山下達郎は
「音楽作品の良し悪し、あるいは音楽の才能と、実社会における問題は、別の話である」
と言う。山下達郎の盲目的な信者も、山下と同じことを主張する。
しかし、本気でそのように思っているならば
「たとえジャニーズ事務所/ジャニー喜多川を批判しようと、そのことと松尾潔の音楽プロデューサーとしての能力とは、別の話である」
と言うはずである。
事実は、そうではない。
松尾潔がジャニーズ事務所を批判した途端、突如として、山下達郎と盲目的な信者は
「松尾潔は、もともと山下達郎との関係も深くないし、スマイルカンパニーがマネージメント契約を続けるほどの価値も無い人物である」
と主張し始めた。
滑稽である。そんなに価値の無い人物を評価して、剰え、NHKとの仕事までも共にしていた山下達郎は、もしかして目と耳が節穴なのだろうか。
それとも山下達郎は、自身の頭では松尾潔の能力の良し悪しを判断できず、事務所の社長に言われたからという理由だけで、何となくNHKとの仕事を共にしていただけなのだろうか。
「ジャニー喜多川やジャニーズ事務所の悪い噂に関して何も知らなかった」
と言うのも、これまた変な話である。業界の内幕話などに頓着しない楽器の演奏や歌唱だけを追求しているようなタイプの人間ならば兎も角、山下達郎は業界話を散々し続けてきたではないか。白々しいにもほどがある。
客観的に見るならば、ずっと昔から山下達郎は、音楽作品の良し悪しや音楽的な才能を、実社会における問題と切り離して考えているどころか、逆に、実社会における柵(しがらみ)に基づいて『評価』する人間であった。
中森明菜の歌唱を酷評する一方で、ジャニーズ事務所アイドルの歌唱を称賛するような人間が『純粋に音楽的な観点だけで評価している』などという訳が無いことは、これは火を見るよりも明らかな話である。
有名なネットミームに
「奴らはラーメンを食べているんじゃない。情報を食べているんだ(byラーメン禿げ)」
というものがある。
それに倣うならば
「山下達郎は音楽を評価しているんじゃない。ジャニーズ事務所との関係を評価しているんだ」
と言える。
音楽の良し悪しや能力よりも「御縁と御恩」を優先するような、目と耳が節穴である山下達郎の音楽能力や選曲能力を肯定的に評価することは、あなたが真に音楽を愛すると自負する人間ならば、恥ずべきこととして避けるべきであろう。
別に松尾潔のプロデューサー能力を否定してはいないだろ…
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