鳥たちの生息地を取り戻すために。イタリアの田園で始まった農地に“余白”をつくる試み

野鳥の数が世界的に減少を続けている。その要因のひとつに効率重視の農業があるとされ、鳥が生息する“余白”を奪ってしまっているのだという。そんななか、自然保護エリアをつくったイタリアの農家の農場の一角に、絶滅したかもしれないと思われた鳥が住み着くようになった。
鳥たちの生息地を取り戻すために。イタリアの田園で始まった農地に“余白”をつくる試み
Photograph: Getty Images

アリチェ・チェルッティは、イタリアの田園地帯にある自宅の稲作農場で鳥のさえずりを聞きながら眠りにつく。朝になると、世界的に数が減少しているオグロシギの声で少し荒々しい目覚めを迎える。チェルッティは、耳をつんざくようなオグロシギの声を取材中にまねて笑った。「この鳥の声を聞くとイライラするんですよ」と彼女は語るが、すぐに「本当に大好きです」と付け加えている。

チェルッティは、ミラノとトリノのちょうど中間地点に位置している115ヘクタールある稲作のための農地を、保護プロジェクト用の土地に変えた。過去10年ほどの間に、彼女と彼女の家族は何千本もの木を植え、湿地を再びつくりだしている。そして、チェルッティが野生生物のために確保した土地に巣をつくる貴重な鳥たちの調査と管理のために、専門家たちを招いた。

彼女の取り組みは功を奏しているようだ。「わたしたちには、素晴らしく大きな責任があるのです」と、チェルッティは語る。同時に彼女の農場は、イタリアで記録された最後のオグロシギの営巣地なのだと、チェルッティは説明する。地域の研究者たちが、この鳥がほかの場所から姿を消したにもかかわらず、彼女の土地に住み着いていることを発見したのだ。

激減を続ける世界の鳥の数

世界に生息する10,000種以上の鳥類のうち、半数が減少の一途をたどっている。この問題は数十年間で悪化しており、科学者たちは半世紀前と現在の鳥の数の概算を出した。その数字は驚くべきものである。

英国だけでも、1970年と比較して7,300万羽もの鳥が減っている。フランスのモンペリエ大学の生態学者であるヴァシリス・ダコスによると、欧州では2,000万羽の鳥が減っており、これは1980年から換算すると8億羽の減少に相当するという。また米国では、わずか50年の間に30億羽を下らない鳥が姿を消しているのだ

「驚異的な数の鳥が減っています」と、環境保全の非政府組織「BirdLife International」で欧州と中央アジアのディレクターを務めるアリエル・ブルーナーは語る。生息地の消失、農業用殺虫剤の使用量の増加、そしてもちろん気候変動といった要因が影響しているのだ。

たとえバードウォッチング愛好者でないとしても、鳥の数が減ってしまうことの影響は被ることになる。鳥は昆虫を捕食し、植物を受粉させ、果物を食べたあとなどに種子を排出することで生態系を維持している。わたしたちは健全な生態系に依存しながら、きれいな空気や食べ物、そして安定した気候を享受しており、鳥は生態系を維持するための重要な役割を担っている。

つまり、鳥の数が激減している事実は衝撃的なのだ。しかし、チェルッティをはじめとする人々は、これに変化をもたらそうとしている。彼女は農地のおよそ4分の1を自然保護エリアに指定した。例えば、その土地のうちの6.5ヘクタールは森林になっている。「Cascina Oschiena」という農場を「Google マップ」の衛星写真で見ると、彼女と隣人たちが所有する広大な田んぼの海のなかに、濃い緑色の木々があるのがわかると、チェルッティは語る。

チェルッティは農業用殺虫剤の使用を取りやめ、湿地で植物が再び育つようにするための余白をもたせた。オグロシギのほかにも、サンカノゴイタゲリも生息しているが、どちらも減少傾向にある。もちろん、同じ土地で利益を最大化するような運用方法と比べると、収入は減ってしまう。だが、そんなことは彼女に関係ないそうだ。

「すべての農家がわたしたちと同じことができるわけではありません。でも、何かアクションを起こすことは重要だと思います」と、チェルッティは語る。彼女は、隣人に自身の農場と隣接エリアで、強力な除草剤であるグリホサートをまくのをやめるよう働きかけていたが、その訴えが実ったという。「大きく前進できたと思います」と、チェルッティは語る。

生態系が貧しくなっている

欧州のバードウォッチング愛好者や研究者に話を聞くと、ほんの1〜2世代前には普通に観察できていた鳥が、いまでは絶滅の危機に瀕していることを耳にするかもしれない。アイルランドの至るところでさえずりをかつて聞くことができたウズラクイナを例にとってみよう。いまとなっては、限られた場所に数百羽の個体しか存在していない。

「率直に言って、かなりひどい状態にあります」と、英国鳥類学協会(BTO)でシニアサイエンティストを務めるロブ・ロビンソンは指摘する。彼は、キタヤナギムシクイを例に挙げる。ロビンソンは、この小さな鳥にわっかをくくりつけて放鳥するという、長い間使われてきた手法で調査をしている。

「(これまでは)15〜20羽ほど捕まえていましたが、いまは年に1〜2羽しか捕まえられません」と、ロビンソンはこの仕事を始めてからの変化を説明する。また、子どものころにはフィンチの群れが農地によく飛んでいたという。「こうした鳥は、最近めっきり見なくなりました」

ナイチンゲールやキジバトも、かつては春になると英国の田園地方にたくさんいたが、いまとなってはほとんど見かけなくなった。

「鳥だけでなく、昆虫や爬虫類、両生類、そして多くの植物が失われています。生態系が非常に単純化され、貧しくなっているのです」と、BirdLifeのブルーナーは付け加える。これによって、侵入生物の数が簡単に増えてしまうのだと、彼は指摘する。また、作物は化学物質と人間の介入への依存度が高くなり、病気にかかりやすくなっている。

このほかにも、ブルーナーが「道徳的な問題」と呼ぶものがある。何千年もの間、風景や人間の文化の一部であった景色や音が消え去ろうとしているのだ。またキジバトは、聖書のなかに何度か登場していると、彼は言う。

鳥の個体数が減少している唯一かつ最大の原因は、農業の集約化によるものだとブルーナーは指摘する。農薬の多用、昆虫や鳥が生息できるような生け垣や余白の喪失、効率を過度に重視した収穫方法などが問題となっているのだ。また、BTOのロビンソンによると、70年ほど前の小麦農家は通例として、作物の1〜2%を畑に残していたという。

「数字だけを見ると、そんなに多くないように思えるかもしれません。でも、広い農地を増やしていければ、鳥の個体数を維持できるです」と、ロビンソンは語る。農業の技術や収穫方法が発展し、最後の1粒まで余すことなく収穫できるようになったため、鳥たちには食料源が残されていないのだ。

効率化された集約農業の影響

モンペリエ大学のダコスと彼の同僚は、大規模な研究結果を2023年5月に発表した。これは、欧州28カ国に及ぶ20,000カ所から得られた37年間の鳥の個体数のデータを分析したものだ。研究チームは、町や都市の拡大、森林地域の喪失、気温の上昇、そして農業の集約化を、鳥の個体数変化の大きな要因として検討した。そして、こうした人間が原因の圧力のすべてが、170種の鳥類の個体数の推移に何らかの影響を及ぼしているという分析結果が導き出された。

だが、鳥の数の減少と最も強い相関関係があると思われたのは、集約農業であった。集められたデータによって、農地に生息する鳥類が苦境に立たされていることが明確になったのだ。

「これほど極端な結果が出るとは思いもしませんでした」と、ダコスは語る。農地に生息する鳥の数は、80年から16年にかけて56.8%減少したと、彼の研究チームは推測する。次に急減したのは都市部の種で、27.8%減少したという。

この大規模な研究プロジェクトは、鳥類が直面している問題の一部を明らかにしている。だが、わたしたちはこうした問題を何年も前から認識していたと、コーネル大学鳥類学研究所の鳥類個体群研究センターに所属するアマンダ・ロードワルドは指摘する。

「わたしたちは、問題解決に乗り出す根拠となる情報が、すでに十分にあることを知っていました」と、彼女は語る。「行動を起こせなかったということは、皆がひとつになって動けるほどの強い意志力を持てなかった事実を示しているのだと思います」

とはいえ、こうした活動を支援する方法はある。例えば、野生生物の保護とその促進に取り組む農家に対して、税金などの優遇措置を講じらるなどだ。また、環境に配慮したサステナブルな商品を求める消費者の声もいい影響を与える可能性があると、ロードワルドは語る。

カリフォルニア州では、渉禽類が繁殖できる場所を保護するために、冬の田んぼの脱水を遅らせたコメ農家に金を払っている。「BirdReturns」と呼ばれるこの取り組みは、何年も順調に運用されている。鳥類にとって最も保護効果が高いと考えられる地域を対象としている。これらの地域は、コーネル大学が開発したアプリ「eBird」に収められた市民科学者たちの観察データを基に選ばれたものだと、ロードワルドは言う。

「資源を利用しながら地球を管理する方法について、改善策が必要だと多くの人たちが認識しています」と、ロードワルドは語る。現在の暗い見通しとは裏腹に、BTOのロビンソンもまた未来への希望をもち続けている。

チェルッティの取り組みは、局所的なものではあるが示唆に富むものだ。わずか12年前まで鳥のことをほとんど知らなかったにもかかわらず、彼女はほんの数年で何ヘクタールかの土地の用途を変え、野生生物を受け入れたのだ。

「とにかくすごいと思います」と、チェルッティは語る。「自然に何かお返しをすると、すぐにそれを活用してもらえるんですよ」

WIRED US/Translation by Naoya Raita)

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