2話 エンゼツ
2話 エンゼツ
魔法大学付属第一高校 入学式。
桜の散る中、新入生たちは心を躍らせながら新たな学校に向かっていた。その中でも一際胸を躍らせている女子学生がいる。この物語のヒロインの一人、司波深雪である。
「(と、董夜さん?!)」
いまコミュターの中では深雪の隣に董夜が座り、董夜の正面には達也が座っている。そして董夜は自分の頭を深雪の肩に預けて惰眠を貪っていた。
昨日は早朝まで雛子に深雪とのデートの事を根掘り葉掘り聞かれ。さらにそれを真夜に報告されて、真夜からも尋問を受けていたのだ。
「昨日遅かったのでしょうか?スピーチが心配です」
「雛子の話によると、叔母上から昨日のデートの事で尋問を受けていたらしいぞ」
「デ、デ、デ、デートだなんてそんな!?」
珍しく達也から揶揄われ、深雪がアタフタと手を振る。そんな妹の愛らしい姿を見て、達也は頬を緩めた。
◇ ◇ ◇
「んじゃ、俺はスピーチの打ち合わせがあるから行くわ」
三人が第一高校に到着して講堂の前まで着くと、董夜はスピーチのリハーサルに向かう為、足を深雪達とは別の方向へ向けた。
「頑張ってくださいね!董夜さん!!」
「うん、ありがとう深雪」
振り返った董夜は深雪の頭を撫でた。気持ちよさそうに目を閉じて、それを受け入れる深雪の傍で、達也は集まりつつある周囲の視線に気づいた。
「董夜、周りの目が集まってるぞ」
「ああ、ホントだ。んじゃあ深雪に達也、また入学式後に」
そう言って董夜は、もう振り返る事なく真っ直ぐ講堂に歩いて行き、その背中が曲がり角を曲がって見えなくなるまで、深雪はその姿を目で追い続けた。
◇ ◇ ◇
董夜が講堂に入ると中はまだ設営の準備が終わっていないのか、在校生が椅子を並べていた。
どこに行けばいいのか分からずに周囲を見回す董夜に、かなり小柄な女子生徒が近づいていく。
「四葉董夜くんですね、リハーサルが始まるのでこちらに」
董夜に声を掛けた女子生徒は、見た目に似合わずしっかりとした口調で喋り、董夜のエスコートをし始めた。自身の前を歩いている女子生徒の背中を見て、董夜が学年を推測していると、まだ名前を聞いていない事に気付いた。
「あの………貴女は?」
「あ、申し遅れました。生徒会会計の中条あずさと申します」
「(中条、あずさ?はて、どっかで…)」
中条あずさと名乗った女子生徒を見て董夜が首をひねる。初対面であることは間違いないのだが、その名前をどこかで聞いたことがあったのだ。
そしてその答えは、そう時間がかからずに判明した。
「あーちゃん?」
「なな、なんでそのあだ名を!?」
董夜が唐突に発した言葉に、今まで毅然とした態度で前を歩いていたあずさが顔を赤くして、勢いよく振り返った。
「あぁ、やっと思い出しました。この間、真由美さんに聞いたんですよ。可愛い後輩がいるって」
「か、会長ォ!!」
悲鳴をあげているあずさを他所に、董夜は少し前に招待されたパーティーでの真由美との会話を思い出していた。董夜はちょうどその場であずさの名前とあだ名を聞いていたのだ。
「もう、会長は!……………それより早く来てください!」
「はいはい、了解です」
不機嫌なのか、頰を膨らませて先ほどよりも早い足取りで歩くあずさを、董夜は苦笑いを浮かべながら追いかけた。
「何やら騒がしいですね」
二人が舞台裏に着くと何やら生徒たちがあたふたしている。
その様子にあずさが首を傾げて、そばにいた男子学生に問いかけていた。
「なにかあったんですか?」
「会長が見当たらない。どこかに行ってしまわれたみたいだ」
あずさの質問に、傍に立っていた如何にもプライドの高そうな男子学生が答える。その男子学生の様子を見ながら、董夜はまたもや真由美との会話を思い出していた。
「(特徴からして『はんぞーくん』かな?)」
真由美に教えてもらった特徴と名前を重ね合わせながら董夜はその服部を見つめていたが、結局真由美を捜索するのに協力する事にした。
◇ ◇ ◇
董夜と別れた達也たちは、一旦落ち着くために近くのベンチに腰を下ろしていた。先ほどと同じ情報端末で読書をする達也の隣で深雪が顔を赤くしているのは、もしかしなくても董夜との
「ねぇねぇ、あの子ウィードじゃない?こんなに早く来て張り切っちゃって」
「でも隣の綺麗な子、ブルームじゃない?」
と言った感じで一科生と二科生が一緒にいる事を疑問に思う声が聞こえてくるが、達也は気にせず、深雪は妄想に必死で聞こえていないようだ。
それから達也は、しばらくの間読書に没頭していた。すると入学式の時刻を知らせるアラームが鳴ったため深雪を正気に戻らせて講堂に向かおうとしたが、そんな達也の背中に後ろの方から声がかけられた。
「新入生ですね?開場の時間ですよ」
達也と深雪が振り向き、声のした方向を向くと女子生徒が立っていた。そして、その女子生徒はCADを携帯している。
「(CADを携帯できるのは特別に許可を得た者と風紀委員会、生徒会役員のみのはずだ)」
達也としては地位のあるものに目をつけられるのはあまり好ましいことではない。一応、学校で董夜とは小中学校の同級生ということになっているが、怪しまれないに越したことはないのだろう。
よって、早々に退散する事に決めた。
「わざわざありがとうございます、これから向かいます」
深雪も達也の意向を理解したのか、お辞儀をしてすぐに達也の後を追う。二人はそのまま講堂へ向かおうとしたが。
「関心ですね。スクリーン型ですか」
達也がしまい損ねた端末を指差してしきりに頷く女子生徒。生徒会役員かそれに順ずる役職についている優等生と、あくまで補欠である達也が積極的に関わるべきでは無いと達也は思っていたのだが、如何やら彼女はそうではなかったようだ。
此処で漸く達也は目の前に立つ女子生徒の顔を見た。顔の位置は達也から25㎝は下にある事を考えると、彼女の身長は150前半、155は無いだろう。
「(随分と小柄な女性だな……)」
達也よりも年上だと言う事を考えると、達也の中で、その印象は更に強まった。深雪もそこまで大きくは無いが、彼女よりは身長がある。そう考えると彼女が小柄なのは、遺伝か何かなのだろうと達也は結論付けたのだった。
「当校では仮想型ディスプレイ端末の持込を認めていません。ですが仮想型端末を利用する生徒は大勢います。それに引き換え、貴方は入学前からスクリーン型を利用してるんですね。関心します」
「仮想型は読書には不向きですから」
達也の端末は相当年季が入っているのは誰が見ても分かる事なので、彼女もそれ以上質問する事は無かった。
だが、そのまま達也たちを解放するつもりも無かったようだ。
「動画では無く読書ですか、ますます関心ですね。私も映像資料より書籍資料の方が好きだから嬉しくなるわね」
「はぁ……」
別に読書派が希少って訳でも無いのだが、如何やらこの上級生は人懐っこいのだろうな、と達也と深雪は思い始めた。口調が砕けてきたり、徐々に近づいて来ていることから見ても、きっとそうなのだろう。
「あっ、申し送れました。私は一高の生徒会長を務めています。七草真由美って言います。『ななくさ』と書いて『さえぐさ』って読みます。よろしくね」
何だか蠱惑的な雰囲気を醸し出していて、入学したての普通の男子高校生なら勘違いしそうだが、達也と深雪はその事とは別の事が気になっていた。
「(
遺伝的な素質に左右される魔法師の能力。そしてこの国において魔法に優れた血を持つ家は、慣例的に苗字に数字を含むのだ。
達也は自分が持つコンプレックスに、唇を噛み締めたくなる衝動を覚えたが、なんとか我慢して取り敢えず名乗る事にした。
「俺は、いえ自分は司波達也です」
「妹の司波深雪です」
「え!?貴方たちがあの、司波兄妹なの!?」
彼女の言う『あの』とは、妹は優等生なのに兄は劣等生であるアンバランスな兄妹の『あの』だろう、と達也は判断した。しかし、実際は違ったようだ。
「先生たちの間では貴方達の話題で持ちきりよ!」
真由美はなにかスイッチが入ったのか、熱弁を始めた。『この人会長なのにリハーサルはいいのだろうか』と達也と深雪が思い始める。
「入試七教科平均、100点満点中98点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学ね。合格者の平均が70点にも満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点! 前代未聞の高得点を叩きだした達也くんに」
よく、こんな長ったらしいセリフを噛まずに言えるものだ、と達也が感心の目を向けていると。真由美は今度、深雪に目を向けた。
「総代の子には及ばなかったものの、それでも総合成績は歴代二位の深雪さん」
「いえ、そんな」
深雪は自分が褒められたことより董夜の成績が歴代一位だったのが嬉しかったのか満面の笑みである。
一向に話が終わらない真由美に、達也が話を切ろうとした瞬間。
「あなた達が入学してくれて、私もうれs『prrrrrrrr』ごめんなさい、電話みたい」
「はぁ」
真由美の懐に入っていた携帯電話が鳴り、真由美が達也たちに申し訳なさそうな顔を向けながら電話に出た。
「はぁーい、なにかしら董夜くん」
その言葉に深雪の眉がピクッと揺れる。
真由美が耳に当てている携帯からは音声が漏れ、董夜の声が達也たちに丸聞こえになっていたのだ。
『なにやってんですか真由美さん。皆探してますよ、とっとと戻ってきてください』
「はぁ〜い、ごめんなさーい」
真由美はそのまま通話を切ると、心底ご機嫌な様子で達也たちの方へと向き直って。
「ごめんなさい、達也くんに深雪さん。彼氏に呼ばれちゃった☆」
「……………ハ?」
「もう行かないと、それじゃあね!」
そう言って、小走りで立ち去っていく真由美の背に、達也はため息をついて講堂に向かおうとするが周囲の気温が急激に下がり始め、地面に霜がおりているのに気づき、勢いよく深雪の方を向いた。
「かれし、カレシ、枯れし、華麗死、彼氏?董夜さんが彼氏とはどういうことでしょう」
達也の目に映る深雪は、暗い顔で俯き。人を殺してしまいそうな程さっきの籠った眼だけを、走り去る真由美に向けていた。
「なにか知りませんか、オニイサマ」
「そ、そういえば前に董夜が『七草の長女と仲が良い』と言っていた気がする」
「『気がする』?」
「言っていた、確実に言っていた」
普段なら達也に向けられることなどあり得ないほどの高圧的な態度に、完全に達也は気圧されてしまっていた。
「何故それを早く言わなかったのですか、
「い、いや、深雪。さっきの会長の『董夜が彼氏』というのは十中八九嘘だぞ」
「……え」
「あぁ、だから落ち着け」
おおよそ想像もつかない言葉が深雪の口から発せられ、取り敢えず達也が深雪に真由美の嘘を教えると周囲の気温は元に戻り始め、深雪の機嫌も元に戻り始めた。
「なんだぁー、もう!お兄さまったら。そんなことなら早くおっしゃっていただければ良いのに!!」
さっきの高圧的な深雪が一瞬にして消え去り、いつも以上に上機嫌な深雪が顔を出した。
「さ、お兄さま。早く講堂に行きましょう!」
「あ、ああ」
先ほどの真由美と同じように小走りで講堂に向かう深雪を追いながら、達也は深く、深く息を吐いた。
◇ ◇ ◇
達也と深雪が講堂に着くと、席はほとんど埋まりかけており。さらに一科生と二科生で、席がくっきりと別れていた。
「なんて下らない」
「もっとも差別意識が高いものは差別されている者だ、とはよく言ったものだ」
下らない風潮に流される深雪と達也ではないが、ここで流れに逆らって変に注目されるのはマズイと思ったのか二人は前と後ろにバラバラになって座った。
◇ ◇ ◇
その後、入学式は着々と進んでいった。
達也は席が隣になった西城レオンハルト、千葉エリカ、柴田美月と話をする仲になり、深雪の方も北山雫と光井ほのかと名前で呼び合う仲になっていた。
途中、在校生代表の挨拶で七草会長が出てきた時、深雪のいる席から不穏な空気が流れてきたが、それも次のアナウンスで収まった。
『新入生代表の挨拶。新入生総代 四葉董夜くん。おねがいします』
四葉董夜の名前が出た途端、会場内がざわつき始める。
それもそのはず、董夜はこの国の国家公認戦略級魔法師であり、沖縄戦の英雄でもあり、さらにあの『四葉』である。
いまや董夜の名は魔法師界だけでなく人間界にも広がっていた。
それは今日の朝、正門で記者が大量に待ち構えているほどである。
董夜が舞台裏から出て来ると、女子からはうっとりとしたため息が。男子からは董夜の高校生が放つとは思えない雰囲気に感嘆の声が漏れていた。
「若い草の芽ものび、桜の咲き始める、春らんまんの今日ーーー
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