3話 シュラバ
「はぁ、疲れた」
「あ、四葉くん!」
「さっきの演説、かっこよかったよ!」
入学式が終わり。校長である百山への挨拶を終えた董夜は、一人で講堂から出てきた。
そんな彼を見かけた女子生徒が二人、董夜に話しかける。
「あぁ、ありがとう」
「あ、四葉くん!」
「えっ、四葉くん?」
「ねぇねぇ、四葉くんがいるよ」
「四葉くん!」
「お、ちょ、ちょいタンマ」
女子生徒が董夜と話しているのを見かけた別の生徒が歩み寄り、一人二人とその数を増やしていく。
そして、あっという間に董夜の周りには人だかりができ、身動きが取れなくなってしまった。
「四葉くん!握手してもらってもいい?」
「え、ズルイ!」
「わたしも!わたしも!!」
「ちょっと押さないでよ!」
「ちょ、ちょっと苦しいんだけど」
董夜の存在が公表された時、世間からは董夜に二つの意味で注目が集まった。
一つ目は当然『四葉家当主の息子』としてだ。こちらの方は主に魔法師界が彼に注目した理由である。
そして二つ目の理由が『ルックスの良さ』である。公表当時まだ幼い年齢にもかかわらず、端整な顔つきをしていた董夜は、瞬く間に一般人の間で人気が増していった。
そんな董夜が、触れることのできる距離にいることに興奮している女子生徒たちが、いよいよ収まりの効かない状況になった時、董夜から見えない後ろの方で声が上がった。
「何をしているの!」
「さ、七草会長」
「真由美さん…………?」
董夜の位置から真由美の場所まで、人が避けていき、一つの道ができる。
「董夜くんッ…………!」
「…………え?」
董夜の身体に、真由美の体が食い込む鈍い衝撃が走った。
◇ ◇ ◇
「う、暑苦しいし、鬱陶しい……………!」
「深雪っ………大丈夫?!」
真由美が董夜に突っ込む数分前
董夜が出てくるであろう講堂の出口から数十メートル離れた場所で、深雪とほのかと雫は、深雪とお近づきになりたい男勢に囲まれていた。
そして、いよいよその数が多くなってきた時。深雪は講堂の出口から董夜が出てくるのを辛うじて見つけた。
「あ!董夜さn………………」
しかし、すぐに董夜の周りにも人だかりができ、深雪が諦めて自身の周りの男子をどうにかしようと考え始めた時。
董夜の後ろから来た真由美が並み居る女子たちに道を開けさせて、董夜に飛び込んだのだ。
一瞬にして深雪の周りの気温が下がり。冷気が立ち込め、濃厚な殺気が充満し始める。
「み、みゆき?」
周囲の有象無象やほのか、雫が急激な雰囲気の変化に戸惑い、離れていく。
それは数十メートル離れたところにいた達也が殺気を感じとり、先ほどのトラウマで顔を青くする程の殺気だった。
「董夜さん、いま……」
深雪から董夜&真由美まで道ができた瞬間、深雪は自身に自己加速術式をかけ董夜に向けて飛んで行った。
◇ ◇ ◇
「グッ!?ま、真由美さん」
真由美に感謝の言葉を伝えるため、董夜が振り向こうとした瞬間に走った衝撃が治まってきた頃。董夜はようやく状況を理解した。
「と・う・や・く〜ん」
自身の背中に張り付いている真由美を見て、董夜がため息をつく。その瞬間、前方から濃厚な殺気が走ったが、今の董夜はそれどころではない。
この時、少しでも殺気の方を気にしていれば、董夜に悲劇は訪れなかったかもしれない。
「真由美さん、離れてくれmグフッ」
董夜が真由美を引き剥がそうとした瞬間、董夜の鳩尾のあたりに何かがめり込んで来た。
真由美の時の何倍もの衝撃に董夜の意識が消えかけたが、何とか耐え、自身の前方へ目を向けると。
「ぐ、ゲホゲホ。お、お前は何を……。」
深雪が自身のお腹に張り付いていた。
それも濃厚な殺気を含みながら。
「七草会長、董夜さんから離れてくださいませんか?苦しそうです」
深雪が董夜に張り付いたまま、暗殺者のような殺気を真由美に向ける。
しかし、真由美も負ける様子もなく、背中に張り付いたまま同等の殺気を深雪に向けた。
「あらあら深雪さん。貴女が董夜くんとどんな関係かは知らないけど、離れるのは貴女の方よ?苦しそうだし」
濃厚な二つの殺気の塊に両方から抱きつかれている董夜は、余りにもカオスな状況に考えることをやめていた。
そんな董夜たち周囲には、一人の美男子を巡る二人の美女の争いに観衆が集まってきており、その中には達也もいた。
「達也。た、助けt」
達也を見つけた董夜が呆けていた意識を取り戻し、必死に助けを求める。しかし、達也から帰ってきたのは非情な知らせだった。
「(諦めろ)」
◇ ◇ ◇
「うひゃあ、何この状況」
「おい達也、何事だ?」
「俺も知らん」
「すごい、ドラマみたい」
達也が董夜に無言のメッセージを伝えたすぐ後、達也の後ろからレオ、エリカ、美月が駆け寄って来た。
「あ、あのっ!!」
そこへ突然かけられた言葉に、達也がそちらの方を向くと、そこにはほのかと雫が立っていた。
「ん、君達は?」
「わ、私は、深雪さんと仲良くさせてもらってます。光井ほのかです!」
「同じく北山雫」
「そうか、深雪の兄の司波達也だ。よろしく」
「はいっ!」
「ん、よろしく」
その他のエリカ、レオ、美月もほのか達と挨拶を済ませると全員が董夜の今の状況に目をやる。
状況は大して変わらず董夜の背中に抱きついてる真由美と、お腹にめり込んでいる深雪が睨み合っているという感じだ。
そして当の董夜はこちらに助けを求めている。
「しょうがない、助けに行ってくる」
結局、達也が董夜の救出に向かった。
「それにしても司波兄妹と四葉くんの関係って?」
達也を見送ったエリカの疑問に、レオと美月が頷いた。『司波』など無名の家出身である達也や深雪と、十師族で七草家と双璧を成している『四葉』の出身である董夜。この三人がどうして知り合いなのか気になっていたんだろう。
「さっき深雪から聞いたんですけど、小中学校の同級生で仲が良かったみたいですよ」
「あぁなるほど」
ほのかが入学式の際に深雪から聞いたことを、そのままエリカ達に話すと、エリカ達は納得したように頷いた。
◇ ◇ ◇
いい加減周りからの視線が痛くなって来た董夜が、深雪と真由美を力尽くで引き剥がそうとする。しかし、最早『抱きつく』から『めり込む』の域に達している二人を剥がすことは叶わなかった。
そこへ救いの手が差し伸べられる。
「深雪、そろそろ落ち着け」
流石に放って置けなくなって救出に来た達也と。
「真由美、お前は下級生相手に何をしてるんだ」
騒ぎの知らせを聞いて、原因の一部が自身の親友であることを知り、駆けつけた風紀委員長の渡辺摩利だ。
二人の登場に深雪と真由美はようやく董夜から離れて行き。
「お前はこの後仕事があるだろ!」
「ああっ!董夜くん助けて!」
真由美は摩利にヘッドロックをかけられて、そのまま連れ去られて行った。
「ふうー災難だった。ありがとう達也」
「いや、構わない」
背中とお腹をさすりながら『出来ればもう少し早く助けて欲しかった』という言葉を飲み込んだ董夜に、達也の後ろからエリカ達が駆け寄って来た。
「私たちこの後近くの美味しい喫茶店に行くんだけど、四葉くんもどう?」
「え、まぁいいけど」
というわけで、董夜、達也、深雪、ほのか、雫、エリカ、美月、レオの八人で喫茶店に行くことになった。
◇ ◇ ◇
一行が喫茶店に向かう道すがら、董夜以外の全員は既に自己紹介を済ませていた為、深雪と達也を抜いた全員が董夜に簡単な自己紹介をしていた。
「ふむふむ、ほのかに雫にエリカにレオに美月ね。うんうん、了解」
全員の名前をもう一度口に出して覚える董夜は数回頷くと、次に自分の紹介を始めた。
「さっき入学式で言ったけど、四葉董夜だ。気軽に名前で呼んでくれ」
「おう、よろしくな董夜!」
「よろしくね董夜くん!」
董夜が自己紹介を終えると、丁度一行は喫茶店に着いたので全員店に入り席に着いたのだった。
◇ ◇ ◇
店に入った一行は、それぞれが空いている席に座り、マスターにコーヒーとケーキの注文を終え、それを待つ間、しばし雑談をしていた。
「それにしても董夜くんはモテモテだねぇ〜」
それまで話していた話題から急に変わり、エリカがイタズラ好きの笑みを浮かべて董夜を見つめた。
「はは、これでも生まれてこの方、女性と交際したことはないよ」
「そりゃーねー」
苦笑いの董夜に、エリカが深雪の方へ目線を向ける。そんなエリカに、深雪は口だけ笑って、無言の圧力を送った。
「なんでもないわよ、それにしてもまさかあの四葉董夜と同じ学年だなんてねー?」
流石に不味いと思ったのか、話題を変えたエリカの呟きに、達也と深雪以外の全員が頷いた。
「本当ですよね」
今一緒にエリカ達と同じテーブルを囲んでいるのは、戦略級魔法師であり、高校生にして【世界最強の魔法師】とまで呼ばれている男だ。
しかし、当の董夜はどこ吹く風である。
「あぁ、何か世間では俺のことを色々呼んでるけど、こっちとしてはいい迷惑だよ」
「そうはいっても今や董夜さんは教科書にも載っているんですよ」
迷惑そうに手を振る董夜に、美月がすかさずフォローをいれ、周りの人間も然りに頷いた。
◇ ◇ ◇
数分後、マスターが配膳用のカートに全員分のケーキと紅茶、コーヒーを乗せて持って来た。
一旦中断していた雑談も、マスターがケーキを配膳して下がっていくと自然に再開された。
「それにしても、さっきの修羅場で周囲にいた男子みんなが董夜に怨めしそうな視線を送ってたぞ」
そうレオが笑いながら話を切り出し、エリカ達も先ほどの光景を思い出して笑みを浮かべた。
「代わってもらえるんなら代わってもらいたいよ」
「まだ痛いの?大丈夫?」
腰とお腹を交互に触りながら苦笑を浮かべる董夜に、雫が無表情ながら僅かに心配そうな目線を向けた。
「まったく!あの人は遠慮というものが無さすぎです!」
董夜が大丈夫だよ、と雫に笑顔を向けると、深雪が怒ったような口調でそう言ったが、すぐさま白い目線が集まる。
「腰よりも、誰かさんが自己加速術式までかけて飛び込んで来た鳩尾の方がよっぽど痛いんだが」
「ウッ………それは、その、申し訳ありませんでした」
それもそのはず、ただ走って背中に飛び込んで来た真由美とは違い、鳩尾に自己加速術式のかかった深雪の頭部がめり込んで来たのだ。
普通の人間なら泡を吹いて失神ものである。
「そ、そんなことより、みんなのクラスは何だった?」
なにやら気まずい空気になったのを察したのか、エリカが話題を変えて、その後は皆で楽しく談笑したのだった。