真珠湾奇襲についてのメモ

“I must have a tumbler of sherry in my room before breakfast,” と英国の首相であると同時に

典型的なイギリス上流階級の人間だった老人が述べている。

 “a couple of glasses of scotch and soda before lunch and French champagne, and 90-year-old brandy before I go to sleep at night.”

告げられた執事のフィールズは、ぶっくらこいた顔をつくってみせたが、内心は数日前に

ウインストン・チャーチルの毎日の習慣について調べあげた軍の情報部からの連絡で、通常の人間が飲むアルコール量を一日で消費すること、好みのブランドに至るまで執事長Alonzo Fieldsを通じて教えられていたので、ほんとうは、なるほど事実だったのか、くらいの反応だったでしょう。

気の毒だったのはチャーチルがホワイトハウスに到着する12月22日の朝まで、まったくなにも聞かされていなかったエレノア大統領夫人で、Alonzo Fieldsは当日の朝、“You should have told me!” と大声で怒り心頭のエレノア・ルーズベルトとFDRの大喧嘩を目撃している。

12月8日の日本軍の真珠湾攻撃を聞いて世界中で最も喜んだのはウインストン・チャーチルでした。

報せが届いたとき、アメリカの米大使John Gilbert Winantや特使ハリマンと夕餐を囲んでいたチャーチルは、儀礼的な食事上のマナーを崩さなかったが、彼らが去った後、文字通り小躍りして喜んで、そのあとの様子は、

“Being saturated and satiated with emotion and sensation, I went to bed and slept the sleep of the saved and thankful.”と本人が書き残している。

日本では成功した作戦ということになっていて「開戦劈頭の大勝利」で、左翼知識人たちまでが天皇陛下万歳を叫ぶ、大ラプチャー、有頂天だったが、現実は、大失敗と言っていい作戦で、

戦争前の大規模なテロ・アタックとして、それまではドーバーから黒海までナチが支配する欧州の絶望的な惨状が伝えられても一向に動く気配がなくて、梃子でも動かぬ世論で、アメリカはどんな国とも戦争はしない、で、ナチの情報機関も「アメリカの参戦は早くても1970年代」と分析して、ヒットラー自身も、その報告を信じていた。

それが日本の「卑劣な」テロ攻撃によって、180度、世論が見事に転回してしまった。

山本五十六という日本海軍きっての「アメリカ通」提督が立てた、しかしやってみた結果は、日本の破滅が予め約束されてしまったような作戦だった割に、軍事作戦自体としても間が抜けていた。

お目当ての空母は一隻も湾内に見あたらなかっただけでなく、あとで大戦果と言って喧伝した戦艦群も、二次攻撃目標の火薬庫に誘爆して爆沈した旧式戦艦アリゾナと、修理が断念された、やはり旧式の戦艦オクラホマ以外は、戦艦ウエストバージニアは1942年5月に修理改修が完了、戦艦カリフォルニアは1942年4月に乾ドックいり、戦艦ネバダは1942年12月に艦隊復帰、戦艦テネシーは1942年8月に修理完了、戦艦メリーランドは1942年6月に作戦行動に復帰、

戦艦ペンシルバニアは1942年4月に復帰、と、続々と修理・改修されて、戦線に復帰します。

第二次大戦中、世界のなかでも艦船を失うことを極端に怖がって、常に腰が引けて、ともすれば「臆病艦隊」という評価を受けることになる大日本帝国海軍は、このときも、その特性を発揮して、

南雲中将と草鹿龍之介の「敵がすでに警戒している第二波空襲を企図すれば、こちらも陛下の船を失うことになりかねない」と、ちょっと後で考えると、びっくりするような理由で、日本へ引き揚げてしまう。

ピンポンダッシュかよ、と言いたくなるテキトーさです。

機械工場も給油施設もドックも無傷で、言い換えればサンディエゴに代わる太平洋艦隊の新母港としてアップデートされたばかりの真珠湾基地の機能はまったくそのまま機能していて、

アメリカ側は呆気にとられます。

Ifを述べても仕方がないが、このとき真珠湾基地を破壊していれば、FDR(フランクリン・デラノ・ルーズベルトのことですね)がいくら

Remember Pearl Harbor」と述べて、アメリカの「新しい敵」の卑怯さを謳っても、アメリカは反撃に移れたかどうか。

チェスター・ニミッツ提督は「日本軍は燃料タンクさえ破壊しなかった。あの450万バレルの重油がなければ、少なくとも数ヶ月は、空母も含めたアメリカ海軍は身動きもできなかたただろう、と日本軍の愚かさに感謝している。

ホノルルの基地機能を拡充してサンディエゴから母港を移転させた、まさにその理由によって、アメリカの反攻は、大幅に遅れて、B25の英雄ミッチェルによる東京空襲は起こらず、その結果としてのミッドウェー海戦も起こらなかった可能性が高かった。

簡単に言えば、アメリカ人の戦争意欲に火をつけて帰ってきたというだけの戦争で、いったい何をしに行ったのだろう、と後世のひとたちの首をひねらせる結果になった作戦でした。

前にも書いたが、宣戦布告の手交が数時間遅れたせいで卑怯者になってしまった、というのは、日本の人らしい奇妙な理屈マニア的な思考で、では真珠湾攻撃の5分前に宣戦を布告すれば「卑劣な日本人」という、いまに至るまで日本の人たちを苦しめる結果になった印象が変わったかといえば、あんまりたいした変わりはなかったはずです。

一方で、最近まで日本の人が気が付かないでいたらしい事実を見れば、ホノルルに常駐していたスパイの報告によって、日曜日ならば、対空警戒がほぼゼロであること、急いで戻ろうとしてもひどい渋滞が、基地への到達を拒むだろうこと、あるいは間に合うはずがないタイミングで浩瀚な宣戦布告文をワシントンDC大使館に送りつけていること、を考えると、海上の山本提督はともかく、

海軍軍令部と、もしかすると外務省の上層部も、半ば以上、意図して宣戦布告なしの攻撃をおこなったことが見てとれる。

むしろ「ワシントンDC大使館の失態で事前の宣戦布告が出来なかった」という物語をつくることによって、自分たちの本質的な卑怯と自信のなさを国内向けに覆い隠そうとしたのかもしれません。

どうやら「職場の嫌われ者」だったらしい奥村勝蔵が主な標的になっているところも、なんだか、そういう目で見れば見られないこともない。

このアメリカの一夜で、志願兵希望者が続々と詰めかける、まったく別の国になったような変化で、最も喜んだのはチャーチルだったが、最もたいへんな被害を蒙ったのはヒットラーでした。

実際、国防軍の将軍たちは日本に対して怒り心頭に達して、「そんなアメリカの背中を後ろから蹴っ飛ばして走って逃げるようなバカげた作戦をやるくらいなら、なぜ牽制だけでも、シベリアのソ連軍を釘付けにする作戦を立てないのか」と、日本などと同盟するんじゃなかった、と言わんばかりの口調で不信を述べあった。

ところが親方のヒットラーは涼しい顔で、千年間、いちども戦争に負けたことがない国が仲間に加わったのだから、もうドイツは、この戦争に勝利したのとおなじだ、と述べている。

有色人種にはなにも期待していなかったのだ、とヒットラーの態度を解釈する人が多いが、それだけでは、どうも説明できないところがあって、ヒットラーには今風のネトウヨと言われるひとびとが好むいいかたを、わざとすれば、「親日家」だったところがあるようです。

当時ドイツに駐在して日本のドイツ大使を務めていて、戦後は茅ヶ崎で寡黙な生活を送った大島浩が周囲に語った断片的な言葉をつなぎあわせてみると、どうも、そうとしかおもえないというか、少なくとも、規律クレージーで、ドマジメ人間でベジタリアンだったヒットラーは政治の思惑から離れたところで「日本人」というものが大好きであったように思えます。

尤も現実に起きたことはWehrmacht(ドイツ国防軍)の将軍たちが怒り危惧したとおりで、日本の関心が太平洋に向かったことを知ると、ソ連軍のゲオルギー・ジューコフが呼び寄せた、自分自身が手塩にかけてノモンハンで日本軍を歯牙にもかけない強さを見せた精鋭機甲師団は、最新式のT34とともに全速でモスクワに駆けつけて、ドイツ軍を押し戻す主戦力になっていきます。

愚かさを極めたような作戦だった真珠湾攻撃が、いまに至るまで、日本軍のクリーンヒットであったかのように語られるのは、日本の人らしいというか、作戦の主目的は、いまになってふり返ると唖然とするような軽薄さ「ぶったたけばアメリカ人は腰抜けだがら折れて日本に譲歩するだろう」という「のらくろ」発想に基づいた戦史に稀なマヌケさだったにも関わらず、その「一糸乱れぬ」といいたくなるほどの艦隊の運用が水際立っていたからでしょう。

日本海軍は、「ツシマ」日本海海戦の亡霊にとらわれていて、ロジェストウィンスキーのロシア艦隊を完膚ないまでに葬った成功体験が忘れられなくて、西太平洋を西進してくるアメリカ艦隊を日本に近い太平洋のどこかで一挙に覆滅する、という、なんだか津波でメルトダウンを起こしてから、次も津波と決めて、いかにも国家の愚かさを象徴するような延々とつらなって海を見えなくする異様な防波壁をつくる国民性との通底をおもわせる、別に、よく考えてみなくても、そんなのもう1回再現されるわけないじゃない、な明治時代の夢を後生大事に抱えていた。

そのせいで、生まれた艦艇は、軒並み過大な兵装によるトップヘビーで横転しやすく、しかも短距離しか航行できないという奇妙なものになっていました。

真珠湾基地に日本軍はやってこない、というアメリカ側の思い込みの第一は、この「日本の海軍は荒海を長距離航行できない」という現実から来ていて、つまりは「自分たちに出来ないことは敵にも出来るわけがない」という軍事的な合理性に基づいていた。

もうひとつは艦載戦闘機の優秀さと航続距離の長さを見落としていたことで、そういうところが歴史の意地悪なところだが、寄りに寄って中国駐在の情報担当の将校が、

「見たいものしか見えない」

例の種族に属する人で、目の前で零戦が中国空軍機を、次次とあっさり叩き落とすのを見ているはずなのに、周囲で零戦と「ひねりこみ」を中心とした日本海軍パイロットの神業の恐ろしさを語る中国軍パイロットやアメリカ人「指導教官」の意見を無視して、自分が信じている日本人像に基づいて「日本軍の戦闘機は低速で、manoeuvreに劣り、パイロットの技倆も低くて、まっすぐ飛ぶくらいがやっとである」と、とんでもない報告書を作成したりしている。

いつも、びっくりするが、この手の人は、ほんとうにこうで、なにしろ目の前で起きていることそのものが、頭のなかで、たちまち「信じたいこと」に修正されてしまう。

情報を受け取ったほうも受け取ったほうで、なまじ日本での運転免許保持者の数のびっくりする数の少なさや、ただの日本人嫌いが描いた風刺画とは判っていても、絵の視覚的力は恐ろしいもので、メガネをかけたド近眼パイロットの映像が頭に残って影響して、「まあ、そんなものか」と思い込みが伝染してしまった人が多いようです。

この零戦という軽戦闘機が防御装甲能力を諦めることで得た運動性能と上昇力がいかにとんでもないもので、しかも自分たちの爆撃機や攻撃機の倍以上の航続距離を持つことがわかったのは、中国軍がおおぜいの戦死者をだして学んだ後、数年後のことでした。

真珠湾攻撃の、いちばんの被害者はアドルフ・ヒットラーだと書いたが、有名な個人名に象徴させれば、という意味で、ほんとうの意味でいちばんの被害に遭ったのは昨日までの生活から引き剥がされ、全財産を放擲させられて、遙か離れた砂漠の強制収容所につれていかれた

カリフォルニア州、ワシントン州、オレゴン州、アリゾナ州、ハワイ準州在住の日系アメリカ人

12万313人でしょう。

ジョージ・タケイやイサム・ノグチといった後のビッグネームを含む、これらの強制収容所に放り込まれたひとびとは、散々収容所で無理難題を吹きかけられて、ひどい扱いを受けて、解放されて家に帰ってみると、故郷である町の入り口には「ジャップがいる場所は、この町にはない」と横断幕が張られていて、家は投石やグラフィティで好き放題に荒らされ、収容前には毎朝軽口を利いて笑いあったベーカリーのおやじが、「おまえらジャップに売るパンなんて、ねえよ」と冷たい眼の光で、述べる。

抗議の意志の表明として国籍放棄を申し出た日系人たちのうち千人以上は

戦後、抗議にしか過ぎなかった意図に反して日本に強制送還され、国籍が回復されるのは1971年のリチャード・ニクソンの国籍放棄無効宣言まで待たねばなりませんでした。

アメリカが国家として日系人に公式に謝罪するのは、なんと、1992年です。

数は少ないがオーストラリアやニュージーランドにも当時も日系人はいて、イギリス連邦全体では4000人ほど存在していたようだが、戦後、これらの日系人は全員日本に強制送還されたもののようでした。

日本でもよく知られているらしい有名な戦史家サミュエル・モリソンは、真珠湾攻撃について

「山本ほど知能のある人が、このような決定をしたことは奇妙だ。この決定は、戦略的に間違っているだけでなく、破滅的なものであった」と述べている。

真珠湾攻撃は、色々な点で、いまに受け継がれる日本の人の国民性というべき特徴がよく出ている。

現場の圧倒的な手際の良さ、訓練による効率の高さ、

階層が上にいくにしたがって、なんだか頭に霞がかかったようになって、

戦略そのものは、イギリス人もびっくり、の非合理に満ちている。

なんのために戦争を始めて、どの時点で、どうやって戦争を止めるつもりだったのか誰も答えられない、という世にも不思議な目的のない戦争へ日本は「戦闘」とすら呼び得ない大規模テロ攻撃で飛び込んでいきます。

読んでいて、「いったい、これはなんだろう?」とおもう。

まったくおなじ道を歩いているいまの日本は、どこで「真珠湾行動」を起こすだろうかと考えてみる。

日本という不思議な文明の根底に横たわっているミステリアスな、感情というか、衝動のようなものについて、これからいくつかの記事で、考えてみようとおもっています。



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