【SS版】ゴヲスト・パレヱド

夢咲ラヰカ

本編

燈真とうま、あなたは普通とは違うの。いい、決して人を傷つけないで。誰かを照らせる燈火であってね」


 病室で、手術を終え目を覚ました少年の手を握る母親は、絞り出すような声でそう言っていた。

 自分にも遺伝した青い目と、遺伝して欲しかった美しい顔立ち。まるで鬼子母神の生き写しのような存在だ。昔父が、酔っ払ってそんな話をして、尻を蹴られていた記憶がある。


「燈真、お前は強い子だ。母さんの祈りを叶えてやってくれ」


 六歳の少年には難しくてよくわからないが——母の頼みであれば、守らねばと思った。父も一緒にそう願うならば尚更だ。


「大丈夫、燈真ならできるよ」


 そうしてこちらを見つめる、凛とした声の優しげな白い妖狐の少女。


 けれどその幸せは、長くは続かなかったのである。


×


 誰かに見られている気がして、漆宮燈真しのみやとうまは車窓から外を見た。

 トンネルを抜けた先に広がっていたのは青々とした木々と、水面が美しく煌めき陽光を乱反射させる湖、地方都市くらいの発展具合の街並み——魅雲村みくもむらの風景だった。

 さながらオーバーレイレイヤーをかけて青く塗ったような爽快感。窓に遮られていてわからないが、さぞ美味い空気が風となってそよいでいるのだろう。


 木陰に入り、窓に燈真の顔が映る。

 灰銀色の髪と青色の目。どこにでもいそうなのに、髪と目のせいで人間にしては変わった外見の自分。

 ふ——と冷めた息が漏れた。

 何かに期待していたと過去形にして自分の殻に閉じこもりたい自分、このまま新天地に身を委ねて大きく変わりたいという希望。


 過ぎたことを気にしても意味がないと頭では分かっていても、あの出来事は何度だって脳裏を焼く。

 こつん、と窓に頭をもたせかけ、このまま永遠に山道を走っていればいいのにと思った。だがすぐに木々のカーテンは晴れ、街並みにフェードインしていく。

 現実はいつだって非情だ。

 人生で二つの絶望が、片田舎の村で癒せるものか。


 道行く人々——いや、妖怪たち。一瞬の間に目が合う、鬼の子供のガラス玉のような無邪気な目。

 人口の七割以上が妖怪とされるこの村で、人間の自分がどう暮らしていくのか。全てを見透かされているような気さえして、いやに落ち着かない。

 燈真は目を閉ざし、息を吸い、大きく吐いた。


稲尾椿姫いなおつばき……」


 燈真は手元のエレフォンに目を落とした。液晶には稲尾椿姫なる人物から「一時半に駅前に迎えにいく」とメールが来ていた。

 稲尾家というところでしばらく厄介になるわけだが、どういうひとたちなのだろう。予感が予感だが、もし当たっていたら——。


「ご乗車ありがとうございました。まもなく魅雲村、魅雲村。お出口は向かって右側になります。お忘れ物ないようご注意ください。繰り返します——」


 アナウンスが入って、思考が中断された。燈真は何度か頬を打って、数人しか乗っていない電車内を見回す。

 誰も彼も知らないひとたちだ。ここでならやり直せる。……二度と、同じ過ちを犯すもんか。ここで挽回できなけれは、もう次はないのだから。


 電車が停車した。駅のホームにはまばらに利用客がいて、清掃員が汗を拭いながら箒でゴミをかき集めているくらいである。

 ドアが開いて外に出ると、痛みを伴うような太陽光が迫り、思わず閉口した。


「あっつ……」


 リュックサックを背負い直し、燈真はひさしに入った。駅は小さく、構内は日陰になっている分外気温そのままよりマシというくらいだが、じめついていて不快感はあった。

 改札に切符を入れて、燈真は喉の渇きに耐えかね、自販機に小銭を突っ込む。

 出てきた桃果汁の天然水を呷ると、糖分が全身に染み渡って心地いい。気づけばあっという間に五〇〇ミリを飲み干してしまっていた。


「こんなもんばっか飲んでたら肥えちまう」


 自嘲気味に笑い、ゴミ箱にボトルを突っ込む。外に出るのは億劫だったが、すでに約束の刻限まで間もない。

 燈真は意を決して外に出て、夏の日差しを全身に浴びた。


 外には大勢の妖怪がひしめいていた。


 駅前の屋台で日傘を売るのは、己の髪の毛が唐傘めいた特徴的な様相を呈している少女。

 ビラ配りのお姉さんの隣で宣伝文句を言い放っているのは提灯お化け。

 ベンチに座っている鹿角のお爺さんが餌をやっているスズメは流暢に人語を介し、中には動物以上妖怪未満の幻獣なども見られる。


 新天地、という実感が一気に湧いてきて、燈真は思わず胸が高鳴る。妙な高揚感を感じるのは、ここに満ちる妖気が高いからか、それとも——


「ん、」


 太陽が陰った。

 最初は鳥かなんかが飛んだのだろうと思ったが——違う。頭上からである。


「うわっ、なんだこいつ……!」


 そいつは小鬼のように見えた。


「ギィ……ぃぃ、ギギッ」


 でっぷりした腹に、爪と一体化した異様に長い腕、胴に比して短すぎる足。顔は醜悪そのもので、美醜さまざまな妖怪がいるとはいえ到底、妖の者とは思えない。

 であれば、こいつは、


「兄ちゃん離れろ! そいつは魍魎もうりょうだぁーっ!」


 提灯お化けが怒鳴って、燈真は慌てて後ろに下がった。しかしいきなりのことで気が動転し、足がもつれて尻餅をついてしまう。


「危ないっ!」


 唐傘お化けの少女が口元を覆う。


「ぎゃイィぃいいいッ!」


 魍魎が両腕を鎌首をもたげるように持ち上げ、燈真へ襲い掛かろうとし——そこへ、さらに何かが飛来した。

 ズダンッ、と轟音を立て、目の前に突き立つ太刀。それを握る月白げっぱくの少女。

 魍魎はいとも容易く刃に穿たれ、足掻くこともできず雲散霧消してしまった。


 先端が薄紫色の五つの尾を揺らし、狐耳をピンと立てる少女。太刀を払い、ゆるやかに納刀してこちらに振り返った。

 紫色の目が燈真を射抜き、思わずぎょっとする。

 未だ尻餅をついたままの燈真に、彼女はビッと手を差し出した。


「立てる?」


 凛とした声。優しげな顔。この子は、どこかで……。


「あ、ああ」


 燈真は少女の手を握り、助け起こしてもらった。あたりから拍手と歓声が上がる。


「私のこと、覚えてる? わけないか。……迎えの稲尾椿姫よ。車は近くに停めてあるから」

「ありがとう……。俺は漆宮燈真、って知ってるよな」

「ええ。昔からね」

「………………?」


 不思議な子だ。

 気が強そうで、ちょっと苦手意識はあるが。


 椿姫は尻尾を嬉しそうに振りながら、燈真に言った。


「ようこそ、魅雲村へ」

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