総額10兆円の明るい廃墟、593mの世界一高い未完成タワー…中国のスゴすぎるゴーストタウンはなぜ爆誕してしまったのか?
2023年07月20日 12時00分文春オンライン
雄安新区のイベント展示施設 ©高口康太
10兆円ツッコんでみたけれど“住民ほぼゼロ”の明るい巨大廃墟、表向きは大盛況でも入ってみるとガラガラのアパレル卸市場、そして世界一高い未完成タワー……。中国の最新ゴーストタウン・雄安新区に足を踏み入れると、スゴすぎる光景が広がっていた!
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■若年層失業率が過去最悪の21.3%
コロナで3年ぶりとなった中国への旅。マニア心をくすぐる“廃墟”見学を堪能しながら、中国経済の未来を考えてきた。
「現在、中国は初の経済危機に直面しているとも言われている」
ある研究会での中国人企業家の発言だ。これまでにも中国は経済危機が起きたことはあるし、足元の経済も良くはないとはいえ大騒ぎするようなレベルではないように思うが、中国国内でも悲観論が広がっていることのあらわれなのだろう。
確かにここ1~2年、中国で景気のいい話は聞かない。
中国を代表するIT企業のアリババグループに巨額の罰金が科されたり、「共同富裕」という濃厚な社会主義風味を感じさせる政治スローガンが登場したりと、政府は市場主義経済を締め付けようとしているのではないかなんて見方も広がった。その煽りを食って、ナスダック・ゴールデン・ドラゴン・チャイナ指数(米ナスダック市場に上場している中国企業の株価の指数)は2021年2月のピークから3分の1ほどにまで落ち込んでいる。
昨年からは新型コロナウイルスの流行に伴う都市封鎖連発による経済停滞、厳格なコロナ対策で地方政府の財政はすっからかんになり公務員の手当削減や路線バスの運行本数削減などという切ない話もあった。7月17日発表の経済統計では若年層(16~24歳)の失業率が21.3%と過去最悪を記録している。
とまあ、こんな具合にネガティブな話題がてんこもりなのだが、実際に中国を旅してみると、景気が悪いようには見えない。大手の百貨店やショッピングモールはテナントがぎっしり詰まっているし、買い物客も少なくない。レストランはどこも結構な人出だ。北京や上海といった大都市を見る限りでは、一見すると深刻な不景気に陥っているようには見えない。
不景気の傷は見えないところにある。中国政府の統計によると、中国四大都市(北京、上海、広州、深圳)の人口は27万5000人のマイナスとなった。統計史上初の異常事態だ。工場やお店などの雇用が減り、出稼ぎ労働者が地元に戻ったためだという。なるほど、大都市では失業者がたむろっているなど、わかりやすい不景気の光景にはでくわさないのには理由がある。
■なぜ大都市では分かりやすい“不景気の光景”がないのか
大都市ではわかりづらい不景気の影響だが、それでも目をこらしてみると傷口が見えてきた。
上海市の七浦路服飾商業街。小さなアパレル卸売ショップが無数に詰め込まれたビルが、10棟以上もひしめき合っている、華東地方最大の衣料品卸売市場だ。ネット販売時代にもしぶとく生き残っていて、2018年時点で日に200~300トンもの衣料品を出荷していたという。ここから出荷された衣料品が中国津々浦々の個人経営の服屋さん、激安ネットショップで販売されている。
以前にも訪問したことがあるが、巨大な荷物を電動三輪車で運ぶ配送のお兄さん、人目を気にせず服を着替えては販売サイト掲載用の写真を撮る女性店員さんなど、活気あふれる光景が楽しいマーケットだ。
昨年の上海ロックダウン期間中にはショップ経営者たちが「仕事はできないのに、テナント料は払えっていうのはむごい」と抗議活動を行ったと報じられていたが、果たして健在なのだろうか。
訪ねてみると、相変わらずにぎわっているように見えた。客は少ないが、それはコロナ前も同じ。商売の大半はネットで完結しているからだ……などと納得していたのだが、ビルの中に分け入ってみると、まったく違う光景が見えた。
■一棟まるまる空っぽのビル……上海中心部にちょっとした“廃墟”が
1階はテナントがぎっしり詰まっているビルでも2階、3階とあがっていくと、段々と空きテナントが目立っていく。最上階まで行くともぬけの殻で電源が落とされていたビルもあった。倉庫として使われている場所もちらほら。そればかりか、ちょっと外れた場所にある人気がないビルだと、一棟まるまる空っぽになっていることも。上海市の中心部にちょっとした“廃墟”が誕生していた。
この手のマーケットはテナントの所有者が中小企業や個人であることが多く、また利用料を支払った後の又貸しもあるため、店舗の入れ替わりが激しい。下層階の店舗が抜けると、上層階から移ってきたり、人気のないマーケットから引っ越してきたりするため、人気があるところは変わらずぎっしりお店が詰まり、それ以外は廃墟化していくのだという。
似たような光景を広東省深圳市で見た。深圳市には秋葉原を模して作ったという世界最大の電気街・華強北がある。大小30ものビルに小さなショップがぎっしり詰まっている。実はその一部が最近、化粧品市場に代わっている。お隣の香港から輸入(密輸入品も含め)した商品を卸売するマーケットだ。その化粧品卸売市場を見て回ったが、やはり上層階に行けばいくほど、お店は減り廃墟化している。
普通に生活している限りでは、中国人でも卸売市場の奥底まで分け入ることは少ない。結果として、あまり廃墟は人目につかないというわけだ。
■今までの中国不景気とは異なる“でっかい爆弾”
上海市や深圳市のド真ん中に廃墟化した市場がある……と聞くと、中国経済はもうオワコンと思われるかもしれない。ただ、この手の零細事業者による商売はともかく足が早い。潮の満ち引きのように、活況になると店が増え不況になると消えていく。これから中国政府の景気対策が本格化していくと、こないだまでの廃墟が一転して大にぎわいの市場に代わっていることも十分にありえる。
このスピード感は、中国ネタを扱う書き手にとっては悩みのタネでもある。ちょっといいネタを仕入れたと思っても、少し寝かしていただけで状況が180度変わっていることもざらだ。
ただ、今回の不景気には、今までとはちょっと違うこと、長引きそうなでっかい爆弾がある。それが不動産だ。中国政府は2020年初頭、新型コロナウイルスの流行を受けて金融緩和に踏み切ったが、注入されたマネーによって不動産価格が一気に上がってしまった。これは危ないと、2020年8月に不動産業界に対する規制を打ち出したところ、これが効きすぎて今度は不動産バブルがはじけそうになっている。2021年末に顕在化した大手不動産デベロッパー・恒大集団の危機は日本でも大きく報じられたが、1年半が過ぎた今も危機は過ぎ去っていない。それどころか、中国不動産業界全体の不景気感は強まるばかりだ。社会主義国・中国ではもともと不動産は買うものではなく、お国から割り当てられるものだった。自由な取引が始まったのは20世紀末のこと。それから四半世紀にわたり、右肩あがりだった不動産市場がついに下がるかもしれないという激震が広がっている。
この不動産の危機を象徴するのも廃墟だ。というわけで、久々の旅で、中国経済の転換点を体感できる、ゴージャスな廃墟を見物してきた。
■高さ597メートル、世界6位の高層ビルが廃墟に
「おお、でかい!」
思わず声が漏れてしまう。高さ597メートル、世界6位の高層ビルにして、「世界一高い未完成建築」として名高いのが天津市にある高銀金融117だ。2008年に着工し、その7年後には最頂部まで完成していたが、そこでお金がなくなり工事はストップ。野ざらしにされてきた。
ちゃんと壁を作った主塔部はまだいいが、隣にある付設ビルは柱がむき出しのまま。長年、風雨にさらされてきたので、いたるところにサビが浮いている。
高銀金融117は商業施設とオフィスが入居する予定で、その回りにはオシャレな高層マンションと高級住宅を集めた住宅街が作られている。こちらはほぼほぼ完成しているようだが、ほとんど住んでいる人はいないようだ。
電動自転車で周囲を走り回ったが、誰ともすれ違うこともなく快適なドライブを堪能できた。全住民が神隠しにあった街と言われてもついつい信じてしまいそうな異様な光景だ。
中国ではこの10年、こうしたニュータウン建設が盛んだったが、その多くが交通の便が悪い陸の孤島状態だ。中国で飛行機に乗っていると、畑や沼のド真ん中にビルがにょきにょき生えている景色をよく見かける。高銀金融117も市中心部から車で30分程度とさほど僻地にあるわけではないが、地下鉄はなくバスの本数も少ない。電動自転車で通勤するにはちょっと距離があるので、やはり陸の孤島状態と言っていいのだろう。あと10年ぐらい待つと地下鉄が開通するらしいが、それまでこの状態なのだろうか。
■10兆円を費やした廃墟の都が爆誕!
高銀金融117は一説によると、500億元(約1兆円)を費やしたあげくに廃墟化したという。すさまじい金額だが、実はそれをはるかに上回る5000億元(約10兆円)を費やした廃墟が今、爆誕している。
それが、習近平総書記が作る新たな都、雄安新区だ。
北京市から南西に100キロほど離れた農村を、エコでハイテクな大都市に作り替え、北京市の経済・研究機関の一部を移転させようという国家プロジェクトである。雄安新区建設計画は2017年に発表されたが、その時は世界でも大きく報じられ、日本からも多くの視察団が訪問している。
中心部はEV(電気自動車)しか入れないエコ・シティだ。無人バスや無人宅配車、無人清掃車が走り回り、無人スーパーまであるイノベーション・シティだ、などと驚きの声が伝えられていたが、その後すっかり報道は消えた。外国人どころか中国人すら興味を失ったらしく、雄安新区観光ツアーも今はない。この習近平肝いりの都がどうなっているのか、見てみたくなった。
そこで目にしたのは、高銀金融117周辺の無人住宅街を数十倍にレベルアップしたような、超巨大ゴーストタウンだった。雄安新区はかっちりと町作りの計画が作られており、居住区から徒歩15分以内に学校や病院、スポーツ施設、徒歩5分以内に幼稚園やコンビニがあるといった具合に、どこにマンションを建ててどこにお店があってどこに公共施設があるか、すべて先に決められている。その計画通りに建設が進んでいるわけだが、今のところ住民はほぼゼロ(昔からこの地に住んでいた農民たち用に作られた補償住宅街だけはちょろちょろと人がいる)。それなのに計画通りに街は作られているので、無人の街だけができている。やはり神隠し状態のゴーストタウンだ。
■「イノベーション!イノベーション!」習近平はハコモノ作りに邁進中!
しかも、まだまだ工事は始まったばかり。車で周囲を回ると建設が終わっているのは中心部だけで、周囲は建設現場や荒れ地ばかりだった。すでに10兆円を突っ込んだというが、完成までにあとどれだけ投入すればいいのか、見当もつかない。
また、自慢のハイテク・イノベーションもほとんど姿を消していた。無人スーパーは撤退。無人バスの停留所は撤去。無人宅配車、無人清掃車は稼働を停止しているという。
建設途中の街を廃墟というのは間違っているかもしれないが、無人の街並みや広大な荒れ地は廃墟感でいっぱいだ。
この雄安新区は「中国第三の国家級新区」と位置づけられている。深圳自由貿易特区を作った鄧小平、上海・浦東経済新区を作った江沢民と並び、習近平総書記の政治業績を示すレガシーにしたいのだろう。ただ、鄧小平、江沢民は中国経済が青年時代、ともかく箱物をがんがん作って成長していく時代のリーダーだった。経済が成熟した今は別のスタイルの経済発展が求められるはずだ。なので、習近平総書記も「イノベーション!イノベーション!」と連呼しているのだが、結局は巨大箱物作りに邁進しているのはいかがなものか。
足元の不景気は中国お得意のスピード対応で乗り越えられるかもしれない。だが、不動産頼みからの脱却という中長期の課題はクリアできるのだろうか。楽しく廃墟見物をしながらも、この疑問が頭から離れることはなかった。
(高口 康太)
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