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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

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第二百十三話「今後の方向性とクリフの悩み」

 一ヶ月が経過した。

 そろそろ冬が終わり、春がくる。



---



 この一ヶ月、俺は集中してオルステッドとの話し合いを行い、細々とした計画を立てた。


 まず、仲間を集めるということについて。

 これは三つの方向性を定めた。


 一つは、情報収集メインの諜報・雑務組織の立ち上げ。

 これはアイシャ達が作り上げた「ルード傭兵団」を使う。

 裏でオルステッドに全面協力してもらい、世界的にこの組織を拡大させる。

 それぞれで連携させつつ、本部に各国の情報が集まってくる形にする。

 本部にいかずとも、支部にいけばその周囲で何が起こったのかを細かく知る事も可能だろう。

 これはオルステッド用というより、俺自身の活動を補助する役割が強い。


 二つ目は、権力のある人物。

 あるいは、これから権力を持ちそうな人物を仲間に引き入れる。

 ラプラスは復活すると戦争を起こすという。

 順当に考えると、人族各国と戦争になるだろう。

 その時に、予めそうなる事がわかっているのといないのとでは、各国の対応力も変わってくるはずだ。

 ゆえに、権力者に予め戦争があることを知らせておき、注意を喚起し、彼らに微弱ながら力を貸すと同時に、80年後に向けてゆっくりでもいいので動いてもらう。

 ラプラスとの戦争時、各国の協力があるか無いかで、ルード傭兵団の動きやすさも変わってくるはずだ。


 三つ目は、戦闘メインの武人集団。

 一応、これがオルステッドに関してメインとなるか。

 オルステッドの代わりにラプラスと戦う人物を仲間に加える。

 彼らには、オルステッドの代わりに、ラプラスと戦ってもらう。

 呪いが解消され、オルステッドと共闘できるというのなら、そのままヒトガミとの決戦についていってもらうのもいい。

 誰がいいか……というのはオルステッドと相談して決めた。


『元々ラプラスと戦う運命にあり、ヒトガミの使徒になりにくい人物』

 というのが結論だ。


 鬼神や鉱神といった、今代では関わりが無いが、後にラプラスと対立する人物。

 水神流や剣神流も、今代の連中は関係ないが、その弟子たちはラプラスと対立する。

 また、北神カールマン三世、死神ランドルフといった長命な人物にも声をかけていくつもりだ。

 中にはラプラスに個人的な恨みを持つ人物もいる。

 ルイジェルドも、その一人だ。


 居場所の分からない相手はルード傭兵団で捜索し、俺が直接訪ねて土下座外交だ。

 場合によっては、恩を売らなければならない可能性もあるだろう。

 ひとまず、強そうな人物は片っ端から声をかけていく形になる。


 さて、それらを集めるに当たって、ネックとなる存在がある。

 ヒトガミだ。

 奴の事だから、使徒をつかって邪魔してくるだろう。

 ヒトガミの使徒は、基本的に誰がなるかわからない。

 オルステッド曰く、可能性の高い低いはあるらしい。

 が、今回のループでは、可能性の低い人物も使徒になっているらしく、判別は困難だ。

 これから俺が活動していく上で、オルステッドの想定外の人物が使徒化してしまう可能性は大いにありうる。


 これに対する対策だが……正直、思いつかなかった。

 なので、いっそ考えない事にした。


 第一に、ヒトガミがどんな基準で使徒を選んでいるのかはわからない。

 オルステッドは「運命の強い人物を選ぶ傾向にある」と言っていた。

 が、現状で運命の弱い人物も使徒になっている。

 そもそも運命の強さの基準もよくわからない。

 オルステッドとヒトガミだけが知ってそうなルールだ。

 そんなルールに従っていちいちオルステッドのお伺いを立てても、よけいな心労がたまるだけ、考えるだけ無駄な気がする。

 ゲームの初心者には、初心者なりの立ち回り方がある。


 ひとまず仲間にした連中に対し『夢のお告げを信じるな』という標語は設定しておく。

 だが、それでも、使徒は出るだろう。

 怪しいと感じたら使徒かどうかを確かめ、その都度、殺害していく形になる。

 辛い役割だが、出来る限り俺がやろうと思う。


 俺が辛い事を除けば、あとはひたすらに数を増やしていく方向でも問題ない。

 なにせ、ヒトガミの使徒は三人までだ。

 こちらを増やせば増やすほど、有利にはなる。

 例えば、こちらが5人しかいない状況で、1人が使徒になって裏切ったら、戦力は20%減。

 相手の戦力も増えて、戦況はヤバくなる。

 だが、こちらが10人なら、あるいは20人なら。

 100人なら、1000人なら。

 1人や2人が裏切ったぐらいでは、揺るがない。


 頭が操られて1000人全部が敵になる、となったらまずいが、

 基本的に頭は俺だから、大丈夫だ。

 俺が死んだ後は少し心配だが、俺以上に優秀な人材などいくらでもいる。

 任せるに足る人物も出てくるはずだ。

 今でも、ロキシーとかいるしね。



 また、仲間集めの他にも、やるべき事、手に入れておくべき物はたくさんある。


 一つが、オルステッドとの連絡手段の確保だ。

 前回の戦いにおいては、連絡不足でパックスを死なせてしまった。

 無論、連絡不足以外にも要因は様々あるだろう。

 だが……オルステッドとの密な連絡手段があれば、回避できたはずだ。


 オルステッドに頼りっきりになろうとは思っていない。

 でも、これからは今以上に、離れて行動する事が多くなる。

 そのため、連絡手段は必須だろう。

 重要な局面においては、自分ひとりの判断で動くより、誰かに相談した上で動いた方が良い場合が多いはずだ。

 相手の窮地を知ることができれば、急行することもできるしな。

 もっとも、俺がオルステッドを助ける場面は想像もつかないが。


 ともあれ、やはり、携帯電話は必要だ。

 電話でなくても、相手に一方的に情報を届ける事が出来ればいい。


 という事を踏まえて、オルステッドに相談してみた。

 電話なるものの存在について説明しつつ、似たようなものは存在しないか、あるいは作れないかな、と。


「声や文字を届ける魔道具か」

「文字だけでもいいんですが、とにかく遠くにいても情報のやりとりは出来た方がいいかなと。判断に困る時は相談したいですし、だめですかね?」


 無理だろうと思った。

 世の中、そんな便利じゃない。


「龍族の魔道具に似たようなものがある。それを再現すれば、恐らくは可能だろう」


 と、思ったのだが、意外にもオルステッドの返事は色よいものだった。


「へぇ、そんなものがあるんですか」

「ああ、お前も見たことがあるはずだ」


 マジかよ。

 そんなんどこにあったっけ。

 あれば便利だ俺も欲しい、と思うはずだが。


「七大列強の石碑や、冒険者ギルドのカードだ」

「ああっ!」


 なるほど。

 言われてみるとそうだ。

 冒険者ギルドのカードは音声入力だったし、七大列強の石碑は同じ文面のものが世界中に転がってる。

 はー。

 なるほど。

 冒険者ギルドのカードって、龍族の作りしブツだったのか。

 確かに、なんかオーバーテクノロジーっぽかったものなぁ……。


「少し改良が必要だが、作って見るとしよう」

「え? オルステッド様が、直々に作られるのですか?」

「どうせ、お前の出現で予定は狂いっぱなしだ。必要があるなら作っておいた方がいいだろう……次回にも活かせる」


 というわけで、オルステッドが手ずから作ってくれる事になった。

 嬉しい誤算だ。

 次回もオルステッドが俺を仲間に引き入れようと考えているらしいというのも見えて、実に嬉しい。


「出来ない可能性もある、考慮しておけ」

「イエッサー、ボス!」


 と、通信機器に関しては良しとしよう。



 もう一つ。

 前回の失敗を踏まえて、作っておかなければならないものがある。


 魔導鎧の輸送方法だ。

 前回、せっかく持っていた魔導鎧『一式』も、移動にしか使えなかった。

 町から砦へと運ぶのにもずいぶんと手間が掛かり、

 城内にも持ち込めず、結局は死神ランドルフとの戦いでも使えなかった。


 今後、死神レベルと戦う事はそうそう無いとは思う。

 けど俺と『二式改』で対処出来ない相手はまだまだいるはずだ。

 何とかしておきたい。


 無論、それを解消すべく、小型で性能のいい『三式』の開発も進めている。

 だが、『三式』の製作にはまだまだ時間が掛かる。

 ザノバも全面的に協力してくれてはいるものの、一年や二年で出来上がるものではないだろう。


 そこで、一つの案が浮かんだ。

 『一式』をそのまま召喚してはどうか、というものだ。


 かつてシルヴァリルから受けた授業によると、物質の召喚はできないらしいが……。

 でも、なーんか、もうちょっとこう、発想の転換が出来れば、物質の召喚ができる気がする。

 その辺について、個人的に少し試してみるつもりだ。

 ダメならダメでいい。



---



 さて、仲間集めに関しての方向性は決まった。

 ひとまずは、ルード傭兵団を大きくしつつ、各国の権力者とツテを作って仲間にしていく。


 さしあたって各国の権力者を仲間にすべく動くのがいいだろう。

 ひとまずは、クリフとアリエルだな。

 ミリス教団の教皇の親族と、アスラ王国の次期国王。

 半分仲間みたいな彼らを、正式にオルステッド陣営に組み入れるのだ。


 二人のどちらが先か。

 もちろん、近くに滞在しているクリフからだ。


 クリフを仲間に加えれば、ミリス教団とのつながりができる。

 ミリス神聖国は強国だ。

 ラプラスとの戦争においても、極めて強力な戦力となろう。

 戦いは金と数だしな。

 いざという時に繋がりがあって悪い事は無い。


 クリフはなんだかんだ言って、俺の親友と言ってもいい。

 オルステッドの呪いに関しても協力的だし、言質を取る程度で十分だろう。

 二つ返事のウンが聞ける。


 そう考え、俺はクリフが暮らすアパルトメントへと赴いたのだが、残念ながらいつものアレだった。

 エリナリーゼの悩ましい声が聞こえてきて、回れ右だった。

 あの家、壁薄いよ。

 なにが「いけませんわクリフ! クライブが見ていますわ!」だ。

 ならクライブが寝てる時にすればいいじゃないか、まったく……。


 一応、『夕方に訪ねる』という置き手紙をして、

 ザノバの家にいくことにした。



---



 王子でなくなったザノバ。

 彼は、王族としてのモノを処分して金を作り、俺の家の近くに居を構えた。

 二階建ての、こじんまりとした家だ。

 人形制作が出来るようにと考慮した作りで、1階はガレージのようにガランとした作りになっている。

 居住空間は主に二階だ。


 そこで、ジンジャー、ジュリと共に三人で暮らすらしい。

 三人で暮らすには十分な大きさだろう。

 この三人の関係が今後どうなるかはわからんが……。

 結婚とかするんだろうか。


 ともあれ、しばらくは蓄えというか、王族としてもらっていた金があるから大丈夫だが、

 今後は減るばかりだろうという事で、魔導鎧製作の賃金を支払う事にした。

 研究開発費である。

 ザノバは受け取ってはくれたものの、あまりいい顔はしなかった。


「余一人で作ったわけでもないのに、余だけが金銭をもらうのは、何やら申し訳なく思いますな」


 と、眉をハの字に歪めて言っていた。


 言いたい事はわからないでもない。

 魔導鎧は、俺とザノバとクリフの三人で協力して作った。

 その研究開発費をザノバだけが受け取る。

 筋の通っていない話だ。


 だがしかし、それを言うなら、一番スジが通っていないのは俺だ。

 俺は、魔導鎧を着用して仕事にでかけ、報酬を受け取っている。

 つまり、今まで俺だけ金を受け取ってた形になる。

 皆で作った魔導鎧でだ。


 魔導鎧は、金銭目的のために作ったわけではない。

 だが、それでも金を求めて殺し合いをするのが人間という生き物だ。

 平等にすべきだというのなら、クリフにも支払わなければならないだろう。

 もっとも、クリフは金に困っているわけではないので、受け取ってくれるかは微妙だが。


 まあ、それはいい。

 少なくとも、誰かが金を要求してくれば、支払えるだけのモノはある。

 明らかに法外な金額をふっかけてくるほど意地汚い奴は、俺の知り合いにはそういない。

 俺自身も、相手が困ってるなら金を出してやるぐらいの余裕はある。

 やっぱり人間、金銭的にも余裕があるときは、人に優しくしなきゃならん。


 ま、魔導鎧は必要なもので、ザノバの人形製作技術も必要なものだ。

 必要なものに対して金を出す。

 当然の事だ。

 そんなわけで、今のところザノバは安定した生活を送れていると言えよう。



 そんなザノバの家の前に立ち、深呼吸を一つ。

 この家には家主がいない時でも、自由に出入りしていい、なんて言われている。

 でも、入るときは、ちゃんとノックだ。

 それが親しき仲の礼儀ってやつだ。


「ザノバー、俺だー! 開けてくれー!」


 呼び鈴をカランカランと鳴らしながら、ザノバに呼びかける。


「おお、師匠。どうぞどうぞ、開いておりますぞ」


 レスポンスは非常に早かった。

 だが、俺は念には念を入れておく。


「本当かー? 開けてもいいのかー? 本当に開けちゃうぞー? 止めるのは今のうちだぞー? 俺は動き出したらもう止まらんぞー?」


 前は念を入れずに、事案スレスレだったからな。


「何のことやらわかりませんが、止めませんのでお入りください」

「本当か? お前の側で着替えてる女性とかいない?」

「大丈夫ですとも」


 俺は信じた。

 ザノバを信じた。

 例え世界がひっくり返っても、ザノバを信じてやろう。


「んじゃ、おじゃまします」


 扉を開けて一歩足を踏み入れれば、そこはもうザノバの工房だ。

 広い空間には作業机が2つ置かれ、そこかしこには木箱と人形が転がっている。


 ザノバは机の一つに座っていた。

 ジュリも一緒だ。

 と、それだけ言うならいつもの事だが、今日はちょっと雰囲気が違った。

 具体的にいうと、ジュリが座っている場所が問題だな。

 いつものジュリは、ザノバからちょっと離れた位置にある机で、人形を作っている。

 だが、今日はその机には座っていなかった。


「……」


 ジュリはザノバの膝の上に座っていた。

 ザノバの膝の上に座りながら、真剣な顔で人形に着色を施している。

 ザノバはというと、その頭上で魔導鎧のパーツを慎重に削っている。

 ジュリの頭の上に削りカスがポロポロと落ちているが、ジュリが気にする様子はない。


「ザノバ……ちょっと見ない間に、ジュリと随分仲よくなったね?」

「ふむ、いけませんか?」


 ジュリの背が低いのと、ザノバの背が高いのも相まって、兄妹みたいだ。

 まぁ、セーフだな。膝に乗って一緒に人形作るぐらいなら……。

 淫行の疑いは無しと見ていいだろう。

 いや、別にやっててもアウトじゃねえんだけどな。

 この世界に児ポ法はないし、とがめたりはしないよ。


 でもなんか、こう、ねぇ。

 せっかく念を入れたんだから、離れていて欲しかったよ。


「いや、微笑ましいよ」


 そう言いつつ、俺は工房の端においてあるイスを引っ張ってきて座った。


「それで、師匠、今日はどうしましたか?」

「うむ」


 もちろん、ザノバの所には雑談をしにきただけではない。

 ザノバには魔導鎧の製作を頼んでいるのだが、それと並行して、もう一つ仕事を任せたい。


「実はザノバ、今日はお前に、辞令を渡しにきたんだ」

「はぁ……じれいですか?」

「そう、辞令だ」


 そう言いつつ、胸元から取り出しましたるは、一枚の紙切れ。

 俺はそれを捧げ持ち、ザノバに差し出す。


「おっと、これは失礼」


 ザノバは慌ててジュリを下ろすと、パパッと胸元の削りカスを払ってから、恭しく受け取った。

 礼儀のなっている男だ。


「ふむ……『ザノバ・シーローンをルイジェルド人形の販売責任者に任命する』と書かれておりますな」

「うむ、謹んで受けたまへ」

「受けるのは宜しいのですが……例の計画は延期になったのではなかったのですか?」


 この辞令はつまり、かねてから予定していたルイジェルド人形の販売計画の開始を意味する。

 今、なぜこのタイミングで、と思うかもしれない。

 だが、今だからこそ、やらねばならぬのだ。


 というのもだ。

 これから各国の権力者を取り込むと同時に、

 対ラプラスとの戦いを視野に入れた仲間集めをするわけだ。


 だが、所在地がわからない人物が何人か存在している。

 例えば、そう、ルイジェルドだ。


 本来の歴史であれば、魔大陸にいる彼だが、

 このループにおいては、俺と共に中央大陸に移動してしまった。

 最近は音沙汰もなく、行方も知れない。

 まさか彼の事だから万が一という事はないと思うが、すぐに会って協力を要請する事はできない状態だ。


 まぁ、彼も別に姿を隠しているわけではないから、

 探している内にどこかで見つかるかもしれない。

 だが、やはり「ラプラスを倒すため、協力してくれ」と、俺が最初に頼みたいのは彼だ。

 何を隠そう、彼だ。

 彼はなんとしても見つけ出し、俺が直接、頼みたい。

 ラプラスへの恨みを晴らすチャンスを、彼に与えてあげたい……。


 というのは建前半分。

 単純に、ルイジェルドに久しぶりに会いたい、

 会って、また一緒に、同じ目標に向かって進んでいけたらいい。

 というのが、残りの本音半分だ。


 ほぼ利己的な理由だが、そういう流れでルイジェルド人形の販売を開始することにしたのだ。

 単純に探すより、そっちの方が早かろうという目論見もあるし。

 スペルド族のイメージアップはかねてから計画していたものでもあるし……。


 一応、他にも建前は用意してある。


 例えば、魔導鎧に関してだ。

 魔導鎧という兵器を作るのに、俺とザノバ、クリフの三人で行き詰まりを感じているのも確かだ。

 このままでは、『三式』が完成しない可能性もある。

 そこで、大々的に人形を販売。

 商売として規模を大きくしていくと同時に、技術者を募ったり、育てたりする。

 ザノバやクリフの技術を知る専門家が増え、各員が試行錯誤を繰り返せば、何か革新的なアイデアが生まれる可能性も高まる。

 どこの世界でも、技術者の育成は重要なのだ。


「――と、いうわけだ」


 以上のことを、事細かにザノバに説明する。


「俺がやりたいだけってのもあるけど、魔導鎧や人形製作は、今後も伸ばしていきたい分野だからな。誰よりも理解のあるお前に、責任者を頼みたい」

「ふむ……」

「サポートとして、以前からルード傭兵団の方で目をつけていた団員を付ける。もちろん、最初の店舗の立ち上げには俺やアイシャあたりも尽力する……やってくれるな?」

「ハッ、お任せを」


 ザノバはあっさりと頷いて、膝をついた。

 脇で見ていたジュリも慌てたように膝をついた。


「グランドマスター! 私は、なにをすればいいでしょうか?」

「ジュリはザノバについて、彼の指示に従ってくれ」

「はい!」


 ジュリにも、かなり頑張ってもらう事になる。

 これから、ルイジェルド人形の初期ロットの量産体制に入ってもらう形になるだろう。

 ザノバのためにお金を稼ぐ。

 そう聞けば、彼女も奮起するだろう。


「じゃあ、詳しい話はまた後日にしよう。今日はそれだけだ」

「分かりました」


 とりあえず、これで計画は一歩前進だ。



---


 

 夕方になり、クリフの愛の巣へとやってきた。


 情事はすでに終わっているようで、昼下がりのアパルトメントはシンと静まり返っていた。

 ていうか、毎日あれでは、近隣の住民も心穏やかに過ごせないだろうに……。

 いや、普段は学校の研究室の方でやってるから、夜ぐらいなのか。


「やぁ、ルーデウス……」


 部屋を尋ねると、げっそりとやつれたクリフが出迎えてくれた。

 妊娠中から子供が生まれたばかりの頃は元気そうだったのに、最近はいつも青い顔をしている。

 そろそろクリフの腎虚が心配だ。


「あら、ルーデウス、珍しいですわね」


 対するエリナリーゼはというと、テカテカしている。

 満足そうな顔で赤ん坊に乳をあげていた。

 上半身裸で、下もパンツだけだ。

 今は小休止中で、飯が終わったらまた続きをするのかもしれない。


「ええ、ちょっと用事がありましてね」


 それにしても、お嬢様系の金髪美人が半裸で赤ん坊に乳を上げている姿というのは、思った以上に絵になるな。

 長耳族だから全体的に細くてスラッとしているし。

 彼女の普段のビッチっぷりと、今の聖母のような態度。

 これも一種のギャップなのだろうか。


 シルフィやロキシーのを見た時も、何やらギャップを感じたものだ。

 最近はエリスにもギャップを感じる。

 あのエリスが赤ん坊を抱えて、じっと乳を吸われているというのに、声を荒げる事も、吸っている相手を殴る事もない。

 女性が母となり乳をあげる姿というのは、やはり神秘なのだ。


「ルーデウス、あまりマジマジと見ないでくれないか?」

「えっ? あ、すいません」


 あれこれ考えていたら、クリフに釘を刺されてしまった。

 すまんすまん。

 別にエロい気持ちで見ていたわけじゃないんだ。


「リーゼも、お客がきたんだから服ぐらい着てくれ」

「あら、クリフったら……嫉妬してらっしゃるの?」

「そうだよ。ルーデウスは君にとって家族みたいなものかもしれないけどな……」

「わかりましたわ」


 エリナリーゼは肩をすくめながら、赤ん坊を抱いたまま奥の部屋へと引っ込んだ。


「ルーデウス、君も、三人も妻がいるのに、人の妻に色目を使わないでくれないか?」

「色目なんて……」


 使っていない。

 と言い返したかったが、見てたのは確かだ。

 俺だって、シルフィたちの裸は見られたくない。

 謝っとこう。


「いえ、すいませんでした。次からは気をつけます」

「ああ……」


 クリフはため息を付きながら、ソファに身を沈めた。

 疲れているのもあるだろうけど、なんか機嫌が悪そうだな。

 夜の生活の不具合でもあったのだろうか。


「で、今日はどうしたんだ?」

「ああ、いえ、ちょっと頼み事というか、勧誘というか……」


 クリフはどんよりした目でこちらを見ている。

 なんか話しにくいな。

 出直そうかしら。

 いや、出直す前に理由ぐらい聞いておくか。


「……何かあったんですか?」

「別に何も……」


 クリフはなにかを言いかけて、首を振った。


「いや、ちょうどよかった、どうせ君には言わなきゃいけない事だからな……」


 何やら意味深な前振りだ。

 前回のザノバの一件を思い出す。


「実は、ミリス神聖国の祖父から手紙が届いたんだ」


 パターンも一緒だ。

 となると、クリフを誘い出す罠か。

 また戦争か。

 またヒトガミの罠か。


 いや、どのみち、クリフにはミリス神聖国との橋渡しを頼もうと思っている。

 本人も、そのつもりみたいだし、

 今度は連れ帰ろうなどと生っちょろいことは考えない。

 無論、彼にシャリーアにいてほしいのは確かだが、俺は目的を目指す。


 クリフは立ち上がり、棚から一通の手紙を取り出した。

 これまた凄いデジャヴュだ。


 きっと手紙には、

 祖父がクリフの育成にどれだけの金を掛けたか。

 なぜ金を掛けたのか。

 それはウチの陣営の力となってもらうため。

 いつ力になってもらうのか?

 今でしょ!


 みたいな事が書かれているのだろう。

 心して見なければなるまい。


「あ、そんな深刻な問題じゃないんだ」


 クリフが頬をポリポリと掻きながら言った。

 バツの悪そうな顔だ。


「前々から、卒業したら戻るって話をしてたからな。路銀と道中の心配だけなんだ」


 言われて見てみる。

 冒頭は、クリフの体を労るような言葉から始まった。

 それから、路銀が足りなくなったら、同封しておいたミリス教団幹部の記章をミリス教会で見せろという案内。

 戦いは劣勢だから、戻ってくるなら覚悟してくれ、覚悟が無いなら戻ってこなくてもいいという厳しめの注意文。

 最後に、厳しい事を書いたが、久しぶりに顔を見たい、帰りを心待ちにしているという言葉で締めくくられている。


 全体的に、クリフのことを慮った、心あたたまる手紙だ。

 クリフの祖父というのは会ったことはないが、良い人そうだな。

 これの何が問題なんだろうか。


「実は、迷っててな」


 迷うというと、覚悟云々の話だろうか。


「僕は卒業したら、すぐにでもミリスに戻るつもりだった。

 そのための修行も積んだし、今の今まで、ずっとそのつもりでいたんだ。

 ミリス教団の権謀術数の中で、戦いぬいて勝つ自信もあった」

「ですよね」


 クリフはもともと、そう言い続けていた。

 この学校を卒業したら、ミリス神聖国に戻り、祖父の跡をつぐと……。

 もっとも、最近では、教皇の跡継ぎは難しいことを理解して、地道に神父としての修行をしているが。


「でも……」


 クリフはソファに座り込んで、頭を抱えた。


「僕は結婚もしたし、子供も生まれた」


 それだけで、彼の悩みがわかった。

 要するに、俺がいつも悩んでいる事と同じ類の事だ。


「ミリス教団は、平気で弱者を……敵の家族を狙うんだ」

「……」

「リーゼはまだいい、彼女は自分の身を守る術を持ってる。

 でも、クライブはまだ、自分の足で立つ事すらできないんだ。

 僕は…………守り切る自信がない」


 悩む気持ちはわかる。

 大切な人には、いつだって安全な場所にいてほしいものだ。


「第一、僕はまだ、祖父に結婚したことすら伝えてないんだ。

 ミリス教皇の孫が、長耳族と結婚したって知れたら、変な醜聞が立つかもしれない。

 その醜聞に足を引っ張られて、失脚してしまうかもしれない」


 ミリス教は、他種族に対する圧力が凄いからな。

 長耳族は大森林の民だから、あまり排斥はされていないようだが、

 一部の過激派は人族じゃないというだけで迫害するという話だし。

 エリナリーゼも、長耳族の中ではあまりいい立場にはいないらしいし。


「そういう事をぐるぐると考えてたら、帰るべきか、帰らないべきかわからなくなってリーゼに甘えて……最近はそんなのの繰り返しだ……今さらになって、ザノバがあんな意固地になった気持ちがわかったよ……」


 クリフ自体は、きっと帰りたい、帰らなければならないと考えているのだろう。

 だが、妻と息子が危険にさらされる。

 その上、妻のせいで祖父までやばい事になるかもしれない。

 そんな状況で、自分は自分の道を進んでいいのか。

 わかるまい。

 俺にだってわからない。

 だが、今回、俺がここにきたのはその件についての話でもある。

 今の俺には、助け舟を出すことが出来る。


「クリフ先輩」

「…………なんだ?」

「正式にオルステッド様の軍門に下りませんか?」


 クリフはきょとんとした顔でこちらを見た。

 言い方が悪かったかもしれない。

 でも、「俺の仲間に」とか言って誤解されても困る。

 ハッキリ言った方がいいだろう。


「どういう意味だ?」

「オルステッド様の配下になれば、俺とオルステッド様で、全面的にバックアップできます。

 エリナリーゼさんとクライブ君を守りつつ、クリフ先輩の陣営を勝利に導かせる事も可能です」


 クリフは眉根を寄せた。


「そのバックアップを受けた場合、僕は何をすればいいんだ?」

「主に、ラプラスが復活した時に備えてもらいます」


 そう言って、俺は計画を話した。

 オルステッドを中心とした80年後の計画だ。

 クリフにはヒトガミのことについても話していたが、1から丁寧に話した。


「……」


 全てを話し終えた時、クリフは難しい顔をしていた。


「どうですか?」


 そう聞いた時、クリフはしばらく黙った。

 腕を組んで、目を瞑って、悩ましげに唸り声を上げた。


「うーん……」


 悪い話ではないはずだ。

 クリフも、オルステッドに漂う嫌悪感は呪いのものであると知っている。

 呪いを差し引いたオルステッド本人の人となりは知らないだろうが……。

 それでも、俺はクリフを裏切らない。

 疑われていると思うと悲しい。


「もう少し……時間をくれないか?」


 悩んだ末、クリフは絞りだすようにそう言った。


「もうすぐ卒業式だ。それまでに、決めるよ」


 いつまでという期限も自分で決め、俺としては首を縦にふらざるを得ない。

 なぜ、どうして素直に頷いてくれないのかと思う所はある。

 だが、クリフ自身、なぜ迷っているのかわからないのかもしれない。


「なんだったら、エリナリーゼさんとも相談してください。一人で悩む事は、ないでしょうから」

「え? ああ、そうだな。ありがとう」


 クリフは今度は素直に頷いて、弱々しい笑みを浮かべた。

 エリナリーゼは、今の話を聞いていただろう。

 さっきから、扉のスキマにチラチラと金髪が見え隠れしているし。


 彼女なら、うまいことクリフを導いてくれるだろう。

 その結果、俺の思ったとおりにはならないかもしれないけど……。

 それなら、それでもいいさ。


「じゃあ、また来ます」

「ああ。なんかすまないな」

「いえ、悩んだり、辛かったりする時は、お互い様です」


 そう言って、クリフの部屋を後にした。

 最後にエリナリーゼに目配せをしておくのも忘れずに。



 ひとまず、クリフの返事は卒業式に聞くとしよう。

 卒業式までは、あと2ヶ月ぐらいだ。

 その間に、ザノバのルイジェルド人形店の立ち上げを進めるとするか。

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