学校にて
「頬杖もつかずに眠るとわぁ、器用なもんだなぁ谷々ぁ」
気づくと視界が教科書によって左右に割れていた。
そして額がちょっと痛い。
それが、戻ってきてはじめての感覚だった。
どうやら担任の腰山に教科書で額を叩かれたらしい。
隣で松風がニヤニヤと笑ってこちらを見ている。
随分と懐かしい顔だ。
本当に帰ってこれたんだ……。
じんわりと、冬の日に暖かいスープを飲んだように実感が湧いてくる。
「……はい、でも貧乏なんですよ」
まるで昨日の続きのように軽口で答える。
「たわけぇ。ちゃんと聞いとけよぉ」
そう言うと腰山は教壇へと帰っていった。
「珍しいじゃねぇか谷々、お前が授業中に寝るなんてよ」
松風がヒソヒソと話しかけてくる。
寝てた、ということになっているのか。
まぁ、こちらでもきっちり1年経っていたら大変困ったことになっていたのだが。
「長まばたきだよ。寝てない」
自分でもよくわからない言い訳をしつつ、松風に尋ねる。
「僕はどれくらい寝てた?」
「さぁー、俺が気づいた時には寝てたけど2.3分くらいじゃねぇ?」
そんな程度か。
体験した時間に比べてあまりに短い現実の時間に少しだけ驚く。
まぁ、実際夢のような話なのだ。
そんなものなのかもしれない。
というか本当に夢だったんじゃないか?と一瞬疑ったが、右手を見てそうでないことを確信する。
人差し指に慣れ親しんだ指輪がはまっていたからだ。
きらり、と指輪の宝石が輝いた。
……夢じゃない。
となれば他の5人も。
そう思ってそれぞれの席に目線を向けると、最初に目があったのは一番だった。
無言でこちらをみつめ返し、それからこくりとうなづいた。
……間違いない、やはりみんなも向こうに行っていた。
一番も僕を見て確信を得たのか、隣に座る四方田さんに何事か耳打ちし始める。
あの世界について確認しているのだろう。
できれば今すぐその会話に参加したいところだが、流石に授業中に立ち歩き「異世界行ってたよね?」と話し出す勇気は無い。
授業が終わるのを待とう、そう考えていると
「おい、一番!どうなってんだこれ!? 俺らさっきまであの変な世界にいたよな!?」
……勇気ある者が現れた。御法川だ。
彼は自分の席を立つとずかずかと一番の席へ進み、周りの「え? あの人どうしたの?」という視線をものともせずに話し出した。
「おめぇらも行ってたんだよな!? まさか俺だけの夢ってわけじゃねぇだろ!?」
「御法川、落ち着いてくれ。その話はまた後でちゃんと……」
周りの空気を察してなんとか御法川をなだめようとする一番だが
「落ち着けるわけねぇだろ! ってかその反応はやっぱおめぇらも行ってたんだよな!?」
むしろヒートアップする御法川に一番が困ったような顔をしている。
そんな2人を見兼ねたのか
「おい御法川ぁ授業中だぞ! 自分の席に戻れぇ!!」
教壇から腰山の怒号が飛ぶ。
「うるせぇ! こっちはそれどころじゃねぇんだ! おい一番! あいつは一体……」
腰山の怒号に一切怯むことなく怒鳴り返す御法川、そんな2人のやりとりにざわつき始める周りの生徒達。
その場が収集のつかない様子になりつつあったその時
がしゃん!!
「きゃあぁあぁ!!」
何かが倒れる音と、生徒の悲鳴が聞こえた。
尋常でない悲鳴にクラスの視線が一斉にその生徒へと向かい、次いで倒れたものに向かう。
そこに横たわっていたのは白目をむき、口から泡を吹いている沢田石礫の姿だった。