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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第19章 青年期 配下編

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第百九十六話「社内ベンチャー」

 泥沼の塔・最上階。

 そこで、十五歳になったばかりの少年騎士リーンハルトは、荒い息をつきながら剣を握りしめていた。


「はぁ……はぁ……」

「くくく、どうした勇者よ、それで終わりか?」


 彼の前に立つのは、ねずみ色のローブを纏い、怪しげな白い仮面で顔を隠した、不気味な男だ。


「その程度の腕で、この悪の大魔術師ルーデ……じゃなかった、ルード・ロヌマーを倒すつもりかね?」

「くっ、くそぉっ!」


 リーンハルトは剣を握りしめ、重い足を懸命に前へと進ませ、斬撃を放った。

 だがルード・ロヌマーはそれを嘲るようにひらりと避けつつ、リーンハルトへと右手を向けた。

 瞬間、不可視の衝撃波が走り、リーンハルトが吹き飛ばされる。


「ぐわぁぁ!?」

「ああっ! リーンハルト!」


 悲痛な叫びを上げるのは、部屋の隅で鎖に繋がれている女性である。

 薄い桃色のドレスに身を包み、銀色のコロネットを頭に乗せた、可憐な女性。

 彼女こそが、北方大地の小国トワールの姫君ゲルトラウデである。


「姫、ご安心を、今すぐこの変態野郎を倒します! 一緒に国に帰りましょう……!」


 リーンハルトはその声援によろよろと身を起こし、精一杯の笑みをゲルトラウデへと向けた。

 それに慌てたのは、ルード・ロヌマーだ。


「ちょ、誰が変態だよ、コラ!」

「お前だ! 姫のパンツを脱がせ、あまつさえ被るなど……恥を知れ!」

「違いますぅ! これウチの家内のですぅ! 失礼しちゃうなもう……!」


 誰のパンツだろうと関係ない。

 リーンハルトは最後の騎士だ。

 彼が敗れれば、ゲルトラウデ姫はルード・ロヌマーのものとなってしまう。

 姫のパンツが被られるのも、時間の問題なのだ。


「うおおぉぉ!」

「甘い!」


 リーンハルトの突撃は、ルード・ロヌマーの魔術師とは思えない昆虫めいた動きに回避され、衝撃波で吹き飛ばされた。

 先ほどから、それが何度も続いている。


「ぐはっ……く、くそ……姫を、姫をお前の好きにはさせない……!」


 全身に打撲を作りつつも、リーンハルトの瞳は闘志を失わない。

 使命感は彼を突き動かし、ルード・ロヌマーへと向かわせる。


「くくく、大した忠誠心だ。だが、姫が攫われても救出に数人しか向かわせなかった国王に、それだけの忠誠を向ける価値があるのかな?」

「国は関係ない、僕は……僕は……姫が好きなんだ!」


 リーンハルトの魂の叫びが泥沼の塔にこだまする。

 ゲルトラウデが感動のあまり両手で口を押さえ、その瞳からは一筋の涙が流れた。


「うおおおぉぉ!」

「くくく、美しい愛だ。しかし、愛で実力差は覆せん!」

「ぐああぁ!」


 リーンハルトは、再度ルード・ロヌマーに吹き飛ばされた。


「く、くそ……近づけない……どうすれば……!」

「くくく、この俺はお前には倒せんよ。俺が最も苦手とするスペルド族の像と、その活躍を描いた絵本でもあれば別だがな……ハーッハッハッハッハ!」

「っ!」


 リーンハルトは、その言葉にハッとなった。

 スペルド族の像、心当たりがあった。

 ここに来る途中、怪しげな占い師が、頼まれもしないのに大仰でよくわからない占いをしてくれた挙句、リーンハルトに押し付けた魔族の像。

 必ずや役に立つ時が来ると言っていたが……まさかあれが!


 リーンハルトは扉の近くに打ち捨てた己の鞄に飛びついた。

 そして、中から像を取り出す。

 エメラルドグリーンの髪を持つ、白い槍を構えた戦士の像!

 そして、その活躍を描いた絵本!


「ああっ! まさかそれは!」

「そう、スペルド族の――」

「まさしく世間では悪者とされているが、実は子供好きでやさしい男で、ラプラスを倒すのにも一役買った英雄ルイジェルド・スペルディアの像!」


 リーンハルトはそこまでは知らない。

 彼は本を読んでいないのだ。

 だが、効果は抜群であった。


「ああっ、いかん、力が抜けていく……!」

「リーンハルト! 今です!」

「うおおおぉぉ!」


 よろめくルード・ロヌマー。

 叫ぶゲルトラウデ姫。

 剣を構えて突進するリーンハルト。


 ルード・ロヌマーは弱々しく右手を向けるも、時すでに遅い。

 リーンハルトの剣は、ルード・ロヌマーの胸に深々と突き刺さ……らない。

 ガキンと音がして、弾かれた。

 ローブの下に、何かを着込んでいるのだ。


(くっ……ダメなのか……)


 リーンハルトが諦めかけた次の瞬間。


「グアアアアーーーーー!!!!!」


 ルード・ロヌマーは唐突に凄まじい断末魔を発し、全身から光をほとばしらせながら、斜め後方へと吹っ飛んだ。

 その先にあるのはバルコニー。

 ルード・ロヌマーはバルコニーの手すりにガツンと当たり、「うげっふ」と間抜けな声を上げつつ、外へと落ちていった。

 塔の高さは3階。

 あの魔術師なら、その程度の高さでは死ぬまい。

 そう思ったリーンハルトがバルコニーの下を覗きこもうとした、次の瞬間。


 バルコニーの下から、大爆発が起こった。

 爆風がリーンハルトの頬を撫で、髪を散らした。


「!?」


 それが収まった後、改めて下を見下ろしたリーンハルトが見たものは、穴だった。

 ちょうど、ルード・ロヌマーが落ちたあたりの木々がなぎ倒され、ポッカリとクレーターが出来上がっていたのだ。


「……」


 リーンハルトは悟った。

 恐らく、自分の一撃が、ルード・ロヌマーの鎧の核か何かを傷つけたのだろう。

 そのせいで魔力が暴走し、ルード・ロヌマーは風船のごとく爆発四散したのだ、と。


 つまり、勝ったのだ。

 リーンハルトは、勝ったのだ。


「リーンハルト……!」

「姫! ご無事ですか!」


 リーンハルトは姫に駆け寄り、その身を抱きしめた。


「リーンハルト……ああ、リーンハルト、必ず助けに来てくれると信じておりました……!」

「姫……自分のようなものが姫に恋慕など、身の程知らずだと承知しております……ですが、ですが……」

「ああ、そんな事はありませんリーンハルト……私も、私も貴方をお慕い申しております」

「姫……もったいなきお言葉! さぁ、城に帰りましょう!」

「はいっ!」


 悪の大魔術師ルード・ロヌマーは死んだ。


 この後、リーンハルトは英雄として国に迎えられる。

 高い貴族の位を得て、国王より姫君との交際を認められる事となる。

 二人は結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ。

 おしまい。




--- ルーデウス視点 ---



「あー、しんどかった」


 今回の任務は「少年騎士リーンハルトと小国の姫君ゲルトラウデをくっつけろ」というものだった。

 この二人の子孫が、オルステッドにとって有用らしい。


 本来ならこの二人、相思相愛であるにも関わらず、身分の差もあってくっつく事は無い。

 国王は二人が好きあっているのを知っていて、応援すらしている。

 だが、家柄の問題もあるため表立ってくっつけるわけにも行かず、密かに「リーンハルトが何か武勲を立てたらそれを口実にくっつけよう」と思っているのだが、リーンハルトは元々臆病な性格で、事件があっても中々活躍は出来ない。

 そこで国王はなんとかして彼に武勲を立てさせたいと、隣国との戦争を開始し、リーンハルトを前線へと送るのだが、彼は当然のように死亡。

 ゲルトラウデ姫は和平の道具として、政略結婚をさせられる結果に終わる。


 そして、その一連の流れは、晩年のゲルトラウデの手により歌にされる。

 姫君に恋慕する、身の程しらずな少年騎士。

 怒った国王が、前線に送り込んで殺してしまう、というものだ。

 父の心、子知らずって奴だな。


 とにかく、そんな運命をねじ曲げて、リーンハルトとゲルトラウデをくっつけるのが今回の俺の仕事だった。



 まず、俺は国王に接触。

 俺が姫君をさらい、国端の森の中にある塔に監禁するから、リーンハルトを派遣しろ、と提案。

 訝しがる国王を、アリエルの名前を出して説得。


 悪の大魔術師ルード・ロヌマーとして、姫君をさらった。

 姫君を監禁した塔は、俺の手作りだ。

 地震がきたら一発で倒れるような安普請だが、ひとまずは問題ない。


 リーンハルトが旅に出る直前、占い師に扮して、ルード・ロヌマーを倒すためのヒントも与えておく。

 ついでにスペルド族の人形も布教して、一石二鳥。

 あとは、先回りして塔に戻り、のこのこやってきたリーンハルトに苦戦の末倒されればいいって寸法だ。


 と、口で言うのは簡単だ。

 だが、交渉から準備、実践に至るまで、全て自分でやるのは骨が折れた。


 あとから考えてみると、ここまで大掛かりにしなくても、なんとかなった気がする。


「疲れた……」


 ともあれ、今回も任務成功だ。

 オルステッドにお褒めと労いの言葉をもらい、俺は帰ってきた。

 魔法都市シャリーアへの、一ヶ月ぶりの帰還だ。


 この疲れは、シルフィに癒してもらうのがいいだろうか。

 若くて青々しい二人を見ていたら、何やら無性にシルフィの恥ずかしがる顔が見たくなってきた。

 何かこう、情熱的な夜を過ごしたいな。

 獣のように本能を丸出しで……。

 でも、最近はシルフィも慣れてきたのか、あんまり恥ずかしがってくれないんだよな。

 この間も、ついうっかり着替えを覗いたら「あ、そこのズボンとって」と来たもんだ。

 恥じらい成分が足りない。

 頼んだら「もう、ルディのエッチ」ぐらいは言ってくれたかもしれないが。



---



 ともあれ、俺は家族の元へと帰還した。

 いつも通り、ビートに扉を開けてもらい、

 ルーシーに逃げられて、エリスのお腹を触って、シルフィの尻を撫でて、ララの頭を撫でて、シルフィの耳を舐めて、レオに手を舐められて、ルーシーに逃げられて……。

 家族に囲まれているとほっとする。

 前世で、親父が出張から帰ってきた時、疲れきった顔をしつつも、どこか安堵していたが、こんな感じだったのだろう。


 今日はノルンが帰ってくる日だというので、ロキシーとノルンの二人を待ちつつ、リビングでまったりと過ごそう。

 そう思いつつ、ソファに沈むように座って。

 ふと、気づいた。


「あれ? アイシャがいない。買い物?」


 そう聞いた途端、リーリャの顔色が変わった。

 なんとも複雑な表情だ。

 シルフィも、ちょっと困った顔をしている。

 エリスは普通の表情だ。


 あまりよくない雰囲気。

 どうしたのだろうか。


「その、最近アイシャは外に出ている事が多くて……」


 リーリャが申し訳なさそうに言った。

 外に……。

 あ、そうだ。

 そういえば、仕事を頼んだんだった。


「それは、俺が頼んだ仕事をしてくれてるんでしょう?」

「いえ……どうなのでしょうか……仕事というには、ずいぶんとガラの悪い人との付き合いが増えてきているようで」


 ガラの悪い連中と聞いて、俺の頭にモヒカンで肩パッドをつけた連中が浮かんだ。

 ガソリンも貴重なはずの世界で、排気量の高そうなバイクを乗り回しつつ「ヒャッハー」と叫んでいる奴らだ。


 リニアの所に集まった連中なのだろうか。


「えっとねルディ。

 ここ最近、どうにも町の中に変な連中の姿を見るようになったんだよ。

 全身黒い服を着てる奴らなんだけど、

 どうもアイシャちゃんは、そいつらと一緒にいる事が多いみたいなんだ」


 まだ頼んでから一ヶ月だ。

 いくらなんでも、町で見かけるようになった、という言葉が出てくるほど集まったとは思えない。

 それに、黒服……。

 うーむ。


 彼女も、もう14歳。

 思春期で、反抗期で、中二病の季節だ。

 親兄弟に反発したくて、ワルぶってもおかしくはない歳。

 もしかして、外と交流をさせたせいで、そういう連中との付き合いが出来てしまったのだろうか。


「申し訳ありません、ルーデウス様。まさかアイシャがこのような事になるとは、夜には帰ってくるので、きちんと叱っておきます」


 あ、朝帰りしてるわけじゃないのか。

 じゃあ、ひとまず安心だろうか。

 そう思った時、シルフィが不思議な事を言った。


「でも、アイシャちゃん、言ってたよ。ルディの許可は取ってるって」

「……」


 俺の許可はとっている。

 その言葉で、俺の中に最悪な光景が浮かんだ。

 リニアが募集してあの倉庫に集うのは、下卑た笑いを浮かべ、舌なめずりをするチンピラどもだ。

 奴らの視線は美少女であるリニアとアイシャに釘付けだ。

 狭い倉庫の中、そんな奴らが、二人を包囲して……。


 リニアは確かに戦闘力は高いけど、一般的なレベルでの事だ。

 多勢に無勢という言葉もある。


 アイシャは子供だと思っていたが、最近は体の方も急激に成長している。

 主に胸のサイズは母親に近づきつつある。

 そして、兄である俺の目から見ても、可愛い。

 パウロに似た人好きのする表情に加え、ニカッと笑うと見える八重歯がチャーミングだ。


 ああ、失念していた。

 リニアもアイシャも見た目は美しい。

 なのに、ガラの悪い連中を集めさせるなんて。

 サメのうようよいる海に生肉を放り込んだようなものではないか。

 ……いや、ガラの悪い奴を集めろなんて一言も言ってないけどさ!


「エリス、エリスは止めてくれなかったのか?」

「……え? なんで?」


 エリスは首を傾げていた。

 ああ、もしかしてエリスはアイシャに興味が無いのだろうか。


「別に、大した連中じゃなかったわよ」


 違う、エリスにとっては、ライオンも子猫も変わらないのだ。

 シルフィやリーリャが憂慮するようなガラの悪い連中でも、

 エリスから見れば、ヤンチャ坊主にしか見えないのかもしれない。


 いや、エリスに頼ってはいけない。

 彼女は今は妊婦。

 それに、引き金を引いたのは俺だ。

 俺が責任を持とう。


「……わかりました。俺が行ってきます」


 俺は、別にアイシャが誰と付きあおうと、それを咎めるつもりはない。

 いわゆる「ガラの悪い連中」だって、話してみればいい奴だって事もある。

 だが、物事には限度というものがある。

 未成年であるアイシャが、後先を考えない連中に便利な女扱いされてるとしたら、俺は兄として、責任を持って助けだすべきだろう。

 パウロも、きっとそうするだろうし。

 いや、パウロもかなりガラが悪い方に分類されるだろうけど。


「溜まり場とかはわかりますか?」

「案内するわ」


 エリスが即座に言った。

 しかし、妊婦。

 どうしたものか。

 荒事になった時に、危ないのはよくない。


「ボクも行くよ」


 シルフィもそう言ってくれたが、俺は首を振った。


「……いや、ひとまず一人で行ってくるよ」


 最悪のケースは想定したが、

 まだ、よくない事が起きているとは限らない。

 だから、ここはまず、俺が一人で動いて、様子を見よう。


 そう思って、俺は家に帰ってきてすぐ、アイシャのよく行く溜まり場へと赴くこととなった。



---



 シルフィに教えてもらった場所。

 冒険者街の三丁目。

 大通りからやや奥まった場所に、その建物は存在していた。


 耐魔レンガで作られた、2階建ての立派な建物だ。

 冒険者ギルドにも、酒場にも似ている。

 だが、最近新しくしたと思わしき看板は墨で黒く塗装され、中心には獰猛な虎のマークが書いてある。


 俺が行くと、その扉から、黒ずくめの男たちが出てくる所だった。

 全員が同じ黒いコートを着ていて、背中に扉と同じ虎のマークが付いている。

 しかもなぜか、鍬とか鎌とか持っていた。


「ッシャ! いっぞぉぉ! ラアァ!」

「ウイイッス」


 気合の入った掛け声をかけつつ、彼らは俺を素通りして、大通りの方へと抜けていった。

 怖い。

 あれ、絶対に野球の応援に行くとかじゃない。

 間違いなく彼らは、「虎はライオンより強い!」と言われながら全裸でライオンと闘う訓練とかしてる。

 やばいな、大丈夫だろうか。


 いや、俺もここ最近はオルステッドの訓練で強くなってる。

 念のため、事務所に寄って魔導鎧も着てきた。

 だから大丈夫。きっと大丈夫。

 あの程度のチンピラには負けないんだから。


 引き下がるわけにはいかない。

 あの可愛いアイシャがこんな所で荒くれ者の男たちと一緒なのだ。

 いくら賢いといっても、非力なアイシャ。

 夜には返してもらえているらしいが、昼間の間に何をされているのか……。


 助けなきゃいけない。

 例え、敵がどれだけ出てこようとも。

 大丈夫。大群を相手にする時に使うべき戦法はわかってる。

 パンチを3回当ててから、一瞬だけ後ろを向いてパンチを一回空振りし、もう一度パンチを3回だ。


「し、失礼しまっす……」


 扉を開けて中に入る。

 ロビー……といっていいのだろうか。

 広い空間に、一定間隔に樽が並んでいた。

 なぜ樽が、と思うことはない。

 樽をテーブル代わりにしているのだ。

 樽の上に酒瓶を置いて、楽しそうに飲み交わしているヤツもいる。


 酒場のような場所だ。

 ただ、酒場と確実に違うことが一つある。


 全員が、出て行った連中と同じ虎マーク付きの黒コートを着ていた。

 ヤバイ怖い。


「なんか、用ですかね」


 その内の一人、ライオンのような顔をした獣族が、俺に気付いて近づいてきた。

 俺よりも背が高く、横幅も大きい。

 黒コートもピッチピチだ。

 素晴らしい筋肉量を誇っているのは間違いないだろう。

 けど、筋肉で戦闘力が決まるわけじゃない。

 オルステッド社長だって、ルイジェルドだって、見た目はマッチョってわけじゃないのに、あんなに強いし。


「ええっと、その、妹にですね、会いに来たのですけれど、いますでしょうか」


 けど、礼儀は大事だ。

 例え、こちらの方が喧嘩が強くたって、通すべきスジってものはある。

 初対面には敬語、それが世渡り上手な俺の処世術だ。

 決してビビっているわけではない。


「妹……?」


 獣族の男は、訝しげに顔をしかめつつ、ロビーの中を見渡した。

 落ち着いて見てみると、黒服の連中の中にも、女性は大勢いた。

 別にガラが悪いというわけでもないが、だれもが歴戦の戦士っぽい顔をしている。

 少なくとも、魔法大学の生徒より、一段階厳しい。

 ガラが悪い……と言えば、悪いのだろうか。

 ともあれ、そんな連中の中に、アイシャはいない。


「ちと失礼……」


 獣族の男は、そう一言断ってから、俺に顔を近づけてきた。

 なんだこら、やんのかオラ。

 てめ、どこ中だコラ。

 お、俺はオルステッドさん知ってんだからな!


 と、身構えたが、男は俺の近くで鼻をくんくんと動かしただけだった。

 匂いを嗅いでいるらしい。

 なんかちょっと恥ずかしいな。


「…………?」


 男は、俺の匂いを嗅いでいる途中で眉をひそめた。


「……!」


 そして、俺の顔をまじまじと見てから、ドドッと二歩ほど、後ろに下がった。

 やばい、そんな臭かっただろうか。

 そういえば、仕事から帰ってきてから、風呂に入ってない。


「あの、もしかして、アイシャさんの?」


 男は、そう聞いてきた。

 臭かったのに、一応判別はしてくれたらしい。


「あ、はい。ルーデウス・グレイラットと申します。妹は……アイシャはいますでしょうか」


 忘れていたが、自己紹介も大事だ。

 自分の名前を名乗り、所属を明らかにする事はコミュニケーションの第一歩だからな。

 ついでに言えば、俺の名前はこの町では結構有名だ。

 名乗る事で、牽制にもなるだろう。


「ザワッ」


 名前を言った途端、場の空気が変わった。

 声が聞こえる範囲にいた人物が、全員、俺の方を向いた。


「グレイラット……」

「あのひとが……」

「いつか見る日が来るだろうとは思ってたけど……」


 完全なアウェイ感。

 まずい。

 この感覚、ちょっと覚えがある。

 前にエリスが何かが原因で大暴れした集団に謝りにいった事があるが、こんな感じだった。

 もしかすると、エリスはすでにここの連中を叩きのめしているのかもしれない。


 ん? じゃあなんでアイシャが戻ってきていない?

 あ、おそらく、アイシャに言い含められたのだろう。

 おいおい、それじゃ、アイシャが自分の意思でここにいるってことか?

 そんな馬鹿な。

 きっと脅されているに違いない。


 くそ、失敗したな、本名を名乗らない方がよかったかもしれない。

 謎の仮面魔術師ルード・ロヌマーでいけばよかった。

 つまり、問答無用でってことだ。


「……てことは、会長!」

「あれが会長……!」

「ルーデウス会長……!」


 と、思ったのだが。

 周囲の人たちは、俺に向かって、頭を下げ始めた。

 直立不動から、45度ほどのキッチリした最敬礼。

 全員が一斉にだ。

 ナニコレ。


「えっと?」


 みると、先ほどの獣族の青年も、つむじを俺に見せていた。


「申し訳ありません。会長とはつゆ知らず」

「え?」

「顧問はこちらです、案内させて頂きます」

「顧問? あ、はい」


 ついていけない流れではあった。

 だが、ひとまず獣族の青年が背筋と尻尾をピンと伸ばし、手で奥へと示しているのを見て、俺は彼に従った。

 案内してくれるというのなら、ひとまず付いていこう。


「どうぞ」


 階段を登り、案内されたのは建物の一番奥の部屋だった。

 カーテンを閉めきった薄暗い部屋。

 壁に謎のイケメンの肖像画が飾ってある、不気味な部屋。

 そこにそいつらはいた。

 この街で一番ガラの悪い連中がいた。


 そいつらも、下にいたのと同じ黒コートを身にまとっていた。

 さらに、もうすぐ夏だというのに首から白いマフラーのようなものを垂らし、閉めきった薄暗い部屋の中だというのにサングラスを掛けていた。

 そんな格好で向かい合わせに座り、ニヤニヤと笑いながら金貨の枚数を数えていたのだ。


「ニャァッハハハハハ。やっぱりサングラスを買って正解だったニャ。

 金貨の輝きで目がやられてしまうからニャ!」


 その片方は嫌らしい笑みを浮かべながら高笑いをしている。

 光の加減か、歯が金色に光っているようにすら見えた。


 サングラスのせいで顔は分からないが、金に目が眩んでいるのは間違いあるまい。

 瞳の形はドルマークだろう。

 目がやられてしまっているのだ。


「っと、これが今月の上納金ですニャ」

「うむ」


 と、頷いたのは、やはりサングラスを掛けた少女だ。

 彼女は、イスに大儀そうに腰掛け、実に偉そうにふんぞり返っていた。


 そんな体勢で、もう一人の女から差し出された金貨の束を偉そうに受け取った。

 金貨の数は、10枚ぐらいだろうか。

 見たところ、アスラ金貨ではなく、ここラノア王国で使われている金貨に見える。

 少女はそれをおざなりに数えて、近くにおいてあった金貨袋へと放り込んだ。

 そして、サラサラと紙に金額と名前をサインをし、もう一人へと返した。


「うむ、確かに」

「はいですニャ」

「それで?」


 少女は女に、顎をしゃくるように合図をする。


「ニャヘヘヘ、それで(・・・)こちらが顧問料になりますニャ」


 女は机の上にある金貨タワーの一つを、ずいっと少女の前に移動させた。

 枚数にして、5、6枚はあるだろう。


「これで、これからもお願いできますかニャ?」

「もちろん」

「ニャフヒヒヒ、あなた様も悪ですニャあ」

「フフ、リニアほどじゃないよ」


 少女は悪い笑みを浮かべながら、受け取った金を別の金貨袋に投入。

 そのまま胸の谷間へと仕舞いこみ……。


「あ」


 そこで俺と獣族の青年に気づいた。


「リニア所長、アイシャ顧問。ルーデウス会長がお見えです」


 マフィアのボスみたいな格好をした二人は、リニアとアイシャだった。



---



 俺は、勧められるまま近くのソファに座った。

 真正面にリニアとアイシャが座ってくる。


「なにこれ、どうなってるの?」


 ひとまず、そう聞いてみる。

 誰か説明してくれよ、って感じだ。

 確かに、リニアとアイシャには、この街で人を集めるようにと命じていた。


 しかし、そのために貸し与えた建物はここではないし、

 黒服を着せろなんて言ってないし、

 俺が想定していた人数より、随分と多く見える。


「えとね、お兄ちゃんに言われた通り、人を集めて、その集めた人たちを使って商売を始めたんだよ」

「……ほう、詳しく」


 アイシャに説明を受ける。

 なんでもあの後、リニアとアイシャはすぐに人を集め始めたらしい。

 魔法大学の在学生・卒業生、冒険者ギルドを中心に声を掛けた

 すると、なんかあっという間に30人ぐらい集まってしまったそうだ。


 いきなり30人。

 となると、俺が事務所として購入した倉庫は手狭だった。

 そこでアイシャは、その日の内に倉庫を売り払い、

 独自のツテを使ってスポンサーを募り、この建物を賃貸したそうだ。


 ちなみに、スポンサーとはザノバとかクリフとかあのへんだそうだ。

 この部屋に掛けてある肖像画は、ザノバが描いた俺の似顔絵らしい。

 美化されすぎてて似てない。


「でも、集まってすぐだと、やっぱり連帯感も無くてね。やることも決まってなかったし」


 人数を集めてはみたものの、俺の帰還までは時間がある。

 烏合の衆は方向性を与えなければ、すぐに散り散りになってしまうだろう。


 そこで、アイシャは空中城塞にいるナナホシにアドバイスをもらうことにしたそうだ。

 俺の部屋からペルギウスを呼び出すための笛を持ち出し、アルマンフィを召喚。

 ペルギウスに挨拶した後、幾つかのアドバイスをナナホシより授かってきたそうだ。


「え? ペルギウス様に会ったの?」

「うん。かっこいい人だよね」


 俺の知らない所で怖いことをする。

 もし怒らせたら、命はない相手だ。

 いや、寛大な人だし、未成年相手に大人げなくキレたりはしないだろう。

 無邪気にかっこいい人だねって言ってれば、シルヴァリルだって良くしてくれるはずだ。


「でね」


 ナナホシは『制服』と『礼儀』を推奨したそうだ。

 全員が同じ服を着る事で、連帯感を高める。

 そうすることで、特に何もしていなくても、散り散りになることはないだろう、と。

 さらに、軍隊的な礼儀正しさを教える事で、商売相手への信頼も高くなるだろう、と。


 アイシャはナナホシの助言に従い、知り合いの服屋から、仕入れすぎて在庫が余った服を格安でもらってきた。

 それが、この陰気な黒コートだそうだ。

 アイシャはこれだけだとあまりよろしくないと考え、

 自腹で黄色い布を購入し、一つ一つにネズミのマークを縫い付けたらしい。

 ネズミのマークだ。

 グレイラットって事で、ネズミなんだそうだ。


 黒地に黄だから、てっきり虎かと思った。

 良かった、あの虎のマークかっこいいね、とか言わなくて。


 ともあれ同じ服装を着用した彼らに、アイシャは頭の下げ方を教え込んだ。

 俺がよくやっている、45度の最敬礼。通称OJIGIだ。

 あれなら誰でも覚えられるし、見た目にも礼儀を払っているとわかるって事で。

 かくして、黒服で頭を深々と下げる集団は完成した。


 その後、アイシャはこいつらに何が出来るのかと考えた。

 しかし、大半はリニアを慕ってきた獣族。

 戦うことしか能がありません、趣味は脳の筋肉トレーニング、文字どころか、数字も読めませんって連中。

 中には頭のいい奴もいたが、せいぜい脳筋5、秀才1ぐらいの割合。

 それを使ってやれる事は、傭兵団ぐらいしか思いつかなかったという。


 というわけで、傭兵団をやることになった。

 そこで、集団の名前も決定。

 俺がよく使う偽名から「ルード傭兵団」という名前にしたらしい。


 だが、ここは魔法三大国。

 比較的平和な3つの国の真ん中にある魔法都市シャリーアだ。

 戦争などあるわけもなく、戦争のある地域に行っても時間が掛かる。


 という事で、アイシャが考案したのは、いわゆる用心棒稼業である。

 一定の金額で一定期間、数人の傭兵を貸し出すのだ。

 その数人の中に頭の切れるリーダー役を一人配置し、そいつに指揮を取らせる。

 また、仕事の途中で傭兵の一人が怪我をしたり死んだりすれば、すぐに別の傭兵が送られてくる。

 いわば、用心棒のリース契約である。

 決して暴力団ではない。

 断じて暴力団ではない。


「そうやって仕事を始めたら、なんかすぐに有名になっちゃって」


 ドルディア族の姫君がリーダー。

 という事で奇妙な信頼を受けた傭兵団は、団員のツテもあり、アイシャの宣伝もあり、すぐに有名になった。

 発足から14、5日程度で、ラノア王国の騎士団や、魔術ギルド、魔道具工房といった大手からも仕事が来るようになったそうだ。

 同時に登録メンバーもふえて、現在は50名近い黒服が、この町で闊歩しているらしい。


 冒険者に騎士団・学生・鍛冶屋・魔道具屋と、

 様々な職業派閥の存在するこの町では、やはり喧嘩や諍いも多い。

 そのため、中立の立場に立って守ってくれる存在は、隙間産業的な需要があったようだ。


 一歩間違えれば、傭兵団自体が一つの派閥になるだろうが、

 こうして様々な所から別け隔てなく仕事を受けている内は大丈夫、とアイシャは語る。


「それで、稼いできたお金の何割かを上納金として納めてもらってたんだけど、思った以上に儲かってね」

「そうニャ、思った以上にみんな上納金を多めに持ってくるニャ。律儀な奴らニャ」


 ひとまず。

 冒険者とはまた少し違う、用心棒集団。

 発足から一ヶ月で、そこそこの収益もあったようだし、滑り出しは順調であるらしい。


 もちろん、収益の総額は莫大というほど大きくはなく、リニアの借金も返し切るのにずいぶん掛かってしまうだろう。

 けど、このまま事業を拡大していくか、資本金が溜まった後に、何か別の事業でも始めれば、一気に返済する事も可能かもしれない。

 なんだったら、半分ぐらい返してくれた時点で、借金の方は帳消しにしてもいい。別に金が欲しいわけじゃないし。



 正直、俺の想定していたものと、何か違う。

 違うがしかし、うまく行っているのなら、いいだろう。

 ていうか、これほどうまく行くとは思っていなかった。


 成功の秘訣は、アイシャの起用だろう。

 彼女を目付役に任命したのが功を奏したのだ。

 天才である彼女が本気を出さなければ、もうちょっと時間が掛かっていたに違いない。

 ていうか、こんなに真面目にやるとは思っていなかった。


「でもアイシャ、お前がこんなにお金が好きだとは思ってなかったよ」

「えっ、違うよー」


 ため息をついていうと、アイシャは心外だとばかりに口を尖らせた。


「あたしが好きなのは、お・兄・ちゃ・ん。

 お兄ちゃんがあたしのためって言うから、一生懸命やったんだよ?」

「アイシャ……」


 目をキラキラさせて……。

 可愛いなぁ。

 妹じゃなかったらほっとかないのに。


「あと、この猫に家に戻ってこられても困るしね」


 あ、それが本音か。

 さっきは仲よさそうだと思ったが、そうでもないかな?

 いや、それはそれ、これはこれか。


「何にせよ、よくやってくれた」

「えへへ、ありがと」


 頭を撫でると、彼女は満足そうに笑った。


 何はともあれ。

 リニアに借金返済のアテが出来た。

 これだけ人がいれば事務仕事の出来るヤツもいるだろうし、商売の才能のあるヤツも出てくるだろう。

 オルステッドの事務所の事務員や、ルイジェルド人形販売の雇われ店主も選出できるだろう。


 たった一ヶ月でここまでやるとは。

 さすがアイシャと言うべきか。

 俺は彼女の能力を甘く見ていたのかもしれない。


「でも、リーリャさんが心配してるから、家でちょっとお話しよう」

「えー、お母さんは頭固いから、説明してもわかってくれないよ。あたし、もうちょっとこの仕事やってみたいんだけど」

「大丈夫だ。俺が頼んでやらせてるって、ちゃんと弁明するから」


 嫌なことを無理やりやらせるのはよくないが、今回は珍しくやる気を出しているのだ。

 本人が望むなら、もっとやらせてみよう。

 ていうか、こうして成果を目の当たりにすると、アイシャに家でメイドをさせておくのが勿体無く感じるな。


「わかった。お兄ちゃん、信じてるからね。お母さんってばお兄ちゃんにはすっごく甘いから、ちゃんと説得してよ?」

「ああ」


 こうして、俺に配下ができた。

 名前は「ルード傭兵団」。

 初めての配下である。


 これからこの配下を使ってやりたいことをやっていければいい。

 夢が広がる。



---



「あ、そうだボス」


 アイシャを連れて一度家に帰ろうとした所で、リニアに呼び止められた。


「なに?」

「この間、大森林から手紙がきたのニャ」


 ほう、大森林から。

 てことは、プルセナからかな?

 そう思いつつ、手紙をリニアから受け取る。

 リニア宛で、すでに開封されている。

 差出人の名前はない。

 なのに、なんでリニアは大森林からだとわかったのだろうか。

 やはり匂いかな?


 俺は遠慮なくその中身を取り出し、文面を見た。


「……!」


 そこには、時候の挨拶もなにもなかった。

 ただ一言。

 獣神語で書かれていた。




『大変だ、聖獣様が行方不明になった! 至急捜索を!』





「ま、その聖獣様もほっときゃいいって言ってたから、問題ニャいよな」


 リニアは頭の後ろで手を組んで、ニャハハと笑いながらそう言った。


「……」


 俺は大森林に行くことを決意した。

 謝罪用の菓子折りを持って。

『ルード傭兵団』

 会長:ルーデウス・グレイラット。

 代表取締役:リニア・デドルディア。

 顧問兼副長:アイシャ・グレイラット。

 社員数:50人ぐらい


 種類:ORSTED Corp.のブランドカンパニー

 協賛:サイレント・セブンスター

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