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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第17章 青年期 王国編

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第百六十七話「説明」

 少し、整理しよう。

 まず、オルステッド。

 彼は、転生法とやらによって太古の昔から現代にやってきた古代龍族である。


 その身には、呪いと秘術が掛けられている。

 呪いとは、この世界中のあらゆる相手から忌避される呪い。

 秘術とは、魔力の回復が遅くなるが、その代わり、ヒトガミの目から逃れる事ができ、大まかな未来視の能力を得るというもの。


 なぜそんな呪いを受けて現代にやってきたか。

 というのは、初代龍神がヒトガミに殺された事に起因する。

 二代目以降の龍神はヒトガミを倒すためだけに存在しており、ヒトガミを倒す事こそが、古代龍族の悲願である。

 ゆえに初代龍神の息子であるオルステッドは、ヒトガミを倒そうとしている。


「と、いう事で、いいんですよね?」

「ああ。その通りだ。理解が早くて助かる」

「一体、何年ぐらい前に転生されたんで?」

「そうだな……今から約2000年前か」


 2000年か……随分長いこと生きてるんだな。


 とりあえず辻褄があってるとは思うけど、なんか、引っかかる気もする。

 うーん、何が引っかかってるんだろうか。


 例えば、魔力が回復しない、という点だろうか。

 オルステッドは、ペルギウスの使っていた、魔力を吸い取る召喚魔術のようなものが使えたはずだ。

 それで吸収すれば、魔力問題は解決するんじゃ……いや、できるんならやってるか。

 あの召喚魔術で吸い取った魔力を、そのまま自分の体内にストックできるとは限らないもんな……。


 うーむ。

 オルステッドのヒトガミに対する異常な敵意か?

 父親を殺されたというのでも十分だが、それにしては敵意が強すぎるような気もする。

 オルステッドの父親への執着のようなものが薄いのだ。


「私の視点からだと、ヒトガミに強い恨みを持っているように見えたのですが、そのへんは?」

「あのクズ野郎に恨みを持たないヤツがいるのか?」

「……ごもっとも」


 まあ、オルステッドも長いこと生きているみたいだし、何度もヒトガミに煮え湯を飲まされたのだろう。

 見えないと言っても、伝言を届けるぐらいは出来るだろうし。

 あ、オルステッドがそんな事になってるのも、初代龍神とヒトガミに確執があったからかもしれないな。


 まだちょっとわからない事もあるが、オルステッド本人の事はコレぐらいでいいだろう。

 どんな理由であれ、彼にヒトガミと戦う理由はあるのだから。

 敵の敵は味方だ。


 それに、他にも、まだまだ聞きたい事がある。



---



・ラプラスの因子について


「先頃の戦いで、俺がラプラスの因子を持っている、というお話をなさいましたが、どういう意味でしょうか」

「ラプラスについては、どれだけ知っている?」

「400年前に戦争を起こした人物で、人族を追い詰めたとか。

 あと凄まじい魔力総量を持っていて、闘気が纏えない。

 凄まじく強かったけれども、ペルギウス様と他二名に封印された。

 ……あと、スペルド族を陥れた事ぐらいですかね」


 他にも色々と聞いてはいるが、大体はそんな感じだ。


「その程度か?」

「あと、もうすぐ復活するとか」

「奴が復活するのは、龍族の転生法を使っているからだ、というのは、聞いたか?」

「ええと。いえ、聞いていないと思います……あ、いや、確かヒトガミが、そんなことを言っていたような……あれは違ったっけかな」


 どうにも記憶が曖昧だ。

 それにしても、また転生法か。


「貴様……いや……お前がヒトガミと何を話し、何を吹きこまれたのかは、後で詳しく聞かせてもらう」

「はい」

「今は、ラプラスの事だ」


 ラプラスという言葉に、エリスがピリピリとした空気を放ってきた。


 俺もエリスも、ルイジェルドの友人だ。

 ラプラスはルイジェルドの敵。

 彼の敵は、俺たちの敵でもある。

 だから、ラプラスという存在についてピリピリするのはわかる。

 でも俺は冷静にいこう。

 怒るのはエリスの役目、落ち着かせるのは俺の役目だ。


「『魔神ラプラス』の正体だが……奴は、『魔龍王ラプラス』のなれの果てだ」


 オルステッドはもったいぶることなく、ハッキリと告げた。


「魔龍王?」

「そう、奴はかつて、龍族だった」


 ラプラスが魔龍王。

 龍族だった?

 でも、魔神なんだよな?


「魔龍王ラプラスは、初代五龍将の生き残りだ」


 五龍将。

 確か、龍神の配下だった5人で、最後に龍神と五対一で戦って、相打ちになった連中だ。


「奴は、崩壊した龍界を脱出し、ある使命を帯びてこの世界を放浪していた。二代目の龍神としてな」


 龍王で、龍神で、魔神。

 ちょっとまて、こんがらがる。

 頭がフットーしちゃう。


「奴は、ヒトガミを打倒するための術と技を研鑽した。龍神を名乗り、才能ある者に技術を伝授し、長い時間を掛けて発展させた。未来に送り込まれた俺に、最強の力を持った龍族に、その力を受け渡すためにな」


 最強って、自分で言っちゃうか。


「だが、ラプラスは第二次人魔大戦において、ヒトガミの使徒となった闘神と戦い、その魂を真っ二つに割かれた」


 その話はどこかで聞いたな。

 黄金騎士アルデバランと、魔界大帝が戦ったという話。

 キシリカによると、龍神と闘神が戦ったという話だったが……。


 龍神ってのがラプラスで、闘神がアルデバランになるのか。

 てことは、ラプラスは魔族側で戦ったということか?


「二つに割かれたラプラスは、記憶を失い、

 人の存在を憎悪する『魔神』と、

 神を打倒せんとする『技神』に別れた」


 ここで、魔神が出てくる。

 そして、技神。

 技神は確か七代列強一位の人物だが……。


「えっ? てことは、技神もラプラスなんですか?」

「然り」


 なんか今、とんでもない話を聞いている気がする。

 俺が聞いていい話なんだろうか。

 情報量が多すぎて、こんがらがってる。

 龍神が初代で、オルステッドがその息子で、ラプラスが二代目で……。


 あ。

 つまりこうか。

 まず、初代龍神はヒトガミ打倒のために、オルステッドを未来へと送った。

 ラプラスは五龍将だが、初代龍神とは敵対せず、あるいはヒトガミの思惑に気づいて、配下に戻った。

 初代龍神は死に、ラプラスは生き残る。

 ラプラスはオルステッドに技術を伝授すべく、世界を旅しながら歴代の龍神に技を伝授したりしつつ、研鑽を積んだ。

 それをヒトガミが、闘神をつかって妨害。

 ラプラスは、運よく……か、意図的にかわからないが、記憶を失いつつも半分になって生き延びた。


 こうかな?

 合ってるか自信ない。

 俺ってこんな頭悪かったっけか……。


「ふん……!」


 ふと、隣のエリスを見ると、口をへの字に曲げて、イライラとした表情をしている。

 何も理解してない。

 よし、ちょっと安心。


 オルステッドの説明は続く。


「龍としての力を失った『魔神』ラプラス。

 奴は『人』を殺さねばならぬという目的と、その膨大な魔術の知識だけは覚えていた。そのため、『人族』を絶滅させるために魔族をまとめあげた」


「魔力を失った『技神』ラプラス。

 奴は膨大な技と、それを何者かに伝えなければならぬという目的だけはおぼろげに覚えていた。ゆえに、技神は『七大列強』を作り出し、その技術の研鑽に務めた」


 七代列強は技神が作った。

 これは、前に聞いた事がある。

 なにせ、一位だしな。

 あれ、でも人魔大戦って、2000年以上前だよな。


「……オルステッド様はどうやってその事を知ったのですか?

 2000年前にこちらに来たという事は、すでに第二次人魔大戦は終結しているはず。

 てことは、ラプラスはすでに記憶を失っているわけで……。

 それなら、誰も知ってる人はいないのでは?」

「古代龍族の遺跡にて、ラプラスの手記を読んだのだ」

「あ、なるほど」


 記憶を失う前に、記録を書き残していたわけか。

 皮肉なのは、記憶を失ったラプラスがそれを見つけられなかったって事か。


「さて、少し話を戻す。なぜ、お前が魔力を持っているのかという話だ」

「はい」

「初代龍神は転生法というものを生み出した。

 己の魂を未来に送り、別の生命体を乗っ取り、復活するというものだ」

「……」


 転生法。

 別の生命体を乗っ取る……か。

 ちょっと、引っかかるな。


「だが、本来、肉体と魂は唯一無二のものだ。別の体に寄生したところで、拒否反応が起こり、復活は失敗に終わる」

「……」

「ゆえに初代龍神は、何人かに己の因子を打ち込み、その人物が子供を作ると、ほんの僅かにその肉体を変化させるという事を思いついた」

「……」

「何百、何千という世代を経て、その生物全体の体を作り替えることで、魂と合致する器を作りだそうとしたのだ」

「……」

「そうして、『因子』によって作り替えられた体に魂が完全に一致した時、転生は行われる。

 本来生まれるはずだった魂の体を乗っ取り、そいつになりすまして誕生することとなる。

 古代龍族の何人かはその転生法により、今の時代へと転移している。

 ペルギウスもその一人だ。

 もっとも、奴は記憶のおぼろげな幼少時に転生したせいで、前世のことは覚えていないがな」


 

 転生は本来生まれるはずだった魂の体を乗っ取り、そいつになりすます。

 その言葉に、俺は己の手を見た。

 俺も転生者だ。

 ルーデウス・グレイラットという人物の人生を、奪ってしまったのだろうか。


「おい、聞いているのか?」

「え? あ、はい。大丈夫です」


 気づくと、オルステッドに顔を覗き込まれていた。

 彼はしばらく俺の顔を見ていたが、ふぅと息を吐いた。


「話を戻すぞ。魔神ラプラスはすでに正気を失っていたが、その転生法については覚えていたか、あるいはどこかに文献を残しておいたのだろう。ペルギウスらに倒され、肉体を封印される前に因子をばらまき、己の魂を未来へと送ったのだ」

「……」

「そして現在、ラプラスの因子を持ち、奴と似た特徴を持つ者が続々と姿を現しはじめた。高い魔力と魔術の素質を持ち、緑色の髪や、生まれながらに魔眼などを所持している者」


 高い魔力と、魔術の素質。

 緑色の髪。

 生まれながらに魔眼を除けば、ある人物が該当する。


「もしかして、シルフィも?」

「ああ。シルフィエットもその内の一人だ。なぜか髪は白いがな……」

「ラプラス本人ではないのですよね?」

「無論だ。奴は女にはなれん」


 ちょっとほっとする。

 けど、考えてみると、一番あやしいのはシルフィではない。


「じゃあ、俺は?」

「お前もそうだろう。それだけの魔力を内包できる肉体は、通常では生まれんからな」

「……魔力は、自分で努力して伸ばしたと思っていたんですがね」

「無論そうだ。お前の体にはそれだけの魔力を内包できる素質があっただけ。

 幼少期に魔力を鍛えねば、常人より少々多いぐらいで終わるだろう。

 シルフィエットと同様にな。

 その膨大な魔力はお前の努力の賜物だ。誇るといい」


 なんか褒められた。

 誇っていいのか。


「えっと、俺がラプラスということでは、ないんですよね?」

「無い。ラプラスが生まれるのは、もう少し先になろう」


 そうか。

 ともあれ、ラプラスではないと聞いて、少し安心した。


 魔力の出処もわかって、少し安心だ。

 ラプラスの力というと少しルイジェルドに悪い気もするが、

 でも、力は力だ。

 力は使い方次第だもんな。


 だが、俺が気になるのはそこではない。


「……」


 オルステッドはしばらくそんな俺を見ていたが、

 ふと、ため息をつくように言った。


「安心しろ。お前も転生者という話だが……。

 俺の記憶の中にルーデウス・グレイラットという人物は存在しない」

「……と、言うと?」

「ラプラスの因子を持つという事は、生まれながらにして強力な魔力の素質を持つことになる。

 お前ほどの魔力総量を内包できる体なら、魂が耐え切れなかったとしても、おかしくはない」

「耐え切れなかった、というと?」

「……元々、死産だったのだろう。そこにお前が滑り込んだのだ」


 死産。

 か、そっか。

 なら、いいか。


 俺がルーデウス氏を殺していないなら、いいか。

 こんな幸せの多い人生を奪ってしまったとは、思いたくもない。

 パウロやゼニスが初めての子供が死んでしまい、悲しむ歴史もなかった事になった。

 なら、いい。


 よし。

 切り替えていこう。

 俺はパウロとゼニスの子、ルーデウスだ。

 唯一無二の、ルーデウス・グレイラットだ。


 その自覚を持って、次の質問にいこう。



---



・転移事件について


「転移事件はナナホシが召喚されたせいだと聞きましたが、詳しいことを聞いてもいいでしょうか」

「……あの事件については、未だわからぬ事が多い。こんなことは、初めてだ」

「俺は転生者で、あの場所にいました。てことは、俺があの事件を引き起こした可能性もあると思うのですが……」

「お前が……?」


 そう聞くと、エリスが俺の太もものあたりを掴んだ。

 見ると、エリスは俺を見て、小さく首を振った。

 俺は安心させるように手を回し――エリスの尻をなでた。

 柔らかくも筋肉質なその尻は非常に魅力的で太ももが痛い、痛い、痛い!


「可能性については否定できない。

 ナナホシにしろ、お前にしろ、あの転移事件にしろ、今までになかった事だからな」


 太ももの肉がむしり取られるかと思った。

 エリスを見ると、「今真面目な話をしてるんでしょ!?」と言わんばかりの顔で睨んでいる。

 空気が読める子になってて嬉しいよ。


 とにかく、転移事件については、わからないという事か。

 ナナホシが変な理論を立てていたが……まあ、あれはいいか。



---



・これからの事について


 さて、ひとまず、質問はこれぐらいでいいだろう。

 あんまり聞きすぎても、あたまがパンクしてしまうからな。

 すでに俺の頭はパンク寸前だ。


「……一応、俺は未来の情報を得ているのですが」

「そうなのか?」

「ええと、こちらをご覧ください」


 俺はそう言って、未来の日記をオルステッドに渡した。

 オルステッドは日記を開いて数ページほどパラパラと読んだ。

 そして、眉をひそめつつ、顔をあげた。


「少し、時間が掛かるぞ。字も汚いしな」

「構いません……」


 俺って、そんなに字が汚いんだろうか。

 ナナホシにも言われたんだよな。

 まあ、日記だし、汚くてもしょうがないよ、うん。

 でも……誰かに見せる文章は気をつけよう。


「あ、そうだ。その前に一つ、確認してもよろしいでしょうか」

「何だ?」


 これは、聞いていいのだろうか。

 いま、思った以上にオルステッドが親切なので調子に乗っている気がする。


「俺は、いえ、私は――」

「あまりかしこまらなくてもいい」

「俺は、これからオルステッドさん……様の、配下になる。という事で、よろしいですよね?」

「…………ああ。お前がそのつもりである限りはな」

「それでその、非常に言いにくい事なのですが」


 俺はちらりとエリスを見て、言う。


「雇用条件に関してなのですが?」

「雇、用……条件……?」

「はい。俺も妻子を持つ身ですので、定期的にですね。休みというかですね、家族と会う時間をですね、頂ければですね、ありがたいかなと、思いますです。はい」


 休みは重要だ。

 どんな人間にも休息は必要である。

 俺はもちろん、働くと決まったら身を粉にして働く所存だ。

 でもね。

 なんのために働くかっていうのを、定期的に実感する必要ってあるじゃんね?

 ルーシーの成長を見たり。

 アイシャやノルンに勉強を教えてあげたり。

 リーリャの料理に舌鼓をうったり。

 母さんと一緒にひなたぼっこしたり。

 シルフィとエロいことしたり。

 ロキシーとエロいことしたり。

 エリスとエロいことしたり。

 ね。


「それはお前次第だ。ルーデウス・グレイラット」

「あ、ですよね」


 やっぱダメか。

 ごめんルーシー、父ちゃんは出稼ぎに行ってくるよ。

 ヒトガミを倒して世界を救ったら帰ってくるから、達者でな、いい子に育つんだよ。


「だが、俺はアトーフェとは違う。

 家族を命がけで守ろうとしたお前を、その家族から引き離そうとは思わん。

 そう何年も連れ回すつもりも……今のところは無い」

「あっ、本当ですか? それを聞いて、安心しました」


 休みはもらえるらしい。

 ふぅ。

 よかった。

 やっぱり、みんなと離れ離れになるってのはきついからな。

 守らなければならないとはいえ、一緒にいたいのだ。


「他に、必要なものはあるか?」


 オルステッドは、睨めつける視線である。

 要求してもいいんだろうか。

 怒ってないのかな。

 いやいや、こういう事は、後になってから言ってもよろしくないだろう。

 契約書も無いんだし、最初にビシッと決めておかないと。


「…………本当に、要求してもいいのですか?」

「出来る限りの便宜は図ろう」


 まじかよ。

 じゃあ、調子にのってお給料とか要求してもいいんだろうか。

 悪いことはないはずだ。

 金とはつまり責任。

 金を払うとは責任を負わせること。

 金を貰うとは責任を負うこと。

 金が関わらない仕事は無責任な仕事になる。

 と、何かの漫画で読んだ。


 俺はこれからオルステッドにつくことに責任を持つ。

 その証として、オルステッドから金銭を得るのもいいんじゃなかろうか。


「ええっと、その……。

 俺が家にいないことで、一家の働き手がですね、一人減るわけですよ。

 俺はそれほど稼ぎ頭というほどではありませんが……先日、オルステッド様と闘うにあたってですね、結構、その、使いましてね。

 蓄えのほうも……まだまだ余裕はあるとはいえ、底が見えてきているわけです。

 で、俺が働かないことで、夕飯のオカズが一品減るとなるとですね。

 うちには育ち盛りの若者もおりまして、ですね」

「……つまり、金か」

「端的に言うと、そうなりやすね、へへ」


 恥ずかしまぎれに下卑た笑いを浮かべてみると、オルステッドは、懐から何かを取り出した。

 鞘に華麗な装飾の施された短剣。

 いや、ショートソードか。

 それをゴトリとテーブルの上に置いた。


「魔界の名工ユリアン・ハリスコが、王竜王カジャクトの骨より作り上げた48の魔剣の一つ。

 魔剣『指折(ユビオリ)』だ。

 売ればアスラ金貨10万枚程度にはなるだろう。

 当面の資金にしろ」

「お、おぉう……」


 アスラ金貨10万枚。

 こっちの通貨だと、アスラ金貨1枚が約10万円だから……えっとえっと。

 ひゃ、百億円相当か!?

 一生遊んで暮らせる額じゃないか。

 城の一つも建てられそうだ。


「足りないか」

「い、いえまさか」


 やばい。

 この人、こんな高価なものを俺に与えて、何をさせるつもりなんだろうか。

 ああ、ヒトガミと戦わせるのか。

 ……でも、ちょっと怖くなってきた。


 しかし、当面の資金と言っても、一体、誰がそんな金を出して剣一本を買うというのだろうか。

 アスラの王族か?

 アリエルの兄弟から搾り取るってのか?


「た、ただその、このへんでコレを換金するのは大変かな、と」

「ムッ……そうか。そうだな。ならば、こちらの方がよかったか」


 オルステッドはそう言うと、懐から革袋を取り出した。

 無造作にテーブルに置かれたそこからは、ザラリと石がこすれるような音がした。


 俺は手を伸ばして革袋を手に取り、中身を見る。

 中には、色とりどりの透明な石がたくさん入っていた。

 青、赤、緑、黄、黒や白もある。


「これは、宝石……?」

「魔石だ。小粒だが色がついているものを選んでおいた。魔術ギルドに売り払えば、まとまった金になろう」


 色付きの魔石。

 こんなにたくさん……。

 魔剣と違って城が建つとは言わないが、向こう10年以上は遊んでくらせそうだ。


 こんなにもらってしまっても大丈夫なのだろうか。

 そう思いつつ、チラリとオルステッドの顔を見る。


「まだ必要か?」


 まだくれるの?


 いや、でも。

 これ以上もらってしまうのは。

 なんか、怖いな。


「いえ……とりあえずは、こんなもので」


 そう言いつつ、短剣と魔石を懐にいれる。

 なんか、危険物を持っている気がして、むず痒いな。

 短剣はエリスにでも持っていてもらおうかしら……。


「さて、俺はこの日記を読むが、お前はどうする?」

「そうですね。待っています」

「一日掛かるぞ」

「あー……じゃあ、どうしましょうか。まだ日は高いですが……話の続きをしたほうが?」

「いや、お前がこの日記を重要視するなら、先に読んだ方がいいだろう」


 重要かと言われると難しい所だが。

 ただ、一応読んでもらった方がいい気がする。

 オルステッドは大まかな未来視ができる。

 なら、俺の日記と照らし合わせて、何かわかる可能性もあるだろう。


「じゃあ、今日の所は出なおして、また明日、参ります」

「ああ」

「……寝泊まりはここで?」

「ああ」

「わかりました」


 というわけで、俺は小屋から出て、一旦家へと戻ることにした。



---



 帰り道。

 夕暮れの中、一歩先をエリスが歩いていた。

 なんだか今日は難しい話をたくさん聞いてしまった。

 頭が重い。


 疲れた頭は、目の前にある素晴らしい臀部のみの事を考えたがっていた。


 エリスの尻はすごい。

 筋肉と脂肪の調和。

 ギュっとしてムチッて感じだ。

 出る所が出る。

 これが性的魅力というやつだろう。


 エリスはピッチリと尻のラインが出るボトムスを履いている。

 じつに素晴らしいラインだ。

 はちきれんばかりだというのがわかってしまう。


 スパッツというかレギンスというか。

 このへんじゃあんまり見ないけど、あれ、材質はなんかの皮だよな?

 いや、あの伸縮性は布かもしれない。

 触ればわかる気がする。

 そうだ、触ればいいのだ。

 触れば、一時の失神と引き換えに、世界の謎の一つが解けるではないか。

 よぅし。

 光の太刀が使えるエリスに、俺も光のタッチが使えるんだって所を見せてやろう。


「ルーデウス」


 ふと、エリスが振り返った。

 慌てて顔を上げる。


「……ルーデウスは、ルーデウスよね?」 


 エリスの表情はいつも通りの、への字顔だった。 

 転生云々の事について言っている事は、なんとなくわかった。


「ああ。俺は俺だよ。ラプラスの因子とやらが混じってるらしいけど、別の誰かじゃない」

「じゃあ、今までと、何も変わらないわよね?」

「そのつもりだよ。知らなかった事が判明しただけで、何も変わらない」


 俺は謝るでもなく、言い訳をするでもなく、そう言った。

 エリスは、先ほどの話についていけたのだろうか。

 理解できたのだろうか。

 オルステッドにとって転生というものは日常的なものであるらしいし、俺は前世のSFな物語を読んできたから、なんとなく理解できた。

 しかし、なんの予備知識もなしに今の話を聞いて、理解できるものなのだろうか。

 いや、エリスだって、もう二十歳ぐらいのはずだ。

 いつまでも、何も考えずにいられる年齢じゃない。

 エリスにはいつまでも馬鹿でいてほしいと思うのは、俺の一方的なワガママだ。


「ふぅん」


 エリスはわかったんだかわかってないんだか分からない様子で頷いてから、言った。


「シルフィとロキシーには、ナイショにしといて欲しい?」

「できればね、言うなら、俺から言いたいよ」


 そう言い返すと、エリスは二、三歩、トントンと走ってから立ち止まった。

 夕日が彼女の真後ろを落ちていく。

 美しいプロポーションが逆光で影絵のようになった。

 彼女の赤毛が夕日を浴びて、ルビーのようにキラキラと光った。

 キリッとした目鼻立ちと鋭い眼光は、逆光でもなお強い存在感を放っていた。

 美しいな。


「じゃあ、手をつないで」


 エリスは手を差し出してくる。

 俺は無言でその手を取った。

 外見の美しさとは裏腹に剣タコがあり、ややゴツゴツとしていて、シルフィやロキシーとは大きく違う手。

 その手は暖かく、力強く、俺の手を包んでくれた。

 俺はそれを力強く握り返し、歩き始めた。


 久しぶりにエリスと並んで歩くという行為が、なぜだか嬉しかった。


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