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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第17章 青年期 王国編

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第百六十九話「守護魔獣」

 一ヶ月の猶予が与えられた。

 俺はこの間に、できることをやらなければならない。

 といっても、一ヶ月という時間は短く、やれることは少ないだろう。


 オルステッドがバックについたからと調子に乗ってはいけない。

 オルステッドは、やや刹那的というか、今回がダメでも次回がある、と考えているフシがある。

 もしかすると俺の日記を読んで、過去に戻る魔術を開発する目処を付けたのかもしれない。


 ……あるいは、すでに彼自身がタイムスリップを経験しているか。

 そうだ、思い返せば、「次回」という言葉を使った時、オルステッドは「しまった」という顔をしていた気もする。

 一度や二度ではなく、何度もタイムスリップを繰り返している可能性もある。


 仮にそうだとして、なぜそれを俺に明かさないのか。

 というのは、家族に色々と隠し事をしている俺には、なんとなくわかる。

 説明しにくい事は、つい嘘やごまかしで固めてしまう物だ。


 ……実は俺にとってもっと都合の悪いことを隠しているのではと疑う部分もあるが、たとえ騙されていたとしてもどうしようもないのが現状だ。

 しばらくは、彼に嫌われないように行動していきたい。

 なので、ひとまず彼の隠し事については忘れてしまおう。


 オルステッドに次回があるとしても、俺に次回は無い。


 人生は一度きりだ。

 と、俺が言っても説得力は無いが。


 俺は、未来から来た俺の話を聞いて、最後を看取って、日記を読んだ。

 後悔にまみれた人生を肌で感じた。

 やり直せるからいいや、という気持ちには、なれない。

 ……というより。

 そんな考えでいると、今までの自分を裏切ってしまう気がする。

 だから精一杯、努力していこう。


 具体的には何をするか。


 身体の強化。

 魔術の鍛錬。

 この辺りは、今まで通り、引き続きやっていくとしよう。

 今更、練習量を増やしたところで唐突に強くなれるわけでもない。

 継続は力なりだ。

 今までどおり、やっていこう。


 それとは別に、模擬戦をする機会を設けた。

 今まで、何かが足りないとは思っていたのだ。

 訓練や練習は大事だが、練習した技術を戦いの中で効率よく使うには、やはり模擬戦が必要だ。

 スポーツで言うところのスパーリング。

 格闘ゲームで言うところの野試合。

 そうしたものは、擬似的ではあるが、実戦経験になる。


 相手はエリスだ。

 エリスは剣王で、すでに近接戦においては俺よりも圧倒的に強く、不足はない。

 まあ、俺がエリスの相手をするのに不足ってこともあるが。

 そこは、泥沼や濃霧といった絡め手を多用する戦い方をする事で、エリスの経験になるようにがんばろうと思う。

 彼女はなんだかんだ言って、搦め手に弱いようだしな。


 ちなみに、エリスは昔教えたことをほとんど忘れていた。

 一応、初級魔術でも簡単なものは使えたし、魔神語も話せた。

 しかし、国語数学理科社会に礼儀作法は頭に残っていなかった。

 所詮は付け焼刃で憶えたものということか。

 一つの剣術(とりえ)があれば、十分だろうとは思うが。


 とりあえず、鍛錬のほうはその方向で行く。

 エリスと模擬戦をするとやたら疲れる上、風呂場で水浴びをしていると襲われるので大変なのだが、とりあえず問題は無い。

 それにしても、エリスは不思議な女だ。

 自分からはやたらと触ってくるくせに、俺から触るとなぜか殴ってくる。

 理不尽だ。


 装備に関しては、ザノバとクリフに魔導鎧の修復と改良を頼んでおく。

 小型化と、効率化。

 性能的にはデチューンになるだろう。

 こちらは、一ヶ月では完成しないだろうから、少々長い目で見ていく。

 オルステッドも技術提供してくれるという話だし、数年以内にはなんとかなるだろう。


 次回のアスラ王国行きでは、オルステッドが用意してくれた装備を身に付けることとなる。

 きっと、一国が傾くようなすんげー装備を身に付けることだろう。

 別に、シルフィが選んでくれたローブが嫌というわけではないが、

 やはり俺も男の子。

 新しい装備というものには心が躍る。


 さて、鍛錬と装備の強化は継続してやっていくとして……。

 それ以外のことについてだ。


 短い時間でやることをやるには、予定が重要だ。

 というわけで、この一ヶ月の予定を立ててみた。


 まず、初日で守護魔獣を呼びだそうと思う。

 その後、一週間ほど守護魔獣がちゃんと役に立つかどうかを様子見。


 大丈夫そうであるなら、次はクリフに連絡を取る。

 彼には装備の強化に加えて、一つ頼み事をしたい。

 主に、呪いについての……実験みたいなもんだな。


 それの用意をしている間に、シルフィのツテを使い、ギレーヌをアリエルに紹介する。

 その際に、なんだかんだと理由をつけて、アリエルを手伝う方向に話を持っていく。

 それから一週間か二週間掛けて、ペルギウスを説得する。

 クリフへの頼みについては、それと平行してやっていけばいいだろう。


 ひとまず、このスケジュールで動こうと思う。

 メインであるアリエルの一件が最後に回ったが……守護魔獣やクリフの件が大丈夫そうなら、巻きでいけばいいのだ。


 というわけで、まずは守護魔獣の召喚からである。



---



 オルステッドより呼び出され、今後の活動方針を聞いた翌日。

 俺は庭に家族全員を集めた。


 普段から家にいるアイシャ、リーリャ、ゼニス、家族になったばかりのエリスもいる。

 ロキシーやノルンは言うまでもなく、ジローやビートもいる。

 最近つかまり立ちができるようになったルーシーは、シルフィの腕の中だ。


「これより、我が家の守護魔獣の召喚式を執り行います。拍手」

「わー」


 満場からの割れんばかり拍手。

 今宵は伝説のライブになる。

 おや、ジロー君にビート君、なぜ拍手をしないのかね。

 いけませんなぁ。

 君らの仲間を呼び出そうというのだよ?


「今回の召喚についてですが、どんなのが呼び出されるかはわかりません。が、かなり強力なモノが召喚されるのは間違いないでしょう。そいつが、家族の安全を守ってくれるというわけです」

「ねえ、オルステッドが作ったって、本当に大丈夫なの? ルディが出かけている間に、家族みんなが食い殺されてるとか、あったりしない?」


 シルフィの不安そうな声。

 なんだその怖い想像。

 いや、でも確か、昔読んだ本に、そんな事書いてあったな。

 制御しきれない魔獣を呼び出すと、食い殺されてしまうとかなんとか。


「や、でも。魔法陣自体は、龍神謹製だし」

「だから心配なんだよ」


 そういうものか。

 しかし、オルステッドがわざわざそんな回りくどいやり方をするとも思えない。

 後で裏切るための布石とか……?

 いや、その可能性は低いと思うけどね。


「わかった。じゃあ、とりあえず呼び出すから。危ない奴だったら、皆で倒して、オルステッドに文句を言おう」

「わかったわ!」


 元気よく返事をしたのはエリスだ。

 彼女は勢い良くジャキンと音を立てつつ剣を抜いた。

 ちなみに、先日いただいた魔剣『指折(ユビオリ)』はエリスの腰に下がっている。

 もともと持っていたのと合わせて左腰に2本、右腰に1本。

 重くないんだろうかね。


「その時は、今度こそ、一緒にオルステッドと戦えるわね!」


 戦わないよ。

 文句を言うだけだよ。

 戦ったら、今度こそ皆殺しにされかねないよ。

 ていうか、エリス、随分と嬉しそうだな。

 まさか、オルステッドと戦う口実を求めているのだろうか。


「オルステッドとはもう戦いませんが、これから、一緒に戦う機会はありますから。それまで力を蓄えておきましょう」


 そう言うと、エリスはちょっとつまらなさそうな顔をした。

 他の誰と戦うのでもいいが、オルステッドは勘弁だ。

 あんな絶望的な戦いは二度としたくない。

 今度こそおしっこチビっちゃう。


「しかし、その魔法陣は本当に大丈夫なのでしょうか。なんでしたら、ペルギウス様あたりに見せて、確認を取ったほうがいいのでは?」


 ロキシーの言葉。

 オルステッドが作ったという事で、警戒しているのだろう。

 本当に、オルステッドに掛けられた呪いは、強力だな。

 周囲がここまで過敏に反応してくれると、呪いについても信憑性が出て来るので、俺も判断しやすい。

 でも、一応見ておこう。


「ふむ」


 ひとまず、見ためは普通の召喚魔法陣だ。

 召喚条件的な部分は、俺の知らない術式で書かれている。

 だが、それほどおかしい部分は無いように思う。

 ナナホシあたりに、一度見せた方がいいだろうか。

 いや、そもそもこの召喚魔法陣は、俺が描けないというから、オルステッドが描いてくれたのだ。

 なのに俺が疑ってどうすんだ。


「大丈夫です」

「ルディがそういうなら信じますが……ちょっと、杖を取ってきます」


 ロキシーは半信半疑らしい。

 信じるといいつつも、家に戻って愛用の杖を取ってきた。


「姉さんたちがどうしてこんなに警戒してるのかわかりませんけど……兄さん、本当に危険なものではないんですよね」


 やや不安そうなノルン。

 彼女の肩にポンと手を載せたのは、アイシャだ。


「馬鹿だなノルン姉は。お兄ちゃんが本当に危険なものを、あたしたちの近くで使うわけないじゃん」


 アイシャの信頼がちょっと胸に刺さる。

 よくよく考えてみると、俺はこの魔法陣の安全確認をしていない。

 本当に使っていいのだろうか。

 今からでも、ペルギウスに「コレ本当に大丈夫なんすかね」と聞いたほうがいいだろうか。

 その場合、アイシャにはシラっとした目で見られ、オルステッドには疑心を植えつけるかもしれない。

 いや、いや。

 俺はオルステッドを信じよう。

 彼は俺を信用していると言ったのだ。


「いざとなれば、私が盾となりますので。存分にやってください」


 リーリャは物騒な言い方をしなさる。

 そんな事にはならないと思うんだけどなぁ……。

 周囲からさんざん言われると、なんか本当に危険なものに見えてくる。

 本当に大丈夫かコレ?

 でも、よし。


「では、魔法陣を使います」


 その言葉に、全員が頷いた。

 


 土魔術で作ったテーブルの上に、例の魔法陣を置く。


「よし」


 気合を入れて、魔法陣の上に手を置く。

 精神を集中させ、血流に魔力を載せるようにして、手の先へと魔力を送り込む。

 そして、手から魔法陣へと、魔力を送る。


 魔力の量に糸目は付けない。

 なにせ、家族を守る存在だ。

 俺の全魔力を注ぎ込んでも余りある。

 ついでにオルステッドにも全魔力を注いでもらいたいものだ。

 いや、そんな魔力を注いでも、それだけ強い魔獣が出てくるってわけでもないだろうが。

 まあ、とにかく、注げるだけ注ごう。


 あと、オルステッドは、イメージが大切と言った。

 家族を守るイメージ。

 というと、曖昧だな……。

 うーん、とにかく強くないとな。

 そこらの相手が来ても、みんなを守れるぐらいの強さだ。

 で、忠義心が高い奴がいいな。

 逆らったりしないような奴だ。

 あと、やっぱ家族を守るって事で、下品な奴はよくないよな。

 粘液まみれのローパーみたいなのが出てきても、妹やルーシーの教育に悪い。

 そう、ルーシーのナイトだし、高貴な奴がいいな。

 高貴で、忠義心が高くて、強い奴。

 よし。

 いっけぇぇぇ。


「いでよ、守護魔獣!」


 魔法陣がまばゆい光を放つ。

 白いばかりではない、青や赤、黄色や緑といった、カラフルな色の光が溢れ出る。

 と、そこで、ふと、何か手に引っかかるような違和感があった。

 なんだろう。

 とにかく、魔力を込める。


『ぉぉぉぉぉ』


 どこからか、唸り声が聞こえた。

 これが、俺の家族を守ってくれる魔獣の声だろうか。

 何かに耐えるような、不気味な声音。

 しかし、俺はさらに魔力を込めて、そいつを魔法陣から引きずり出す。


「おおおおぉぉ!!」


 そいつの声が、はっきりと耳に聞こえると同時に、魔力の供給が止まる。

 同時に、ゆっくりと光が収まっていく。

 まばゆい光の中から現れたのは……。


「くっ……」


 黄色い仮面。

 制服にも似た、白い衣装。

 腰には大振りのダガー。

 そいつは片膝を付き、両手で己の肩を抱くようなポーズで、土のテーブルの上に鎮座していた。


「馬鹿な……この自分が……ペルギウス様との契約を切られるなど……」


 そいつはそのポーズのまま、周囲を見渡した。

 仮面をつけていて視線などわからないはずなのに、目があった。


「なんのつもりだ……」


 彼はポツリと言った。

 いや彼などと言うまい。


 光輝のアルマンフィ。

 ペルギウス第一の下僕が、召喚されていた。

 まるで、堕天使のようなポーズで。

 名付けるなら、高貴なる堕天使って所か。

 光輝だけに。

 なんちゃ……ハッ。


「なんのつもりだと聞いている、ルーデウス・グレイラットォ!」


 彼はテーブルを飛び降り、俺の胸ぐらをつかもうとして、途中で動きを止めてブルブルと体を震わせた。

 それを見て、エリスが剣を構えている。

 とりあえず、手で制する。

 ハウスよ、エリス。


 しかし、マジかよ。

 光輝と高貴でアルマンフィが呼び出されたってか。

 でも、確かこの人、人の形をしてるから精霊だし、そういう事もありうるのか?

 わけがわからんぜ。

 それとも、俺はオルステッドにハメられたのか?

 オルステッドは、実はペルギウスを俺に殺してほしいとか。

 自分でやれよ。


「……い、いや、俺にも何がなんだか。オルステッド様にもらった魔法陣を起動した所、このような事態です」

「オルステッドの魔法陣だと……なにを呼び出すためのものだ」

「我が家の守護魔獣です」


 アルマンフィはテーブルの上の魔法陣を手に取る。

 そして、その内容を見て、愕然とした声を上げた。


「なんと厄介な術式を……」

「えっと、どういう術式なんでしょうか」

「貴様に絶対服従し、貴様の家族に振りかかる災厄を払いつづけるようにと書いてある。契約期間は、未来永劫……」


 奴隷契約みたいな魔法陣だな。

 でも、やっぱり、オルステッドは嘘なんて言ってなかったんやないか!


「それ以外には?」

「召喚対象は、術者が決める、と」


 てことは、俺が呼び出したって事か。

 よし。


「チェンジで」

「チェンジ……?」

「アルマンフィさんは、ちょっとした手違いです、別の子にします」

「ならば、はやくこの契約を解け。このアルマンフィはペルギウス様の誇り高き下僕だ」

「あ。はい」


 でも、アルマンフィに守ってもらうのも、悪くは無いよな。

 なんだかんだ言って、神出鬼没だし。

 何かあった時の連絡役としてすごく役に立つし。

 ……いや、ペルギウスも重宝してるだろうし、取ったら喧嘩になるな。


「えっと……どうやって解除するんでしょうか」

「……………今すぐ、俺をペルギウス様の所に出向くように命じろ。破壊のドットバースが契約を破壊する」

「なるほど」

「命令しろ」


 絶対服従だから、俺の命令が無いと動けないんだろうか。


「じゃあ……魔法陣を持って、ペルギウス様の所にいって、いい感じの守護魔獣が呼び出せるようにアドバイスをください、と伝言をお願いします」


 そう命じると、アルマンフィはテーブル上の魔法陣を手にとり、光となって消えた。


「ごめん、ちょっと失敗した」


 振り返ると、家族がポカンとした顔をしていた。



---



 しばらくして、アルマンフィが戻ってきた。

 彼はペルギウスの伝言を伝えてくれた後「次は許さん」という怨嗟の声もくれた。

 彼らにとって、ペルギウスの下僕であるという事は、誇り高きステータスなのだろう。

 それを奪ってしまうとは、申し訳ないことをした。


 魔法陣は契約を解除すると力を失ったようで、ペルギウスが新しいものを描いてくれたらしい。

 あんな仕打ちをして、こんなサービス。

 ペルギウス様は本当に寛大なお方だ。


 それにしても、恐るべきは、そんなことを可能とする、この龍神謹製の召喚魔法陣か。

 それとも、俺の魔力かな。

 あるいは両方か。

 一つひとつは小さな火でも、両方合わさって炎となったのだ。


 ともあれ、気を取り直して、もう一度。


 ペルギウスのアドバイスによると、光輝とか全知とか全能みたいな難しいイメージではなく、動物をイメージした方がいいらしい。

 オルステッドも、そういう事なら最初から言って欲しいものだ。

 案外、アルマンフィでいいだろう、とか言うかもしれないが。


「じゃあ、もう一度いきます」


 俺は周囲を見渡し、もう一度魔法陣に手を乗せた。


 今度は、ハッキリしたイメージを持って行こう。

 強くて、誇り高い動物。

 ライオンだ。

 この世界にライオンがいるかどうかはわからないが、獅子という単語は聞くから、どっかにはいるだろう。

 百獣の王。

 獣の中で一番強い動物をイメージ。

 あ、でも、忠誠心という点なら、ネコ科よりイヌ科の方がいいかな?

 いや、絶対服従ということだし、ここは強さを重視しよう。

 この世界で、一番えらい動物。


 体中の魔力をすべて右手に結集。

 それを叩きつけるようにして、カッと目を見開き、魔力を魔法陣に注ぎ込む。

 いっけぇぇぇ!


「……!」


 魔法陣がまばゆい光を放つ。

 先ほどと同様の、カラフルな色の光が溢れ出る。

 今度は違和感はない。

 スムーズな魔力の流れの中で、何かが俺の呼びかけに応えた。

 まるで手を伸ばされるような感覚があり、俺はそれをつかみ、引っ張り上げる。

 成功の確信があった。


「よし、こい!」

「ワオォォォォン!」


 思わずそう叫ぶと、何かが遠吠えを上げた。。

 その吠え声は次第に大きくなり、俺の耳朶を打つ。

 同時に、召喚される時は、何か声をあげなければいけないのだろうかという疑問が浮かび上がる。

 いや、どうでもいいなそれは。


 と、考えた所で、光が収まった。


 そこにいたのは、白いライオンだった。

 大きさは約2メートル。

 たてがみは無いので、多分メスだろう。

 ついでに言うと、口先が長く、ネコ科というより、どちらかというと犬科に見える。

 ていうか、これライオンじゃないな。

 犬だ。

 それも、手足の短さを見るに子犬だ。


 ついでに言うと、毛色も白ではなく、銀色だ。

 銀色の豆柴、ラージサイズって感じだ。

 うーん……。

 また失敗しただろうか。


「わぁ、可愛い!」

「でも、守護魔獣にしては、ちょっと頼りなくない?」


 アイシャが黄色い声を、ノルンが不満そうな声をあげる。


「でも、子犬にしては結構いい面構えしてるよ?」

「少なくとも、魔獣とは思えないほど、清純な気配を感じますね」


 シルフィとロキシーの反応も上々。

 リーリャは無表情でわからないが、顔をしかめたりはしていない。

 ゼニスもいつもどおりだ。

 ビートはよくわからないが、ジローはすでに腹を見せて服従のポーズをとっている。

 家族からの第一印象は悪くない。


 ていうか、この子犬、どっかで見たことあるな。


「ねぇ、そいつ、ドルディアの村でルーデウスになついてた奴じゃないの?」

「あー」


 エリスに言われて思い出した。

 獣神語ってどんなんだっけか。

 えっと、確か。


『もしかして、聖獣様ですか?』

「わふっ」


 そう聞くと、犬畜生は頷くように、俺の顔を舐めた。

 獣くせぇ。

 畜生、ナメた真似しやがる……。

 しかし、今のでわかった。


「そっか」


 聖獣様か。

 あの、ドルディアの村の奥地で、大事に大事にされていた、あの聖獣様か。

 えー……どうしよう。

 そんなん召喚して使役してるなんて言ったら、獣族の皆さんにめちゃくちゃ怒られるんじゃねえの?

 獣族から指名手配とかされたら、やばいだろうなぁ。

 これもチェンジかなぁ……。

 でも、契約解除となると、またペルギウスかオルステッドに迷惑掛ける事になるよなぁ。

 大体、チェンジしたって、よりいい奴が来るとは限らないし。

 うーむ……。


『聖獣様、あなたにうちの家族を災厄から守る力、あるんですか?』

「わふん!」


 任せろと言わんばかりの返事。

 やる気は十分だ。

 でも、こいつ、誘拐とかされてたんだよなあ。

 大丈夫なのかなぁ。

 オルステッドも、ヒトガミは家族にはあんまりちょっかい掛けてはこないだろう、みたいなことを言ってた気がするけど……。


「くぅ~ん?」


 逡巡していると、聖獣様は狭いテーブルから飛び降り、俺に体をこすりつけるようにしつつ、顔を舐めてきた。

 ああ、柔らかい。

 これは間違いなく柔軟剤つかってますわ。

 こいつが守護魔獣になると、毎日この毛並みを満喫できるんだな。


「いや、違うな。これは聖獣様じゃない」


 うん。

 これは聖なる獣なんかじゃない。

 決して、ドルディア族の守り神なんかじゃない。

 聖獣様がこのような場所におわすはずがない。

 よく似た別犬だ。


 これはそう、ライオンだ。

 俺が無限の異世界から呼び出した、ライオンの子供だ。

 そうだ、そう決めた。

 今、そういう事になった。


 ていうか、召喚した時点で怒られそうだしな。

 もしどうしてもダメそうだと思ったら、ペルギウス様に頼んでチェンジしてもらおう。

 それまでは、仮雇用だ。


「よし、お前の名前は、今日からレオだ」


 そう言って手を差し伸べると、聖獣様は俺の手をペロリと舐めてから、すんすんと鼻を鳴らした。

 そして、ふと何かに気づいて顔をあげた。

 視線の先にいるのは、ロキシーだった。


 レオは彼女の方へトコトコと歩いて行き……そのスカートの中に顔を突っ込んだ。


「わっ! ちょ! 何をするんですか」


 ロキシーが杖でポカリと聖獣様を叩くと、エロ犬はくぅんと鼻を鳴らしつつ、ロキシーの足を舐めた。

 そして、ロキシーの足に抱きつくように、その巨体を伏せさせた。


「あの、ルディ……どうすれば」


 オロオロとするロキシー。

 なんだかよくわからんが、ロキシーになついたという事でいいんだろうか。

 まあいい。


『レオ。こうして召喚された以上、お前は俺の下僕、お前の使命は、ここにいる家族を守る事だ。いいな?』

「ワンッ!」


 そう言うと、聖獣レオは元気よく返事をした。


 この犬畜生がどれだけ役立つかはわからない。

 だが、こうして呼び出された以上、こいつが守護魔獣だ。

 きっと、役に立ってくれるだろう。


『レオ、先に雇用内容について説明しておく。

 以前はワガママ放題の生活だったろうが、ここではそんなワガママは許さない。

 お前は首輪に繋がれ、犬小屋に住むことになる。

 不審者が現れたら吠え、噛み付き、抵抗力を奪え。

 相手が強大である場合、噛み殺しても構わん。

 食事は一日三回。昼寝は自由。

 希望すれば、散歩にも連れていってやろう。

 それでよければ、ワンと言いなさい』

「ワンッ!」


 よし、いい返事だ。

 通じてるんだよな、確か。

 獣神語がわかるって話だったよな?


『無論、お前自身が家族に害を為した場合は……』

「くぅ~ん」


 そう言うと、レオは心外そうに喉を鳴らした。


『よし。じゃあ契約成立だ。お手』


 掌を上に向けて手を差し伸べる。

 すると聖獣レオは、その上にポンと前足を乗せたのであった。



---



 こうして、俺たちの家に、新たなペットが一匹増えた。

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