調べている。

 抜けている情報も多そうだが、概ね正解だった。

 それ以外に、何を知っているのか、まだわからない。

 だから、まずは嘘をつかない方向で行く。

 正直者はバカを見るとは言うが、正直者を嫌う連中はそう多くない。


「私の要望は二つ、傭兵団の立ち上げの支援と、スペルド族の人形の販売の許可です」


 ラトレイア家への件については、ひとまず置いとく。

 個人的なことであるし、繋がりさえできれば、牽制になるからだ。


「ふむ」


 教皇は柔かな笑みを浮かべたまま、俺を見ていた。

 いわゆる、ポーカーフェイスというやつだろう。

 笑っているが、表情は動かない。


「私は、人と人のつながりは切っても切り離せぬものだとは思っています」


 教皇はそのまま、ポツリと言った。

 それは、あくまで戒めの言葉だったのかもしれない。

 クリフを切り離して要求した俺への。

 あるいは俺を切り離して考えていたクリフへの。


「なので、あくまでクリフとのつながりに免じて……傭兵団の支援を行いましょう」


 あっさりとそう言った。

 見返りを求めないのか、と一瞬だけ疑問に思ったが、すぐに打ち消す。

 『クリフとのつながりに免じて』という部分が見返りに相当するのだろう。

 どのみちクリフが大きくなれば、俺は教皇派であるクリフに大きな利益をもたらす。

 教皇にとっては、先行投資だ。


「ですが、スペルド族の人形の許可は難しいでしょう」

「どうして?」

「私は魔族迎合派のトップとして、教皇という立場にいます。

 ですが、最近は魔族排斥を唱う枢機卿派が勢力を伸ばしています。

 現状、私に独断でスペルド族の人形の販売を許可できるほどの発言力はありません。

 次の教皇は、まず確実に、排斥派から選ばれることでしょうし……ねぇ?」


 教皇はそう言って、俺を見た。

 これは暗に、俺に『今すぐ魔族排斥派を潰せ』と言っているのだろうか。


 しかし、それはどうなのだろうか。

 俺が教皇の手先として動くのはいい。

 ラトレイア家とも喧嘩別れをしたのだから、どのみち敵対する流れとなってしまった。

 テレーズには悪いが、必要とあらば、魔族排斥派だろうとなんだろうと、潰してみせよう。


 だが、それはクリフを手伝う事になるのではないだろうか。

 曖昧な部分だ。

 クリフが政権を取るには、相手も必要だろう。

 それを俺が倒してしまっていいものだろうか。


 いや、そもそも、俺がミリス教団に協力するなら、結局はクリフの手柄になってしまう。 

 なら、いいのだろうか。

 うーん……。


「……ひとまず、傭兵団の支援はしていただけるという事で、間違いありませんか?」

「はい」

「では、今日の所は、傭兵団の支援をいただけるという言葉だけで、満足しておきます」


 保留にしておこう。

 今すぐ結論を出す問題でもない。


 もともと、今回はスペルド人形の販売は視野に入れていない。

 傭兵団を立ち上げるだけのつもりだった。

 なら、欲張らず、ここまでにしておこう。


「そうですか、それは残念だ」


 教皇はそう言ってにこやかに笑っていた。



---



 クリフはまだやることがあるというので、一人で本部から出た。


「ふぅ……」


 出た瞬間、俺は大きなため息をついた。

 疲れたな……。


 神子に教皇。

 今日は異なる二人の人物に出会った。

 二人とも、ひとくせも二癖もありそうな印象を受けた。


 しかも、二人は別の勢力にいる。

 魔族迎合派の教皇。

 魔族排斥派の神子。


 神殿騎士は、魔族排斥派だ。

 ラトレイア家もそうだ。

 こいつらがみんながみんなテレーズのような好人物ならいいが、

 普通はあの取り巻き連中のように、狂信者だらけのはず。


 どっちに付くかと聞かれれば、言うまでもなく迎合派、教皇派だ。


 とはいえ、テレーズは前回と今回、合わせて二度も助けてくれた。

 ラトレイア家は嫌いだが、彼女に対して不義理な真似はしたくない。

 取り巻きはともかく、あの神子自身は、あんまり嫌な相手じゃなかったしな。


 だから、保留という判断は間違っていない……と思いたい。

 できれば当初の予定通り、中立の立場でいたかったがね。

 理想は遠い。



 とにかく、神子とはもう少し接触を図った方がいいだろう。

 彼女の能力について、もう少し把握しておきたい。

 ヒトガミの使徒かどうか……は、多分判別はつかないだろうな。

 仮に使徒だったとしたら、考える事が多くなるのは間違いない。


 少なくとも、アスラ王国で傭兵団を作った時はヒトガミの邪魔はなかった。

 俺の行動がヒトガミにとって害にならないのか、そうでないのか。

 現状では分からない。考えるだけ無駄だ。


 なので、ひとまずは今回も邪魔は無いと思って行動する。

 邪魔がある、違和感があると感じた時が、使徒を探す瞬間だ。

 今のところ怪しいのは何人かいる。

 神子とか、クレアとか。

 でも、いつかみたいに、疑いすぎて悩みすぎるのも失敗のモトだ。


 その辺については、早めに傭兵団の支部を作り、通信石版を設置してオルステッドと連絡を取るのがいいだろう。


 うん。

 ひとまず、今回の事で教皇の協力は取り付けられた。

 なら、まずはそこからだ。

 傭兵団支部の建物を見繕い、購入。

 そこに通信石版と、緊急用の転移魔法陣を設置する。

 そして、オルステッドに業務連絡だ。


「よし。まずは、建物の選別からだ」


 次にやるべきことは決まった。

 建物の選別はアイシャに任せるのがいいだろう。

 冒険者区か商業区か、誰を相手にした商売をするか。

 そのへんは、アイシャの頭のなかにしっかりとインプットされているはずだ。

 任せられる相手がいるというのは、本当に頼もしいな。


 問題はゼニスの事だ。

 彼女を置いてアイシャが出歩くと、面倒を見る人がいなくなる。

 ウェンディに教えればいいのかもしれないが……。

 ま、そのへんは俺一人で考えても仕方ないな。

 帰ってから相談しよう。



---



 俺は町中を移動する馬車を使い、神聖区のクリフ邸まで戻ってきた。

 時刻は夕暮れ。

 いい具合にお腹も減って、ご飯が楽しみだ。


 このへんは新鮮な卵が食べられるのがいいな。

 ゆでたまご、目玉焼き、オムレツ……。

 えっと、パンもあるから、トンカツとかも出来るな。

 卵がひとつあるだけで、料理の幅は広がり、俺の楽しみも増える。

 料理人(アイシャ)を連れてきて本当によかった。


「ただいまー。いやー、お腹ぺこぺ――」

「この時間まで帰ってきてないって、どういう事っ!?」


 帰った瞬間、アイシャの怒鳴り声が聞こえてきた。

 慌てて家の中に入る。

 そこには、ウェンディに詰め寄る我が妹の姿があった。


「なんで外出を許したの!」

「だ、だって、大丈夫だって」

「なんで外の人の言うことを信じるの!?

 昨日の話、あなたも聞いてたでしょ!?

 なんで相手に事情を話さないの!?

 出かけるなら、明日でも良かったでしょ!?

 待っててもらえば、あたしだってすぐ帰ってきたのに!

 お兄ちゃんにも相談できたのに!」

「そ、そんなことを言われても、その、わたし、昨日の話、よくわかってなかったし、あの人、大丈夫だからって」

「さっきからそれしか言えないの! 大丈夫じゃなかったって言ってんじゃん! あんたもしかして、あたしたちの邪魔をしにきたのっ!?」


 アイシャは肩を怒らせつつ拳を振り上げ、ウェンディが身を縮こまらせて……。

 激昂し、怒鳴るアイシャは珍しい姿だ。

 そう思いつつ、俺は後ろから振り上げられたアイシャの手を掴んだ。


「アイシャ、ちょっと落ち着きなさい」

「黙っててよ!」


 振り払われた。

 が、そこでアイシャは俺に気づいたらしい。


「あ、お兄ちゃん……ごめんなさい……」


 振り払った手をもう片方の手で握りつつ、アイシャは俯いた。


「何があったんだ?」


 ひとまず聞いてみる。

 喧嘩なら両成敗にしよう、なんて思いつつ。

 しかし、アイシャは青い顔のまま、俯いて、答えない。

 いつもハキハキと答える子なのに。


「えっと……」


 見かねて、答えたのはウェンディだった。


「その、昼間に、ギースという方が現れて……」

「ギースが……?」

「ゼニスさんも、せっかく故郷に戻ってきたのに、引きこもってちゃ可哀想だって、連れだして――」


 そこでアイシャがポツリと言った。


「帰ってこない」


 サッと頭から血が落ちていく感覚があった。

 なんで?

 という感覚。


「アイシャ、落ち着いて、一から、説明してくれ。できるな?」

「うん……」


 アイシャは語りだした。

 昼間、この家にギースがやってきたらしい。

 彼はゼニスの友人を名乗り、この家に訪問してきた。

 アイシャも顔は見ていないが、後に聞いた人相、しゃべり方、背格好、話の内容、装備などからギースであると確信したらしい。

 そう、その時、俺とアイシャは留守だったのだ。


「なんでアイシャは外に出てたんだ……?」

「ここで暮らすなら色々必要だろうと思って、買い出しに出てたの……ウェンディ、文字読めないし、欲しいものわからないだろうから、あたしが……ごめんなさい」

「ああ、いや、いいんだ」


 アイシャが判断ミスをした。

 珍しいことだが、ありうることだろう。


 ともあれだ。

 しばらく、ギースはウェンディを交え、ゼニスと三人で会話をしていたらしい。

 だが、ある瞬間、ギースは言った。


『せっかく故郷に戻ってきたのに引きこもってたんじゃ、ゼニスも可哀想だ。いっちょ俺がそのへん見せて回ってくるぜ』


 ウェンディは、それを許諾した。

 なぜ許諾するのか、と頭を抱えたくなる気持ちはある。

 昨日の話は聞いてただろ、と。


 だが、ウェンディばかりを責めまい。

 彼女は当事者ではなく、ラトレイア家の嫌な部分も見ていない。

 ピンと来なくても仕方ない。

 さらには、ギースの話術のうまさもあるだろう。

 アイツはなんだかんだ言って、他人を説得するのはそこそこうまい。

 俺も、いずれゼニスには町中を見せたい、とは思っていた。


 ほんの小一時間で帰ってくるなら、と油断してしまったのも、仕方ないかもしれない。


「あたし、すぐに探しに出たんだけど、見つからなくて……」


 アイシャはすぐに家を飛び出し、探しに出たらしい。

 だが、見つからない。

 昼下がりを過ぎて、夕暮れになっても見つからない。

 もしかしたら帰って来ているかと戻ってきても、まだ姿を現さない。

 どうしていいかわからなくなったアイシャがウェンディを糾弾している所に、俺が戻ってきた……というわけだ。


「どうしようお兄ちゃん、あたしが大丈夫って言ったから……これ、あたしのせいだよね……? どうしよう……どうしよう!」


 アイシャは普段見られないほどに狼狽し、半泣きになっている。

 ひとまずは、落ち着かせるのが先決だろう。


「落ち着きなさい。ギースの事だ、約束を忘れて、色々と連れ回しているだけかもしれない」

「でも、いま、ゼニスお母さんがどこにいるのかわかんないんだよ!?」

「いいから、落ち着きなさい」


 俺にも焦る気持ちはあった。

 だが、連れだしたのはギースだ。

 ヤツは戦闘能力は皆無だが、頼れる有能な男だ。

 安心感はある。


 まあ、ギースの事だ。

 ちょっと余計なことをして、時間を食ってしまっただけかもしれない。

 もう少ししたらひょっこり戻ってきて「悪ぃ悪ぃ、ちょっと昔の知り合いと会って意気投合しちまってよ」なんて笑いながら言い出すかもしれない。


「ひとまず、もう少し帰ってくるのを待とう」


 俺はそう決断した。



---



 その後、日が完全に落ちても。

 疲れた表情のクリフが帰ってきても。

 ゼニスとギースは、帰ってこなかった。

 もっとも、時間を犠牲にして、俺とアイシャは落ち着く事が出来たと思う。


「すまん……だが、ウェンディをあまり責めないでくれ、悪気はないと思うんだ……」


 クリフはウェンディを叱責しつつも、しかし必要以上に責めはせず、擁護した。

 彼自身も、こういった事態は想定していなかったのだろう。

 もともと、家のお手伝いのために呼んだのだ。

 その上、彼女はこの歳になるまで就職先も貰い手も決まっていないのだと聞いていたのだから、相応に出来ない子なのだと理解しておくべきだった。

 人の能力の低さは責めるべきではない。

 責めるより、失敗のフォローだ。


「俺は探しに行きます。クリフ先輩は入れ違いに備えて待機を」

「あ、ああ……」


 俺が探しに出ることを決意したのは、晩飯時になってからだった。


 探しに行こうと決意するのは、遅すぎたかもしれない。

 だが、言い訳をさせてもらうのであれば、

 もしゼニスが一人で出かけたというのなら、俺もすぐに探しに出たのだ。


 連れだしたのはギースだ。

 ウェンディの話が本当なら、ギースが一緒にいるのだ。

 あの猿野郎は戦いに関してはへっぴり腰だが、それ以外の事はなんでもそつなくこなす。

 情報収集から、マッピング、買い出し、料理、道具の整備、パーティメンバーの健康管理まで。

 冒険者として致命的な一点である、「戦闘で役立たず」という点を除けば、頼れる男だ。

 ゆえに、ギースが付いているなら大丈夫だという謎の信頼感があった。


 だが、考えてみれば「戦闘で役立たず」というのは致命的だ。

 何か事件に巻き込まれれば、ゼニスを守り切るだけの力はない。


 ギースは事件を回避する能力も高いだろう。

 だが、それでも完全とはいえまい。

 ゼニスが何かの拍子に強面のおじちゃんの足を踏んじゃった、なんてこともありうる。

 出会い頭に、ちょっと目を合わせただけでぶん殴ってくる女もいるのだから。


 ついでに言えば、魔族だ。

 もし、ラトレイア家が、ギースとゼニスが二人でいるのを見たらどう思うか。

 俺が連れ帰ったはずのゼニスが、魔族と二人で、だ。

 手早く襲撃して、ゼニスを取り戻そうとするかもしれない。

 なら、やはりラトレイア家だろうか。


 ラトレイア家なら、そもそもギースが偽物という可能性もある。

 人相や背格好、しゃべり方が似たような奴を捕まえて、ギースのフリをさせてウェンディを言いくるめる……とか。

 あんな奴が何人も転がってるとは思えないが。


 また、考えたくない事だが、ギースがヒトガミの使徒である可能性もある。

 神聖区に入るのを嫌がっていたギースが、なぜこんな所にまで来たのか。

 何か考えあってのことならいいが、ヒトガミの助言である可能性も……。



 悩んでも仕方がない。

 迷っても仕方がない。

 悔やんでも仕方ない。

 事件は起きたし、時間は過ぎ去ってしまった。

 動かなければならない。

 俺は、魔導鎧とローブを着直し、家を出た。


「まず、どこに向かうの? 手分けする?」


 アイシャは当然のようについてきた。

 ゼニスがいなくなった事に、焦りを感じているらしい。

 彼女が焦っているのであれば、俺が落ち着かなければならない。


「いや、お前がさらわれても困る。一緒に行動しよう」

「う、うん。わかった……」


 さらわれるという言葉で、アイシャは息を飲んでいた。

 ゼニスが誘拐された可能性を考えたのだろう。

 この世界には人さらい、多いからな……。


 だが、その可能性は低いだろう。

 一応はS級の冒険者であるギースを叩きのめしてゼニスを奴隷にするのは、手間がかかる。

 俺だったら、もっと別の無防備なのを狙う。


「……」


 俺は数歩踏み出して、ふと足を止めた。

 まず、どこを探せばいい?

 いかんな、まだ落ち着いてないのだろうか。

 落ち着け、落ち着けと言い聞かせても、人は落ち着けない。

 深呼吸だ。


「すぅ……はぁ……」


 俺より賢い奴は、すぐ側にいる。

 彼女に相談だ。


「アイシャ……ギースはどっちにいると思う?」

「えっと……冒険者区じゃないかな?」

「根拠は?」

「ギースさん、神聖区には入れないって言ってたし、ミリス教徒が多い居住区にも行かないと思う。

 商業区と冒険者区だったら、ギースさんは冒険者だし、冒険者区の方が確率高いと思う」

「よし、じゃあ冒険者区にいくぞ」


 さすがアイシャ、頭の回転が早い。

 そうと決まれば善は急げだ。


「急ごう」

「うん、あ、そうだ。馬を使った方がいいんじゃないかな? 馬車用の、まだいたよね?」

「ん?」


 馬か……。

 俺はいまだに乗馬ができない。

 まったくできないってわけじゃない。

 多少は練習したし、馬車の操り方も知っている。

 が、緊急事態に自由自在に乗り回せるほど達者ではない。

 だが、心配はいらない。

 本気を出せば俺の移動速度は馬並みだ。


「そんなものはいらない」

「え?」


 俺はアイシャをお姫様抱っこした。

 魔導鎧に魔力を込める。

 脚部よし。

 着地の衝撃を殺す練習は何度もしている。


「アイシャ、しっかり掴まっていなさい」

「え…………? あ!」


 アイシャの体がこわばり、俺のローブを引っ張るようにつかんだ。

 俺はそんなアイシャの体をガッチリと固定する。


「……や、や! やだ! やめて!」


 最後に何か聞こえたが、すでに俺は夜の空に向かって跳躍していた。

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