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異世界帰り・オブ・ザ・デッド 作者:時をかけたい少女
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異世界にて



その日、「ポーン」という軽々しい音が世界に響き渡った。


この音には一度だけ聴き覚えがある。

この世界にきた日に響いた音だ。


「、、、が勇者、()()()()によって倒されました。リコールが開始されます。特典を選択してください。」


音に続けてなんとも説明不足なアナウンスが流れた。

この雑な感じも聴き覚えがある。


リコール、特典、といったよくわからない内容もあったが、少なくとも僕らの()()()()()は達成されたわけだ。


少しだけ安堵し、すっかり慣れてしまった硬い黒パンを革の水筒の水で流し込む。

入れてから随分たった水は温く、革の独特な臭いがした。


現代日本で普通に暮らしていた頃には考えられない食事だ。


「、、、それもようやく終わりってことなのかな」

なんとなくリコール、という言葉の意味を察して感慨に耽る。


思えばもう1年の間、この世界にいたことになる。





始まりは唐突だった。


6月の24日、2限の国語の授業中のことだ。


「、、、蘇り、甦り、といった言葉には黄泉の世界から帰ってくるという意味が含まれるわけだ。いわゆる黄泉帰りという奴だなぁ。」


担当の腰山(こしやま)先生の授業中、それは起こった。



突然、座っていた椅子の下から眩い光が放たれた。

慌てて飛びのこうとしたが体が動かない。

驚いて声を上げたつもりだったが声もでない。


なんとか眼球だけは動かせるようだったので、助けを求めようと隣の席の松風(まつかぜ)に視線を送る。


しかし、当の松風はまるで何事もないかのように手元でボールペンを分解し続けていた。

こんなに眩しい光なのに、近くにいる誰もこの()()()()()()()()()()ようだ。


なんだこれ、、!?


戸惑う僕のことなどお構いなしで、光はどんどん強くなっていく。


なんで誰も気づかない、、、!?

必死で目線を動かす。そして、そこで気づいた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




その事実に気づいた瞬間、目の前の景色が教室から草原へと変わっていた。



「、、、え?」

最初に出た言葉は驚きというより戸惑いだった。

青臭い植物の匂い、頬を撫でる風、降り注ぐ太陽、炭酸系飲料のCMなんかでよくみるステレオタイプな草原が目の前に広がっている。


「ははっ、なんだこれ」

あまりの非現実感に思わず笑ってしまう。

もしかして教室で授業を受けていたというのが夢で、本当は草原で寝てたっけ?と現実逃避にふけようとしたところ



「な、なんだこれ!?」


「きゃあああ!?」


「は、はぁ、、、?」


「、、、、っ!」


「嘘、、、?」


といった思い思いの悲鳴が後ろから聞こえてきた。

振り返るとそこには5人のクラスメートの姿がある。


四方田(よもだ)さん、一番(いちばん)御法川(みのりかわ)沢田石(さわたいし)嵯峨(さが)さんの5人。


僕を含め全員が制服だった。



四方(よも)!なんなのこれ!私たち今まで教室にいたよね!?」

はじめに声をあげたのは嵯峨さんだった。

プリーツスカートの裾を握り、クラス委員で親友の四方田さんへと走りよる。


「う、うん!そうだと思うけど、なんでこんなところに、、、?」

不安な顔で縋り付く嵯峨さんを落ち着かせようと、四方田さんがその肩を抱く。

しかし、四方田さん自身も状況を飲み込めていないようでやはり不安そうな顔をしていた。



「あぁん!?おい沢田石、どうなってんだこれ?」

2人の様子を見ていた御法川が叫び、茶色く染めた髪の間から派手なピアスがキラりと光る。

自他共に認める不良である彼は、この状況に困惑はしていても不安そうな表情ではなかった。


「い、いや、ぼ、僕にもわかんないよ…」

名前を呼ばれた沢田石がビクッと体を震わせながら答える。

クラスの中でも大人しいほうの彼は、その性格からか御法川に絡まれることが多かった。


「ちっ…使えねぇなぁ。なんのために普段勉強ばっかしてんだよ」


「そ、そんなこと言われたって…」

苛立ちを隠そうとしない御法川に対し、怯えた様子の沢田石がおどおどと答えていると


「ちょっと実里、やめなさいよ!」

嵯峨さんを抱いたまま、四方田さんが御法川を注意した。

こういったやりとりは学校生活の中ではよく見たものなのだが、草原のど真ん中で見ると違和感が強い。


「はっ、いいだろ別に、聞いてみただけだろが」


「威圧的だって言ってんのよ。かわいそうでしょ!」


「こんな状況でもしっかり委員長やってんのか?四方田さんはお偉いですねぇ」


「なにその言い方?あんたねぇ!?」



「ストップストーーーップ!!」

いつも通り2人の口喧嘩がヒートアップしていくと、こちらもまたいつもどおりの人物が2人の会話に割って入った。

四方田さんと2人でクラス委員を務めている一番だ。

優秀かつ冷静、完璧を絵に描いたようような彼はこの状況の中でも冷静に物事を捉えているらしい。


「ちょっと一旦落ち着こうよ。みんな突然のことで怖いのはわかる。でも言い争いしている場合じゃないのは確かだろ?まずは状況を整理してみるんだ」

整った顔にさわやかな笑顔をのせ、一番がゆったりした口調で話す。


「…そうだね」


「…ちっ」


そんな一番の言葉に言い争っていた2人が黙った。

さすが女子だけでなく男子からも人気の篤い1番(一番)だ。

イケメンは説得力からして持っているものが違う。


「ありがとう。さて、さっき『突然のこと』って話したけど、それはみんな共通の感覚ってことでいいかな?僕の感覚だとさっきまで教室で腰山先生の授業を受けていたはずなんだけど」


「うん。私もそうだった」

四方田さんの答えに続いて、全員が自分もそうだとうなづく。


「その最中、急に足元が光り始めて気づいたらこの場所にいた。これもあってるかな?」


皆んなが無言でうなづく。


「そうか…みんなで同じ夢を見てるってことじゃ無い限り、これは現実ってことになるのかな…?」


「でも一番、こんなことってあるの?ドラマや映画じゃあるまいし…」

一番の独白に対し、困惑した表情の四方田さんが答える。


「僕も正直信じ難いよ。実はまだ授業中で、みんな寝てるってことの方がまだ現実味がある。でも例えばさ八重、左の手のひらを胸の前で拝むようにして、右手の人差し指をゆっくりその手のひらに押しつけてみて」


「?」

四方田さんが不思議な顔をしながらも言われた通りにする。

もちろん人差し指はしっかりと手のひらの真ん中くらいに押し当たった。


「これが一体なんなの?」


「明晰夢って言葉、知ってるかな?夢を見ている時、それが夢だと自覚する夢のことなんだけど」

その様子を見守っていた一番がつづける。


「あ、それなら僕聞いたことあるよ。夢だと気づくことで、その夢を自由にコントロールするってやつだよね?」

ここまでずっと俯いていた沢田石がパッと顔をあげながら話す。


「そう、その明晰夢なんだけど、夢だと気づくために色々な方法があってね。これはその一つなんだけど、今みているモノが夢なら高確率で()()()()()()()()()()()()()()()()


「そうなの!?」

驚いた様子の四方田さんが、自らの掌に押し当てられた指を見つめる。


「こういった行為をリアリティチェックなんていったりする。もちろん諸説あるし、人によって気付きやすい方法も変わるんだ。ほっぺをつねってみるなんてのも典型だね」


「あぁ、そういうことかよ。」

御法川がようやく話に追いついたとばかりに相槌を打った。


「実はここについてからそのリアリティチェックを僕なりにいくつか試してみたんだ。でも、どれも意味はなかったよ。もちろんそれだけで断じるわけにはいかないけど」


真剣な表情の一番が続ける。


「少なくともこれは夢じゃ無いと思って行動したほうが良いと思うんだ」


一番の深刻な表情と声色に、その場の空気がシン、と静まるのを感じた。


そして、それとほぼ同時に



「ポーン」



と軽々しい音が世界に響き渡った。



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