こつこつ翻訳

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文化庁 著作物等の保護期間の延長に関するQ&A

戦時加算とは?


戦時加算の計算

著作権について まとめ

絵画の著作権はいつまで続くのか? 翠波画廊


 戦争で離れ離れになる恋人たちは、無事にもどったら結婚しようと誓い合う。男は、モエペルの実が熟すころにもどってくると言って戦場に向かう……
南アフリカでの第一次ボーア戦争のころの話。

Yellow Moepels 
from Mafeking Road(1947)
by Herman Bosman(1905 – 1951)
1,785 words


古い肖像画
『古い肖像画』ヒューム・ニスベット 全訳文

The Old Portrait by Hume Nisbet 検討編

 骨董品の古い額縁を探すのが趣味の画家は、立派な木彫りを施した古い額を手に入れる。中身は肖像画のようだ、埃や汚れを落としてみると、描かれていたのは平凡な男で、ただ絵具を塗りたくったような絵だった。だが、その下には別の絵が隠されていた……


The Old Portrait(1890)
Hume Nisbet(1849 – 1923)
1,712words


表紙2-5
 心身症らしき男、独り静かに過ごしたいと、友人の家を借りることにする。友人はその家を怖がって手放すつもりというが、男は気にせず、はるばる出かけていく。三方を海に囲まれた崖の上にたつ家は理想的と思われた……




The House on the Cliff
from Ghost Gleams Tales of the Uncanny(1921)
by William James Wintle (1861-1920)
3,687words

A Ghost's Revenge by Lettice Galbraith 検討編

  館にかけられた呪い--大晦日に館にいる者は新年を迎えずして死ぬ。知らずに訪れた者に恐怖の時が迫る……救いの手は果たして間に合うか……

A Ghost's Revenge
from New Ghost Stories (1893) 
by Lettice Galbraith(1859 - 1932)
8,397words

表紙2-3
 クリスマスディナーの後、暖炉を囲んでお話を楽しむも、ぞくぞくする話がなく、物足りなさを感じていると、ある少女がグレイディ氏を指名する。彼は、昔、ジョゼフという少年に聞いた話を語りはじめる……




Joseph: A Story(1919)
by Katherine Rickford
3,583words

オルガン2
『呪われたオルガン弾き』ローザ・マルホランド 全訳文

The Haunted Organist of Hurly Burly by Rosa Mulholland 検討編

 ハーリー・バーリー村を激しい雷雨が通り過ぎた。館では奥方がひどく怯えている。雷鳴は遠い昔の何かを思い出させるらしい。そこへ、息子の婚約者だという若い娘がやってきて、オルガンを弾かせてほしいと言う。だが、息子はもう……



The Haunted Organist of Hurly Burly(188-?)
Rosa Mulholland(1841 - 1921)
5,283words

殺人2Which Was the Murderer? by Robert Barr 検討編

 夫が撃たれた。生死の境を彷徨う夫を献身的に看護する新妻。だが、医師は万に一つの望みもないと見ていた。犯人は捕まったが、犠牲者が一定期間生き延びると死刑を免れる。それを知った妻は理不尽さに狂わんばかりとなる…… (初訳)5,220字

Which Was the Murderer?(1893)
by Robert Barr(1849 – 1912)
1,999words

デスマスク2

『デスマスク』H・D・エヴェレット 全訳文

The death mask by Mrs. H. D. Everett 検討編

 久しぶりに旧友を訪ねたわたしは、友の鬱々したようすが気になる。4年前に妻を亡くしたせいだろうか。再婚をすすめると、不思議な打ち明け話を始めた。妻は、自分が死んだらハンカチーフを顔にかけてほしいと言い残したという…… (初訳)11,440字

The Death Mask
from The death mask and other ghosts(1920)
by Mrs. H. D. Everett(1851-1923)
4,991words


表紙2ー2 殺人事件の急増とともに幽霊問題が深刻化したサンフランシスコで、ある科学者が幽霊捕獲機を発明し、幽霊退治ビジネスを始める。『ゴーストバスターズ』を思わせる話だが、それ以前の一九〇五年の作品。マシュマロマンは出てこない…… (初訳)10,330字

The Ghost-Extinguisher(1905)
by Gelett Burgess(1866-1951)
3,749words


表紙2-1

 スローンはもうすぐ葬儀が始まるというのに、つい寝過ごしてしまった。大切な友人の葬儀に出ないわけにはいかない。あわてて飛び出すと、もう年で節々が痛む体が、いつになく軽やかに動く…… (初訳)3,374語

The Late Mourner(1934)
by Julius W. Long(1907-1955)
1,302words


 表紙202
『バルコニーの麗人』ロバート・バー 全訳文

Two Florentine Balconies by Robert Barr 検討編

 ヴェネツィアの若い公子は殺人を犯し、フィレンツェに逃亡。とある邸館のスイートに隠れ住む身。その日もバルコニーで鬱々としていると、美しい歌声が聞こえてくる。それは、なつかしいヴェネツィアの歌だった……  (初訳)6,215字

Two Florentine Balconies
by Robert Barr(1849 – 1912)
原文 2,424words
 
表紙201
『恋する幽霊たち』リチャード・ル・ガリエンヌ 全訳文

 かつて愛しあっていた二人だが、3年前に死んで埋葬された――それはお互いにとってのこと、世間の人々にとっては、この世で元気に過ごしているように見え、それぞれ別の相手と婚約してもいた。そんな二人が幽霊の身で再会、あのころの行き違い、あれからのこと、話は尽きず、連日デートを重ねる。果たして愛は復活するのか―― (初訳)14,947字


The Two Ghosts  (1904) 
by Richard Le Gallienne(1866–1947)
5,540words

表紙200
『夢幻舞踏会』アルジャーノン・ブラックウッド 全訳文

The Dance of Death by Algernon Blackwood 検討編

 心臓に持病を抱えた若者。大自然相手の生活を夢見ていたのに、控え目な生活を強いられる毎日。誘われてダンスに出かけても無理はできない。ところがある女性に目を奪われ、ついに意を決してダンスを申込み、踊りはじめると… 10,908字




The Dance of Death
from The Listener and Other Stories(1907)
byAlgernon Blackwood(1869-1951)
原文 3,989words

表紙199Eveline's Visitant by Mary E. Braddon 検討編

 エクトールとアンドレはいとこ同士。アンドレは一族の土地財産を所有し、美形で女性にもてる。一方、エクトールはただの軍人、礼儀知らずの荒くれ者と思われていた。二人はある女性を巡って決闘。アンドレは深手を負い、死の間際、呪いの言葉を残す。人生が最も輝いているとき邪魔をしにいってやる、最も大切にしているものを奪ってやる、と。(初訳)10,881字

Eveline's Visitant(1867)
by Mary E. Braddon(1835 – 1915)
原文 4,119words

The Haunted Mind by Nathaniel Hawthorne 検討編

 真夜中、ふと目を覚ます。まだ半分は夢の中。〈時の翁〉が歩みをとめている。昨日と明日の狭間の不思議な時間……人間の心に潜む夢や幻を、象徴主義の「父」が描く。 4,512字

The Haunted Mind(1835)
by Nathaniel Hawthorne(1804-1864)
原文 1,777words


表紙196
『最期のとき』チャールズ・V・ディ・ヴェット 全訳文

http://There Is a Reaper by Charles V. De Vet 検討編

 余命1か月と宣告されたら? 〈最期のとき〉のことがわかれば準備万端整えられる、そう思った男がとった行動とは……(初訳)4,382

There Is a Reaper (1953
Charles V. De Vet(1911 – 1997
原文 1,665words



 表紙194
『蒼白い男』ジュリアス・ロング 全訳文

The Pale Man by Julius Long 検討編

 田舎のホテルに静養にきた〈わたし〉。ホテルは細長く、〈わたし〉は日当たりのいい201に落ち着く。同日、謎めいた蒼白い男が、なぜか一番奥の212の部屋をとる。そして、なぜか日に日に〈わたし〉の部屋に近づいてくる……(初訳)5,594字




The Pale Man(1934)
Julius W. Long (1907 -1955)
原文 2,311words

表紙193
 新婚旅行で来た店を二十年ぶりに訪れた夫婦。あのときはネックレスを買った。今度も記念にと〈ローズクリスタル・ベル〉を買う。中国の山奥の仏教寺院に伝わっていたものらしく、その小さなベルが響く範囲の死者がよみがえるのだという。鳴らないようにと、ベルの舌は外されていたのだが……(初訳)11,066字



RING ONCE FOR DEATH(1954
by Robert Arthur(1909-1969
原文 3,897words
 
表紙191 
『アン・リーテの肖像』全訳文

THE AVENGING OF ANN LEETE by Marjorie Bowen 検討編
 マージョリー・ボウエン 5つ目(タグクラウド参照)
 
 ある宝石商が、深緑色のシルクのドレスを着た美しい女性の肖像画に魅せられ、興味を持つが、皆、口を濁す。なぜそんなにも絵が気になるのだろうか。やがて得た手がかりは、彼を不思議な物語へと導く…… (初訳)13,560字



THE AVENGING OF ANN LEETE
Published in Seeing Life! And Other Stories, Hurst & Blackett, London, 1923
by Marjorie Bowen(1885-1952) 
原文 4,874words

表紙192
『グリモワールの魔術』マージョリー・ボウエン 全訳文

ONE REMAINED BEHIND by Marjorie Bowen 検討編

 貧しい学生ルドルフは、骨董店で埃を被っていたグリモワール(魔導書)を手に入れる。富と名声を願う彼は、準備万端整え、抜かりなく黒魔術を行い、望みは実現されたが、グリモワールには書かれていなかった厄介事にあとあと悩まされることになる…… (初訳)23,333字(注を含む)



ONE REMAINED BEHIND—A ROMANCE À LA MODE GOTHIQUE
First published in Help Yourself! Annual, 1936
by Marjorie Bowen(1885-1952) 
原文  8,379words
 
表紙186
『黄金のりんごとヴィーナス』マージョリー・ボウエン 全訳文

The Apple of Venus by Marjorie Bowen 検討編(昇順)

 シャトーに住む美しいソフィー、若さと無鉄砲さと血筋だけが取り柄で金のないロード・フレールたるポーリン。二人の未来は、純金のりんごをポーリンがソフィーに見せたことで決定的になる。売れば大金が手に入る逸品だが、彼にとって〝何よりも大事な、かけがえのないもの〟で、決して手放す気はないのだと言う…… (初訳)15,926字


The Apple of Venus(1909)
by Marjorie Bowen(1885-1952)
原文 5,580words


*Algernon Blackwood を訳す 原書・既訳・未訳
http://blog.livedoor.jp/hollyhocksld-translation/archives/33002985.html


 *ネズビット 原書・邦訳・未訳
http://blog.livedoor.jp/hollyhocksld-translation/archives/cat_397275.html


*O・ヘンリーの『The Four Million』の訳を全編読む?!
http://blog.livedoor.jp/hollyhocksld-translation/archives/32536565.html


表紙185

『真夜中のカフェのコスモポリタン』O・ヘンリー 訳文

A COSMOPOLITE IN A CAFÉ by O. Henry 検討(昇順)
 アダム以来、真のコスモポリタン(世界市民)は存在しない、というのがわたしの持論だ。しかし、混み合った真夜中のカフェで、たまたま相席になった男の話は、経線も緯線も自由自在。地球はその手の中で、定食に添えられたマラスキーノ・チェリーの種ほどもないといった風で、すわ、これこそ、史上初めての真の世界市民と、興奮を禁じ得なかった…… 6,671字
 O・ヘンリーを訳す11番目


A COSMOPOLITE IN A CAFÉ
from The Four Million(1906)
by O. Henry(1862-1910)
原文 1,983words

あやしい贈り物2
『あやしい贈り物』アルジャーノン・ブラックウッド 全訳文

A Suspicious Gift by Algernon Blackwood 検討(昇順)

 ニューヨークの下宿屋で貧しい暮らしをしている若者のところに大金が転がり込むのだが、うまい話には、実は身の毛もよだつ犯罪が隠されていた……
 アルジャーノン・ブラックウッドは、20歳でカナダに渡り、さまざまな職を経験し、ニューヨークで富豪の秘書となったりしたのち、30歳でイギリスに帰国した。
(初訳) 11,554字

A Suspicious Gift 
from The Empty House And Other Ghost Stories(1906) 
by Algernon Blackwood(1869-1951)
原文 4,544words

表紙182
『初デートのゆくえ』O・ヘンリー 訳文

AN UNFINISHED STORY by O. Henry 検討編(昇順)

 デパートで働くダルシーは、羽振りのよい上司にディナーに誘われ、浮き浮きした帰り道、レースの替え襟など買ってしまう。週給6ドルで家具つきの部屋が2ドル、残りでつましく暮らしているというのに。きっと、舌を噛みそうな難しい名前の料理が出る店につれていってもらえる、と胸弾ませながら支度をし、迎えを待っていると、大家さんが殿方の到着を知らせに来た。そのとき、キッチナー将軍の視線を感じた。鏡台の写真立てから憂いを帯びた目でダルシーを見ていた…… 8,552字

AN UNFINISHED STORY
(初出 McClure’s Magazine (agosto de 1905))
from The Four Million(1906)
by O. Henry(1862-1910)
原文 2,339words 

表紙181
『マギーに初彼氏!』O・ヘンリー 訳文


THE COMING-OUT OF MAGGIE by O. Henry 検討編(昇順)

 毎週土曜日に社交クラブが開くダンスパーティー、マギーにはエスコートしてくれる彼氏がおらず、親友アンナとその彼氏に連れていってもらっていた。ある土曜日、マギーはアンナに言った。「きょうはエスコートしてくれる人がいるの」マギーに彼氏が! アンナは大興奮。早めにホールに行って待ちかまえていると、やってきたのはイケメンの彼氏、ダンスもうまく、女の子たちに大もて。クラブ幹部の男たちはマギーの彼氏と火花を散らす……(初訳)7,524字

THE COMING-OUT OF MAGGIE
from The Four Million(1906)
by O. Henry(1862-1910)
原文 2,507words

表紙180
「妙なる美の化身」O・ヘンリー 全訳文

AN ADJUSTMENT OF NATURE by O. Henry 検討編(昇順)

 展覧会で見た五千ドルで売れた絵。画家とは青春時代をともに過ごした仲で、「自然の妙なる美」の信奉者だったのを思い出す。当時、画家と詩人とわたしの三人は、サイファーの店で食事をしていた。あるとき払いで主人はいつも渋い顔だった。ウェトレスはミリーといい、画家の自然美への信仰を体現した存在で、百万長者がミリーに求婚しそうになったときは、あの手この手で阻止したものだった。(初訳)5,719字

AN ADJUSTMENT OF NATURE
from The Four Million(1906)
by O. Henry(1862-1910)
原文 1,878words

表紙179
「謎のぶらぶら男」O・ヘンリー 全訳文

MAN ABOUT TOWN by O. Henry (検討編)昇順

 〝Man About Town〟[ぶらぶら男]とは、いったいどういう人物か。わからないことがあると気になってならない質の男は、人々に聞いてまわる。募金箱を持った女性、バーテンダー…… これぞという答えはなく、はっきりした像がなかなか結べない。通りという通りを隈なく歩くうち、ブーンという音に気づく。振り向く間もなく、サントス・デュモンが記録した飛行距離ほども長く空を飛んでいた。目覚めたのは病院。事故を報じる新聞に〝Man About Town〟のことが載っていた。さて、その人物とは……(初訳)5,175字

MAN ABOUT TOWN(初出 March 5, 1905)
The Four Million(1906)
by O. Henry(1862-1910)
原文 1,733words

表紙175
『バグダッドのトリ』O・ヘンリー 全訳文

A BIRD OF BAGDAD by O. HENRY(検討編)昇順

 四番街が消滅するあたりでレストランを営むクイッグはドイツ貴族の末裔、ロマンチックな心と冒険魂を受け継いでおり、夜、店の営業を終えると、心躍る冒険を求めて〝地下鉄の上のバグダッド〟をめぐりあるいていた。ある晩、悩める青年に出会う。運命を左右するなぞなぞが解けないのだという。'What kind of a hen lays the longest?' さて、その答えとは? (初訳)8,172字


A BIRD OF BAGDAD
from STRICTLY BUSINESS(1910)
More Stories of the Four Million
by O. HENRY
前半1,576語 後半1,095語 計2,671語

表紙173

番外
『ちょっと タンマ!』(冒頭だけ)
 O・ヘンリー

BETWEEN ROUNDS(初出24 de abril de 1905)
冒頭 79語
from The Four Million(1906)
by O. Henry(1862-1910)

N氏が訳すのを傍で見ていたが、
冒頭部がえらく難解。
ここだけちょっと遊んでみた。

 舞台は1900年代(狭義)のマンハッタン。5月の月夜の晩、とある下宿屋での出来事。都会にも春の訪れを感じさせる恒例の風物詩を描写した後、下宿屋のポーチの階段に住人たちが座ってくつろいでいるところからお話は始まる。のどかな導入部。

表紙171
『恋のキューピッドは公園の王子さまと時計台』 O・ヘンリー 全訳文

THE CALIPH, CUPID AND THE CLOCK(検討編)昇順

 9月の夜の、とある公園、肌寒くなってきたので、ぶらついていた人たちも家路を急ぎ、ベンチに座っている者は少ない。プリンス・マイケル(何を隠そうヴァレールーナ[月の谷]大公)はいつものお気に入りのベンチに座っていた。3つ隣のベンチに若者がやってきて、しきりに時計台を見上げていた。なぜか時間を気にしているようす……(初訳)6,451字

THE CALIPH, CUPID AND THE CLOCK(初出 18 de septiembre de 1904)
from The Four Million(1906)
by O. Henry(1862-1910)
原文 2,247words

表紙167
『テキサスから はるばるやってきた 若きバイヤー』 O・ヘンリー 全訳文

THE BUYER FROM CACTUS CITY(検討編)昇順

 テキサスはカクタス(サボテン)・シティで手広く商いをしているナヴァロ&プラット商会は、毎年春に、はるばるニューヨークへ買い付けに行く。長旅がつらくなった父にかわり、今年初めて出かけた御曹司は、最新流行の服の買い付けで出会った美しいモデルに一目ぼれ。二人の恋の行方やいかに… 6,917字


THE BUYER FROM CACTUS CITY(初出 March 4, 1906)
The Trimmed Lamp And Other Stories of the Four Million(1907)
O. Henry(1862-1910)
原文 2,268words

表紙9
『アルハンブラのばら』ワシントン・アーヴィング 全訳文

Legend of the Rose of the Alhambra (検討編)昇順

レコンキスタによりムーア人が去ったあとのグラナダ。廃墟となったアルハンブラ宮殿を舞台にした悲しい恋の物語。アンダルシアの風景、リュートの音色を背景に、美しいハシンタがたどる不思議な運命とは…
ワシントン・アーヴィングの『アルハンブラ物語』により、アルハンブラ宮殿は世界に知られるようになった。 14,321字
『翻訳編吟6号』掲載

Legend of the Rose of the Alhambra.
from The Alhambra(1832) 
by Washington Irving(1783-1859)
原文 5,321words

表紙161
『おとぎ話の現実』A・A・ミルン 全訳文

A Matter-Of-Fact Fairy Tale(検討編)昇順

 おとぎ話の王子さまといえば、冒険を求めて旅立ち、困難を乗り越え、お姫さまを獲得して末永く幸福になるのがふつうだが……おとぎ話の定石をことごとくくつがえし、ひねりまくる愉快な話。(初訳)約8,400字
『翻訳編吟5号』掲載




A Matter-Of-Fact Fairy Tale
from Happy Days
by A. A. Milne(1882-1956)
原文 約2,900words

表紙160
『ケックシー』マージョリー・ボウエン 全訳文

Kecksies by Marjorie Bowen(検討編)昇順

 乱暴者の若者二人が嵐に遭い、粗末な田舎家に雨宿りする。その家は死人が出たばかり、しかもそれは仇敵だった。酔っていた二人はいたずらを思いつき、通夜にやってくる者を脅かそうと、死体とすり替わる…(初訳)13,530字




KECKSIES(1925)
Kecksies and Other Twilight Tales (1976)
by Marjorie Bowen(1885-1952)
原文 5,109words

表紙156
『林檎の谷』ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 全訳文

THE ORCHARD PIT by Dante Gabriel Rossetti(検討編)昇順 (6)

 眠るといつも同じ夢を見る。谷間の夢だ。一面林檎の樹に覆われ、一番の大樹の木の又に、金髪の美しい女がいて、歌を歌いながら、真っ赤な林檎を差し延べている。枝々に隠れて見えない足下には深い穴があり、男の骸でいっぱいだ。自分はいつかは、そこへ行き、林檎を受け取らねばならぬ……(3,695字)


THE ORCHARD PIT
by Dante Gabriel Rossetti (1828-1882)
from The collected works of Dante Gabriel Rossetti (1886)
原文 1,585words

表紙157
『ノスタルヂア~罌粟の咲く館』マージョリー・ボウエン 全訳文

The House by the Poppy Field:Marjorie Bowen(検討編)昇順

 何世代も住むことのなかった館を初めて訪れたメイトランド。折しも屋敷のまわりの野原には緋色の罌粟の花が一面に咲いていた。古色蒼然とした館にノスタルジアをかきたてられ、滞在することに。たそがれとともに、罌粟の色が陰っていくなか、草を刈る音がする。庭に出ると、大鎌を持つ老人。さらに野原を抜けていった先の小さな教会に、同姓同名の墓。どこからともなく現れた男が語る墓の謂れ……。眠気を催す罌粟に包まれ見聞きするは、果たして現実か幻想か? (9,391字)

The House by the Poppy Field (1930年ごろ?)
by Marjorie Bowen(1885-1952)
原文 3,734words

表紙146
『騎士バートランド~呪われた古城での一夜』 アンナ・レティシア・バーボールド 全訳文
改訂版
Anna Laetitia Barbauld:Sir Bertrand (検討編)段落1から昇順

 荒野で迷い、漆黒の闇が訪れる。ふと現れたほの暗い光に誘われ、荒れ果てた城にたどりつく。死の静けさの中、時折響く陰気な鐘。光に導かれていったさきには……(4,470字)

『翻訳編吟4号』掲載

旧タイトル 『バートランド卿』 

Sir Bertrand's adventures in a ruinous castle 
from Gothic stories(1800)
by Anna Laetitia Barbauld (1743-1825)

Sir Bertrand: a Fragment (1773)

表紙144 
『春のア・ラ・カルト』O・ヘンリー 全訳文
改訂版

O. Henry:Springtime à la Carteを訳す(検討編)段落1から昇順

 ニューヨークの狭い下宿で春を待ちわびるサラ、献立表をタイプで打ちながら、タンポポ料理のところで涙をぽとり…(6,426字)

旧タイトル 『春の微笑み』 O・ヘンリー 


SPRINGTIME À LA CARTE(初出2 de abril de 1905)
from The Four Million(1906) 
by O. Henry(1862-1919)
原文 2,237words


O. Henry:THE LADY HIGHER UP を訳す(検討編)段落1から昇順

 20世紀初頭のある晩、当時マンハッタンで一番高い塔の上のダイアナ像が、アッパー・ニューヨーク湾を隔てて立つリバティー像に呼びかける。ダイアナ像とリバティー像は、日々眺める足下の出来事を語り合う。
〝世界を照らす自由〟たるリバティー像は、自由を求めてやってくる人々を歓迎する使命が全うできないことを嘆く。移民の苦難は今も昔も変わりない。
 O・ヘンリーは、1902年ニューヨークに移り住み、ここを舞台とした多くの作品を書いた。マディソンスクエアガーデンを好み、葬儀はこの近くの教会で行われた。(初訳)(4,159字)

THE LADY HIGHER UP(初出 July 24, 1904)
from Sixes and Sevens(1911)
by O. Henry (1862-1910)
原文 1,430words

表紙145
 姫は小さくとも一国一城の主、詩人にも芸術家の矜持。二人を結ぶは、深紅のはなびら…(5,469字)

『翻訳編吟3号』掲載

旧タイトル 深紅のはなびら~姫君と詩人の恋

THE PRINCESS OF KINGDOM GONE(1922) 
by A. E.Coppard(1878-1957)

表紙11
『謎』 ウォルター・デ・ラ・メア 全訳文 
改訂版

Walter de la Mare:The Riddleを訳す(検討編)段落1から昇順

 おばあさまの住む古い館に越してきた7人の子どもたち。そこだけは近づいてはいけないと言われた櫃。けれども、子どもたちは惹きつけられて…(4,719字)




The Riddle
from Collected Stories for Children (1947)  
Walter de la Mare (1873-1956)

表紙132
『ぬきとられた心臓』M・R・ジェイムズ 全訳文

M. R. James:LOST HEARTSを訳す(検討編)段落1から昇順

 孤児となったスティーヴン少年は、ずっと年上の従弟アヴニー氏の館に引き取られる。アヴニー氏は異教の研究に没頭している人物だったが、あいさつもそこそこに、なぜかスティーヴンの年齢を2度も確かめる。仲良しになった家政婦長のミセス・バンチに、好奇心の強い少年はいろいろ質問し、やがて、自分の前にも男の子と女の子が引き取られたが、二人とも行方不明になったことを聞きだす。春分の日が近づいてきたある日、スティーヴンは恐ろしい夢を見る。さらに、寝間着に爪で引き裂かれた跡がついていたり(左胸だった)、ワイン蔵で話し声がしたり、気になることが続けて起こる。やがて……(10,292字)

LOST HEARTS (1895)
Ghost Stories of an Antiquary  (1904)
by M. R. James (1862–1936)

表紙130

『追憶~ホーンテッドハウス』ヴァージニア・ウルフ 全訳文
 手に手をとって屋敷をさまよう二人の幽霊。探しているのは何? かつて愛の日々を送った屋敷には、今、やはり愛し合う二人がいた。まるで、かつての自分たちのような…(1,889字)

A HAUNTED HOUSE(1921)
A Haunted House, and other short stories,
by Virginia Woolf(1882-1941)





表紙100
『愛の真珠』 H・G・ウェルズ 全訳文

H.G. Wells:THE PEARL OF LOVE を訳す(検討編)段落1から昇順

 世界の屋根を見晴るかす北インドのお話。愛する王妃を亡くした若き王の悲しみは深く、王妃を偲ぶ壮麗な霊廟の建設に没頭する。贅をつくし、意匠をこらし、だれもが息をのむほどの美しい霊廟をつくりあげる。が、どれほど改良を重ねても、完璧とは思えない。年ごとに感性が研ぎ澄まされていった王が、最後に下した決断とは……
 エベレストやタージ・マハルが想起される。H.G. Wellsは『タイム・マシン』『透明人間』の作者 。(初訳)(4,003字)

既訳があった(翻訳作品集成より)。未読
『ザ・ベスト・オブ・H・G・ウェルズ』サンリオSF文庫 1981


THE PEARL OF LOVE (1925)
by H.G. Wells(1866-1946)

表紙91
『開けたままの窓』 サキ 全訳文


Saki:The Open Windowを訳す(検討編)段落1から昇順

 神経症の転地療養のため田舎にやってきた青年。あいさつに行ったご近所の家で、女主人を待つあいだ、姪の少女が話し相手となる。曰く、この家にはかつて悲劇が起きた。奇しくも3年前のきょう、3人の男とスパニエルが沼地に猟に出かけたまま戻らなかった。女主人は今も彼らを待って、いつもそこから入ってきていたフランス窓を開けておくのだという。やがて、夕闇がせまり……(3,492字)

The Open Window (1911) 
by Saki (1870-1916)

表紙86
『水車のある教会』 O・ヘンリー 全訳文


The Church with an Overshot-Wheel(検討編)段落1から昇順で表示

 カンバーランド山脈にあるリゾート地レイクランドに、毎年、秋の初めごろ、ファーザー・エイブラムと呼ばれる人物がやってくる。かつて、この地で粉屋をしていたが、あるとき、幼い娘が行方知れずになり、傷心のうちに村を去った。その後、製粉業で成功し、教会のなかった村のために、水車小屋を教会に改造した。ある年の秋、ファーザー・エイブラムは、この村に休暇でやってきた若い娘ローズ・チェスターと仲良くなる。そして、ある夕暮れ、水車のある教会で奇跡が……(12.306字)

The Church with an Overshot-Wheel
from Sixes and Sevens (1911)
by O. Henry (1862-1910)
原文 4,577語

訳す過程も掲載の「こつこつ翻訳」 第1弾

love and ghost stories1
『メリサンド姫』WS参加をきっかけに、短篇を訳すようになった。
訳文のみ掲載。




Yellow Moepels 
from Mafeking Road(1947)
by Herman Bosman(1905 – 1951)
1,785 words


text
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著者
 ハーマン・チャールズ・ボスマン Herman Charles Bosman(1905 - 1951)は、南アフリカの小説家。アフリカーナーの家庭に生まれ、アフリカーンス語だけでなく英語も使って育つ。教育学の学位を取得し、グルート・マリコ地区で教職に就く。この地は後にシャルク・ローレンスが登場する彼の代表的な短編集の背景となる。
 1926年、学校休暇中にヨハネスブルグの家族を訪ねた際、口論から義理の弟を射殺、死刑を宣告されたが後に減刑。1930年、仮釈放となり、印刷会社を設立、詩人、ジャーナリスト、作家と交流、9年ほど海外、主にロンドンで過ごす。このころ、刑務所で書きはじめたシャルク・ローレンスものを執筆、『 Mafeking Road』として後に出版される。本作品はこの短篇集に収録のもの。第二次世界大戦が始まると南アフリカにもどり、ジャーナリストとして活動した。

*アフリカーナー ケープ植民地に入植したオランダ系白人を主とする移民の子孫。かつてはボーア人と呼ばれた。ボーアはオランダ語で農民を意味する Boer のイギリス式発音。これを嫌い、自らはオランダ式発音でブールと称していた。

*アフリカーンス語 オランダ語を基礎に、ヨーロッパ移民の欧州諸語、先住民のバントゥー諸語、コイサン諸語、さらに奴隷として連れて来られた東南アジア系のマレー語が融合してできた言語。

*グルート・マリコ 1852年にボーア人が建国し1902年まで存在したトランスヴァール共和国の一地区。ボーア戦争を経て共和国がイギリスに併合され、1910年に南アフリカ連邦が成立後は州となる。

~~~

ストーリー

 戦争で離れ離れになる恋人たちは、無事にもどったら結婚しようと誓い合う。男は、モエペルの実が熟すころにもどってくると言って戦場に向かう……
南アフリカでの第一次ボーア戦争のころの話。

*モエペル トランスバールレッドミルクウッド。甘くてビタミンCが豊富。10月から2月にかけて白い小さな甘い香りの花を咲かせる。果実は楕円形で先端が尖っており、4月から9月にかけて(南半球の秋)黄色またはオレンジ色に熟す。

時代背景
南アフリカケープ植民地に入植した移民の子孫ボーア人は、侵略してきたイギリスの統治を逃れ、グレート・トレックを経てトランスヴァール共和国を建設する。しかし、1867年にオレンジ自由国でダイヤモンド鉱が発見されるとイギリスに併合され、不満を募らせたボーア人が蜂起し第一次ボーア戦争(1880年12月16日 - 1881年3月23日)が起こる。ボーア軍の勝利で独立が回復されるも、1886年にトランスヴァールで金鉱が発見され、第二次ボーア戦争(1899年 - 1902年)でふたたび併合される。

https://www.y-history.net/appendix/wh1402-021.html
世界史の窓 南アフリカ戦争/ブール戦争/ボーア戦争

*Wikipedia、コトバンクなど、ネットの資料を参考にした。
そのほか、下記の本を参考にした。
『ボーア戦争』岡倉登志(たかし) 山川出版社 (2003/7/1)

『南アフリカの歴史』最新版 レナード・トンプソン=著 明石書店 2009 世界歴史叢書

『アフリカの白い呪術師』LIGHTNING BIRD ライアル・ワトソン 村田恵子=訳 河出書房新社 初版1983年

『アフリカ農場物語』著者:Olive Schreiner  訳:大井 真理子 都築 忠七  (岩波文庫)  2006

*南アフリカの歴史を知らずに訳すことはできないが、アパルトヘイトや戦争について深入りせずにストーリーとして読むことを読者に望みたい。


~~~訳文 注釈つき

モエペルが実るころ

 わたしの父は(これはシャルク・ローレンス爺さんの語りだ)、呪い師のこととなるといつも同じ話をした。そして、その話の最後をこう締めくくったものだ。呪い師は骨占いで人の未来を予言することができるとはいえ、どうでもいいことしか告げることができない、と。父はよく言っていたものだ。結局、重要なことはわからない。予言を聞きにいった者にわからないのと同様、呪い師にだってわかりゃしない。

*シャルク・ローレンス 短篇集『Mafeking Road』で、かつてのトランスヴァール共和国を舞台にした物語を語る語り手。

 父が語るのはこんな話だった。16歳のとき、友人のポールと――父と同じぐらいの年の若者だった――二人でカフィールの呪い師のところへ行ったそうだ。骨投げ占いがよく当たる、という噂を聞いていたのだ。

*カフィール 南アフリカに入植した白人が先住の黒人を呼んだ言葉。アパルトヘイトの時代には蔑称として使われた。この言葉の継続的な使用は2000年に南アフリカ議会で制定された「不当な差別の防止促進法」により罰せられる。現在は南アフリカ英語では婉曲的にKワードと呼ばれている

*骨投げ占い 骨(ボーンズ)という一組の占い用の道具を投げて占う。それぞれが、トーテム動物の関節骨、コヤスガイ、べっ甲のかけら、陶器片、古い硬貨などでできた独自のものを持っている。参考『アフリカの白い呪術師』ライアル・ワトソン 村田恵子=訳 河出書房新社 初版1983年 

 この呪術師は、先住民の住まいである泥壁の小屋に一人で住んでいた。小屋に向かっているあいだ、二人の若者は笑ったり冗談を言ったりしていた。しかし、小屋に入ったとたん、そんな気分は吹っ飛んだ。威圧されたのだ。その呪術師は大変な年寄りで、皺だらけだった。さまざまな野生動物の尾でできた奇妙な頭飾りを被っていた。

 暗がりで床に座ったときに若者たちがいかに圧倒されたかは、想像に難くあるまい。なにしろ父は、呪い師にボーア人のタバコをほんの少しだけ渡すつもりでいたのに、丸ごと全部渡してしまったのだから。ポールのほうも、何もやるつもりはないと着くまでは言っていたのに、なんと狩猟用ナイフを手渡していた。

*ボーア人 南アフリカのケープ植民地に入植したオランダ系白人を主とする移民の子孫。

 呪い師は占い用の骨を投げた。まず、父のために投げた。そして、多くのことを告げた。告げたのはこんなことだ。いずれはひとかどの人物となるだろう。また、いつの日かとても裕福になるだろう。大きな農場と、たくさんの牛と、2台の荷馬車を持つようになるだろう。

 だが、呪い師は言わなかった。何年か後に息子シャルクが生まれること、その子はグルート・マリコの誰よりも語り上手になるということを。

*グルート・マリコ 1488年、バルトロメウ=ディアスが喜望峰に到達。1652年にオランダがケープタウンに植民地を建設した。入植した移民たちは新たな民族集団ボーア人を形成する。1795年にイギリスがケープ植民地を占領。イギリス人とボーア人の対立が深まると、ボーア人はイギリスの力の及ばない北方への移動を開始した。これをグレート・トレックと呼ぶ。グレート・トレック後、この地域には4つの白人系政府(トランスヴァール共和国、オレンジ自由国、ケープ植民地、ナタール植民地)と、いくつかの黒人王国が並立する。グルート・マリコはトランスヴァール西部に位置する。

 次に、呪い師はポールのために骨を投げた。長いあいだ、彼は黙していた。骨からポールへ、それからまた骨へ視線をもどした。ようすが妙だった。やがて、口を開いた。

「遠くへ行くのが見える。お若い方」彼は言った。「大きな水を越え、とても遠いところへ。生まれた土地を離れて」

「で、そこは草原か?」ポールは聞いた。「ごつごつした岩山か、平らなところか?」

「そして、自分の仲間からも離れる」呪い師は言った。

「だが、いつかは……」

「いや、お若い方」呪い師は言った。「もどってはこないでしょう。その地で死ぬでしょう」

 父の話では、二人が小屋から出たとき、ポール・クルーガーの顔は真っ青だったそうだ。そんなことがあったせいだろう、呪い師の予言というのは、よく当たるかもしれないが、肝心なことまでは教えてくれない、父はよくそう言っていたものだ。

 父は正しかった。

 ニールズ・ポトギーターとマーサ・ロッソウがいい例だ。二人が結婚の約束をしたのは、パールデクラールでの誓いの直前だった。あのとき、指導者たちは演説台からわれわれに呼びかけた。トランスヴァールは併合されてしまい、今やイギリスの支配下にある。サー・セオフィラス・シェプストンの口車にうかうかと乗せられてしまったが、われわれはこれからずっと抑圧に耐えていかねばならないだろう。蜂起するしかないことは、あの場の誰にも理解できた。

*パーデクラール 1880年12月13日、トランスヴァール共和国をイギリスが併合したことに対してボーア人たちが蜂起し、独立を取りもどすことを誓った場所。首都プレトリアの西南に位置した。この後、第一次ボーア戦争(1880年12月16日 - 1881年3月23日)が始まった。

*サー・セオフィラス・シェプストン 1817年、イギリスのブリストル生まれ。宣教師である父に連れられ、三歳でケープ植民地に移住。父が働いていた原住民の伝道所で教育を受け、アフリカ南部に広く分布するバントゥー諸語に堪能だった。1834年総督府の官吏となり、カフィール戦争(東部・北部フロンティア(国境)の拡大のためズール―族などと戦った)では総督の元で通訳を務めた。その後、30年以上にわたって植民地行政官として活躍。巧みな温情主義者(パターナリスト)で、原住民に大きな影響力を持ち、原住民からは「父」と呼ばれ、狩猟での功績を称えて「ソムステウ」とも呼ばれた。1877年トランスバール共和国の併合を達成し、79年まで同地の行政官だった。

 わたしとニールズ・ポトギーターは同じ部隊だった。

 近隣の住民は市民軍司令官の家に集合する手はずになっていた。女性は来るべからずとの指示も出されていた。大変な戦いになるはずで、最後の別れになるかもしれず、愁嘆場が予想されたからだ。

 それでも、いつものことながら女性たちはやってきた。その中には、ニールズの恋人マーサ・ロッソウもいた。そしてまた、わたしの妹アニーもいた。

 市民軍司令官の家の前でのあの光景は忘れられない。朝まだき、山の端はまだ薄暗く、草原をわたる風が微かに吹いていた。わたしたちには上官がいなかったが、年長の者が、弾帯を両肩から斜めがけにし、ライフル銃を手にして、短い演説をした。彼は、たくましい体つきの朴訥な人物で、演説はさほどうまくなかった。しかし、彼がトランスバールについて語ったとき、その熱い思いが伝わり、わたしたちは無言で帽子を脱ぎ、頭を垂れた。

 その後間もなく、わたしはまた同じように帽子を脱ぐことになった。マジュバヒルの戦いの後、やはり弾帯を巻きつけていたその年長者を、わたしたちは丘の麓に埋葬した。

*マジュバヒルの戦い 第一次ボーア戦争では、ボーア人がマジュバヒルでイギリス軍を破り、トランスヴァールの独立を回復した。しかし、1886年に金鉱が発見されると,イギリスは再び併合を企てる

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第一次ボーア戦争中のマジュバヒルの戦い、ビクトリア朝の軍事史、1880年代、19世紀 

 だが、何より心に残っているのは、年長者の短い演説の後に行われた祈りだ。司令官の家の前で、わたしたち市民軍はひざまずいた。それぞれ自分のライフルを脇に抱えていた。女たちも一緒にひざまずいた。微かに風が吹いていた。丈高い草をそよがす風のなんと優しかったことか。帽子を取った男たちの頭上をそっと吹き抜け、女たちのボンネットやスカートをひらひらとなびかせ、国を守らんとするわたしたちの祈りを草原の彼方へと密やかに運んでいった。

 この後、わたしたちは立ち上がり、讃美歌を歌った。儀式が終わった。従者が馬を連れてきた。女たちは悲しみをこらえ、唇を固く引き結び、戦いに赴く夫や恋人別れを告げた。涙は見せなかった。

 別れが済むと、ボーアの習慣に従って、わたしたちは空に向かって一斉射撃をした。

「進め」司令官の号令で、わたしたちは二人一組になって道を駆けた。出発間際、わたしは、ニールズ・ポトギーターがマーサ・ロッソウに言葉をかけるのを聞いていた。彼は鞍から身を乗り出して彼女にキスした。妹のアニーも、わたしの馬の横に立っていたので、それを聞いていた。

「モエペルが実るころには、マーサ、もどってくるよ」

*モエペル トランスバールレッドミルクウッド。甘くてビタミンCが豊富。10月から2月にかけて白い小さな甘い香りの花を咲かせる。果実は楕円形で先端が尖っており、4月から9月にかけて(南半球の秋)黄色またはオレンジ色に熟す。

 アニーとわたしは顔を見合わせ、微笑んだ。ニールズのセリフがほほえましかった。マーサもまたいじらしかった。黄色いモエペルを実らす草原の木よりも、ずっとかわいらしく――愛情をごく自然に表出させていた。

 わたしはこの戦いのことをずっと考えつづけてきた。わたしたちの部隊は丘を越え、長い列をなして南へ向かっていた。行く手にはナタールがあり、他の部隊がおり、マジュバがあった。

*この戦い 第一次ボーア戦争のこと。戦争初期、トランスヴァール共和国の首都プレトリアに侵攻せんとするイギリス軍を、ボーアの民兵軍が手前のブロンコーストスプロイトで阻止した。続いてナタールとの国境にあるレイングス・ネックでの大規模な戦闘でもイギリス軍に大損害を与えた。これを挽回せんとライングス・ネックを見おろすマジュバ・ヒルに陣取るもイギリス軍は惨敗、指揮官であるコリー少将が戦死するほか多大な犠牲者を出し、戦争は終結、トランスヴァール共和国は独立を回復した。

 ブロンコーストスプロイトの戦い、コリー将軍、レインズ・ネックの戦いを忘れることはできない。あなた方は、この戦争についていろいろな話を聞かされているにちがいない。それらはおそらく実際にあったことだ。戦闘体験は強烈なものだ。何年経とうが、戦闘場面が蘇る。忘れられるものではない。自分が撃った敵のことを、年ごとにますます思い出すようになる。

 クラース・ウイスもやはりそうだった。毎年、誕生日になると、赤い制服の兵士を一人か二人、あるいはそれ以上思い出したそうだ。彼は、撃ったあと、すぐに立ち上がり、ライフルの木の部分に銃身に沿って、数本の刻み目をつけ足していた。彼は言っていた。年々、記憶が鮮明になっていく、と。

*赤い制服の兵士 イギリス兵のこと。赤の制服は目立ちすぎて標的になりやすく、以後カーキ色の地味なものに変更された。

 部隊にいるあいだに、一通だけ手紙が来た。妹のアニーからだった。危険なことは決してしないで、イギリス兵には近づかないで、相手が銃を持っているときは特に気をつけて、と書いてあった。また、あなたは白人なのだから、危険な役目はカフィールにやらせればいい、とも書いてあった。

 アニーの手紙には、そんなことがもっとたくさん書かれていた。しかし、彼女の助言はわたしには必要なかった。わたしたちの指揮官は神を畏れる人間で、巧妙に戦いを避けていた。敵の砲火を受けずに済む方法を、彼はアニーよりずっとよく知っていた。

*神を畏れる人間  詩篇112篇で、神を畏れる人は祝福された人になると約束されていることに関係がある?

 ところで、アニーの手紙には終わりのほうに、マーサ・ロッソウと一緒に呪い師のところへ行ったことが書いてあった。ニールズ・ポトギーターとわたしについて知りたかったのだそうだ。いやはや、わたしが家にいたなら、アニーにこんな馬鹿げたことをさせはしなかったものを。

 呪い師が彼女に告げた中で、特にこのことだけ話しておこう。彼は「ああ、お嬢さん、シャルク・ローレンスさんが見えます」と言ったそうだ。「きっと無事に帰ってきますよ。とても賢いのですからね、シャルクさんは。大きな石の陰に隠れて、汚れた茶色の毛布を頭からかぶっています。石の陰にじっとして、戦いが終わるのを待っています――完全に終わるのを」

 アニーの手紙によると、呪い師はわたしについて、ほかにもいくつか話をしていた。しかし、ここでそれをわざわざ披露するつもりはない。あの老カフィールがいい加減なことしか言わないやつだということは、もう十分わかったと思う。やつは、疑うことを知らない娘の純朴さにつけこんだばかりか、祖国の自由のために命がけで戦っている若者を揶揄せんとしたのだ。

 しかも、なんたることか、アニーはこんなことを書いていた。カフィールが毛布の話をしたとき、そうであってほしいと、即、願ったというのだ。

 マーサ・ロッソウには、呪い師はこう言ったそうだ。「ニールズ・ポトギーターさんは、あなたのところにきっと帰ってきますよ、お嬢さん、モエペルが熟したころにね。夕暮れどきに帰ってきます」

 ニールズについてはそれしか言わなかった。あまり大した内容ではない。ニールズ自身もわかっていたことだ――夕暮れどきというのは初めて聞いたが、ささいなことでしかない――何しろ、部隊が出発した日に全く同じ予言を聞いていたのだから。呪い師は、わたしについて馬鹿げた、意地の悪いことを考えるのに忙しくて、ニールズ・ポトギーターのことまで気が回らなかったのだろう。

 しかし、わたしはアニーの手紙のことをニールズに言わなかった。手紙のことを話したら、わたしが話してもいいと思う以上のことを、彼は知りたがるだろう。マーサのことも――愛情深いマーサがもっと何か言ってなかったか、彼は知りたがるだろう。

 そして、ついに戦争が終わり、トランスヴァールの空に再び国旗が翻った。各部隊はそれぞれの故郷へともどっていった。指揮官連中は、誰が大統領になるべきかという以前からの主導権争いに舞いもどった。どこもかしこも――丘の上や平地に建てられた夥しい墓は別にして――シェプストンが来る前の状態と変わりなかった。

 夕暮れが近づくころ、わたしたちの小隊はあの懐かしい丘をまた越え、市民軍司令官の家に再び集結した。前もって使者を送り、わたしたちが行くことを知らせてあったので、遠いあちこちから女たち、子どもたち、年寄りたちが既に集まっていて、戦場から勝利して帰ってくる男たちを迎えた。目に涙を浮かべながら、わたしたちは『祖国に栄光あれ』を歌った。

 モエペルの木々に実がなり、黄色く熟していた。モエペルの木々に黄色く熟した実がなっていた。

 薄闇の中、ニールズ・ポトギーターはマーサ・ロッソウを見つけ、キスをした。ちょうど夕暮れどき。呪い師が言ったとおりだった。しかし、呪い師が言わなかった重要なことが一つあった。ニールズ・ポトギータさえもまた、この瞬間まで知らなかったこと。それは、マーサの心がもはや彼から離れてしまっていた、ということだった。

   ☆

~~~註釈なし

モエペルが実るころ 4,410語

 わたしの父は(これはシャルク・ローレンス爺さんの語りだ)、呪い師のこととなるといつも同じ話をした。そして、その話の最後をこう締めくくったものだ。呪い師は骨占いで人の未来を予言することができるとはいえ、どうでもいいことしか告げることができない、と。父はよく言っていたものだ。結局、重要なことはわからない。予言を聞きにいった者にわからないのと同様、呪い師にだってわかりゃしない。

 父が語るのはこんな話だった。16歳のとき、友人のポールと――父と同じぐらいの年の若者だった――二人でカフィールの呪い師のところへ行ったそうだ。骨投げ占いがよく当たる、という噂を聞いていたのだ。

 この呪術師は、先住民の住まいである泥壁の小屋に一人で住んでいた。小屋に向かっているあいだ、二人の若者は笑ったり冗談を言ったりしていた。しかし、小屋に入ったとたん、そんな気分は吹っ飛んだ。威圧されたのだ。その呪術師は大変な年寄りで、皺だらけだった。さまざまな野生動物の尾でできた奇妙な頭飾りを被っていた。

 暗がりで床に座ったときに若者たちがいかに圧倒されたかは、想像に難くあるまい。なにしろ父は、呪い師にボーア人のタバコをほんの少しだけ渡すつもりでいたのに、丸ごと全部渡してしまったのだから。ポールのほうも、何もやるつもりはないと着くまでは言っていたのに、なんと狩猟用ナイフを手渡していた。

 呪い師は占い用の骨を投げた。まず、父のために投げた。そして、多くのことを告げた。告げたのはこんなことだ。いずれはひとかどの人物となるだろう。また、いつの日かとても裕福になるだろう。大きな農場と、たくさんの牛と、2台の荷馬車を持つようになるだろう。

 だが、呪い師は言わなかった。何年か後に息子シャルクが生まれること、その子はグルート・マリコの誰よりも語り上手になるということを。

 次に、呪い師はポールのために骨を投げた。長いあいだ、彼は黙していた。骨からポールへ、それからまた骨へ視線をもどした。ようすが妙だった。やがて、口を開いた。

「遠くへ行くのが見える。お若い方」彼は言った。「大きな水を越え、とても遠いところへ。生まれた土地を離れて」

「で、そこは草原か?」ポールは聞いた。「ごつごつした岩山か、平らなところか?」

「そして、自分の仲間からも離れる」呪い師は言った。

「だが、いつかは……」

「いや、お若い方」呪い師は言った。「もどってはこないでしょう。その地で死ぬでしょう」

 父の話では、二人が小屋から出たとき、ポール・クルーガーの顔は真っ青だったそうだ。そんなことがあったせいだろう、呪い師の予言というのは、よく当たるかもしれないが、肝心なことまでは教えてくれない、父はよくそう言っていたものだ。

 父は正しかった。

 ニールズ・ポトギーターとマーサ・ロッソウがいい例だ。二人が結婚の約束をしたのは、パールデクラールでの誓いの直前だった。あのとき、指導者たちは演説台からわれわれに呼びかけた。トランスヴァールは併合されてしまい、今やイギリスの支配下にある。サー・セオフィラス・シェプストンの口車にうかうかと乗せられてしまったが、われわれはこれからずっと抑圧に耐えていかねばならないだろう。蜂起するしかないことは、あの場の誰にも理解できた。

 わたしとニールズ・ポトギーターは同じ部隊だった。

 近隣の住民は市民軍司令官の家に集合する手はずになっていた。女性は来るべからずとの指示も出されていた。大変な戦いになるはずで、最後の別れになるかもしれず、愁嘆場が予想されたからだ。

 それでも、いつものことながら女性たちはやってきた。その中には、ニールズの恋人マーサ・ロッソウもいた。そしてまた、わたしの妹アニーもいた。

 市民軍司令官の家の前でのあの光景は忘れられない。朝まだき、山の端はまだ薄暗く、草原をわたる風が微かに吹いていた。わたしたちには上官がいなかったが、年長の者が、弾帯を両肩から斜めがけにし、ライフル銃を手にして、短い演説をした。彼は、たくましい体つきの朴訥な人物で、演説はさほどうまくなかった。しかし、彼がトランスバールについて語ったとき、その熱い思いが伝わり、わたしたちは無言で帽子を脱ぎ、頭を垂れた。

 その後間もなく、わたしはまた同じように帽子を脱ぐことになった。マジュバヒルの戦いの後、やはり弾帯を巻きつけていたその年長者を、わたしたちは丘の麓に埋葬した。

 だが、何より心に残っているのは、年長者の短い演説の後に行われた祈りだ。司令官の家の前で、わたしたち市民軍はひざまずいた。それぞれ自分のライフルを脇に抱えていた。女たちも一緒にひざまずいた。微かに風が吹いていた。丈高い草をそよがす風のなんと優しかったことか。帽子を取った男たちの頭上をそっと吹き抜け、女たちのボンネットやスカートをひらひらとなびかせ、国を守らんとするわたしたちの祈りを草原の彼方へと密やかに運んでいった。

 この後、わたしたちは立ち上がり、讃美歌を歌った。儀式が終わった。従者が馬を連れてきた。女たちは悲しみをこらえ、唇を固く引き結び、戦いに赴く夫や恋人別れを告げた。涙は見せなかった。

 別れが済むと、ボーアの習慣に従って、わたしたちは空に向かって一斉射撃をした。

「進め」司令官の号令で、わたしたちは二人一組になって道を駆けた。出発間際、わたしは、ニールズ・ポトギーターがマーサ・ロッソウに言葉をかけるのを聞いていた。彼は鞍から身を乗り出して彼女にキスした。妹のアニーも、わたしの馬の横に立っていたので、それを聞いていた。

「モエペルが実るころには、マーサ、もどってくるよ」

 アニーとわたしは顔を見合わせ、微笑んだ。ニールズのセリフがほほえましかった。マーサもまたいじらしかった。黄色いモエペルを実らす草原の木よりも、ずっとかわいらしく――愛情をごく自然に表出させていた。

 わたしはこの戦いのことをずっと考えつづけてきた。わたしたちの部隊は丘を越え、長い列をなして南へ向かっていた。行く手にはナタールがあり、他の部隊がおり、マジュバがあった。

 ブロンコーストスプロイトの戦い、コリー将軍、レインズ・ネックの戦いを忘れることはできない。あなた方は、この戦争についていろいろな話を聞かされているにちがいない。それらはおそらく実際にあったことだ。戦闘体験は強烈なものだ。何年経とうが、戦闘場面が蘇る。忘れられるものではない。自分が撃った敵のことを、年ごとにますます思い出すようになる。

 クラース・ウイスもやはりそうだった。毎年、誕生日になると、赤い制服の兵士を一人か二人、あるいはそれ以上思い出したそうだ。彼は、撃ったあと、すぐに立ち上がり、ライフルの木の部分に銃身に沿って、数本の刻み目をつけ足していた。彼は言っていた。年々、記憶が鮮明になっていく、と。

 部隊にいるあいだに、一通だけ手紙が来た。妹のアニーからだった。危険なことは決してしないで、イギリス兵には近づかないで、相手が銃を持っているときは特に気をつけて、と書いてあった。また、あなたは白人なのだから、危険な役目はカフィールにやらせればいい、とも書いてあった。

 アニーの手紙には、そんなことがもっとたくさん書かれていた。しかし、彼女の助言はわたしには必要なかった。わたしたちの指揮官は神を畏れる人間で、巧妙に戦いを避けていた。敵の砲火を受けずに済む方法を、彼はアニーよりずっとよく知っていた。

 ところで、アニーの手紙には終わりのほうに、マーサ・ロッソウと一緒に呪い師のところへ行ったことが書いてあった。ニールズ・ポトギーターとわたしについて知りたかったのだそうだ。いやはや、わたしが家にいたなら、アニーにこんな馬鹿げたことをさせはしなかったものを。

 呪い師が彼女に告げた中で、特にこのことだけ話しておこう。彼は「ああ、お嬢さん、シャルク・ローレンスさんが見えます」と言ったそうだ。「きっと無事に帰ってきますよ。とても賢いのですからね、シャルクさんは。大きな石の陰に隠れて、汚れた茶色の毛布を頭からかぶっています。石の陰にじっとして、戦いが終わるのを待っています――完全に終わるのを」

 アニーの手紙によると、呪い師はわたしについて、ほかにもいくつか話をしていた。しかし、ここでそれをわざわざ披露するつもりはない。あの老カフィールがいい加減なことしか言わないやつだということは、もう十分わかったと思う。やつは、疑うことを知らない娘の純朴さにつけこんだばかりか、祖国の自由のために命がけで戦っている若者を揶揄せんとしたのだ。

 しかも、なんたることか、アニーはこんなことを書いていた。カフィールが毛布の話をしたとき、そうであってほしいと、即、願ったというのだ。

 マーサ・ロッソウには、呪い師はこう言ったそうだ。「ニールズ・ポトギーターさんは、あなたのところにきっと帰ってきますよ、お嬢さん、モエペルが熟したころにね。夕暮れどきに帰ってきます」

 ニールズについてはそれしか言わなかった。あまり大した内容ではない。ニールズ自身もわかっていたことだ――夕暮れどきというのは初めて聞いたが、ささいなことでしかない――何しろ、部隊が出発した日に全く同じ予言を聞いていたのだから。呪い師は、わたしについて馬鹿げた、意地の悪いことを考えるのに忙しくて、ニールズ・ポトギーターのことまで気が回らなかったのだろう。

 しかし、わたしはアニーの手紙のことをニールズに言わなかった。手紙のことを話したら、わたしが話してもいいと思う以上のことを、彼は知りたがるだろう。マーサのことも――愛情深いマーサがもっと何か言ってなかったか、彼は知りたがるだろう。

 そして、ついに戦争が終わり、トランスヴァールの空に再び国旗が翻った。各部隊はそれぞれの故郷へともどっていった。指揮官連中は、誰が大統領になるべきかという以前からの主導権争いに舞いもどった。どこもかしこも――丘の上や平地に建てられた夥しい墓は別にして――シェプストンが来る前の状態と変わりなかった。

 夕暮れが近づくころ、わたしたちの小隊はあの懐かしい丘をまた越え、市民軍司令官の家に再び集結した。前もって使者を送り、わたしたちが行くことを知らせてあったので、遠いあちこちから女たち、子どもたち、年寄りたちが既に集まっていて、戦場から勝利して帰ってくる男たちを迎えた。目に涙を浮かべながら、わたしたちは『祖国に栄光あれ』を歌った。

 モエペルの木々に黄色く熟した実がなっていた。

 薄闇の中、ニールズ・ポトギーターはマーサ・ロッソウを見つけ、キスをした。ちょうど夕暮れどき。呪い師が言ったとおりだった。しかし、呪い師が言わなかった重要なことが一つあった。ニールズ・ポトギータさえもまた、この瞬間まで知らなかったこと。それは、マーサの心がもはや彼から離れてしまっていた、ということだった。


~~~対訳

続きを読む

39. Then, at last, the war ended, and over the Transvaal the Vierkleur waved again. And the commandos went home by their different ways. And our leaders revived their old quarrels as to who should be president. And, everywhere, except for a number of lonely graves on hillside and vlakte, things were as they had been before Shepstone came.

 そして、ついに戦争が終わり、トランスヴァールの空に再び国旗が翻った。各部隊はそれぞれの故郷へともどっていった。指揮官連中は、誰が大統領になるべきかという以前からの主導権争いに舞いもどった。どこもかしこも――丘の上や平地に建てられた夥しい墓は別にして――シェプストンが来る前の状態と変わりなかった。

40. It was getting on towards evening when our small band rode over the bult again, and once more came to a halt at the veldkornet’s house. A messenger had been sent on in advance to announce our coming, and from far around women and children and old men had gathered to welcome their victorious burghers back from the war. And there were tears in many eyes when we sang, “Hef, Burghers, Hef”.

 夕暮れが近づくころ、わたしたちの小隊はあの懐かしい丘をまた越え、市民軍司令官の家に再び集結した。前もって使者を送り、わたしたちが行くことを知らせてあったので、遠いあちこちから女たち、子どもたち、年寄りたちが既に集まっていて、戦場から勝利して帰ってくる男たちを迎えた。目に涙を浮かべながら、わたしたちは『祖国に栄光あれ』を歌った。

41. And the moepels were ripe and yellow on the trees.

 モエペルの木々に実がなり、黄色く熟していた。

42. And in the dusk Neels Potgieter found Martha Rossouw and kissed her. At sundown, as the witch-doctor had said. But there was one important thing that the witch-doctor had not told. It was something that Neels Potgieter did not know, either, just then. And that was that Martha did not want him any more.

 薄闇の中、ニールズ・ポトギーターはマーサ・ロッソウを見つけ、キスをした。ちょうど夕暮れどき。呪い師が言ったとおりだった。しかし、呪い師が言わなかった重要なことが一つあった。ニールズ・ポトギータさえもまた、この瞬間まで知らなかったこと。それは、マーサの心がもはや彼から離れてしまっていた、ということだった。

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36. To Martha Rossouw the witch-doctor said, “Baas Neels Potgieter will come back to you, missus, when the moepels are ripe again. At sun-under he will come.”

 マーサ・ロッソウには、呪い師はこう言ったそうだ。「ニールズ・ポトギーターさんは、あなたのところにきっと帰ってきますよ、お嬢さん、モエペルが熟したころにね。夕暮れどきに帰ってきます」

37. That was all he said about Neels, and there wasn’t very much in that, anyway, seeing that Neels himself – except for the bit about the sunset – had made the very same prophecy the day the commando set out. I suppose that the witch-doctor had been too busy thinking out foolish and spiteful things about me to be able to give any attention to Neels Potgieter’s affairs.

 ニールズについてはそれしか言わなかった。あまり大した内容ではない。ニールズ自身もわかっていたことだ――夕暮れどきというのは初めて聞いたが、ささいなことでしかない――何しろ、部隊が出発した日に全く同じ予言を聞いていたのだから。呪い師は、わたしについて馬鹿げた、意地の悪いことを考えるのに忙しくて、ニールズ・ポトギーターのことまで気が回らなかったのだろう。

38. But I didn’t mention Annie’s letter to Neels. He might have wanted to know more than I was willing to tell him. More, even, than Martha was willing to tell him – Martha of the wild heart.

 しかし、わたしはアニーの手紙のことをニールズに言わなかった。手紙のことを話したら、わたしが話してもいいと思う以上のことを、彼は知りたがるだろう。マーサのことも――愛情深いマーサがもっと何か言ってなかったか、彼は知りたがるだろう。
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 しかし、わたしはアニーの手紙のことをニールズに言わなかった。
手紙のことを話したら、わたしが話してもいいと思う以上のことを、彼は知りたがるだろう。(戦いのあいだ隠れているという予言のことは言いたくない)
(マーサのことも、これっぽっちのはずがない、)マーサが――愛情深いマーサがもっと何か言ってなかったか、彼は知りたがるだろう。

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32. But Annie also said, at the end of her letter, that she and Martha Rossouw had gone to a witch-doctor. They had gone to find out about Neels Potgieter and me. Now, if I had been at home, I would not have permitted Annie to indulge in this nonsense.

 ところで、アニーの手紙には終わりのほうに、マーサ・ロッソウと一緒に呪い師のところへ行ったことが書いてあった。ニールズ・ポトギーターとわたしについて知りたかったのだそうだ。いやはや、わたしが家にいたなら、アニーにこんな馬鹿げたことをさせはしなかったものを。

33. Especially as the witch-doctor said to her, “Yes, missus, I can see Baas Schalk Lourens. He will come back safe. He is very clever, Baas Schalk. He lies behind a big stone, with a dirty brown blanket pulled over his head. And he stays behind the stone until the fighting is finished – quite finished.”

 呪い師が彼女に告げた中で、特にこのことだけ話しておこう。彼は「ああ、お嬢さん、シャルク・ローレンスさんが見えます」と言ったそうだ。「きっと無事に帰ってきますよ。とても賢いのですからね、シャルクさんは。大きな石の陰に隠れて、汚れた茶色の毛布を頭からかぶっています。石の陰にじっとして、戦いが終わるのを待っています――完全に終わるのを」

34. According to Annie’s letter the witch-doctor told her a few other things about me, too. But I won’t bother to repeat them now. I think I have said enough to show you what sort of a scoundrel that old kafir was. He not only took advantage of the credulity of a simple girl, but he also tried to be funny at the expense of a young man who was fighting for his country’s freedom.

 アニーの手紙によると、呪い師はわたしについて、ほかにもいくつか話をしていた。しかし、ここでそれをわざわざ披露するつもりはない。あの老カフィールがいい加減なことしか言わないやつだということは、もう十分わかったと思う。やつは、疑うことを知らない娘の純朴さにつけこんだばかりか、祖国の自由のために命がけで戦っている若者を揶揄せんとしたのだ。

35. What was more, Annie said that she recognised it was me right away, just from the kafir’s description of that blanket.

 しかも、なんたることか、アニーはこんなことを書いていた。カフィールが毛布の話をしたとき、そうであってほしいと、即、願ったというのだ。

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30. All the time I was on commando, I received only one letter. That came from Annie, my sister. She said I was not to take any risks, and that I must keep far away from the English, especially if they had guns. She also said I was to remember that I was a white man, and that if there was any dangerous work to be done, I had to send a kafir out to do it.

 部隊にいるあいだに、一通だけ手紙が来た。妹のアニーからだった。危険なことは決してしないで、イギリス兵には近づかないで、相手が銃を持っているときは特に気をつけて、と書いてあった。また、あなたは白人なのだから、危険な役目はカフィールにやらせればいい、とも書いてあった。

31. There were more things like that in Annie’s letter. But I had no need of her advice. Our commandant was a God-fearing and wily man, and he knew even better ways than Annie did for keeping out of range of the enemy fire.

 アニーの手紙には、そんなことがもっとたくさん書かれていた。しかし、彼女の助言はわたしには必要なかった。わたしたちの指揮官は神を畏れる人間で、巧妙に戦いを避けていた。敵の砲火を受けずに済む方法を、彼はアニーよりずっとよく知っていた。

*神を畏れる人間  詩篇112篇で、神を畏れる人は祝福された人になると約束されていることに関係がある?

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27. I was still thinking of this when our commando had passed over the bult, in a long line, on our way to the south, where Natal was, and the other commandos, and Majuba.

 わたしはこの戦いのことをずっと考えつづけてきた。わたしたちの部隊は丘を越え、長い列をなして南へ向かっていた。行く手にはナタールがあり、他の部隊がおり、マジュバがあった。

*この戦い 第一次ボーア戦争のこと。戦争初期、トランスヴァール共和国の首都プレトリアに侵攻せんとするイギリス軍を、ボーアの民兵軍が手前のブロンコーストスプロイトで阻止した。続いてナタールとの国境にあるレイングス・ネックでの大規模な戦闘でもイギリス軍に大損害を与えた。これを挽回せんとライングス・ネックを見おろすマジュバ・ヒルに陣取るもイギリス軍は惨敗、指揮官であるコリー少将が戦死するほか多大な犠牲者を出し、戦争は終結、トランスヴァール共和国は独立を回復した。

28. This was the war of Bronkhorstspruit and General Colley and Laing’s Nek. You have no doubt heard many accounts of this war, some of them truthful, perhaps. For it is a singular thing that, as a man grows older, and looks back on fights that he has been in, he keeps on remembering, each year, more and more of the enemy that he has shot.

 ブロンコーストスプロイトの戦い、コリー将軍、レインズ・ネックの戦いを忘れることはできない。あなた方は、この戦争についていろいろな話を聞かされているにちがいない。それらはおそらく実際にあったことだ。戦闘体験は強烈なものだ。何年経とうが、戦闘場面が蘇る。忘れられるものではない。自分が撃った敵のことを、年ごとにますます思い出すようになる。

29. Klaas Uys was a man like that. Each year, on his birthday, he remembered one or two more redcoats that he had shot, whereupon he got up straight away and put another few notches in the wood part of his rifle, along the barrel. And he said his memory was getting better every year.

 クラース・ウイスもやはりそうだった。毎年、誕生日になると、赤い制服の兵士を一人か二人、あるいはそれ以上思い出したそうだ。彼は、撃ったあと、すぐに立ち上がり、ライフルの木の部分に銃身に沿って、数本の刻み目をつけ足していた。彼は言っていた。年々、記憶が鮮明になっていく、と。

*赤い制服の兵士 イギリス兵のこと。赤の制服は目立ちすぎて標的になりやすく、以後カーキ色の地味なものに変更された。

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24. “Voorwaarts, burghers,” came the veldkornet’s order, and we cantered down the road in twos. But before we left I had overheard Neels Potgieter say something to Martha Rossouw as he leant out of the saddle and kissed her. My sister Annie, standing beside my horse, also heard.

「進め」司令官の号令で、わたしたちは二人一組になって道を駆けた。出発間際、わたしは、ニールズ・ポトギーターがマーサ・ロッソウに言葉をかけるのを聞いていた。彼は鞍から身を乗り出して彼女にキスした。妹のアニーも、わたしの馬の横に立っていたので、それを聞いていた。

25. “When the moepels are ripe, Martha, I will come to you again.”

「モエペルが実るころには、マーサ、もどってくるよ」

*モエペル トランスバールレッドミルクウッド。甘くてビタミンCが豊富。10月から2月にかけて白い小さな甘い香りの花を咲かせる。果実は楕円形で先端が尖っており、4月から9月にかけて黄色またはオレンジ色に熟す。

26. Annie and I looked at each other and smiled. It was a pretty thing that Neels had said. But then Martha was also pretty. More pretty than the veld trees that bore those yellow moepels, I reflected – and more wild.

 アニーとわたしは顔を見合わせ、微笑んだ。ニールズのセリフがほほえましかった。マーサもまたいじらしかった。黄色いモエペルを実らす草原の木よりも、ずっとかわいらしく――愛情をごく自然に表出させていた。

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19. I shall never forget that scene in front of the veldkornet’s house, in the early morning, when there were still shadows on the rante, and a thin wind blew through the grass. We had no predikant there; but an ouderling, with two bandoliers slung across his body, and a Martini in his hand, said a few words. He was a strong and simple man, with no great gifts of oratory. But when he spoke about the Transvaal we could feel what was in his heart, and we took off our hats in silence.

 市民軍司令官の家の前でのあの光景は忘れられない。朝まだき、山の端はまだ薄暗く、草原をわたる風が微かに吹いていた。わたしたちには上官がいなかったが、年長の者が、弾帯を両肩から斜めがけにし、ライフル銃を手にして、短い演説をした。彼は、たくましい体つきの朴訥な人物で、演説はさほどうまくなかった。しかし、彼がトランスバールについて語ったとき、その熱い思いが伝わり、わたしたちは無言で帽子を脱ぎ、頭を垂れた。

20. And it was not long afterwards that I again took off my hat in much the same way. Then it was at Majuba Hill. It was after the battle, and the ouderling still had his two bandoliers around him when we buried him at the foot of the koppie.

 その後間もなく、わたしはまた同じように帽子を脱ぐことになった。マジュバヒルの戦いの後、やはり弾帯を巻きつけていたその年長者を、わたしたちは丘の麓に埋葬した。

*マジュバヒルの戦い 第一次ボーア戦争では、ボーア人がマジュバヒルでイギリス軍を破り、トランスヴァールの独立を回復した。しかし、1886年に金鉱が発見されると,イギリスは再び併合を企てる。

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第一次ボーア戦争中のマジュバヒルの戦い、ビクトリア朝の軍事史、1880年代、19世紀 

21. But what impressed me most was the prayer that followed the ouderling’s brief address. In front of the veldkornet’s house we knelt, each burgher with his rifle at his side. And the womenfolk knelt down with us. And the wind seemed very gentle as it stirred the tall grassblades; very gentle as it swept over the bared heads of the men and fluttered the kappies and skirts of the women; very gentle as it carried the prayers of our nation over the veld.

 だが、何より心に残っているのは、年長者の短い演説の後に行われた祈りだ。司令官の家の前で、わたしたち市民軍はひざまずいた。それぞれ自分のライフルを脇に抱えていた。女たちも一緒にひざまずいた。微かに風が吹いていた。丈高い草をそよがす風のなんと優しかったことか。帽子を取った男たちの頭上をそっと吹き抜け、女たちのボンネットやスカートをひらひらとなびかせ、国を守らんとするわたしたちの祈りを草原の彼方へと密やかに運んでいった。

22. After that we stood up and sang a hymn. The ceremony was over. The agterryers brought us our horses. And, dry-eyed and tight-lipped, each woman sent her man forth to war. There was no weeping.

 この後、わたしたちは立ち上がり、讃美歌を歌った。儀式が終わった。従者が馬を連れてきた。女たちは悲しみをこらえ、唇を固く引き結び、戦いに赴く夫や恋人別れを告げた。涙は見せなかった。

23. Then, in accordance with Boer custom, we fired a volley into the air.

 別れが済むと、ボーアの習慣に従って、わたしたちは空に向かって一斉射撃をした。

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14. And my father was right.

 父は正しかった。

15. Take the case of Neels Potgieter and Martha Rossouw, for instance. They became engaged to be married just before the affair at Paardekraal. There, on the hoogte, our leaders pointed out to us that, although the Transvaal had been annexed by Sir Theophilus Shepstone, it nevertheless meant that we would have to go on paying taxes just the same. Everybody knew then that it was war.

 ニールズ・ポトギーターとマーサ・ロッソウがいい例だ。二人が結婚の約束をしたのは、パールデクラールでの誓いの直前だった。あのとき、指導者たちは演説台からわれわれに呼びかけた。トランスヴァールは併合されてしまい、今やイギリスの支配下にある。サー・セオフィラス・シェプストンの口車にうかうかと乗せられてしまったが、われわれはこれからずっと抑圧に耐えていかねばならないだろう。蜂起するしかないことは、あの場の誰にも理解できた。

*パーデクラール 1880年12月13日、トランスヴァール共和国をイギリスが併合したことに対してボーア人たちが蜂起し、独立を取りもどすことを誓った場所。首都プレトリアの西南に位置した。この後、第一次ボーア戦争(1880年12月16日 - 1881年3月23日)が始まった。

*サー・セオフィラス・シェプストン 1817年、イギリスのブリストル生まれ。宣教師である父に連れられ、三歳でケープ植民地に移住。父が働いていた原住民の伝道所で教育を受け、アフリカ南部に広く分布するバントゥー諸語に堪能だった。1834年総督府の官吏となり、カフィール戦争(東部・北部フロンティア(国境)の拡大のためズール―族などと戦った)では総督の元で通訳を務めた。その後、30年以上にわたって植民地行政官として活躍。巧みな温情主義者(パターナリスト)で、原住民に大きな影響力を持ち、原住民からは「父」と呼ばれ、狩猟での功績を称えて「ソムステウ」とも呼ばれた。1877年トランスバール共和国の併合を達成し、79年まで同地の行政官だった。

16. Neels Potgieter and I were in the same commando.

 わたしとニールズ・ポトギーターは同じ部隊だった。

17. It was arranged that the burghers of the neighbourhood should assemble at the veldkornet’s house. Instructions had also been given that no women were to be present. There was much fighting to be done, and this final leave-taking was likely to be an embarrassing thing.

 近隣の住民は市民軍司令官の家に集合する手はずになっていた。女性は来るべからずとの指示も出されていた。大変な戦いになるはずで、最後の別れになるかもしれず、愁嘆場が予想されたからだ。

18. Nevertheless, as always, the women came. And among them was Neels’s sweetheart, Martha Rossouw. And also there was my sister, Annie.

 それでも、いつものことながら女性たちはやってきた。その中には、ニールズの恋人マーサ・ロッソウもいた。そしてまた、わたしの妹アニーもいた。

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5. Then he threw the bones. He threw first for my father. He told him many things. He told him that he would grow up to be a good burgher, and that he would one day be very prosperous. He would have a big farm and many cattle and two ox-wagons.

 呪い師は占い用の骨を投げた。まず、父のために投げた。そして、多くのことを告げた。告げたのはこんなことだ。いずれはひとかどの人物となるだろう。また、いつの日かとても裕福になるだろう。大きな農場と、たくさんの牛と、2台の荷馬車を持つようになるだろう。

6. But what the witch-doctor did not tell my father was that in years to come he would have a son, Schalk, who could tell better stories than any man in the Marico.

 だが、呪い師は言わなかった。何年か後に息子シャルクが生まれること、その子はグルート・マリコの誰よりも語り上手になるということを。

*グルート・マリコ 1488年、バルトロメウ=ディアスが喜望峰に到達。1652年にオランダがケープタウンに植民地を建設した。入植した移民たちは新たな民族集団ボーア人を形成する。1795年にイギリスがケープ植民地を占領。イギリス人とボーア人の対立が深まると、ボーア人はイギリスの力の及ばない北方への移動を開始した。これをグレート・トレックと呼ぶ。グレート・トレック後、この地域には4つの白人系政府(トランスヴァール共和国、オレンジ自由国、ケープ植民地、ナタール植民地)と、いくつかの黒人王国が並立する。グルート・マリコはトランスヴァール西部に位置する。

7. Then the witch-doctor threw the bones for Paul. For a long while he was silent. He looked from the bones to Paul, and back to the bones, in a strange way. Then he spoke.

 次に、呪い師はポールのために骨を投げた。長いあいだ、彼は黙していた。骨からポールへ、それからまた骨へ視線をもどした。ようすが妙だった。やがて、口を開いた。

8. “I can see you go far away, my kleinbaas,” he said, “very far away over the great waters. Away from your own land, my kleinbaas.”

「遠くへ行くのが見える。お若い方」彼は言った。「大きな水を越え、とても遠いところへ。生まれた土地を離れて」

9. “And the veld?” Paul asked. “And the krantzes and the vlaktes?”

「で、そこは草原か?」ポールは聞いた。「ごつごつした岩山か、平らなところか?」

10. “And away from your own people,” the witch-doctor said.

「そして、自分の仲間からも離れる」呪い師は言った。

11. “And will I . . . will I . . .”

「だが、いつかは……」

12. “No, my kleinbasie,” the witch-doctor answered, “you will not come back. You will die there.”

「いや、お若い方」呪い師は言った。「もどってはこないでしょう。その地で死ぬでしょう」

13. My father said that when they came out of that hut Paul Kruger’s face was very white. That was why my father used to say that, while a witch-doctor could tell you true things, he could not tell you the things that really mattered.

 父の話では、二人が小屋から出たとき、ポール・クルーガーの顔は真っ青だったそうだ。そんなことがあったせいだろう、呪い師の予言というのは、よく当たるかもしれないが、肝心なことまでは教えてくれない、父はよくそう言っていたものだ。

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Yellow Moepels 
モエペルが実るころ


1. If ever you spoke to my father about witch-doctors (Oom Schalk Lourens said) he would always relate one story. And at the end of it he would explain that, while a witch-doctor could foretell the future for you from the bones, at the same time he could only tell you the things that didn’t matter. My father used to say that the important things were as much hidden from the witch-doctor as from the man who listened to his prophecy.

 わたしの父は(これはシャルク・ローレンス爺さんの語りだ)、呪い師のこととなるといつも同じ話をした。そして、その話の最後をこう締めくくったものだ。呪い師は骨占いで人の未来を予言することができるとはいえ、どうでもいいことしか告げることができない、と。父はよく言っていたものだ。結局、重要なことはわからない。予言を聞きにいった者にわからないのと同様、呪い師にだってわかりゃしない。

*シャルク・ローレンス 短篇集『Mafeking Road』で、かつてのトランスヴァール共和国を舞台にした物語を語る語り手。

2. My father said that when he was sixteen he went with his friend Paul, a stripling of about his own age, to a kafir witch-doctor. They had heard that this witch-doctor was very good at throwing the bones.

 父が語るのはこんな話だった。16歳のとき、友人のポールと――父と同じぐらいの年の若者だった――二人でカフィールの呪い師のところへ行ったそうだ。骨投げ占いがよく当たる、という噂を聞いていたのだ。

*カフィール 南アフリカに入植した白人が先住の黒人を呼んだ言葉。アパルトヘイトの時代には蔑称として使われた。この言葉の継続的な使用は2000年に南アフリカ議会で制定された「不当な差別の防止促進法」により罰せられる。現在は南アフリカ英語では婉曲的にKワードと呼ばれている

*骨投げ占い 骨(ボーンズ)という一組の占い用の道具を投げて占う。それぞれが、トーテム動物の関節骨、コヤスガイ、べっ甲のかけら、陶器片、古い硬貨などでできた独自のものを持っている。参考『アフリカの白い呪術師』ライアル・ワトソン 村田恵子=訳 河出書房新社 初版1983年 

3. This witch-doctor lived alone in a mud hut. While they were still on the way to the hut the two youths laughed and jested, but as soon as they got inside they felt different. They were impressed. The witch-doctor was very old and very wrinkled. He had on a queer head-dress made up from the tails of different wild animals.

 この呪術師は、先住民の住まいである泥壁の小屋に一人で住んでいた。小屋に向かっているあいだ、二人の若者は笑ったり冗談を言ったりしていた。しかし、小屋に入ったとたん、そんな気分は吹っ飛んだ。威圧されたのだ。その呪術師は大変な年寄りで、皺だらけだった。さまざまな野生動物の尾でできた奇妙な頭飾りを被っていた。

4. You could tell that the boys were overawed as they sat there on the floor in the dark. Because my father, who had meant to hand the witch-doctor only a plug of Boer tobacco, gave him a whole roll. And Paul, who had said, when they were outside, that he was going to give him nothing at all, actually handed over his hunting knife.

 暗がりで床に座ったときに若者たちがいかに圧倒されたかは、想像に難くあるまい。なにしろ父は、呪い師にボーア人のタバコをほんの少しだけ渡すつもりでいたのに、丸ごと全部渡してしまったのだから。ポールのほうも、何もやるつもりはないと着くまでは言っていたのに、なんと狩猟用ナイフを手渡していた。

*ボーア人 南アフリカのケープ植民地に入植したオランダ系白人を主とする移民の子孫。

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Yellow Moepels 
from Mafeking Road(1947)
by Herman Bosman(1905 – 1951)
1,785 words


text
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ストーリー
 戦争で離れ離れになる恋人たちは、無事にもどったら結婚しようと誓い合う。男は、モエペルの実が熟すころにもどってくると言って戦場に向かう……
南アフリカでの第一次ボーア戦争のころの話。

時代背景
南アフリカケープ植民地に入植した移民の子孫ボーア人は、侵略してきたイギリスの統治を逃れ、グレート・トレックを経てトランスヴァール共和国を建設する。しかし、これもイギリスに併合され、不満を募らせたボーア人が蜂起し第一次ボーア戦争(1880年12月16日 - 1881年3月23日)が起こる。

Moepel
Small, white, sweetly scented flowers are borne in October to February. Fruits are oval with a pointed tip ripening yellow or orange from April to September.

 April to September 南半球の秋

1867年 オレンジ自由国でダイヤモンド鉱発見
1886年 トランスヴァールで金鉱発見


著者
 ハーマン・チャールズ・ボスマン Herman Charles Bosman(1905 - 1951)は、南アフリカの小説家。アフリカーナーの家庭に生まれ、アフリカーンス語だけでなく英語も使って育つ。教育学の学位を取得し、グルート・マリコ地区で教職に就く。この地は後にシャルク・ローレンスが登場する彼の代表的な短編集の背景となる。
 1926年、学校休暇中にヨハネスブルグの家族を訪ねた際、口論から義理の弟を射殺、死刑を宣告されたが後に減刑。1930年、仮釈放となり、印刷会社を設立、詩人、ジャーナリスト、作家と交流、9年ほど海外、主にロンドンで過ごす。このころ、刑務所で書きはじめたシャルク・ローレンスものを執筆、『 Mafeking Road』として後に出版される。本作品はこの短篇集に収録のもの。第二次世界大戦が始まると南アフリカにもどり、ジャーナリストとして活動した。

*アフリカーナー ケープ植民地に入植したオランダ系白人を主とする移民の子孫。かつてはボーア人と呼ばれた。ボーアはオランダ語で農民を意味する Boer のイギリス式発音。これを嫌い、自らはオランダ式発音でブールと称していた。

*アフリカーンス語 オランダ語を基礎に、ヨーロッパ移民の欧州諸語、先住民のバントゥー諸語、コイサン諸語、さらに奴隷として連れて来られた東南アジア系のマレー語が融合してできた言語。

*グルート・マリコ 1852年にボーア人が建国し1902年まで存在したトランスヴァール共和国の一地区。ボーア戦争を経て共和国がイギリスに併合され、1910年に南アフリカ連邦が成立後は州となる。


Mafeking Road
Bosman,Herman Charles
Mafeking Road-First Edition.
Published: Central News Agency Ltd, South Africa, 1947
Edition: First Edition

世界史の窓 南アフリカ戦争/ブール戦争/ボーア戦争

https://dsae.co.za/
Dictionary of South African English

https://www.wiktionary.org/
フリー多機能辞典


参考資料
http://blog.livedoor.jp/hollyhocksld-translation/archives/40217247.html


The Old Portrait(1890)

Hume Nisbet(1849 – 1923)

1,712words


 骨董品の古い額縁を探すのが趣味の画家は、立派な木彫りを施した古い額を手に入れる。中身は肖像画のようだ、埃や汚れを落としてみると、描かれていたのは平凡な男で、ただ絵具を塗りたくったような絵だった。だが、その下には別の絵が隠されていた……



Text
https://multoghost.files.wordpress.com/2012/12/draculas-brood-2010-nisbet.pdf
The Old Portrait by Hume Nesbit


著者について
 ヒューム・ニスベット Hume Nisbet(1849 – 1923)は、スコットランド生まれの小説家および画家。スコットランドのスターリングで生まれ、絵の特別な教育を受け、後のブリストル大学で文学を学んだ。
 16歳のときにオーストラリアに行き、タスマニア、ニュージーランド、南洋諸島を旅し、絵を描き、スケッチし、詩や物語を書き、演劇も経験した。
 1872年にロンドンにもどり、ナショナル ギャラリーとサウス ケンジントンで絵の勉強と模写に明け暮れた。翌年末にスコットランドにもどり、風景画家として働き、1875年に結婚。絵を教えたり、展覧会を開くなどしながら、ときに執筆活動も行った。
 1886年に再びオーストラリアとニューギニアを旅し、1895年にもオーストラリアを訪れた。こうした体験を反映した小説を書いたが、その中で、人種的偏見や社会的偽善、不平等を厳しく批判している。
 彼は、絵を描くほかに、4冊の詩集、Where Art Begins(1892年)を含む5冊の芸術に関する本、短編小説集、旅行記を出版し、自作や他の作家の作品の挿絵も描いた。ゴーストストーリーも多く、中でもThe Haunted Station (1894)はしばしば再版されている。


The Old Portrait by Hume Nisbet 検討編


『古い肖像画』ヒューム・ニスベット 全訳文

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23. The gas was still blazing brightly, while the fire burned ruddy in the stove. By the timepiece on the mantel I could see that it was half-past twelve. 

 ガス灯は今も明るく灯り、ストーブの火も赤々と燃えていた。炉棚の時計を見ると、12時半になっていた。

24. The picture and frame were still on the easel, only as I looked at them the portrait had changed, a hectic flush was on the cheeks while the eyes glittered with life and the sensuous lips were red and ripe-looking with a drop of blood still upon the nether one. In a frenzy of horror I seized my scraping knife and slashed out the vampire picture, then tearing the mutilated fragments out I crammed them into my stove and watched them frizzle with savage delight. 

 絵と額縁は今もイーゼルの上にあった。だが、見ると、肖像画が変化していた。頬に赤みが差し、目は生き生きと輝いていた。官能的な唇は赤くふっくらとして、しかも、血が一滴、下唇についていた。恐怖にかられ、ナイフを手に取ると、吸血鬼の絵を切り裂いた。そして、切り裂いた破片をストーブの中に放り込み、燃えるのを見て、残忍な喜びに浸った。

25. I have that frame still, but I have not yet had courage to paint a suitable subject for it. 

 そのフレームはまだ持っている。しかし、それにふさわしい絵を描く勇気はまだない。

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20. She was with me now, that pallid face touching my face and those cold bloodless lips glued to mine with a close lingering kiss, while the soft black hair covered me like a cloud and thrilled me through and through with a delicious thrill that, whilst it made me grow faint, intoxicated me with delight. 

 今や、彼女はわたしのそばにいた。蒼白い顔がわたしの顔に触れたかと思うと、冷たい、血の気のない唇がわたしの唇を吸った。絡みつくようなキスがいつまでも続く。柔らかい黒髪に覆われ、まるで雲の中にいるような心地がした。キスの快感に体じゅうがぞくぞくして、気が遠くなりながら、歓喜に酔いしれた。

21. As I breathed she seemed to absorb it quickly into herself, giving me back nothing, getting stronger as I was becoming weaker, while the warmth of my contact passed into her and made her palpitate with vitality. 

 わたしが息を吐き出すと、彼女は、それを素早く自分の中に吸い込み、わたしには少しも返さず、わたしが次第に弱くなるにつれて、彼女は強くなっていくように思えた。同時に、わたしの体温が伝わるにつれ、彼女の心臓は生き生きと脈打ちはじめた。

22. And all at once the horror of approaching death seized upon me, and with a frantic effort I flung her from me and started up from my chair dazed for a moment and uncertain where I was, then consciousness returned and I looked round wildly. 

 急に恐ろしくなった。このままでは死んでしまう。渾身の力を振り絞り、彼女を突き放し、椅子から勢いよく立ち上がった。一瞬、ぼうっとして、自分がどこにいるのかわからなくなる。やがて、我にかえり、あわててあたりを見まわした。

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16. I heard the clocks from the different steeples chime out the last hour of the day, one after the other, like echoes taking up the refrain and dying away in the distance, and still I sat spellbound, looking at that weird picture, with my neglected pipe in my hand, and a strange lassitude creeping over me. 

 あちこちの教会の尖塔から、その日の最後の時間を告げる鐘の音が聞こえてきた。次から次へ、こだまのように音を響かせながら、遠くへ消えていく。わたしは魔法にかかったようにじっと座って、その気味の悪い絵を見つめつづけ、手にしたパイプをふかすのも忘れていた。すると、奇妙な気怠さがわたしを襲ってきた。

17. It was the eyes which fixed me now with the unfathomable depths and absorbing intensity. They gave out no light, but seemed to draw my soul into them, and with it my life and strength as I lay inert before them, until overpowered I lost consciousness and dreamt. 

 底知れぬほど深く、吸い込まれそうなほど強く、わたしを捉えて離さないのは、その目だった。それは光を放たず、それどころか、わたしの魂を吸い寄せるかのようだった。さらには、その前で抵抗できずにいるわたしの生命力も。しまいに、わたしはそれに屈服し、正気を失い、幻覚を見た。

18. I thought that the frame was still on the easel with the canvas, but the woman had stepped from them and was approaching me with a floating motion, leaving behind her a vault filled with coffins, some of them shut down whilst others lay or stood upright and open, showing the grizzly contents in their decaying and stained cerements. 

 額縁はキャンバスともどもイーゼルに置かれたままだったと思うが、女性はそこから抜け出していて、今や浮遊するがごとき動きで近づいてくる。その背後は墓場で棺だらけだ。蓋が締まっているものもあれば、開いているもの、直立して開いているものもあり、腐敗し汚れた屍衣に包まれた灰色の中身が見えていた。

19. I could only see her head and shoulders with the sombre drapery of the upper portion and the inky wealth of hair hanging round. 

 見えるのは、彼女の頭部から肩にかけてと、襞のある地味な色の服の上の部分、そして流れるように豊かな黒髪だけだった。

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14. The frame, also, I noticed for the first time, in its details appeared to have been designed with the intention of carrying out the idea of life in death; what had before looked like scroll-work of flowers and fruit were loathsome snake-like worms twined amongst charnel-house bones which they half covered in a decorative fashion; a hideous design in spite of its exquisite workmanship, that made me shudder and wish that I had left the cleaning to be done by daylight. 

 この額縁もそうだ。初めて気づいたのだが、その細部は、死の中の生という考えを具現化する意図で彫り込まれていたようだった。それまで花や果実の唐草模様と見えたものは、納骨堂の骨のあいだで絡みあう、蛇に似た形の忌まわしい虫で、飾りを施すかのように骨の半分を覆っていた。精巧につくられているにもかかわらず、その模様のおぞましさに、ぞくっとさせられ、洗浄は昼にしておけばよかったと思わせられた。

15. I am not at all of a nervous temperament, and would have laughed had anyone told me that I was afraid, and yet, as I sat here alone, with that portrait opposite to me in this solitary studio, away from all human contact; for none of the other studios were tenanted on this night, and the janitor had gone on his holiday; I wished that I had spent my evening in a more congenial manner, for in spite of a good fire in the stove and the brilliant gas, that intent face and those haunting eyes were exercising a strange influence upon me. 

 わたしは決して臆病なたちではない。誰かに「怖がりだ」と言われたら、笑い飛ばしただろう。しかし、このときはたった一人で、この肖像画と向かい合って座っていた。アトリエには自分しかおらず、誰からも遠く離れていた。この夜、他のアトリエに居住者は一人もおらず、管理人は休暇で出かけていたのだ。もっと和気あいあいと今宵を過ごせばよかったと思った。ストーブには火がよく燃えていたし、ガス灯も明るく灯っていたにもかかわらず、なにやら意図を秘めた顔、そして、こちらを虜にして離さない目が奇妙な力を及ぼしつつあった。

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12. The dress and background were symphonies of ebony, yet full of subtle colouring and masterly feeling; a dress of rich brocaded velvet with a background that represented vast receding space, wondrously suggestive and awe-inspiring. 

 ドレスと背景にはさまざまな黒が使われていたが、絶妙な色合いで、かつ名人らしい感性にあふれていた。地模様を織り出した上質なベルベットのドレスは、後ろの茫漠たる空間を描いた背景とともに、不思議なほど惹きつけもし、畏れの念をも抱かせた。

13. I noticed that the pallid lips were parted slightly, and showed a glimpse of the upper front teeth, which added to the intent expression of the face. A short upper tip, which, curled upward, with the underlip full and sensuous, or rather, if colour had been in it, would have been so. It was an eerie looking face that I had resurrected on this midnight hour of Christmas Eve; in its passive pallidity it looked as if the blood had been drained from the body, and that I was gazing upon an open-eyed corpse. 

 蒼白い唇がやや開いていて、上の前歯がちらりと見え、そのせいで顔の表情がよけいに意図的に見えていたのだと気づいた。上唇は短く、上にめくれ、下唇はふっくらと官能的で、いや、もし血色がよければそうだっただろう、と言うべきか。クリスマス・イブの真夜中に蘇らせたのは、ぞっとするような顔だった。その生気のない蒼白さは、まるで体から血が抜かれたようで、目を開けた死体を見つめているような心地がした。

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