新テロ時代 ローンオフェンダー考④犯意の漏洩、ネットに残した自分の「記念碑」
産経ニュース / 2023年7月11日 7時0分
テロを決意した者にとって、摘発のリスクを高める犯行計画の事前漏洩(ろうえい)は、かつてもっとも避けねばならない事態だったはずだ。
だが組織に属さないローンオフェンダーは、交流サイト(SNS)やインターネットの掲示板などを通じ、かなりの割合で漏洩に及ぶことが知られている。
昨年7月8日、元首相の安倍晋三=当時(67)=を銃撃し、殺害した山上徹也(42)もそう。SNSに母が巨額の献金を行った世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みをつづり、犯行前日には事件を示唆する手紙を送った。彼らはなぜ、その犯意を外部に表出せずにはいられないのか。
政治家への執着
《組織票や宗教票が幅を利かせることになり、一部の為の政治が行われ、世襲と腐敗が再生産されます》
今年4月15日、選挙の応援演説のため、和歌山市を訪れた首相の岸田文雄(65)に爆発物が投げ込まれた。その場で取り押さえられたのは兵庫県川西市の無職、木村隆二(24)=威力業務妨害容疑などで逮捕、鑑定留置中。犯行の4日前、ツイッターにこんな不満を書き込んだ。
「被選挙権が25歳以上というのは憲法違反だ」。昨年9月、川西市内で開かれたある市議(当時)の市政報告会終了後、木村は出席していた国会議員にそう食い下がった。市議選に立候補したいのに、公職選挙法の年齢要件でそれができない。詰め寄るさまは、周囲で見ていた人がいぶかしむほどだったという。
このときは市議選だったが、木村はその約3カ月前に行われた参院選を巡り、30歳以上と定める参院議員の被選挙権年齢と、立候補者に義務付けられた供託金制度(参院選選挙区の場合は300万円)が違憲だとして、公示の2日後に国家賠償請求訴訟を起こしている。
代理人弁護士を付けない本人訴訟。昨年10月に提出された準備書面からうかがえるのは既存政治家への恨みともいえる感情だ。年齢・供託金要件で立候補者が「制限」されるため有権者が選挙に関心をなくし、投票率が下がる-。そして安倍や統一教会を名指しし、「組織票を持つ既存政党・政治家が選挙で有利となる」と批判するのだ。
木村はツイッターに訴訟の口頭弁論期日を載せ、傍聴を呼びかけてもいる。公の司法制度を利用し、堂々と主張を展開している間は何の違法性もなかった。
木村が非合法手段に訴えることに決めたのはいつごろだろう。同11月、1審神戸地裁が請求を棄却。今年3月に開かれた控訴審も初回口頭弁論で結審し、敗訴が見込まれる状況だった。
木村は政治家一般を「既得権益者」と呼ぶ。具体的に何を指すかは定かでないが、政治家に何らかの権益がひも付いているとみていた。そして安倍や岸田に対しては「世襲政治家」と、繰り返し非難の言葉を向けていた。
木村は政治家になり、何がしたかったのだろう。訴訟記録やツイートからは、政治家という地位への執着以外、何も見えてこない。
《京アニに裏切られた》
《爆発物もって京アニに突っ込む》
平成30年秋ごろ、ネットの匿名掲示板にこんな書き込みがなされた。36人が死亡する京都アニメーション放火殺人事件が起きたのは翌年7月のことだ。
スタジオにガソリンをまき、火をつけた青葉真司(45)=殺人罪などで起訴=は、逮捕直後に「(京アニが)俺の小説をパクった」と叫んだ。京都府警はその後の捜査で、前年の書き込みの一部が青葉によるものと特定。一方、同時期に京アニ公式サイトに寄せられた特定社員への殺害予告や脅迫コメントについては、通信匿名化ソフトが使われていたため発信元をたどれなかった。
ゆがんだ承認願望
ローンウルフ(ローンオフェンダー)型テロに関するスウェーデン国防研究所の調査によれば、第三者への犯意の「漏洩」はローン型テロに特徴的な行動の一つだ。事例研究では実行前の漏洩発生率が67%に及ぶという数字も示されている。
漏洩は対象に恐怖を与えるため、あるいは相手の注意を引くために意図的に行われる場合もあれば、感情の高ぶりから意図せずになされることもある。自身が死んだり拘束されたりすることを予期し、いわば記念碑的に痕跡を残しておくケースもある。
山上や木村、青葉らの漏洩行為について、近畿大准教授(犯罪心理学)の中川知宏は「社会制度の中で自分が不公平に扱われているという心理的負荷への対処行動として投稿を行い、もう一度社会に受け入れてもらいたいという心理が働いている可能性もある」と分析する。
従来型テロの場合は、実行後に組織が犯行声明を出し、次の攻撃を示唆することで相手を萎縮させ、将来に向かって政治的影響を与えようとする。一方、ローンオフェンダーは単独ゆえに次がない。「なぜこんな事件を起こしたか」。その暴力により、同時代の人間は、彼らがゆがんだ承認願望を持って書き残してきた過去の痕跡に向き合わされることになる。
山上は自らのテロを通じ統一教会に翻弄された不遇な半生を知らしめることで教団批判の世論を生み出すことに成功している。(呼称、敬称略)
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