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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第16章 青年期 人神編

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第百六十一話「準備完了」

 さらに一ヶ月が経過した。


 魔道鎧の第一号が完成した。

 たった3ヶ月で。

  途中から金を湯水のように使い、人材を雇って単純作業を行わせたのが、完成を早める結果となった。


 大きさは予定どおり、約3メートル。

 森の中で戦うつもりなので、カラーリングは黒と茶、深緑を混ぜた色。

 全身を俺の作った無骨な装甲板で覆っているため、ずんぐりむっくりしており、かっこよさとは無縁だ。


 搭乗は背中から。

 機体の背後には人型の穴が開いており、そこにハメこまれるようにして着こむ。

 魔力を通せば自分の体のように動くので、後から別に用意した背部の装甲板を手動で装着する。

 この背部装甲板には、ある魔法陣が組み込まれており、俺の一言で自動的にパージ。鎧から緊急脱出できるようになっている。


 右手には、例のガトリング砲が取り付けられた。

 岩砲弾を発射する魔道具だ。

 俺が全力で魔力をこめれば、俺が使える最高レベルの岩砲弾を秒間に10発は発射する事ができる。

 並の魔物なら、一瞬で肉塊に変わるだろう。

 これは、オルステッドの乱魔への対策でもある。


 左手には、吸魔石を搭載した。

 オルステッドが魔術を使うかはわからないが、乱魔では対応しきれない場合もある。

 出来上がった魔術を消滅させられるこの石は、あったほうがいい。


 一応、近接戦用の武器として盾も用意した。

 武器としての、盾である。

 俺も多少は剣を使えるが、オルステッドに通用するものではないだろう。

 それなら、近接戦闘は防御を重視した方がいいという結論に至ったのだ。

 それに、付け焼き刃で剣を使うより、重量のある塊を叩きつけた方が、ダメージも大きそうだ。

 防御は最大の攻撃になりうる。

 戦車の理論だな。

 ついでに、盾の先端にはパウロの使っていた剣を装着した。

 ノルンが所持しているものではなく、防御無視の効果を持つ、魔剣だ。

 オルステッドに通用するかどうかはわからないが……。


 その結果、威風堂々たる、という形容動詞は間違っても使えない風貌になってしまった。

 この世界には似つかない迷彩カラーに、ガトリング砲、剣の付いた無骨な盾。


 そんな物体が、魔法都市シャリーアの郊外の大地にうつ伏せになっている。

 立ってすらいない。

 あまりの重さゆえに、立たせる事すらできないのだ。


「おぉ。かっこいいな」

「いやいや、なかなか重厚で、いい感じではありませんか」

「そうかなぁ? ルディはもっとスマートな感じのが似合うと思うけど……」

「わたくしも、正直ダサいと思いますわ」

「……なんだか魔物のようです。色合いはどうにかならなかったのですか?」


 クリフとザノバは満足そうにうなずいていたが、女性陣の評価は悪かった。

 この辺が男と女の感性の違いだろうか。

 いや、ジュリはわりと満足気な顔をしているから、一概に女が、と決めつけるのも間違っているのだろう。

 もし無事に帰ってこれたら、アイシャやノルンの意見も聞いてみるか。

 ま、デザインなんてどうでもいいな。


「……さて、では最終テストをしようと思います」


 気を取り直して、俺は全員を見渡した。

 シルフィ、ロキシー、ザノバ、クリフ、エリナリーゼ。

 ジュリとジンジャーもいる。


 ナナホシはいない。

 彼女はオルステッドをおびき寄せるのを手伝ってもらった。

 だが、彼女は元の世界に戻るという目的がある。

 ゆえに「俺に脅されて協力させられていた」という形を取ることにした。

 だから俺たちと一緒に行動してはいない。


 今頃は、空中城塞でペルギウスから召喚魔術について習っている所だろう。

 もっとも、それでもなおオルステッドに殺される可能性はあるという事だが、ナナホシはそれは仕方がない、と青い顔をしつつも、了承していた。


 結局、俺は召喚魔術を習えなかった……。

 いや、この一件が片付いたら、もう一度、ペルギウスに頼んでみるか。


「では、わたしは見学させてもらいますので」


 ロキシーとジュリは、その言葉で、やや離れた場所に設置した見学用の椅子に座った。

 ロキシーのお腹はまだまだ目立たないが、結構大きくなってきた。

 そろそろ隠し切れないだろうし、報告してほしいものである。


 いや、でも今の状況って、俺にとってあまりよくないよな。

 この戦いが終わったら、子供が生まれるんだ……って。


 いやいやいや。

 そういうことは考えるな。

 不安は集中力を乱す要因だ。

 勝てるし、子供は生まれるし、俺は生まれた子供に名前をつけて、三人目を作るべく、励むのだ。

 そういう未来が待ってるぜ、よし。


「では、僕が乗り込みますので、

 シルフィと、ザノバ、エリナリーゼさん。

 三人で、同時に掛かってきてください。

 クリフは識別眼で見て、何か気づいたら、お願いします」

「わかったよ」

「承知した」


 と、頷いた二人に対し、エリナリーゼは両手を上げ、後ろに下がってしまった。


「申し訳ありませんけど、わたくしは見学させてもらいますわ。なんか、怪我しそうですもの」


 そういえば、日記によるとエリナリーゼは妊娠してるって話だったか?

 よく見れば、確かにお腹のあたりがぽっこりしているような気もする。

 ちょっと無神経だったかな。


「まあ、子供が流れちゃったら大変ですもんね、ロキシーと一緒に見ていてください」

「えっ!? 子供!?」


 驚愕の声を上げたのはクリフである。

 彼はバッと振り返り、エリナリーゼのお腹をまじまじと見る。


「子供って……で、出来たのか?」

「呪いが止まってるから、十中八九そうですわね」

「呪いが止まってるって、え? でも、そんな、今まで変わらず、その、してきたじゃないか!」

「してきましたわね」

「誰の……もしかして、ルーデウスのじゃ、ないよな?」

「怒りますわよクリフ。わたくし、ベガリットから帰ってきてから、あなたとしかしてませんもの。あなただけのエリナリーゼですわよ」

「で、でも……」

「そんなに信じられないなら、ご自分で、見て確かめてごらんなさいな。識別眼でわかるかどうかは、知りませんけど」

「お、おう」


 クリフはそういわれ、眼帯をずらして、エリナリーゼに近づく。

 キスでもするんじゃないかってほど、エリナリーゼの下腹部に顔を近づける。

 子宮の奥まで透視するんじゃないかって感じだ。

 それでもまだわからないのか、クリフはおもむろに、エリナリーゼのスカートをめくりあげた。


「あら、クリフったら、こんな人目に多いところで大胆……」

「ちょっと、黙っててくれ」

「はいはい」


 クリフの必死な声に、エリナリーゼは肩をすくめた。

 それにしても、ロングスカートの中にもぐりこむって、何か卑猥だな。

 今度、ロキシーかシルフィでやってみようかしら……。

 シルフィのロングスカート姿。

 きっと似合うな。

 ……いや、今はそんなことを考えている余裕は無い。


「……本当だった」


 クリフは、青い顔でスカートの中から出てきた。

 識別眼というものは、そういうこともわかるのか。

 あるいは妊婦という単語が出るのだろうか。


「ど、どうしよう、どうすればいい?」

「どうもしませんわよ」

「で、でも、大変なんだろう? その、女性の妊娠と出産は……」

「クリフ。わたくしは何度も経験しているから、大丈夫ですわ。任せておけば、ちゃんと元気な子供を産みますわよ」

「う、うん……」


 クリフは青い顔のまま、唐突すぎて、何がなにやらという感じなのだろう。


「それにしてもルーデウスったら……ロキシーがばらしたんですの?」

「……いえ、なんとなく、そうなんじゃないかと思っただけです」

「そう。ま、そういう事ですから、荒事は遠慮させてもらいますわね」

「了解です」


 エリナリーゼは手をヒラヒラとさせながら離れて行った。

 そして、ロキシーの隣へと座り、何やら話しだした。

 ロキシーが自分のお腹を撫でている所を見ると、その手の話か。

 ロキシーとエリナリーゼ、ほぼ同時期に妊娠したのかねぇ。


 まあいい。

 今は、とりあえず、そのことは置いとこう。


「気を取り直して、テストを開始します」


 その言葉に、シルフィとザノバの二人は顔を引き締めた。



---



 一時間後。

 テストは終了した。


 魔導鎧は素晴らしい性能だった。

 走れば時速200キロは出るんじゃないかと思えるほどのスピード。

 ジャンプすれば数百メートルまで飛び上がり、地面を殴ればクレーターが出来上がる。

 シルフィの魔術は当たらず、あたっても弾き返す。

 ザノバの鉄拳を受けても、びくともしなかった。

 それどころか、ザノバの拳の骨が砕け散り、ザノバが悲鳴を上げた。

 成功だ。

 神子であるザノバにダメージを与えられるなら、きっとオルステッドにもダメージを与えられるはずだ。


 俺にしては、珍しく一つのものを失敗無しでつくり上げる事に成功した感じがする。

 いや、俺の手柄にするのはおかしいな。

 ザノバやクリフのおかげだ。


 それにしても、これが、この世界で闘気をまとって戦う者の感覚なのだろうか。

 圧倒的だ。

 ペルギウスやアトーフェが調子に乗るのもわからないでもない。


 この魔導鎧を着込めば、いけるだろうか。

 うん。

 いけるはずだ……。

 これでいこう。



---



 準備は整った。



---



 全ての準備が整った日の晩。

 ロキシーからカミングアウトがあった。


「そろそろ言ってもいいと思いますが、妊娠しました」


 その日はノルンが帰ってきている日。

 夕食の直前。

 家族が全員、揃っているタイミングだった。


「それはおめでとうございます」


 最初に反応したのはリーリャだった。

 彼女は普段あまり感情を表に出さないが、今回は笑顔と共に真っ先に祝辞を述べた。

 一瞬、アイシャの立場を考えての事かと思ったが、違うな。

 事前にロキシーに相談を受けていたからだろう。

 目の前の料理が若干ながら豪勢である事からも、それは伺える。


「おめでとう、ロキシー」


 シルフィは、なんとなく察していたのだろう。

 にこやかに笑い、その事実を受け止めた。


 その笑顔を見た時、俺は言い知れぬデジャヴュのようなものを覚えた。

 今の状況は、かつてリーリャが妊娠した時と似ているような気がしないでもない。

 もちろん、違う部分は多い。

 ゼニスとリーリャがいるし、俺はロキシーに浮気したわけでもない。

 シルフィはロキシーを受け入れてくれている。

 パウロのように頬を張られる事もなく、ゼニスのように激昂して、修羅場になることもない。

 リーリャのように、泣くこともない。


 ここは幸せな空間だ。


「る、ルディ。どうでしょうか」


 ロキシーは何も言わない俺に不安を覚えたのか、若干恐る恐るといった声音で、俺のほうを向いた。

 俺が述べるべきは、変わらない。


「感無量です。ありがとう、ロキシー」

「え? ありがとう、なんですか?」


 ロキシーは小首をかしげつつ、苦笑した。

 しかし、その顔は決して嫌な顔ではなかった。


「ルディったら、ルーシーの時にも言ってたよね。ありがとうって」


 シルフィがクスクスと笑ってそう言った。

 そういえば、そうだったろうか。

 でも、そうかも知れない。

 なんで、俺はお礼を言うのだろうか。

 うーん……。


「なんていうか、子供が出来て、それを報告してくれるって、俺を受け入れてくれた証のような気がするんだ」

「わたしは、昔からルディを受け入れてますが……わっ」


 俺はロキシーを持ち上げ、俺の膝の上に座らせた。

 シルフィの前であまりイチャつくのは宜しくないだろうが……今日はロキシーの日と思ってもらおう。


「先生には、色んなものをもらい、何度も何度も助けてもらいました。その上、子供まで産んでもらうんです……ありがとうという言葉だけでは、この感謝は言い表わせません」

「ルディに先生と言われるのも久しぶりですね……」


 ロキシーのお腹を撫でる。

 妊娠三ヶ月ぐらいか。

 ぽっこりとしているのがわかる。

 シルフィの時も思ったけど、やっぱ、すごいな……。

 俺の子供ができるっていうのは。


「今のルディはわたしの主人ですし、わたしもルディの子供は欲しかったので、「でかした」とか「よくやった」でいいと思いますよ」

「そんな言い方をして、偉そうじゃありませんかね?」

「そう言わず、たまにはわたしの方からも甘えさせてください」

「じゃあ……よ、よくやった」

「ふふ、当然です」


 ロキシーはそう言いつつ、後頭部をぐりぐりと俺の胸に押し付けてきた。

 余裕があるな。

 シルフィはもっと不安定だったように思う。

 そういえば、エリナリーゼもロキシーの妊娠について知っている様子であった。

 ロキシーは、彼女なりに、色んな相手に相談して、安定したのだろう。

 俺が忙しいから。

 だとすると、なんだか申し訳ないな。


 忙しくて忙しくて、家族に構えないお父さんみたいだ。

 ……そっか、一応俺も、もうお父さんなのか。

 別に金を稼いでいて忙しいわけではないが。


 なんて思いつつ、ロキシーをキュッと抱きしめ、目の前にある後頭部に顔をうずめた。

 ロキシーの匂いは、やっぱりいいな。

 安心する。


「兄さん、食事の場であまりイチャイチャしないでください!」


 ノルンがパンとテーブルを叩いた。

 顔が真っ赤だ。


「いいじゃん、たまには、ロキシー姉っていっつも遠慮してるんだから、今日ぐらい」


 即座にフォローを入れたのはアイシャだ。

 彼女は行儀悪く、テーブルに肘をついて、頬杖をついていた。

 その顔には、ニヤついた笑みが張り付いていた。


「ノルン姉さ、最近お兄ちゃんにかまってもらえないから、スネてるんでしょ?」

「ち、違っ! 違うもん。ただ、シルフィ姉と、ルーシーの事もあるし、あんまり手放しで喜ぶのはどうかって思っただけっていうか、そういうのは、部屋でやればいいって思っただけだし!」

「またまたー、お兄ちゃん、あとで話聞いてあげてよ。最近ノルン姉ね、学校でモテモテなんだよー。この間も、家に男の子が来て、手紙置いてったんだから」

「アイシャ! 言わなくていいの、そういう事は!」


 そうか、ノルンはモテモテか。

 可愛いし、頑張り屋だし、うちの学校には見る目のある奴が多いようだ。

 ノルンも、いつしか彼氏が出来て、結婚して、うちから出ていくのだろう。

 その時は、できれば応援してやりたいが……あんまりチャラチャラした奴が出てきたらやっぱり反対するんだろうなぁ……。

 まさかノルンが、脱色した髪にピアスして、目の下に涙のタトゥーとかして「妹さんと真実の愛を育ませてください」とか言う男を連れてきたりはしないだろうけど。

 きたら笑った上で頭抱えるけど……。


「ノルンは、まだ好きな奴はいないのか?」

「す、好きなひと、ですか?」


 そう聞くと、ノルンは顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。


「い、いません」


 いるのか。

 思春期だし、そういう年頃だし、うん。

 普通だな。

 それにしても、うちのノルンに好かれるなんて、なんて幸せな奴なんだろうか。


「そっか、もし、いい仲になったら、うちに連れてきなさい」

「だから、いないって!」


 もし連れてきたら、きちんとパウロ代わりに見定めてやらないとね。

 ちゃんと、パウロの代わりに、お前のような馬の骨にうちの娘はやらんと言ってやるのだ。

 それは確定事項だ。


「もう……アイシャだって、最近、庭のお米が収穫できたって、お兄ちゃんが喜ぶって言ってたでしょ!」

「あっ! あとで発表しようと思ってたのに、ノルン姉ひどいー!」

「ふんだ、さっきの仕返しだもん!」


 アイシャが慌てて立ち上がるも、ノルンはつんと向こうを向いてしまった。

 しかし、今、聞き捨てならない事を聞いた気がする。


「庭の米が収穫できた……だと?」

「あー、うん。とりあえずね。寒かったせいか、あんまり量は取れなかったけど。今の時期に植え直せば、秋には……」

「植え直せばってことは、種籾は!? 種籾はとれたのね!?」

「う、うん。とれたよ。なんか、口調変だよ、どうしたのお兄ちゃん……」

「変なんかじゃないさ。それで来年、来年も期待していいのかい!?」

「お、お兄ちゃんが、また、魔術で土とか作ってくれれば……お兄ちゃんの土が一番育つみたいだし」


 俺はロキシーを優しく持ち上げて、隣の席へと戻した。

 そして、立ち上がり、テーブルの脇へと移動し、アイシャから三歩ほど離れた位置で片膝をついた。

 大きく手を広げ、王子様のように待ち構える。


「よくやったアイシャ!」

「わ、わーい……って、飛びついて、いい、の……かな?」


 アイシャは背後、ロキシーを見つつ、ゆっくりと歩き、一応ながら俺の胸に飛びついてきた。

 俺はアイシャの両脇を持ち上げ、ブンブンと回した。


「うおー! アイシャ米やでー!」

「うおー!」


 米を食べられる。

 ロキシーとの子供に比べると些細な事だが、俺は米が大好物だ。

 ふっくらと炊かれた、真っ白な米。

 塩気の強い焼き魚なんかを食べつつ、白米を口いっぱいにほおばる。

 そんな幸せな食生活が、もうすぐやってくるのだ。


 少し体を動かしてみると、改めて嬉しさが湧き上がってきた。


 ロキシーとの間に子供ができた。

 ルーシーの弟か妹だ。

 今からだと、だいたい2歳違い。

 ミグルド族とのハーフだけど、イジメとかは大丈夫だろうか。

 髪の色とかは、どんな色になるだろうか。

 ルーシーはいいおねえちゃんになるだろうか。

 ノルンや、アイシャは……。

 ああ、楽しみだ。

 名前は……ああ、決めちゃダメなんだっけか。


 それから、それから……。

 もう言葉では言い表せないな。



---



 その後、ささやかなお祝いが行われた。

 豪勢な食事に、弾む会話。


 生徒会であった出来事を語るノルン。

 市場では名前と顔が知られてると嬉しそうに言うアイシャ。

 騒がしさに泣き出すルーシーに、あやすシルフィ。

 微笑みながら、黙って食事の配膳をするリーリャ。

 静かに、でも機嫌が良さそうに食事を取るゼニス。

 アイシャの報告に対して大げさに喜んだせいでスネるロキシー、宥める俺。


 また、食卓には塩おにぎりがのぼった。

 アイシャが作ったらしい。

 なぜこんな料理を知ってるのかと聞くと、かつてナナホシに聞いたらしい。

 ナナホシももっと別の料理とか言えなかったのか、女子力低いなあいつ……。

 と思ったが、米だけで作れる料理と聞くと、俺も握り飯かお粥ぐらいしか咄嗟に出てこない。


 アイシャが小さな手で握ったおにぎりは丸くて小さかった。

 実験的な意味合いが強いから、量が取れなかったのだ。

 それでも、一人一つ。

 全員が一つずつ食べられた。

 俺以外は、それほど美味しそうな顔はしていなかった。

 けど、俺は美味しかった。

 アイシャが一生懸命作ってくれて、一生懸命握ってくれたものだ。

 美味しくないはずがない。

 美味しすぎて、涙がボロボロとこぼれ落ちたぐらいだ。


 今回収穫できたのだから、次の収穫の時には、もっと量を作る。

 次の稲は、もっと大量に取れる。

 そうしたら、もっと大きなおにぎりも食べられるだろう。


 ……食べられるかどうか、わからないが。


「皆に、言っておく事がある」


 食事が終わった後。

 俺は改めて全員を見渡した。

 きょとんとした顔をした妹たち。


「俺は近日中に、ある相手と戦う。とても強大な相手だ」


 オルステッドの名前は出さない。


「皆も、ここ二ヶ月で、俺がきな臭いことをしているのには、気づいていると思う。

 詳しく聞かず、放っておいてくれたことを、ありがたく思う。

 詳しいことを説明できないのを、申し訳なく思う」

「……」

「もしかすると、俺は勝てないかもしれない」


 そう言うと、全員の顔が緊張した。


「今日で、俺がこの食卓につくのは、最後かもしれない」

「た、戦わないという選択肢はないんですか?」


 ノルンが慌てたように言った。


「……ない。少なくとも、俺は、知らない」


 あれから、ヒトガミの接触は無い。

 だが、どうせあいつの事だ、ずっと俺の事を見ているだろう。


「兄さんが勝てないかもって……なんで……なんのためにそんな」

「ノルン」


 彼女は一番混乱していた。

 家にいたアイシャやリーリャは、それとなく気づいていたのだろう。

 真面目な顔をしつつも、その顔に驚きや混乱は無い。


「帰ってこれなかったら俺の部屋にある……」

「帰ってこれないなんて、なんで、そんな事言うんですか!」


 うん。

 まあ、そうだな。

 なんか物語の英雄っぽくかっこいいこと言いたかったが、カッコつけたって、いいことはない。

 ポジティブに行こう。


「じゃあ……帰ってきたら、一緒にお風呂にでも入ろうか」

「…………嫌です。一人で入ってください」


 ははは、こやつめ。

 まあ、ノルンらしいな。


「アイシャ」

「はい」

「もし俺が帰ってこれなかったら、さっきのおにぎり、ナナホシにも食べさせてやってほしい」

「…………お兄ちゃん」

「あいつは、きっと泣いて喜んで、お前の言うこと、なんでも聞いてくれるようになるさ」

「……あたし、ナナホシさんより、お兄ちゃんにワガママ聞いてもらいたいんだけど」


 アイシャはうつむき加減でそう言った。

 そうかそうか。

 アイシャは相変わらず、愛いやつだな。

 帰ってこれたら、なんか高いモノでも買ってやろう。

 高そうなバッグとか、でかいダイヤの指輪とか買ってやろう。


「リーリャさん」

「はい」

「母さんをお願いします」

「…………心得ました。ですが」

「はい?」

「私はいつまでも、ルーデウス様のお帰りを、お待ちしております」


 リーリャは静かに言った。

 彼女とも長い付き合いだが、どうにも固さが抜けなかった気がする。

 アイシャは妹だけど、リーリャはお母さんって感じじゃ無いんだよなぁ。


「母さん」

「……」

「行ってきます」

「……」


 ゼニスは、少し悲しそうな顔をしているように思うが……。

 よくわからない。

 彼女が、もっと感情を表に出せる日は来るのだろうか。


「シルフィ」

「……はい!」

「ルーシーを頼みます」

「はい。あの、ルディ……その」

「……なんだい?」

「な、なんでもない、です」


 シルフィは何かを言いたそうだった。

 俺は、どうにも彼女が何を考えているのかわからない。

 好きだ、好きだとは思っても、考えがわかりにくいから、いつも不安だ。


 俺はテーブルの下で、シルフィの手を握った。

 そして、耳元に口を寄せて、小声で話をする。


「その、シルフィ」

「うん」

「こういう事言うと、嫌かもしれないんだけど」

「うん」

「帰ってきたら、たくさんシよう」


 シルフィの首がカクッと落ちた。

 何か間違ったかもしれない。


「もう! ルディは、相変わらずエッチだね」


 シルフィはそう言いつつ、俺の肩をペチリと叩いた。

 俺はその手を掴んで、シルフィを引き寄せた。


「あっ」


 やや強引にキスをする。

 シルフィは身をこわばらせつつも、受け入れてくれた。


 相変わらず可愛い。

 いつだってかわいい。

 やっぱシルフィだな。

 シルフィの所に帰ってくると思うと、帰ってこれる気がする。


「もう、ルディったら、みんな見てるよ……ひゃあん」


 ついでに、耳も舐めておいた。

 とんがったエルフ耳を舐めつつ、カプカプと甘咬みをすると、歯型が残った。


「帰ってきますので、待っていてください」

「はい、行ってらっしゃい」


 シルフィは顔を真っ赤にしつつ、そう言って頷いた。


 そして、俺は最後にロキシーに向き直った。


「ロキシー」

「はい」

「今晩……一緒に寝ましょう」

「ですが、お腹の子が……いえ、わかりました」


 俺の言葉に、ロキシーは少々戸惑いつつも、頷いてくれた。



---



 その晩、皆で風呂に入り、俺とロキシーは寝室へと移動した。

 手をつないで、仲良く寝室に。

 去年は、その度に非常に興奮してハッスルした。

 今は、そんな気にはなれないが。


「では、あまり激しくはしないでいただけると……」

「いえ、今日はいいです」


 寝間着を脱ごうとするロキシーを、俺は手で制した。

 ロキシーは服の裾を掴んだままで、首をかしげた。


「まぁ、座ってください」


 俺はロキシーをベッドに座らせ、自分は隣ではなく、椅子に座った。


「詳しい事情や俺が負けた時の事を、ロキシーには話しておこうと思います」

「……わたしにだけ、ですか? シルフィは?」

「……」

「ナナホシとわたしには話して、シルフィには黙っているんですか?」

「なんでナナホシに話したの、知ってるんですか?」

「シルフィが相談してきたからです。多分ナナホシには言ってるけどって……ルディ、どうしてシルフィに詳しく話さないんですか?」

「なんででしょうね」


 なんでだろう。

 わからない。

 でも、なぜか、シルフィには言いたくない。

 心配してほしくないから……ではない。

 なんでだろう。

 わからない。

 これも運命なのだろうか。


「わたしとしては頼られるのは嬉しいのですが、シルフィが可哀想です」

「そうですね。では、呼んできましょうか」

「はい」


 やはり、ロキシーは頼りになる。

 そう思いつつ、俺は一旦部屋を出て、シルフィの部屋に向かった。

 ドアノブに手を掛けて、ふと止まる。

 そういえば、ロキシーと致す時、シルフィの様子を覗いた事はない。

 実は泣いていたりするのだろうか。

 シルフィは口では他の女の子に懸想してもいいと言っているし、ロキシーのことも許してくれた。

 しかし、ナナホシの一件を見る限り、彼女は非常に嫉妬深い。


 泣いていたりとかしないだろうか。

 藁人形を五寸釘で打ち付けていたりしないだろうか。

 あの女狐! とか言いながら、レースのハンケチーフを噛みちぎっていたり、しないだろうか。


 いや、大丈夫だ。

 俺の可愛いシルフィに限って、そんな事はないはずだ。


 よし。


「あの、シルフィ、今からちょっと話を――」

「ルディがボクの耳をカプって、カプって、そんでいっぱいシようって低い声で……キャー……ボク、何されちゃうんだろう、最初の時みたいに滅茶苦茶にされちゃうのかな……どうしようルーシー、すぐ弟か妹できちゃうかも……!」


 ガチャりと扉を開けると、そこには、枕を抱きかかえてベッドの上で転がるシルフィがいた。

 両足をバタつかせながら、乙女のようにゴロゴロと転がっている。

 声は小声だが、扉を開けた今、ハッキリと聞こえてしまった。

 一児の母とは思えない。

 けど、凄く可愛い。

 今すぐ襲いかかりたい。

 ちなみに、ルーシーはいない。彼女はリーリャの部屋だ。

 あ、でもこの部屋は防音してないから、音が響くかもな。

 じゃなくて、ロキシーを待たせてる。


「あ」


 目があった。

 シルフィは仰向けになったまま、ピタリと停止した。

 まるで壁に座っているような、かなりアレな格好で、顔はコレ以上ないぐらいニヤけている。


「……」


 俺は静かに扉をしめた。

 誰にだって、見られたくない瞬間はある。


「あ、まって、違うのルディ、待って、行かないで」


 すんげースピードでシルフィが起き上がって、扉と扉の隙間に手を掛けた。


「いや、行かないけど、やり直した方がいいかなって」

「やり直し? 必要ないよ。なんの用事? 今日はロキシーの日だよね? あ、もしかして、ロキシー生理始まっちゃった? ボクの出番?」


 シルフィがかなりテンパってる。

 今のロキシーに生理が来るはずもないのに……。

 珍しいな。

 いや、本当に。


 まあ、気を取り直していこう。


「ちょっと、今回、俺が戦う相手と、その後の事について話すから、部屋まで来てくれよ」


 そう言うと、シルフィは数秒、押し黙った後、真面目な顔でコクンと頷いた。

 少しだけ、嬉しそうでもあった。


 俺も、ちょっとだけ気持ちが軽くなった。



---



 説明には、それほど時間は掛からなかった。


 二人は黙って聞いてくれた。

 相手は龍神オルステッド。

 俺はヒトガミという存在に夢でお告げをされて、そいつと戦う事になった。

 それから、俺が死んだ後。

 オルステッドに敵対し、でも決して戦いを挑んではいけないということ。

 ヒトガミと名乗る相手のお告げは信用してはならないこと。

 この二つを家訓として言い伝えるようにと、言及しておいた。


 俺が死んだら、今話したことを他の家族に伝え、命を守る術を考えるように、とも。


 その辺のことを、俺なりに話した。

 最初は座って会話していたが、いつのまにか、なんとなく、三人でベッドに川の字になって寝ながら。


「あと……もし、俺が負けたら、妊娠中のロキシーとかルーシーに、災いが振りかかるかもしれない」

「災いって……要するに、そのヒトガミっていうのが、何かするって事だよね?」

「うん」

「そっか……だからルディは、ボクらに家を守ってほしいって言い続けてたのか……」


 シルフィは、何か得心のいった顔で、頷いていた。

 ちょっと勘違いしているのかもしれない。

 好都合だと考えるべきか、それともそういうのと関係ないと言うべきか。


「わかった、でもねルディ。ボクは自分の身ぐらい自分で守れるし、言われるまでもなく、ルーシーは命にかえても守るよ」

「わたしも、自分の身は自分で守ります。今までずっとそうしてきましたし、これからもそうするつもりです。ルディよりは弱いかもしれませんが、あまり侮らないでください」


 いや、水を差すことも無いか。

 シルフィもロキシーも、ちゃんとやってくれる。


「なんにせよ、オルステッド、七大列強ですか……大物ですね。勝算は?」

「わからないよ。一度しか戦った事がないし」

「その時は、どうだったんですか?」

「為す術もありませんでした」


 オルステッドと最初に出会った時のことを思い出すと、今でも足が震える。

 ルイジェルドが為す術もなくやられて、エリスがふっ飛ばされて。

 あいつの手が、俺の体の中心を貫いて。

 ……怖い。


「…………ルディ、やっぱり皆で行った方がいいんじゃない?」

「いや、一人で行くよ。多分、それが一番、勝率高いだろうしね。でかい魔術をバンバン撃って、なんとかするよ」

「そっか……でもルディ、震えてるよ?」

「うん」

「やっ、ちょ、ごまかそうとして変な所触らないでよ」


 別にごまかそうとして触ってるんじゃない。

 触りたいから触っているんだ。


 死んだら。これももう揉めないんだよなぁ。

 こっちももう、触れない。

 あっちもダメか。

 てことは、そっちもダメなのか。


「……やぁん、もう、今は真面目な話をしてるんでしょ?」

「うん」

「あのね、ルーシー、最近はハイハイで、どこにでも行くんだって」

「うん」

「ルーデウス様が生まれた時を思い出します、ってリーリャさんが言ってた」

「……」

「これから、言葉もどんどん喋るようになってくるし、あと1年もしないうちに、立って歩くんじゃないかな?」


 俺、あんまりルーシーの面倒、見れてないよな。

 リーリャとシルフィにばっかり任せてしまっている。

 でも、ルーシー。

 可愛いんだよなぁ。


「楽しみだよね」

「うん」

「負けそうになったら、ちゃんと逃げてよ?」

「うん。逃げきれるかどうか、わかんないけど、そうするよ」


 ルーシー。

 物心は、まだついていないのかな?

 俺が死んだら、父親の顔を知らないで育つんだろうか。

 どういう気持ちになるんだろう。

 アイシャあたりに聞いてみると、答えてくれるんだろうか……。


「……ルディ」


 左側から声がした。

 ロキシーだった。

 彼女の胸ももんでみる。

 腕を掴まれた。

 あっ、結構強い力ですね。

 すいません、ごめんなさい。真面目な話ですね。


「その、わたしはルディと出会って結婚して、子供まで出来たのは、生涯でも最高の幸運だと思っています」

「はい」

「でも、それだけに……死なれたら、ひっくり返って最低の不幸になります」

「……はい」

「その、こういう事を言うのは少し恥ずかしいですが……」


 ロキシーは息を少し吸って、言った。


「わたしを幸せにしてください」


 やっぱり、俺は何も間違っちゃいない。

 シルフィとロキシー、二人のために戦うのだ。

 何も間違っていない。

 二人のために戦い、家族のために帰ってこよう。

 そう決意した。


 その日は、久しぶりに、熟睡できた気がした。



---



 それから数日後。

 全ての準備を整えた俺は、魔法都市シャリーアを出発した。


 たった一人で。

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