なぜかラーメン二郎亀戸店の店長に、私が作った二郎を食べてもらうことになりました。
テレビで『ラーメン二郎という奇跡~総帥・山田拓美の“遺言”~』というドキュメンタリーが放送された。ラーメン二郎は取材を受けないという噂なので、この番組は特例中の特例なのだろう。
その中でラーメン二郎の作り方の一部が明かされていたので、久しぶりに二郎っぽいラーメンでも作ろうかと友人に話したら、「じゃあ亀戸店の店長が友達だから呼びましょうか」と言い出した。
えーっと、それは大丈夫なんですかね。
趣味でたまにラーメンを作っています
まず前提の話として、私は家庭用製麺機というかっこいい道具が好きで、その機械を使ってラーメンやうどんを作ったり(参照)、その歴史を調査したり(参照)、同人誌「趣味の製麺」を発刊したりしている。
そういった自然な流れから、家庭で作る二郎っぽいラーメン「家二郎」のレシピを、友人から教わったりもした(参照)。
ラーメン二郎は「食べてみたいけど量がすごそうだし、注文の仕方やマナーも難しそう」と思っている人も多いため(私もそうでした)、たまに開催している製麺会(自分で製麺して食べる会)において、家二郎は人気メニューとなっている。
そしてラーメン二郎亀戸店にやってきた
冒頭に書いた話の流れがあって、私はラーメン二郎亀戸店へ来ることになった。もちろんラーメンも食べるのだが、主な目的は店主を家二郎の会にお誘いするためだ。
現役バリバリのプロ野球選手に対して、草野球愛好家が「ちょっと練習会に来てくれませんか。ノーギャラですけど」と声を掛けるみたいな話である。これはなかなか無礼なのでは。
初訪問となる亀戸店の店長は、ゆーきさんよりも一回り体が大きい強面(こわもて)の方だった。マスクの下から顎髭が見えている。
本題の話へと入る前に、とりあえずラーメンをいただく。本物のラーメン二郎を食べるのは今回で4回目だろうか。自作した回数の方がずっと多い。
店長:「ニンニク入れますか?(トッピングどうしますか?)」
玉置:「お願いします!(ニンニクだけ入れてください)」
亀戸店のラーメンは濁りのない澄んだ黒いスープで、その上に透明な液体のアブラが5ミリほど浮いたスタイルだった。脂肪分がスープに溶け込んでいない「非乳化」と呼ばれるタイプだ。
ブタ(チャーシュー)は赤身と脂身がきれいな層になっているバラ肉が二枚、その下にはウェーブの掛かった極太麺がドーン。ヤサイはたっぷりのモヤシにキャベツが少し混ざっている。
これが標準サイズなのである。
どうしても量の多さに注目してしまうが、二郎の特長は個性的な味わいだと思う。すごくうまいのだ。でもやっぱり多い。
私の胃袋なら体調が万全でギリギリ食べ切れるくらいの量。これで850円は安い。
食券を出すときに「麺少なめ」とか「麺半分」とか「ブタ一枚」とか「液アブラ少なめ」といった、マイナスのカスタマイズも可能とのこと。それでも多すぎたら無理せずに残して大丈夫だそうです。
ネタにするために食べられない量を注文したり、部下や後輩に無理やり食べさせたり、食べ過ぎて吐いてしまうのは絶対NG。
食後に出っ張った腹をさすりながら例の話をさせていただいたところ、「家二郎、楽しそうですね。俺の口から具体的にああしろ、こうしろって言うのは無理ですけど、ニコニコしながら見守るくらいなら全然いいですよ!」とのことだった。
素人が作るラーメンをプロに食べてもらって、感想を一言もらえれば、もうそれで十分です。
こうしてアマチュアバンドの発表会に、楽曲をコピーさせてもらった人気バンドのメンバーが見に来てくれるみたいな話が、トントントーンとまとまった。
三田本店の味を知っておこう
テレビで見たラーメン二郎の総帥・山田拓美さんの作り方を参考にして改良版家二郎を作る前に、やっぱり本物の味を一度は食べないとダメだろうと、大雨の日を狙って三田本店へとやってきた。
傘が壊れそうな暴風雨の午前11時過ぎだったが、それでも20人くらいの行列ができていた。ただ客の回転がすごく速いので、到着から着丼までは22分とすぐだった。
この日、寸胴鍋の前に立ってラーメンを作っていたのは、なんと赤い帽子をかぶった総帥ご本人。「テレビで見たおやっさんだ!」と心の中で大興奮。
ブタが二枚乗ったラーメンは600円と激安かつ大盛り。ラーメン代とは別に入場料を払いたくなる特別な空間。ここは厨房でありステージ、総帥は食べにいけるアイドルなのである。
なんて、俄(にわか)がうるさいですね。
極太の力強い麺を受け止める、まろやかで濃厚でしょっぱいスープ。とても贅沢な味がする一杯だ。キリっとした亀戸店とは別方向でうまい。
厨房に鎮座するスープを作る寸胴の中には、タコ糸で縛られた大量の肉が煮込まれていた。この丼に入っている茶色い液体は、ラーメンのスープである以前にブタの煮汁なのだと感動する。
このように時間をあまり開けずに二店の二郎を食べてみると、「二郎らしさ」という概念は同じであっても、その細部は店によってかなり違うように感じる。
二郎には文書化されたレシピがないとテレビで語られていたが、店長の好みで店の味を変えていいのだろうか。
わざわざ二郎を自作するよりも、二郎の各店を食べ歩く方が楽しいような気もするが、とにかくやれることはすべてやって、亀戸店の店長に食べてもらおう。
ラーメン二郎っぽいラーメンを手作りする、それが家二郎
家二郎は作るのに時間が掛かるので、料理の仕込みは前日からスタートする。
名人が作る手打ち蕎麦を、「蕎麦粉と水を混ぜて、捏ねて、伸ばして、切って、茹でて、冷やしたら完成」くらいのザックリさで説明すると、「豚骨と豚肉と香味野菜(ニンニクやキャベツの芯など)を煮てスープとブタを作り、醤油やみりんでタレを作ってブタを浸けて、丼でスープとタレとうま味調味料を混ぜて、茹でた麺を入れて、茹でた野菜(モヤシとキャベツ)と味が染みたブタを乗せたら出来上がり」となる。
この工程の中にテレビから学んだおやっさんの流儀をできるだけ取り込み、できるだけ三田本店の味に近づけるのが今回のテーマ。ちなみに手作りラーメン全般に言えることだが、結構な材料費とガス代になるので、店で食べた方が全然安い。
久しぶりの家二郎は、友人に食べてもらうだけであれば十分な味だと思うが、なんといっても明日試食するのは亀戸店の店長だ。本物である。
二郎のスープは「ウナギ屋のアレとおんなじで、継ぎ足し、継ぎ足し、継ぎ足し」とおやっさんが語っていたので、ここからさらに改良を加えていく。
ここがお店であれば営業終了後に骨を全部取り出して、翌日にそれをベースとして肉や骨などを追加する訳だが、我が家にお客さんはやってこないので、スープもブタも全然減らない。
そこで宅配便で友人に二郎セットを送りつけて無理やり減らし、取っておいた肉と骨を残ったスープに加えて、再び煮込んで育てる。この手間でスープもブタもよりおいしくなってくれるはずだ。
当日の様子
こうして前日に丸一日かけて作った二郎的なラーメンを持って、家二郎試食会の会場である室井さんの家へと伺った。
ちなみに私に家二郎を教えてくれたマダラさんという友人も誘ったのだが、どうしても外せない用事ができて不参加となったため、大変心細くて震えている。
玉置:「今日はよろしくお願いします」
店長:「楽しみにしています。もしなにか聞かれたら、ちょっとしたアドバイスくらいはできると思います。でも言ったらダメなことまで言っちゃっていたら、記事にピーって入れておいてください」
玉置:「わかりました、ピーですね」
玉置:「この生地はどうですか?」
店長:「なかなかいいと思います。でもちょっと粉と水の合わせが甘いかな」
玉置:「家庭用のニーダーだと、長く攪拌していると、生地が熱くなっちゃうんですよね」
店長:「それなら小麦粉とカンプン(かんすいの粉末)を溶かした水を、冷蔵庫でチンチンに冷やして使うといいですピー。水分量を気温や湿度で調節するのもポイントですピー」
ナイスなアドバイスをありがとうございます。言われたとおりにピーを入れておきました。
玉置:「本店と亀戸店ってスープの味が全然違いますね」
店長:「うちは二郎でもかなり非乳化なんで。前はボッコボコに強火で炊いてド乳化にしていたんですが、なんかお食べるのが辛そうで。うちは結構お年寄りのお客さんが多いから、だんだん非乳化になりました」
玉置:「スープに脂が溶け込んでいない非乳化の方が、体にやさしいんですか」
店長:「脂が溶けている分だけ乳化の方がパンチがあるんですけど、その分食べ疲れするんですよ。どっちも違ってうまいから、どんなスープにするかは店長の考え方次第じゃないですか」
「ピーを入れる」という意味を間違えたせいで、店長がのりピー語を喋っているみたいになってしまって、マンモスすみませんでした。来世では真面目に生きたいと思います。
家二郎を試食していただくという今年一番の緊張を味わう
こうして出来上がった家二郎を、ラーメン二郎亀戸店の店長に試食していただいた。
さっきまでニコニコと見守っていた店長の目が、急に真剣な眼差しになった。
とりあえず、怒られたくはない。
玉置:「ええと、どうですか?」
店長:「おいピ~。いや、いいんじゃないですか。かなり二郎っぽいっすね。これが二郎かといわれると二郎じゃないんだけど、家庭でこれを作れるのは、すげーって思います」
玉置:「ありがとうございます。こうやって自作してみると、店であの値段で食べられるのが、すげーって思います」
店長:「原価が高いから行列の割に儲かっていないんです。玉置さんの作り方だと肉よりも骨の方が多いみたいですけど、二郎は肉のスープで、それを支えるのが骨なので、できるだけたくさん肉をぶち込んだ方がうまいですよ」
玉置:「前によく作っていた豚骨ラーメンの作り方がクセになっていましたね。次はもっと肉たっぷりでやってみます。材料費が恐ろしいですが」
店長:「ここまで作れるなら、次は『こういう二郎を作りたい』っていう目標を強く持って、それに向かっていくのがいいんじゃないでしょうか。もっと本店の味に近づけたいなら、麺はデロ麺にするためにカンプンを減らして長く茹でるとか、ブタももっと長く煮て柔らかくするとか」
玉置:「なるほどー」
店長:「自分がどんな二郎を作りたいか。しっかり乳化させたいんだったら背脂を多くして強火でブン回すし、逆に非乳化にするなら弱火で煮て浮いた液アブラをたっぷり浮かべる。
ブタもどうしたいかが大事で、うちの店では歯ごたえのある肉々しいブリブリっとしたブタを出したいから、あえて長く煮ていない。肉の部位や厚みもこだわってみてください」
玉置:「はい!」
玉置:「二郎は味に関する店長の裁量が大きいのがおもしろいですね。本店と亀戸店だと、スープやブタが全然違う。でもどっちも二郎。そこが普通のチェーン店とは違っている」
店長:「いきなり冷やし中華を始めるとか、餃子を焼き始めたら破門されるかもしれませんが、『二郎のラーメンを作る』という範囲であれば、そこは任されていると思います。軸をぶれさせずにポイントさえ押さえてさえいれば自由。
作り方に正解も不正解もないし、どの店もレシピがない。本店と同じ味でなければいけないというものでもない。僕もいろいろ言われたけれど、『それでお客さんが喜ぶんならいいじゃねえか』っておやっさんが言ってくれました」
玉置:「二郎は客側も思い入れが強いから、食べている側が『こうじゃなきゃいけない!』って決めつけをしたがるけど、意外と自由なんですね。店によって味が違うことを理解したことで、二郎の食べ歩きをする人の気持ちがよくわかりました」
店長:「二郎で独立するためには本店での修業も必須ですが、その前にどこで鍛えられたかも大きいです。僕は関内の二郎で働いていたから、基本的に関内の作り方がベースになっています。だから関内発祥の『汁なし』もやっています。かといって関内とまったく同じ味でもない。二郎を食べ歩いてくれる方は、そういう系譜を楽しむのもおもしろいと思います」
玉置:「食べ歩いてみたくなりました」
店長:「店でのラーメン作りって、一定のクオリティを保つ、合格点を取り続けるというのが難しい。それは場数を踏まないとできません。
でも趣味で作る家二郎なら毎回同じ味である必要はないから、原価を考えずに毎回違う味を試すくらいが楽しいと思います。今回は爆乳化スープにデロ麺で肩ロースのブタにしてみようとか。
店によって味が違うくらいだから、家二郎の作り方にも正解なんてないんです。好きに作ってもらって全然いいと思いますピー」
玉置:「ありがとうございました!」
こうして久しぶりに開催された製麺会は、普段とはまったく違う緊張感がありつつも、大変楽しいものとなった。店長が洒落の通じる方で本当によかった。
ここには書ききれないボリュームの学びもあったので、自分なりの家二郎レシピをそのうちまとめたいと思う。いやレシピが存在しないのが二郎でしたね。
ラーメン二郎の系譜を落語で例えれば、立川流の一門には談志直系の弟子もいれば、談春や志らくの弟子もいて、みんな違う個性を持った落語家に育つけど、その源流を辿れば必ず家元の談志がいるみたいな話ですかね。落語も二郎も詳しくないのですが。
立川流を真似ることはできても勝手に名乗ることはできないように、二郎インスパイアの店が二郎を名乗ることはできない。総帥である山田拓美の作る絶対的な味を根本に持った弟子たちが、二郎の名前を背負って自分の味を作っていく。
私はアマチュア落語家ならぬアマチュア製麺家として、今後も趣味の範囲でのほほんとラーメンを作っていこうと思う。
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