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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第18章 青年期 アスラ王国編

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第百七十九話「アリエルの選択」

 月明かりの下。

 森の中をアリエルと歩く。

 二人きりだ。

 シルフィも、従者二人も、ルークもいない。


 アリエルは松明を持ち、先導している。

 あまり先までいくと、オルステッドと会っていた場所まで行ってしまいそうだ。


「前々からルーデウス様とは、二人でお話をすべきかと思っていたのです」


 シルフィとクリーネはついてこなかった。

 アリエルが止めたのだ。

 彼女は俺に大事な話があると言って、森の中へと連れだした。

 真夜中の逢瀬。

 何の話だろうか。

 トイレのお供ではないだろう。

 人に見られていないと用を足せない、なんて特殊性癖でも驚きはしないが、俺を伴にする理由に心当たりはない。


 アリエルは、焚き火から歩いて五分ほどの所だろうか。

 十分に距離を取ったのを確認してから、振り返った。


「ルーデウス様は隠匿していたい様子なので、こうして場を設けさせていただきました」


 ふざけるのはやめとこう。

 アリエルは真面目な話をしたがっている。


「……なんの話でしょうか」


 予想はついていたが、俺は尋ねる。

 アリエルは不敵な笑みを浮かべたまま、俺の顎に触れた。

 ウチはお触り禁止なんだが……。


「まあ、そう焦るものではありません。夜は長いのですから」

「夜は長くても、眠れる時間は短いんですよ」

「そう言わず、ルーデウス様にもっと肩の力を抜いて話をしていただきたいだけなのです」


 アリエルはそう言いつつ、俺から手を離して、木の根に腰をおろした。

 一応、魔眼を開眼しておく。

 アリエルを警戒しているわけではない。

 アリエルに何かあったら事だからだ。


「そういえば、シルフィとエリス様は、ずいぶんと仲がよろしいですね」


 連れ出しておいてその話題か?

 いや、これは会話の糸口って奴だろう。


「……そうですね。もっと喧嘩とかするかもしれないと思っていたのですが、二人とも仲良くやってくれているようです」


 正直、エリスは我が家族に混沌と争いをもたらすかもしれないと思っていた。

 シルフィやロキシーとは、もっと衝突するものと思っていた。

 だが家族とは喧嘩らしい喧嘩はしていない。


「先日もルーデウス様が見回りに行っている最中に、

 二人で横になりながら、あれこれと話し合っていましたよ」

「へえ、なんて?」

「ルーデウスにまかせておけばなんとかなるんだから、皆黙って言うこと聞いてればいいのよとおっしゃるエリス様に対し、ルディも間違うのだから、ボクらでフォローして上げなきゃダメだよ、とシルフィが諭していました」


 頼られるのは嬉しいが、正直エリスは俺を過大評価しすぎているな。

 シルフィの陰ながら助けてくれようとする姿勢が嬉しい。

 あの二人も、俺がオルステッドの側についたという事で不安もあるだろうに。

 今の所は、特に文句もなく、異論を唱える事もなく、ただ従ってくれている。


「二人は双極ですね。

 ルーデウス様の前に立って戦おうとするエリス様。

 ルーデウス様の後ろで支えようとするシルフィ……」

「俺の至らない所をなんとかしてくれる、ありがたい存在です」


 俺の二人に対する愛情は、感謝から来ている。

 それを、死ぬまで忘れる事はあるまい。


「面白いのは、シルフィはエリス様を出来の悪い妹のように扱っている所でしょうか」

「出来の悪い妹、ですか?」

「はい。エリス様もそれを受け入れているようで。

 シルフィの言うことをしぶしぶながらも聞いているように思います」


 なるほどなぁ。

 言われるまで気付かなかった。

 ていうか、よくよく考えてみると、ここ最近、俺は二人とあまり会話をしていない。

 視野狭窄に陥っていたのだろう。

 エリスが馴染んでいるなら、それでいいやと考えていた気がする。

 ……俺が見ていない分、シルフィがエリスの世話を焼いてくれているのだ。


「面白いですね。シルフィの方が年下で、背も低いのに」

「アリエル様は、よく見ていますね」

「ルーデウス様と違い、見るべき場所と考える事が少ないので」


 アリエルはそう言って、流し目を送ってきた。

 艶やかだ。

 露骨に誘惑とかしないでほしいな。


「さて、ルーデウス様は毎日お忙しく、あちらこちらと視線を飛ばし、

 見えたものから見えないものまで考えている事と存じます」


 アリエルは芝居がかった風にいうと、俺の目を見た。

 本題か。


「そんなルーデウス様に一つ、お尋ねしたいのですが……。

 ルークの事、どう思われますか?」


 ルーク。

 ルークの事か?

 オルステッドの事じゃなくて。


「どう、と言われましても」


 はてさて、アリエルは、どういう受け答えを望んでいるのか。


「ルーデウス様の悪い癖が出ていますね」

「え?」

「私の望む答えを言おうとしている。

 時にはそうした会話術も必要でしょうが、

 今、この場で、私には、そうしたものは必要ないのですよ?」


 癖か。

 そんな癖があったのだろうか。

 でも、最近はそんな事ばかり考えて会話してきた気がする。

 オルステッド相手に、ヒトガミ相手に。

 それどころじゃないな。

 ともすれば、家族相手にもだ。


「私は――ルークが裏切っていると考えています」


 アリエルはズバリ、そう言った。

 ルークの裏切り。

 ああ、あの言葉からか。


「シルフィ達には言えませんけれどね」


 だろうな。

 けど、ちょっとショックだな。


「……アリエル様は、もっとルークを信頼していると思っていました」


 アリエルはあの問答で、ルークの信を確認したと思っていた。

 シルフィ同様、ルークが裏切るはずがない、と。

 従者二人も同様だろう、と。


「していますよ」

「……」

「ルークに私を裏切る理由は無い。

 もし裏切るなら、もっと早い段階で裏切っているでしょう。

 ルークはいつでも、好きな時に私の寝首をかけましたからね」

「……では、なぜ?」

「そんなルークでも裏切らざるをえない状況に追い込まれれば、裏切るでしょう。

 例えばそうですね……ルークは自分の家に誇りを持っているので、

 家族を人質に取られたか……」


 アリエルは静かにそう言った。

 家族を人質に取られている。

 ああなるほど。

 そう考えると、別にヒトガミを介していなくても、ルークの言動は説明できるのか。

 ダリウスに人質を取られて裏切りを誘われ、

 そして、ノトス・グレイラットの兵がアリエルを襲撃した事で、約束が破られた。

 そう考えれば、一応の辻褄は合う。


 あれ以来、ルークは不気味なほどに沈黙を保っている。

 アリエル側に戻るか、ダリウス側についたままにするか判断に困っている……と、アリエルには見えるわけか?


「ですから、こうして聞いているのです。

 どう思うか、と。

 最近になって、唐突にお手を貸してくれたルーデウス様に」


 そして、もしかすると俺も疑われているのか。

 ルークが俺を疑うようなことを言うから。

 あの発言は、ともすれば俺がルークをそそのかしたとも取れる。


「よろしいのですか。このような場所で?

 もし、俺も裏切っていたら、アリエル様のお命を頂戴するかもしれませんよ?」

「その場合は、とても残念に思いますが……。

 結局は私の人を見る目がなかっただけの事。おとなしく殺されましょう」


 肝が据わっている、と見るべきか。

 いや、考えるまでもなく、俺は裏切ってなどいない。

 裏切らない理由を列挙するのは簡単だ。


「……ルークは、裏切っているわけでは、ないと思います。

 ただ、そそのかされているだけで」

「誰に?」


 答えにくい質問をする。

 ヒトガミの名前を出してもいいものだろうか。

 全てを明かすのは楽といえば楽だが……。

 まてよ、こうやって聞いてくるという事は、実はアリエルがヒトガミの使徒という可能性もあるのか?

 オルステッドは無いと言ったが……。


 落ち着け。

 アリエルに知られる事のメリット、デメリット。

 まずはそれを考えて……。


「と、いうのを、ルーデウス様に尋ねても、答えにくい事でしょう。

 簡単に言える事なら、とっくに言ってくださっているでしょうから」


 アリエルの次の言葉は、俺の思考を打ち切るような力が込められていた。


「なので、紹介してはいただけないでしょうか」


 アリエルは笑っていた。

 暗がりの中、優しい顔でほほ笑んでいた。


「ルーデウス様が時折連絡をとっている方……オルステッド様を」

「えっ?」


 あれ。

 どういう事だ。

 こんがらがってきた。

 オルステッドの名前が出てきた?

 ルークの話じゃなかったのか?

 あれ?


「不思議な事ではないでしょう?

 ルーデウス様は、オルステッド様の配下なのですから」

「……」

「そして私は、オルステッド様が『どちら側』なのかを、私は見極めたいのです」


 それはオルステッドがアリエル側か、グラーヴェル側か、という意味か?

 くそっ、あんまり婉曲的な会話はしないでほしい。

 いつもの話しやすいアリエル様はどうしたんだ。


「……見極めて、どうするおつもりで?」

「もし『こちら側』であるなら、例えどんな恐ろしい方だったとしても、私はそれを我慢するつもりでいます」

「我慢、ですか?」

「嫌な方と付き合うのも、王族に必要な業ですゆえ、恐らく大丈夫でしょう」


 そんなもんかね。

 オルステッドの呪いはそんな生易しいものとは思えないが。


「『あちら側』なら?」

「こちら側に、引き込みます」


 アリエルは自信たっぷりに、そう言った。

 凄いな。


「近くにいるのでしょう……?

 オルステッド様か、その連絡役の方が」


 しかし、これまた難しいな。

 これも、俺の一存で決めていいかわかりかねる。

 アリエルは耐えるつもりのようだが、オルステッドの呪いは強い。

 見ただけで敵と認識されるのだ。

 我慢するといって、実際に会ってみて、その結果、俺がアリエルに敵と認識されたら、目も当てられない。


 かといって、断ったら断ったで、やましい事がありますと宣言しているようなもんだ。

 少なくとも、こっちはアリエルの王道を邪魔するつもりは無いのだ。

 アリエルの王道を邪魔したいのがヒトガミで、ヒトガミの邪魔をしたいのが俺たちだ。

 それを説明するのは難しそうだが。

 うーむ。



「悩む必要はない」



 その声は、俺の後ろから聞こえた。

 慌てて振り返ると、そこに彼がいた。


 銀髪金目の悪鬼……ではなく、オルステッドが。


「アリエル・アネモイ・アスラが話したいというのなら、俺は拒絶しない」


 オルステッドの鋭い眼光がアリエルを射抜いた。

 射抜かれたアリエルは、電撃を受けたように目を見開き、足を震わせ、おしっこを漏らした。


「あ……あ……」


 顔は恐怖に歪み、悪夢が正夢だったかのような顔をしていた。

 これで、俺も裏切り者確定か……。


「あぁ……」


 そう思った瞬間、アリエルの顔が恍惚に染まった。

 気持ちよさそうなその顔を見て、俺は思った。

 大丈夫そうだ、と。



---



 しばらくして、アリエルは気を持ち直していた。

 現在は、取り澄ましたかのように、普通の顔をしている。


 汚れたズボンとパンツは、俺が水魔術で洗濯をして、風と火を組み合わせたオリジナル混合魔術『スチームドライ』で乾かしておいた。

 布の生地を傷めるのと引き換えに急速に乾かす術で、

 使うとアイシャが怒るため、我が家では禁術として指定されている。

 今回は緊急事態だから、仕方なかったといえよう。


 ……それにしても、俺もそこそこ長いこと生きてきたつもりだが、

 王女様のパンツを洗濯する日が来るとは思わなかった。

 やっぱ、この世界でも高いパンツはシルクなんだなぁ……。


 そんな作業が終わるまで、アリエルには俺のローブを着せておいた。

 やはりローブは丈が長いものに限るね。


 現在、アリエルは乾いたパンツとズボンを履いて、取り澄ましている。

 俺は、下半身半裸の王女様が身につけていたローブを着ている。

 なんかちょっといい匂いが漂ってきて、興奮してしまう。

 いかんね、ここ数日エロい事と無縁だったせいか、ちょっとゲージが溜まっているらしい。

 あとで、消費しておこう。

 シルフィやエリスもいるが、自粛だ。


 と、そんな事をしている間、オルステッドはずっと居心地悪そうにしていた。


「どうも、お見苦しい姿をお見せしました、オルステッド様」

「いや、いい」


 大体の処理が終わった所で、アリエルがオルステッドに話しかけた。

 その顔は若干青ざめているが、しかしオルステッドを極度に怖がったりしている様子は無い。


「…………」

「そんな恐ろしい顔をしないでください」

「普通の顔だ」

「ああ、なら、これが呪いの効果なのですね」

「そうだ」


 それにしても、オルステッドはどうして出てきたのだろうか。

 まあいい。

 ボスの判断だ。

 今は、二人の会話を見守るとしよう。


「なるほど。私も神子、呪子とは何人もあってきましたが……。

 その中でも、群を抜いて強い呪いだというのがわかります」

「だが、お前は克服するすべをしっているようだ」

「アスラ王族ですゆえ。嫌悪感を切り離す事など、お手の物なのです」

「しかし、お前は心の中では俺を信用してなどいない」

「ええ、ですから、こうしてお話の機会を望んだのです」


 牽制しあうような会話。

 今度は、俺の居心地が悪くなる番だな。

 いや、でも俺も真面目に聞いて置いた方がいいんだろう。

 ローブから漂ってくるやけにいい匂いが気になるが、集中しないと。


「単刀直入に申します。

 オルステッド様は、どうして私に手を貸してくださるのでしょうか」

「ダリウスの後ろにいる奴が、俺の敵だからだ」

「ダリウスの後ろ……それは、兄上? 第一王子グラーヴェル?」

「違う」

「では、どなたでしょうか」


 さぁ答えにくい質問ですよオヤビン。


人神ジンシン『ヒトガミ』だ」


 おお、ヒトガミの名前まで言うのか。

 オルステッドは、どこまで明かすつもりなのだろうか。

 アリエルが敵に回らないとも限らないと思うのだが。


「人神というと神話に出てくる、創造神の一人……ですか?」

「その人神と俺が戦っているヒトガミが同一とは限らんが、奴はそう名乗っている」

「そのような神が……ダリウスと組んでいると? なんのために?」

「お前を殺し、グラーヴェルを王に据えるためにだ」

「はぁ……」


 アリエルは、あっけに取られた顔をしていた。

 その顔のまま、やおら俺の方を向く。


「……なるほど、突拍子もない話ですが、ルーデウス様の顔を見る限り嘘ではないようで」


 俺の顔は嘘発見器かよ。

 そんな表情に出やすいだろうか。

 自分ではポーカーフェイスをしてるつもりなんだが。

 今度、シルフィにでも聞いてみるか。

 俺の顔、どう思うって。

 かっこいいよと言ってくれるだろうか……。


「でも、そのような尊き神が、どうして兄上を……?

 やはり、兄上の方が、より王にふさわしいからでしょうか」

「いいや、奴が動くのは、より利己的な理由だ」

「どのような……と聞いてもよろしいのでしょうか」


 オルステッドは俺を見た。

 少しだけ難しい顔をしてから、アリエルに向き直る。


「今から約100年後。アスラ王国は危機に晒される」

「!」

「その際、お前が王になっているか、

 グラーヴェルが王になっているかで、アスラ王国の対応が分かれる」


 おい、なんか、俺が聞いたことない話をし始めたぞ。


「グラーヴェルが王になった場合、武力にてその危機を脱しようと試みる。

 お前が王になった場合、魔術にてその危機を脱しようと試みる」

「100年後というと、私たちは生きていないかと思いますが……?」

「王になった後の方針が違うのだ。

 グラーヴェルは武力寄りに、お前は魔力寄りに軍備の増強を行う」


 オヤブン、オイラその話、聞いてないでヤンスよ?


「武力に頼れば、アスラ王国は滅びる。

 魔術なら、生きながらえる」

「……」

「ヒトガミは、アスラ王国に滅んで欲しいのだ」


 もしかして、オルステッドは嘘をついているのか?

 アリエルにとって都合のいい話をでっち上げて。

 ……でも、アリエルが俺の顔で真偽を図ろうとしたら、嘘を発見されますよ?


「なぜ、ヒトガミはアスラに滅んでほしいのでしょうか……?」

「アスラ王国から、奴を倒す人材が生まれるからだ」

「その者が、邪魔だと?」

「その通りだ」


 アリエルは得心が行ったような顔をしていた。


「そして、オルステッド様には、その者が必要だと?」

「そうだ」


 そこで、アリエルは顎に手を当てて、思案げな表情を作った。

 やや困った顔で俺の方を見る。

 やめて。俺を見ないで!

 嘘発見器に使わないで!

 いや、ここはポーカーフェイスでオルステッドを援護だ。


「さて、あまりにも想像とは違った答えで、少々戸惑っております。

 信じてよいのやら、悪いのやら……」


 嘘と思ったらしい。

 くそう。


「俺を信じる必要はない。だが、俺はお前の知りたいことを教えてやろう」

「私の知りたいこと、ですか?」


 オルステッドが偉そうにいうと、アリエルは意外そうな顔をした。


「ルーク・ノトス・グレイラットは裏切ってはいない。

 ただ、ヒトガミにそそのかされているだけだ」


 アリエルの顔から、笑みが消えた。

 デフォルトの表情のように張り付いていた笑みが消えた。


「そそのかされた、とは?」

「ヒトガミに「お前のためになる」と言われ、間違った道を進んでいる」

「ルークはあれでいて賢い男です、そう簡単に騙されるでしょうか?」

「自分に都合のいい情報を与えられた時、人は簡単に相手を信じるものだ」


 オルステッドは俺に都合のいい情報を与えてはくれないが。

 それと信じてもらえないのとは別なんだろうな。


「……にわかには信じられない話ですが……ルーデウス様はどうお考えで?」


 いきなり振られた。

 いい手だと思う。

 もしオルステッドが本当に突拍子もない嘘を付いているなら、

 俺が整合性のある答えを出せなければ、その場で嘘だとわかるわけだし。

 けど、その問いには、答えられる。


「俺はずっとヒトガミに操られてきました。

 奴は夢の中に現れ、俺が目先の利益を得られるような助言を繰り返しました。

 そのお陰で、手に入ったものは多くあります。

 でもそれは、奴が、最後の最後に、裏切るための布石だったのです。

 俺は奴の助言に従い、奴を信じ、裏切られ、

 挙句の果てにはオルステッド様と戦わされるハメになりました。

 ルークも似たような状況になっていると考えられます」


 自分でも驚くぐらい淡々とした声が出た。

 アリエルは笑みの消えた顔でそれを聞き、オルステッドと向かい合う。

 口を開きかけ、いやと首を振り。

 もう一度、思案げな表情を作り、考えに、考えた。


「ルークは……ダリウス側についているわけでは、無いという事ですね?」

「そうだ、知らず知らずのうちに協力させられているが、

 ルーク自身にはそのような意識はあるまい」


 ずいぶんと遠回りになったが、アリエルが最も聞きたいのは、やっぱりルークの事なのか。

 オルステッドの言葉の真偽より……。


「……それを聞いて、安心しました」

「信じるのか?」

「今、このタイミングでなければ、信じなかったでしょう。

 ですが、得心がいった部分もあります。

 ルーデウス様が、やけにルークをチラチラと見ていた事とか……」


 そんなチラチラしてたっけな。


「正直、タイミングが良すぎる気もしますが……。

 騙されたつもりになって、信じてみる事にしましょう」


 アリエルは横目で俺の方を見ながら答えた。

 オルステッドはともかく、俺の事は信じてくれているという事だろうか。

 嬉しい事だが複雑だな。


「それで、ルーク以外に、ヒトガミの手駒となっている者はいるのですか?」

「恐らく、ダリウスがそうだろう」

「一番効果的ですものね。他には?」

「北帝オーベールか、水神レイダ、そのあたりが使徒である可能性が高い」

「使徒……は、3人だけなのですか?」

「ああ、それ以上は無い」

「なるほど」


 アリエルは頷いた。


「つまり、オルステッド様とルーデウス様は、

 その三人の使徒と戦いつつ、ヒトガミの目的を阻止するのが目的、

 というわけですか」

「そうだ。理解がはやいな」

「物わかりは良い方だと自負しておりますゆえ」


 アリエルは自慢げに言ってるが、笑ってはいない。

 先ほどから、表情は強張っている。


「それで、オルステッド様。提案なのですが」

「なんだ?」

「目的が同じであらば、私もオルステッド様の指示に従おうかと思います」

「……お前がそのつもりでも、周囲は聞くまい」

「周囲に言わなければ良いのです。

 悪魔に魂を売ったとしても、誰も知らなければ文句も言えません」

「……」


 あ、悪魔って言われてオルステッドが少し凹んでる。


「私は、勝利を確実にするために手段を選ぶつもりはありません。

 強い味方は、多い方がいい」

「……俺が嘘を付き、最後に裏切るとは考えんのか?」

「リスクを恐れてチャンスを逃すほど愚かではありません」


 アリエル様、言ってる事はかっこいいけど、

 実際には悪の大魔王に忠誠を誓っている気分なんだろうか。

 俺もオルステッドに跪いた時は、そんな気分だった。

 もっとも、我がオルステッドコーポレーションは福利厚生もしっかりしてるいい企業だ。

 悪そうな奴が社長をしているからって、社員の扱いまでブラックとは限らないのだ。


「で、オルステッド様。さしあたって、ルークの事は私にまかせていただきたいのですが」

「ほう」

「ルーデウス様にはヒトガミの使徒との戦いに専念していただき、

 私はルークや貴族たちの対応に専念する。

 そうする事で、互いの負担も減り、効率的な行動ができるかと思います」

「……いいだろう。ならば、ルークの一件はお前に任せる。

 可能であれば説得し、必要とあらば殺せ」

「仰せのままに」


 アリエルはオルステッドに跪き、オルステッドはいつもどおりの怖い顔でそれを迎えた。



---



 狐につままれた気分、というのはこういう気分を言うのだろうか。

 気づいたら、アリエルがオルステッドの配下となっていた。

 そして、今後の予定を明かし、共同戦線を張ることとなった。

 アリエルとだ。


「ルーデウス様。この事は、シルフィ達には内密に」

「ええ、それより、よろしかったのですか?」

「はい。ようやく私もすっきりと致しました。あ、トイレの事ではありませんよ?」


 アリエルは言葉通り、すっきりとした顔をしていた。


「これでようやく、ルーデウス様と本当の意味で協力関係を結べましたね」

「そうですね」


 俺としては、まだ不安な部分もある。

 それでも、オルステッドが任せたのなら、俺としては従うだけだ。


「アリエル様」

「なんでしょうか」

「先に言っておきますが、

 もしルークの一件でシルフィやエリスに危害が及びそうなら、

 俺は先んじてルークを始末するつもりです」

「……オルステッド様の判断には従わないと?」

「俺がオルステッド様に従っているのは、あくまで家族を守るためですからね」


 と、今の所は言っておく事にしよう。

 実際、どうなるかはわからんが。

 でも、あれだけ自信満々にルークをなんとかすると言ったんだから、

 アリエルにまかせてみよう。

 俺が一対一で話すより、そっちの方がマシだろうしな。


「わかりました、ルーデウス様。これからも、よしなにお願い致します」

「こちらこそ」


 こうして、アリエルはオルステッドの配下。

 俺の同僚となった。



 二人で仲良く帰ってきた所、

 シルフィが頬を膨らませていたのは言うまでもない。

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