太陽の下に踏み出す

ふと、壁にかかっているウエザーステーションの数値を観ると、18℃、と表示されている。

センサーは、ちょうど百葉箱のような環境の場所にあるので、晴れた日で、芝生の上は、20℃以上あるはずです。

北半球とばかりやりとりしているので、あらあ、今日は随分涼しいね、とおもうが、落ち着いて考えてみると、身は南極の近傍にあり、なんちて、南半球にいて、真冬です。

あり、壊れたかな、とおもって外に出てみると、Tシャツでも身体を動かせば汗がでそうな陽気で、なんだか、お狐さんにつままれたような気がする。

部屋にもどってインターネットに訊いてみると南欧は、軒並み40℃を超えている。

よ、四十度?

南欧に行ったことがある人なら、百葉箱40℃が、いかに欧州の街では地獄か直感的にわかるはずで、だって、道も壁も、両側に居並ぶ家々も、全部石だからね。

百葉箱40℃をつくりだす太陽の光は、灼熱の街をうんで、石焼きで、イモにーちゃんが歩いていれば、石焼きイモです。

家に帰って、「ただいも」と述べた途端に、ばったり倒れて絶命してしまうのではないか。

石焼きの街路でなくても、緑がおおい田舎でも、例えば30℃になるかならないかのコモ湖の湖畔のTremezzoからLennoへのお決まりの散歩道でも、途中には小さな町があって、これは典型的というか、左右と足下は、びったり石です。

途中、オリブの木陰のベンチで涼んだりしながら、Lennoの船着場に近いレストランまで歩いて行こうとして、モニさんが熱中症になってしまったことがある。

世界中で採用すればいいのではないかとおもうが、オーストラリアにはスポットで温度を表示できるモニターがあって、いちど、ダーウィンが35℃を超えた日に観ていたら、商店街の庇に下や、日向のベンチは60℃を超えていて、ドイツのアフリカ師団の兵士たちは三号戦車の車体で朝食の目玉焼きをつくって遊んでいたそうだが、十分、親子丼の「かしら」くらいはつくれそうでした。

60℃

低温調理でチャーチューが、いちばんおいしくつくれる温度ですね。

欧州の街ほど石だらけではないが、むかし、42℃のシドニーにAppleのコンピュータとUSBステーションやらなにやら、周辺機器を買いに行ったことがあって、ピットストリートから角を曲がって1ブロック行くだけの、距離にして100メートルもない道のりが歩けなかったことがある。

愚かにも1時過ぎに出たので、並木があるからダイジョブだろうとおもう浅はかさ、ものすごい熱気で、こういうときは熱気というのかどうか書いてから考えたが、よく判らないので、熱い空気で、「アラビアのロレンス」T.E. Lawrenceが書き残した、アラビアの砂漠の「逃げようがない熱気」を実感できたと考えました。

木陰になんか入っても、全然だめで、日なたと空気で繫がっているのがうらめしくなるくらい熱くて、暑くてよりも熱くてが相応しいくらい熱くて、もともとの偏見が手伝って、

「やっぱりオーストラリアなんて人間が住むところじゃないな」と心のなかで悪態をついていた。

いつものことだが、突然、余計なだけの、へんなことを言うと、この日の午後に食べたランチは

Woolloomoolooのインド料理屋で、タンドリで焼いたラムが、むちゃくちゃおいしくて、

やっぱりインド料理は暑い国の料理だなあ、と妙な感心に耽ったりした。

40℃を超えると通りのあちこちが70℃くらいになって文字通り火傷しそうな熱さのはずで、

なつかし価値で、いまでも大事にしてはいるが、他人に貸しているバルセロナで初めに買ったピソなどは、英語式にいえばペントハウスで、言って見れば屋根の上に住んでいるようなものなので、あの広大なテラスも、座っていられなさそうです。

スペインシャンパンcavaも炭酸でシュワシュワする代わりに、沸騰してシュワシュワするのではないか。

まじめな話、スペインの街はおろか、夏のバカシオンを楽しむために出来た、避暑地の、例えばLlafrancでも、日本の軽井沢とおなじことで冷房を付けるのを佳しとしないので、

夏のバカンスにでかけて熱地獄のなかで絶命することも考えられる。

わしガキのころは、夏を追いかけて、ニュージーランドも連合王国も、「夏は天国で冬は地獄」という天候の性格が共通していたので、ややぞんざいな現代日本語でいう「いいとこ取り」で、

冬は雪を観るためだけに留まってみるような生活をしていたが、やむをえないので、どうせ北半球と南半球を往復する生活をするのなら、今度は冬を追いかけて渡り鳥生活を送ればよさそうなものだが、冬はもちろん、春も秋も、両国とも碌でもない天候なので、どうするかなあ、といまから困っています。

日本の人たちは、どうしているかなあ、日本にいたら自分はどうしているだろうか、と、異常気象の話題が出るたびに、よく考える。

軽井沢は案外夏は暑いところで、夏は、30℃を超える。

だいたい、東京都は5度くらい異なるだけです。

追分になると、軽井沢よりお標高があるのと、森が深いのとで、28℃くらいになる。

軽井沢から、クルマで気楽に行ける、もっと涼しい場所というと、菅平くらいか。

もっとも菅平は、ヘンテコリンな思い出があって、友だちの別荘を訪ねていったら、別荘村への一本道の終わりで、中年の女の人が立っていてクルマのドアを叩いている。

なんですか?とウインドーを開けたら、ニュッと上に向けた手のひらを突き出して、

「マネー、マネー!」と繰り返します。

しばらく意味がとれないことを言って、身振りと日本語(←初めから日本語でダイジョブだっちゅうのに)で説明するのを聞くと、この道を通るには300円払わなければいけないという。

なんで「いけない」のか判らなかったので、シカトしてクルマを出してしまったが、友だちの家で訊いてみると、もともとの土地を持っていた人だかなんだかで、権利もなにもないのに、

訪問する人全員に「カネをくれ」というので別荘村のひとびとは全員迷惑しているのだ、ということでした。

ナンダソレワとおもったが、下品なおばちゃんのために、折角の、楽しい友だちとの夏の夕暮れどきのBBQを台無しにするのもバカバカしいので、それきり、なにも訊かなかったが、

軽井沢でも、自分の家に寄ってみると、誰かが庭の木立のなかでゴソゴソやっていて、キノコを採っている。

ひさしぶりに訪問すると薪がごっそり盗まれている。

「ものを盗む」ということが平気なようで、軽井沢友のひとりなどは、高価な高山植物を集めて庭で育てていたら、どんどん盗まれるので、ある日の早朝、人の気配に目が覚めたときに、庭にでて、「花を盗むのはやめてください」と述べたら、相手は東京の人で、

「あら、花泥棒は粋だって知らないの?」とバカにした顔でいいやがった、と憮然としていた(^^;)

あの道徳ゼロのカオスの町で、気温まで冷房がないと暮らせなくなったとすると、果たして、出かける気が起きるかどうか。

7月で40℃を超えてしまうとなると、夏がなくなったのとおなじことだが、日本も湿度が高いので35℃くらいでも、つらそうです。

日本もメキシコのように、ズリズリと高いほうにオカネがあるひとびとは移動して、ビンボ人だけが低地に住むことになるのかしら、と考えたりする。

わしガキ読書のなかに、カール·セーガンが混ざっていて、何冊か読んで、あらかた忘れてしまったが、地球温暖化の問題は、ゆっくりししか進行しないので、人間はバカではないので、ゆるやかに進行する危機には必ず対処するから心配する必要はない、と書いてあったのをおぼえている。

おっちゃんがそう言うなら、まあ、ほんとうで、心配することはないのだろう、とおもっていたが、海にいる魚が、釣ってみると、「あんた、もっと熱帯に近いほうの魚やん、こんなところで何してはるの?」な魚だったり、苦労して辿り着いた釣りのポイントなのに、まったく魚がいなかったり、あるいはロトルアの湖畔の別荘が、水位が上昇した湖面のせいで、軒並み浸水するようになって使えなくなった、というようなニュースを観ていると、

地球も、いよいよ住めなくなってきたかな?と思わなくもない。

英語圏では、気の早い人は、いまからカナダの寒冷地帯に家を買い求めたりしています。

皮肉なことに穏やかな気候が文明の発達を促した中緯度地方ほど温暖化の影響が激しいことが判っていて、1年の平均気温が1度以上上昇するという、「平均」の意味が判れば、たいへん、としか言いようがない気温上昇が起こっている。

対策といえば産業国家がこぞってクリーンネネルギーに切り替えるという、やらなくてはならないことにしても、新興国は経済成長しなければ、どうもならないことを考えると、気休めみたいな方策しか取れません。

人間は夏に40度を超えて、真冬に20度近いような気温で生きていけるように出来ていない、という生物的な条件に加えて、これほど、予想を遙かに超えて気温があがれば、特に大気と地表のあいだの水の循環において、というのは、簡単にいえば雨の降り方が、激しく、荒っぽいものになって、現にオークランドでも今年の秋には、いままでいちども起きたことがない場所で、洪水が起こり、地滑りがあって、数多くの住宅が放擲されることになった。

ちょっとドライブするだけで、いままで観たことがない、オレンジ色の地肌を見せた崖崩れが、高級住宅地のあちこちで起きています。

カルト宗教やQアノンのような陰謀論は、世界の仕組みが理解できず、観察とdeductionの力でついていけなくなって、

当たり前で怪しむべきことではないが、anxietyが増大して、いてもたってもいられない気持ちのひとたちを呑み込んでゆく。

「気持ちの余裕がなくなった」と感じる人もいるでしょうし、耳元で、わあああああ、という声が聞こえそうな気持ちになっている人も出て来ているはずです。

地球温暖化の予測できなかった速度での進行は、世界の複雑化だけでない要素が、人類を、言わば「狂わせて」いることの良いサンプルであるとおもう。

さっきフォーラムを覘いたら、プーチンがまたぞろ戦術核の使用に気持ちが傾いて、エスカレーション理論は誤っていて、ロシアが戦術核を実際に使用することによってNATOを臆病な気持ちさせて、ウクライナでの戦況を逆転できると妄信しはじめた、と様々な傍証を挙げて議論していた。

あるいは、中国の巨大経済は破滅に瀕している。日本のバブル崩壊時とおなじなのではないか。

その結果、習近平は国内を纏めるために台湾侵攻の大博打に踏み出すのではないか。

わし年長友は外科の大家(←おおや、ではありません)で、ガメ、おれの医学能力は外科の腕だけじゃないのよ。こう見えて医学教養もトップクラスだからね。インターネットを渉猟して30分もすれば、自分が末期の癌で余命幾許もないと証明してみせる、と悲観がいかに強烈な力を持っているかを説明して笑っていたが、真理で、

世界は角度を決めて意図をもって眺めれば、無限に救いがないように見えて、それこそ30分もインターネットを歩き回れば、地球が終末を迎える寸前であることを証明する本くらいは書けそうです。

ところが稀には本当に破滅することがあるから、ものも言えない。

ゲームとして証明された癌で外科医は亡くなり、ただの遊びで辿り着いた結論どおり人類は破滅を迎える。

安全神話、という。

なにかが起こるまでは大丈夫ですよ、どころか、頑張りに頑張って、なぜなにも起こらないのかを力説して、何もしないためなら何でもするで、世の中にブラックスワンなんてあるものか、あるなら目の前にもってきたまえ、と豪語していて、目の前で羽ばたくブラックスワンを観て、そ、そんなバカな、と譫妄状態で述べている。

もう、ここまで世界がひどくなってくると、手の施しようは実はないのかもしれなくて、日本に限らず、もうなんでんかんでん手遅れなんじゃないの?とおもうことはあるが、

多分、正しい態度は、結論は暗くても、取りあえず正しい方向を探して、向いて、

そっちへ向かって一歩でもおおく歩くしかない、という「例のあれ」になるしかないのでしょう。

理由ですか?

こうしているあいだにも、産声は世界中であがって、若いひとたちが自分の幸福を求めて、次次にやってくるからですよ。

彼らのために道を均すこと。

彼らのために悪意を除くこと。

彼らのために人間のダメさ加減や残された人間性の希望について道標を残すこと。

そのほかに人間が生きる価値なんてあるわけはない。

自分の子供かどうかは、関係がない。

国も人種も文明圏も関係がない。

人間はempathyという不思議な能力を持ってここまで来た。

仲間に友愛を感じ、交感する能力を身に付け、自分たち黄金郷の建設を共に夢見る能力を持ったが、それはまた仲間集団Aと仲間集団Bのあいだに競争を起こし、啀み合いをうみ、集団殺人に特化した文明現象である戦争を引き起こした。

むかしはですね。

17世紀くらいまでは、と言ったほうがもっと具体的か、この人間の友愛が生むマイナス面は、

地球上に疎らな点くらいでしか人間種族も紛争も存在しなかったことによって、大事に至らなかったが、いまの地球は、人間同士種族同士宗教グループ同士が押しくら饅頭です。

立錐の余地もないというが、ふり返ると肩があたるほど異なる信条や宗教理念、リソース利害が隣り合っている。

破滅への第一の条件が完備されてしまっている。

そこへインターネットが普及して、騒音洪水で有名なマンハッタンの街角どころではない、ちょっと心を病んでいる人や疲れている人は耳を両手で覆って、絶叫したくなる衝動に駆られるほどの「情報の騒音」が伽藍に響き渡るようになってきた。

まず落ち着くこと。

気を静めて、自分がどうするか、ゆっくり考えてみること。

そのときに他人の視線を考えから徹底的に振り払うこと。

踏み出すまえに、やらなければならないことはたくさんありそうだが、

いまのまま、ぼんやりしていれば、あっというまに情報の集中豪雨に流されて、洪水につれていかれてしまうでしょう。

深呼吸をして、おもいきってドアを開ける。

出ていかなくては、仕方がないのだから。

歴史上、かつてないほど、生きていくのが難しい場所へ。



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