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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

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第二百十五話「成果とこれから」

 あっという間に一年が経過した。


 今日、俺は卒業式だ。

 ラノア魔法大学の卒業式。

 俺の、卒業式だ。

 いつもは生徒会側から眺めるだけだった行列。

 そこに、最近あまり袖を通していない制服に身を包み、卒業生の一人として参列している。


 見覚えのない同級生に囲まれながら、校長の話を聞く。

 校長の話は、以前に数回聞いたのと、まったく同じものだ。

 恐らく、毎回同じ原稿を読んでいるのだろう。

 こういう時、在校生の参列が無いというのは、楽でいいな。


 しかし、感慨深さはあまり無い。

 学校自体に、あまり来ていなかったのもあるだろう。

 授業もほとんど取っておらず、最終的にはホームルームにすら出なかった。

 籍をおいているだけという感じだ。

 それでも、無詠唱魔術に関する研究考察と、その教育方法に関するレポートを提出したところ、C級魔術ギルド員の証をもらえたが……。

 これでは、感慨深さを感じろというのも、難しいだろう。


 しかし、思い出は多い。

 シルフィと再会し、ザノバやクリフと仲良くなり、

 事ある毎にリニアとプルセナにセクハラをかまし、

 ナナホシと共に日本の思い出話を語り、バーディガーディと酒を飲んで笑って……。


 そんな場所ともお別れ。

 そう考えると涙が出てきそうになる。


 あ、これが感慨ってやつか。

 なるほど、深いな。



---



 さて。

 この一年で、やるべき事はやった。

 主に、アスラ方面への根回しは完了した。


 数ヶ月ほどアスラ王国に滞在し、傭兵団の支部、ザノバ商店の支店と、商品を製造するための工場を作った。

 どれも、アリエルの力添えがあっての事だ。


 アリエルはすんなりと仲間にできた。

 改めてオルステッドに協力してくれと頼むと「元よりそのつもりです」という心強い言葉を頂いた。

 その上で、アリエルは自分の派閥の人間を集めて、パーティを開いてくれた。

 俺に、というより自分の後ろ盾である七大列強『龍神』に繋がりを持つチャンスを設けた、という名目で。

 派閥という事もあって基本的には、アリエルの息が掛かった人物ばかりだ。

 要するに、アリエルの後ろ盾を持って、十年後、二十年後に要職につく人物だな。

 大半は、アリエルのイエスマンだ。


 だが、中にはちょっと毛色の違う人物もいた。

 それが水帝イゾルテであったり。

 どんな因果で連れて来られたのかわからないがなぜか会場にいた、剣王ニナであったり。


 水神流や剣神流の面々がオルステッドに協力的であるのは嬉しい。

 なんてエリスに伝えると、ニナの説得はまかせろと走りだしたのだが、結局、どうなったんだろうか。

 しばらくは三人であれこれ遊んだりしてたみたいだが、結果は聞いていない。

 あまり期待していないが、ニナという人物がエリス繋がりで俺を信用してくれると、助かるね。


 正直、80年後にラプラスが復活するとかは、大半の者が理解していなかった。

 なので、俺の勧誘の言葉も少しお座なりになっていたと思う。

 だが、彼らの手綱はアリエルが握ってくれる。

 なら大丈夫だ。

 頼れるアスラ支部長だ。


 そんなアリエルに「エリスが男の子を生んだ、これで子供は三人目だ」と報告すると、彼女は大層喜んでいた。

 そして、イタズラめいた顔で言ったのだ。


「そうですね。では子供の誰かをアスラ王家の子供と婚約させませんか?

 そうすれば、私達の仲も盤石になるかと思うのですが……」


 彼女としては、真面目に言ったんだと思う。

 俺は反射的に「冗談じゃない」と思い、強く反発してしまったが、たくさん子供を産んで、つながりの出来た権力者と婚姻を結ばせたりするのはアリなのだろう。

 他の面々も、アリエルはともかく、姿の見えないオルステッドや、得体の知れない俺を後ろ盾とするのは、少々怖いだろう。

 でも、俺の肉親が、アリエルの身内と婚約していれば、ひとまずは安心できる。

 肉親の情は深い。


 もっとも、俺としてはそういう風に子供を使うつもりはない。

 いや、子供が王子様と結婚したいとか、お姫様になりたいとか、本気で言い出したら考慮するけどな。



 ともあれ、アスラ方面は、完全に手中に納めたといっても、過言ではないだろう。

 アリエルを筆頭に、その貴族連中。水神流の一派。

 運がよければ剣の聖地の面々も。


 そして、ルイジェルド人形+絵本の製造工場と販売所も順調だ。

 これに傭兵団(輸送隊)を組み合わせることで、中央大陸の大半にルイジェルド人形を拡散できる。

 完璧だ。

 出来れば、早めにルイジェルドがこちらを見つけて、コンタクトでも取ってくれると嬉しい。



 次は王竜王国の方に進出し、死神ランドルフのツテを利用して繋がりを持っておこうと準備している。

 次回はアリエルという驚異的な存在がいないため、一筋縄ではいかないだろう。

 最低でも二年から三年、あるいはもっと掛かると見ている。

 アスラ王国はチュートリアルなものだった。

 ここからが本番だ。



 研究の成果も話そう。


 まずザノバだ。

 彼はこの一年は店舗の立ち上げと販売等の指揮で忙しく、研究には従事できていない。

 仕方あるまい。

 一年の間に、シャリーアとアスラで同時に立ち上げたのだ。

 てんてこ舞いだったろう。


 でも、ジンジャーや、傭兵団出身のマネージャー、アリエルの付けてくれた財務関係のブレーンが、うまくサポートしてくれたおかげで、店自体は順調に回っている。

 人形と絵本は爆発的とは言わないまでも、順調に売れている。

 特に後半の、文字の読み書き練習用の表が人気のようだ。

 オマケで付けたものが一番人気になるのは納得いかないが、結果オーライとしておこう。


 基本的に、アリエル・オルステッドという二つのスポンサーがついているので、すぐに閉店は無いはずだし、気長にやって欲しい。


 次にクリフだ。

 彼はこの一年、家族との親睦を深めつつ、呪いの研究に従事していた。

 エリナリーゼと、オルステッドの呪いの解呪。

 もっとも、これも大発見があったわけではない。

 超えにくいハードルに来ているのだろう。

 魔道具の効果をアップさせる事には成功したが、完全な解除には至っていない。

 ただ、これのお陰で、エリナリーゼも一年以上、性活と無縁でいられるようだ。

 本人の性欲は、抑えられないようではあるが。


 そして、俺だ。

 今回は俺も収穫があった。

 アスラ王国と魔法都市シャリーアを行ったり来たりしつつ、俺は魔導鎧の召喚方法について考えていた。

 ペルギウスに何かいい方法はないかと聞いたり、ナナホシにアドバイスを求めたりもした。


 そんな中、ある法則に気がついた。

 双方向の転移魔法陣。

 その上に乗っているものは、転移が発動した時点で『交換』されるのだ。

 つまり、魔法陣Aの上に乗っているものはBに、Bの上に乗っているものはAに、同時に移動する。

 発動のタイミングはモノが上に乗った瞬間であるため、なかなかこの法則には気づかなかったが、考えてみればありうる話だった。

 よくある話じゃないか。


 だが、これに気づいたおかげで、画期的なしくみを閃いた。

 魔導鎧を、予め双方向の転移魔法陣の上に設置しておく。

 俺は起動していない転移魔法陣のスクロールを持ち歩いておき、ここぞという時にそれを広げて、転移魔法陣を発動させる。

 するとあら不思議、最初から魔法陣の上に乗っている魔導鎧が、自動的に俺の元へと転移してくるというものだ。


 この思いつきを、早速事務所の地下に魔導鎧を設置して試して見たところ、見事に成功。

 これにより、世界中のどこにいても魔導鎧『一式』を召喚することが可能になった。

 出ろ、ガン○ム! ってヤツだな。

 ただ、予めでかいスクロールを持っていかなきゃいけない上、召喚後に魔導鎧の重みでスクロールが破けるため、一枚につき一回しか出来ない。

 回数は限られる。

 同じように、対となるスクロールを2枚持っていけば、緊急脱出用の転移魔法陣にもなるため、汎用性の高い研究結果となった。



 さらに、オルステッド。

 彼もうまいことやってくれた。

 電話……は作れなかったが、通信用の石版を作ってくれた。

 これは、技神の作った『七大列強の石碑』とまったく同じ作りになっているらしい。

 メインとなる石版に描かれているものを、サブとなる石版が写しとる、という仕組みだ。

 お互いにメイン、サブを持って歩けば、いつでも文字による通信が可能となる。

 ただ、これも重すぎるうえ、でかすぎるので現状では常に持ち歩くのは難しい。

 その上、結構な魔力が消費される。

 拠点に設置する形が望ましいだろう。

 固定電話だな。


 ひとまず、最初の一組はオルステッドの事務所と、アリエルの私室に設置された。

 夜な夜な、ぴかぴか光る石版に対して、アリエルが膝をついて「必ずやライダーめを倒してごらんにいれます」とかやってるのだ。


 研究の方はそんな感じだ。



 それから子供の事についても話しておこう。


 まずルーシー。

 うちの長女は五歳になった。

 先月には誕生日パーティが開催され、家族全員からプレゼントをもらい、ご満悦の様子だった。


 彼女は、実に元気に育っている。

 ついこの間までヨチヨチ歩きをしながら舌っ足らずに喋っていたと思ったのだが、最近はしっかりと地に足を付けて歩き、舌っ足らずながらも、ハッキリと言葉を喋るようになった。

 得意なセリフは「ヤダ」と「ダッテ」だ。

 さらに、シルフィとロキシーの英才教育により初級魔術を習得。

 午前中は魔術の練習をして、午後はエリスと一緒に棒きれを振り回す毎日だ。

 まるで、かつての俺のような毎日だな。

 ルーシー本人は、当たり前と思ってやっているようだが、傍から見ていると、すさまじくスパルタに見える。

 なので、俺はついつい甘やかしてしまう。

 そのせいか、最近は俺の姿を見つけると「パパ」と飛びついてきてくれる。

 超かわいい。


 また、5歳の誕生日パーティを経たことで、お姉ちゃんとしての自覚が出てきたらしい。

 最近では、ララやアルスの面倒をよく見てくれる。

 ララといつも一緒にいるレオのことも弟の一種とみなしているようで、ララと一緒にかわいがっている。

 先日など、ブラシを持ちだしてレオの白い毛並を梳いてやっていた。

 実に微笑ましい光景だった……。

 が、後になってそのブラシがシルフィのものと判明。

 勝手に持ち出して犬の毛だらけにしたことで、カンカンに怒られていた。


「だって、ママもレオも、白いもん!」


 とは、ルーシーの言い訳である。

 子供は面白いことを言うなぁ、と思ってくすりと笑ったら、シルフィにマジギレされて、丸一日口をきいてもらえなかった。

 許してもらえたのもルーシーの仲裁だ。


「今度からパパのブラシ使うから、パパを許してあげて」


 だってさ。

 そういう流れで、俺のブラシが一つとられたが、なに、安いもんだ。


 次にララ。

 2歳になった未来の救世主は、相変わらず仏頂面で泣かない子だ。

 しかし、行動力が無いかというと、そんな事はない。

 よちよち歩きが出来るようになった彼女は、家中を歩きまわっている。

 誰かにくっついているという事もなく、好奇心の赴くまま、一人であっちにいったりこっちに行ったりだ。

 この行動力は、母親譲りだろう。


 目を離すのは危ない、と思う所だが、番犬であるレオが常に側についていて、危ないことをしようとするとさり気なく助けるので、問題なさそうだ。

 移動した先で眠ってしまったら、レオが彼女を抱き込むように丸まって、守ってくれる。

 ララの方も、レオの事を自分にとって便利な召使か何かだと思っているようだ。


 最近はレオの背中によじ登り、ガッシリと掴まって移動している事も多い。

 一度、エリスがレオを散歩に連れていこうとした時、レオがリュックサックのようなものを背負っているので何かと思ったらララだった。なんてこともあった。

 レオがいれば安心なのかもしれないが、やっぱりちょっと心配だ。

 あと、何故かは知らないが、ララはゼニスがお気に入りらしい。

 よくゼニスの膝の上に座り、彼女の顔を見上げている。

 会話が無いことを除けば、お祖母ちゃんと孫の、微笑ましい光景だ。


 最後にアルス。

 1歳になった長男は、父親に似ておっぱいが大好きだ。

 大きいのも小さいのも大好きで、母親であるエリスはもちろん、シルフィやロキシーといった小さなものから、他人であるリニアやプルセナといった大きなものに至るまで。

 その胸で抱かれている間はずっと幸せなようで、ご満悦の表情を浮かべている。

 大小に貴賎は無いことがわかっているらしい。

 しかし、おしっこをもらしてもご満悦の表情を浮かべているのは、いささか将来が心配になる。


 ちなみに、俺が抱くと泣く。すぐ泣く。

 スヤスヤと眠っていても、俺が抱いた瞬間にむずがり出して、目を覚ました瞬間に「なんじゃこりゃぁ!」って感じで泣く。

 よほど男の胸が気に食わないらしい。

 俺も泣いてもいいかな……。


 まぁ、俺も彼の誕生には立ち会えなかったから、仕方ないんだけど、やっぱりちょっと寂しいな。

 それと将来、いろんな女に節操なく手を出すんじゃないかと心配だ。

 もう少し育ったら、ちゃんと、きっちり、そのへんの教育をした方がいいだろう。うん。


 子供たちはそんな感じだ。


 総括を言うなら、この一年は成果の多い年だった。

『来年もこの調子で頑張りましょう』といった感じだろうな。



---



 さて、一年を振り返っているうちに卒業式は終わった。

 もちろん、主席は俺ではない。

 授業に出ていないどころか、卒業試験すら受けていない俺に主席を渡すはずもないし、仮に主席だとしても、辞退するだろう。


 卒業式の後の決闘大会は割愛しよう。

 何やら玉の輿狙いっぽい女子から告白された件も割愛。

 校門前で教頭のジーナスに「あなたを推薦してよかった」と握手を求められたのも割愛していいだろう。

 特に、ジーナスに関しては、おそらくまだお世話になるしね。

 ノルンのこともそうだし、ルーシーだって、あと何年かしたら学校に通わせたい。

 そう言うと、ジーナスは何に感動したのか、泣いていた。



 夕方を回った頃。

 俺たちは皆で行きつけの酒場に集まった。

 クリフの送別会をやるのだ。

 俺の卒業祝いも兼ねているが、試験も何も受けずに卒業して、お祝いも何も無いだろう。

 嬉しいけどね。


 そう、クリフは一ヶ月後にはミリス神聖国へと旅立つ。

 そこで、戦いを始める。

 彼自身の戦いだ。

 何と戦うのかは、俺もちょっとよくわかっていない。

 おそらく、半分は自分自身だろうが、残り半分は不明だ。


 クリフはその何かと戦うために、今まで頑張ってきた。

 途中、エリナリーゼの毒牙に掛かるというアクシデントはあったものの。

 解毒を駆使して傷を経験と愛に変え、今まさに戦いに赴くのだ。


「僕は、必ずミリス教団の幹部になる。そうしたら、リーゼとクライブを迎えに、帰ってくる!」


 そんな宣言を、エリナリーゼはうっとりと聞いていた。

 彼女は強い。

 俺だったら、例えばロキシーあたりが「魔大陸で魔王になります!」と言って留守にしようとしたら、心穏やかではいられないだろう。


 成功を信じて待つ。

 と、言葉で言うのは簡単だが、信じて送り出した結果、酷い結末が待っている……なんてのは、いくらでもある。

 その辺、エリナリーゼはクリフを信頼しているようだ。

 盲信しているわけではないだろうが、ある程度割り切っているのだ。

 不安はあるだろうに、クリフに悟られないようにしているのだ。

 伊達に年は食ってない。

 その時は、そんなふうに思っていた。


「ルーデウス、ちょっとよろしい?」


 そんな認識が少しだけ変わったのは宴会が終わる頃になってからだ。

 エリナリーゼは、そろそろ宴も終わりという時期になって、俺を外へと呼び出した。


 その時、俺は完全にハーレム状態だった。

 シルフィは俺の右膝を枕にして眠り、

 ロキシーは俺の左膝に乗ってお酒を飲み、

 エリスは俺の右肩に頭を乗せてくったりしていた。

 俺の両手は右も左も柔らかいものに触れており、酒が入っているのもあって「このまま三人同時にできないかなぁ」なんて邪なことを考えていた。


「……いいですよ」


 だが、エリナリーゼの顔を見て、少しだけ酔いが冷めた。

 彼女が宴会に似つかわしくない、真剣な表情をしていたからだ。

 用件は想像がついた。

 酔っている時に話すことではない、というのも分かった。

 俺はすぐに酔いを解毒で中和し、三人の嫁を引き剥がして立ち上がった。


「なんですか、ルディ。浮気ですか。浮気はよくないですよ。浮気はわたしだけにしてくださ……んっ……」


 酔っ払ったロキシーを唇で黙らせて鎮座させ、


「んっふー、ルディの太もも、やらかいなぁ……」


 ロキシーの膝にシルフィの頭を乗せ、


「ルーデウス……私、二人目も男の子がいいわ」


 ロキシーの肩にエリスの頭を乗せ、


「じゃあ、行きましょうか」


 エリナリーゼと共に酒場を出た。



 外は寒かった。

 冬は終わったが、シャリーアの雪は長く残る。

 まだまだ、この寒さは続くだろう。


「ねぇルーデウス、クリフの事なんですけど。一つ、頼みがありますの」


 エリナリーゼは開口一番、そう切り出した。

 クリフの事、というのはなんとなくわかっていた。

 エリナリーゼもこの一年で悩んだという事だ。

 悩まないはずもないのだ。


「その、こういう事を言うのは、クリフに悪いんですけど……やっぱり、ちょっと心配ですの」


 エリナリーゼは、白い息を吐きながら言った。

 彼女から見れば、クリフはまだまだ子供だ。愛する夫だが、弟や息子に対するような感情も抱いているのだろう。

 それを送り出すわけだ、心配だろうとも。


「だから、彼に付いてやってはくれませんこと?」

「いいんですか?」


 思わず聞き返した。

 エリナリーゼはクリフの決意を尊重していたはずだ。


「最初の方を見守ってやるだけでもいいんです……軌道に乗れるかって大事でしょう? クリフはちゃんと出来る子ですけど、人の輪に入っていくのは、どうしても苦手だから……」


 そんな人見知りをする子供みたいな……。

 いや、でもわかる。

 確かに、クリフにはそういう所がある。

 結局、卒業まで、俺達以外の友人が出来なかったことからも、それはわかる。

 ミリス神聖国にいっても、一人ぼっちで、周囲から爪弾きにされながら、それでもがんばろうと精一杯努力するクリフ……。

 あ、やばい、なんか涙出てきそう。


「……でも、俺も手伝わないと約束していますからね」


 俺も、クリフには成功してほしい。

 うまいことミリス教団の中で上り詰めてほしい。

 一番上でなくてもいいから、クリフがやれるところまでやって、行ける所まで、行き着いて欲しい。

 オルステッドの仲間集めの事とは別に、友人としても、彼を応援しているつもりだ。


 でも、手伝わないと言ったのだ。

 口で言ってはいないかもしれないが、今から一年前、彼の言葉に同意したというのは、そういう事だ。


「なんとかなりません?」

「…………」

「本当に最初の方だけでいいんですのよ。何もしないでも、クリフが困っていたら相談に乗ってあげるとか、そういう形でも……」

「うーん……」


 男と男の約束とか、そういう臭いことを言うつもりはない。

 俺もクリフは心配だ。

 彼はちゃんと力があるが、苦手な事もある。

 その苦手な事が、最初のハードルになりかねない。

 最初のハードルを越えられず、自分のいい部分をまったく発揮できず、落ちていくクリフ。

 見たくはない。


 ならば、最初ぐらいは手を貸してあげた方がいいかもしれない。

 クリフは、嫌がるかもしれないが。

 でも、友人の力だって、自分の力だろう。

 いざという時に助けてくれる存在を、クリフは学校で手に入れた。

 そう考えれば、俺の助けもクリフの力といえるだろう。

 無論、手助けしすぎてはいけないだろうが。


「……」


 よし。

 腹は決まった。


 だが、そのままオルステッドの仲間集めの方は大丈夫だろうか。


 クリフがミリスに行ってる間、王竜王国の方で活動しようと考えていた。

 アイシャにもそう伝えているし、動いてももらっている。


 行き先をミリスに変更しても問題はあるだろうか……。

 ミリス教団のお膝元であるミリス神聖国にザノバ商店を作るのは難しいだろう。

 だが、傭兵団だけでも先に作っておくのは、問題ないはずだ。

 ひとまず先に傭兵団を作り、人材と情報を集めておく。

 商店の方は、クリフが成功してから、改めて根回しする形でいいだろう。



「わかりました、俺もミリスに行きましょう」

「……! ありがとう、ルーデウス!」


 エリナリーゼだって、本当は自分が行きたいのだ。

 クライブを俺の家あたりにあずけて、ミリス神聖国でクリフを助けたいのだ。

 でも、きっと彼女はクリフと約束したのだろう。

 家で、クライブを育てながら、待つと。


「ただ、クリフを助けるかどうかは、俺自身で判断しますので、よろしくお願いします」

「もちろんわかってますわ」


 エリナリーゼはほっと胸をなでおろしていた。

 夫を支えようと、あれこれと手を回す……か。


 俺も自分の嫁に不満があるわけじゃないが……。

 やっぱり、いい女だよな、こいつ。



---



 そんな送別会が終わり。

 酔っぱらった三人の妻を連れ帰り、それぞれのベッドに寝かせた。

 子供たちはすでに就寝していた。

 幼い子供を置いて酔っぱらって帰ってくることができるのも、リーリャやアイシャのおかげだな。

 一言お礼を言うべく、一度リビングに戻った。

 エリナリーゼの事もあるし、アイシャにも次の支部設営について相談したい。


 そう思ってリビングに入ったところで、俺は重苦しい空気を感じた。

 今回の送別会を途中で退出したノルン。

 留守番していたリーリャとアイシャ。

 三人が、難しい顔をして、顔を突き合わせていた。


「どうしました?」

「あ、お兄ちゃん……ちょっと、これ」


 三人の前にあったのは、一通の手紙だった。

 手にとってみる。


 差出人の名前は「ラトレイア家」。

 覚えがある。ゼニスの実家だ。

 ミリス神聖国から、ようやく手紙が戻ってきたらしい。

 俺宛であるにも関わらず開封済みだが、まぁいいとしよう。


 中を見てみると、手紙が一枚。


『貴殿からの報告を受理しました。

 我が娘ゼニスが心神喪失状態との事。

 早急にゼニスを、我がラトレイア本家へと連れて戻る事を命じます。

 もしその場にいるのであれば、ノルン・グレイラット並びにアイシャ・グレイラットも連れて来ること。

 ラトレイア伯爵夫人クレア・ラトレイア』


 酷く短い文章だった。

 実直と取ってもいい。

 いや、これを手紙と言うには、少々弊害があるな。

 これは、命令書だ。


「今更こんな手紙を……」


 と、言いかけてやめた。

 考えてみると、俺が手紙を送ったのは、約5年前だ。

 ここからミリス神聖国までは遠く、馬で移動しても二年は掛かる。

 この世界の郵便はさほど発達していない。

 手紙が変な所をウロウロしている事だってあるはずだ。

 配達人が魔物に襲われるとかで、手紙自体が消失する可能性もある。

 だから、5年で手紙が戻ってきたのは、妥当といえるかもしれない。


「あれ? 手紙って、これだけ?」

「はい、それだけです」


 リーリャが答えてくれた。

 別の一通が入っていて、それを隠匿しているとか、そういう事はなさそうだ。


「そうですか……」


 数年掛かる相手に送るには、ずいぶんと短い手紙だ。

 いや、だからこそか。

 ラトレイア家も、手紙が長い距離を旅するのはわかっていたはずだ。

 恐らく届かない可能性を考慮して、何通も書いたはずだ。

 命令書のように短い文面で書いてあるのは、長文で書いて相手に本当に伝えたい事が伝わらない事を防ぐため……と考えれば合理的だ。

 命令口調なのは、どうしても戻ってきて欲しいからだろう。


「はぁ……」

「……おばあちゃん、変わらないね」


 ……と、思ったのだが、妹二人の反応は違った。

 ノルンは露骨にため息をつき、アイシャは冷めた表情で手紙を見ていた。

 二人とも、その名前は一生聞きたくなかった、って顔をしている。

 二人の反応を見るに、このクレアという人物は、こういう手紙を書く人柄の持ち主ということだろうか。


「……」


 ふと見ると、リーリャまでもが難しい顔をしている。

 そんなに嫌な人なのだろうか、このクレアという人物は……。

 会ったことは無いからわからない。


「旦那様は、いかがされるおつもりですか?」


 俺が見ていると、リーリャはふと顔をあげ、そう聞いてきた。

 俺の答えは決まっている。

 ちょうど、ミリスに行く口実も欲しいと思っていたところだ。

 渡りに船。

 ナイスタイミングだと言える。


「一応、この文面通り、母さんを連れてミリスまで行くしかないでしょう」

「……」

「……」


 姉妹と義母は、互いに目配せをしあった。

 間違った事を言ったらしい。


 そんなにクレアという人物はダメなんだろうか。

 でも、娘が記憶喪失で廃人状態と聞いたら、誰だって会いたいと思うだろう。

 親だもの。

 ゼニスを捜したかったのは、彼らも同じはずだ。

 ゼニスは家出状態だったらしいけど、それでもパウロの話によると、ラトレイア家はフィットア領捜索団にも資金援助してくれたようだし。

 一応、恩もある。

 ミリス国内においても力も持ってそうだし、俺としても会っておいた方がいいだろう。


「まぁ、どのみち、いつかミリスには行こうと思っていました。

 モノのついでという言葉もあります。

 仕事ついでに、丁度いいでしょう」

「えっ、ちょっとまって、お兄ちゃん。来月から王竜王国に行くんじゃないの?」


 アイシャが慌てたように言った。

 無論、そのつもりだった。

 王竜王国に傭兵団を作り、死神ランドルフと王女ベネディクトとコネクションを作り、ザノバ商店を維持していくためのスポンサーとなってもらう。

 アイシャには、それを手伝ってもらう手はずだった。


 アスラ王国の時もそうだったが、傭兵団支部の立ち上げはアイシャに来てもらっている。

 彼女と、彼女が現地で選んだ人材と共に、傭兵団の立ち上げをする。

 すると、傭兵団はほんの一ヶ月で軌道に乗る。

 二ヶ月目には、傭兵団はアイシャの手を離れ、独立して動き出す。

 魔法のような手腕だ。


「こんな手紙が来た以上、早い方がいいだろう。ミリスを優先して……ついでにおばあちゃんにも挨拶してこよう」

「えー……」


 アイシャは露骨に嫌そうな顔をした。

 つい数ヶ月前に成人式を迎えたというのに、彼女のこういう部分は変わらない。


「……兄さん、私は、行きたくないです」


 ノルンはそう言った。

 きっぱりとそう言った。

 行きませんでも、行けませんでもなく、行きたくない。

 アイシャのように嫌な顔をするでもなく、真面目な顔でそう言った。


「学校も大事な時期ですし、生徒会もあります。何ヶ月も空けるわけにはいきません」

「…………まぁ、そうだろうな」


 俺が卒業したって事は、ノルンは最上級生だ。

 あと1年。ちゃんと授業を受けて、試験を受けて、卒業しなきゃいけない。

 俺と違い、ノルンは6年間、しっかり学校に通っていた。

 放り出せば、ノルンの6年間は無駄になってしまう。


「えっと、お兄ちゃん。あたしもね、えっと……そうだ、お米。お兄ちゃんの大好きなお米の収穫があるから行けない!」


 アイシャは思いついたかのように言った。

 でも俺は知ってる。

 アイシャが傭兵団の面々を使って郊外に田畑を作り、そこで米を量産している事を。

 すでに責任者を置いて全てを任せているため、アイシャ自身はあまり畑には行ってない事を。

 全部知ってる。

 だから、そのへんを指摘して、連れて行く事はできるだろう。


 だが、アイシャは気分屋だ。

 無理に連れていって、適当な仕事をされても困る。

 かといって、アイシャに来てもらわないと、支部の立ち上げで困る。

 俺一人ではうまくいかないだろうし……。


 あ、そうだ。

 別にミリスに行っても、会わないって選択肢はあるか。


「わかったよアイシャ、そんなに会いたくないなら、無理にとは言わない。

 でも、せめてミリスまで一緒には来てくれ。

 ラトレイア家には俺とリーリャさんと母さんの三人で行ってくるから、お前は傭兵団の方に専念してくれればいい」

「……やたっ。ありがとうお兄ちゃん!」


 アイシャがにぱっと笑った。

 そんなに嫌か。

 でも、リーリャもそんなアイシャを咎めない。

 いつもなら、こういう事をいうと小言と同時にゲンコツなのだが。


「わかりました旦那様。お供させていただきます」


 リーリャはいつも通りの無表情で頭を下げたが、彼女自身あまりクレアには会いたくなさそうだ。

 彼女の立場を考えれば、わからなくもない。

 ゼニスはミリス教徒だった。

 その母親も、きっとミリス教徒だろう。

 ミリス教において、二人目の妻というのがどういう扱いになるのかはわからない。

 少なくとも、歓迎はされないだろうな。


「リーリャさん、お手数を掛けます」

「いえ、当然のことです」


 俺一人では、ゼニスの世話はしきれない。

 リーリャかアイシャ。

 最低でもどちらかは付いてきてもらわないとまずい。


「じゃあ、アイシャ。そういう事だから、王竜王国からミリス神聖国への切り替えを頼む」

「はーい。出発はいつ頃?」

「そうだな……アイシャの準備が整い次第でもいいけど」


 いっそ、クリフに合わせるか。

 特に理由は無いが、転移位置からミリスまでは少し距離もある。

 別に手伝うわけでもないのだし、ご一緒してもいいかもしれない。


「じゃあ、一ヶ月後に」

「りょうかーい」


 それにしても、祖母か。

 どんな人なんだろうな。

 ノルンとアイシャの反応を見る限り、会うのが怖い。


 酔いつぶれて寝てしまった妻たちには、明日にでも伝えるとしよう。



---



 王竜王国行きを変更。

 次の傭兵団支部はミリス神聖国に作る。

 アイシャは文句を言いつつも準備を開始してくれた。

 王竜王国用、と書かれた紙束とは別に、ミリス用と書かれた紙束を作り始めた。

 それを見るに、各国でどんな人材が必要になるのかという資料を用意しているのだろう。


 今回は国に後ろ盾がないため、人材集めにしろ何にしろ、もう少し時間が掛かるだろう。

 ひとまずは、半年ぐらいを目処にしておく。

 そこで軌道に乗れそうか、まったく無理そうかの見極めだ。


 クリフにも、一応言っておく事にした。

 偶然、たまたま、ゼニスの実家から呼び出しを食らったから、一緒に行こうとかなんとか。

 クリフは苦笑していたが、嫌がっているようではなかった。


「なんだかんだ言って、君はついてくると思っていたよ」


 って事だ。

 何やら信頼のようなものを感じられる、安堵の篭った言葉だった。


 案外、クリフも不安だったのかもしれない。

 ザノバの時はついていくと言ったくせに、自分の時は付いてきてくれないのかって。

 意外と僕には友情を感じていないのかなって。

 そんなわけないのになー。

 クリフ先輩ったらもう。



 さて、これでミリス行きはクリフを除いて4人だ。

 俺、アイシャ、ゼニス、リーリャ。


 リーリャとアイシャが出ると、家事能力が高い人が少なくなるため、シルフィは留守番。

 魔族という事で、ミリス神聖国では嫌な思いをするからと、ロキシーも留守番。


 エリスは行きたそうにしていたが、リーリャが強く反対した。

 エリス奥様はラトレイア家には行かない方がいい、絶対に争いになる、と。

 その真意についてはよくわからない。

 だが、リーリャの言葉から、ラトレイア家のクレアという人物が、かなり気難しい人物であることは読み取れた。


 そんなのとエリスを会わせない方がいい、というのは理解できる。

 ゼニスの実家と険悪になるのも面白くはない。

 乳幼児を連れての旅ってのも大変だしな。


 ってわけで、エリスにも断念してもらった。


 珍しく、嫁が誰もついてこない状況だ。

 ……ま、たまにはこういう時もあるだろう。



---



 そうして準備を進め、もうすぐ出発という段階になったある日。


 シルフィの妊娠が判明した。

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