そりゃ素晴らしいじゃないかと思うかもしれない。当時のソ連人もみなそう思った。が、この素晴らしい「計画経済」が不正の温床になってしまう。
当たり前の話だが、なんでもかんでも計画どおりに進むわけがない。しかし、計画経済のなかでは個々がノルマを達成するのが大前提なので、そういうミもフタもないことを言ってしまうと、社会や組織が崩壊してしまう。では、どうするか。不眠不休で働いてノルマを達成しようとしても、人間がやることなのでどこかで必ず限界が訪れる。そうなると、追い詰められた人たちの考えることはひとつしかない。ノルマを達成するために、ありとあらゆるところでちょちょいと「不正」を行うのが平常運転になってしまうのだ。
ずいぶんと旧ソ連を悪く言うじゃないかと不愉快になる方もおられるかもしれないが、それは筆者が適当に想像で言っているわけではなく、現地のジャーナリストがそうおっしゃっているのだ。
かつては『プラウダ』とともに旧ソ連の機関紙として1000万部超を誇った『イズベスチヤ』紙のミハイル・ベイゲル経済評論員は以下のように述べている。
「旧国営企業の経営者は、伝統的に統計をごまかすのに慣れている。旧ソ連の計画経済時代には、ノルマを超過したかのように生産量を過大報告することによって政府から奨励金を受けていたが、今は逆で生産を過小報告することによって税を逃れている」(日経産業新聞 1995年2月24日)
つまり、ノルマ主義によって、なにをおいても計画どおりに物事を進めるべしと強迫観念のように刷り込まれたことによって、「調整」という名のもとで、改ざんやデータ不正が当たり前になってしまったのである。
いかがだろうか、まさしく今の日本型組織と重ならないだろうか。これらは日本が「計画経済」と「ノルマ」の呪縛からいまだ逃れられていないからだと筆者は思っている。
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