第百八十七話「オルステッドの真実と王都の十日間」
ダリウスを倒して10日が経過した。
水神レイダを倒し、オーベールを倒し、ダリウスを倒し、
ペルギウスをアスラ王国へと迎え入れ、グラーヴェルを圧倒した。
ピレモンについては、当主の座を剥奪され、領地に軟禁という形になった。
ルークを当主とし、ルークの兄貴がその補佐役に収まるらしい。
ルークの兄は社交的で、政治的な手腕も期待できる事から、
ルークの代わりに実務的なものの一切を取り仕切る事になるそうだ。
ギレーヌは当初、そんなピレモンたちに対し、敵意を持っていた。
だが、ルークの兄がエリスをべた褒めし、求婚までしたのを見て、毒気が抜かれたらしい。
主人を褒められて嬉しい犬のように、何やら誇らしげな表情をしていた。
ちなみに、ギレーヌはそのまま、アリエルの護衛という位置に付く。
ほぼ永久就職だろう。
当人たちの気持ちは分からないが、いい落とし所だったと言えるだろう。
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この10日の事を順に話しておこう。
まずは1日目、オルステッドの事だ。
あの後、俺達はパーティ会場から意気揚々と凱旋した。
流石のアリエルも疲れたのか早々に部屋に引込んだ、
俺はというと、
公衆の面前で堂々とルディを選ぶと宣言したシルフィに愛しさを覚えたので部屋に連れ込み、存分に愛でた。
正直、日記ではフラれていたから、ちょっと不安だったのだ。
それを、あんな大勢の人間がいる前で堂々と選んでもらえるとは。
乙女冥利に尽きる。
とはいえ、シルフィも疲れていたらしく、2ラウンドに突入することなく試合終了。
シルフィはすやすやと眠ってしまった。
俺はほてった体を冷まそうと水浴びをし、
その途中で戦いの興奮で鼻息の荒くなったエリスに乱入され、乱暴に愛でられた。
エリスはもっと乙女の扱い方を学んだ方がいいと思う。
魂すらも吸い尽くされ、干物のようになった翌日。
メイドさんから、俺宛に一通の手紙が投函されていたと連絡があった。
差出人はなく、龍神の紋章の書かれた封書。
間違いない、社内メールだ。
メールの内容は簡潔で、俺の怪我の心配と、本日の会議の場所が書かれていた。
会議室は墓地だった。
貴族の邸宅の並ぶ地帯の端にある、使用人向けの墓地だ。
そこだけポッカリと人気がなく、町中の孤島のような寂しげな場所。
の、さらに地下にある墓所。
夜になるとアンデッド達が運動会をしてそうな雰囲気の場所。
そこには、アンデッドよりもっと恐ろしいお方が潜んでいた。
「来たか、ルーデウス・グレイラット」
「はっ、参上致しました!」
オルステッドは棺に腰掛け、頬杖を付いて待っていた。
なんとも罰当たりなことだ。
俺は棺に座る気にはなれず、土魔術でテーブルと椅子を作り出し、持ってきたろうそくを設置した。
「どうぞ」
「ああ、すまんな」
社長に椅子を進め、俺もその前へと着席する。
さて、会議の開始だ。
「まずは、ご苦労だったと言っておこう。
ルーデウス。これで、アリエルが王になるのは確定だ」
「確定ですかね? まだ国王が死去するまで時間があるそうですけど?」
国王は不治の病……というか老衰だそうだが、死去するまで、まだ時間はある。
その時間の間にグラーヴェルの勢いを盛り返そうと悪あがきしている勢力も、少なからず存在する。
油断すれば足元を救われる。
というのは、アリエルの談だ。
不安要素はまだあるのだ。
目の前で師匠を殺されてしまった水王イゾルテ。
ダリウスと癒着していたボレアス家。
この二つは、よくよく注意すべきだろう。
となれば、俺の次の仕事はそうした勢力を虱潰しにしていく事。
だと思っていたのだが……。
「ああ、ペルギウスを迎え、ダリウスを倒した時点でアリエルが王になるのは確定だ」
オルステッドには、何か確信があるらしい。
俺にはよくわからない話だが、彼の中ではそう決まっているらしい。
「不可解そうな面だな、ルーデウス・グレイラット」
おっといけない、顔に出ていたか。
「いえ、オルステッド様。ただ、まだ油断は禁物だと思いまして」
「…………」
オルステッドの視線が刺さる。
いやほんと、社長の言うことを信用してないわけじゃないんスよ?
ただ、まだ終わってないよねって言いたいだけで……。
「いや、ほら、でも、オルステッド様の読みが外れている可能性もありますよね?
今回、わりとあっさり終わりましたし、ヒトガミだって何か手を残して、もう一波乱無いとも言い切れないでしょう?」
「無い。そう言い切れる」
「……」
そう言われると、俺も黙らざるを得ない。
オルステッドは、俺にまだ何かを隠している。
きっと、それを教えてくれる事はないのだ。
「俺はどうせ元ヒトガミの使徒だし、教えてくれるわけもないか……」
ぽつりと出た言葉。
口に出すつもりの無かった言葉。
失言。
それを聞いて、オルステッドが立ち上がった。
凄まじい眼力で睨んでくる。
「ぴゃぁ、す、すいません、違うんですよ。教えてもらえない事に不満があるとかじゃなくてですね……」
「ルーデウス・グレイラット。確かに、俺はお前を完全には信用していなかった」
俺は予見眼を目一杯に開きながら、逃げ道を探す。
だめだ、分身したオルステッドに囲まれている。
俺が逃げ出すと、回り込まれるらしい。
仕方ない、腹を括ろう。
「今回も、ヒトガミに寝返る可能性も考慮にいれ、常時監視をしていた」
監視。
まあ、そうだろうな。
オルステッドがその気になれば、オーベールだって、誰だって、俺の見ていない所で始末する事は出来たはずなのだから。
「だが、お前が口だけでなく、信用できる男だというのは、今回の一件で明らかになった」
「……」
「ルーデウス・グレイラット。一つ詫びよう。俺はお前に嘘をついていた」
オルステッドはそう言って、椅子に座り直した。
「嘘、ですか?」
聞き返すと、オルステッドは怖い顔をした。
いや、難しい顔をした。
この人、もうちょっとこう、スマイルの練習とかした方がいいんじゃないかな。
笑いはコミュニケーションの要だよ。
俺もそんなに得意じゃないけどさ。
「ああ、以前、俺は言ったな。俺には初代龍神がヒトガミと戦うために編み出した秘術、運命を見る力を得ると同時に、世界の理から外れる術が掛けられていると」
「はい」
確か、見た者の大まかな未来が見えるというものだったか。
「あれは半分、嘘だ。俺に未来予知の力は無い」
……ふむ。
「では、世界の理から外れているというのは、本当って事ですよね」
「ああ。だがルーデウス・グレイラットよ。
世界の理から外れるというのは、一体どういう事だと思う?」
どう、と言われてもな。
どこかにヒントはあるのだろうか。
例えば呪い。
オルステッドが持つ、嫌われる呪い。
いや、関係ないか。
「魔力の回復が著しく遅くなる……ってのは、副作用でしたね」
「ああ、魔力の回復が著しく遅くなり、その代わりにヒトガミからの干渉を避けられる。
だが、おかしいとは思わなかったか?
初代龍神は、なぜ己の秘術に、そのようなデメリットを加えたのだと思う?」
なぜと言われても。
ヒトガミの干渉を避けるためには、そういうデメリットを付加するより他、仕方なかったんじゃなかろうか。
いや、でも、オルステッドの腕輪を装着している俺には、そんなデメリットは無いような……。
「初代龍神は、ヒトガミに確実に勝てる秘術を編み出した」
「……」
「その秘術は魔力の回復力を犠牲に、いつ、どこで死んだとしても、記憶を保ったまま最初からやり直すというものだ」
やり直し。
というと、やっぱりオルステッドは……。
「最初とは甲龍暦330年の冬。中央大陸北部、名も無き森の中だ。
猶予はそこから200年。
それを過ぎた時、ヒトガミを殺していなければ、俺は強制的にそこに『戻される』。
例え、その途中で俺が死んだとしてもな」
タイムリープ。
可能性はあるとは思っていたが……。
まさか、本当にそうだとは。
「時間転移を目の当たりにしたお前なら信じよう」
「ええ、まあ……」
未来の俺は、龍族の遺跡から時間移動のヒントを得た。
龍族は、過去から未来へと転生する秘術を持っていた。
なら、龍神が、タイムリープの術を使えたとしても、おかしくはない。
なにせ、俺が編み出せるぐらいなんだから。
「その、それで、オルステッド様は、何度ぐらいやり直しているんですか?」
「100から先は数えていない」
どこぞの羅将のような言葉を、オルステッドは憎々しげに吐いた。
えっと、200年で100って事は、2万。
2万年以上の間、ループし続けているのか。
めまいがしそうだ……。
「だが、その何百というループの中で、俺はアリエルとグラーヴェルの戦いを何度も見てきた。
誰が必要で、誰が不要か。
何があればアリエルが勝ち、何がなければグラーヴェルが勝つか。
そして、この段階からグラーヴェルが巻き返す事は無い。
アリエルの勝ちは揺るがない」
「それは、ヒトガミが関与しても、ですか?」
「そうだ。ヒトガミは記憶を持ち越さないため、俺が『やり直し』をしている事を知らないが、
俺が奴という存在を知り、奴と戦いを始めた後には、こうした戦いに関与した事は幾度となくあった。
そして、全てのパターンに置いて、ヒトガミはある時点から『手を引く』」
「それが、今のこのタイミングだと?」
「そうだ」
なるほど。
オルステッドが確信的な言い方をしていたのは、
今までの何百という経験からくるものだったのか。
例外もありうるのでは?
と思う所もあるが、人はまったく同じ状況では、まったく同じ行動を取るという。
まったく同じなどありえないが、それでも『例外』の可能性が低い事ぐらいは、俺にもわかる。
「だから、安心していい。ここまで持ってくれば、アリエルは王になる」
「わかりました」
そこまで言うのなら、アリエルは王になるのだろう。
不安があるとすれば、それだけの回数、オルステッドが負け続けているという事だけだ。
「オルステッド様。本当に、ヒトガミに勝てるんですか?」
「ああ、勝てる。奴を倒すのに、何が必要で、そのためにどんな準備がいるかは既に判明している。今回はお前という存在もいる。あと一歩だ」
なら、俺は、その言葉を信じよう。
オルステッドが未来を見れようが、
何度もやり直していようが、関係ない。
俺にはそうする他無いのだから。
頑張るとしようじゃないか。
家族を守るためにも。
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3日目。
イゾルテが俺たちの滞在している屋敷へとやってきた。
ちなみに、屋敷はアリエルよりもらったものだ。
アリエルの手持ちの家の中では、小さい方だというが、俺の家よりも2倍ほど大きい。
家を管理する使用人もセットでくれた。
アスラ王国における別荘として、自由に使っていいそうだ。
屋敷の事はいい。
イゾルテだ。
彼女はエリスに会いに来た。
すわ復讐か。
そう警戒する俺を尻目に、彼女は礼儀正しくもてなしを受けた。
メイド達に挨拶をして、エリスの案内の元、リビングへと通される。
エリスはメイド達に茶を運ばせ、ささやかながらも堂々とした態度でイゾルテを歓待した。
人を使うのが様になっている。
俺の家だと、いろいろと肩が凝るんだろうな。
アイシャはメイドだけど使用人ではないし。
イゾルテは、部屋に俺がいることを訝しんだようだ。
警戒するように、頭を下げてきた。
「初めまして、イゾルテ・クルーエルと申します。
エリスとは剣の聖地で知り合いました。
以後、お見知り置きを」
「どうも、ルーデウス・グレイラットです。エリスの夫です」
そう挨拶すると、彼女は露骨に顔をしかめた。
「あなたが、でしたか……」
そう、俺が、です。
どうやら嫌われているらしい事は、先日の挨拶で知っていた。
「はい……俺が、ルーデウスです」
「エリスをほったらかしにして、他に二人も妻を娶ったという、あの?」
「…………はい」
この感じ、知っている。
クリフと同じだ。
てことは、新手のミリス信徒か!
いや、会った時に確認済みだけども。
「てっきり、あのルークという女たらしの騎士の方と勘違いしていました」
「嘘を付いたつもりは無いのですけどね?」
「いえ、私が勘違いしただけですので」
イゾルテは、フッと静かな笑みを浮かべる。
「それにしても……思ったより、エリスの事を大切にしているのですね?」
「そう、見えますか?」
唐突に言われた言葉に、首をかしげる。
エリスを大切にしてるかどうかはわかんないけど、エリスには大切にされている。
もっとも、今までのやりとりに、そうした要素があったとは思えない。
「水王イゾルテが訪ねてきた。
水神レイダの弟子で、レイダはあの会場で殺害された。
もしかするとアリエル王女の敵かもしれない。
もしかすると、復讐にきたのかもしれない。
もしかすると、エリスが剣を抜くかもしれない。
守らなきゃ、一緒に戦わなきゃ……。
そう、顔に書いてありますよ」
む、そんな長文が顔に書いてあったか。
最近、顔色を読まれることがホントに多いな。
やはりスマイルの練習をしておくべきか。
まあ、それはいいや。
「それが、エリスを大切にしている事につながると?」
「大切にしていないのなら、放っておくでしょう。なにせ、三番目の妻なのですから」
三番目とかエリスの前であまり言わないでほしいな。
俺は順列とかつけるつもりは無いのだから。
「正直、エリスはもっと蔑ろにされていると思っていました。
剣の腕と体だけを要求されて、普段は話しかけてすらもらえない、そんな立場にいるのだと……」
どこの亭主関白だ。
でも、エリスってあまりおしゃべりな方じゃないからな。
彼女の方からはあまり話しかけてこないし、夜になると体を要求してくるし……あれ?
女房関白?
いやいや、話をしない代わりに、訓練とか一緒にやってるしな。
「ちょっと安心しました。エリスが幸せそうで」
「そう見えているのなら、俺も幸せです」
そう言うと、イゾルテは笑った。
透き通るような笑みだ。
見た目は清楚系なのに、色気が感じられる。
モテそうな人だが、今はまだ蕾という感じだ。
花開くのは、きっと結婚した後だろう。
人妻系の魅力だな。
っと、エリスさんや。
足を踏むと痛いですよ。
「それで、何しにきたのよ。
ルーデウスは私のだから上げないわよ」
エリスはいつもどおりの居丈高な態度だ。
「いりませんよ、そんなもの」
「じゃあなに、決闘?」
そんなもの呼ばわりとか。凹むな。
イゾルテは困った顔をしていた。
「いえ、師匠の遺言もありますし、
アリエル様には水神流に便宜も計ってもらいました。
私が敵に回る事はありませんよ」
イゾルテは予定通り、見習い騎士の期間が終わり次第、騎士として取り立ててもらう事になったそうだ。
行く末は、剣術指南役か、騎士隊長といった所か。
場合によっては爵位ももらえるそうだ。
「師匠は、あれでいて王宮内にシンパも多かったようです。アリエル王女は、水神流そのものを敵に回したくはないようですね」
「ま、そうでしょうね」
この世界の剣士ってのは化け物が多い。
それでも権力の方が武力よりも強いようだが、敵に回す愚は避けるだろう。
喧嘩の強い奴は味方にした方がいいのだ。
「私達としても、道場取り潰しとなる可能性を免れて、ほっとしています」
あの場の状況だけを見るなら、レイダは単なる襲撃者だった。
アリエルの首を狙った乱心者だ。
いかに政争で、暗殺者が跋扈するような場所であっても、
暗殺者が公の場に出てしまったら、追求は免れない。
要するに、バレなきゃ何をしてもいいが、バレたらお咎めがあるのだ。
アリエルやグラーヴェル、ダリウスぐらいになると、ある程度ならお咎めを踏み倒してやりたい放題できるようだが。
今回は、アリエルも水神流一派と事を構えたくなかったし、
水神流一派も、勝てない戦いはしたくはなかった。
お互いの利害が一致した上で、お咎め無しという事だ。
「師匠が死んだことは残念です。
でも、この平和な時代に武人として戦って死ねたのですから、本望だったでしょう。
私としては、事前になんの相談も受けなかった事の方がショックでしたがね」
言葉通り、イゾルテはレイダの死をあまり重く受け止めていないように見えた。
この感覚は、どちらかというと冒険者に近いのかもしれない。
「確かに、私個人としては師匠の敵討をしたいところです……けど、その相手がエリスでもギレーヌでも、そちらのルーデウス様でもないというのですから、なんともやり場がありません」
イゾルテは少しだけ口惜しそうだった。
あの場でオルステッドを追わなかったことを、少し後悔しているのだろうか。
「別に、私はやっても構わないわよ」
「エリス、冗談を言わないでください。今の私には道場を守る義務があります。
あなたのようなクレイジーな相手と戦って、一生残る傷がついたらどうするんですか」
クレイジー。
エリスにぴったりな言葉だ
「道場なんて下らないわ」
「それは、あなたが義務を放棄して家を捨てた身分だから言えるんです」
「……」
エリスは黙った。
やるせない表情をしたまま。
「まあ、別れてからまだ一年も立っていません。
お互い、もう少し強くなってからの方が、楽しめるでしょう」
イゾルテは茶目っ気のある目線でそう言った。
「ええ、そうね!」
エリスの頬は紅潮し、本気でそう思っているかのように見えた。
しかし、イゾルテの顔は真逆だ。
やれやれ、犬には肉を与えておくに限るわ、って顔をしている。
エリスの扱いがうまい人だ。
「本日赴いたのは、エリスに会いに来ただけなのです。
せっかく来たのですから、王都を案内しようと思いまして」
「そうね。ちょうど暇してた所だし! 行きましょう!」
「ルーデウスさんもご一緒に、どうぞ」
町中でエリスと喧嘩でもされたら事だし、
もしかすると、今の会話のほとんどが嘘で、エリスが案内された先に大勢の水神流門下生が待ち構えているかもしれない。
ここはついていくべきだろう。
「……そういう事なら、同行させていただきます」
ということで、イゾルテと仲良く王都を観光した。
俺の心配とは裏腹に、イゾルテは普通に町を案内し、エリスと楽しそうな時を過ごしていた。
師匠が死んでまだ数日というこの時期に来たというのは、
彼女なりのけじめだったのかもしれない。
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5日目。
ボレアス家から食事の誘いがきた。
俺と、シルフィの二人に対してだ。
エリス抜きでの食事の誘いだ。
すわ毒殺か。
そう警戒し、ほとんど口をつけずにいこうと意気込んで行ったものの、
話の内容は、俺を通じてアリエルに近づきたい、というものだった。
エリスを呼ばなかったのは、やはり警戒しているからのようだ。
彼らもエリスに対しては少々後ろ暗い所もあるようだし、俺も追求することは無かった。
エリスはボレアスとは縁を切りたいみたいだし、
ボレアスも今更エリスが戻ってきても迷惑だろう。
エリスは俺のものだ。
その食事会では、曖昧な返事をしておいた。
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8日目。
あらためて事後の様子を見て回った。
トリスの方も、貴族に戻るらしい。
立ち位置的には、エルモア、クリーネと同じく従者みたいな感じだ。
アリエルは例の盗賊連中が使えると考えているようで、
その交渉役にトリスを使おうと裏で動いているそうだ。
アリエルとルークは今後に向けて精力的に動いており、暇はなさそうだ。
ダリウスが死んだ事で、王宮には少々の混乱が見られたが、
大事に至ることはなく、アリエルは着々と王となるべく準備を整えていった。
ペルギウスは配下を一人、名代として城に滞在させ、早々に空中城塞へと帰ってしまった。
二人ほど死んだ事についてお悔やみを申し上げてみると、空中城塞で復活できるとの返事をもらった。
なんとも便利な使い魔だ。
オルステッドの言うとおり、本当に大丈夫そうだ。
これ以上、俺のやれる事はなさそうである。
俺の仕事は、終わったのだ。
じゃあそろそろ帰ろうか。
という事をアリエルに伝えると、翌日に呼び出しをくらった。
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夜。
王宮にあるアリエルの私室。
浮気を疑われるような事は極力避けたい俺は、シルフィを同伴して、アリエルの元へと出向いた。
一人でとは言われていなかったからな。
アリエルの私室は、超豪華だった。
一応、王宮内にあるものだったが、家といっても過言ではないほどの広さを持っていた。
中の家具はどれも高級なもので、ソファなど溶けるんじゃないかと思うほどフカフカだった。
金属でもないのにキラキラと輝いて見えるのは、これがこの世界のトップクラスだからだろう。
普段なら、この部屋にもメイドがわんさかひしめいているのだろう。
だが今日は人払いしてあるらしく、ガランとしていた。
豪華な家具の並ぶ寒々しい光景の中、アリエルが手ずから飲み物を用意してくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
黄金色の杯に紫色の液体がみたされている。
ワインか。
これも高いんだろうなぁ。
「シルフィも来たのですね」
「ええ、夜中に美人と二人っきりなんて、変な噂が立ちますからね」
「まぁ。確かに、二人っきりでは、どうなってしまうかわかりませんね」
アリエルは笑っているが、シルフィは笑っていない。
冗談なのになぁ。
「ルディなら、本当にどうにかしちゃいそうだよ」
俺の下半身に信頼は無い。
仕方のない事だ。
でも、俺はシルフィを信頼している。
なんせこの間、アリエルより俺を選ぶと言ってくれたのだ。
正直、キュンと来たね。
俺がカマキリだったら、シルフィに食べられてもいいと思えるぐらいだ。
「さて」
飲み物を配り終えて、アリエルも席についた。
「ルーデウス様。改めてお礼を申し上げます。
お陰で、ここまでやってまいりました」
「いえ、アリエル様ご自身の努力の成果でしょう」
アリエルがラノア王国で培ってきた人脈は、うまく動いている。
ダリウスが死んだ穴を埋めるように、
グラーヴェル派の貴族に取って代わるように、
優秀な人材が重要なポストへと付きつつある。
思惑通りに行けば、アリエルは完全にアスラ王国を牛耳る事ができるだろう。
「ペルギウス様の一件、旅の一件、例の方の一件。
ルーデウス様に協力していただけなければ、
私はどこかで挫折していたでしょう」
「照れますね」
「本当に、シルフィの言うとおり。
一夜限りに夜を過ごしてもいいぐらいに」
アリエルはそう言って、流し目を送ってくる。
つられて俺もアリエルのうなじとかに眼が行きそうになるが、
シルフィに睨まれて、すぐに視線を戻した。
アリエルも笑顔に戻る。
「冗談はさておき、何かお礼をしようと思っていたのは事実です」
「お礼だなんて、そんな……」
仕事でやったことだし。
それに、家までもらったのだ。
あの屋敷、今後も俺の持ち物として別荘として使っていいそうだし……。
「何か望むものはありますか?
ルークと約束した手前、領地や爵位は上げられませんが、
それ以外のもので、私が自由になるものでしたら、差し上げられますよ?」
そう言われてもな。
アリエルから貰いたいものなんて……。
何もらおう。
アスラ王国だと、他にないものがいっぱいありそうだな。
魔導書とか?
あ、いや。
一つあった。
頼むべきことが。
「なら、いつになるかわかりませんが、
そのうち、本と像をセットで売りに出そうと思っています。
魔族の像なのですが、王室の名前で許可をいただければと思います」
「ああ、ペルギウス様と話していたものですね」
「ええ、難しいでしょうか?」
アスラ王国では、ミリス教が盛んだ。
王室で魔族の像を大々的に売り出すとなれば、
軋轢を生む可能性もある。
「難しくなどありません。量産するための工房なども用意しておきましょう」
「ミリス教の方は、大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよ。そういった事は、お金で解決できますので」
マネーの力か。
そうか。
アスラ王国の王になるという事は、世界で一番の金持ちになるのと同意なのか。
「では、戻った後に進展があったら」
「はい。お待ちしております」
スポンサーと工房を得た。
あとは、ジュリの成長次第だな。
確か、絵本形式にすると売れるって日記に書いてあったな。
絵師も探すか……。
なるべく大勢に読んでもらうには、やはり絵本だな。
文字は読めない奴が大勢いるが、絵はだれでも見ることが出来る。
と、俺が取らぬ狸の皮算用をしていると、
アリエルは畏まった態度で、シルフィに向き直っていた。
「シルフィも、お疲れ様でした」
「うん。アリエル様も、本当にお疲れ様……」
シルフィは昨日、正式にアリエルの護衛を辞めた。
一昨日まで引き継ぎの手続きをしていたようで、昨日はなにやら気が抜けた態度で過ごしていた。
「もう、ボクは必要ないよね?」
「はい。もう大丈夫です。長い間、本当にありがとうございました」
アリエルはそう言って、深々と、本当に深々とシルフィに頭を下げた。
アリエルが頭を下げる場面というのは、珍しい。
「アリエル様、頭を上げてください」
「しかし、シルフィ。この気持ちは報酬などで誤魔化したくないのです。
言葉と気持ちを、あなたに伝えたいのです。
私は、それだけあなたに助けられました」
「いいんだよ、そんなの。だって、友達を助けるのは当たり前の事なんだから」
シルフィはそう言って、アリエルの手を握り続けた。
10年来の友、とでも言うのだろうか。
いいな、こういう関係。
「シルフィ、何時でも、遊びにきてくださいね」
「うん、アリエル様も、もしラノアの方に用事があったら……まあ、中々ボクらの所には顔なんて出せないだろうけど」
「そうですね、その時はラノアのお城でパーティでもしますので、招待状を送ります」
「あはは、まるで国賓だね」
その後、しばらくシルフィとアリエルは二人で笑いながら話をした。
俺はそれを聞きながら、シルフィと出会った時の事を思い出していた。
一人ぼっちで畑のあぜ道を歩いていたシルフィの姿だ。
周囲の子どもたちに泥玉を投げられても、反論の一つもできなかったシルフィ。
あの頃の彼女が、一国の王女と笑いながら話をしている。
そのことが、なんだか無性に嬉しく思えた。
---
そうして、アスラ王国を発つ日がやってきた。