間話「成人式」
妹の話をしよう。
ノルンは、最近は生徒会長として頑張っている。
最近は生徒たちの大半が「生徒会長と言えばノルン・グレイラット」と認識している。
もっとも、アリエルが生徒会長だった時代を知らない生徒の比率が増えたのも関係しているだろう。
ノルンは人気のある生徒会長だ。
一般生徒の中には、ノルンを気安く「ノルンちゃん」と呼ぶ者も多い。
ノルンは嫌がっているようだが、愛称のようなものだろう。
アリエルは頼られる生徒会長だったが、ノルンは親しみのある生徒会長なのだ。
ただ、
学校のマスコット的な立ち位置でもあるらしい。
無論、彼女は生徒会だけでなく、勉強の方も頑張っている。
先日は、剣術の訓練で剣神流中級の認可を受けたらしい。
俺の周囲と見比べてみると少々遅いが、しかし普通はこんなものだろう。
魔術の方も頑張っているし、その他にもいろんな授業をとっているようだ。
詳しい内訳は分からないが、たまに顔をだす学校で「ノルン会長ってどこでも見るよな」なんて言葉を聞いた事がある。
なかなか一番にはなれないようだが、その分、いろんな分野に手を出しているのかもしれない。
アイシャは、最近はアルス君にベッタリだ。
エリスが子育てに対して不器用さを発揮しているというのもあるが、
男の子の赤ん坊が可愛いようで、何かと構っている。
お気に入りなのだろう。
三人の子供の中で何がいいのかはわからないが、最近は「アルス君は可愛いなぁ」と口癖のように言っている。
もちろん、それはいい。
だが、少し心配な部分もある。
ちょっと構い過ぎというか……。
この間など、空腹で泣き出したアルスに対し、己の胸をはだけて吸わせようとしていた。
吸えば泣き止むかと思った、などと供述していたが……。
実際アルスもおっぱいに包まれると幸せそうに笑うので、アイシャがそういった行動に出るのはわからないでもない。
でも、ちょっと心配だ。
胸を見せる相手が、赤ん坊ぐらいしかいないのだと思うと、な。
まあ、心配なのはそれぐらいだ。
傭兵団に関しては、うまいことやってくれている。
傭兵団をオルステッドコーポレーションの諜報組織として、世界規模で広めていくと宣言した俺に対し、特に方法を聞くでもなく、別の土地に支部を作るのに必要な人材、建物、交渉の手配をしてくれる。
リニアとプルセナの手綱もうまく握ってくれている。
アイシャは最高のブレーンと言える。
二人とも、それぞれ頑張っている。
さて、そんなアイシャとノルンだが、もうすぐ15歳になる。
もはや説明の必要もないかと思うが、この世界において5年毎の誕生日は節目とされ、盛大にお祝いをする。
特に15歳。
15歳は成人とされ、貴族などは大規模なパーティを行う事も多い。
成人式だ。
この世界の人族にとって、最も重要な日と言えよう。
そして、これまた説明の必要もないかと思うが、俺は二人を祝おうと思う。
そりゃもう盛大にだ。
オルステッドからドカーンと金をもらって、
でっかい建物をドーンと借りきって、
俺の知り合いとか、偉い人とかバンバン呼んで、貢物もガンガンさせて、
世界で一番のお姫様みたいな扱いをしてやるのだ。
そう意気込んでロキシーに相談して見た所、
「アイシャはともかく、ノルンはもうちょっと地味な方が喜ぶと思います……やめておいた方がいいのでは?」
と、釘を刺された。
貴族じゃあるまいし、家の中だけで十分だろう、との事だ。
その後、「ルディは15歳の誕生日を祝ってもらったことがないから、張り切っているのですね」とロキシーに頭を撫でられた。
個人的には自分の15歳の誕生日とかどうでもよかったが……。
まあいいや、せっかくロキシーが頭を撫でているのだから、甘えてしまおう。
ごろにゃーん。
ともあれ、何事もやり過ぎは注意だ。
ロキシーのお陰で目が覚めたよ。
「ひとまず、二人以外の家族には話を通して、お祝いの方法を考えましょう」
というわけで、ノルンとアイシャを除いた全員にて会議を行うことにした。
---
会議は夜中遅く、地下にて行われた。
一つのろうそくを囲み、薄暗い中でアイシャとノルンを除いた家族全員が顔を突き合わせる。
「ようこそ、闇の――」
「あの、ルディ、もう少し明るい方が文字を書きやすいのですが……」
書記のロキシーが開催の挨拶を遮って文句を言ってきた。
「いやでも、明かりが漏れてると、アイシャに気づかれるかもしれないし」
「そもそも、なんで隠すのですか?」
「なぜと言われても……」
隠すものじゃないのだろうか。
例えば、バレンタインの準備は男子に知られてはいけないらしいですし。
「隠していると準備も大変ですし、特に理由がなければ明かしていただいた方がありがたく思います」
と、リーリャ。
準備する方としては、隠していない方がいいらしい。
まあ、そりゃそうか。こそこそ準備するより、堂々と準備した方が楽だろう。
「ふむ」
でも、そうだな。
別に隠さなくてもいいよな。
思えば俺の時は5歳の時も10歳の時も、サプライズパーティだった。
ゆえに、誕生パーティは隠すもの、という先入観があった。
前回のこともあり、ノルンもアイシャも、祝ってもらえる事ぐらいはすでに悟っているだろう。
なら、言わない理由もない。
「じゃあ、二人にはオープンにしていくという方向で」
大々的にやろう。
その方が、プレゼントを買う時も気にしないで済むだろう。
アイシャは商店街の皆様とは仲がいい。
あんまりこそこそにしてると、「こないだアイシャちゃんのお兄ちゃんがきて、可愛らしいパンツを買っていったんだよ」とか言ってしまうかもしれない。
もちろん、パンツを買うつもりはない。
喩え話だ。
決して、先日、シルフィに履かせようと思ってパンツを購入し、アイシャにニヤニヤ笑いながら指摘されたから、そう言ってるわけではない。
「でも、贈り物等は秘密にしておいた方がいいわね」
エリスの言葉に、うんうんと、全員が頷いた。
「秘密でも、ボクらがそれぞれ何を上げるかってのは、被らないように決めておいた方がいいだろうね」
シルフィが追従する。
彼女の言うことはもっともだ。
当日、社交的な二人は各所からいろいろとプレゼントをもらうだろう。
ノルンは生徒会や親衛隊から、アイシャは傭兵団や商店街の人々から。
そのへんと被るのは仕方ないにしても、
せめて家族間で同じものを上げるのは避けたい所だ。
「では、それぞれ何をあげようと思っているのか、今のうちに決めておきましょう」
というわけで、今回の集会の議題は、プレゼントの中身について、という形になった。
と言っても、各員、予めある程度は決めていたようだ。
リーリャはノルンにハンカチを、アイシャにはエプロンを。
シルフィはノルンに本を、アイシャに羽ペンを。
ロキシーはノルンに特注の鎧を、アイシャに園芸用のシャベル(魔道具)を。
エリスはノルンに剣帯を、アイシャにベルトを。
それぞれ送るようだ。
皆様、いろいろと考えているようだ。
無論、俺も考えていなかったわけではない。
ノルンには、パウロの人形を贈ろうと思い、数日前から製作に入っている。
ノルンはパウロが好きだったし、成人したのを誰よりもパウロに伝えたいだろう。
すんげー微妙な顔をされるかもしれないが……まぁ、そのときはそのときだ。
ただ、アイシャに関しては、ちょっと迷っている。
彼女がほしいものがわからない。
アイシャが好きなのは、可愛いものだ。
その凄まじい才能からは想像もつかないほどにベタベタの少女趣味である彼女は、ヒラヒラのフリルがついた可愛い服や、キラキラの安っぽいアクセサリを好む。
そういうのを贈ってもいい。
でも、最近は傭兵団で顧問料をもらっている事もあって、ほしいものは大体手に入れてるみたいだ。
「ちょっと参考までに、今まで皆様が成人の時に何をもらったのか聞いてもいいですかね?」
一応、女性陣に聞いてみる事にする。
リサーチは大事だろう。
「ずいぶんと昔の話になりますが、私は両親から髪飾りを頂きました。少しは女らしくしろ、と」
というのは、リーリャ。
15歳の時のリーリャがどんなのかは知らないが、あまり飾りっけのない性格だったとは聞いている。
なにせ、道場の娘だしな。
「ボクは誕生日がわかんなくなってたから何も……あ、でもアリエル様たちから色々もらったっけ、服とか靴とか……」
シルフィは服飾関係らしい。
普段は着飾らず、ボーイッシュな格好をしている彼女に、せめてプライベートの時には、とプレゼントしたのだろうか。
「私は特には。ミグルド族にそういった風習はなかったので」
ロキシーはそうか。
一応、結婚祝いに帽子を送ったので、それを挙げてくれてもよかったんだが。
「私は、ルイジェルドに戦士って認めてもらったのと……ルーデウスからは、その……アレよ!」
エリスはアレか。
口に出すのも恥ずかしいが、俺とエリスの初めてのアレだ。
ユニフォーム交換だ。
そういえば、アイシャは俺に好意を向けてくれている。
もしかして、アレをもらうとすごく嬉しかったりするのだろうか。
いや、アレと同じことをアイシャにするわけにもいくまい。
でも、アレまで行かなければ?
海の見えるレストランで、君の瞳に乾杯とかなんとか言って、
部屋は取ってあるけど、最後までいかず、添い寝するだけで。
一生一度一夜限りのシンデレラナイトを演出……。
自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
俺自身にそんな価値があるものか。
「うーん、アイシャに上げるものが決まらない」
「アイシャちゃん、ルディからもらったものならなんでも喜びそうだけどね」
シルフィはクスっと笑いながら言った。
そうかもしれないが、だからこそだ。
だからこそ、もらって超嬉しいものを上げたい。
……いっそ、超高価なものというのもアリだろうか。
10万カラットのダイヤモンドとか。
オルステッドに言えば、ある場所を教えてくれるだろう。
例えベヒーモスの腹の中だって取りに行くのは躊躇しない。
「ルディが今までもらった中で一番うれしかったものを上げる、というのはどうでしょうか」
ロキシーの提案に、ハッとなった。
仰るとおりだ!
「なるほど……そうしてみます」
一つの答えを得た俺は、深く頷いた。
プレゼントは決まった。
---
その後、何度かの打ち合わせを重ねて、準備を着々と整えていく。
ノルンとアイシャには、お誕生日会をするので、その日は開けておくように通達しておいた。
二人は誕生会の開催を喜んでくれた。
ノルンは「そんなのいりません!」とか言うかと思ったが、
素直に「ありがとうございます」と頭を下げてきた。
ノルンのこうして素直な態度は珍しい……と、思ったが、考えてみると、ノルンが俺に対して刺々しいのは、学校の中だけだ。
学校では立場もあるから、仕方ないのかもしれない。
アイシャはもっと単純に「すごい楽しみ!」とウキウキした様子を見せる。
かと思ったが、違った。
むしろびっくりした顔をして「そっか、あたし、もう大人なんだ」と今更気づいたかのようにつぶやいていた。
賢い彼女の事だから、何か思う所でもあったのだろうか。
なんだったら、会の途中で俺が大人としての訓示でもたれてみようか……。
いや、やめとこう。
俺は自信を持って大人と言えるほど大人じゃない。
ここで偉そうに何かを言っても、将来的に赤っ恥をかく結果になりそうだ。
ともあれ、二人への通達も終わり、あとは日を待つだけとなった。
---
開催当日。
ノルンはいつもどおり学校に行った。
「なるべく早く帰ってきます」
という言葉から推察するに、楽しみにはしてくれているようだ。
アイシャも朝早くから傭兵団の事務所の方に出かけた。
……のだが、昼前には帰ってきた。
仕事の方は早めに終わらせたらしい。
団員から何かプレゼントでももらってくるかと思ったが、手ぶらだった。
「なにかもらったりとかしなかったのか?」
「んー、誕生日だって言ったんだけどね。獣族だからか、みんなそういう風習とかよくわかんないみたい」
とは言え、お祝いは各所から言われたようで、上機嫌のように見えた。
しかし、商店街の人々もアイシャに対して何も上げなかったのだろうか。
まあ、客とはいえあくまで他人だしな……。
大体、お祝いがモノだけとは限らないからな。
大事なのは心意気だ。
祝おうとする気持ちが大事なのだ。
「ねぇ、お兄ちゃん。準備する所、見てていい?」
「ああ、もちろん」
アイシャはそのまま、食堂に陣取り、会場設営をする俺たちをボンヤリと見始めた。
リーリャとシルフィが厨房と食堂を行ったり来たりする様子を。
市場に行ったエリスとロキシーが食材の山を担いで帰ってくる様子を。
俺がそれぞれの手伝いをしながら飾り付けをしている様子を。
黙って、じーっと見ていた。
見られるとやりにくいが、今日の主役は彼女だし、見ていいと言った手前、ちょっと夕方まで出かけててとは言いにくい。
もっとも、本当に見ているだけだ。
アイシャは特に口出しをするでもなく、無表情で俺たちの仕事を見ている。
途中、ゼニスが彼女の隣に座って、アイシャの頭をなでても特に言う事なく、じっと。
途中、レオがアイシャの膝に頭を乗せても、特に相手することはなく、じっと。
途中、アルスが泣きだしたので離席するも、すぐに戻ってきて、じっと。
途中、ルーシーに「アイシャおねえちゃん、お暇ならあそんで?」と言われても、「んー、ごめんね、実はちょっと忙しいんだ」と微笑んで、じっと。
ただただ、何をするでもなく、見ていた。
彼女が何を考えているのかわからない。
成人についてあれこれと考えているのか。
それとも単に「手際が悪いなー」とか思っているのか。
俺にはわからない。
そうしているうちに、時刻は夕方になった。
アイシャに見守られる中、準備は着々と進み、完了した。
飾り付けされた食堂。
部屋の隅には、二人に渡すプレゼントが梱包され、山と積まれている。
テーブル上には、冷めても大丈夫な料理が並べられている。
メインディッシュはノルンが帰ってきてから作り始める手はずだ。
あとは、ノルンの帰りを待つだけとなった。
予定より少し遅れているだろうか。
あまり遅くなるようなら迎えにいこう。
なんて思っていたが、ノルンは宣言通り、早く帰って来た。
「ただいま戻りました」
ノルンは、両手に抱えきれないほどの荷物を持っていた。
左手には大きな花束。
右手には木箱が抱えられており、中には反物やら、むき出しの髪飾りやら、何に使うのかわからない不思議な形をしたオブジェクトといったものが詰め込まれている。
「ごめんなさい、遅れました。
帰りがけにいっぱいもらっちゃいまして……。
寮に置いてこようと思ったんですけど、クローゼットに入りきらなくて。
これだけは家に置いとこうと思ったんですけど、途中で袋が破けて……」
学校で、色々な人に声を掛けられ、色んなプレゼントをもらったらしい。
学校には、それだけノルンの成人を祝おうという人が多いのだ。
さすが親しまれる生徒会長と言うべきか。
変なものもらってないといいが。
髪の毛入りクッキーとか……。
ともあれ、ノルンを家に迎え入れ、本格的に会をスタートすることになった。
---
会の流れは、数年前に行った、二人の誕生パーティの時と一緒だった。
俺による開催の挨拶。
15歳になったからといって何か変わるわけではないが、世間からは大人として見られるであろう、といった訓辞をたれる。
そんな訓辞はやるまいとは思っていたが、やってしまった。
つい口が滑って偉そうな事を言ってしまった。
もっとも、俺を皮切りにウチの大人連中もそれぞれ「成人した後の心構え」を語っていた。
これからはなにかをするのに家の許可を取る必要はないけど、責任は持つ事、とシルフィ。
学ぶ事は忘れてはいけない、とロキシー。
何か目標を持ちなさい、とエリス。
リーリャは、感動もひとしおなのか、パウロとゼニスの若き日や、二人が生まれた日の事を語り、半べそになってゼニスに頭を撫でられていた。
その後は、プレゼントの贈呈だ。
俺たちからのプレゼントに、ノルンは花が咲いたかのような笑顔を見せた。
特に、ロキシーが知り合いの鍛冶師に頼んで作ってもらった鎧が気に入っていた。
ロキシーはこの日のために、現在ゼニスの部屋に飾られているパウロの鎧によく似たデザインの鎧を特注したらしい。
ノルンの体に合わせてサイズを調整し、女性向けにアレンジを加えて。
エリスの上げた剣帯と合わせ、パウロの愛剣を腰に差してみると、馬子にも衣装とばかりに一端の剣士に見えた。
この二人は以前ノルンが「冒険者になりたい」と言った事を覚えていたのかもしれない。
俺が作ったパウロの胸像は、最初ドン引きされた。
自信作ではあるが、30センチほどもある石像だし、その気持ちもわからなくもない。
作ってる途中はわからなかったが、現代日本人の感覚でいうと「もらって困るもの」に分類されるかもしれない。
が、この世界には写真などは無い。
像を見ているうちにパウロの事を思い出してしまったのか、ノルンは目に涙を浮かべ「大事にします」と受け取ってくれた。
そうしてプレゼントを受け取った後、ノルンは言った。
「その、ありがとうございます。これからは大人としての自覚をもって、頑張っていこうと思います。これからも、支えてください」
感激が胸いっぱいという感じだったが、堂々と、立派に言い放った。
その言葉でリーリャがまた、泣き崩れていた。
ノルンは、本当に立派になった……。
さて、ノルンは非常に喜んでいたが、アイシャの方はどうか。
アイシャも嬉しそうにはしていた。
だが、俺は彼女を見て、何か違和感を覚えた。
無論、露骨に顔をしかめたり、嫌がったりという事はない。
何かをもらう度に「うわー、すごい! 可愛い! ありがとう!」とお礼を言ったり「ちょうど欲しかったんだ!」と嬉しがったり。
表面上はいつもどおりの明るいアイシャで、この会を楽しんでいるように見えた。
だが、なんだろうか。
やはり違和感という言葉が正しいだろう。
俺の目に映るアイシャは、どことなく冷めているようにも見えた。
笑顔も笑い声も作り物めいていて、演技しているようにも見えた。
そう思うのは、昼間の彼女を見ていたからかもしれないが……。
そんなアイシャに俺が上げたのは、ペンダントだった。
ミグルド族のペンダント。
……は、ルイジェルドにあげてしまったので、そのレプリカだ。
手作りだから高価なものではなく、本物でもない。
「アイシャ、これは、俺が成長するきっかけを与えてくれたものだ。
お前にとっては何の意味もないものだが、
俺はお前の成人の証として、これを贈ろうと思う」
自己満足の範疇だという自覚はあった。
でも、なぜかノルンより、アイシャにこれを上げたかった。
なぜかはわからない。
ただ、もらって一番うれしかったものと聞いて、これが真っ先に浮かんだのだ。
「……ありがとう」
アイシャは喜ばしい顔はしていなかった。
きょとんとした顔をしていた。
そして、何かを考えこむかのように、ペンダントをじっと見つめるのだった。
---
その後、メインディッシュやケーキを食べながら誕生会を楽しんだ。
サプライズもあった。
日が完全に落ちてから、学校の生徒が訪ねてきて、ノルンへとプレゼントをおいて行ったのだ。
今日、学校でノルンが15歳の誕生日だと知った後、慌てて買ってきたようだ。
そんなのが、何人も来た。
俺が出迎えると、何人かは青い顔をしていたが、そこはキラッとルーデウスマイルで事なきを得た。
やはり、笑顔は人類共通の挨拶だね。
……ごめん嘘ついた。
俺の笑顔を見た瞬間、連中は逃げようとした。
シルフィが捕まえて、プレゼントは無事にノルンの所へと届けて、事無きを得たが……。
無礼な奴らだよ。
そんなのが何人もきたせいか、いつしかノルンへのプレゼントは山のようになっていた。
対する、アイシャのプレゼントは、俺達家族からもらったものだけ。
アイシャは笑顔を作ってはいるものの、
その笑顔が作り物めいて見えるせいか、何やら傷ついているようにも見えた。
俺以外は、アイシャの作り笑いに気づいていないのだろうか。
俺が深読みしているだけで、アイシャは気にしていないのだろうか。
そろそろシルフィに相談した方がいいのだろうか。
なんて迷っていた時。
ふと、玄関先が騒がしくなった。
大勢の人の気配と、レオのワンワンと吠える声。
「何かきたわね……」
エリスが険しい顔で部屋の隅においてあった剣を取る。
オルステッドでも来たのだろうか。
いや、それにしては人の気配は大勢だ。
オルステッドが大勢を引き連れてくるはずがない。
なんて思いつつ、俺は玄関に向かった。
外に出ると、ガラの悪い連中が大挙として押し寄せていた。
ガタイが大きく、毛深く、長い犬歯を持つ連中。
全員が、無骨な黒いコートを身につけていた。
威圧感を覚える連中だ。
だが、その姿はかなり汚れていた。
怪我をしていたり、コートがボロボロになっている奴もいる。
その筆頭に立つのは、この町でも一番のワル二人。
二人はボサボサになった髪を振り乱しながら、言い争いをしていた。
「リニアが悪いの、昨日の仕事の最後でミスるから、出発が遅れたの」
「あ、あれを投げてきたのはプルセナじゃニャいか」
「すぐ人のせいにするの。全部リニアのせいなの」
「獲物の匂いを追ってたはずなのに、野宿中の冒険者が焼いてる肉に引き寄せられたヤツがよくいうニャ。あれのせいで獲物を仕留めるのに時間が掛かったんだニャ」
「ぐっ、あ、あんな所で野宿なんてする方が悪いの」
リニアとプルセナ。
二人はいつものように険悪な空気を作っている。
ただ、これはじゃれあいだ。
周囲の面々も慣れているのか、後ろに手をやって直立不動を貫いていた。
「あ、ボス」
「むっ、全員、挨拶ニャ!」
俺の姿を目にしたリニアの号令で、彼ら一同、一斉に頭を下げてきた。
その途端、彼らの後ろにあったものが目に入った。
木の板に乗せられた。三つの塊だ。
「ボス! 顧問の成人祝いニャ!」
「昨日から森に行って、みんなで取ってきたの!」
それは、巨大な魔物だった。
イノシシに似た魔物だ。
この辺りの森に生息しているヤツだ。
昨日から……。
「……お前ら、今日は事務所にいなかったのか?」
「大丈夫ニャ。最低限の人員は残したニャ」
「そうなの。今日はほとんどお仕事ないように調整したの」
てことは、アイシャが早めに帰って来たのは、事務所に誰もいなかったからか。
祝ってもらおうと喜び勇んで行ったら、誰もいない。
仕事もない。
待ってれば誰かくると思ったが、午前を回っても誰もこない。
そりゃ、アイシャもセンチな気分になるな。
「あ、顧問ニャ!」
「みんな、顧問なの!」
振り向くと、そこにアイシャがいた。
目の前にドンと置かれたイノシシを見て、唖然とした顔をしている。
「なに、これ……」
「顧問! 誕生日おめでとうなの!」
プルセナの言葉を皮切りに、団員がもう一度、一斉に頭を下げた。
おめでとうございます、おめでとうございます、と近所迷惑のような大声がこだまする。
まるでヤクザの集会のような光景。
頭を下げられるのは、一人の少女。
「…………あはっ」
アイシャは笑った。
その光景を見て、とうとう耐え切れなかったかのように、笑った。
「そんなに、食べきれるわけないじゃん……あは、あはははは」
自分でそう言うと、何がツボったのか、大声で笑い出した。
団員たちは笑われながらも、
しかし、アイシャの嬉しさはわかったのだろう。
誰もがほっとした顔をして、朗らかな笑みを浮かべていた。
今日はノルンの人気ばかりを目の当たりにしてきたが、
アイシャもちゃんと、自分のコミュニティの面々には受け入れられているのだ。
「ねぇお兄ちゃん、せっかくだし、ウチの庭を使ってさ、皆で食べてってもらっていいかな」
そんな提案に、ふと団員の方を見ると、しっぽを振っているヤツが何人もいる。
獣族のしきたりは知らないが、普通は獲物を譲渡するだけでなく、自分も祭りに参加して食べるのだろう。
ハラペコなのか、よだれをたらしてるヤツや、腹を鳴らしているヤツもいる。
「ああ、もちろんだ」
俺のそんな言葉で、アイシャは満面の笑みを浮かべた。
---
その後、ノルン目当てでやってきた学生を巻き込みつつも、庭で宴会が始まった。
獣族の持ってきたイノシシが丸焼きにされ、
商店街でアイシャに世話になったというおっちゃんが持ってきた酒が振る舞われた。
近所迷惑だっただろうし、厳かな成人式ともかけ離れていたせいか、ノルンもため息をついていた。
もっとも、ノルンも嫌そうな顔はしていなかったし、水を差すような事も言わなかった。
アイシャが、心の底から楽しんでいるように見えたからかもしれない。
宴会はしばらく続き、傭兵団の面々の腹がくちくなった所でお開きとなった。
人々が三々五々、お開きになる中、ポツリとアイシャが言った。
「大人って、わかんないや」
自覚を持って生きるといったノルンに対し、アイシャの言葉は子供っぽいようにも聞こえた。
でも、そんなもんだろう。
アイシャはアイシャの、ノルンはノルンの大人像がある。
人の数だけ、大人と子供がいる。
それぞれ、自分の理想に近づいていけばいいのだ。
「そうだな、わかんないな」
俺はそう答えておいた。
アイシャに対しては無理に大人ぶる必要はない、そう思えた。
こうしてアイシャとノルンは、15歳になった。