小説家になろうで投稿したが、数年たって誤字脱字がひどくて恥ずかしくなって消した小説。今更なろうで再投稿するのもなんだかなーと思ったが、諸事情によりプライベッターで公開します。まだ誤字脱字など直すところはあるだろうけど広い心で読んでください。
衝撃もあったもんじゃない。
本当に、突然だった。
全く考えたことなんてなかったんだ。テレビの中で、ゲームの中で、小説の中で。そんなことが実際に起こるなんて、起こったらいいなって思ってたけど。思ってたけど、私は知らなかったんだ。本当に、身近に起こるなんて。
あのゲームの発売日まで大丈夫か、あの小説の完結が見たかったとか。様々なことを考えるけれど、こればかりはしょうがない。後悔なんて、してもしきれない。やりたいことがあるけれど、そんなことする時間もない。作れもしない。
しょうがないって、割り切れるものでもないけれど、表面上はそう言ってた。嫌だって泣き喚いても、どうしようもなかったんだ。してみたけど、どうにもならなかった。
周りがなだめて、一緒に泣いて、抱きしめてくれて。どうしようもないって、気づくのに時間はかからなかった。
だから本心は隠して、しょうがないって言った。
余命宣告されるって、こんなことだったんだ。
本当に自分の事なのか、その時が来る直前まで、まるで他人事のように感じていた。そう、きっと他人事なんだって、正直現実逃避もしてた。
でも、わかってた。他人事じゃないことも、現実だってことも。
苦しむのは好きじゃない。痛いのも、当然嫌い。
薬などでなんとか私を生きながらえようとしてくれている医者や家族を見ていて、なんだが、正直つらかった。いつまで、私にそうしていてくれるのか。
どうせ死ぬんだ、もういいよって。薬とかも、あまり美味しくないし、治療も痛いんだ。だから、もういいよって。私に、時間かけなくていいよって。
頑張れ頑張れって、それって本当に私に言ってるのかって思うようにもなってきちゃったんだよ。頑張れって、私じゃなくて自分たちに言ってるんじゃないの。死ぬってわかってる私に言ってもさ、どうしようもないじゃない。
そう、ひどいことを考えるくらいには追い詰められてたんだよね。たぶん。
だから、ふと意識が遠のき、あ、死ぬかもって思ったとき、少しほっとした。
言ったように、痛いの嫌いだし、苦しむのも嫌だしさ。
ほんと、眠るように死んだだけでも幸いって思わなきゃさ。
まじで、やってらんねーよ。
と、思った時期が、私にもありました。
目が覚めると、暗い洞窟の隅。
いやいや、なになに。何事だ。何度も何度も目を凝らして、やっと見えるようになる。
見渡せば、なんと爬虫類の中にいるじゃないか。いや、自分もそうなんだと気づくまでには少しかかった。
黒黒黒。
明かりもほとんどない場所に、黒い爬虫類がもぞっとかたまってたんだ。いや、私もその塊の一つだったね。
やべぇ、死後の世界超やべぇ。本当にやばい。なになに、私悪いことして地獄行きになったの? そんな悪いことしてないよ。親より先に死ぬと、こんな場所に放り込まれるわけ?
私は不可抗力だよ。犯罪もしてない、立派に生きてきたって胸張れるようなこともしてないけど、人様に顔見世できないほどの事もしてない、と思う。見られてやばいものはあったけど、あくまで黒歴史にとどまる程度の事だよ。
あ、きっとそれも見られてるんだろうね。遺品整理とかしてる時にさ。悲しくなってきた。胸が痛い。ついでに心の傷が抉れる。
くそでかいトカゲって思って何とか逃げようとはしたけどね、体がうまく動かないんだ。それに、攻撃もしてこないし、よく見えないけど食べ物もくれた。あまり美味しくはなかったよ。味がしないし。塩持って来いよ、って何度も言いかけてやめた。でかいトカゲ超怖い。
それで、しばらくしてやっと気づいたんだよ。いや、結構気づくのに時間がかかったね。
角が見えた、トカゲに角はないね。大きな翼も見えた、トカゲは飛ばないね。鋭い牙も見えた、トカゲはいつからそんなに凶暴な容姿になったのかな。
それで気付いたんだよ。あれ、竜じゃねって。
私はどうやら、黒い竜の一匹として、誕生したらしい。
いやぁ、歓喜したよ。さすがに呆然としたけど、そのすぐ後には歓喜の嵐だよ。
だって、竜だよ、竜。しかも、自分は生きてる!
ドラゴン。あれじゃね、チートってやつだよ。
記憶を持ってて、ドラゴンって、あれだよ。
特殊な存在みたいな。最強の存在とかね。
実は先祖がえりで、強力な力を持ってるとか。
金髪青目イケメンが出てくるとか。逆ハーとか、憧れるって。脳内逆ハー。リアルでなれると思ってたら、それは中二病じゃなくて、ただの痛い精神病になっちゃうからさ、脳内で。いや、本当にありえちゃうかもしれない。
本当に! あり得る! 可能性も否定できない!
これは、もしかしなくても、望みが叶えられるんじゃないか!
活躍して、世界救っちゃいました、的な。
的な、と思っていた時期が、私にもありました。
ありました。
もうそんなドリーム、捨てました。
元日本人の大学生である私は、突然に余命宣告され、宣告通りにあっさりとご臨終。
次に目が覚めると、暗い洞窟の中だった。
転生という事実が出るまで、ここは地獄じゃないってわかってから時間はかからなかった。そのくらいの知識は、あった。読み漁っていた本にもあったし、憧れてもいたしね。
一度死んだこともあったのかもしれないけれど、今の私が置かれた状況を受け入れるだけの時間は、あまり必要なかった。むしろラッキーだよ。生きてるってのが、何よりも嬉しかった。
なにせ、一度死んだって自覚したからね。死んだって、その瞬間ですら生きたいって思ったんだよ。どんな場所でもいい。まだ生きていたいってさ。
だから、嬉しかった。前の人生に未練はありまくるけれど、これはきっとチャンスなんだ。もう一回、やってみればって誰かが私にくれたんじゃないかって。そう思うくらいには嬉しかった。
どうやらこの洞窟には黒い竜の幼い子供が集められているらしい。
大きな年寄竜が、私らの世話をしてくる。私を含めて6匹の子供の黒い竜が、毎日ころころと遊びまわっているというわけだ。遊ぶって言っても、正直死にそうにはなった。なんせ、竜。子供でも竜。噛まれてひっかかれて腰ぬけたわ。
幼いと言っても、食事の兎の大きさからみて、すでに1mはありそうだ。
それほどまでに、この洞窟は広い。
さてこの世界はどんなもんだと、洞窟の外に顔を出せば、ばーさんやじーさんに連れ戻される。
諦めた。いや、諦めは肝心でしょうよ。様子からして、一生この場所で過ごすなんてこともなさそうだ。かなり大切にされてるしね。
そして生まれて数年。
やっとこさ、洞窟から出れる機会が来た。
いや、長かったよ。
半分以上寝ているとはいえ、長かったよ。
言葉を覚えるのに、他の子供の2倍かかったよ。
うん、できれば言葉が通じる機能とか欲しかったけどね。
この世界はどうなっているんだ脳内設定も、飽きるほどできた。ついでに、自分に課せられた使命みたいな脳内設定も、出し尽くした。
いい出会いがあって、強さをひた隠しにしながらも世界を救ったり。大きな使命に押しつぶされそうにもなりながら、前に向かって進んでいくとか。
いいね、いいよ。私の未来は、幾通りにも存在するんだよ。そんな竜生を歩むかは、つまりは私次第というわけだよね。私にすべてがかかってるわけだよね。
いいね、最高だよ。世界は私中心に回るってことだ! いや、そこまではいかないか。
老竜が出ていく子供を取り囲み、脳内テレパシーを送ってくる。
どうやら、人型を取ることができれば、洞窟から出れるらしい。
はい、きたー。
任せろ。
黒髪の美少女に変身してやんよ。イメトレは誰よりも濃密に、そして過大にしてあります。バッチコイ。
じーさんの一人が、お手本として変化したとき、何とも言えぬ緊張感が、子供竜に走った。そりゃ、いきなり小さな生き物に変化しちゃ、驚くわ。
自分よりも小さくなったじーさんに、子供竜も遠巻きに見下ろしている。
にしても、懐かしいな。その二歩足で直立する姿。
子供竜は落ち着かない様子で、たがいに身を寄せた。
寄せつつも、その足とかでつつきまわしてる。鼻息で飛ばしてみたりね。老竜は怒ってるけど、どうも子竜の興味には負けるらしい。子竜は次第に尾で叩いてみたり舐めようとしたりと群がった。
いやさ、この子竜さ、すっごい好奇心が旺盛なんだよ。しかも遠慮って言葉をまだ知らないからね。
まあ、そのうち老竜が切れて怒鳴って収束したよ。
それで改めてやってみろと言われ、子竜が目を合わせて数歩下がった。
いままでずっと竜だったのに、もう一つの自分を見つけろとか。しかも、二足歩行の。
ま、余裕ですけど!
その瞬間、私の目線が一気に下がった。
どうよ、とたぶん私はドヤ顔だったはずだ。
だってさ、誰よりも早くに変化できたから。そりゃもう、瞬間さ。頭の中で、もう一人の自分をイメージしろと、言われた瞬間にしたからね。
年寄竜も、かなり驚いてた。
久しぶりに現れる黒髪に、ちょっとした新鮮さをいだきつつ、私は端っこで他の子供竜を見守った。にしても、自分が小さくなって、大きな竜はかなり圧倒的だ。
それよりも、鏡を見たい。
どんな美少女に変化したのか。
黒髪は仕方ない、黒竜だからね。でもストレートでさらさら。風が吹くたびに良い匂いがするんだ。
肌は白くてきめ細かくて、目はくりっとしてるんだよ。睫毛はバサバサ長くて、瞬きするたびにふわりと揺れる。唇はちょっと厚めがいいかな。ピンク色ね。ほっぺもピンク。鼻筋は通ってて、全ての顔のパーツが黄金比。
指は細くて繊細。スタイルはいいほうがいいね。胸もあるに越したことはない。モデル体型も捨てがたい。いやでも、モデル体型で胸だけほどほどに出てるのが理想だね。
ああ、どんな顔になったんだろう。体を見下ろすと、あまり胸はないみたいだけど、まだ子供の体型だ。これからにすごく期待。
歩くと誰もが振り返るんだよ。顔を隠さないと、厄介ごとに巻き込まれちゃう。でも美人だってあまり誇張はしないよ。謙虚につつましく生きるんだ。外面はね。
そんな考えは、いくらしてもいいものだ。楽しいこと、このうえない。
体育座りをして見守ること、およそ一日。
これからどうしよう、どんなことをしよう。どんな冒険を繰り広げよう。そうやって悶々と悩んでいるうちに寝てしまったが、起こされたときにはなんとか最後の竜も変化できたらしい。
こうみると、それなりに容姿もばらばらだ。
全員黒髪なのは、納得できるが、整った容姿の子供しかいない。モテそうな子ばっかりだね。黒髪で、子供特有の丸い可愛らしさが何とも言えない。全員スカウトでもされそうだよ。
この時点で、少し不安になってきた。
人なった子供は、用意されていた大きなかごに入れられ、竜によって運ばれる。それがまた不安定なんだ。顔をのぞかせて下を見ようとすると、かごが揺れる。
初めての、世界だ。
すでに陽が森の向こうに沈みかけ、オレンジ色を広大な木々に降り注いでいる。木が切れる線が、全く見えない。どこまでも、オレンジ色がゆらゆら下で揺れてる。
振り返れば、いままで生活していた大きな洞窟が、さらに大きな山脈の中間にぽっかり空いており、なんだか無性にさみしくなった。
風が吹き、両隣の子供が私に身を寄せてきた。
寒いのか、不安なのか。
たぶん、どっちも。
私も何も言わずに、2人に挟まれて体を小さくした。
たぶんこの村は、洞窟のあった山脈の麓にあるのだと思う。洞窟を出てからそんなに時間もかからないで到着したからね。森の中にぽっかりと開いた、その場所がこれから私たちの住む村だってさ。
黒竜の村だって。
のどかな田舎の村にしか見えなかった。いや、村ってほど大きくない気がする。小ぢんまりとした、集落って感じ。店も何もないしね。どうやって暮らしてるのか、不思議なくらいだ。
騒ぐ村人に囲まれ、私たちはおろされた。視線が集中して、そりゃもう、遠慮もなしにじろじろ見てくるんだ。おい、つつくな。
さて、私の両親はどこかな。と思ったが、何とも奇妙な生活が明らかになった。
どうやら、家族というものはあまりないらしい。
長老、と言われるじーさん竜の話をまとめると、こうだ。
ここは黒竜の村で、人との交流が比較的盛んにある村である。他にも白竜や赤竜、青竜など色とりどりいるらしい。比較的っていうのは、他の竜の里に比べてってこと。
黒竜の里で生まれた卵は、まとめてあの洞窟に入れられ、人型になるまでそこで老竜たちに育てられる。
そして、無事人型になると村に戻り、大人の手伝いをしながら生活をする。
成竜は人型になってから約5年後。
人型になって成竜すれば、それからは自由だ。
外に出るもよし、この村で生活するもよし。だいたいこの村で暮らすらしいけどね。
ただし、竜となって外に出ると、目立つので避けたほうがいい。竜という存在は、そこまで多くはないんだって。一生見ないですごく人もいるくらいだ。恐れられるんだって。特にこんな田舎では。
それだけ聞いて、なんとなく理解した。
つまり、母親父親と呼ぶ存在は、いないということだ。
少しさみしいけれど、前の生涯も含めれば、別段恋しいわけじゃないしね。そこは別にいいよ。親みたいに一緒にいてくれる竜が要るみたいだし。
説明が終わると、改めて私たちはこの村に受け入れられた。
しばらくは村の大きな家で生活をすることになるんだってさ。その家には、すでに20人くらいの子供竜が住んでいた。
わらわらと、どこの保育園だと思うが、一番年上はすでに10代後半くらいに見える。
彼らが、幼い子供の面倒を見ているらしい。
ちなみに、言っておく。
目を見張るようなイケメンは、何人かいた。ついでに美少女もいた。はっとするような子もいる。つまり、なんていうかな。見る限り、美少年美少女だらけってこと。
そして私も自分の容姿をみた。
「……あ、見たことある」
思わず鏡を見て言ってしまった私を、責めないでほしい。
その容姿は、いつかアルバムで見た私と瓜二つだ。
あれは、小学生くらいの写真だったかな。
つまりは、そういうことだよ。
もっといえば、前世ではモテ期は訪れなかった。
はっきり言おう。
平凡の一言しかなかったんだよ。
なんとも竜の村での生活は、なかなか大変なものだった。
人の姿にそれほど違和感のない私はまだましなほうで、同期の子供竜は動いたりするだけで精一杯だった。
数日は、基礎運動がメインの仕事だ。
どこかでみた、老人のリハビリ教室に似ていた。はいこっちですよー、いっちにいっちに、うまいですね、はい、だいじょうぶですよーってさ。
そんな必要ない私は、すぐに年上に混じって大人の手伝いを始めた。
男は狩りを、女は家の仕事を。
竜とか言っても、なんでか人と変わらないんだよ。しかもいつの時代だと言わんばかりの自給自足生活。本当に、ここ竜の村だよね。
ときどき人の商人がきて、物を売っていく。さすがに手に入らないものもあるしね。森の奥にある村には黒竜じゃないと道が分からないから、定期的に村の竜が迎えに行ってる。
残念ながら、私はまだ人と接触する機会がない。どうやら、かなり大切に育てられるらしい。
ただ、一回だけなんか人の出入りがあった時があった。それも数人。他の、黒竜じゃないような竜の気配と一緒にね。
その数日だけは、外に出るのは禁止なんだ。大きい子供は出てるけど、まだ私はダメなんだってさ。
なにか、特別なことをやってるってわかるけど、それがなんなのか、私はまだ教えてもらってない。
刺繍や料理、時には畑仕事をしているうちに、5年など、あっという間だった。
「ニー、何やっているの?」
名前を呼ばれ、私は顔を上げた。
ニーナ。それが、私が本能で知った自分の名前だ。悪くない名前だと思うよ。覚えやすいし、響きが柔らかいじゃない。
「読書。読み途中だったから」
要らない紙で作った本カバーを付けたまま持ち上げると、黒い巻き毛の少女は首をかしげた。
「何の本? 難しい本?」
「あ、うん。そうそう……。レイはどうしたの?」
本を閉じ、私は立ち上がった。
この美少女は、レイという。美少女だよ、本当の。誰もが振り返るね。竜の村だと誰も振り返らないけど。
「うん、なんか長老が呼んでるの」
「わかった。行くから、先行ってて。本しまってから行く」
早く来てね、というレイを見送り、小さく息をついた。
「あぶねー、本の内容みられるとこだった」
レイの出て行った扉から、黒いたれ目が見えた。
いや、別にそんなこと思ってなくも、ない。別に今のは私の心の声が具現化したわけじゃないよ。そう、そうだよ、うん。
すっごい、びっくりしたけどね。
「……ナンノコトカナー」
「また読んでたんだろ、兄貴たちの本」
「残念でしたー、これはマティア姉さんからもらったんですー」
遊びに来てくれる美女竜の名前を出すと、アジがにやっとした。
マティア姉さんは、一番私を可愛がってくれるんだよ。すっごい美女なんだよ。ああなりたい。優しくて、なんか良い匂いがしそうなんだよ。いつまでも子供みたいな笑顔が、またステキ。
いい子ねニーナ、って言ってくれるんだけど、なんか知らないけど、たまにこういう危ない本ももってるんだ。
カバーをしてあるから、本の題名は見えないはずだ。愛と憎しみ、それは紙一重。抱く人間の心の奥深くに鍵をつけられた、秘められし感情……。そんな感じの本だよ。これがまた、面白いんだ。ちょっとエロくてさ。生々しいって言うか。
黒いたれめの少年、アジはにやにやしながら目の前に立った。彼もレイも、私の幼馴染だ。一緒に洞窟で育ち、同じときにこの村に降りてきた。
「俺にも見せろ」
「やだよ。この前それで貸したら、レイに見つかったし」
「あれは、偶然だ、偶然」
「本を片手に怒ってるレイを見てるの、正直ちょっと私まで気まずかった」
私はため息をついた。挿絵がさ、裸とかあるんだ。絡んでる絵とかさ。それみたレイがどうやら長老にこれ何と聞きに行っちゃったんだよ。詳細を聞いたレイが、なんか怒った。人間のなんてってね。
一緒の部屋って、そういう不便があるんだよね。
この子供が住む大きな家では、数人が一部屋に生活している。私はレイと他の女の子と同じ部屋。
その中で、私はこの本をベットの下に隠している。別に、エロ本ってわけじゃないよ。
「ちぇ」
「ほら、長老が呼んでたし。私行くわ」
「あ、俺も呼ばれてたんだった」
下からレイが呼ぶ声が聞こえ、私とアジは我先にと部屋を飛び出した。
外に出れば、すでにほとんどの子供は集まっていた。
そして若い竜たちも集まっていた。
みんなそわそわして落ち着かないが、何があったのか。
なに、イベント到来?
「あー、お前たちは初めてじゃったな」
私たちや、そのあとに来た子竜をみて、長老は頷いた。
これは、あれだよね。イベント到来間違いないんじゃね?
「この村では、数年ごとに人との契約の機会がある。王都から我ら竜と契約をしたいという人間が来る。こちらも、人間との契約に興味のある竜が集まっておる」
はいキター!
イケメンフラグキター!
「おい、顔がゆるんでんぞ。気色悪ぃ」
隣のアジが小突いてきた。あぁ、顔に出ていたようだ。いや、しょうがないでしょうよ。これは、私の理想への、第一歩だよ!
「もうすぐ到着する。お前たちも、人間との契約に興味があるなら見ておけ。興味なくても、知識として見ておけ」
いやぁ、この竜の村にもイケメンはいるんだよ。同期でも、将来絶対イケメン間違いなしの子供が何人かいるんだ。
ただ、残念なことに金髪じゃないんだ。黒竜だからね、全員黒髪なんだ。私の理想は、金髪青目。これだけは譲れない。金髪青目のイケメンだけで、1年は幸せでいられる。笑顔が優しそうな、王子様なんだよ。白馬に乗って迎えに来てくれるみたいな、煌めく金髪で、澄んだ青い瞳。
まぁ金髪じゃなくても、仲よくしたらフラグ立つかなとちょっと期待したけど。残念でしたー。全く仲良くなれませんでした。
なんか、緊張して何も話せずに終わった。
そんな黒髪の美少年美少女も、契約契約と興味津々に人がやってくる予定の方向を見ている。
アジとレイと並んで、私も見ていれば、ようやっとその影が見えてきた。
カラカラ、と、聞きなれない音が聞こえてきた。どうやら馬車のようだが、引いているのは明らかに馬じゃない。
わっとざわめきが上がり、それが人間の集団だということが分かった。私も前のめりになってその集団を目に入れた。
まだまだ契約できる立場ではない私たち子竜も、つられて興奮し始める。
近づく集団に、私は一気に熱が上がるのを感じた。
その先頭に立つ人。
ハイキター!
輝く金髪のイケメンきた!
馬だとどうしても私たち竜の気配に怯えてしまうらしいので、見たことない生き物に乗ってきた。
先頭に立つ騎士っぽい人、好みです!
金髪の外国人、好みです! こっち向いて!
思わずがん見してしまい、慌てて視線を外せば、どうやら他の竜もがん見している。この竜のがん見のなか、そこまで堂々としていられるのはすごいよ、金髪兄さん。
金髪イケメンが長老と話していると、他の騎士っぽい人も出てきた。
いやぁ、眼福眼福。
イケメン率高いな。
普通の人もいるけど、行動というか動作が洗練されていて、それだけでイケメンだよ。
あんなイケメンが契約者とか。
おいしいね!
総勢10人くらいだった。
子供の大きな家の前は、広場になっている。
結構ひらけた場所で、子供がわいわい遊んでも大丈夫なくらいには広い。
村で集まるには、うってつけの場所なんだ。
滅多に見かけない人間を見ようと、竜たちが集まってくる。そりゃもう、遠慮なく。さすがに近寄ってべたべた触ったりとかはしないものの、隠そうともせずにじっと見ている。
その様子に、人間の方々も苦笑気味だ。
どうやら黒竜というのは、好奇心旺盛らしい。他の竜は会ったことないから知らん。人が話しているのを聞く限り、そうらしい。なんだ、色によっておおよその性格が決まっているのか。
数日間滞在するようで、子供の家の隣にある空き家に泊まるとか。
そんなわけで始まった、人間のいる生活ですが。
はい、期待した私がバカでした。
輝く金髪のイケメン。私の推しメンは、まさかのマティア姉さんと契約して帰って行った。
人に興味のある竜は、実は少なくないんだ。でも、契約するかって言うと別なんだってさ。
そんなもんだよねー……。
他の騎士さんは、契約をせずに帰った。キュンと心が跳ねたイケメンも行っちゃった。
うん、あっという間だったよ。
「そりゃ、人間が竜求めるのは強さだろ」
アジが人間の後姿を名残惜しそうに見つめる私に言った。
「いや、強さとかわかんないじゃん?」
「お前、意外と知らないのな。竜の強さは、その美しさだ」
小学生くらいのアジから美しいとかという単語が出てくるとは。アジはそれなりに精悍な顔をしているが、ちょっと見下したような目をしているので、2枚目、と私は判断した。
いや、それよりも。
「……あれ、私、平凡?」
「誰から見ても他の竜よりも弱いだろ。特殊能力も出てなくて弱い。時々いるんだ。弱い竜」
「レイは……」
「将来有望」
つまり、私は特別でもなんでもなかったようだ。
いや、ほら。憧れるじゃん。
もしかしたら特別な力を持っているとか。
また言わせてくれ。
そう思っていた時期が、私にもありました。
いつか、もしかしたら特別な力がでるかもと思っていたけど、無事に大人竜の仲間入りを果たすころには、甘いドリームは跡形もなく消え去っていた。
この世界には魔法があり、それを使うための魔力が必要である。
竜の私にも、その魔力はある。
ただ、何度も言っているように、私は弱い竜だ。
人並みの魔力しか持っていないのだ。
竜の体に戻れば、その口から火炎放射みたいなものはできるが、あくまで最低限。それ以上力を出そうとすれば、体の中にある魔力を認識して自分の意志で操ることが重要らしい。難しいね。半日で放り出したよ。最低限でも、竜だしね。出せるだけすごいじゃない。強力な武器、だと思いたい。
人の姿だと平凡なみだ。いや、あまり器用じゃないせいか、魔法はほとんど使えない。人という感覚が残ってるせいか、どうにも人の体で火炎放射みたいなのが出ない。何をどうしたら口から火が出んだよ。
前に他の竜が人の体で口から噴き出しているのを見たけど、あれはおかしいね。口の中が無傷とは思えないんだ。どこから出してるのかとか、疑問でならない。だから、たぶん私は人の姿で出来ないんだと思う。
そして強いものが出なくても支障がない所が、また何とも言えず寂しい。
では体は丈夫かというと、大してそうじゃない。怪我の治りは人に比べればはやいものの、刃もはじく硬い体というわけではなく、人並みだ。
何度私の期待を裏切ればいいのか。というよりも、私の期待が大きすぎたのだ。
現実は甘くはなかった。
仲の良かったレイとアジと一緒に、薬草の調合を請け負ってから早7年が過ぎた。
子供の竜の成長度は、人間と比べるとかなり早い。
私は前世で死んだ時と、同じ容姿で成長が止まった。
竜としての力は私が思ったよりも、弱かったようだ。
何度か人が来て、契約するしないで騒いで行ったが、村で一度も人間と話すことはなかった。
長老からも、私は竜としての力が弱いから、あまり外に出ないほうがいいと言われた。詳しく言えば、人との契約は、避けたほうがいいと。
そういわれるのは、私だけじゃないから、まぁ少しは救われた。まあさ、特に強く言われたのは、私だけどね。
村から出ないほうがいいと言われても、私は何度か外に出ていた。
調合した薬を持って、近くの村へ飛ぶ。行商人が来るのはいつも決まっていたから、それに合わせていけば行商人に薬を買ってもらっていた。
その金で、私は本などを買う。
竜として生まれた私たちだが、人の世界と接して生きていくに当たり、竜としての体は不便であるとされている。
当然だ。大きすぎるからね。
人の勢力や力は、竜でさえも恐れるべきものなんだよ。
人との共存を約束するには、竜は人型として生活する、人はそんな竜には敵対せずに人型として生活できるように援助する。それが、交換条件だった。
大きすぎる竜の体だが、その一部なら調節できることを、私は発見した。
私は翼と尻尾だけ出して、森を飛んでいる。翼だけよりも、尻尾あったほうが上手くいくんだ。
こういう時ってさ、そう、上手くいってる時だよ。鼻歌が漏れるものだね。
「ちゃっちゃっちゃ、ちゃっちゃらら、ちゃちゃちゃちゃーらちゃ……」
こう見えても、アクションゲームには自信がある。
マゾゲーも大好きだ。いかに初めてでクリアするかが、いかに初めてで素早くクリアするか、そして、何度ゲームオーバーになっても立ち上がらなきゃいけない、それが何とも小さなM心をくすぐる。
初めは木にぶつかったり、ゆっくりの速度でしか飛べなく、それでも立ち上がれと何の熱血だと、そんなノリでやっていた。
が、森の中の高速移動もなかなか慣れて、今では鼻歌を歌いながらでも飛ぶことができるようになった。
弱い私の、唯一だれにも負けない特技だ。
超リアル高速奥スクロールアクション。
腰ふって振り向きざまにポーズを決める袋ネズミごときには、まけない。当然、バナナを投げたり樽で飛んだりするゴリラにも、配管工にもそして、究極…男にも、負ける気はしない!
まぁ正直、これができたからなんだって話だけどさ。
竜の村から一番近い村まで、飛んで1時間はかかる。
さして鍛えていない体では疲れるので、間に一回休みを入れるのが常となっていた。
ちょうど、小さくてきれいな池があるんだよ。一度だけ商人と鉢合わせたことがあるけど、それ以外鉢合わせたことはなかった。しかもその商人、私をみて逃げたよ。なんだよ、翼と尻尾があるだけで、あまり変わらないじゃないか。
そんな場所で、いつも休んでいる。
のだが、今日に限って見知らぬ人がいた。
赤い髪をした、目つきが鋭い男だった。鋭いが、その堂々とした体格に、精悍な整った容姿。
いや、振り向いたその顔に、思わず息をのんだよ。本当に、無意識に。心臓が一回だけ大きくなって、その顔から目が離せなかった。
驚いたよ、驚いた。こんな顔が、本当にいるんだって、思った。整いすぎていて、逆に怖いくらいだ。
正直、好みの顔じゃないけれど、見とれた。
そして、そこからにじみ出る竜としての力が、私を一歩後ずらせた。見とれてても、怖くなった。あり得ない。竜としてずれてる私ですら、この竜と自分の差が怖くなる。
乱入した私をひと睨みして、小ばかにしたように鼻で笑った。
「なんだ、黒竜か。にしても、弱いな」
「……あ、お邪魔しましたー」
逃げるの一択でしょ。
迫力のある男だ。顔も整っているし、明らかに竜だ。赤竜だ。顔は整っていても、怖い。
これ以上みてると、本気で死ぬ。
「おい、待てよ。黒竜の村に行きたいんだ。連れていけ」
「ここから北に進むといけます、はい」
「連れて行けっていってんだ」
「……」
赤竜って、なに。偉そうだねー。
何様ですか、俺様かコラ。目つき悪いんだよ、コラ。怖いじゃないか!
「……ご案内します」
低い姿勢の私に満足したのか、偉そうな赤竜は鷹揚に頷いた。
同族を害する竜はいないからね、悪い竜じゃないんだよ。数が少なくなった竜は、仲間意識が強い。だからこそ、私が大切にされるんだよね。
「弱い黒竜、お前の村の黒竜のどのくらいが契約に興味があるんだ?」
「……はぁ、あまり見ないので、知りません」
「お前くらい弱い竜はどのくらいいる?」
「…………そんなにはいなかったと思います、たぶん」
「強い竜はどのくらい強い?」
「ど、どのくらい? どのくらい、だろう? わからないです」
「なんだ、弱い竜は強い竜の強さがはかれんのか」
「……すみません」
いや、なんなんだこの赤竜。
失礼にもほどがあるだろう!
弱い弱いと、連呼しまくりやがって!
顔がいいからって、常識がなきゃ駄目だな! いや、この顔があればいいか!
結局休みなしで村に帰る頃には、私は疲れてしまっていた。
人型で飛ぶのは、実はかなり難しい。しかも森の中はどうやっても、翼が木にあたる。
やるのは私くらいだ。つまり、赤竜と出会ってこの村まで、私は徒歩で帰ってきたのだ。
赤竜は私にご苦労だった、と本当に何様だよと言いたくなるような態度をした後、長老の家にまっすぐ向かっていった。この村に来たことがあるのだろうかね。
長老の家に向かう赤竜を、他の黒竜も遠巻きに見ている。明らかに避けてるんだ。
初めてだった。初めて私は黒竜以外の竜にあった。それが何とも、こんな出会いとはさ。運がないね、私も。もっと明るくて楽しい出会いとかが、したかった。
「ニーナ、今の赤竜だよね」
少し遅い私を心配してくれていたレイが、赤竜の後姿を見送って私に駆け寄ってきた。
「うん、途中であった。何様ってくらい偉そうな竜だった」
「なんか、動けなくなるくらい強かったね。大丈夫だった?」
レイは眉をハの字にして私を覗き込んでくる。
レイは私よりも背が低いこともあり、意図していないだろうが、上目遣いになっている。
もっと言えば、彼女の胸はとても大きい。服から見える谷間が、白くて滑らかな見事な曲線を描いていた。
「……うん、大丈夫だった」
小柄なレイは、全てにおいて標準な私に比べて、なんとも魅力的だ。谷間にしろ容姿にしろ、すこし分けてほしいものだ。
よそう。ないものねだりだ。
にしても、他の竜がこの村に来るのは本当に珍しい。私も初めて見た。もしかしたら、私の知らないうちに来ているのかもしれないが、そんな話も聞かない。
何の用事だろうと、私は軽く頭の中で疑問に思った程度で、数日後には存在を忘れてしまっていた。
この村での生活は、本当に平和だった。
朝になればのんびり起きて、森に薬草を拾いに行く。そして頼まれた分をまず調合して届けた後は、売る分の調合だ。
飽きれば刺繍やら編み物やら読書やらをしているだけの生活だ。
今となってはこの生活に不満はないが、成竜して1年後に、私は一度だけ村を出たことがあった。
長老や年上の竜に止められたが、私は荷物を背負って村を飛び出したのだ。逃げ足には自信があったからね。本気で飛んだ私に追いつける竜なんて、黒竜の村にはいないんだ。
広い世界が私を待っている!
曲がりなりにも竜なんだから、何とかなるんじゃないか!
と思っていた時期もありました。
何度目だろうね、このセリフ。
竜として弱い力しか持たない私に、世界は厳しかった。
傭兵という、心を奪われた組織には、武器を持ったこともなく魔力もさしたるものではない私には向いていなかった。
弱いと言われる魔物を目の前にして怖くなり、速攻で逃げた。速さには自信があるからね。
では算数ができるから、商人でもと思いきや、どうやらこの国は教育の制度が整っているらしく、別に私でなくてもいいらしい。いや、それ以前にこの世界の算数さ、私が知ってるのと違った。それでも雇ってくれと頭を下げれば、竜人はいらないらしい。
なんだその差別。
というか、竜人という名前で呼ばれているのか。
竜人というのは、後から聞いた話だが、やはりほとんどが人と契約しているらしい。契約をせずに気ままにしている竜は滅多におらず、いても怖がられるためその正体を隠しているとか。
え、すごい差別じゃね?
誰か契約をと思うが、弱い竜と契約したがる人はあまりいないらしい。
そのあと、何とかしようと駆けずり回ったり頭を働かせたが、どうにもならなかった。旅の資金が尽きたんだよ。打つ手なし。
結局、私の旅はそこで終わった。
同情したどこかの善人に雇ってもらえたとか、偶然知り合った貴族に契約をと求められることもない。
人とは全く違う種族である私に、そんな言葉をかける人はいなかった。
肩を落として村にこっそり帰れば、心配したよと村の仲間が出迎えてくれた。
忠告を無視して勝手に飛び出した私に、温かい言葉をかけてくれて両手を広げてくれた。
そして、泣きながらも嬉しそうにしてくれたレイと、顔を歪めて泣きそうだったアジ。
レイの手が、私の手をぎゅっと強く握る。
憧れてたんだよ、この世界に。竜という存在に。
後悔の嵐の中死んで、また生きることができてさ。しかも竜ってさ。
やっと手に入れたこれから生きる道は、理想だけが詰まってると思ってた。手の中には、これから溢れんばかりの輝きが降ってくるんだって思ってた。掌に一杯、それこそこぼれるくらいに、これからの夢が詰まってるって思ってた。
でも、あの時レイに握られてた手の中には、何にもなかった。あの時から今まで、キラキラ輝いてるものは、手の中に降ってくることはなかった。強くもない、特技があるわけでもない。外に出た所で、なんの役にも立たなかった。見向きもされなかった。
悲しくなった。本当に、うかれてた。うかれて周りを見ないで勝手に暴走してた。止まってよく見れば、私が歩いて行けるような道ってさ、一つだけだったんだよ。
私を受け入れてくれて、大切にしてくれる。こうやって、自分勝手に後悔した私を、よかったって、無事でよかったって言ってくれる仲間がいる。
それで思ったんだよね。
あぁ、私はこの場所で暮らしていこうって。
無駄な期待をやめ、この村で暮らしていこうと決めた私だが、数日に一度の薬売りを楽しみにするのは変わりはなかった。
その日も、私は翼を出して森の木々の間を飛んで帰っていた。気持ちがいいんだよね、こう全身で風を受けるのは。
小さい綺麗な池で誰かに会うのは、あの赤竜以来いなかった。そりゃね、人の出入りは元々ないし、赤竜があそこにいたのも、実は道に迷っただけだったらしいんだ。
強い竜とはいえ、なんか親近感がわいたよ。
だから、その子供が池のふちに立っているのを見たときはすごく驚いた。いや、本当に。
森を飛ぶときはかなりのスピードを出す。
池が見えれば速度を落とし、池のふちに降りるのだが、降りてふと顔を上げるとその少年がいた。
たぶん、少年。
少しくすんだ金色の髪の毛はくるくると自由奔放な場所を向いている。日焼けを知らない肌は子供特有の滑らかさを持っているようだ。瞳の色はよく見えないけれど、青っぽい色じゃないかな。
少し膨らみのあるほっぺが、また何とも可愛らしい。
こりゃ、将来可愛い顔になるなと、大きく開かれた目を見て思った。
「おねーさんは、竜ですか?」
「……り、りゅーですよ」
高い声がして、子供は目を輝かせて寄ってきた。初対面の相手に初めての言葉がそれかい。身なりからして貴族っぽいけど、なんでこんな場所にいるんだ。
子供一人で来る場所じゃないでしょうよ。お付の人とか、いるで……いないな。いないよ。
え、どうすんのさ。キラキラした目で見上げられても、私じゃどうしようもないよ。憧れの竜に初めて会った、みたいな感動しないでよ。
いや、正直子供は苦手なんだよ。話が通じなくてさ。
「はね、きれーですね」
「あ、ありがとう」
これは綺麗じゃなくて、カッコイイっていうんだよ。
そして羽というよりも、翼だ。その二つの違いは大きいぞ、少年。
「おねーさんは、ケイヤクをしているんですか?」
「してません」
この子供は契約の意味を知っているんだろうか。いや、知らないだろうね。知ったばかりの言葉をとりあえず使ってみたい、そんな子供心が見えたよ私には。
にしても、そろそろ行きたい。この子供から離れたい。
そう思っても、なんでか少年のキラッキラした目から離れられない。そこまでそうやって見られると、なんか逃げることに罪悪感を感じるよ。
「おねーさん、つよいんですか?」
「弱いです」
「りゅうなのに、よわいんですか?」
「弱いです」
「どうしてよわいんですか?」
「しりません」
おいこら、ちょっと可愛い少年だからって、言っていいことと悪いことがあるぞ。私の天保山並みのプライドが崩れ落ちそうじゃないか。
残念だが、私にショタ趣味はない。ついでに、そうやって無意識に私の心を傷つけるのは、本当にやめてほしい。
弱いってわかってるよ、わかってるけどさ。わかってるんだけどさ、自分で言うのって、結構つらいね。
もうさ、そんな目で見られて、どうしようもないよ。
見上げてくる少年をよく見れば、瞳の色は灰色だった。いや、少し青みがかかっているかもしれない。なんだそれ、綺麗だな。
金髪の人って、本当に睫毛まで金髪なんだ。
「おねーさん、僕とケイヤクしてください」
「……? ん、なんか言った?」
「ケイヤク、してください」
「え? なんで?」
やべ、口から自然に出ちゃったよ。出ちゃいけない言葉が出ちゃったよ。とまれ、止まれ私の口よ。
動揺しすぎだ、落ち着け落ち着け落ち着け……。
「ぼ、僕が、けいやく……」
「ななな、なか、泣かないで、あ、いや、その、ほ、ほほほ、ほら、おねーさんも契約とかよく知らないし……」
「僕と、したくないですか?」
「こ、こういうのはね、お互いの事をよく知って、順序ってものがあってね」
「……じゅん、じょ?」
「そうそう。まずはお友達から。連絡先を交換して他の友達と大勢で遊びに行って仲のいい友達になったら友達として2人で出かける。お泊りはなしで。お互いの事をよく理解できたら気持ちを伝えあう。そして恋人として一緒に出掛ける。その時に初めて手を繋ぐ。何度かそれを繰り返したらちょっと遅くまで遊んで、誰もいない場所で初ちゅー。また何度もお互いの気持ちを確認し合うように付き合って親御さんに紹介。お互いの親御さんにいい心象を残したら一泊二日のお泊り。この人とならずっと一緒にいられると気持ちを高めたら婚約。そして結婚。そしてしょしょしょ、初夜」
「……?」
おちつけ。落ち着け自分。
それは契約じゃない。明らかに契約の順序じゃない。子供に何を言ってるんだ。落ち着け、なんかおかしいぞ。
よーしよーし、深呼吸深呼吸。
「おねーさん、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫。大丈夫だよ」
子供に心配されてしまった。
少年の、本気で心配している瞳に、私は一気に冷静になった。小さな手が、私の服をきゅっとつかんでるのが、またきゅんとする。
「僕と、ケイヤクしてくれる?」
「残念だけど、おねーさん死にたくないから契約しないんだよ」
「ケイヤクすると、おねーさん死んじゃうの?」
「まぁ、弱いから、死んじゃう」
そういうと、少年は子供なりに難しい顔をして悩み始めた。
さて、もう行ってもいいだろう。
「おねーさん、待って!」
一歩踏み出せば、少年に服を握られた。
いや、待っても糞もないんだよ、少年。少年にかまっている時間は、ないんだよ。
いや、あとは帰って寝るだけなんだけどさ。
「じゃぁ、僕が強くなれば、おねーさん僕とケイヤクしてくれる?」
なんだ、このフラグは。
大人になって迎えに来るフラグか。
小さな希望が、私の胸によぎった。
んなわきゃねーか、はい、騙されませんー。
少年のフラグに、私がそれほど揺らぐわけがない。まぁ、それほどね。
少年の瞳は期待に輝いている。ケイヤクという少年にとっては未知なる存在で、とりあえずカコイイ言葉に憧れるのは分かる。
だからと言って、今までのイケメンと同じだ。
大人になれば嫌でもわかるさ。
竜と契約をするならば、強い竜がいいに決まっている。
私のような、竜人の底辺にいるような存在と契約するメリットがない。
というより、契約は私の死亡への第一歩だからやめてほしい。全力で回避したい。せっかく前の生涯よりも長生きできそうなんだ。
あんな苦しい思いは、もう御免だ。
「君がどんなに強くなっても、おねーさんは君とは契約しないよ」
「どうして?」
今気づいた。
少年よ、敬語が取れているぞ。
私はお前よりも年上だ。年上を敬え。崇めたたえよ。
うん、言いすぎた。
ここは、正直に、正確に話すまでだ。そう、なるべく少年にもわかるような言葉で、私が傷つかない言葉ね。
「竜との契約はね、強い竜とするんだよ」
「……おねーさん、つよくならないの? 弱いままなの?」
子供って、なんでこんなに心を抉るのが好きなんだろう……。
「おねーさん、強くなれないんだよ。竜はね、生まれたときにその強さが決まっているから。君たち人と違って」
子供は目を丸くした。
なにか、そんなに驚くことを言ったかな?
「僕は、つよくなれるの?」
「え、強くなれんじゃない? 人だし」
「人は、強くなれる?」
なんだ、この少年は。
なんですか、弱い竜の私の将来が暗いですってことを強調したいわけ?
なわけないか……。
「人は、努力すりゃ強くなれるんじゃない。勉強すりゃ頭もよくなるし、筋トレすれば力が強くなる。人はそういう生き物でしょ」
竜の強さとは、違った強さ。
いくら私が勉強しても、筋トレしても、竜として強くはならない。弱いままだ。
竜の体になれば、私はすぐに負けてしまう。
でも、人は違う。
そう思うと、人って最高の生き物かもしれない。
上を、ひたすら目指せるじゃん。
竜になってラッキーって思ったけど、やっぱり人のほうがいいなって思えてきた。
人じゃなくなって、本当にそう思う。
生まれたときに決められたものから、人は抜けることができる。
まぁ、貴族とか平民とかのくくりは抜けないけどさ。
「僕、ドリョクしたら、強くなれるかな」
「君の努力次第じゃない?」
そう思うと、なんだか目の前の子どもを応援したくなるな。
私は身をかがめて、初めて少年と目線をきちんと合わせた。
「きみ、貴族?」
「うん」
ならいいじゃないか。
貧乏貴族っぽくもないし。
本当に勝手だけど、何も知らない私だけど、この子が頑張れば強くなれる気がした。その環境もある、身分の壁も薄いだろうしね。
似ているようで、まったく違う生き物である目の前の少年が。
「貴族なら、身分もそろってる。君は恵まれていると思う」
「僕が?」
目線があった私に、少年は少し近づいた。
「身分を持っているなら、早く上を目指せる。それに、君はなんだか賢そうだし」
「カシコイ? 僕が?」
「うん。少なくとも、私はそう思う」
いままで、子供って話が通じないと思ってたけれど、この少年は普通に話が通じている。
もしかして、結構賢いんじゃない?
少年は褒められて嬉しかったんだろうね、白い頬を上気させ、体がその嬉しさで少し膨らんだ。
「僕、強くなるから」
「へぇ、頑張って」
「おねーさん、迎えに来るよ」
あ、まだそのフラグを引きずりたいわけ?
「いや、いいよ。おねーさん別に村から出たいわけじゃないし。死にたくないし」
「おねーさんは、ステキな人だから。僕、一緒にいたい」
「……」
なんなんだ、この少年は!
す、素敵だと!?
初めて言われたよ、コンチキショウ!
初めて言われるなら、イケメンから言われたかった! なんでこんな少年に言われるんだ!
ときめいちゃったじゃないか!
「今まで、強くなれるっていった人はいなかった。おねーさんに言われて、僕が強くなれるって思った」
ま、眩しい……。
「僕、頑張るよ。苦いお薬も飲んで、強くなる」
……ご、ごめん。
まじでごめんなさい。
「少しずつ、キントレっていうの、してみる!」
いや、知らなかったんだよ!
なに、苦い薬って! 病気持ちかい! それなら大人しくしてろ、動くな!
心の中で絶叫してもなんて言ったらいいかわからないよ。いや、やる気を出したんならいいことだよ、病は気からって言うしね。いや、でもさ、うーん。
それになんだか、少年は手を後ろで組んでもじもじし始めた。
「あ、あの、おねーさんは、好きな人っている?」
おい、またフラグが構築し始めてるよ。
男がもじもじって、キモいなと思ったけど、可愛い少年がやるとどうしてこんなにあっちゃうんだろう。
「おねーさん、竜だから竜しか好きにならないんだよ」
すると少年は見るからに衝撃を受けていた。
がーん、って感じ。
いや、私竜だしね。きみ、人だしね。
「ぼ、僕じゃ、だめなの?」
「おねーさん、オトナな竜が好きだから。ダメだね」
もう、いいや。適当に言っておこう。
正直、面倒くさい。
「お、オトナなら、僕も大人になるよ?」
「おねーさん、竜だから」
「大丈夫だよ!」
なにがだ。
「おねーさんね、もっと大人で優しくて、えーっと、ダンディーでセクシーな大人が好きなんだよ」
どうよ、ダンディーもセクシーも知らない単語だろう。大人に聞いても、知るはずがない。この世界の単語じゃないからね。
「だ、せ……。わかった」
「なにがだよ」
しまった。本音が。
「僕、オトナで、それの大人になる」
前言撤回。
この少年、やっぱり子供だわ。大人でそれの大人になるって、どういう意味よ。
「明日も、来てくれる?」
「明日? 帰らないの?」
「かえって、また明日、ここに来る」
ここに来るって。君の家はどこだよ。このあたりに家なんてあったかな? そう言えば人の村の近くにでっかい屋敷がいくつか立ってた気がするけど、その辺の子? それって空気のいい場所で療養するために来たんじゃないの、もしかして。
それってさ、動いちゃだめでしょうよ。
「おねーさん、明日は来ないよ。人の村に行く予定ないし」
「じゃぁ、僕が行く」
「竜の村には入れないよ」
許可がないとは入れないからね。迷いこんできたりしても、竜が追い返すし、長老の結界も働いている。黒竜と一緒じゃないと、迷うよ。竜には帰巣本能があるらしいからね。結界が働いてても迷わないんだ。
だから、少年じゃ入れないよ。
さて、そろそろ潮時だね。帰るよ。
「じゃあね、少年。もう会うことはないと思うけど」
「おねーさん!」
「長生きしなよ。病気ならきちんと治しなよ。周りだって、君のこと心配してるんだから」
捨てぜりふっぽく、かっこよく決めた私は、翼を大きくはためかせて地面を蹴った。
後ろのほうで少年が叫んでいるが、知ったことじゃない。
木々の間を猛スピードで飛んでいけば、あっという間に少年の声なんて聞こえなくなった。
少年はどうしたかなって、数日は気になっていたんだ。それでもさ、ああ言った手前、あの場所に顔を出して鉢合わせるのも恰好がつかないじゃない。
だから、あの場所は避けてた。
それから十数日も経てば、私は少年の事なんて忘れてしまった。
レイとアジと暮らす、質素な家の扉が叩かれたのは、暖かい陽気が気持ちい日だった。
木々はあるけれど、日差しを遮るほどでもない。うっすら強い日差しを弱くしてくれて、気持ちがいいんだ。窓から吹いてくる風と一緒になって、家の中でも快適さ。
そんな家で、レイと私は大鍋でジャムを作っており、家の中は当然甘い匂いで充満しており、開けられた窓からも煙と一緒にその匂いが行き場を求めて外に出ていた。
こんなに甘い匂いがするのに、いざ食べてみるとそんなに甘くないんだよ。素材本来の味を生かしてるのさ。この絶妙な加減は、舌で覚えるしかないね。
これをビンに詰めて、いつもお世話になっている竜に配るのだ。
竜の食事は、とてもシンプルなんだよ。味付けも、素材の味を大切にしている。というか、すっごい薄味。竜の姿だと丸かじりだから、そりゃ味付けも何もしないでも食べれるんだけど、人の姿で人の舌で食べると、薄味すぎて物足りない。
特に肉ね。味付けなしで丸焼き。いや、まずくはないんだけどね。
私の常備品は、塩になるのも当然だ。マイ塩を持ち歩いている。
そんな、なんの変哲もない日中だったはずだ。
なんだろう、突然ぞわっとしたんだ。なんか、重いものが押し寄せてくる感じ。
なんだろうねってレイを見ると、顔をしかめてた。緊張して、レイの瞳孔が狭くなっていた。
「おい、ニーナ」
扉を叩かれるのと同時に名前を呼ばれ、動けないレイの代わりに、私は手を洗って扉を開けた。
「……長老? どうしたんですか?」
「あぁ、お前はアルフと知り合いじゃったな」
「いえ、誰です、それ」
知らんがな。なんか立派な名前の、竜か人か知らないけど。
長老は長いひげをさすりながら、首をかしげた。
「その、赤竜なんじゃが、お前に案内してもらったと言っておった」
「……? あ、あ?」
「強い赤竜での。第一竜騎士団の団長の契約竜なんじゃが」
「……あ、あー、あぁ、うんうん。あの偉そうな、赤竜。思い出した、気がします」
「偉そうじゃなく、俺は偉いんだ」
燃えるような色が視界に入り、私はあわてて口を閉じた。
視線を一瞬逸らすが、その行為すらも赤竜に鼻で笑われた。
格差社会って、厳しいね……。
長老が一歩下がった。後ろで、他の竜も遠巻きに見てる。
長老を圧倒するような赤竜に、私は小さく頭を下げた。まあ、威圧感はあるけど、なんだろう、私が鈍感なだけかもしれない。
確かに強いのは分かるんだ。すっごく強いのもね。たださ、底辺の私から見ると、見上げても見えないんだよ。だから、かもしれない。
あれかな、弱すぎて、相手の強さがはかれない、的な……。
「こんにち……」
「おい、弱竜。今度騎士団員がこの村に来るから、その時に案内しろ」
案内?
イケメンを案内できるわけか。それって、ちょっと役得じゃね?
「……了解しました」
近くで見れるなら見れるに越したことはない。何を基準に選ばれたかは知らないが、まぁ私でいいなら引き受けてやろうじゃないか。
赤竜は眉を寄せて、不審そうに私を見下ろしてきた。
いったい、何が不服だ。
「お前、てっきりすぐに断るかと思ったな」
なんでだ。そこまで予想されるほど、残念だが親しくないよね。
「面倒くさい、とか言いそうな性格をしていると思ったが。まぁ、弱竜と言われて全く表情が変わらないのも珍しいな」
「はぁ、どうも」
おいおい、私のスルースキルを馬鹿にしてんのか、はっ。お前ごときでは想像できないほどの高レベルのスルースキルを持ってるんだよ。
「……おい、お前。心の中で何を考えた」
「とくには」
赤竜は何とも表情に出やすいたちらしい。納得しないのか、じろじろと遠慮なく私を観察してきた。
「騎士団は、明日森に入る予定じゃ。明日の朝に迎えに行きなさい」
「わかりました、長老」
今日の朝には綺麗に晴れていた空だが、ちょうど私たちがジャムを作り始めたころに雲が出てき始めていた。
白い雲ではなく、気分を暗くさせるような灰色の雲だ。今では雲が空を覆って、空が見えなくなってしまっている。
竜になって鋭くなった嗅覚が、水の臭いを正確にとらえ、今日の夜には雨は降るだろうと簡単に予想させた。他の竜たちもわかっているのか、雨に備えて外に出しっぱなしにしているものを家の中へと片付け始めている。
雨が降ると、森の土が緩くなって歩きにくくなる。
飛べば簡単だが、案内ともなると相手の人間に合わせてどうしても歩きになる。
さすがの長老は、面倒そうな私に気づいただろうが、困ったように笑って赤竜を連れて行った。
「ニーナ、明日出かけるの?」
「そうなったみたい」
ジャムをビンに詰めながら、レイが心配そうにしていた。
「人かぁ」
なにやら感慨深そうにつぶやくものだから、私は驚いた。今までレイは、まったく人には興味ないと思っていたのだ。
「レイ、契約とか興味あるの?」
レイはすぐに首を横に振った。
「どっちかっていうと、ニーナのほうが興味あるんじゃないの?」
「まぁ、そりゃ小さい頃は憧れたけどね」
レイは思い出したのか、ふふふと小さく笑った。
「懐かしい! もうニーナが出て言っちゃったときは、本当に心配したんだからね。外の世界で生きる、とか言って」
責めているような口調だが、その表情は穏やかだ。
じつは、今まで何度も言われている。からかい、というやつだね。
きっと、一生このネタで笑われるんだろう。
「さすがに、大人になれば現実が見えてくるってものだね。私には無理だよ」
「そうよね。見た目は同じだけど、人って危ない生き物って聞いたもの。ずっと戦争ばかり。やだわ、そんなの」
騙されたり、盗まれたり、裏切られたり。
あぁ、たしかに人って危ない生き物だ。
この村で生活していると、本当にそう思える。
同じ村での竜同士の絆は深い。
助け合って生きていかなければいけないと、理解しているからだ。
そんな穏やかなこの生活が、とても愛おしいと思うことができた。村からでて一番の収穫は、その気持ちだろうか。
ビンにジャムを詰め終わる頃には、薬草を集めに行っていたアジも帰ってきて、3人で近所に配りに出た。
家に帰る頃には、ジャムの代わりにと貰ったもので、私達の手がいっぱいになっていた。
雨は、夜に降り出した。
窓を叩き割る勢いで、雨は地面を濡らしていく。そしてその雨は、次の早朝にはどこかへ行ってしまっていた。
そして、次の日。
朝になったら迎えに来るといった赤竜は、扉を大げさに叩いて迎えに来た。
やめてくれ。扉が壊れる。
「ったく、やめてくれ朝から……」
早く出ろよ、とアジが私に向かって文句を言ってくる。さすがに、アジとレイは赤竜の気配で目が覚めてしまったらしい。
いやでもさ、私に言われてもさ。まあ、私に用事だろうから出るけどさ。
もうちょっと待ってよ、着替えなきゃいけないんだからさ。
「はいはい……。おはようございます」
「起きてるな。行くぞ」
赤竜は私の首根っこを掴んで家の外に出した。
扉が閉まる直前、レイとアジが手を振っているのが見えた。
「ここから隊のまでは俺が案内するから、戻ってくるときはお前が案内しろ」
場所がわかるなら、赤竜だけでいいと思った私は間違いだろうか。
「お前、もしかして契約のことあまり知らないのか」
大股で歩く赤竜に、私は少し早歩きでついていく。
歩くの早いよ。足の長さを考えてほしい。雨でぬれた地面は、本当に歩きづらいんだ。
「契約した人間の場所は、竜にはすぐにわかる」
ご丁寧に説明ありがとよ。
これで私は納得した。なるほど、便利機能か。
しばらく歩けば、いや、私は小走りか。私の息は途絶え途絶えになってしまった。ずっと小走りは、あまり運動しない私には少しどころかかなりキツイ。ほら、遠出するときは飛んじゃうからね。
「ちょ、ちょっと、まって……」
さすがに私は立ち止まって、息をついた。赤竜はそんな私を少し前まで進んで見下ろしている。
その顔に出ているのは、なんだお前、みたいな。
「……お前、竜のくせに人並みの体力とか。俺の周りに弱い竜はいなかったが、弱い竜って、その程度なのか?」
嫌味ではなく、純粋な疑問のようだ。悪意は感じられなかった。それがまた、きついね。
「どう、なのかな。ただ単に、私が、体力が、ないだけかもしれない」
すると、赤竜はまた不思議そうな顔をした。体をこちらに向け、腕を組んで小さく首をかしげた。いや、イケメンだからってそんな首かしげが似合うはずが……あった。
ただし、イケメンに限る。あぁ、こういう時に使うのか。
「お前は、弱い竜と言われて、不快にならないのか」
え、なに。さっきのってやっぱり嫌味が入ってたわけ? 私の読み違い?
負ける喧嘩は買わない主義だよ、私は。
「はぁ、そうですね」
まぁ、事実だしね。その程度の事で毎回怒っていたら、きりがないんだよ。
「竜としての、誇りはないのか?」
あ、なるほどね。
竜にとって、強さは自分の全てなのだ。人と混ざって暮らすようになってから、その傾向も弱くなってきたが、やはり強さは竜にとって大切なものだ。
強さが、自分の一生を決めるもの。
その考えに異論を唱える気はない。
人も同じだろうし。ほら、身分とかさ。生まれ持った魔力とかも。どうしようもないんだよ。鍛練したら強くなるっていうけど、もともと持っている奴に比べたら、どうしても劣る。
自分自身の力じゃ、どうしても覆すことのできないものに怒りをぶつけるのは、なんか無駄じゃない? 怒るのって、疲れるし。
誇り誇りって言うけどさ、じゃあその誇りってなんなのって。竜の誇りって、何をもって誇りって言うのさ。
まあ、一応模範解答はするけどさ。
「……あります」
「なら、なぜ怒らない? 俺はお前を侮辱したのだぞ」
あ、侮辱したっていう自覚はあるんだ。よかった。無意識に相手を貶めるだけの竜かと思ってたよ。
「まぁ、疲れるので……」
「疲れるのか? 自分の名誉のためなどと思わないのか」
「事実、ですから」
赤竜は、眉間のしわを深くした。全く理解でいない様子だ。
そして、私もわかってもらおうとは思わない。
赤竜は、私が持ちえなかったすべてを持ってる竜だ。その強さも、容姿も。私が望んだ理想を、その手に持ってるんだよ。
私とは、全く違う。
「お前は、強い竜に憧れは持たないのか?」
「あります」
当然でしょ。強かったら何ができた、これができた。脳内で何度も考えたことだ。でもさ、現実ではありえないんだよ。正直に言えば、脳内で妄想するだけで結構楽しかったりする。人間の時は引きこもり気味だったしね。
「……お前は、本当に竜か?」
「……は?」
赤竜は、じっと私をみてきた。その表情は、私を竜としては見ていないように思えた。いや、私が竜なのは彼も認識しているだろう。ただ、竜とは違った考えを持つ竜。
「なんというか、後ろ向きというのか?」
「……はぁ」
曖昧な返事をすると、赤竜は手を差し出した。別に握手ってわけじゃないよね。何するの、その手。
うろうろっと、私の視界を赤竜の手がうろつく。そろっと、手が徐々に近づく。
いやさ、別に噛まないよ。そんな恐る恐るしなくてもさ、噛まないし不都合もないよ。なに、弱さが感染するとでも思ってるのか、それはそれでウケるね。
赤竜の指先が、私の髪に触れる。なにさ、何がしたいんだね。
「……」
「え、本当に何?」
それで、やっと赤竜は私の頭の上に手を触れた。軽くぽんって叩いて、それで手を置く。ぐっぐっぐと何度も押してくる。
いやいや、何がしたいんだよ。私の背を低くしたいのか。
ふっと、赤竜の口から息が漏れて髪の毛をくすぐった。そして、ふと笑った。
ふと笑うって、なんだそれ。そんな整った顔でそんな顔しないでよ。
「……もっと自信をもて、弱い竜。お前がそこまで後ろ向きだと、俺まで何故か心配になるぞ」
なんか、心配された。一気に現実に戻されたね、その言葉で。
「お前はそこまで言うほど、悪くはないぞ。あー、ほら。色も黒くて綺麗だしな」
「はぁ、どうも」
「なんだ、あとだな。髪も黒くて綺麗だ」
「……どうも」
「あと、だな……」
ごめんよ、赤竜。
目の前の男は私をじっくり見て、必死で私の良い所を探してくれているようだ。その、あとは、と何度も言うが続かない。
もっと言っておくと、黒いというのは褒め言葉かどうかは微妙だ。村では標準の色だからね。とくに私の黒が綺麗というわけじゃないんだよ。いや、本当に。
むしろ、綺麗な黒色っているのがよくわからない。村でも黒が綺麗ねって言っている人は見たことないよ。
「あー、なんだ、その……。とりあえず、自信を持て。人よりは竜は強い。弱い竜でさえも、人よりは強い。はずだ。たぶん」
「……ありがとうございます」
励まされているけど、これは貶されているとも取れないだろうか。しかも、最後のたぶん、はないほうがいいと思う。
でもさ、こういわれるのって悪い気はしないよね。赤竜もさ、私の事を考えてくれている、と思うし。
「ほら、おぶってやる」
「……いや、さすがに、いいです」
赤竜は私の目の前にしゃがみ込んで、背中を見せた。
私と赤竜の距離はそんなに近かったっけ?
「お前のペースに合わせていると、往復に時間がかかりすぎる」
「……失礼します」
ごもっとも。
私は大人しく赤竜に背負われた。
赤竜の歩く速さは尋常じゃなかった。一応、赤竜なりに私に合わせてくれていたのかと、初めて知った。
そのまましばらく行けば、人の声がした。たぶん、騎士団だ。
「おい、待たせたな」
赤竜が森の中から姿をさらせば、出発の準備を整えていた騎士団の人がこちらを向いた。その後ろには、なんと私たちに比べれば小さいが、竜の姿が。
だが、その竜からは私とは全く違ったものしか感じられなかった。何となく意思の疎通はできそうだが、子供、というか、幼いというか……。うーん、意思の疎通はできないね。何となくの喜怒哀楽くらいは分かるんだけどね。
「遅かったな、アルフ。その子供が案内役か?」
騎士団の中で一際豪華な装飾をされた服を持つ男が、赤竜にかるく手を上げて迎えた。なんだ、子供って。成竜してるよ。
よっこらせと下され、私は大きく伸びをした。
「あぁ、案内」
「そうか」
身なりを整えて、小さく頭を下げた。
「黒竜の村までの、案内係です」
「ありがとう。よろしく頼む。アルフの契約者の、ヨルゲンだ」
「どうも、ヨルゲンさん。ニーナです」
そういうと、ヨルゲンさんは少し困った顔をした。
「ヨルゲンでいい。竜にさん付けされると、気恥ずかしくてな」
人というのは、やはり竜よりも劣っているという思いが少しあるらしい。竜はこの国を守り、助けてくれる。竜に会いに来る騎士は、皆私たち竜を敬愛してくれているらしい。
まぁ、竜のほうは人を敬う姿勢はかけらもないんだけどさ。同族に対する姿勢は優しいんだけどね。
少し表情を崩したヨルゲンを見上げ、私はきゅんと胸が高鳴った。
これがまた、イケメンなんだ。ちょっと渋めのダンディーな感じが、たまらない。厳格そうな顔をしているけど、なんとなく優しそうな感じもするんだ。
左目の少し上にある、薄らとした傷跡も、またその渋さを上げているね。好みだ。短く切ったこげ茶色の髪にも、苦労してるのかな。一本だけ白髪を見つけた。30……いや、40代だな。
目を細めて、口端をかすかに上げて笑う。たぶん、微笑んだんだと思う。はっきりとわからないくらい、もしかしたら私の妄想かもしれないかもしれないけど、ちょっと微笑んだ。
ヨルゲンは大きな手を私に差し出した。
反射的にその握手に応えれば、ヨルゲンは驚いたように目を丸くした。
「契約者がいるのか?」
「いえ、いません」
ヨルゲンの私と同じ黒い瞳が、好奇心をあらわにした。
なんでやねん。
「手を差し出すと、竜は大抵突くか叩く。君と同じ黒竜には何故か噛まれたこともある。どういった意味を持つか知らないんだろう。だが君はこれが握手だと理解した」
ああ、なるほどね。
確かに、握手を求められた覚えはないかもしれない。どうぞよろしくって、商人と握手しただけだ。竜同士であくしゅって、そういえばしないね。
「私、一時期村から出ていたんで」
「なるほどな」
軽く振られて手を離せば、ヨルゲンは他の騎士をまとめるために私に背を向けた。
指示を出すと、騎士が動き始めた。竜みたいなのも、立ち上がった。
「ヨルゲンは、第一騎士団団長だ」
第一も第二もあるのか。いくつまであるんだろうね。
にしても、相変わらず騎士団はイケメンがいるな。
「イケメン……」
好みはあの一番年下そうな人かな。なんか、優しそう。金髪ってところもポイント高いよね。
「イケメン? 何語だ」
「……顔が、カッコイイってことです」
赤竜に聞かれて素直に応えれば、赤竜は鼻で笑った。
「人間は顔がよければ強いというわけではないがな」
「別に、強いとかいいですし」
「顔か」
「顔ですね。第一印象は、顔でしょう」
私がそう言い切ると、赤竜はまた鼻で笑った。もうさ、赤竜の見下しには慣れたよ。
「貴族なんだ、当然だ」
「……?」
「貴族は容姿がいい人間を選ぶ。整った容姿の血が次々と入っているんだ。そして、親から受け継ぐ血の中に、その容姿も含まれる。竜とは少し違う生態だ」
つまり、この騎士団は全員貴族というわけだろうか。差別国家だな。
「平民からも騎士になるやつはいるらしいが、やはり貴族からが多いだろうな。まず教育が違うからな」
なんか、赤竜がやけに丁寧に説明してくれるんだが。こうも急に友好的になられると、私も友好的にならざる得なくなるんだよ。
さすがに、面倒見てくれようとしてくれるんだろう赤竜を、よそよそしくはできないじゃない。
「お前、契約をしたいのか?」
「小さなころには憧れてましたけど、今は死にたくないんでしたくはないですね。第一、契約したくても相手がいないから」
「もしかしたら、いるかもしれんぞ」
おいおい。そうだな、お前じゃな、と赤竜なら返すところだろう。
いったいどうしたと、私が困っていると、どうやら出発の準備が整ったらしい。
騎士の人が小型の竜に荷物をくくりつけると、竜につけられた手綱を引いた。
「ワイバーンを見たことがないか」
「ワイバーン?」
しげしげと竜を見ていた私に、ヨルゲンが近くにいたワイバーンの頭を撫でた。
「竜騎士の竜だ。契約していない騎士が乗る。君たちと違って、明確な意思の疎通はできないが、他の動物と比べると賢い」
ワイバーンって、あれだよね。RPGの中ボス的な。ボス竜の前に立ちはだかる忠臣みたいな感じだよね。同じ竜種みたいな。
お前、私と同じなのかとヨルゲンさんに撫でられるままになっているワイバーンを見上げれば、なんだ弱い竜よ、と言われた気がした。いや、本当に、気がしただけなんだけどね。
ワイバーンは小型と言っても森の中を飛ぶのには適さない。そして、空から村へは入れない。近くで降りるという手はあるけれど、そうするとこの騎士団の人に正確な村の場所を教えることになるので、ここからはワイバーンを引いて歩いていくしかないのだ。
ちなみに我ら竜族は、飛べばそれなりの方向感覚はあるが、どうしてか歩きだとなにやら方向感覚が狂う竜が多いらしい。
先頭を歩いている私だが、ワイバーンを引いている騎士団のお兄さんの視線が痛い。そんなに見ないでくれ。そんなに期待の目で見ないでくれ。自分も竜を持てるだろうかという期待の目で、私をみないでくれ。
照れるだろう。
特に年若い騎士なんて、ものすごい憧れの目で私をみてくるよ。話したいけど、いざ憧れの人を目の前にして話しかけられない……。なんか、どこかの恋愛小説みたいだね。
「お前の同居人は、契約をしないのか?」
「どっちです?」
赤竜が私の歩調に合わせながら横についた。
「あの、女のほう。少し小柄だが、なかなか立派な力を持っているじゃないか」
「あぁ、彼女はどうも興味がないらしく」
レイの事だろう。人が来るたびにプロポーズばりのお誘いを受けているが、まともに取り合っているのを見たことがない。あれが魔性の女かと、妙に納得したので覚えている。
実は、アジも一度だけ契約を求められたことがあるのだ。だが、やはりアジも興味がないのか、ちょっと考えて断っていた。
私は言わずもがな。
「黒竜は、数が少ないからな。戦時中でも、暗闇に紛れることができるから重宝される」
「え、まじで?」
「比較的人とも友好的だし、気性も、好奇心が旺盛ということを除けば穏やかだ」
「へぇ、黒竜って騎士団ではどのくらいいるんですか?」
「契約をしている騎士は、騎士団の半数くらいか。その中で黒竜は、俺が知る中で1人だな」
少なっ……。というかその1人ってさ、あのきらきらイケメン騎士と契約したマティア姉さんじゃないか。
「赤竜が多いな。好戦的な性格だからか」
なるほどね。
そんな話を赤竜としているうちに、村の入り口が見えた。
相変わらず、人が来るというと竜が集まってくる。今回はどんな人か。一種のパンダ状態だ。
後ろの騎士団の人も、そわそわし始める。
合コンでもなんでも、やってください。
そんなわけで、今回の人対黒竜のお見合いは始まったのだ。
騎士の人は、すぐに黒竜をぐるりと見渡す。
力の強さと容姿の良さが比例する竜は、騎士からしてもわかりやすい判断基準だろうね。美形の竜に目を止めると、騎士の人はしっかりチェックをしている。
レイもチェックされているようだ。いいね、良い目をしてると思うよ。ただ、契約できるかは、知らないけれどね。
「では、私はこれで」
「あぁ、ありがとう」
落ち着かない騎士をなだめつつ、ヨルゲンは申し訳なさそうに言った。いや、別にいいよ。私なんか、眼中にないことくらいさ、わかってるんだよ。
私は家の前で待つレイとアジの隣に戻った。やっぱ安心するわ。レイがぎゅっと手を握って、ほっと息を吐いた。
心配してくれたんだよね、ありがとう。
「おかえり」
「ただいま。騎士の人、レイのことみてるよ」
「もーやだ。いっつも付きまとうんだもん」
「いいじゃん。強いって証拠なんだからよ」
アジがにやにやと笑いながらレイを肘でつつく。完全に面白がってるよ。
「アジだって。あの時契約しちゃえばよかったじゃん」
「俺は、お前らの面倒っていう大事な仕事があるからよ」
とりあえず、レイと私で一発ずつアジを殴っておいた。
案の定というか、次の日になると騎士の一人がレイと話がしたいと誘ってきた。しかも、私に向かって。
なんで私を通すんだ。直接言え。
とまぁ、やんわりと、遠まわしにね。そういうと、騎士はよしと何やら意気込んで行ってしまった。
また同じ日に、だれそれと話がしたいと別の騎士が私に相談してきた。
いやだからさ、なんで私に言うかな。
誠意を見せれば、少しはいいんじゃないの? これって相性なんだしさ。自分はこういう人ですって好きな人にアプローチするみたいにすればいーじゃん。
と、やっぱりやんわり口調で言えば、騎士の人は頑張るよ、と興奮させて行ってしまった。
また別の騎士は、男の竜相手にどうしたらいいかと相談してきた。
いや、だからね。
君と一緒に戦いたいとか。お前と一緒なら強くなれるとか。相手のことを知ることも第一歩だろう。こう、青春みたいな。一緒に夕日を見て未来の事を語る。殴り合い、傷だらけの少年二人の友情は、こうして深まったのだ、的な。あ、殴り合いなんかしたら、さすがに騎士とはいえやばいよ。
と、これまたやんわりといえば、男は全身に力をいれて直角の礼をして去った。
またもや別の騎士は、自分があの竜と釣り合うのかとお悩みを打ち明けてきた。
もーあのさぁ。
なんだその乙女思考は。平凡娘と金持ち金髪青眼美青年との恋愛物語の一幕か。そういうのは大抵さ、自分一人で悩むからこうなるんだよ。合わないと思ったら諦める。それでも諦めきれないなら、自分が相手に見合うようになれよ。お、いまいいこと言った。どこかで聞いたことあるけど。
と、またやんわり言えば、どんよりとした空気から一気に前向きな空気になって、飛び跳ねるように去って行った。
いや、あげればきりがないんだけどさ。
竜の好きなものってなに、とか。知るか。竜それぞれだ。
竜に対して禁句ってある、とか。知るか。聞いたことない。私に対しては、弱いとか言わないでほしいってくらいだよ。
竜を散歩に誘いたいんだけど、いい文句ない、とか。知るか。一緒に行きませんかとかでいいじゃないか。案内してくださいとか。
竜が自分に興味を持ってくれない、とか。レイの事だった。それは諦めろ。
「……お前は、案外律儀だな」
また相談に来ていた騎士がさると、入れ替わりに赤竜が家を訪ねてきた。
おい、お前も竜だろう。お前に聞けばいいことじゃないか。
「あんなの、適当に追い返せばいい。知らん、の一言でな」
「いや、知らないって言ってるし」
「それでも、お前は何かしらの返答をするだろう」
まぁ、必死になっている騎士の人に同情心がさ。
「普通の竜だったら、興味なければ知らんの一言で終了だ。お前の同居人がそうであるように。所詮、俺たち竜とは別の生物だ」
レイって、そんな断り方してんのか。
「一所懸命になってるから、まぁ、ノリで」
「適当だな。だが、俺から見ればお前のほうが、人には合っているのかもしれない」
「……は?」
「数日見てきたが、お前の思考は人に近いな」
「……」
そりゃ、元人だからさ。他の竜みたいに人より竜のほうがすぐれてるとか、あまり思えないんだよ。人に友好的って言われてる黒竜ですら、人よりも竜のほうが能力的に勝ってるって、少なからず考えてるんだよ。
「契約をしても、解消する竜は少なくない。人も、思い描いていた竜とは違えば落胆する。本来竜は、人などとは全く関わりあわない生物だった。人は小さく弱い生き物という概念が、竜には受け継がれている。今でこそ、人との関係があるから、気が向けば契約してやってもいいと思っているがな」
そう、契約は解消できるのだ。
この契約、人のメリットはあっても竜にとってのメリットがないのだ。
竜はただの気まぐれ。
好奇心旺盛の黒竜ですら、あまり人には興味はないらしい。この人間が面白そうだから。外に出てみたいから。その興味が、あるとき偶然向くらしい。その結果の、契約なんだよ。
簡単にできる契約は、竜の意思があれば簡単に解消できるのだ。
「だから、お前なら人と対等になれる。本当の意味での契約をすることができると、俺は思う」
「……はぁ、どうも」
気の抜けた返事をすれば、赤竜は眉間にしわを寄せて私を見下ろした。
「お前、俺が珍しく褒めてやっているんだぞ。もっと喜べ」
「……ありがとうございます」
「よろしい」
相変わらず偉そうだな、おい。
でもさ、なんだかんだでこの赤竜、優しいんじゃない。ちょっと、ときめいちゃったよ。ただ、ずれてるけれどね。
結局、今回村で契約した騎士はいなかったけれど、なぜか私は騎士の人に感謝された。
いやぁ、そこまでありがとうって言われても。実際契約できてないしね。
感謝されるのは悪い気はしないから、別にいいけど。
そんなことがあってからか、村までの案内を私がするのが通例となってしまっていた。前の人が、面倒でやめたがってたのも理由みたいだしね。
いや、それどうよ。頼られるのは好きだけどさ、それでいいわけ?
とは思いつつも、頼まれたし、世話になっている長老の手前断るわけにもいかないので、受けてしまっている。
2年に一度、騎士の契約の機会があるんだ。なんと6年程案内役を務めたんだ。まあ、それ以外にも黒竜の村に用がある騎士の案内も務めたからね。年に2、3回くらいは案内をしてたんだ。
やめた理由は簡単。
騎士の一人が、私を見て弱い竜だと、必要以上に馬鹿にしたから。まぁ、その騎士も上司にばれてすぐに返されたけどね。
そのこともあり、結束の強い村は若い子に何てこというんじゃーってなって、私は案内役から外された。
赤竜は、騎士の付添としてたまに村に来る。どうやら順番らしい。ヨルゲンが行くともなれば、赤竜も行かなければいけないんだそう。契約してるしね。
村に来ては、私と駄弁ってさる。
そのころには、私も赤竜と仲良くなり、赤竜の偉そうな態度は不器用の表れだと、余裕の受け答えができるようになっていた。
そんな、平和な毎日だった。
あの騎士が来たのは。
「なんか、見覚えのある人間が来てんな」
案内役を退いてから早2年たったある日の事だった。
この時も、また騎士が来ていて、村がいつもと違った雰囲気を醸し出していた。この空気にも、慣れたよ。見向きもされないことがちょっと悲しくて、この時期は引きこもりになってる。
それで支障もないのが、またちょっと悲しい。
レイが出かけるって言うから、朝食の当番をかわったんだ。明日が私当番だったけど、今日とかわったんだよ。だから、アジとレイがそれなりに早起きして外に見にいってた。
それで帰ってきて、この言葉だ。レイはまた騎士に足止めをくらってるらしい。村としても、付き合いってのがあるからね。話は聞いてやれって言われてんのよ。モテても大変よね。
「見覚えのある人? 契約したければ、何度か来るでしょ」
さして珍しくはないよ。村に来るのは、騎士の中でも優秀な人なんだってさ。契約したいって望んで、それが認められれば何回か来るんだよ。まあ、そう何度も何度も来る人もいないけどね。
でも、アジは違った。
「その人間、特定の竜を探してるみたいだ。他の人間と、目の動きが違った」
目の動きが違うとか、なんの恐怖体験。ぎょろぎょろって動いて、這い寄ってくるんでしょ、そういうのって。で、最後にどっかに引き込まれて終了。
こわっ。
「なんか、前の時もそうだったから覚えてたんだよな。ちょっと、もう一度見てくる」
アジがそういって扉を向いたとき、扉が前触れもなく開いた。
「おい、弱竜!」
「なんだ、赤竜」
「……勝手に入ってくんなよ」
アジが数歩下がってぼそっと言った。アジと私の冷たい言葉をもろともせず、赤竜は遠慮なく私をほぼ真上から見下ろし、なにやら頷いている。正直、怖い。はっきり言葉に出してくれたほうがいいよ。
アジはさっさと家から出た。おい、守れよ。守ってください。お願いします、そばにいてください。
「お前、エイルトヴァーラと知り合いだったのか?」
「えいる……? え、誰それ」
「シルヴェスター・エイルトヴァーラだ。第二騎士団の副団長を務めている男でな。今まで何度か竜と契約をしに来たが、本人が特定の竜がいいらしく、ずっとさがしていたんだよ!」
掴みかからん勢いで言われても、残念ながらそんな小難しい名前の人は知らん。もっと言えば、人の知り合いは商人くらいだ。
「黒竜で、弱くて、優しくて、人である自分に対して真摯に悩みを聞いてくれた。っていう変な竜は、お前しか俺は知らん」
真摯に悩みを聞く? 誰の事じゃそら。いや、変な竜って失礼だよ。
「よく考えてみてくださいよ、私が他人の悩みを真摯に聞くと思います?」
「思わねえ。だがな、ヨルゲンが、良い思い出は多少の美化はしているだろうと」
「さっきから、微妙に私の事を貶めてるよね?」
「いいか、その竜の好みは、大人の竜らしい」
「……へぇ、だから?」
貶めてるに関しては無視かい。いや、好みとか興味ないし。どうでもいいわ。あえて言うなら、金髪青目。これは譲れない絶対条件だよね。
「竜違いじゃない? 私に商人以外の知り合いいないし。関わらないし」
そこまで言うと、赤竜は私から少し離れた。さすがに真上から見下ろしすぎだと思ったんだろうね。私も首が痛くなるよ。
私は大げさにため息をついてみた。人の村に薬を売りに行く以外、森から出ない私が、どうやったら騎士と知り合えるというんだよ。この契約合コン以外、騎士に会ったことはない。それに騎士にあってそんな憧れを抱いてもらえるような状況があったら、忘れない。
「おい、お前一度村の外に出て生活したとか……」
「何年前の話だ。20年近く前の話だよ」
「あぁ、じゃあ違うな。あいつはまだ20代だった気がする……」
そう、そうなのだ。私はすでに三十路を超えているのだ。顔はまだ人として死んだ時と同じだけど。一応ね、竜は人より長生きするからね。まあ、ほら、個体差があるけどね。魔力とか、ほら、生まれつきの、ね、うん。
「じゃあ、違うのか。あいつもそろそろ副団長として契約をしてもいいと思うんだけどな」
「心配してるんだね。珍しい」
私がからかうように言えば、赤竜は私を睨み付けた。
悪かったよ。睨まないでよ。
「一応、第一騎士団長の契約竜だからな。あいつの心配事は多少は知っている。珍しくあいつが頭を抱えていたから、俺も覚えていた」
「あいつって、ヨルゲンだよね。ははぁ、ご苦労様です」
軽く言う私に赤竜はため息をついて、挨拶もそこそこに家を出て行った。
一番慌ただしい騎士と竜の合コン初日が終わった。
勧誘されていたレイが帰って来たし、そろそろ寝るかと大きく伸びをしたときだった。
遠慮がちだが、少し焦っているようなノックがした。
「おい、誰だよ」
アジがのそりと起き上がる。
夜に家を訪ねるのはそうはいない。
竜は寝る時間が長いのだよ。へたすると、夕方から寝ている。よく寝れるなと感心したけど、私もできた。気持ちよかったよ。
「失礼ですが、昼頃アルフが訪ねてきませんでしたか?」
落ち着いた声だ。聞き覚えがなく、こんな丁寧口調は騎士しかいない。
騎士が何の用だよと、アジが面倒くさそうに扉に向かったので、私は奥の寝室へと向かった。眠いしね。アジに任せるよ。
「はいはいっと。何のようなわけ? もう寝る時間だから、明日にしろよ、人間」
「申し訳ありませんが……」
扉を開けた状態で、アジが対応しているのが聞こえたが、はっきり何を言っているかは聞こえなかった。
レイすでに眠っている。私も眠い。
アジよ後は任せたと寝転がれば、すぐにその眠りは起こされた。
「おい、ニーナに用事があるっぽい」
大きな声で呼ばれ、落ちかけていた意識がゆっくりと浮上した。
なんで私なんだよ。
「明日にして」
「だとよ……」
男であるアジは、なんだかんだ言ってレイや私を守ってくれるんだよ。特に、レイ。騎士からの勧誘から、レイをかばっているのは誰を隠そう、アジなんだよね。いやあ、しつこい騎士に、どこの悪役だと言わんばかりのアジの形相は、見ていてとても面白かったよ。
それでも、騎士はなんやかんやとアジと押し問答を続けている。
ぼそぼそぼそぼそぼそぼそぼそぼそぼそ……。
正直言って、煩い。
わかった分かった。
隣でもレイが起きそうだ。
私は半分目が閉じた状態で再び引き返した。
「はいはい、煩いな、何の用だ……」
とりあえず、靴を履きたくないから、顔だけ出して様子を見れば、なんとも久しぶりの感激が私を打ち付けた。
……わお、久しぶりにきたね。
きたとしても、目は半分以上開かないけれど。
くすんだ茶色に近い、金髪のイケメンだ。服装は騎士服じゃなくて、ものすっごいラフだけど。
はい、好み! きゅん、と心臓に何かが刺さった。これは確実だね。金髪だ、金髪だよ! 目の色は何色だ!
感激した。こういう、優しそうなイケメン大好きなんだよ。大好物なんだよ。
「……」
「……え、まじで何の用?」
いや、好みだけどさ。さすがにそこまでじっと見られると、困る。感激も、すっかり収まってしまった。そんなに見つめないでくれ。ドキドキするどころか、引いてしまうよ。
イケメンはじっと私を見つめたまま動かない。ぽかん、と放心しているようだ。
アジも、さすがに変だと思ったか、その放心している騎士を外に追い出した。
容赦ないな、アジ。
また突撃してくると思いきや、少したっても扉に反応はなかった。
「……ま、寝るか」
「寝よう寝よう」
こうして、私とアジは扉に背を向けた。
翌日、太陽が出きってから起きた私だが、すでに起きていたレイが困った顔をしていた。
「なんか、外に人がいる」
眠るのが一番早かったレイは、一番に起きたらしい。一番って言っても、すでに外は明るい。今日もいい天気だと眩しく見上げるくらいには、明るい。
竜の朝は遅いんだよ。レイやアジ、私はこれでも村では早いほうだ。遅い竜は、昼過ぎまで寝てる。よく寝れるよね。
そんなレイだが、外に出ようとしたら窓から人が見えたらしい。朝から何をやっているんだと思ってみていれば、家の前から動かない。
レイは不安になったらしく、私かアジが起きるのを待っていたとか。そういう時は、起こしていいよ。
「おい、昨日の人間だ」
すでに起きて外を確かめたらしいアジが、いやそうに顔をしかめていた。
昨日の人間? 夜中の迷惑なイケメン訪問客か。金髪イケメンだから、迷惑でも私は許す。
許すが、かかわるのも面倒なので、最低限の用事だけ裏口から出て今日は家にこもっていようと決めた矢先に、扉が盛大にならされた。
誰だよ、とアジは言ったが、こんな叩き方をするのは一匹しかいない。誰だよって言いながら、アジも赤竜はこれだからとか言ってる。わかってるじゃん、
「おい、いんだろ、弱竜!」
「ちょ、ちょっと、そんな言い方やめてください! 乱暴に叩くのもです!」
外でもめている声がする。
敬語が標準なのかな、あのイケメン騎士は。すごく、いいよね。優しいって言うかさ、金髪って言うかさ。
「おい、ニーナはレイと奥に行ってろ。赤竜は俺が対応しておく」
「え、あの赤竜だよ、危ないよ、アジ」
レイが心配そうに言えば、アジは真剣な目で私たちを奥に促した。心なしか、かっこいいね、アジ。いつもそんな顔してれば、もっと騎士にもモテたと思う。
「ニーナに用事があんだろ。面倒事に決まってる。レイ、ニーを守れよ」
レイはぐっと歯を食いしばって、頷いた。どうやらアジもレイも、弱い私を守らなければいけないという使命感があるらしい。
いい家族を持ったよ、私。なんか、大げさな気がするけど、感動した。
「いざとなれば、他の竜が助けてくれるだろ。まだお前の作った朝食も食べてないしな」
アジがかっこよくにやりと笑えば、不覚にもときめいた。おい、かっこよすぎだろ! なんか死亡フラグっぽいけど、カッコイイな!
でもあえて言うなら朝食はまだ作ってないうえに、今日の当番はレイだ! 昨日当番変わったの覚えてないだろ!
レイは私を引っ張って奥の部屋に入って扉を閉めた。
「ニーナは、守るから」
私の手を握ったレイの手が、少し震えていた。
私を背にかばったまま、2人で静かにしていれば、アジと赤竜の声が聞こえた。
「朝から煩いな。何の用だよ」
「おい、弱竜だせ。けい……」
「昨日の黒竜と、会わせてください。ずっと、探していたんです……!」
「はぁ? あいつを探してた? あいつに知り合いの騎士はいないはずだけどなぁ」
ガラわるいな、アジ。そう思わないかと、レイに同意を求めてレイの顔を見た。レイの震えは止まり、その顔は今まで見たよりも、一番鋭い顔をしていた。
それがまた、美人なんだ。同性である私が、見惚れるくらいね。
「で、あいつに何のようなわけ?」
「彼女に、契約を申し込みたい」
は? 契約?
小声が思わず出てしまい、レイににらまれた。ごめんね、静かにしてる。
「あいつと契約? なぁ、人間。お前らは、強い竜と契約をしたいいんだろ? お前の目は紛い物か? あいつはお世辞にも強いとは言えない。むしろ、弱い竜だ。そんな竜と契約したいって、なんの冗談だよ」
あいたたた!
うおぉ、かばってくれているんだろうけど、それは傷つくよ、アジ。黒竜のみんなですら面と面向かって弱いって言わないし、私の耳に弱いって単語なんて届かないのに! じょ、冗談って!
最近聞いてなかったその単語が、胸に突き刺さる!
「強さは、関係ない! 私は、彼女と、一緒にいたいだけです!」
「……は?」
さすがのアジも、意味不明って感じだ。
いや、私も意味不明だよ。あれ、今、プロポーズされた? 完全にそれ、愛の告白じゃないか?
うそ、マジで? 私と死ぬまでずっと一緒にいたいだって?
「なんかよ、昔、こいつが子供のころにあの弱竜と会ったらしい。そこでこいつが弱竜に憧れて、ガキなりに契約を申し込んだけど、あっさり玉砕。大人な竜が好みでなんとかかんとかって言われて、必死で大人になったと。で、もう一度契約の申し込みに来た、と」
「……え、ごめん。理解できない」
おい、素に戻ってるよ、アジ。赤竜の説明に、さっぱりだ。
いや、わかるよ、赤竜が何を言ってるかわかるよ。ただね、そんな記憶は私にはないんだよ。
「危害を加えるつもりはない。ただ、会わせてやってほしい」
「お願いします!」
くすんだ金髪イケメン騎士が、直角に頭を下げた。頭のてっぺんまで金髪だった。
困ったアジは、ちらりと奥の部屋を見てきたのが、見えた。かたまっているレイを押しのけ、私はドアを少し開けてその隙間から覗き見てるからね。
おい、どうすんだよ。
いや、知らないし。
アジとの心の会話が成り立った気がする。
いやぁ、本当に困ったことにさ。
好みなんだよ、その騎士。金髪といい、優しそうとか、誠実そうとか。背もそれなりにあるし、見るからに優しいですっていうイケメンとか。誰得。その目が青色だったらさらによし。
今までの期待が今になって応えられるとか。
今更だわぁ。
そのまま無言が続くのも仕方ない。
向こうも引く気はないようだ。っていうか、誰?
私が小さくため息をつくと、レイが不安そうに私の肩に手を置いた。
「なんか、大丈夫っぽい」
小声で話せば、レイが頷いた。
扉を開けて顔を出せば、騎士がものすごい勢いで顔を上げた。
め、目の色が青色だ。金髪青目のイケメンだ。ちょっと困ったような顔も、金髪青目のイケメンだ。
「どうも、はじめまして」
扉の前で小さく挨拶をすれば、騎士は息をのんだ。
「……覚えて、いませんか?」
「すみません。さっぱりです」
じっと見つめてくる視線に耐えきれず、私は逸らしてアジを見た。助けてって心の中から伝えたけど、知らねって顔を逸らされた。出てきたからには、責任は私にあるってさ。
「おい、話したいことがあんだろ。すこし2人で散歩でもしてこい」
赤竜が口を挟んできた。なんだその、あとは若いお2人で的なノリは。
騎士はよろしいですか、みたいなお伺いの視線を私に向けた。
あー、はいはい。
「ちょっと行ってくるわ」
心配そうなレイとアジに言って、私は騎士を後ろに連れて家を出た。
出たまではいいんだけど。
「え、どこに行けばいいです?」
「どこでも。貴女と話せるのであれば」
「いや、その、別にどこでも話せると思いますけど」
「その、2人きりで、という場所はありますか? 貴方と、2人で話がしたいのです」
ぎゃー! なんなの、この騎士!
何がしたいわけ!? 騎士から出る雰囲気が甘いわ! 体がかゆくて、とりあえず体を動かしたいんだけど!
と、心の中で叫んでみるが、当然私は顔には出さないとも。
「……」
2人きりでどこでもって言われるのが、一番困るんですけど。
家の前で立ち止まっている私と騎士に、近所の竜が遠慮なくのぞいてくる。今まで相談以外で私と騎士が一緒にいることなんてなかったからね。何やってんのって、興味津々に声かけてくる黒竜もいた。なんと答えればいいか、分からないので、適当にごまかした。
「村の近くに、湖がありましたよね」
「あ、あー、あった、ありました」
「では、そこで」
はじめっからそう言ってくれ。
とりあえず、奇妙なこの空気に耐えきれなくなる前に、湖について何とかしたい。
私は早歩きで池に向かった。
村から近い湖は、かなり大きい。
山脈から水が降りてきて、この湖にたまる。ここからいくつかの河になり、平原に出て、海へと流れる、らしい。見たことないしね。
この湖から、村に水を供給しているのだ。なんとかっていう名前を人がつけてるのは知ってるけど、村では村の近くの湖って言ってる。それで通じちゃうからね。
何度か契約を求めて相談された騎士にも、デートスポットとして紹介したが、まさか自分がこようとは……。
そして、湖まで来たが、さてどうしよう。
前に来た騎士が、準備として丸太を椅子代わりに作ったことは覚えている。丸太に座り湖を眺めるという、なんてべたなデートを決行したらしい。それ以来、この丸太は次の騎士からも利用されている。
それが今見ると無性に腹が立つ。なんでそこにいるんだお前。私に座れとでもいうのか。
で、騎士と一緒に座ったわけだが。
「綺麗な湖ですね」
「……そ、そうですね」
なんだ、この会話。見合いとか、したことないんだよ。ご趣味はなんですか、好きな食べ物はなんですか、休日は何して過ごしますか、ご兄弟はいらっしゃるんですか。そう言うこと、聞けばいいのかな。
「申し遅れました。第二竜騎士団の副団長を拝命されています、シルヴェスター・エイルトヴァーラと申します。お名前を、伺ってもよろしいでしょうか」
「は、はぁ、ご丁寧に、どうも。ニーナです」
にーな、と小さくつぶやいて、騎士はなんとも嬉しそうな顔をする。なにがそんなにお前をそうするんだよ。
イケメンのその顔で、私まで嬉しくなっちゃうじゃん!
「やっと、貴女の名前を知ることができました。心地よい響きですね」
「そ、そうですか。で、どこかで会いましたっけ?」
騎士は少し悲しそうに顔を伏せた。
も、もうしわけねぇ! イケメンにそんな顔をさえてもうしわけねぇ!
「私が、子供の頃ですから、10年と少し前になります。まだ、病気がちで、体も弱いとき、あの森で貴女に会い会いました」
やべぇ、まじで覚えてない。
頭を穿り出している私に、騎士は綺麗に微笑んだ。
やめてくれ! いま頑張って穿り出してんだから!
「森にある、小さな池で。貴女は私に努力すれば、強くなれると。勉強をすれば、その分の知識がたまるし、鍛えればそれだけ筋力がついて強くなる。竜とは違い、人はやればやるほど、強くなると」
なんだ、そのカッコイイセリフ。言ってみたい。いや、言ったのか?
「去り際に、周りも私の事を心配している、と言われ、子供心に初めて気づいたんです。外に出してももらえず、苦いものばかり飲まされる。そんな両親が嫌いでしたが、家とは全く関係ない貴女に言われて、やっと自分のためだと理解できました」
去り際の、カッコイイセリフ、だと……!?
なんか、中二病っぽいけど、たしかにカッコイイ。
それを、私が言ったのか?
「短い時間でしたが、貴女と会い、私はここまでこれた。貴女にまた会いたいと、貴女が言ったような、大人になりたいと。そうすれば、竜騎士として貴女と契約をできるのではないかと。私はそう決意して、貴方を目指していたからこそ、ここまで来れたのです」
「……大人?」
なんだそりゃ。
騎士も、少し困ったように笑った。
「それが、幼い頃なので。私が貴方の理想の男性を聞けば、大人で、あとなにか条件を言っていたのですが……。理解できなかったんです」
「大人で、ははぁ、さっぱり覚えてません。人……竜違いじゃ」
「いえ。貴女で間違いないと」
さっぱりだ。この騎士が少年ってことは、それなりに可愛かったはず。忘れないだろ、そんな可愛い子に会えば。
「あー、他に、どんな会話をしました?」
「他ですか。私が貴族であれば、身分もあるので恵まれていると」
おい、身勝手なセリフだな。身分があっても恵まれていないかもしれないのに。
「私が賢いと、言っていましたよ」
少年が賢いって、そんなにすぐわかるものかな?
「私が告白しても、さっぱりで」
思い出しているのか、騎士はくすくす笑う。少し恥ずかしそうに、それでも大切な思い出を温めているかのような……。イケメンの暖かい思い出に、本当に私が存在するのかね。
「……ん? 告白?」
え、いや、告白された、だと!?
覚えてないよ! 初告白されたことを、覚えてないとか! 思い出せ、何としても思い出せ!
「えぇ。貴女は素敵な人なので、一緒にいたいと」
す、ステキ……!
そりゃ、ときめいちゃうじゃないか!
「…………」
あれ、なんか、身に覚えが……。
「ニーナさん?」
固まる私を、騎士が覗き込んでくる。
あ、まずい。思い出したよ。
あーああああああああ!
完璧に、思い出したよ!
病気もちだとは知らずに、励ましちゃった少年だよ!
おいおいおいおい! 本当に迎えに来ちゃったよ! どうすんだ!
「思い出していただけたようで」
さすがに表情に出ていたようで、騎士が感激したのか、頬を少し赤く染めている。
「あ、あばば、あの、少年……」
「おそらく、私です」
騎士は立ち上がり、私の前に膝をついた。
私の若干荒れている手を取り、そこに軽く口づけを落とした。
「ずっと、貴女を目指してきました。大人になり、いつか貴方と会いたいと」
下から見上げてくる騎士は、私の手を離さないと強く握る。
「貴女は弱いから、契約はしないと言いました。私が強くなり、貴女を守れるだけの力をつければ、貴女は私と契約をしてくれるのではないかと」
大きくはない声だが、私の耳には届いている。
私の手の甲にも、騎士が話すたびにその吐息が撫でていった。
「貴女と契約できるように、強くなりました。貴女を、守ります。私と、契約をしていただけませんか」
ふつ、と私の中で何かが切れたらしい。
いつの間にか翼が出ていて、騎士から自分の手を取り戻した。
そして、一目散に逃げた、と思う。
はっきり気づけば、家の中にいた。
ぎゃーっと叫びながら猛スピードで森を抜け、村に入って家に飛び込んで、なにやら落ち着かなくて暴れまわった気がする。
いや、だってさ、甘すぎじゃない?
げーげーと、砂糖を出せるよ!
「おい、落ち着いたかよ」
部屋の隅っこで、椅子に座ったアジがため息をついた。やっと落ち着き、いつからアジがいたのか思い出そうとしたが、どうにも記憶にない。
「まじでびびったぜ。ドア壊して入ってきて、奇声を発しながら踊りまくるから。で、騎士に何された?」
アジの声が、少し低くなる。
「ま、まじで、甘い……」
「はぁ?」
「け、契約してくれって、そういえばいいじゃん! なにあれ! ただの告白じゃないか!!」
思い出すだけで落ち着かなくなるよ!
アジは何となく察してくれたらしい。
「何言われたよ」
「いや、確かに会ってたよ。あの騎士の少年時代に、私会ってたよ。でさ、その時にも契約してくれって少年に言われたんだけど、私弱いし、死にたくないから無理って、断ったわけよ」
「ははぁ、それで?」
アジは面白くなってきたのか、にやにやしている。さっきまでの剣呑な雰囲気はどこいった。
「で、私を守れるだけ強くなったって! 私を守りますって! どんな騎士様だ!」
「いや、あいつ竜騎士団の副団長様だろ。にしてもすげーな。契約した竜を守るって。聞いたことない契約の告白だ」
からかうアジを無視して、甘い砂が混ざっていそうな息を吐き出せば、やっと気づいた。
「あれ、レイは?」
「あぁ、お前が飛び込んできたときに何かあったと思って、長老に助けを求めにいった。赤竜はさすがにまずいと思ったらしくて、湖に飛んで行った」
ということは、すれ違ったのだろうか。
いや、もう疲れたよ。
「ちょ、休ませて……」
「おー、休め」
重い足を動かして、私は奥の部屋に引っ込んだ。
「すまんな。なんか、エイルトヴァーラが何かしたようで」
「……あぁ、あの騎士」
夕方頃になり、ヨルゲンが家を訪ねてきた。
いろいろ落ち着いた私は、あの騎士が訪ねてきたらどうしようと、心臓が落ち着かなかった。
あんな熱い告白受けたの、初めてなんだよ!
告白自体も、初めてなんだけどさ。なんて言ったらいいのか、さっぱりわからない。
それにしても、あの騎士の名前なんて、ちょっと覚えにくいよね。シルなんたらっていうところは覚えているけど。
ヨルゲンと私は向かい合って話している。正面に来るヨルゲンは相変わらず渋くていい味を出しているが、少し表情が怖いよ。まっすぐ見られている、というか、少し睨まれている気がしなくもない。
アジとレイは、長老に呼ばれたらしい。いやなタイミングだ。
「やけに、甘い言葉を言う人だと」
「あぁ、それは、たぶん、あいつの第二竜騎士団長のせいだ」
ヨルゲン曰く。
あの騎士が竜騎士団に入ったとき、結構団長に可愛がられたらしい。礼儀正しいし、竜に対して他とは比べ物にならないほどの愛情を持っていたから。
ある日団長がなぜそんなに竜が好きなのかを聞き、一度出会った竜を探していることを聞き出した。
で、いろんなことを聞きだし、その憧れの竜を守れる強くて素敵な大人を目指していると言ってしまった騎士に、団長が面白そうだといろいろ吹き込んだとか。
「探している竜が異性ということもあってか、彼に第二騎士団長が女性の扱いまで教えたんだ。それから、妙に女性に甘い言葉を言うようになった。それで勘違いする女性が多発してな。まぁ、早い段階で違うと本人も気づいたが。たぶん、その名残だ。……期待したか」
しちゃったよ! ものすごいしたよ! なんだ、その迷惑な団長は。
「一応、騎士団長の一人として言わせてもらうが、エイルトヴァーラとの契約を、考えてほしい」
「あー、その、もっと強い竜のほうが、副団長としても、恰好がつくと思うんですけど」
「彼は、君がいいと言っているんだ。たぶん、君が彼と契約をしなければ、彼は一生竜と契約することはないと思う」
そんなこと言われてもさ。
結構困る。
「契約をしてやってほしいとは、言わない。ただ、考えてほしい」
いや、事実上そう言ってるよね。ガッツリ言ってるよね。
ヨルゲンは、私をじっと見てきた。やっぱり、睨んでるよ。いやぁ、貫録があってヨルゲンもかなりポイントが高いんだけど……。そう睨まないでください。怖いです。
「エイルトヴァーラと、また会ってやってほしい。まだ、彼も君を諦めてはいなさそうだからな」
あんな言葉を、また言われるのか。
恋人ならともかく、なんでほぼ初対面のイケメンに言われなきゃいけないんだ。
さすがに、心臓がもたないよ。砂吐くよ。ときめくよ。
契約したら、戦場に出なきゃいけない。それは無理だわ。初級魔物を前にして、速攻で逃げ帰った私ですから。戦争になったら、間違いなく死ぬわ。
「その、ですね。実は、私すごくビビりでして……」
なんといって帰ってもらうか、私は必死に頭を回転させた。なんとか、なんとか良い言い訳があるんじゃないのか。
「戦場に行っても、腰抜かして動けないか、契約者を置いて逃げるか、ひっくり返るかの三択しかできないかと」
「構わん。エイルトヴァーラも、君に戦闘能力は期待していないようだ」
だよね。期待していたら、きちんと目を覚まさせてあげたいくらいだ。にしても、ヨルゲンの視線がひたすら冷たい。いったい何なんだ。期待してないって、かなり失礼だぞ。だが、許す。
他に言い訳を考えていれば、不意に扉が小さくノックされた。
何も話していなかったから気づいたけど、会話をしていれば声にかき消されるくらい、遠慮がちな小さなノックだった。
私は少しヨルゲンに目礼をして、扉を開けた。
「はいはい……」
「あ、その、ヨルゲン団長はいらっしゃいますか?」
おい、まさかの本人登場とか。き、気まずいじゃないか……。
騎士のほうもさすがに気まずいのか、視線が合わない。
「あぁ、すまない。戻る」
ヨルゲンは意味深な視線を私によこし、そして騎士を小突いた。
騎士は、その意図がわかっているのだろうが、どうしてもそこに踏み切れないようだ。よし来い、とも私は言えないよ。
どしろと。ヨルゲンさんよ。私をそんなに睨み付けて、どうしろと。
いや、はいはい。すみません。
「あー、その騎士さん……」
「シルヴェスターと」
言いにくいよ、その名前。
「えっと、シルベスターさん」
「……ジルで」
すみません。正確に言っていたつもりが、言えていなかったらしい。
「今日は、すみませんでした」
なんとも気恥ずかしくなって、私は隠すために頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。不愉快にしてしまったらしく……」
どつ、とまたヨルゲンがジルを小突いた。
「そ、その、できれば、明日、も、また、私と一緒に……」
あ、あまずっぺぇ……。
甘酸っぱい雰囲気が流れ出したよ……。なんだこれ。やばい気がしてきたよ。甘いのと酸っぱいのが交互に来るとか。あれか、甘いものを食べた後には、しょっぱいものが食べたくなる、みたいな。で、また甘いものという、ひたすら巡る連鎖。
「明日も、私と一緒に過ごしてもらえませんか? 家の手伝いでも、何でもしますので」
少し照れ気味に言っているが、騎士、ジルの顔は緊張で強張ってる。私相手に、強張ってるんだよ。
甘酸っぱい。
初恋って、こんな感じか。
本当に、ここまで慕われると悪い気はしないよ。むしろ、いい気持になるね。体がかゆくなるけど。
それに、そろそろ薬草も切れかけているのがあるからね。いつもはアジと一緒にいってるけど、明日はジルと一緒にいくか。護衛にもなりそうだし。
イケメン従えて出かけるとか、もうさ、うん、わかるよね。
「明日、薬草を取りに行こうと思っているんですけど……」
「ご一緒させて下さい」
即答された。
「森の中なんで、魔物とか出るんで」
「わかりました。準備をしてきます」
これまた即答だよ。そんなに私と出かけたいか。なんだそれ、照れるね。私なんかで申し訳ないけど、照れるね。
私から約束を取り付けたジルは、目を輝かせてヨルゲンを連れて帰った。
扉を閉めた私は、たまってしまったレモン味の空気を体から吐き出すために、何度も深呼吸を繰り返した。
いや本当に、出会いってレモン味なんだね。
翌日、遅い朝に家に来たジルは、レイとアジの好奇心に満ちた目で迎えられた。レイはじっと見つめ、アジに至ってはジルの周りをぐるぐる回って観察している。
そこに、遠慮という文字はない。
にしても、騎士の服ってどうしてそんなにカッコイイんだろうね。
白を基調とした服で、副隊長である彼はそこに青の文様が何かの文様を形作っている。あくまで白を目立たせるほどの、シンプルな文様ではあるが、なんでだろう。なんか、高貴な感じがする。
でもさ、白だよ、白。
今から何するか、わかってるのかな? 薬草取りだよ。騎士服を着てくる仕事じゃないんだよ。
「……汚れますよ」
「騎士服は、勝負服なので。汚れても、洗えば済むことですから」
なんの勝負だよ。
負けないよ。いや、いまの視線で負けたわ。カッコイイ。
このイケメン、騎士服でさらにイケメン度が2割くらい上がってるよ。マントがついたら、どうなるんだろう。
こんなイケメンに契約申し込まれるって、結構おいしいことになってるよ。
絶対、流されるよ……。
薬草取りは、竜の村の結界の外だ。
いつもアジがついてくるのは、魔物を見て速攻で逃げる私の護衛だ。いや、本当に怖いんだよ。今日、その護衛はいないけど。
一応、私も剣を持っているけれど、抜くまでもなく逃げるから抜いたことなんてない。
素振りで使う程度だ。この素振りにしても、途中で腕が痛くなって早々にやめる。一番軽い剣ですら、思うように振り回せないのだ。鍛練しない、私が悪いだけなんだけどね。
「薬草は、どのあたりにあるのですか?」
あたりを警戒しながらも、ジルは私に尋ねてきた。
私の歩く速さに合わせて歩いてくれているジルは、やはり女性の扱いがうまい。赤竜と違って、細かい気配りができている。
「あ、あの崖の上です」
木々の間から見える崖は、少し遠回りをしていかなくてはいけない。
ここから川を渡り、私の足でしばらく上り坂を上った先だ。
もうすでに結界は出ており、時々動物が姿を見せたり隠れたりしている。
この森は、竜の村があるからか、比較的魔物は少ない。
そんじょそこらの魔物ごとき、竜の敵じゃないからね。うん、平均的な力を持つ竜の敵じゃないんだ。
平均以下でビビりな私にとっても敵じゃないよ。逃げ足だけでいえば、私の右に出る生き物はいないからね。敵にすらならないよ。
「下がってください」
「っひ……」
と思っていた矢先に、遭遇。突然すぎて思わず悲鳴が出てしまった。
すぐにジルが私の前にでて、剣を構えた。
大柄な魔物で、睨まれた私は無意識のうちに数歩下がった。背中からは翼がでて、いつでも逃げれる体制は整った。
黒くて大柄な魔物はジルと対峙しているのだが、私は怖くて足が動けない。
頼む。何とかしてくれ。してください。怖いです。
魔物がジル相手に大きく腕を振るうが、ジルはそれを避けて魔物の懐に入った。
小さくジルが息を詰めるのが聞こえ、次の瞬間には剣を振り終えたジルが魔物から少し離れた。
ゆっくりと血をふきだしながら倒れる魔物に、私はまた数歩下がった。
ごくりと、私の喉が動き、両手で抱えていた籠がミシリとゆがんだ。
ジルの白い騎士服は汚れ一つなく、剣にも血はついているようには見えなかった。
全く乱れない様子でジルは私を振り向き、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫です」
ジルの声に安心した私は、力が抜けてその場にへたり込んだ。
あわててジルが目の前に膝をついて、顔を覗き込んでくる。
「怪我はありませか?」
「……おかげさまで」
よかったと、ジルは私の隣に座った。
「少し、休憩にしますか?」
おいおい、目の前に魔物の死体があるぞ。他の魔物の寄ってくるじゃん。
と思って立ち上がろうとした私を制して、ジルは小さく指で魔法陣を空中に描いた。
なにそれ、カッコイイ。
魔法陣はすぐに消えるが、その代わりに周辺を柔らかく包む存在を私は感じた。
「魔物避けです。しばらくは寄ってきません」
ジルは私の事を、すっかりわかっているらしい。
今まではアジと一緒に薬草取りをしていたのだが、アジは私が気付く前に魔物を殺してしまうので、今回みたいにきちんと対峙するのは滅多にないことだった。
それに、アジはそれなりに強い竜。魔物も滅多に襲ってくることはない。
ただ、今回は弱い竜である私と、人であるジルだったから襲われたのだ。
両手で足りないほどには魔物と遭遇しているが、やはり慣れないものだね。あの黒くて生き物とは思えない気を発している魔物には、まず視覚でやられる。見た目が怖いと、足がすくんじゃうんだよ。
それでもやっと、この年になって逃げるというスキルを会得した私は、それなりに耐性はできたと思う。
ただ、瞬時に足がすくむのは直らない。誰だって不意に怖いものが出てきたら、何度だって驚くでしょ。
しばらく休憩してから出発して、そのあとは何の障害もなく目的地にたどり着くことができた。
薬草採集は手伝ってもらうわけにもいかないので、ジルは少し離れた場所に立って、しゃがんで摘み取る私をみていた。
「よく、わかりますね」
「そりゃ、ずっと同じものを見てれば、わかります」
ジルにはわからないらしい。そりゃ分らんわ。私も初めは分からなかったし。
「外に、出たことがあると伺いました」
私は顔を上げた。
少し考えるように、ジルは私をみていた。
「もう一度、私と外に出てみようという気には、なりませんか?」
「微妙、です」
外に憧れる気持ちは、ないわけではない。それでも、私の住んでいるところは、あの村だ。
一番に守ってくれるのも、私が安心できるのも、あの村なのだ。
「一晩、ずっと考えていました。貴女はあの村にいるのが一番安全だということも、理解しました」
ボソボソとジルが声を出す。かなり強引に言っていることを自覚してるみたいだ。そりゃ、そうだよね。
私の籠の中は、薬草でいっぱいになった。
私は立ち上がって、ジルに向いた。
ふわっと風が吹き、ジルの茶色に近い金髪が風を含んで舞い上がる。
「私と一緒では、危険があることは確かです。第二騎士団だとしても、戦場にも向かわなければいけない、もしかしたら魔物や人と戦うこともあるかもしれない」
デメリットだらけの契約をする竜は、戦いたいか、それか契約者を気に入ったからかのどちらかだ。たとえそれが強い竜の義務であっても、なにかその竜の琴線に触れることがなければ契約などしない。
そんな竜と契約している騎士は、聞いた話によるとほんの一握りだそうだ。実際、黒竜の村で契約した竜を、私は一匹しか知らない。
今まで契約した黒竜は、ほとんどが契約者に興味があるから契約したものがほとんどと聞く。
なら、契約した黒竜は、契約者のどこが良かったのだろうか。どこに興味がわいたのだろうか。
戦場に出ることになってまでも興味を沸かせた人とは、どんな人なのだろう。
「貴女と契約をしたい、貴女と共にいたいと思うのは、貴女にとって迷惑なものでしかないのも、わかりました」
すみません、とジルは私に頭を下げた。
初めはもしかして愛されてるのかと妄想を繰り広げたが、冷静になればそれが違うこともわかった。
ジルにとって、私は竜であり、目標だ。私と契約をしたいというだけの為に、ジルは騎士になったのかもしれない。
本当に私と一緒にいたのであれば、彼が騎士をやめてこの村に来ればいい。前にそういう人間がいたらしい。本当に、ずっと前だけど。
でも、彼は騎士として私と契約したいらしい。
契約するとすれば、私。幼い憧れを、ジルは真面目に目指してきたのだ。大人になっても忘れることなく、憧れを追い求めた。
そう思うと、なんとなく気が楽になった。
憧れは、夢だ。
それにしても、誰かの目標になってるって、ちょとすごくないか。しかも、こんなイケメンの目標だぞ。自分ってすごくないか。
そう考えると、なぜだかテンションが上がった。私にしては珍しく、前向きになってしまったのだ。
「今まで、ずっと私は貴女を目指して、きました」
タイミングがいいのか、ジルがさらに私のテンションを上げに来た。がつがつと押し上げてくる。
「……目標」
「そうです、目標です。いつか、憧れである貴女と契約をして竜騎士となる。私の騎士となる原動力です」
も、持ち上げすぎじゃないか……。いや、悪い気はしないけどさ。いい気分だけどさ。
副団長の、目標。イケメンの目標。
そこでふと気づいたんだよ。
あれ、私って、実はすごい?
「明日、村を出るそうです」
「え、早くね?」
最短記録か。
「他の騎士も、自分に合う竜を見つけられなかったようですし、あの村の長老ももう次の村へ行けと」
こりゃあれだな。
「あなたが私に契約を申し込んで、弱い竜は村で守らないけん、という長老が追い出しにかかった」
「……お察しの通りです。無理に契約を申し込むなと」
これでもね、村で大切にされてることは理解できんのよ。弱い竜だしね。
ジルは苦い顔でうつむいた。
「……また、来てもよろしいですか。貴女に、会いに」
や、やめてくれ!
私よりも背の高いジルからの上目使いって、どんな高等テクニックだ!
く、くっそーう!
何となくだけど、この時私の決心の方向は決まっていたのかもしれない。
弱い竜として見られる私を、ジルだけは憧れと言ってくれた。それに応えたくなったんだ。
大切にされることは、嫌いじゃない。この村の生活も、嫌いじゃない。
初めてこの村に来た時から、この場所は好きだった。それでも、人であった私の本質がそれを邪魔する。
人の世界に出てみて、いかに自分が半端物なのかを実感しても、人としての私の心が居場所を求めて村を出たがる。
この村は、竜の村。それは、わかっていた。
いつか、弱い竜の私でも、人の世界に居場所があるのではないかと、どうしてもそう思ってしまうのだ。
持ち上げられ、きらきらした憧れの目で見られて。夢は覚めるものだと知っていても、私の憧れを叶えてくれたジルに、少しは返したかったのかもしれない。
たとえそれが、短いものだとしても。
返事をしないで、私は足早に村へと帰った。うしろからついてくるジルは、私同様、無言だった。
ジルは私を家まで送り届けると、肩を落として口少なめに帰って行った。
「……ねぇ、ニーナ」
心配そうなレイに、私はどんな顔をしていいのかわからなかった。
「決めちゃった?」
レイって、どうしてそんなに察しがいいのか。それとも私がわかりやすいのか。
「なんとなく、前にニーナが村を出てく前の日と、似てる」
覚えてないよ、そんな昔のこと。
レイが突然抱き着いてきた。
や、柔らかい……。
「行っちゃうの?」
「……どうだろ」
レイの小さな声に、私もつられて小さな声になる。
私はレイを抱きしめ帰して、彼女の黒い髪に頬を寄せた。彼女は、どこでも柔らかい。
「ニーナが、外に行きたいって思ってるのも、知っってる」
「外は、危なかったよ」
「でも、今回は守ると言った人間がいる。ずっと、外を見てたことも知ってる。」
ぐずっとレイが泣きはじめた。
「いつか、行っちゃうって思ってた。ニーナの事、本当は私たち竜よりも、人間に近いんじゃないかって、心配だったもん」
「……」
レイは私から離れた。
「ニーナは、人間と暮らしてみたいんでしょう」
人間と暮らしてみたい。
そういわれて、私の心臓が大きくなった。
人間と暮らしてみたい。
そう思ったことは、一度もないと、思った。けれど、もともとは私は人間だ。心のどこかで、人間に戻りたいと思っていたのだろうか。
やっと私は思い出した。
ジルと初めて会ったとき、わかった思い。
人間のほうがいいと、そう思ったことを。人であることを忘れられない、私を。
竜である彼らと生活をして、どこか自分のずれていることも、本当は分かってた。
体は竜でも、自分は人間だと、そう考えていたのだ。
幼いジルと話していて、自分は竜だと痛感させられたのも、事実だ。
「……暮らして、みたい。外に、出てみたい」
私は、また人に戻りたいのかもしれない。強くなる可能性を持つ人に、戻りたいのだろうか。勉強すれば認められ、鍛えれば体が強くなる人に。
勉強しても竜としては認められない。鍛えても、竜としては強くはならない。
人としての感覚が強い私は、本当にできそこないの竜なんだ。
夕方ころに戻ってきたアジも、私の顔を見て何となく察したらしい。
泣いてるレイを慰めつつ、長老に会って来いと言ってきた。
私が長老に会いに行けば、長老は渋い顔を崩さなかった。やはり、弱い竜である私を外に出すのはいやらしい。
もし出るならと、長老はある提案をしてきた。
夜になり、扉が叩かれた。
なんとなく誰かを察した私は、そっと扉を開けて外に出た。
「よう。エイルトヴァーラが落ち込んで、ヨルゲンも難しい顔をしていたからな」
赤竜が私を迎えた。
「……」
「迷ってるだろう。あいつと契約すれば、お前じゃ危ない。俺もそれは分かっている。同じ竜としては、お前に契約をしてほしくはない」
竜は、お互いを大切にしあう。敵となれば容赦はしないが、今はこの国と同盟を結んでいる身だ。敵対することはあまりない。
「だが、ヨルゲンがエイルトヴァーラの契約を重視している」
「なんで? 私じゃ副団長には合わないと思うよ」
赤竜はちょっと首をかしげた。
「あいつが戦場に出ることは、あまりない」
「え、ないの?」
それは知らなかった。え、戦争行くのが騎士団じゃないの?
「竜騎士団は第3まである。主に戦場に向かうのが第一と第三騎士団だ。第二騎士団は城の護衛が多い。王族の護衛も、第二騎士団に属することになっているしな。第二騎士団が戦場に出るということは、第三騎士団と第一騎士団が半壊した時だけだ」
「つまり、私があの人と契約して戦場に出るってことは、相当やばいってこと?」
「そうなるな。だが、ここ最近で第二騎士団が動いた戦争はないからな。これからどうなるかはわからん。それに、エイルトヴァーラはワイバーンの扱いがうまい。だから、あの男が第二騎士団に入るのには、かなり反対が出た。が、第二騎士団長が強引に引き込んだ」
「それでもさ、やっぱり見栄ってものがあるじゃん」
さらに赤竜は首をかしげた。
「みえ? なんだそれは」
「外聞? ほら、地位の高い人はそれに見合ったものを持ってなきゃいけないじゃん」
赤竜は眉間にしわを寄せて腕を組んだ。低く唸り、なんとか私の言葉を理解しようとしているが、わからないようだ。
「大事なものか、それは」
「大事じゃないかな」
赤竜は小さくため息をついた。
「……ヨルゲンも、似たようなことを言っていた」
「あ、そうなの」
「あぁ。副団長が竜を持っていないのは、どうにも外面が悪いとさ。もう、竜なら何でもいいらしい」
何でもいいで選ばれたのが、私か……。
それはそれで複雑だ。
もうどうでもいいから、竜を持ってくれって、相当せっぱつまってるんだね、ヨルゲン。
赤竜は懐から一枚の紙きれを取り出した。
なんだ、それは。
「ヨルゲンと一緒になって考えてみた」
何を考えたんだ。
「あー、まずだな」
赤竜は指でなぞりながら、必死でそのメモを読み始めた。
「特典その1」
「特典……?」
「エイルトヴァーラはワイバーンでの戦いがかなりうまいから、別にお前が戦場に出なくても、十分に活躍できる」
なんだ、その特典。特典?
赤竜は棒読みの状態で続きを読んだ。
「竜は、騎士団にとっても国にとっても、戦力と同時に国の象徴なので、かなり優遇される。別に強くなくても、エイルトヴァーラの隣にいるだけで、十分にその役割を果たすことができる」
私から乾いた笑いが出た。バカにされているんだろうか。本当に、なんでもいいって感じだね、ヨルゲン。
「特典2……。まぁ、これはいいのか?」
赤竜が首をかしげながら読んだ。
「食事がおいしい」
「まじで!?」
私は思わず一歩前にでて赤竜に詰め寄った。
ここでの食事は、まずくはないんだけど、本当に一味足りないものばっかりなんだよ!
もう一つ、味の濃いものが食べたい!
「特典3」
まだ特典があると……!
「黒竜は変わってはいるが、数が少なくて気性も穏やかなせいか、人や竜からも比較的ちやほやされる」
ち、ちやほや……。
かなり、いやいや、ちょっとそそられるな。
「特典4」
私はごくりと生唾を飲み込んだ。
「騎士は総じて顔がいいのが多いと評判である」
な、なんだってー!!
やっぱりそうなのか!
イケメンパラダイス!?
しかも、黒竜だとちやほやされるってか!
メモを読み終えた赤竜は、やはり首をかしげてその紙をしまった。
「まぁ、どこが特典かはわからんが、お前の表情を見る限り、かなりの特典なんだろうな。さすがヨルゲンだ」
「い、イケメン……」
あぁ、魅力的すぎる。
イケメンに、食事、ちやほや……。
悩み始めた私に、赤竜は言った。
「やはり、俺はお前が羨ましいな」
私は赤竜の顔を見上げた。
赤竜は、なんの表情もしていなかった。時々、赤竜のこんな表情を見る。きまって、私が羨ましいと言った時だ。
それが、赤竜にとってどんな意味をするのかなんて、私にはわからない。
「お前がエイルトヴァーラと契約して騎士団に来れば、もしかしたらわかるかもしれない」
この赤竜は、戦闘能力の高い赤竜族の中でも頭一つ飛びぬけて戦闘能力が高いと聞いた。
そんな竜としての最高の力をもつ赤竜が、底辺にいる私のなにが羨ましいのだろうか。
「俺には、人間の考えがわからないからな」
自嘲気味に笑い、赤竜は表情を戻した。
「まぁ、前向きに考えろ。エイルトヴァーラも、悪い奴じゃないし、それなりに強い。人間としてはいい部類だと思うぜ」
そういって、赤竜は私に背を向けた。
ジルも、ヨルゲンも、赤竜も。
弱い私になんでそこまで期待をするのだろうか。
私に、それほどの価値があるのだろうか。
明かりがほとんどついていない村の中に立ちすくみ、私はしばらく動けなかった。
次の日は、晴れだった。
騎士たちが荷物をまとめ、ワイバーンの手綱を引いて村の出口で黒竜たちに見送られている。
ジルはきょろきょろと見渡しているが、残念でした。
黒竜の視線の集まる中、やっぱり連れてってとやるほど、私の度胸は据わってない。
出発と村を出てからも、ジルだけは何度も村を振り返っていた。
さて、どうしよう。
どうやって姿を現せばいいのか、さっぱりわからない。
森の出口で、遅いじゃないか、と言って待っているのもありだと思う。
何かの危機にさっそうと出ていくのも、夢がある。
というか、その二択しか思いつかない。
実際やるとなると別だ。恥ずかしい。
こっそりとしばらく森の中をつけていれば、他の騎士がジルに話しかけている。たぶん、慰めていると思う。私から見ても、落ち込んでるしさ。
ここまで思われてると、悪い気はしないよねぇ。
そこで、赤竜が立ち止まった。
「アルフ、どうした」
ヨルゲンも立ち止まり、他の騎士も立ち止まった。結果、私も止まった。
「この森はな、意外と魔物が多くて危険なんだ。いつもみたいに高速で飛ぶんでもなけりゃ、殺されても仕方ない」
「おいアルフ。何言ってる……」
あ、いやな予感。
ヨルゲンもジルも、他の騎士も困惑している。
「さっさと出てこい、弱竜。どうせエイルトヴァーラの泣き落としに情がわいたんだろ」
え、とジルがあたりを見渡し始めた。
ごめんよ、木の上なんだ。
でもここまでばれてりゃ、仕方ないさ。木の上からおりて、赤竜の後ろから顔を出した。
「……どうも」
や、やめてくれ。よかったな的な視線をジルと私に向けるのは!
ジルは今にも泣きそうだ。
ふらふらと私の前に立って、ジルは私の手を取った。うっすらと目に幕が張っている。そこまで感激されると、背中がむず痒いよ。
「け、契約を、していただけるんですか?」
「仮で」
しん、と一気に空気が落ちた。後ろの騎士の表情が止まっている。
「試行期間で。ほら、やっぱり強い竜のほうが適任だと思えば、私も一年程で帰りますし。」
しどろもどろの言い訳に、ジルはそれでも笑った。
「では、しばらくは私と一緒にいてくださると」
「……そっすね」
実はこの言い訳、長老が言い出したのだ。
契約をしては、たぶん私も解約しにくいだろうと。
試行期間と称して、契約せずにいろと、長老はそう言ったのだ。どうやら、私が帰る意思があるのを、わかっているらしい。
「ニーナ」
嬉しそうに名前を呼ばれるもんだから、思わず赤面してしまった。
これだからイケメンは。
騎士たちも、ほっとしたように肩を撫でおろした。
「ありがとうございます。私のすべてをかけて、貴女を守ります」
ひゅーっと、赤竜が人間の真似をした。ただ、すごく下手で空気がかすれる音がしただけだった。
「よかったな、エイルトヴァーラ。お前は王都へ戻れ」
「はい」
ヨルゲンが冷やかそうとする赤竜を止めて私の前に立った。
「礼を言う」
こりゃ、ジルもかなり可愛がられてるな。
一気に明るくなった騎士一行に、やっと私も加わった。
私は外に出ることで、なにかが変わるだろうか。竜としても人としても中途半端な私に、そとの世界に居場所はあるだろうか。
私を憧れて目指してくれた、ジル。
象徴としての私を求めている、ヨルゲン。
私に何かを期待している、赤竜。
そして、人としても竜としても中途半端でおろおろしている、私。
騎士団に入って、戦争に駆り出されるのも怖いが、どうにもここまで乗せられたら乗ってみたくなったのだ。
怖いのも事実だし、以前外に出てみて後悔した以上の後悔が来るかもしれない。もしかしたら死ぬかもしれない。
それでも、ちょっと前に出てみたかったんだよ。
隣を歩くジルを見上げて、私はそう思った。
ジルも私を見下ろして、本当に優しく笑ってくれた。
私がいると、本当にうれしそうに笑うんだ、この人。それが、なんだか無性に私も嬉しいんだ。
いろいろ考えすぎて、私の頭の中で悩みや願いがごちゃごちゃになっている。人の考えを持ち、竜として生きる私が、本当は何を望んでいるのかわからない。
それを、もしかしたら見つけられるかもしれない。
だから、少しこの人に付き合ってみようって思ったんだ。
余談だが、森を抜ける前に私の疲労がピークになった。普段飛んで移動するから、こうも森の中を歩くってことは、今までなかったんだよ。
鍛えている彼らのスピードは、やはり速かった。息も絶え絶えになったところで、ジルにおんぶされることになった。
さっそく守ってもらったさ。
ついでに、ほかの騎士から竜に関しての助言を求められたよ。
そんなのは自分で考えてくれって思ったけど、まぁ、答えてやったさ。うん、答えてあげれたと、思うんだ。
「これでよかったのか、ヨルゲン」
赤竜のアルフが、ヨルゲンに小声で聞いた。
ヨルゲンはちらりと自分より背の高いアルフを見上げ、小さく微笑んだ。
それは、本当に珍しいことで、アルフはすこし目を丸くした。アルフはいつも無表情で、こうやって優しく微笑むことなんて、滅多にないのだ。
「あぁ、次世代を担い副団長としての地位を得ているものが竜と契約をしている。これは戦争中のこの国としては対外的に大きな利点となる」
中規模の国でしかないこの国が、隣の大国と同等になっているのは、ひとえに竜と同盟を組んでいるからだ。
同盟を組むまで、竜は人と相いれない存在だった。
時には人が竜を殺し、また竜が人を殺す。
それを繰り返した結果、圧倒的な数を誇る人のまえに、竜は数を減らした。竜同士の結束が強いのは、そのころの影響らしい。
アルフは眉間にしわを寄せた。
「別に、エイルトヴァーラが契約していなくとも、俺や他の竜がいれば戦争に負けることはない。弱竜をエイルトヴァーラと契約させる意味が、それほどあるのか?」
ヨルゲンはアルフの言葉に首を振った。
「弱いといっても、彼女も竜だ。それが重要なのだ。国とは、そういうものだ。人が作ったものは、その程度の物なのだよ。だがな、アルフ」
ヨルゲンは少し前をおんぶしてもらっている竜を見て、目を細めた。
「俺はお前に、戦争に出てほしくないとも思っている」
アルフはその言葉に顔を歪めた。
「俺は戦いが好きだから、お前と契約をしたんだ」
「あぁ、知っている」
「……っ」
怒りをあらわにするアルフと違い、ヨルゲンはあくまで静かな態度を崩さなかった。
それが、アルフに言葉を失わせた。
「俺は……」
アルフはヨルゲンから目を逸らし、前を向いた。
「俺は、てめぇの考えていることが分からない……」
絞り出すような声に、ヨルゲンは少し目を伏せた。