夏恋ルンバ

テーマ:
破滅の秘め事、不滅の魔法。

白いシーツを汚した花。

わたしはあなたの猫じゃない。

「来年には結婚しよう」なんて、月並みな言い逃れを平気な顔して使う。


膨らむお腹にあなたはいつ気付くかしら。


すやすや眠れ、ズルいあなた。

カーテンを引くのは、明日あなたが目覚めぬように。

恋は不滅で、不倫は破滅。


好きになってはいけないあなたに、恋をしました。




わたしがカパルを知った時、あなたは、もう可愛い人の妻でした。


可愛い人




なんだこの世界一可愛い旦那は!


そんなことより
 

なんかさあ、去年の夏、地域の祭りに行ったんですよ。

小さな公園で盆踊りするみたいな催しで、子供会やらババ・・・ご婦人のダンスサークルとかが踊り狂っとるわけですわ。

わたし(結婚できない女)としてはそういった”地域”的な催しに顔を出すべきでないって重々承知しているんですけれども、もうダメね、抽選会でルンバ当たるって聞いたら行くしかない。


ルンバ、すごい。

勝手に掃除してくれる。 


それでまあ意気揚々と行ったわけなんですけど、行ったら行ったで生ビールは安いわ焼きそばは安いわ焼き鳥は美味いわでまあまあ楽しくてですね、植え込みのところに座って一息ついていたんですわ。


「付き合ってほしい」


こういった地域の祭りってのは夏休みの中学生の一大イベントなわけですよ。

夏休みになって好きな子に会えなくなってですね、祭りに行ったら浴衣姿のあの子がいてですね、その横にブスがいるわけですよ。


「あ、いたいた、おーい佑太ー!」


って浴衣姿のブスがトウモロコシ片手に話しかけてくるわけ。

好きな子は俯いてるわけですよ。


「どうだ、浴衣だぞ、かわいいっしょ」


ってブスが鼻息も荒く言うわけ。

佑太はビックリするわけですよ、好きな子の浴衣姿を近くで見ると予想していた以上にかわいい。

おまけに髪を上げている姿を初めて見た。

もう胸が高鳴ってですね、まともに見れないわけですよ。


「あー、佐和子に見惚れてるんでしょ」


とかブスがガンガンくるわけ。

ガンガン来るブス、ガンブス。


「私、焼きそば買ってくるね。ちょっと佑太、佐和子がナンパされないように横にいなさいよ」


ブスがどっかいくわけ。

へー、ブスにも良いとこあんじゃんと思いつつ見てると、二人は全然会話しないわけ。


ここは男から切り出すべき場面だろ、佑太がんばれよ。

でも、悲しいくらい祭りの喧騒と小気味良い太鼓の音しか聞こえなくて、まるでここだけ時が止まったようになってるわけ。


向こうの方を見ると、ブスが焼きそばを受け取ってるところで、どうやら佑太もそれに気が付いたみたいで、早くしないとブスが帰ってきてしまいます。

そこで佑太が言ったんですよ。


「付き合ってほしい」


物事には順序ってもんがあるだろ。

いやー、もっとこう逃げ道とか塞いでからいくべきだろ。

いやー、いけませんわ、これはいけませんわ。

彼女なんてさらに俯いちゃってね、たぶん顔を真っ赤にしてんの。

佑太も日本の国旗みたいに顔真っ赤にしてるの。


そうこうしてるうちにブス帰ってきてね


「あー、なになにー、もしかして佑太、告白した?」


とか、こういう時だけナイフのように鋭いのな、ブス鋭いのな。


「バカ、そんなのじゃねえよ」

「ちがうよ」


とかなるわけよ。

そこでいよいよ抽選会のはじまりよ。

この流れは完全にルンバが当たる流れ。

回覧板で回ってきた抽選番号を握りしめたよ。

番号は361番。


「さあ、次の抽選番号はー!」


とか壇上で化粧の濃いバ・・・ご婦人が言ってるわけ。


「ハァー!」


とか謎の発声で箱から番号を取り出す。


「361番!」


え、うそ、やだ。

当たった。

いざ当たってみるとすごい恥ずかしい。

照れくさい。

こんな場違いが馳せ参じてもいいものかと戸惑いながら壇上に上がって賞品を受け取りましたよ。


「めんつゆセット」


2等だったんですけど、1等からの落差が酷すぎやしませんか。

ルンバからワンランク落ちてめんつゆセット。

せめて麺がいい。

めんつゆばかり30リットルくらいあんじゃんか。

一生かかっても使いきれない気がするわ。

ヒーヒー言いながら重いめんつゆセットを持って帰る帰り道、さっきの中学生がいた。

かわいい女の子が言った。


「いいよ。さっきの、いいよ」

「なになに?なに?」


ブスが戸惑う。

佑太は


「やったー」


と叫びながら、まるで踊るようにして帰っていった。

ルンバでも踊るように、情熱的に帰っていった。

女の子は浴衣の模様より顔を真っ赤にしていた。

ブスはとうもろこし食ってた。


遠くの方で別の大きな祭りのものであろう、花火が見えた。

華やかな光は明確な彩度で黒い空と薄い雲を焦がしていた。


わたしが過ごすことはもうないであろう遠き日の夏、それを現在進行形で過ごす人がいる。


あの花火のところまで行ってみたらいいのだろうか。
 
そうしたら少しはあの日の夏に近づくだろうか。


それはやめておこう、なにせめんつゆが重いのだ。


花火の光はいつまでも漆黒の夜空と、手元の漆黒のめんつゆの瓶を彩っていた。