「低賃金も家賃高騰もすべて女性が悪い」と思い込む……韓国の男性が「女性専用」を敵視するツラすぎる理由
プレジデントオンライン / 2023年3月28日 9時15分
■韓国・ソウルから「女性専用」が消えていく…
韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領の反フェミニズム政策に、海外メディアの注目が集まっている。
昨年5月に発足したユン政権は、すでに小・中学校、高校などの教育カリキュラムから「男女平等」の言葉を削除(AFPBB News)。さらに、ユン氏が大統領選の公約に掲げたとおり、「女性家族省」の廃止に向けて動き出している。
さらに首都・ソウルでは、女性への冷遇を象徴するかのように、女性専用駐車スペースの閉鎖が決まった。その数は市内で数千区画に上る。このニュースに米ワシントン・ポスト紙やBBCなどの海外の主要メディアも反応を示した。
2009年に導入されて以来、女性専用駐車スペースは、駐車場内の比較的明るい場所に設けられ、性被害や暴力事件に怯える女性たちに安全性を提供してきた。市当局は家族用スペースに転用すると説明しているが、今後は女性が単身でこの区画を利用することは許されなくなる。
韓国で声高に叫ばれるフェミニズムは、女性の特別扱いを求めるものではなく、あくまで男性と平等の人権や安全性を訴える内容だ。だがユン大統領は、大統領選挙でこうした運動を逆手に取り、反フェミニズム政策を公約に掲げて男性、特に若い男性からの支持拡大を狙ってきた。
ユン大統領は、男性がむしろ性差別の被害者であるとの論理を展開し、若い男性たちの間でくすぶる経済不安、批判の矛先を、女性たちに向かうように躍起になっているようにも見える。
■ドイツではじまった「女性専用駐車スペース」
女性専用駐車スペースは韓国独特のものではない。1990年代にドイツで誕生したアイデアだ。米ワシントン・ポスト紙は2015年、ドイツの一部地域では全駐車区画数の30%以上を女性専用とすることが法律で義務づけられていると報じている。
目的は、暗く人通りも少ない夜間の駐車場における、女性をターゲットとした性犯罪や暴行事件の未然防止だ。スペースは一般に、比較的入り口に近くて明るく、安全に避難できるスペースが割り当てられることが多い。
ドイツ国営放送のドイチェ・ヴェレは、南部アイヒシュテットの街の駐車場で2016年に女性がレイプされたのを受け、市街地中心部の公共駐車場に女性専用区画が導入された例を報じている。
コンセプトはドイツ国外へも広がった。現在では、オーストリア、スイス、中国、そして韓国など、複数の国で採用されている。韓国では出入り口付近の数区画をピンクの枠線で囲い、女性のアイコンを描いて専用スペースとしている。
もっとも、利用者の安心を生む一方、女性用スペースは議論の対象にもなってきた。駐(と)めやすいスポットを女性に割り当てることから、女性は運転が下手であるとの性差別を生んでいるとの指摘がある。ドイツでも一部判事が女性用スペースの不当性を指摘するなど、賛否両論が渦巻く。
■「車に乗ればドアを即ロック」性犯罪の絶えない駐車場
こうした専用区画は日本ではほとんど見られないため、日本の事情をベースに考えると、必要性を理解することは難しいかもしれない。しかし、韓国では女性が暗い駐車区画を避け、少しでも入り口に近い明るく安全な場所に駐めたい切実な事情がある。
それは、女性をターゲットとした性犯罪の多発だ。
BBCは、韓国政府による統計を引き、市内の駐車場で起きた暴力犯罪の実に3件に2以上を、レイプ、性的暴行、ハラスメントなどの性犯罪が占めると報じている。さらにBBCの別記事によると、女性に対する性犯罪者のうち、10人に7人以上が刑務所行きを逃れている現実がある。
こうした事態を受けてソウルでは、女性保護策の一環として2009年、およそ5000台の駐車スペースを女性用に割り当てた。ソウル市は30台以上の規模の駐車場に対し、10%を女性に割り当てるよう義務づけている。
駐車場での性犯罪は絶えずニュースになっており、訪れる女性たちはこれを警戒している。市内に住むある女性はBBCに対し、「車に乗るといつも、即座にドアをロックしています」と証言している。この女性は、女性用区画を利用する際には「いつもより安心できます」とも語った。
韓国ではこのような駐車場の治安問題に加え、盗撮など悪質な性犯罪が多発していることも女性の不安の種となってきた。宿泊したホテルに盗撮用カメラが仕込まれている例などが多く報道されており、日本の状況とは異なる次元で、女性が警戒心を募らせる状況となっている。
■女性に向けられる「少しくらい余分に歩け」の声
こうした深刻な懸念に逆行するかのように、ユン政権は女性の立場向上策の廃止へ舵を切った。BBCは、小・中学校、高校などの教育カリキュラムから「男女平等」の言葉を削除し、今後は女性家族省についても閉鎖したい意向だと報じている。
ユン政権はその閉鎖によって男性層の人気を得ようとしているが、国内の優先課題である経済政策への実効的な効果には疑問符が付く。記事によると、女性家族省による支出は、韓国国家予算のわずか0.2%を占めるにすぎない。
それでも政権が閉鎖を強行するのは、女性を敵視する男性層の心理に訴えたいためだ。韓国では若い男性を中心に、困窮する女性たちの立場を理解するどころか、対立的な姿勢を示す動きが加速している。
BBCは、20代の韓国男性の90%近くが、アンチフェミニスト、あるいはフェミニズムの不支持を表明していると報じる。女性用駐車スペースをめぐり、ある男性はBBCの取材に応じ、「こうしたスペースは、男性への差別です」と不満を口にしている。
「100メートル余分に歩いたところで安全が脅かされることはありませんし、最近では駐車場のあちこちに防犯カメラがありますから」
■男性たちの不満を利用するユン政権
なぜ韓国の男性は、同じ国の女性を敵視しているのだろうか。米タイム誌は、経済不安に悩む若い男性の怒りの矛先が、不当に女性に向けられていると分析している。伸び悩む給料に対し、韓国の家賃は過去5年間で2倍以上にまで高騰し、若者たちは先の見えない将来に不安を募らせているという。
女性の状況にまで気を回す余裕はなく、一部にはまるで男性が犯罪者予備軍のように扱われていると、不満をあらわにする男性もいるようだ。
男女間の対立は深まるばかりだ。米ハーバード大学系列の有力政治紙であるハーバード・ポリティカル・レビューは、韓国で「フェミニズムは新たなFワード(禁句)」になったと指摘している。
記事は、20代の若い男性たちが、公約を果たさない政治家、高騰する住宅価格、賃金の停滞などに「幻滅」しており、「問題の原因となっている対立集団として若い女性たちをスケープゴートにする」流れが活発になったと指摘する。
「若い男性たちは、長年続く失業や制度への怒りを発散させる先を求めており、自分たちを悪意ある『性の逆差別』の波にのまれた犠牲者と位置づけている」との分析だ。
同誌はまた、ユン政権がこの状況を意図的に利用しているとも論じている。「この状況にあってユン氏は、同国の男女平等・家族省の廃止を公約に掲げることで、こうしたターゲット層から広範な支持を取り付けたのだ」
タイム誌も同様に、反フェミニズム政策は若い男性の不満のはけ口として機能していると分析している。
■「兵役」に対する韓国男性たちの本音
逆差別の被害者であるとの意識は、韓国で若い男性の多くに浸透している。BBCによると、性別による差別を受けていると感じている男性の割合は、79%にも上るという。
不満の核心は、男性のみに義務づけられた兵役だ。韓国の男性は30歳を迎えるまでに、18カ月の兵役に就かなければならない。
キャリアを一時停止して社会から離れるこの兵役が、男性に不利に働く性差別になっているとの不満が絶えない。ある男性はBBCに対し、「報酬はありません。犠牲を払うだけです」とこぼす。
近年では女性の権利を訴える「#MeToo」運動が話題となったが、韓国男性たちは「Me First(私が最優先)」を叫び、対抗心を燃やしているという。
兵役への不満はもっともだが、果たして全体像を見渡したとき、男性に対する逆差別の状態と言えるかは疑問だ。BBCは韓国雇用労働省のデータを引き、男性への兵役があってなお、2020年の韓国女性の平均月給は男性の67.7%に留まると報じている。
すなわち韓国では、女性は男性の3分の2ほどしか稼げない現実が横たわる。同記事は「これは先進諸国で最大の賃金格差である」と指摘する。
■女性を敵視するしかない韓国の行き詰まり
性犯罪の多発する韓国で、女性を守り続けた駐車スペースが消滅し、教育現場からは男女平等の概念が削除された。
韓国では女性をターゲットとした大規模な性犯罪事件が繰り返し明るみに出ており、そのたびに女性たちが蜂起し安全性の向上を勝ち取ってきた歴史がある。彼女たちはユン氏の就任以来、ただでさえ家父長制の色濃い韓国社会において、男性優位への回帰が加速しているとして危機感を募らせている。
女性専用区画が象徴する男女間のあつれきは、ユン政権の政策の妥当性を問う大問題へ発展したとも言えるだろう。
同じ国内でヘイトを煽る韓国政府の手法は、経済問題の現実から男性の目を逸らす意味で、皮肉にもいっときの効果を現している。しかしその実、国民が男女に分かれて足を引っ張り合い、自分たちの陣営こそが性差別の被害者だと声高に主張し合っているのが現状だ。
昨今では世界各国において、国内の生産性を高め、いかに国際的な競争力を磨くかが重要課題のひとつとなっている。翻って、同じ国民同士での罵り合いを煽る韓国政府の手法は、およそ理知的とは言い難い。仮に兵役が男性の不満を呼んでいるのであれば、そちらを改善する方がよほど建設的なアプローチであろう。
性被害に困惑する女性たちのためにも、不毛な争いに誘導され時間を無駄に費やしている男性たちのためにも、韓国政府は実りある政策を示すべき時が来ている。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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