第百六十話「準備」
ヒトガミと会話してから1ヶ月が経過した。
オルステッドを殺すのは困難だ。
オルステッドは、世界で一番強い。
それは当然、ルイジェルドやアトーフェ、ペルギウスといった面々よりも圧倒的に強いという事を意味する。
彼らに勝てない俺が、どうしてオルステッドを倒せるというのだろうか。
というわけで、俺はひとまず、3つの方針を立てた。
3つ。
何事も3つからだ。
子豚だって、御札だって3つだ。
1.魔導鎧の製作
2.仲間探し
3.戦闘方法の模索
まずは1。
『
日記に書いてある事が本当なら、これを作れば、俺は超人並みの身体能力を手に入れる事ができる。
未来の俺もこれを手に入れてから相当強くなったようだし、必要なものだろう。
俺はまず、魔法都市シャリーアの郊外にある小屋を買い取った。
空中城塞で作ろうと思っていたのだが、ペルギウスからの許可が出なかったのだ。
その時にペルギウスが言った言葉については、後述しよう。
協力を願ったのは、ザノバとクリフだ。
二人は、詳しく説明せずとも、俺の要請に応えてくれた。
クリフには、『ザリフの義手』を応用したシステムを、
ザノバには、全体のデザインや駆動部分の設計を頼んだ。
二人は『魔導鎧』という兵器の概要を聞くと目を輝かせ、すぐにイメージを掴んでくれた。
パワードスーツなど、この世界には無いと思うのだが……男の子がこういうものに憧れを持つのは、どこの世界も変わらないという事だろう。
それから、シルフィとロキシーにも手伝いをお願いした。
ロキシーには、全体の監督役をやってもらうことにした。
監督は俺ができればいいのだが、魔導鎧の装甲となる高硬度の岩を作り出し、加工できるのは俺だけだ。
それには時間も、魔力も掛かる。
他の事をしている暇は無い。
シルフィは無詠唱で土魔術を使える。
それに、転移魔術について研究していたのもあってか、魔法陣についても詳しい。
なんだかんだ言って、彼女はハイスペックだ。
何でもできるので、ロキシーの助手のような立ち位置で、手の足りないところをサポートする形になってもらった。
俺がそれを頼むと、シルフィはうれしそうな顔で「任せてよ」と言ってくれた。
シルフィのこんなにうれしそうな顔は、久しぶりに見た気がする。
最近、色々と我慢させていたのかもしれない。
申し訳ないな。
さて、上記をやりつつ、二つ目。
仲間探しだ。
当初は一人で戦うという事も考えたが、俺は無力だ。
未来のルーデウス氏のように、実戦経験豊富というわけでもない。
だが、そのランクの仲間、というものは見つからなかった。
バーディガーディの姿は無く、ルイジェルドもいない。
ペルギウスにも、当然のように断られた。
ペルギウスは、こう言っていた。
「この世には、戦ってはならん相手が三人いる。
技神、闘神、そして龍神だ。
龍神オルステッドは、その三人の中でも、特に強く、容赦がない。
お前の家族を守りたいという決意は尊敬に値するし、
ヒトガミの事など聞きたいこともあるが……我は関与せぬ。
ラプラスの復活までに、死にたくはないからな」
うまいこと仲間に引き入れられないかと思ったが、ダメそうだった。
彼に関しては、邪魔されないだけ、ありがたいと思っておくべきなのだろう。
ペルギウス以外となると、オルステッドに対抗できそうな人物は見つけられなかった。
ザノバあたりを連れて行ってもいいが……。
アトーフェは、神子であるザノバに対して物理ダメージを与えていた。
それを、オルステッドが出来ないとは思えない。
ザノバには、死んでほしくない。
あいつは俺の親友だ。
もちろん、クリフも、エリナリーゼも、死んでほしくない。
そう考えると、一緒に戦ってくれそうな相手はいなかった。
ふと、エリスの顔が思い浮かんだ。
彼女は、何時頃こちらに来るのだろうか。
日記を読む限り、彼女は魔導鎧を着た俺と互角以上の力をもっているらしい。
オルステッドとの戦いで、一緒に戦ってくれたりはするのだろうか……。
いや、彼女は一緒に戦う戦わない以前に、過去の清算をしなきゃいけない相手だ。
準備中に彼女がきて、話がこじれずにまとまったら、改めて頼んでみるのもいいかもしれないが、彼女に頼るのは、虫のよすぎる話だろう。
2つ目はとりあえずおいておくとして、3つ目。
戦闘方法の模索。
戦いのシミュレートである。
一人で戦う。
相手を確実に殺す。
そう考えてみると、取れる作戦は数多くあった。
周囲に味方がなく、敵との距離さえ離れていれば、広範囲を攻撃する魔術を使う事ができる。
範囲がでかいということは、それだけ回避しにくいという事だ。
雷光のように、一点集中型でダメージを与えるものを直撃させるのが一番だと思うが、オルステッドなら回避するだろう。
それなら、超遠距離からの広範囲攻撃でダメージを蓄積させるのが上策に思える。
相手がこちらを視認できないほどの距離なら、乱魔を使われる事もない。
あるいは、オルステッドが気を抜いている瞬間に攻撃を加えれば、防御を突破できるかもしれない。
そのためには、罠を張るのもいいかもしれない。
誰もいない所におびき寄せて、オルステッドが手に取りそうな物を置いといて、拾い上げたらドカンという感じで。
そして、俺がその爆発めがけて、遠方から魔術を打ち込む。
よし、とりあえずは、この流れでいこう。
問題はどうやって罠のある場所まで呼び出すか、だが……。
ナナホシあたりを人質にするか、ヒトガミをダシにするか。
どっちでもいけそうだな。
さて、もちろん、遠距離だけでは倒しきれないだろう。
案外、倒しきれるかもしれないが、倒しきれないと想定した方がいいだろう。
そして、魔導鎧を装着しての接近戦。
未知の領域だ。
ハイスピードのバトルに、自分の認識がついていけるか……。
こればかりは実際に魔導鎧を動かしてみないとわからない。
こういった事を考えていると、この世界にきてすぐの頃を思い出す。
パウロに勝とうと、あれこれ画策していた頃だ。
パウロが全盛期の頃に一度は勝ちたいとか思っていたが……結局、叶わなかったな。
だが、当時考えた戦闘方法は、ちゃんと俺の中で根付いているはずだ。
あれと、似たようなことをやればいいのだ。
魔術と体術をあわせた、三次元的な戦闘だ。
相手がどれだけ強大になろうとも、基本は変わらない。
相手に触れられず、こちらが一方的に攻撃を仕掛ける。
相手に余裕を与えず、常にこちらが相手に選択を強いる。
そういう戦い方をするのが、ベストだ。
だが、オルステッドには乱魔もあるし、龍門もある。
きっと、他にも引き出しがあるだろう。
魔術戦をするのは、不利になる可能性もある。
罠と、奇襲と、あと何があれば、奴に勝てるか。
よく考える必要がありそうだ。
3つ考えて、実行するのは2つ。
正直、自分が焦っている自覚はある。
視野も狭くなっているだろう。
もっと、色々考えたり、試したりするべきなのだとわかってはいる。
それこそ10年ぐらいの期間を使って、あの手この手でオルステッドを追い詰める、そういうのが一番だろう。
だが、そんな悠長なことをして、途中でヒトガミの気が変わって、気づいたら誰かが死んでいた、なんて事になったら、俺は後悔してもしきれない。
---
なんて、行動していた矢先の事だ。
また夢に、ヒトガミが出てきた。
---
白い場所。
無の世界の中心に俺はいた。
「いやー、思ったよりも順調だね」
ああ。
お前の言うとおり、俺はオルステッドと戦うよ。
「戦うだけじゃダメだよ。ちゃんと殺してくれないと」
上機嫌そうだな。
そんなに俺が手のひらの上で踊ってるが嬉しいか。
「何が起こるかわからないってのは、ワクワクするねぇ」
そうかよ。
それにしても、こうタイミングよく出てくるって事は、昔言ってた、波長が合わないと出て来れないってのは、嘘か?
「まぁ、嘘だね」
悪びれもせずにこいつは……。
この分だと、限られた相手にしか接触できないってのも嘘だな?
「ああ嘘だよ。でも、神に選ばれた感じがして、特別感があったろう?」
チッ……。
まあいいさ。
もう少ししたら、シルフィとロキシーには、オルステッドと戦うと言うよ。
俺が負けて死んだら、きっと子孫たちはオルステッドを親の仇と憎んでくれると思う。
だから……。
「その程度じゃ運命は揺るがない。
ちゃんと殺してくれなかったら、僕は君の子供を消すよ。
何年掛かってもね」
消すって、怖い言い方するなよ……。
まあいい。
ともあれ、魔導鎧の完成には、まだしばらく時間が掛かる。
理論的に初めての分野もあって、クリフが戸惑っているんだ。
俺も急ピッチで進めているけど……そうだな、あと半年は掛かるはずだ。
「クリフなら、岩自体の硬度を上げる魔法陣を組めるはずさ。
君は物理的に硬い必要のある外殻部分と、関節部だけを担当するといい。
それから、胴体部分の魔法陣は、ヴィンド方式じゃなくて、アレスタル方式を応用するといい。
困っている部分は解決できるはずさ。
あと、大きさはちょっと大きめにして欲しいと、ザノバに言うといいよ。
その分燃費は悪くなるけど、魔法陣の下に別の魔法陣を敷ける。
その別の魔法陣に、他の魔法陣を修復する魔法陣を組み込めば、
大部分が破壊されても稼働するはずだよ」
あ、あれ?
お前、こういう分野って詳しいのか?
「僕は
ヒトガミ……。
そういえば、お前はこの世界じゃジンシンって言われてるらしいな。
どういう事だ?
ヒトガミってのは、偽名なのか?
「ジンシンってのは、ただのアダ名みたいなもんだよ。
いつのまにか、
まったく嘘くさいな。
まあ、名前はこのさい、どうでもいいか。
ていうか、勝てるのか?
あの魔導鎧と、罠と、奇襲作戦で。
「さてねぇ……ま、君の魔力はラプラス並だ。本気だせば、いい所までは行けるんじゃない?」
適当だな。
いつもの助言で、勝てる方法を言ってくれたりしてくれてもいいんだぜ?
「じゃあ、魔道具を使うといい。
魔力をこめれば魔術を撃ちだすという魔道具は、シャリーアにはゴロゴロしているはずさ。
そういったものは一般人が使えるように消費魔力を抑えてあるけど、
消費魔力は上げようと思えば、いくらでも上げられるんだ。
君達の作った『ザリフの義手』のようにね。
君の魔力でしか使えないような、大出力の魔術を放つ魔道具。
それをいくつか用意しておけば乱魔対策にもなるし、手数も増えるんじゃないかな」
お、おう。
今回は、随分と具体的な指示をくれるじゃないか。
「君が思った以上にやる気になってくれているからね。
僕だって協力は惜しまないよ。
オルステッドに死んで欲しいのは、本心だ」
……何か、裏がありそうな気がするな。
実は、さっきの魔導鎧の制作方法も、やったら爆発するとかじゃないだろうな。
「……君はその発言に、誰の命を賭けるんだい? アイシャかい? ノルンかい? リーリャかい? ゼニスかい?」
チッ……。
で、勝てるのか? 俺は。
「僕には、オルステッドの未来は見えない。
当然ながら、君との戦いの行方もね。だからわからないよ」
そうか。
でも、見えないってことは、負ける未来もわからないって事だよな。
「そういうことさ」
ところで、オルステッドの未来が見えないのに、どうしてお前は俺の子孫がオルステッドと手を組むってわかるんだ?
「オルステッドが見えなくても、自分の未来ぐらいは見えるさ。
君の子孫や、見知らぬ男と一緒に僕を囲む、オルステッドの姿がね」
自分の見るものは、見えるってことか。
そのあとどうなるんだ?
ボッコボコにされるのか?
「抵抗むなしく、惨殺されるよ」
ていうか、お前さ、なんでオルステッドに狙われてるんだ?
殺されるほど酷い事したんじゃないのか?
「さぁて、どうだろうねぇ。彼自身に関しては、僕には全然、覚えがないよ」
教えてはくれないか。
それとも、本当に心当たりがないのかね。
まあ、どっちでもいいか。
お前の言葉は嘘だらけだ、どうせ何を言われても、信用できない。
「酷いなぁ、言っておくけど、君にとって不利益になるような嘘は、あの地下室の一件だけなんだよ?」
それまでの助言はその地下室の一件を従わせるためだろ?
「ああそうさ。でも、君がロキシーと子供なんか作らなければ、嘘もつかずに済んだんだ」
だったら、ロキシーとの間に子供を作るなって、直接言えばよかっただろうが!
なんでそんな回りくどい事するんだよ!
「作るからさ。君は僕が何を言っても、ロキシーと子供を作る。そういう風に決まってたみたいだね。僕が修正しても……何度も何度も、修正しても、その未来に行き着いた」
決まってたって……。
いや……怒鳴って悪かったよ。
確かに、結果的に、ロキシーと結婚して子供を作った。
思い出してみれば、自分でもおかしな行動をしていたと思うところもある。
それが運命なんだろう。
そんな運命が気に食わないってんなら。
俺はやるよ、ヒトガミ。
お前の言いなりになって、オルステッドを殺す。
けど、その前に、今一度、言っておきたい。
「なんだい?」
オルステッドを殺したら、もう、二度と俺に構わないでくれ。
家族にも、手を出さないでくれ。
そう、約束してくれ。
「君さぁ、僕が約束を守るなんて、思ってないんじゃないのかい?」
思ってねえよ。
思ってねえけどさ……それとも、オルステッドを殺せばってのも嘘か?
俺はこのまま、オルステッドの側について、お前と敵対した方がいいんじゃないかって思い始めてるぜ?
「やってみなよ。
確かに僕は君を殺せない、オルステッドも殺せない。
けど、覚悟するといい。
僕を敵に回すという事がどういう事か、思い知る事になる」
それがブラフって可能性もあるわけだ。
実はお前は口を出すぐらいしかできないんだ。
俺に何かをさせるのも、随分と遠回しだったし……。
こうやって俺を脅しているのも、実は敵に回るのが怖いからじゃないのか?
「それは君の運命が強いから、それを利用して早めに芽を摘もうとしていただけなんだけど……。
はぁ……もう、いいや。
どうせ何を言っても君は信じないんだろうし。
精々、僕の力を過小評価してタカをくくっているといいよ。
さようなら。せいぜい後悔しなよ」
あ……いや、ごめん。
今の無し。ちょっとまって。
俺は、ただ、保証が欲しいだけなんだ。
お前は、俺がオルステッドに負けたら家族を殺すって言う。
だったら逆に、オルステッドを殺しても、お前が豹変して俺の家族を殺すって可能性もあるじゃないか。
そんな状態で、オルステッドを倒すなんて、モチベーションの問題的にな、難しいだろ?
「……ふぅ。
そうだね。
わかった。約束しよう。
人神の名に置いて、この約束は守ろうじゃないか。
もし君がオルステッドに勝てるなら、僕の憂いも無くなる。
君に関わる必要も無くなる。
君と、君の妻、君の親、君の姉妹、君の子孫、君のペットに至るまで、手も足も口も出さない」
本当だな。
約束は守れよ。
「なんだったら、君の家族が窮地に陥った時に、口だけは出してあげてもいいよ」
……もう、助言は結構だよ。
「そうかい、じゃあ、頑張ってね」
エコーが残りつつ、俺の意識は薄れていった。
---
そんな夢から、さらに一ヶ月が経過した。
魔導鎧の製作は順調である。
ヒトガミに言われるまま、魔導鎧はやや大きめにする事にした。
体長3メートル程度。
オー○バトラーの半分ぐらいの大きさだな。
日記にある魔導鎧は俺の全身を覆う程度だったが、それよりも大きくなる。
大きくしてみて、色々わかったことがある。
技術的に大きいほうが楽で、堅牢性も高くなるのだ。
大きくしろという案は、至極まともだった。
クリフにヒトガミのいう事を伝えると、彼は目から鱗が落ちたような表情で製作に没頭し、今まで詰まっていた部分をあっさりと仕上げてしまった。
半年は掛かると思っていたが、思った以上に早く出来上がりそうだ。
予定では、あとさらに1ヶ月かそこら。
たった3ヶ月で出来上がるとは……。
こんな状況でなければ、ヒトガミに素直に感謝していたんだろうな。
皮肉な話だ。
未来の俺がヒトガミを倒すために作り上げた魔導鎧が、
ヒトガミの助言で作られるんだから……。
そう考えると、やはり何か裏があるのかもと疑ってしまうが、
作るのはザノバとクリフだ。
俺は、二人は信用している。
---
魔道具の方も探してみた。
これには、ロキシーが手伝ってくれた。
ヒトガミの言っていた魔道具はすぐに見つかった。
杖の形をした魔道具。
「撃ち抜け」という言葉で発動し、初級の魔術を発射するというものだ。
魔道具としてはポピュラーで、たいした威力ではない。
だが、遠距離攻撃を欲するシーフなんかが、たまに持っている事もある。
ヒトガミの言葉を要約すると、この魔道具を、俺の魔力に耐えられるように改造すれば、俺が普段使っているような岩砲弾を放てるのだという。
ふと、そこで俺はある案を思いついた。
出力に加え、さらに魔力を流しっぱなしにすると連射できるようにして、それを10本ばかし束ねれば――。
普段使っている岩砲弾でガトリング砲のような弾幕が張れるようになるのではないか。
それを話すと、ロキシーは無表情で頷いた。
「ルディの魔術は強力ですが、一発ずつしか撃てませんからね。いい案です。わたしの知り合いの魔術師に魔道具製作師がいるので、頼んでみましょう」
ロキシーはそう言って、最近知り合ったという魔術師に渡りをつけてくれた。
ここらではあまり見ない、長耳族の女性だった。
長耳族ってのはみんな綺麗な顔つきをしているのだが、その人の爪は真っ黒で、顔もすすだらけだった。
仕事人だ。
彼女は俺の話を聞いてアイディアに驚くと同時に、
「でも、あんたの注文通りに作ると、1発の魔力消費が大きすぎる、魔道具に吸い尽くされて、死にかねないよ?」
と、注意をくれた。
死にかねない。
これが、ヒトガミの狙いだろうか。
だが、岩砲弾でも、一日に10000や20000じゃきかない数は放てるのだ。
……まあ、いい。
魔力が枯渇する時は、死ぬ時だろう。
今回は、魔力を湯水のように使って、限界ギリギリまで戦わなければ、勝てまい。
「問題ありません、お願いします」
そう言うと、長耳族の仕事人は、やれやれと頷いてくれた。
とりあえずこれで、近距離戦の武器は手に入った。
通用することを祈ろう。
帰り道で、少しロキシーと会話をした。
「ルディが何と戦うつもりかはしりませんが、あんなものを作らなければ、勝てない相手なのですか?」
「あんなものなんてなくても、もちろん勝てますよ」
俺はロキシーを安心させるためにそういった。
が、ロキシーはジトッとした目で俺を見て、口を尖らせた。
「昔のルディは、嘘をつかない良い子だったのに、最近は嘘と隠し事ばかりですね」
そう言われると辛い。
まあ、嘘や隠し事については、わりと昔から多かったと思うがね。
「すいません……」
「いえ、いいんですよ。わたしも一つ、隠し事をしていますからね。
でも、ルディ。わたしはきちんとその事を、周囲に相談しています。
ルディは、別にわたしでなくとも構いませんが……誰かには相談していますよね?
一人で抱え込んでは、いませんよね?」
「大丈夫です」
ロキシーの隠し事の予想はついている。
彼女は最近、あまりエロいことをしてくれなくなった。
俺が頼まなくなったのもあるが、彼女も意図的にそういった方向に話が行くのを避けているように思う。
まだつわりは起こっていないようだが、味覚の変化も見られるし、やはり妊娠しているのだろう。
いつ頃、発表してくれるのだろうか。
安定期になった頃だろうか。
それとも、俺の一件が落着するまで、黙っているつもりなのだろうか。
なんにしろ、俺がオルステッドと戦う前に、発表してほしいと思う。
その時は、盛大にお祝いをしたいと思う。
なにせ、俺は、これで最後かもしれないしな。
---
翌日、俺はナナホシの所に訪れた。
空中城塞は出入り禁止かと思っていたが、案外あっさりと入れてもらえた。
ペルギウスは、オルステッドにビビっている割りに、そこらへんは寛容なのだろうか。
「てっきり、出入り禁止かと思っていましたので」
「ペルギウス様は、死にゆく者には、非常に寛大です。ナナホシ様への最後のお別れも当然、お許しになられます」
聞いてみると、シルヴァリルは、あっさりとそう答えてくれた。
どうやら、もう負けて死ぬと思われているらしい。
今回、城に入れたのは、冥土の土産というわけだ。
まあ……いいか。
好意に甘えよう。
ナナホシは、かなり元気そうになっていた。
魔法大学の研究所から私物を幾つか持ってきているらしく、部屋も少し賑やかになっていた。
窓際にあるルイジェルド人形は、きっとザノバからの贈り物だろう。
十字架の置物はクリフからだろうか。
困った時に頼める神というのは、やはりあった方がいいからな。
俺もこの世界に来るまでは神なんぞ信じていなかったが、今はそう思う。
「というわけで、大体の準備は整ってきましたので、奴をおびき寄せる手立てについて、ちょっと相談したいのですが」
「……わかったわ。でも、知ってると思うけど、オルステッドはかなり強いわよ」
「ええ」
「容赦もないわ。どういう基準で相手を選んでいるのかわからないけど、殺そうと思った相手には躊躇しないし」
「……」
「私は、彼と数年間、一緒にいたけど、彼が苦戦をする所とか一切見たことないわ。巨大なドラゴンも一撃だったし……」
「やめてくれないかね。そうやって脅すのは」
「ごめんなさい……でも、考えなおさない? オルステッドを殺すなんて……」
「だから……」
「ああ、ごめんなさい。わかってるわ」
なんか、不安になってきた。
俺、本当に勝てるのかな。
「とにかく、真正面から戦うのはオススメできないわね」
「そうだな。俺も、いくら身体能力が向上したといっても、勝てる気はしない」
「どこかに誘き寄せて、それで……あなた自身は隠れながら、魔術で攻撃するのが一番だと思うわ」
「うーん……他にはなにかないかな?」
「そうね…………あ」
「何かありますか?」
「…………私も、手伝うって決めたから言うけど」
「はい」
ナナホシはゴクリとつばを飲み込んで、言った。
「毒を盛るのは、有効かもしれないわ」
毒か。
この世界には解毒魔術があるが、既存の解毒魔術では治らない病気や毒も存在している。
オルステッドがどこまでそこらへんに精通しているのかわからないが……。
それでも、通用する毒はあるはずだ。
アリエルあたりに聞けば、用意してもらえるだろう。
王族だし、そのへんには詳しい気がする。
「毒と、罠と、遠距離攻撃と……そうだ、ナナホシ、人質になってもらってもいいか?」
「人質って……いいけど、オルステッドが私を慮ってくれるかどうかは、わからないわよ」
「それもそうか……それに、グルだとバレて、ナナホシにまで被害が行くのはまずいよな……」
「あ。そ、そうね。考えてなかったわ」
まあ、やめとくか。
自分の立場に立って考えると、まさに今、ヒトガミにやられているのと似たような状況だ。
ゆえに、すごく有効だとわかるが、それ以上に相手に『やる気』を与えすぎる。
戦いにおいて相手の
「他にはなにかないかな?」
「そうね――前の世界だと、強敵と戦う漫画ってどんなのがあったかしら」
「漫画を参考にしても、いい結論はでないと思うけどな……」
…………。
……。
その後、ナナホシとしばらく相談をして、いくつかの策を思いついた。
我ながら、小狡い手ばかりだ。
こんな小手先の技がオルステッドに通用するとは思えないが……。
いや、小手先の技だって、積み重ねれば連携になる。
まったく通じないってことは、ないはずだ。
「じゃあ……その……頑張って」
「ああ」
「あなたが帰ってこないと、私も多分、帰れないから」
ナナホシとも話して、オルステッドをおびき寄せる手立ては整えた。
---
アリエルにも協力を要請した。
解毒がきかない毒と聞いて、彼女はあまりいい顔をしなかった。
だが、それでも自分が懇意にしている裏稼業の集団を紹介してくれた。
その集団は、盗賊団をグレードアップしたような集団で、マフィアとかギャングというのが正しい言い方だろうか。
麻薬や密売品を取り扱っている組織で、暗殺用の毒も作ってくれるらしい。
案内された場所は魔法都市シャリーアにある廃屋の地下で、甘い香りのする煙の充満した一室だった。
そこで待っていたのは窓口である片目の男。
「どうも、ルーデウスさん、はじめまして」
彼は俺の事を知っているらしく、下卑た顔で笑った。
「今日はどんなモクが入用で?
じわじわと苦しめる奴か、それともすぐコロリといくやつか。
足がしびれて動けなくなるやつか、魔術師用に舌がピリピリになるやつか。
女をビショビショにするようなのもある。夜がマンネリってんなら、使ってみるのもいい」
毒薬から痺れ薬、媚薬まで取り扱っているらしい。
好都合だな。
「全部だ」
「全部って……そりゃ、構わねえが、ちと高くつくぜ?」
「構わない」
「へぇへぇ、そんなに殺してえ相手がいるってか……マンネリ用の方はどうすんだ? いるのかい?」
「それは――」
ふと、オルステッドに毒が通用しない、という可能性が頭をかすめた。
解毒魔術が効かない毒を使おう、なんてのは誰でも思いつくはずだ。
オルステッドは嫌われる呪いなるものを持っているらしいし、毒殺にも備えているだろう。
あるいは、毒に対する耐性のようなものか、万能薬的な何かも持っているかもしれない。
「それもお願いします」
「ヘッヘッヘ、あんたでもキリッとした奥方が、ベッドの上でメロメロになるのを見たいのかい?」
「うちの妻はベッドの上では甘えん坊ですよ」
「へぇ、あの無言のフィッツがねぇ……想像もできねえや」
媚薬なら通用する。
というわけではないだろうが、望みはあるかもしれない。
体調を狂わせるものなら、なんでも使ってみるべきだ。
そう考えつつ、薬を調達した。
---
そうして動きつつ、オルステッドとの決戦場の品定めもしておく。
一人で戦うことを想定するなら、町から離れた場所でなければならない。
町から離れていて、周囲に人がいなくて、そして罠を設置できるような場所。
冒険者ギルドでそういった場所の情報を募り、
情報が手に入り次第、自分の足で訪れて下見をした。
また、罠の作り方についても、エリナリーゼに冒険者を紹介してもらい、レクチャーを受けた。
教えてくれた冒険者は、元暗殺者という事で、人を陥れるための罠をいくつも知っていた。
心理の裏をつく罠だ。
幾つか実際に自分でも試してみたが、俺は注意しているにもかかわらず、引っかかった。
オルステッドが引っかかる気は全然しないが、それでも、無いよりはマシだろう。
また、エリナリーゼに近接戦での戦い方のレクチャーも受けた。
彼女はパーティでの戦い方はうまいが、一対一での対人戦がそれほど上手というわけではない。
だが、長いこと生きていて経験が薄いというわけもない。
今までに、何度も格上との戦いは経験している。
身体能力的にはそれほど突出しているわけではないのに、生き残っているのだ。
こんな時にバーディガーディかルイジェルドがいればと思うが、いない人物を頼っても仕方がない。
ペルギウスも手伝ってはくれないしな。
それと平行して、魔導鎧を装着した時の動きも想定しておく。
魔導鎧には、魔道具を積み込み、岩砲弾で弾幕を張りつつ戦う。
後ろに下がりながらの戦闘となるだろう。
弾幕を張り、泥沼や濃霧で足止めをして、相手の隙にでかいのをぶち込む。
わかりやすくなってきた。
---
最後に。
地下室を解禁して、神棚に向かって戦勝祈願のお祈りをしておいた。
ネズミを殺してから二ヶ月。
未来の俺の言葉を信じるなら、これだけ経過していれば、魔石病の菌やらウィルスは死滅しているはずだ。
が、ロキシーの出入りは禁止し、出入りした者の手洗いうがいは徹底させることにした。
気休めだろうけど。
ついでに、オルステッドへの対抗策として、何かいいものが無いか探してみた。
地下室にある
そんなガラクタは、フロストノヴァの影響で一度は凍りついたはずだが、問題なく稼働した。
一度かぶってから脱ごうとすると中から水が出てくる帽子。
かぶると額の宝石が光り、懐中電灯代わりになる兜。
開けると、中からモウモウと煙が出てくる小箱。
相手を突き刺そうとすると、刀身がゴムのようにグニャグニャになる短剣。
履いて歩くと悪臭をまき散らす靴。
エトセトラ、エトセトラ。
一応倉庫に放り込んであるが、何に使うかわからないものばかりだ。
こういったものでも、大道芸とかでは使えるのだろうが……。
小箱は、煙幕ぐらいには使えるだろうか。
どうにかして、この辺の装備をオルステッドに付けさせたい所だが、難しいだろうな。
結局、外してしまえば、意味は無いのだから。
でも、何かに使うかもしれないし、幾つか持っていくか。
地下室を去り際、神棚に向かって、もう一度、戦勝祈願のお祈りもしておく。
大事なことなので、二回だ。
---
準備は着々と整っていく。
だが、俺の心の中には、一抹の不安だけが、消えずに残っていた。
本当に、これでいいのだろうか。