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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第19章 青年期 配下編

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第百九十二話「入学式と生徒会長」

 リニアはうちでメイドとして働く事となった。


 俺としては、野に放ってもよかった。

 けど、なんだかんだ言って、リニアは友達だ。

 友達が困っている時には助ける。当然の事だ。

 まあ、一瞬見捨てようとした事は確かだが、実際見捨てなかったし、ノーカンだ。


 それに、アイシャも反対したのだ。

 金貨1500枚相当も払って、放逐なんてとんでもない、と。


「お兄ちゃんの稼ぎはいいけど、お金は大事なんだから!

 リニアさんには全額返すまで、うちで働いてもらいます!」


 お兄ちゃんは確かに、オルステッドから不定期的に給料をもらっている。

 マジックアイテムだったり、魔石だったり。

 オルステッドはループを繰り返したせいか、この世界のどこに何があるのかわかっている。

 だから、俺の一生分の面倒を見るぐらいの金は、すぐに作れる。


 まぁ、それでも、アスラ金貨1500枚は俺にとって大金だ。

 だって、家より高いんだぜ?


「そうね、ルーデウスの友達でも、これは譲れないわね!」


 とは、エリスの言だ。

 エリスは最初からリニアを他人に譲るつもりなど無いようだ。

 もし、あの場でリニアを奴隷商人に渡すという選択肢を選ぼうとした場合。

 腰の剣をカチンカチンと言わせながら出てきて、またたく間に死体を量産したに違いない。


 彼女については、奴隷商人とはいえ人を斬り殺した事については叱っておいた。

 奴隷商人がどれだけ死のうと俺の知ったこっちゃないが、エリスの身重の体に何かあったら大変だしな。

 妊娠中に人を殺すと悪霊がつくとかあるかもしれない。

 だから、次からは俺やアリエルの名前を出してなんとかするように言い含めておいた。

 が、おそらく、次も口より先に手が出るだろう。

 エリスはそういう女だ。

 俺も半ば諦めている。


「いいと思うよ。ルディらしいし」


 とは、シルフィの言である。

 彼女も、リニアを雇う事については反対しなかった。

 シルフィは俺とリニアが友人関係にあった事を知っているし、

 友情を大切にした俺を、むしろ褒めてくれた。


「ワンッ!」


 とは、聖獣レオの言である。

 何を言ってるかはわからない。

 わかるのはリニアだけだ。


「あ、はい、レオ様。もちろん、あちしは下で結構ですニャ。言うこと聞きますニャ。こき使ってくださいニャ」


 リニアは、聖獣レオがここにいる事に疑問を持っていない。

 どうやらその件に関しては出会った時にレオが自ら説明したらしい。

 どんな説明をしたのかわからないが、聖獣の件に関して俺に詳細は聞いてこなかった。


 ともあれ、リニアはヒエラルキー的には、レオの下になるらしい。

 犬より下とは、哀れリニア。



 リニアの給料は月にアスラ銀貨2枚、ただし半額は返済に当てられるため実質銀貨1枚。

 三食寝床付き。

 寝床については、エリスが自分の部屋で飼うと言い出した。

 立場としてはアイシャの部下だが、エリスのお付きのペットみたいな形になりそうだ。


 しかし、月々アスラ銀貨1枚か。

 年間でアスラ金貨約1.2枚。

 借金返済まで、1000年以上かかるな。


「リニアはそれでいいのか?」

「うう、助けてもらって贅沢は言わないニャ……末永く可愛がってほしいニャ……」


 リニアはすでに諦めているようだった。

 チーターに首を噛まれたインパラの如く、ぐったりとした顔でエリスの膝上で尻尾を揉まれていた。

 まあ、本人がいいなら、いいか。



 その後、ロキシーも帰ってきたが、特に反対はしなかった。

 シルフィ同様、友達を助けるために金を払ったと聞いて、褒めてくれた。

 ただ、値段と、その理由を聞いて非常に疑り深い目線を向けてきた。


「そんなに、お姫様とか初めてとかがいいんですか?」


 誤解を解くのに、そう時間はかからなかった。

 だが、相変わらず俺の下半身には信用がないらしい。



---



 翌朝。

 俺はロキシーと共に、魔法大学へと向かった。

 二人なのでジローには乗らず、徒歩で。

 雪のつもった道をザクザクと。


 俺はすでに魔法大学で授業を受けなくなって久しく、月一のホームルームも免除してもらうようになった。

 だがら学校に行く必要はないのだが、今日はクリフとザノバに用事があった。


 耐魔レンガに包まれた並木道を抜けて、初代学園長の銅像まで移動する。

 要塞のような校舎群を見ていると、なんとも感慨深い気持ちになる。

 初めてここに来た時、俺はEDだった。


「それじゃルディ。わたしはこっちなので」

「はい、ロキシー。今日も頑張ってください」

「ルディも――」


「あー、ロキシー先生が男と一緒だー!」


 ロキシーと別れようとした時、唐突に黄色い声が上がった。

 見ると、宿舎から校舎へと移動しようとしている一団が、こちらを指さしていた。


「あれって、ロキシー先生の旦那さまかな!?」

「えっ、じゃああの伝説の? ノルン先輩のお兄さんの?」

「初めて見たー。意外とかっこいい!」


 どうやら、俺は珍しい珍獣の獣みたいに扱われているようだ。

 しかしそうか、意外とイケメンかね。

 フフッ。


「……」


 ふと、ロキシーがじとっとした目で俺を見上げていた。

 あ、違うの。

 ちょっと若い子に褒められて調子に乗ってただけなの。


「失礼」


 と、ロキシーがやおら俺の腕に抱きつくように腕を絡めてきた。

 そして、生徒たちに向かってピース。


「キャー!」


 黄色い声を上げながら、生徒たちは校舎へと消えていった。


「わたしのものだというアピールです」

「……」


 ロキシーはそれだけいうと、さっと腕を離した。

 耳が赤い。

 自分でやっておいて、テレているらしい。


「い、いけませんか?」

「……」


 いけないわけがない。

 俺はロキシーのものだしな。自慢に使える時は使って欲しい。

 現に、俺は乙女のように胸を高鳴らせているしな。


 そう思いつつ、彼女のほっぺにちゅっとキスをした。

 んー、ぷにぷにほっぺだ。


「な、なんですか、いきなり、こんな所で……」

「いってらっしゃいのキスです」

「あ、ああ、なるほど……はい。確かに受け取りました! では、ルディ、行ってきます!」


 ロキシーは颯爽と、右手と右足を同時に出しながら、職員棟へと歩み去った。

 俺はそれを見送ってから、研究棟に足を向けた。



---



「早すぎたか」


 研究棟に移動したが、クリフはまだ来ていないようだった。

 彼もまた子供が出来たので、いろいろ大変に違いない。


 ちなみにエリナリーゼは子供を産んだ時、魔法大学をあっさり退学した。

 元々、男漁りが目的で入学した大学。

 男を見つけて子供を産んだら、はいさようなら。

 顔をしかめる者も多いだろうが、施設の利用の仕方は人それぞれだ。

 俺はそんなエリナリーゼを尊重しよう。


 さて、しかし時間が空いてしまった。

 先にザノバの所にいってもいいが……。

 勤勉なクリフが来ていない時間にいっても、やはり迷惑だろう。


 うむ、ザノバの所にいくのは午後だ。

 ザノバの所にアポイント無しで押しかけても間が悪い事が多いからな。

 今日は予定通り、クリフ→ザノバの順に会うとしよう。


 などと思いつつ、適当にそのへんを練り歩く。


 雪の残る道をザクザクと歩いて行くと、校庭に人が集まっていた。

 何事だろうと近づいてみると、レンガ作りの壇上で校長が演説をぶっていた。


「――――だが魔術は違う、魔術には未来がある!

 失われた魔術体系を取り戻し、現在の詠唱術式と組み合わせ、

 新たな進化を遂げることが人々の――――」


 どこかで聞いたことのある演説だ。

 どこで聞いたか、と思い出すまでもない。

 入学式だ。


 もう、そんな季節か。

 俺は今、何年生だっけか。

 5年……いや、6年か。

 授業なんて最初の1,2年しか出てないが、卒業式には出たいものだ。

 シルフィも退学した後、勿体無く思ってたし。


 あ、俺が6年生って事は、サイレント・セブンスター先輩はもう卒業したのか。

 あいつ、卒業式とか出たんだろうか。

 出てないだろうなぁ。


 ナナホシはここ数年、召喚魔術を習うので手一杯という感じだ。

 今の所、俺に手伝いの声も掛かっていない。

 ペルギウスの所で十分すぎる援助を受けているのか、それとも実験段階はまだまだ先なのか。

 まあ、学校にも設備があるから入学しただけらしいし、どうでもいいのかもしれない。

 あるいは、卒業式は元の世界の学校で受けたいのだろう。


 ともあれ、ナナホシに関しては少し不安が残っている。

 未来の俺が言葉を濁すような最後を迎えたそうだしな。

 暇があったら様子を見ておこう。

 おにぎりとポテチでも持って。


「続いて、生徒会長より新入生への言葉」


 なんて考えていると、いつしか校長の話は終わっていた。

 彼はヅラを抑えながら教員の並ぶ列へと戻っている。

 と、よく見るとその列の真ん中らへんにロキシーも座っていた。

 ああ、教師としてキリッと座っているロキシー。

 いいなぁ……。

 そこらへんの新入生に「あの青い髪の美少女、俺の妻なんだぜ?」と自慢したくなる。

 どうしよう、自慢しよっかな。


「―――ちゃんだ……」

「あれが魔法大学名物の――」

「ちっちゃいなぁ、たしか成人前なんだろ?」

「男とかも知らないんだろうなぁ」


 校長の話が終わり、新入生がざわめきだした。

 何事だろう。

 そう思って壇上を見上げると、そこにノルンが立っていた。

 背の高い魔族の少女と、ガタイのいい獣族の青年を後ろに従えて。

 真ん中に立っていた。


「皆さん、今年度の生徒会長に選ばれた、5年生のノルン・グレイラットです」


 ノルンが生徒会長。

 初耳だ。

 生徒会に所属していたというのは聞いていたが。

 この数ヶ月で決まったのだろうか。


「まだまだ未熟な身の上ですが、精一杯頑張ろうと思っています」


 ノルンが話し始めても、ざわめきが止まらない。

 ノルンには、アリエルみたいにしゃべるだけで周囲を黙らせるほどのカリスマは無いようだ。

 仕方ない、俺がちょいと魔術で周囲を黙らせてやるか。

 と、ふと見ると、俺の周囲で、そんなノルンを生暖かい目で見ている奴がいた。

 見覚えがある。

 確か、親衛隊ファンクラブの奴だ。

 何やってんだこいつ、新入生じゃなかろうに……。


「静まれェェェェェイ!」


 次の瞬間。

 壇上にいた、ガタイの大きい獣族の青年が、怒号を発した。

 その声は一瞬で新入生全体に響きわたり、周囲をシンとさせた。


「ありがとうギルバート」

「いえ」


 ノルンは獣族に一言お礼を言って、話を続けた。


「皆さんは世界中から集まってきました。

 中には、まったく想像も付かないような生活を送っていた人もいるでしょう。

 でも、ここは魔法大学で、皆さんは魔法大学の生徒になりました。

 そうなったからには、魔法大学の生徒として、決まりを守らなければなりません」


 その内容は、やはりどこかで聞いたことのあるものだった。

 校則の事、自分の常識と違ってもルールを守りましょうという事。

 入学式の時にアリエルに聞かされた内容だ。

 どうやら、この場で生徒会長が話すテーマは決まっているらしい。


「――――以上です。皆さん、良き学園生活を」


 ノルンがぺこりと頭を下げて、壇上から降りていく。

 その足取りはしっかりとしており、何やら威厳に満ちているようにも――あ、目があった。

 途端、ノルンは階段から足を踏み外し、べちゃりと地面に倒れた。

 周囲からクスクスという笑い声が聞こえてきた。

 あーあー、もうちょっと頑張れば、かっこいい生徒会長と認識してもらえたのに……。


 と、思ったが、何やら周囲の目線に生暖かいものが増えていた。

 例の親衛隊の奴も満足気な顔をしている。

 ドジっ娘のファンはこの世界にも一定数存在するって事だろう。


 しかし、5年生で生徒会長か……。

 ノルンも頑張ってんだなぁ。

 お兄ちゃんは鼻が高いよ。

 パウロも草葉の陰から、三脚付きのビーム砲みたいなカメラでノルンの晴れ舞台を撮影していたに違いない。


 感無量だ。

 勉強に、剣術に、生徒会に。

 ノルンは頑張ってるんだ。

 よし、俺も頑張ろう。

 これからも頑張って、家族をヒトガミの手から守ろう。


「ふん、あれが噂のノルン・グレイラットか、C……いや、期待値込みでBって所だな」


 と、俺の感動をぶち壊しにする声がすぐ脇から聞こえてきた。


 んだとこのやろう。

 そう思いつつ見ると、そこにイケメンが立っていた。

 年の頃は15歳ぐらいだろうか。

 長耳族で金髪で……。

 すごいイケメンだった。

 もう、アリエル並だ。

 顔が発光して直視できないんじゃないかと思うぐらいイケメンだった。


 いや、うん。

 確かにこの顔なら、そこまで自惚れるのもわかる。

 容姿レベルでは、我がグレイラット家の筆頭イケメン・ルークを圧倒しているかもしれない。

 確かにそうだ。

 こいつをSランクとするなら、ルークがA、ノルンがBぐらいだろう。


「この学校のトップっていうから期待してたが……あの程度か」


 しかし、いくら事実だからって、あまりこういう場でそういう事を言うのはよろしくない。

 俺は確かに君がイケメンだと思ったが、世の中が全てそうだとは限らないのだ。


 ほら、あっちの方で怖い先輩が睨んでる。

 ノルンを世界で一番だと思っている人たちだ。

 あ、ほら仲間を呼んだ。

 どこに潜んでいたのか、三人も。

 こっちをチラチラ見ながら話してる。


『センパイ、あいつマジっすわ』

『マジ? ノルンちゃんディスったん? マジ?』

『マジすわ』


 そんな会話が聞こえてくるようだ。

 いや、今のは俺のアテレコだけど。


 イケメンの彼は一年だし、俺はイジメは嫌いだ。

 でも、親衛隊あいつら、俺の事嫌いだし、言うこと聞いてくれないだろう。

 ほら、俺の方見ながら「止めないでくださいよ、ジブンラもう上等なんスわ……」って顔してる。

 屋上とか連れて行かれてひどい目に遭っちゃうよ?


「これなら、あいつの兄という、ルーデウスの方もたかが知れてるな」


 まあ、それに関しては否定しない。

 ルーデウスのたかは知れてるとも。

 でも俺のことは置いとこうよ。

 お前に顔で勝てるとは思ってないから。


 と、そいつを見ていると、目が合った。


「お前もそう思うだろ?」


 そいつは俺を見て、同意を求めるように聞いてきた。

 え? 俺に振るの?


「……まあ、うん、まあ。ルーデウスの方は、大したことない、かな? でも、ノルンは、頑張ってるよ?」

「ハッ」


 返答に困ってひとまずそう言うと、彼は鼻で笑った。


「ああ、すまない。この町の人間は、みんなルーデウスを恐れているんだったね。

 だが安心して欲しい。

 僕の名前は。レイフォルト。

 長耳族の里の族長マグナフォルテの息子さ。

 もうルーデウスに力で押さえつけられることは無いよ」


 あ、どうもご丁寧に。

 でも、こういう状況だと名乗りにくいな。

 どうしよう。ひとまずルード・ロヌマーとでも名乗っておこうかしら。


「僕は君たちとも、もちろんあのノルンとも違う。

 特別生さ。ここ数年で、ただ一人のね。

 長耳族の族長としての教育を受けているし、当然だね」


 あ。

 なるほど、リニア・プルセナと同じ枠か。

 遠い所から、はるばると人間社会を学びにやってきた大森林の王子様なのだ。


「僕は必ず、この大学でトップに立ってみせる。

 あのノルンだって、僕の女にしてやるさ」


 いや、それは許さんよ。

 いくら辛い境遇だからって、そんな理由でノルンを手に入れようだなんて。

 お兄さんは許しません。


「だから、君も僕についてくるといい。いい目を見させてやる」

「……はあ」


 もしかして、今のは自分の配下を作るための演説だったのか。

 今のでついてくる奴はいないと、俺は思う。

 しかし、こちらを羨望の目で見ている者も少なからずいる。

 ともすれば、彼はノルンの敵対勢力となってしまうのだろうか。


 ……この場合、兄として、すべき事は、なんだろう。


 彼がノルンと敵対しないように、今のうちにどうにかしておくべきだろうか。

 余計なお世話だろうか。

 過保護すぎだろうか。

 ノルンは学校で自分の地位をきちんと確立している。

 レイフォルト氏は族長候補だそうだが、この国で権力を持っているわけではないだろうし……。

 仮にノルンに手を出そうとしても、親衛隊ファンクラブの人たちもいるし。

 ほっといてもいいような気がする。

 どうしよう。


「そいつは聞き捨てならないな」


 そこで、俺達に声を掛けてくる存在があった。

 誰かが助けてくれる。

 そんな期待を胸に俺は振り返り、その顔を見て思った。


「俺の名前はミィ・ナル。小人族の族長ビィ・ナルの息子だ」


 誰こいつ。


 どうやら新入生らしい。

 態度は大きいが、背丈は俺たちの半分ぐらいしかない。

 だが、その顔はどこからどう見ても成人男性で、チョビヒゲも蓄えられていた。

 見ての通りの小人族らしい。


「特別生がただ一人……?

 笑わせてくれる。

 この俺も、今期の特別生だぜ?」


 あ、聞き捨てならないってその部分か。

 レイフォルトは驚いたような顔で、小人族を見下ろした。


「おぉ、ミィじゃないか……!」

「久しぶりだな、レイ」


 どうやら、知り合いらしい。

 長耳族と小人族の縄張りは近くにある。

 族長の息子同士、顔見知りなのだろう。


「じゃあ、今年の特別生は、僕ら二人だと言うのかい?」

「いいや、それも違う」


 ミィ・ナル氏はフッと笑って、自分の陰に隠れていた人物を、前に出した。

 小人族であるミィ・ナルの後ろに隠れる大きさの少年。

 てことは彼も小人族……いや、違うな。

 おそらく人族だ。幼い人族。

 7歳ぐらいの人族。

 顔立ちはアスラ系で……どこかで見たことがあるような顔をしている。


「ほら、自己紹介しな」


 少年は震える声で名前を名乗った。


「ぼ、ぼくは、グランネルです。

 グランネル・ザフィン・アスラ。

 アスラ王国第一王子グラーヴェル・ザフィン・アスラの次男です」


 驚いた。

 グラーヴェルの息子とは。

 こんな少年が……?


 何をしに来たのか。

 復讐だろうか。アスラ王国の一件での?

 それとも、ウチに対する刺客か……いまさら?

 こんな小さな子を?


「その、父が政争に負けそうで、ぼくらの身は危ないからって……」


 ああ!

 なるほど。

 グラーヴェルは、アリエルに自分の息子が殺される可能性を考慮して、逃がしたのか。

 次男って事は、長男の方は別の国かな?

 ……いや、違うな。

 この国、ラノア王国はアリエルのシンパだ。

 なのにこの国送られたって事は、アリエルが人質に取った形なのかもしれない。

 あとどうでもいいが、この世界には、偉い人の息子はオヤジの名前を言わなきゃいけないという掟でもあるのだろうか。


「なるほど、ワケアリか。僕も色々あって里を追い出されたわけだし、つまり三人は似たもの同士ってわけか」

「俺は別に特別な理由があって追い出されたわけでは……ただ三男で跡も継げないから、思い切ってだな……」

「いいさ、わかってるよ。誰にでも言いたくない事はあるだろうからね。君も、例の噂を聞いたんだろう?」

「お前もか……!」


 長耳族のイケメン……名前なんだっけな。

 そいつはミィ・ナルとグランネルの肩を抱いた。


「まっ、特別生同士、助けあっていこうじゃないか。

 僕らが手を組めば、この学校で一番になる事も夢じゃない……だろ?」

「あー……」

「えっと、よろしくおねがいします」


 よくわからないが、新入生が入学式でトモダチを作ったらしい。

 美しい光景だ。

 ノルンをディスった件については……まあ、この際許してやろう。

 入学したての時ってのは、誰しもキャラを作りたくなるものだしな。

 さっきのBランク云々も中二病的なセリフだと思えば、怒りより笑いの方が出てくるってもんだ。


 まぁ、何はともあれ、頑張って欲しい所だ。


「おーおー、今年も集まっとるニャ!」


 感動的な光景に水を刺すように、人混みの外側から声がした。

 数年前まで、この学校で一番ガラの悪かった生徒の声が。


 見ると、人混みをかき分けて、一人の猫耳がポケットに手を突っ込んで周囲を威嚇しつつ、こちらに向かってくる所だった。

 リニアだ。

 家でメイドをしているはずなのに、何をしにきたのだろうか。


「あれってリニア先輩じゃないのか?」

「だれ?」

「ほら、一昨年の主席の」

「不良だったっていう……?」

「なんで、卒業したはずじゃ……」


 周囲もザワついている。

 彼女はまっすぐに俺の所まで歩いてきた。


「おっす、ボス」

「ああ、何しにきたの?」

「ロキシー様がお弁当忘れたから、届けに来たニャ。職員室にいったら、こっちだからって」


 なるほど。

 昼飯時ではなく、いま来るってあたり、アイシャの仕事の速さが伺える。

 もしくは、ロキシーが定期的に弁当を忘れてるのか。


 ちなみに、俺の分の弁当は無い。

 手作り弁当が食いたくないわけではないが、友人と一緒に外食するのもコミュニケーションの一つなので、今日は無しである。


「……」

「……」


 気づくと、先ほどまで気炎をあげていた二人が、こちらから目を逸らして地面を見ていた。


「おい、なんでいるんだよ……大森林に帰ってるって話じゃなかったのか?」

「俺もそう聞いたんだけど……」

「え? なに?」


 小声で話す二人に、グランネル君だけが不安そうな顔でキョロキョロしている。


「あん?」


 そこでリニアが気づいた。

 大森林出身の二人に。

 そして、気さくとも言える態度で手を上げた。


「おう、レイとミィか」


 二人は体を震わせながら、後ろを向いた。

 どうやら、顔見知りらしい。


「おいおい、いつ大森林からこっちに来たのニャ?

 10年ぶりぐらいか?

 おいおい懐かしいニャ、元気してたか?

 オイ、どっちむいてんだ、こっち向けよ」


 ダメだ、完全に絡んでいる。

 リニアのあの目、あれ、喧嘩売ってる時の目だもん。

 ほら、グランネル少年も相当怯えている。


「いや、人違いだと思うんだ」

「お、俺らはそんな名前じゃないしな」

「あ?」


 リニアは二人の頭のてっぺんを掴んで自分の方を向かせつつ、ドスの効いた声を発した。

 もう、完全に「ちょっと電車代貸してくんねぇかな」って感じだ。


「もしかして、あちしの事、忘れちまったかニャ? ずいぶん経つもんにゃあ。そっかぁ、記憶力ねぇニャ、おまえら……」


 そこで、なんとなく三人の関係性に気づいた。

 リニアとプルセナはガキ大将で、二人は子分だったのだ。

 にしても、現状は奴隷のくせに、妙に偉そうだなこいつ。


「い、いえ、滅相もない……! ただ、大森林にお帰りになられるという噂も聞いたので、てっきり別人かと」

「ぷ、プルセナさんがいない時のリニアさんは本当に美しくて、一瞬誰だかわかんなくて……だからその、勘弁してください……」


 さて、そろそろ、止めないとな。

 周囲の一年も、怯えて遠巻きに見ている。

 新入生に、わが校が暴力に支配された怖い学校だと思われたら大変だ。

 我が魔法大学はロキシーの母校。

 進学する所はないので進学校ではないが、輝かしい場所なのだ。

 と、俺が悪の不良からカワイイ一年坊主を助けようと決意した時である。


「おい、こっち来るぞ」

「なんで……」

「あっ、あれって……」


 やおら周囲が騒がしくなった。

 人混みが割れていく。

 誰かが、俺の方へと近づいてきているのだ。


 やがて、その人物は姿を現した。

 母親譲りの明るい金髪に、キリっとした眉。


 ノルンだ。

 生徒会長ノルン・グレイラット。

 すぐ後ろには、獣族の青年と魔族の少女も一緒についてきている。

 後ろに二人いるのを見ると、アリエルを思い出すな。


 よし、ノルン。

 さっきは失敗したけど、今度の相手はリニアだ。

 ビシッと言って、生徒会長の威厳ってものを見せてやってくれ。

 大丈夫、リニアには何も言わせないよ。兄ちゃんが後ろで睨みを効かせてっかんね!


「兄さん!」


 と、思ったら。

 ノルンは、リニアの脇をすり抜け、俺の前にやってきた。

 両手を腰に当てて、ぷんすかと見上げてくる。


「どうして入学式に混じってるんですか!」


 ……リニアは放置なのだろうか。

 いや、イジメとかは俺がさせないつもりだから、いいけどさ。


「や、なんとなく」

「びっくりして転んじゃったじゃないですか……ああもう、恥かいた……」

「いや、うん、よかったよ演説。立派だった。父さんもお空から――」

「そういうことを聞きたいんじゃないんです!」


 褒めたのに怒られた。

 しょんぼり。


「なんでこんな所で、新入生をイジメてるんですか!」

「え?」


 イジメ?

 この俺が……?

 そんな馬鹿な。

 周囲を見てみると、視線が俺とノルンの方に向いている。

 ノルンに対する頼もしい目と、俺に対する怯えの目。


 おかしい、まるで俺が悪者みたいじゃないか。


「この子たちが、何をしたって言うんですか!」

「な、何も……ただ、ちょっとノルンの事を悪く言ったぐらいで……」


 マケてBランクだな、とか言ってたな。

 うん。

 ……うん?


「私は、そういうのは慣れてますから、やめてください! こんなに怯えてるじゃないですか!」

「や、怯えてるのはリニアがね?」

「そのリニア先輩をけしかけてるのは、兄さんでしょう!」


 オウ、シット!

 そういう事か。

 周囲からはそういう風に見えてたのか。

 俺が番長で、リニアが腰巾着のチンピラか。

 畜生。

 普段の行いのせいか?


「ていうか、聞きましたよ兄さん!」

「何を? 誰に?」


 兄さんは、なんかもういっぱいいっぱいで泣きそうだよ。

 これ以上、どんな追い打ちを掛けようっていうの?


「さっき、ロキシー姉さんから! リニア先輩を、ど、奴隷にしたって! 何考えてるんですか?」


 その事か。


「確かに奴隷は奴隷かもしれないが。

 借金を肩代わりしてやった代わりに、ウチで働いてもらうだけだよ。

 やましい事は何も無い」


 きっぱりというと、ノルンは眉を顰めつつも口を尖らせた。

 そうとも、俺はリニアを助けたのだ。

 オラはなんも悪ぐねぇだ。


「ノルンちゃん。ボスの言った事は全て本当ですニャ。命を助けてもらったようなもんですニャ」


 リニアも揉み手をしながら寄ってきた。

 一年坊主二人が、ほっとした顔をしている。

 それを見て、ノルンもため息をついた。


「……そうですか。まあ、リニア先輩もあんまり悲壮的な感じじゃなさそうですし、本当みたいですね」


 信じてもらえた。


「でも、もうリニア先輩は卒業生なんですから、学校で問題を起こすのはやめてください!」

「問題だニャんてそんな、あちしはちょっと昔の知り合いに挨拶をしただけで……」

「…………………」

「わかった、あちしが悪かったニャ。ちょっと注目を浴びたから、調子に乗ってみたかっただけニャのよ」


 ノルンのむっとした上目遣いに、リニアも頭をぽりぽりと掻いて頭を下げた。

 こう言う所をみると、絡んでいる、という意識はなかったのかもしれない。

 もうちょっとしたら「ニャーんてニャ! まぁお前らも頑張るニャ」とか言って、会話を終わらせるつもりだったのかもしれない。

 相手の二人は本気で怯えてたが。


 ノルンはリニアから視線をそらし、再度俺へと向いた。


「兄さんも。私を守ろうとしてくれるのは嬉しいですけど、あまり過度にならないようにお願いします。自分の事は、自分で出来ますから」

「はい、肝に銘じます」


 俺が頭を下げると、周囲から「おおっ」という声が上がった。


「あのルーデウスに頭を下げさせたぞ!」

「さすが生徒会長だ」

「ノルンちゃん可愛い……」


 俺が頭を下げるのがそんなに珍しいだろうか。

 謝ったり土下座したりは日常茶飯事なんだが……。


 まあいい。

 俺の頭でノルンの評価が上がるなら、こんなに嬉しいことはない。


「……」


 ふと見ると、一年の三人が硬直したまま、こちらを見ていた。

 ノルンも彼に気づく。


「えっと、それで彼らは?」

「なんでも、特別生だそうで」

「あ、聞いてます。今年は三人も入るって」


 ノルンはそこで、コホンと咳払いを一つ。

 スカートの端を持ち上げ、足を引いた姿勢で三人にお辞儀をした。


「初めまして、皆様。

 生徒会長を務めております。ノルン・グレイラットと申します」


 その言葉に答えられたのは、三人の中で一番小さな子だった。


「あ、アスラ王国第一王子が第二子グランネル・ザフィン・アスラです……」

「ご丁寧にどうもありがとうございます。

 グランネル様も慣れぬ異国の地で大変でしょう。

 生い立ちであれこれ言われるかとは思いますが、気にする事はありません。

 何か不安な事があれば、生徒会の方に来てください。

 生い立ちがどうであれ、魔法大学に来た以上、私たち生徒会は生徒の味方です。

 どんな境遇の方でも安心して勉学に励めるよう、生徒会はサポートします」


 スラスラとよどみなく。

 練習でもしていたかのようなセリフの後、ノルンは優雅とも言える動作で、もう一度、礼をした。


「あ、はい」

「では、良い学園生活を……」


 ノルンはしっかりと挨拶をして、その場を去っていった。

 グランネル君達は、熱にうかされたような顔で、それを見送った。


 ちょっと見ない間に、ノルンも随分と立派になったものだ。

 やっぱり、礼儀作法の授業とか取ってるのだろうか。


 ともあれ、ああして対応したのなら、一年生に下克上される事もあるまい。

 レイフォルト君も、先ほどから俺の方を見てビクビクしてるし。

 俺も、コレ以上絡んでいると思われるのは嫌だ。

 なので、リニアを連れてその場から離れることにした。

 弁当は職員室のロキシーの机にでも置いておけばいいだろう。




 特別生三人組の入学に、生徒会長のノルン。

 魔法大学も世代が代わり、新しい風が吹きはじめた。


 そう思いつつ俺はリニアと別れ、クリフの所へと向かうのであった。

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