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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第16章 青年期 人神編

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第百五十八話「ナナホシの仮説」

 ヒトガミの言葉を疑え、でも敵対はするな。

 未来の俺はそう言った。


 確かにヒトガミの言葉には、疑わしい部分が多い。

 オルステッドが世界を滅ぼそうとしているとか、自分が死ぬと世界が滅ぶとか。

 どこまでが嘘で、どこまでが本当か。

 間違いなく、嘘は付いているのだろう。

 でも、どれが嘘でどれが本当かを、俺の都合のいいように考えるわけにはいかない。

 そうすれば、まさかこれが嘘とは思わなかった、という部分で足元を掬われるだろう。


 正直、あいつの不機嫌さは演技ではなかったように思う。

 未来の俺は、確かにあいつに予測不能の一撃を与えたと思う。


 とはいえ、だ。

 その事で、ああして「君は僕の敵に回るのかい?」と言わんばかりの態度を取られては、俺に選択肢は無い。

 俺はヒトガミと敵対したくない。

 手の届かない所からひたすらに攻撃をされて、周囲の人間全てを守る力なんて俺には無い。

 なら、恭順を選ぶ。

 ヒトガミは嫌な奴だし、約束も守りそうもない。

 だが、一応ながら目的があってやっている事なら、用済みとなれば放っておいてくれる可能性もある。


 ヒトガミは、オルステッドを殺せと言った。

 他の部分はともかく、俺の子孫とオルステッドが手を組んで未来のヒトガミを殺すっていう部分だけなら、一応ながら信憑性を感じられなくもない。

 俺かオルステッドか。

 どちらかが死んでヒトガミの勝利となるなら、俺が生き残ればいいだけの話だ。


 俺は家族を守る。

 家族を狙っているのはヒトガミだが、ヒトガミには手が届かない。

 俺の手の届かないところから、ずっと俺の家族を狙い続けるだろう。

 でも、オルステッドはこの世界にいる。

 勝てる気のする相手じゃないし、正直、戦いたくはない。

 けど、ヒトガミがああいうのなら、可能性ぐらいはあるのかもしれない。


 なんにせよ、俺の選択ミスで誰かが死ぬのは、避けたい。



---



 ヒトガミの夢をみた翌日。

 俺はシルフィと一緒に冒険者ギルドに赴き、手紙を出した。


 そして、その足でシルフィと共に、空中城塞へと戻ってきた。

 入り口でシルフィと別れ、向かったのはナナホシの所である。


 オルステッドを殺せという話を受けて、誰に相談すべきかと思って浮かんだのが彼女だった。

 未来の俺の『ナナホシに相談しろ』という言葉が、頭に残っているせいだろう。

 それにナナホシなら、あるいはオルステッドの居場所にも心当たりがありそうだし。

 まずは彼女だ。


 いずれ、シルフィやロキシーにも相談しなければいけないが……。

 二人にそのままを話して、自分のせいでこんな事になったのだ、と思われても困る。

 シルフィもロキシーもその子供たちにも、責任は無い。

 だから、言葉を選ばないといけない。

 その選ぶべき言葉は、全然思いついていないが。


「よう」

「あら、ずいぶん早いお帰りね」


 あれから数日経過したが、ナナホシはまだ完全に復調したわけではないらしく、ベッド上の人だった。

 もっとも、幾分か顔色は良くなっていた。


「ナナホシ。これ、お見舞い」

「悪いわね」


 俺は市場で買い集めてきた果物の詰め合わせをテーブルに置く。

 今の時期だとやや高かったが、人にものを頼むときには礼儀というものがある。

 たとえ貸し借りのある関係だとしても、だ。


「……怖い顔ね。何かあったの?」


 ナナホシは不安そうな顔をしていた。

 そんなに怖い顔をしているだろうか。

 しているだろうな。

 きっと、今の俺の顔色は、ナナホシよりも悪いはずだ。


「早速だけど、恩を返してもらいたい」

「何をすればいいの?」

「まず、話を聞いてくれ。荒唐無稽な話で、信じられないかもしれないけど」

「わかった」


 俺はゆっくりと、未来から自分がきたことを話した。

 そいつから話聞き、これから先に何が起こるか、日記帳に書いてあったこと、さらにそれらを裏付けるように、ヒトガミが不機嫌な顔で夢に出てきた話。俺の子孫がオルステッドに協力し、ヒトガミを殺してしまうらしい話。

 最後にヒトガミから、オルステッドを殺せといわれた事。

 全てを話した。


「……」


 ナナホシはそれらを聞いて、額に指を当てて、考え込むようなしぐさをした。


「……ごめん。ちょっと整理させて……タイムスリップ?」

「ああ、未来から来たって言ってた」

「証拠は?」

「日記のいたるところに書いてある日本語の注釈と、俺の前世での本名」

「本名、なんて言うの?」

「言いたくない」

「あ、そう……。でも、その人は本当に信用できるの?」

「……と、言うと?」

「別のトリッパーの可能性もあるわよ。未来のあなたに成りすましていたのかも」

「日記帳は、その日に俺が作ったものと同じものだったし、その日に俺が書こうと思っていた内容も書いていた」

「そこらへんも、あなたが寝ている間に複製したのかもしれないわ」


 疑い出せばキリが無い。


「……でも、俺はあいつが、本物だと思っている」

「そう。でも、ヒトガミがそう思うような人物を送り込んできたのかも」

「じゃあ、日記の内容はでっちあげで、夢での会話も全て演技だっていうのか?」

「そうは言わないけど……ヒトガミは信用できる相手なの?」

「信用できない」

「でも、言うことは聞くのね」

「だって、しょうがないだろ……」


 ナナホシはふぅ、と息を吐いた。

 そして、意を決したように、言った。


「実は、ヒトガミという存在の事は、私もオルステッドから、チラッと聞いた事があるの」

「……そうなのか?」

「ええ、彼があなたを殺しかけた直後に、ちょっとだけね」

「……」

「詳しくは聞いてないけど、彼はヒトガミを必ず殺すと言っていたわ。でも、今は無理だって……」


 オルステッドはヒトガミを殺すつもりで動いている。

 今は無理。将来的には可能となりうる。

 その可能となりうる要因を、俺の子孫が持っている?

 いや、龍将の最後の一人の復活か?

 どちらにせよ、ヒトガミはそれを予防したい。

 一応、筋は通っているのか。


 考えれば考えるほど、奴の言葉に信憑性があるような気がしてしまう。

 あのタイミング、あの態度で嘘を言うのか。

 ヒトガミは、それも見越して発言しているのか?

 嘘が見抜ける気がしない。

 いや、奴の目的はひとまず、どうでもいい。


「で、なんでその話を、私にしたの?

 もっと相談すべき人はいるでしょ?

 そんな事を言われたって、何もできないし……」

「……未来の俺が、お前に相談しろっていってたんだ」

「未来のあなたは……私のこと、なんて?」


 そう聞かれ、俺は返答に詰まった。

 これは言うべきだろうか。

 日記には何も書いていなかったが、最後の最後で失敗して、ナナホシがどうにかなってしまうことを。


 いや、言った方がいいような気がする。

 彼女も、失敗するとわかっているなら、心構えができるし、それを回避するための方法も考えるだろう。


「お前は、最後の最後、恐らく、帰る瞬間に、失敗するらしい」


 そう言うと、ナナホシは目を見開いた。

 しかしキュッと唇を結んで、首を振る。


「そうじゃなくて、未来のあなたは、どうして私に相談しろと言ったの?」

「えっと、それは、お前が死んで聞けなかったけど、もしかすると、オルステッドの居場所を知っているかもしれないし、それに、こういう事を俺よりも考えているはずだから、何か案をくれるかもしれない、って」

「こういう事って?」

「多分、ヒトガミの目的が何か、とか……」


 考えてみれば、ヒトガミの目的は判明した。

 世界平和云々言っていたが、ようは未来で自分が死ぬのを回避するためだ。

 まあ、嘘かもしれないが……。


「……ねえ、あなたの日記、見させてもらってもいい?」

「ああ」


 俺が日記を手渡すと、ナナホシは最初のページをパラパラとめくり。

 すぐに顔をしかめた。


「これは、ちょっと時間が掛かりそうね。字も汚いし……」

「俺は、全部読むのに、二日掛かったよ」

「そう、じゃあ、私も1日もらってもいい?」

「1日で読めるのか?」

「読書は得意なのよ。今晩までには読み終えるわ」


 いっそ、要点だけを読んでくれ、といいたい所だが、全てを読むことで、何かに気づく場合もあるかもしれない。

 そこらへんは、任せるとしよう。


「じゃあ、俺はいったん休むよ。最近、あまり眠れてないんだ」

「わかったわ。適当な時間にきて」

「頼む」


 俺はそう言うと、ひとまずナナホシの部屋から出た。

 その途端、肩の荷が降りたような感覚に見舞われた。

 安堵の感覚だ。

 おかしい、俺はそれほどまでにナナホシを信頼していたのだろうか。


 違うな。

 ナナホシが、シルフィやロキシーには言えないような事を言える相手だからだ。

 言うほど大切な相手で無いからこそ、こうした事を頼めるのだろう。

 そう考えると、俺も薄情な奴だな。


「……」


 ふと、窓の外を見ると、庭でアリエル、ザノバ、クリフ、シルフィ、ペルギウスの五人がなにやら話をしていた。

 ルークが、その後ろを付き従っている。

 シルフィはアリエルの前面に立つようにして、ペルギウスと何かを喋っていた。

 あの引っ込み思案なイジメられっこだったシルフィが、随分と変わったものだ。


 しかし、未来の俺によると、結局アリエルはペルギウスの協力を受けられず、国に戻ることになるらしい。

 そして、敗北する。

 シルフィはそれに参加して……死ぬ。


 手伝ってやるべきなのだろうか。

 ……いや、順番だ。

 いまは、ヒトガミの事を考えよう。

 こっちが解決すれば、シルフィが死ぬ事もなくなるかもしれない。


 そう思いつつ、俺は割り当てられた自分の部屋へと戻った。

 少し、眠ろう。



---



 目が覚めると、隣にシルフィが寝ていた。

 いつもどおりの可愛らしい寝顔が、俺の視界にドアップで映っている。


 一緒に寝た記憶はない。

 ということは、どこかの時点でもぐりこんできたのだろう。

 もしかすると、起こそうとしてくれたのかもしれない。

 あるいはペルギウスとの会話について、俺の意見を聞きたかったのかもしれない。

 だとしたら、申し訳ないな。


 俺は腰に回されたシルフィの腕をはずし、頭をひと撫でしてから、ベッドから出た。


「んー……ルディ……ちゅーしてー……」


 可愛い寝言と、無防備な寝顔を見ていると、いつもの俺ならムラムラしてくる所だ。

 が、残念ながら俺の頭の中に、エロいことを考える余裕は無い。

 手で寝癖を直しつつ、シルフィを起こさないように静かに部屋を出た。


 窓から外には、満天の星が広がっている。

 時刻はすでに夜のようだ。

 この世界にも星があるということは、宇宙もあるのだろうか。

 などと考えつつ、廊下を歩く。


「こんな夜更けにどこへいく?」

「わっ」


 廊下の曲がり角で、唐突に黄色い仮面の男に呼び止められた。


「……アルマンフィさん」

「人は寝る時間だ。こんな夜更けに、どこへいく?」

「ナナホシの所です。彼女は、まだ起きていますか?」

「先ほど、紙とペンを要求された。まだ起きていよう」

「ありがとうございます」


 俺はちょっとドキドキしつつ、その場を離れた。

 精霊というものは、眠らないのだろうか。

 まあ、人間じゃないしな。

 24時間安心のセキュリティコマンドーだ。


「確か、城内での会話も、全て筒抜けなんだっけか……」


 てことは、俺がナナホシの部屋で話した事も、全てペルギウスの耳に入っているだろうな。

 何も言われないということは、様子を見られているという事か。

 そして、ペルギウスだけでなく、きっとヒトガミの耳にも……。


 などと思いつつ、静かな城内を歩き、部屋へと向かう。

 部屋の扉の隙間から、明かりが漏れていた。

 どうやら、まだ起きているらしい。

 一応、ノックをする。


「誰?」

「ルーデウスです」

「こんな夜更けにきたら、奥さんに誤解されるんじゃないの?」

「明日にした方がいいか?」

「私は別にかまわないから、入ってちょうだい」


 言われるがまま中に入る。

 ナナホシはベッドの中にいたが、周囲には大量の紙束が散乱していた。


「散らかってますね」

「色々と考察していた所よ」

「何か、わかりましたか?」


 そう聞きつつ、俺は紙片を拾いつつ、椅子に座った。


「一応、あなたの話と日記のおかげで、一つの仮説を立てることができたわ」

「ほう、仮説」

「ずっと考えていたのよ、私がどうしてこの世界の、この場所、この時代に来てしまったのかを」


 それって、今回の俺の話と関係あるのだろうか。

 いやいいか。

 まあ聞こう。


「最初、私だけでなく、私の友達も、この世界に転移させられたと思ったわ」

「……」


 どうして、と聞いた方がいいのだろうか。

 だが、彼女がそう言いたいのもわかる。

 俺の記憶の片隅――前世での最後の記憶に残る、やや不可解な現象。

 俺はトラックに轢かれそうな三人を助けようとした。

 しかし、一人しか、助けられなかった。

 その一人と引き換えに、俺はトラックに轢かれる事になった。

 そして、俺だけが、トラックに轢かれた。

 ナナホシは轢かれず、この世界に転移した。

 もう一人、この世界に来ていても、おかしくはない。


「でも、この世界のどこを探しても、彼はいなかったのよ」

「来てすぐに死んでしまった可能性は?」

「考えたけど、私は無事だったのに、彼だけが死ぬの?」


 それで、オルステッドと一緒に世界を回って、知り合いを探していたのか。

 いや、それだけのために世界を回っていたわけではないだろうが。


「俺も、特に何もなかったけどな」

「本当に、何もなかった?」

「……?」


 どういう事だろうか。

 確かに、何もなかったはずだ。

 ブエナ村には、パウロもゼニスもリーリャもいて、平和だった。


「私は、あなたが未来から来たと聞いて、未来のあなたの内臓が無かったという話を聞いて、もしかして私も未来から来たのではないかと、思ったのよ」

「は? どういう事だ? この世界が実は、前の世界の延長線上にあるとでも言いたいのか?」

「そうじゃないわ。なんて言えば説明できるかしらね。転移事件が起こった理由って、未だにわからないじゃない?」

「あの災害は、お前が転移してきたから起こったものだろう?」

「そう。だけど理論上、普通の転移じゃ、あんな事は起こらない」


 でも、それは異世界転移だから起きた、とも予想出来る。


「でも、未来からきた俺は、お前の時みたいに、災害は起こらなかった」

「起きたじゃない」

「なに? どこで?」

「内臓がどこかに消えてしまったじゃない」

「いや……それは……」


 ナナホシは、こう言いたいのか。

 内臓が消滅したことと、あの転移事件で人が転移したこと、二つの本質は同じであると。


「50年分の時間転移で、あなたの魔力は枯渇した」

「……いや、枯渇といっても、まだ魔術は使っていた」

「でも、魔術を使う度に、弱っていったでしょう? これだけ強い魔術師になりながら、体の傷を治すことを諦めるぐらいに」


 ナナホシはトントンと日記帳の表紙を指で叩いた。


「もし、私が100年後の未来から来たとするなら、あなた二人分の魔力が必要ね」


 ナナホシは、何かを確信して話をしている気がする。

 彼女は、まだ俺の知らない事を知っているのかもしれない。


「50年後のあなたは、50年の時を移動して、内臓を失った。

 その内臓は、どこへ消えたのかしら。

 50年後の世界に、残っているのかしら。

 もし100年移動したら、内臓だけで済んだのかしら。

 その場合は、体全てが、未来に残る事になるのかしら」

「…………」

「違うわよね。体が全て、内臓が消えたのと同じ場所に送られる事になる」

「……どこだよ、それは」

「さぁ、わからないわ。ただ、きっと帳尻が合うように調節がされているはずよ。なにせ、この世界の魔力は、エネルギー保存の法則に従っているのだから」


 エネルギー保存の法則。


「詳しく調べたわけじゃないけど……多分、あの事件で、人間が消えているわ。何千、何万という単位で」

「……」

「あなた、あの事件のあと、あなたの体に何か不調はなかった? 魔力がやけに少なくなるとか」


 事件のあと。

 エリスと一緒に、ルイジェルドと出会い、リカリスの町で冒険者をしていた頃だ。

 無かった気がするが……。

 いや、そういえば、リカリスの町にたどり着くまで、やけに疲れやすかった気がする。

 体がだるくて……言われてみると、魔力が枯渇していた時の感覚に近かっただろうか。


「あった……でも、じゃあ、転移で消えた奴と、消えなかった奴の違いって、なんなんだよ」

「ヒトガミの言っていた、運命の強さが関係してるんじゃないかしら。強い因果律に守られている者は消えない、みたいな」

「……そこは推測かよ」

「そこもなにも、全て推測よ。仮説だって言ったでしょう?」


 俺の運命は強いらしい。

 そして、俺を取り巻く美女たちの運命も強く、シルフィもエリスも無事だった。

 きっと俺の家族もそれなりに強い運命を、持っていたのだろう。

 ……なんてのは、結果論だ。


「つまり、どういう事だ? お前は、未来から転移してきたって事なのか?」

「そうじゃないわ。ただ、こう、なんて言えばいいのかしらね」


 ナナホシは、頭をかきむしり、うまく説明できないと言わんばかりに、唸った。


「きっと、未来で『ヒトガミが倒されるという事態』が、発生したのよ」

「……発生した?」

「そう、だからヒトガミは、その未来を避けるために、あなたに接触しはじめた」

「……?」

「ねぇ、思い出して、あなたがヒトガミに最初に出会ったのは、いつ?」


 俺がヒトガミに最初に出会ったのは、そうだ、転移事件の……直後だ。

 いや、でもあいつは今までずっと、俺のことを見てきたとか言っていたような気がする。

 ……それも嘘か?

 昨日は、あの転移事件で俺を見つけた、と言っていた。

 あいつは、どこからどこまで嘘をついている?


「転移事件の前に、何か気になるものを見なかった?」


 気になるもの……。

 無い。

 あ、いや、あった。

 フィットア領、サウロス爺さんがヤリ部屋に使っていた、あの塔から見えた、赤い珠だ。


「心当たりがあるのね。

 それは、いつ頃からそこにあったか、覚えている?」


 いつ頃から……。

 俺がそんなこと知るわけ……。

 いや、でも確か、サウロス爺さんがなんか言ってた気がする。


 思いだせ。

 思いだせ。

 この体は記憶力がいいはずだろ、思い出せる。

 ええと、確か、こうだ。


『三年ほど前に、見つけた』


「俺が、五歳ぐらいの時か」

「五歳ぐらいの時、何かなかった? 誰かに出会わなかった?」

「五歳と言えば……シルフィに出会ったのが、その頃かな、後は特には……」


 ふと、頭の中でつながるものがあった。

 俺はシルフィに出会い、シルフィと仲良くなった。

 その結果、パウロに引き離され、エリスと出会う事になった。


 そして10歳の誕生日。

 俺はエリスと、致しそうになった。

 転移事件が起きたのは、その翌日である。


 そして、転移事件の直後から、ヒトガミが接触し始めた。

 つまり、あの時点で、ヒトガミが死ぬ未来が生まれたってことか?


「本来、あなたはこの世界には存在しない人間よね」

「ああ」

「どうして、あなたはこの世界に転生したんだと思う?」

「わからねえよ、そんなこと」

「私は、そこに、意味があるんじゃないかと思っているわ」

「意味って、何だよ」

「誰かが、未来を変えるために、私や、あなたを、この時代に送り込んだのよ」

「誰かって、誰だよ」

「きっと、未来の誰かね。ヒトガミが死ぬ未来を切望している、誰かよ」


 意味がわからない。

 じゃあ何か、俺は、その誰かの手で踊らされていたってことか?


「意味がわからない。結局お前は、何が言いたいんだ?」

「ヒトガミが死ぬ未来が存在する世界には、私たちが必要だったんじゃないかってことよ」


 こんがらがる。


「未来のあなたの子孫が、ヒトガミを倒すための道具か何かを作るために、私はこの世界に呼び出されたのかもしれない」

「……」

「だから、その道具を作り出さない限りは、元の世界に帰ることはできない。帰還魔術は失敗する」

「どうしてそうなるんだ?」

「そのために呼び出されたからよ。つまり、私の存在はタイムパラドックスなのよ」


 仮説。

 ヒトガミが死ぬのは、俺の子孫とオルステッドに殺されるからだ。

 そのためには、俺が子供を作らなければならない。

 シルフィと出会った時、俺は彼女と子供を作ることが確定した。

 ヒトガミがロキシーにこだわった所を見ると、あるいはロキシーとも。

 転移事件が起きたのが、エリスとエロいことをしかけた日だから、もしかすると、エリスとも。


 そして、どうやら俺の子孫とオルステッドだけでは、ヒトガミは殺せないらしい。

 そのために必要な何かを、ナナホシが生み出す。

 だから、後を追うように、ナナホシが召喚された。

 だから『未来から』だ。


 誰かが意図的にやったのか、それとも因果律のイタズラなのか。

 俺たちからは、わからない。


 ナナホシの仮説は、未来で誰かが何かをやった結果として、過去に俺たちが生成されたという事だ。


 未来が先か。

 過去が先か。

 卵が先か、ニワトリが先か。


「お前の仮説はわかったよ」

「説明ヘタで申し訳ないけど、わかってもらえたようで嬉しいわ」


 面白い話だった。

 そして、面白くない話だった。


「それはつまり、俺の子孫が、オルステッドと共にヒトガミを殺すって言葉は、ある程度信用できるってことだろう」

「まあ、そうなるわね」

「じゃあ、話を戻そう」

「戻すって、どこに?」

「オルステッドを殺すってところに」

「それは……」


 ナナホシは眉根を寄せた。


「仮にいまの仮説が正しいとしても、ヒトガミはその未来の回避を狙っているし、実際にそれに一度成功している。運命とやらが定められていても、未来は変わるんだ」

「……やめといた方がいいと思うわ。それより、オルステッドに相談して何か手を――」

「やめてくれ。もしかすると、ヒトガミは今、この瞬間も、俺の動向を見ているかもしれないんだ」

「……」


 ナナホシはそう言われ、天井を見る。

 残念だが、無の世界は下だ。


「運命とやらは目に見えない。俺やシルフィの運命が強いと言っても、父さんは死んだし、母さんは廃人になった。ヒトガミがすぐには何かを出来るとは思えないが、あいつは未来が見える。俺が造反する事を見越していて、家に帰った時、アイシャあたりが死んでいる可能性だってある。そうでなくとも、1年後、2年後に不幸が起きるように仕掛けているかもしれない」

「……でも、ヒトガミは誰にでも接触できるわけではないんでしょう?」

「どうだかな。その気になれば、誰にでも接触出来るかもしれない。自分の力を隠していてもおかしくはない」

「そうね」

「それに、結局、オルステッドも勝てないんだろう? ヒトガミの言葉を信じるならだけど。俺の子孫に手伝ってもらわなきゃ、あいつはヒトガミに負けるんだろう?」

「まあ、話を知るかぎりは、そうね」

「俺は家族を守る。家族を狙っているのはヒトガミだが、ヒトガミには手が届かない。でも、オルステッドはこの世界にいる。どこにいるかは分からないが……やろうと思えば出来ない事はないはずだ」

「でも、ヒトガミが約束を守るとは、限らないわ」

「オルステッドは龍神だ。日記が正しいなら、無の世界にいく秘術を知ってるかもしれない。そいつを殺して、無の世界にいく方法を失わせる事が出来れば、事実上、ヒトガミが俺の子供を狙う理由もなくなるはずだ」

「でも、オルステッドを殺しても、別の方法で無の世界にいくのかも……」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!」


 俺は自分でも驚くほどの声でナナホシに怒鳴っていた。

 ナナホシはたじろぎつつも、再度、先ほどと同じことを言った。


「だから、オルステッドに相談して、何か手を考えてもらいましょう」

「俺だって、オルステッドに味方してもらう事ぐらい考えたさ! でも、そうすりゃヒトガミは確実に敵に回る。俺が一人でヒトガミの敵に回った結果は、日記に書いてある通りだ。俺じゃ勝てない。じゃあ、オルステッドは? 勝てないんだろ!? 一人で勝てない所に俺が乱入して場を乱したから勝機が生まれて、負ける未来を無くす為にヒトガミが俺にちょっかい掛けてきてんだろ!? そんなあいつの側について、本当に家族は守ってもらえるだけの余裕が有るのか!? あいつにそれだけの力があるのか!? それがわからずに、どうしてヒトガミの敵に回れるんだ! 負け戦の将にくっついて、全てを失ってからじゃ遅いんだよ!」

「でも! それでも、オルステッドは、ヒトガミよりも信じられるわ」

「どうだかな、オルステッドは、この世界を滅ぼそうとしてるって話だしな。まあ、俺だってそのへんをまともに信じてるわけじゃないが……ヒトガミは俺を騙していた。助言で俺を導くふりをしてな。お前もオルステッドに騙されているんじゃないか?」

「それは……無いとは、言い切れないけど」


 俺はあらためて、ナナホシの顔を見る。

 その表情には、怯えが混じっている。


「俺には、ヒトガミもオルステッドも、同じぐらい信じられない」


 ただ、俺は自分の無力は知っている。

 ヒトガミに敵対しても、勝てないって未来の俺の言葉は、信じられる。

 あの老人のように、全てを失って惨めに死ぬだろう未来は、まざまざと、思い描ける。


 オルステッドと戦う未来だって、自分がボロ雑巾のようになっている未来しか思い浮かばない。

 だがヒトガミは、俺の運命が強いと言った。

 あるいは、オルステッドを倒すという結末を見たのかもしれない。

 それを、一筋の光明としたい。


「ナナホシ。相談しろって言うことは、お前、実はオルステッドと連絡を取る方法とか、知ってるんだろう?」

「…………まあ、ね」

「協力してくれ。オルステッドを殺すんだ」

「私、は、オルステッドにも、その、助けてもらったのよ」


 ナナホシは目線を逸し、しどろもどろになっていた。

 ナナホシがこの世界に来て、最初に出会ったのはオルステッド。

 そこから、何度も彼に助けられたのだろう。

 それはもう、魔大陸に落ちた俺をルイジェルドが助けてくれたように。

 裏切れないだろうとも。

 俺だったら裏切らない。

 死んでも彼を裏切らない。

 それぐらい、俺にだってわかる。

 いつもの俺なら、あるいは彼女とのこれからの関係の事も考えて、引いただろう。

 けど、今は、引くつもりはない。


「なぁ、ナナホシ。七星静香さん」

「……」

「俺はさ、この世界に来る前はどうしようもないクズだったんだよ。お前が今の俺をどう見てるかわからないけど……前世の俺は、もしお前が見たらハッキリ見下すぐらいのクズだったんだよ」

「……」

「でもさ、こっちにきて、1からやり直せてさ。失敗もしたし、失ったものあるけど、色んなことを学べたし、大切なものを手に入れたんだ」

「……」

「それをさ、守りたいんだ」


 俺は椅子から降りた。

 人に頼む時は、椅子になんて座ってちゃいけない。

 ちゃんと、頼む方法がある。


 地面に両手と両膝をつけて。

 額を擦りつけて。

 体を最小限に折りたたんで。


「お願いします。力を貸してください」


 空中城塞の床は、冷たく、固かった。


「ヒトガミが唐突に心変わりをする可能性もあります。グズグズしていて、ある日突然、家族の惨殺死体が見つかる、なんて事態には、遭遇したくないんです……」

「ちょ、何してるのよ! やめて!」

「誰も失いたくないんです。お願いします」


 ナナホシが、ベッドから降りた。

 無理やり俺の肩を掴んで、頭を上げさせてくる。


「わかったから……協力するから、そんな真似、しないで……」


 ナナホシの憔悴しきった顔を見て、俺は申し訳ないと思った。


 それと同時に「よしうまくいった」と思った。

 心の中でガッツポーズをした。

 嫌な奴だな。


「恩にきます」


 俺は間違っているかもしれない。

 けど、やるしかないじゃないか……。

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