狂気の産物   作:ピト

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第25話

------2092年、8月11日

 

 初日のパーティーが終わった翌日の早朝、私は部屋の中から別荘の庭で尽夜さんと兄が組み手をしている光景を目にした。お二人共から滴る汗が日の出の太陽の光によって反射する。素早い動きから攻撃と防御をひっきりなしに行う所作に私は見惚れてしまい、鍛練が終了するまで飽きもせずにお二人を見続けました。

 

 途中で休憩に入られた時には、心の中で「もっと!もっと私に見せてください!」と夢中でおねだりしていました。お二人のかっこいいお姿をこの目に焼き付けたいと瞬きすらしなかったかもしれません。

 

 組み手の鍛練が終わるとお二人は同時に私の方を見上げてきました。その時の私はいけないものを見ているような感覚で恥ずかしくなり、目をサッと背けて部屋の中に逃げました。

 

 部屋の隅の壁に背中を預けて、ズルズルと床にへたり込みました。顔が熱い。ドキドキと激しい鼓動を打ち立てる心臓は、胸を押さえつけても中々落ち着く事はありませんでした。

 

 その日の朝食で顔を俯けて食事をしていると尽夜さんが5日間別行動する事が告げられました。旅行に色が減ったような感覚でしたが、叔母上、御当主様のご命令とあれば私がとやかく言える筋合いはありませんでした。

 

 尽夜さんがいなかった5日間の内に私は兄から「お嬢様」ではなく「深雪」と呼んでいただくようにお願いしました。

 

 2日目の夕方にセーリングヨットで海に出た私達に潜水艦から攻撃を受けた際にそれを兄が対処して、そこで私はガーディアンである兄のことを何も知らないのだと思い知りました。

 

 3日目は初日に私がぶつかった大男が軍所属の人だったらしく、2日目の警備隊からの事情聴取の時に謝罪を受けて、その際に兄の都合によって基地内を見学させてもらえるとのことでした。強い風が吹いている3日目でしたので琉球舞踊を観覧するお母様にお許しを頂いて兄に同行させてもらえるようになりました。

 基地では様々な訓練を見せていただきましたが、女の子の私にとっては少し退屈するものでした。それを見かねた基地の隊長らしき人、風間大尉さんという方が兄に組み手に参加しないかと申し出をして、兄はこれを快諾しました。

 最初は「兄さんなんて滅茶苦茶にやられちゃえばいいのよ!」と思っていたけど、隊員達に次々と勝利していく兄に私はのめり込むように見てしまっていました。

 

 それ以降の日々は平穏そのものでした。6日目には兄がCADを弄っているのも知りました。そんな素振りを見たことがなかったので驚いてしまいました。兄に聞くと、「尽夜が叔母上と母上を説得してくれた」としみじみおっしゃられていました。「深雪」呼びに変えていただいたのもこの時です。お願いした時に私を慈愛のこもった優しい笑顔で承諾してくれたのを見て私の胸はチクリと刺されたように感じました。その原因は分かりません。

 

 そして今日、旅行7日目の朝、尽夜さんが帰っていらっしゃってお昼から出掛ける予定を立てていた時、全ての情報機器から緊急警報が流れ出ました。

 

 発生元は国防軍。

 

 テレビの画面では、

 

 『西方海域より侵攻』

 『宣戦布告は無し』

 『潜水ミサイル艦を主兵力とする潜水艦隊による奇襲』

 『現在は半浮上状態で慶良間諸島を攻撃中』

 

 耳慣れない単語の羅列にパニックになりそうだった。

 

 お母様や桜井さんは緊張した面持ちでした。兄も尽夜さんも少しだけ顔に力が入っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------シェルター

 

 その後の私達は、御当主様の力によって国防軍のシェルターへ避難しました。けれどお母様とお兄様は国防軍シェルターに避難しても決して安全ではないと難色を示しています。

 

 だからこの時、私はもしかしたら戦わなくてはならない状況に陥るかもしれないと不安になっていました。私は今日まで実戦と呼べる経験をしたことは無いけども、戦闘魔法の技術は大人の魔法師にも劣らないというお墨付きをもらっている。桜井さんのお墨付きだから信頼性は十分にあるはず。

 

 それでも不安を消し去る助けにはならず、私はシェルター内の椅子に座って震えだしていた。

 

 だけど横から伸びてきた手によって振動はなくなった。私はバッと顔を上げて手を差し伸べてくれた方へ向きました。

 

 「……尽夜さん」

 

 やはり尽夜さんでした。こういう時はいつものように私を安心させてくれる。

 

 「大丈夫だよ、深雪。ずっと側にいるから」

 

 尽夜さんはニッコリと優しい笑顔を見せて私の両頬を包み込みました。

 

 (………それ、反則………!)

 

 真っ赤に染め上がった頬は熱が増していき、私が今どんな顔をしているか想像できません。恐らくは他人に見せられないようなものとなっているはず。

 

 その時に事は始まりました。

 

 尽夜さんはいきなり私の頬から手を放して、立ち上がりました。兄と桜井さんも立ち上がっていて、周りの注目を集めていました。

 

 「尽夜君、達也君、これは……」

 「桜井さんにも聞こえましたか」

 「じゃあ、やっぱり銃声……!」

 「それも拳銃ではなくフルオートの、おそらくアサルトライフルです」

 「状況は分かる?」

 「いえ、ここからでは……この部屋の壁には、魔法を阻害する効果があるようです」

 「そうね……どうやら古式の結界術式が施されているようだわ。この部屋だけじゃなくって、この建物全体が魔法的な探査を阻害する術式に覆われているみたいね」

 「部屋の中で魔法を使う分には問題ないようですが」

 

 兄と桜井さんの話を聞いていた見ず知らずの男が『魔法』という単語に反応して話しかけてきた。

 

 「お、おい、き、君達は魔法師なのか?」

 

 仕立ての良い服から見て社会的地位がありそうな壮年の男性だった。

 

 「そうですが?」

 「だったら、何が起こっているのか見てきたまえ」

 「私たちは基地の関係者ではありませんが」

 

 桜井さんがムッとした口調で言い返した。必要とあればいくらでも猫をかぶれるはずだけども、縁もゆかりも、ついでに利害関係も無い相手にそんな義理は無いと思ったのだろう。

 しかし、桜井さんの当然の主張はこの男性には通じなかった。

 

 「それがどうしたというのだ。君たちは魔法師なのだろ? ならば人間に奉仕するのは当然の義務ではないか!」

 

 ………っ!まさか、まだ、こんな事を平気で口にする人がいるなんて……それも魔法師に面と向かって……!

 

 「本気でおっしゃっているんですか?」

 

 桜井さんの声も殺気立っている。目つきはもっとキツイものになっているはずだ。さすがにその男性も怯んだようだけども、彼の暴言は止まらなかった。

 

 「そ、そもそも魔法師は人間に奉仕する為に作られた『もの』だろう。だったら軍属かどうかなんて関係ないはずだ」

 

 私は怒りとショックが強すぎて言葉が出なかった。

 

 「……なるほど、我々は作られた存在かもしれませんが、」

 

 代わりに反論してくれたのは、それまで桜井さんに男性の相手を任せていた兄だった。怒りも動揺も感じられない、シニカルで、嘲りを隠さぬ口調で。

 

 「貴方に奉仕する義務などありませんね」

 「なっ!?」

 「魔法師は人間社会の公益と秩序に奉仕する存在なのであって、見も知らぬ一個人から奉仕を求められる謂われはありません」

 「こっ、子供の癖に生意気な!」

 

 兄がいった言葉は、魔法師以外にも良く知られている『国際魔法協会憲章』の一節で、当然この男性も知っていたのだろう、だからこそのこの反応。

 

 男性は赤い顔でプルプル震えながら兄を怒鳴りつけた。私が見上げた兄の瞳は、侮蔑と憐憫に染まっていた。

 

 「まったく……いい大人が子供の前で恥ずかしくないんですか?」

 

 同じ『子供』という言葉を使っても、意味するところは全く違う。彼の子供たちは、子供らしい潔癖性を以て軽蔑の眼差しで彼を見ていた。

 

 「それから誤解されているようですが……この国では魔法師の出自の八割以上が血統交配と潜在能力開発です。部分的な処置を含めたとしても、生物学的に『作られた』魔法師は全体の二割にもなりません」

 「達也」

 「何でしょうか?」

 

 この場を収拾したのはお母様だった。もっとも、お母様にはそのような意図など、おそらく無かったと思うけど。ソファに背中を預けたまま気だるげな声でお母様が兄の名を呼んだ。兄はワナワナと震える男の人に背中から視線を外した。

 

 「外の様子を見て来て頂戴」

 

 何時もの様にお母様は冷淡とも聞こえる端的な指示を出した。

 

 「……しかし、状況が分からぬ以上、この場に危害が及ぶ可能性を無視出来ません。今の自分の技術では、離れた場所から深雪を護る事は」

 「深雪? 達也、身分を弁えなさい?」

 「……失礼しました」

 

 私が頼んで兄にそう呼んでもらっているのに、怒られるのは兄。有無を言わせぬその声に、私は兄を弁護する意識さえ持てなかった。

 

 「……達也、深雪はまかせてくれ。必ず守る」

 

 私の隣では尽夜さんが私の肩を引き寄せて、兄に向けて頷きました。私はこんな状況にも関わらず赤面してしまいます。

 

 「分かりました。外の様子を見てきます」

 

 兄はお母様の横顔に一礼し、そして部屋を出て行った。怯えた目を向けているあの男性の家族には、誰も一瞥もくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄が様子を見に行ってしばらくすると、外から爆竹を鳴らしたような音が聞こえる。もちろん、お祭りをやってりとかそういう事ではあり得なくて。銃撃の音は、今や私の耳でも聞き取れるようになっていた。

 そして近づいてきたのは銃声だけではなかった。この部屋にいくつもの足音が近づいて来て、扉の前で止まった。桜井さんがお母様の前に立ち、尽夜さんが私を背中で覆った。横から見える桜井さんのCADのブレスレットは起動式を展開するのに十分なサイオンがチャージされている。こういう風に即時作動が可能な状態を長時間維持するのは難しいのだけど、桜井さんのテクニックはさすがだった。私からは二人の背中しか見えないけど、多分桜井さんと尽夜さんは鋭くドアを睨みつけているのだろう。

 

 「失礼します! 空挺第二中隊の金城一等兵であります!」

 

 警戒を保ちつつも、桜井さんの緊張が少し緩んだのが分かる。私もドアの外から掛けられた声を聞いてホッとしていた。如何やら基地の兵隊さんが迎えに来てくれたみたいだ。

 開かれたドアの向こうにいたのは四人の若い兵隊さんだった。全員が「レフト・ブラッド」の二世のようだけど特に気にならない。この基地はそういう土地柄なのだろう。

 

 「皆さんを地下シェルターにご案内します。ついてきてください」

 

 予想通りのセリフだったけど、私は躊躇わずにはいられなかった。今この部屋を出ていったら兄とはぐれてしまう。

 

 「すみません、連れが一人外の様子を見に行っておりまして」

 

 私がその事を言う前に、桜井さんが金城一等兵にそう告げてくれた。案の定、一等兵は顔を顰めて難色を示した。

 

 「しかし既に敵の一部が基地の奥深くに侵入しております。ここにいるのは危険です」

 「では、あちらの方々だけ先にお連れくださいな。息子を見捨てて行くわけには参りませんので」

 

 ある程度予想通りの答えに返答したのは、意外な事にお母様だった。返答したのも意外だったが、その内容に私は桜井さんと無言で目を見合わせた。

 考えてみれば当然の言い分ではあるのだが、お母様が言うと如何しても違和感をぬぐい去れないのだ。

 

 「あちらもああおっしゃっているのだ。君達、早く私達を案内したまえ。」

 

 こちらを窺っていたあの男性が兵隊さんに詰め寄ると、兵隊さんは集まって小声で話し始めた。それと同じように私達も小さく集まった。

 

 「達也君でしたら、風間大尉に頼めば合流するのも難しくないと思いますが?」

 「別に達也の事を心配しているのではないわ。あれは建前よ」

 

 お母様の回答に、私は震える体に必死で力を込めた。お母様、貴女は何故、実の息子であるあの人に対して、そこまで冷淡になれるのですか……?

 

 「では?」

 「勘よ」

 「勘、ですか?」

 「ええ。この人たちを信用すべきではないという直感ね」

 

 お母様の言葉に、桜井さんが最高度の緊張を取り戻した。私も膝の震えを忘れた。他の人ならいざ知らず、かつて『忘却の川の支配者(レテ・ミストレス)』の異名で畏怖されたお母様の『直感』だ。

 

 「尽夜さんはどう思いますか?」

 

 お母様が尽夜さんに問いかけます。

 

 「はい。俺も彼等が入ってきた時からそう感じました」

 「そう。なら十中八九当たりね」

 

 何故かわかりませんがお母様が確信めいたことをおっしゃられました。そう言えば、私は尽夜さんがどんな魔法を使うか見たことも聞いたこともありませんでした。もしかしたらお母様のように『精神干渉魔法』が使えて、『直感』にも優れていらっしゃるのでしょうか?

 

 「申し訳ありませんが、やはりこの部屋に皆さんを残しておくわけには参りません。お連れの方は責任を持って我々がご案内しますので、ご一緒について来て下さい」

 

 四人が相談を終えて私たちに言葉をかける。言葉遣いはさっきと変らない。だけど脅しつけるような態度になっている、と感じるのは私の先入観の所為だろうか?

 そんな事を考えていると、新たな登場人物がこの一幕に急展開をもたらした。

 

 「ディック!」

 

 金城一等兵が声の主、先日兄と訓練をしていた桧垣上等兵に対していきなり発砲したのだ。それを合図に一等兵の仲間が室内に銃口を向ける。桜井さんが起動式を展開したけど、頭の中でガラスを引っ掻いたような騒音が魔法式の構築を妨害する。

 

 (これはサイオン波?キャスト・ジャミング!?)

 

 耳を押さえて目を向けると、四人の内一人が真鍮色の指輪をはめていた。

 

 「ディック!アル!マーク!ベン!何故だっ?何故軍を裏切った!」

 

 桧垣上等兵の怒鳴り声が耳を押さえている私にも聞こえた。弾丸は当たらなかった様子。

 

 「ジョー、お前こそ何故日本に義理立てする!」

 「狂ったかディック!日本は俺たちの祖国じゃないか!」

 「日本が俺たちをどう扱った!?こうして軍に志願して、日本の為に働いても、結局俺たちは『レフト・ブラッド』じゃないか!俺たちは何時まで経っても余所者扱いだ!」

 「違う!それはお前の思い込みだ!俺たちの片親は間違いなく余所者だったんだ。何代も前からここで暮らしている連中にすれば、少しくらい余所者扱いされて当たり前だ!それでも軍は!部隊は!上官も同僚も皆、俺たちを戦友として遇してくれる!仲間として受け容れてくれている!」

 「ジョー、それはお前が魔法師だからだ!お前には魔法師としての利用価値があるから、軍はお前に良い顔を見せる!」

 「ディック、お前がそんな事を言うのかっ?『レフト・ブラッド』だから余所者扱いされると憤るお前が、俺が魔法師だから、俺はお前たちと別の存在だと言うのか?俺は仲間ではないと言うのか、ディック!」

 

 桧垣さんの叫びで銃撃の音が途切れ、キャスト・ジャミングのサイオン波が弱まる。その時、私は桜井さんと尽夜さんが動かない理由も考えずにこの状況は好機だと思った。

 

 (やられっぱなしでいるものですか!!)

 

 私はアンティナイトをはめた人だけを狙って、精神凍結魔法『コキュートス』を発動した。

 キャスト・ジャミングが止む。相手が「静止」したのが分かる。人間を「止めて」しまったのはこれが三人目。殺したわけではないけど、融ける事のない凍結は、再び動き出す事のない静止は、死と同じ。私は罪悪感に耐える為奥歯をギュッと噛み締めた。

 

 「…………深雪」

 

 それと同時に尽夜さんが振り返って私を哀しそうな目で見つめています。私が勝手に『コキュートス』を使用したことが尽夜さんと桜井さんに隙を与えてしまいました。

 

 「貴様、よくも仲間を!!」

 

 時間を止められた仲間の残りの三人が銃を乱射しました。桜井さんが慌ててCADを使用しましたが間に合わない。この状況で動いて成果を出せたのは尽夜さんだけでした。ただし、代償を払って……。

 

 尽夜さんは神業とも言える速度でCAD媒体を通すことなく障壁魔法をお母様と桜井さんの周りに展開させて、お母様達から少し離れて尽夜さんの背後にいた私を正面から抱き締めました。

 

 銃音が鳴り響きましたが、それは数秒で止みました。尽夜さんに抱き締められた間からチラリと桜井さんの姿が見えて、乱射していた人達をジョーと呼ばれていた兵隊の人と協力して捕えているのが分かりました。

 

 状況を理解したのはその後です。銃声が鳴り止んだのに尽夜さんは私を離してくれませんでした。私はそれを徐々に恥ずかしくなって、尽夜さんに声をかけます。

 

 「……あの、尽夜さん?」

 

 尽夜さんが動くことはありませんでした。唯一、尽夜さんは私に抱き着いたまま、小声で耳元で囁いたのです。

 

 「……無事でよかった」

 

 それを期に何も喋らなくなり、尽夜さんは体を私に預けるように倒れました。

 

 「えっ!!じ、尽夜さん!?」

 

 尽夜さんの背中に手を回して支えようとした時、あることに気付きました。ヌメっとしたものが私の掌や腕に当たります。

 私は何だろうと思いつつ、辺りを見渡せば桜井さんがこちらを口元を両手で押さえながら涙を流して見ていました。

 

 (どうして桜井さんが泣いているのでしょうか?)

 

 私はこう考えることで少しでも理解を遅らそうとしたのかもしれません。本当はどこかでは分かっていたと思います。障壁魔法が私の周りに展開された兆候がないのも気付いていました。それでも尽夜さんなら何かしらしてくれているだろうという甘えが私を理解から遠ざけていたのです。

 

 「………尽夜さん……尽夜さん!!」

 

 細くなった呼吸を繰り返す尽夜さんに私は繰り返し繰り返し呼び掛けます。涙が頬を伝い、尽夜さんの頬へ落ちていきました。

 

 尽夜さんでもあの瞬間に取れる行動は限られていました。いつも私を救ってくださる尽夜さんも神ではないのです。ましてや、私と同じ歳の子供なのです。

 

 絶望に浸る私に光を差したのはお兄様でした。

 

 「深雪!」

 

 私はその声に涙で溢れた顔を上げました。

 

 「……お兄様」

 

 その言葉は自然と私の喉を通過しました。それが普通であるかの如く、全くの違和感を感じませんでした。

 

 「お兄様!尽夜さんが…尽夜さんが…!」

 

 私は言葉足らずにお兄様を呼び、尽夜さんの名前を叫ぶことしかできません。

 

 「……深雪、心配するな」

 

 お兄様は持っていたCADをスッと尽夜さんに向けて引き金を引きました。尽夜さんの体が一瞬ブレたように錯覚して弾痕が元から無かったかのようになりました。その瞬間にお兄様の顔が苦痛に歪みます。

 

 尽夜さんが私の腕の中で先程よりも確かな呼吸になりました。顔色も段々と良くなられています。

 

 信じられない光景に私は戸惑いながらもお兄様のしていることを理解した。完全な人体復元をなされている、その超高等魔法を使われているのだと確信した。

 

 私は安堵と共にお兄様が誇らしくなりました。誇らしさで胸がいっぱいになっています。何も知らなかった自分の愚かしさは、私の中から無くなっていた。

 

 後に来た軍医の方は尽夜さんを弱って眠っているだけだと診断されました。呼吸も安定しているから問題ないとのことです。

 

 「すまない。叛逆者を出してしまったのは完全にこちらの落ち度だ。何をしても罪滅ぼしにはならないだろうが、望むことがあれば何でも言ってくれ。国防軍として最大限便宜を図ろう」

 

 こちらへ頭を下げる風間大尉にお兄様が頭を上げてもらえるように言う。それから詳しい状況の説明をお兄様は依頼した。

 

 「なるほど、敵は大亜連合ですか?」

 「確証はないが、おそらく間違いはないだろう」

 「敵を水際で食い止めているというのは、嘘ですね?」

 「そうだ。名護市西北海岸に敵の潜水揚陸部隊が上陸を果たしている。慶良間諸島近海も敵に制海権を握られている。那覇から名護にかけて敵と内通したゲリラの活動で所々において兵隊移動が妨害された」

 

 報道されている情報より酷い状況に私は唖然とする。

 

 「だが、案ずることには及ばない。ゲリラについては元々さほど多くなく、既に八割は制圧済みで、国防軍内の叛逆者も間もなく方がつくだろう」

 「上陸地点の確保という目的を果たしている訳ですから最早用済みなのでしょう。捨てゴマをいくら失ったとしても常々人が多いといわれている大亜連合に痛手はないと思いますが」

 

 お兄様の淡々とした指摘に風間大尉は苦虫を噛み潰した様に歪んだ。

 

 「では母と妹と桜井さん、それと尽夜を安全な場所に保護してください。」

 「いいだろう。防空司令室に案内しよう。そこは民間シェルターの二倍の強度を持つ」

 「ありがとうございます。それでは最後にアーマースーツと歩兵装備一式を貸して下さい。貸す、といっても消耗品はお返し出来ませんが」

 「……何故だ?」

 

 お兄様の瞳の中で、激怒と言うのも生ぬるい、蒼白の業火が荒れ狂っていた。

 

 「彼らは深雪を手に掛けました。その報いを受けさせなければなりません」

 

 その声を聞いた全員が血の気を失う中で、一人変わらぬ顔色を保っていた風間大尉はさすがに剛胆と言うべきなのだ。

 その後で風間大尉はいくつかお兄様に確認と注意をして、最終的にはお兄様を戦列に加える事を承諾した。

 

 「桜井さん、三人を頼みます」

 

 お兄様は桜井さんに声を掛けて、お母様へ一礼してからシェルターを跡にしました。




 いくら尽夜でも無理な時はある。

四葉家次期当主について

  • 尽夜
  • 深雪

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