終わった世界の生き残り方3
「は…?」
ポカン、と口を開けた杏子さんから間の抜けた声が発せられる。
呆気にとられているうちに、取り出したボウガンを杏子さんの正面へと構えた。
「な…そんなもの…どこから…!?」
つがえられた矢の鋭さに気づき、驚いていた顔が徐々に強張っていく。
「今見てたじゃないですか。リュックからですよ」
照準がブレないようにゆっくり移動し、ミカさんのことも視界の中にいれる。
「そ、そんなわけない! 美香! あんたも確認したでしょ!?」
「う、うん。な、中にはなにもなかったよ…」
責めるような口調に対し、すっかり萎縮した声が応える。
「だったらなんでよ!?」
状況の説明がつかないことに対し、困惑した杏子さんがヒステリックに叫ぶ。
「言い争いはそこまでにしてもらいましょう。えっと…ミカ…さん? とりあえずあなたもこちらに並んでください」
ボーガンの照準は杏子さんに向けたまま、離れていたミカさんに指示を出す。
「は、はい…」
ミカさんはゆっくりと動き、杏子の隣へと手を上げながら並ぶ。
別に手を上げろとは言ってないんだけどな。
改めて美香さんの姿を確認すると、彼女も杏子さんと同じく20代前半くらいの女性だ。
黒いセミロングの髪に大きなカエルが描かれたTシャツ、下には7分のジーパンを履いている。
杏子さんが扇情的な格好なのとは対照的に、ラフな服装だ。
ただ、こちらも杏子さんの服とは対照的に、Tシャツやジーンズは着られる限界まで着ているようだ。
特にTシャツの損傷は激しく、カエルの目玉にあたる部分が裂け、黒い下着がチラチラと見えていた。
「ね、ねぇ…谷々君さ、ご、ごめんね!? 君がかわいいからお姉さんつい調子に乗っちゃってさ! ほら、うちら女二人だけだから何かと警戒しなくちゃならないし、水も食べ物も2人分必要でさ。生きるのに必死になってちょっと物騒なこと言ってみただけだよ! そ、そんなマジになんないでよ〜」
さきほどまでの冷めた態度はどこへやら、猫撫で声の杏子さんが引き攣った笑顔で話す。
その言葉には応えず、ボーガンの照準を杏子さんの眉間へと合わせる。
「冗談、冗談だって! ほら! ナイフも捨てたよ!? これでわかってくれるよね!?」
杏子さんは握っていたナイフを足元に捨て、両手をあげる。
今更無害アピールのつもりだろうか。
「こ、この子は美香っていうの!美しい香りで美香ね!顔は地味だけど結構おっぱい大きいっしょ?」
そう言うと、杏子さんはバタバタとした動作で美香さんの胸を下から揉むように持ち上げる。
「ひっ…き、杏子…」
握る力が強いのか、美香さんは苦痛の表情を浮かべている。
「あ、なんだったらさ、さっきの続きを2人でしてあげてもいいよ! 迷惑かけたおわびってことでさ! 初めてが3Pなんて贅沢だなー!」
こちらが一切答えないのが不安なのか、捲し立てるように喋り続ける杏子さん。
その額には徐々に玉のような汗が浮かび始める。
「ほら! 美香もなんか言いなよ! 谷々君結構かわいい顔してるしさ! アンタ実は結構タイプなんじゃない!?」
必死の形相で美香さんの腕にすがりつき、訴え続ける様子を無言で見つめる。
「あ…その……」
視線も照準も外されている美香さんは自分が蚊帳の外であることに気づいているようだ。
「…ね? 私たちなんでもするよ? 求められたこと…本当になんでも…します。だから…お願い……」
最後は消え入るような、嗚咽のような声だった。
「お願いだから…
杏子さんはゆっくりと力が抜けるようにその場に座り込んだ。
それでも僕を見る視線だけは外せないようで、見開いた目には恐怖がありありと浮かんでいる。
瞬きでもしようものならその瞬間に殺されると思っているようだ。
ボーガンを構えたままゆっくりと杏子さんに近づく。
目の前でボーガンをおろし、腰を落として目線の高さを合わせた。
目の前で喉が「ヒッ、ヒッ」と苦しそうに鳴っている。
息をするのを忘れる、というのはこういう状況を指すんだなとふと思った。
杏子さんは思うように呼吸ができず「あっ、かっ…」と声にならない声をあげ始めた。
ちょっとかわいそうな彼女に笑いかけながら告げる。
「次はないよ」
杏子さんは「はいぃ」と金属音のような声をだしたので、そこでようやく視線を外してやる。
「おええぇえぇえ!!!」
次の瞬間、亀のように丸まった杏子さんがその場に胃の内容物をぶちまける。
あたりにはつんとした吐瀉物の臭いが広がった。
「…なんだ。やっぱり食べ物には困ってなかったみたいですね」
テーブルの上の食料と水をリュックに仕舞い込み、入ってきた窓へと向かう。
這いつくばって土下座の格好となった杏子さんからは「ごめんなさい、ごめんなさい……」と小さな声が聞こえる。
隣でその様子を見ていた美香さんが「ふっ…うふふ」と薄く笑いはじめた。
まぁ、自業自得ということで。
二人を尻目に靴を履きなおしてから電線へと飛び移る。
後ろの方で微かに「…のゲロ女が!…あんたホントは……!」という怒号が微かに聞こえる。
疲れから足元を見降ろすと、そんな声をかき消すように腐った死体の群れが呻き声をあげていた。