宗教勧誘と対決する

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そもそも、宗教とは信仰であって、自分の心の拠り所として信じるものです。
自分でどのような宗教を信じようが何しようが、それこそ財産全てをお布施にしようが自由なのですが、他人に迷惑をかけてはいけません。

信じる心というのは人それぞれの価値観によるものです。
自分の尺度で信じる信じないを判断すれば良い。
人から勧誘されて無理に信じるものでもない。
なのに、いかがわしい宗教であるほど熱心に勧誘をしてくるのですからおかしなものです。
宗教は勧誘されるものではない。
自らアクションを起こして信じるものなのだ。

ある日曜日の午後、一人でのんびり本を読んで過ごしていると、突然電話がけたたましく鳴った。
まぁ電話というものは突然かかってくるものなのですが。

という屁理屈はさておいて、普段は知らない番号からの電話なんて出ないのに、何となく気が向いて通話をプッシュ。
不意に訪れたコールの主は大学時代の旧友からのものだった。

「もしもし、Aだけど…私のこと覚えてる?」

大学卒業以来、とんと音沙汰のなかったAからの電話。
予想だにしなかった旧友のコンタクトに喜びを隠せない。

「わー!Aじゃんか。どうしたの?久しぶりだねー、ふふ」

懐かしいと友との会話は、自然とわたしたちを青春時代へと引き戻してくれる。
お互いの近況報告から始まり、懐かしい思い出話に華が咲いた。
するとスマホの向こうのAが急に切り出す。

「会って話がしたいんだけど、今から出てこれる?」

何とまあ、会って話したいとか面倒なこと言いやがるのです。
わたしはですね、日曜の午後をまったりと過ごしていたわけです、それこそ、ちょっとまどろんできてて寝ちゃうかもという状態だったんです。
本来なら電話ですらわたしの休息をかき乱すものであり、叩き切りたいところなのです。
それを懐かしい旧友だから我慢して話してたのに、出て来いとは何事ですか。
わたしに外出させてどうしようというのですか。

「悪いけど、外出するのは面倒。電話で良いじゃん」

とか言うのですけど、彼女は頑なに聞き入れようとはしません。

「いや、ホントちょっとだから、ちょっとだけ会って話そうよ」

同性から熱烈にアプローチされても気味が悪いものがあります。
ますますわたしは外出する気が失せてまいりました。

「じゃあさ、ファミレスで会おうよ、ご飯とか奢るからさ」

何ですと!
ご飯を奢ってくれるらしいです。
ちょうど金もなく空腹に苦しんでいたわたし

このご飯というオプションはたまらないほど魅力的でした。
行こうかな、会って奢ってもらって栄養を蓄積させてもらおうかな。
とか思うのですが、よくよく考えると怪しいのです。

何故、Aはそこまでしてわたしに会いたいのか。
そこまで熱烈にわたしのファンというわけでもなかろうに、出費をしてまで会いたがる彼女の心情が理解できないのです。
何か裏があるに違いない。

危ない危ない、騙されるところだった。
ご飯につられてノコノコ出かけていって罠にはめられるところだった。
ワタクシは飯ごときでは釣られませんぞ。

「あのさー、怪しいよ。何でご飯奢ってまでしてわたしに会いたいわけ?何かあるの?」

少し厳しい口調で問い詰めます。
スマホの向こうの彼女は少しまごついた様子で押し黙ると、しどろもどろに答え始めました。

「実は…瑞穂に会わせたい人がいるの」

何ですって!
お金持ちのイケメンがわたしに会いたいって!(盛大な勘違い)
もはやわたしはいそいそと指定されたファミレスへと車を走らせて店内へ。

みーっけ

奥のほうのボックス席で、Aが相変わらずの間抜け顔でコーヒーを飲んでます。
大学を卒業してから何年も経つのにあの子も変わらないな。
などとセンチメンタルな気分に。

そしてAの横に偉そうにふんぞり返ってる30後半ぐらいの外見のメガネのオッサンがいました。
何この人(お金持ってなさそう)。

などと言っても仕方ないので、落ち着いてそのオッサンを観察してみます。

外見は本気でいい歳したオッサンです。
髪は短髪で野暮ったい雰囲気。
それより何より服装が怪しいです。
どこで買ったの?というぐらい時代と逆行した服を着ています。
英字がプリントされたシャツなんて今時ありえない。
NewYorkとか平気で書かれたシャツとかありえない。
それ以上にオッサンの目つきが異常すぎる。
腐った魚をさらに腐らせたような目。
瞳孔も開いちゃってる。
なんていうか滅茶苦茶怪しい顔つきなんです。
もうこの人がヘッドギアとかつけてても何も不思議ではない。

とにかく、そのボックスだけ空気が異様なんですよ。
オッサンとAがコーヒーを飲みながら作り出している雰囲気が明らかに異様。
こんなボックスに飛び込んで行って無事に済むわけがない。
とか思うんですけど、異常に好奇心がうずいてしまったわたし。
まだ彼らには気づかれていないので逃げればいいものの、満面の笑み(鉄壁のガード)で近づきます。
これから起こる異様な世界に胸を弾ませながら。

「わぁ、A。久しぶり。待った?」

普通にAの対面に座ります。
ちょうど、並んで座っていたAと異様なオッサンと向き合う形に。
てかAとオッサンはわたしが来る前は二人っきりだったのに並んで座ってたわけだ。
何か異様な二人なんだよね。

わたしが席に座ったのを確認して、ウェイトレスが水とおしぼりを持ってやって来ます。
そこですかさず注文しました。

「チョコレートパフェ」

相手がコーヒーを飲んでるのに、何の迷いもなくチョコレートパフェですからね。
ちょっとどうかなって思ったけど、飯を奢るという約束だったのだから遠慮なく食べさせてもらいます。

ウェイトレスがメニューを下げ立ち去る。
さっそくAが切り出した。

「こちらが、Yさん。私の高校時代の先輩なの」

なるほど、明らかに異様なオッサンはAの先輩か。
どうみても30後半の頭がいっちゃってるオッサンなのだが、Aの先輩ということは最大でも2つ年上程度。
ってことはおいおい、このなりでアラサーかよ。
なんかすごーこわー、とかひらがなで思ってると、Aがさらに続ける。

「今日はすごくためになる話を先輩からしてもらおうと思ってさ、瑞穂を呼んだんだよ」

なんかカッチーンときたね。
温厚なわたしが珍しくムカッっときた。
ハッキリ言って、このY先輩なる人物がどういう人物だか知らないが、明らかにイッちゃってる人物であることは伺える。
そんな人物に何でわたしがためになる話とやらをしてもらわねばならないのか。
誰も頼んでないわよ。

とか思うのですけど、わたしもいい大人ですので腹が立っても我慢します。
必死で堪えて愛想笑い。
我慢、我慢、大人なのだから。

そしたら、偉そうにYとやらが話し始めるのです。

「君は知らないと思うけど、我々は○○教を信仰している。今日は君にも○○様のありがたいご利益について話そうと思ってね」

きたきたきたきたきたーーーー!
薄々は勘付いてましたが遂にきました。
宗教勧誘です。
しかも、有益な話を教えてやるといった妙に高飛車な態度です。
それより何より、友人Aまでその○○教とかいう宗教に心酔していて、わたしまで引き込もうとしているというプチ裏切りに心の高鳴りを抑えきれない。
アレか、わたしなら簡単に引き込めるとでも思ったか。

こういった宗教のみならず勧誘行為というのは、監禁とまでは言いませんがそれに近い行為をし、入信するまで契約するまで帰さないぜといった手法を取りがちです。
気の弱い人なら2時間もあれば帰りたい一心で落ちてしまうでしょう。
そういう場合は、迷わず警察を呼びましょう。
それが最善の方法です。
110番が難しいのであれば、周りの人間に、ファミレスならば店員さんなどにコッソリと助けを求めるのが得策でしょう。

ただ、わたしはこれらの方法を採って安易に解決したりはしません。
せっかく旧友AとY先輩がありがたいお話をしてくれるのです。
徹底的に楽しんでみましょう。
さあ、楽しい攻防戦の始まり始まり。

「○○教の教えに従っていれば、間違いなく幸せになれる」

一通り教えの説明が終わった後に、Y先輩は言い切りました。
なんの躊躇もなく言い切りました。
どうやら○○教に入ると間違いなく幸せになれるらしいです。

「でも、幸せの基準って人それぞれですよね。わたしなんかカルピスが美味しいだけで幸せだって感じるし、中には100億もらっても幸せだって感じない人もいる。問題は気の持ちようなんじゃないですか?星占いとかで、良いことがあったときだけ占いが当たったとか思うでしょ。逆もあるんですけど。要はそういうことで別に○○教のおかげで幸せになったとかそういうのじゃないと思いますよ」

「いや、確かに幸せになるんだよ」

「へえー、具体的には?」

「○○さんって主婦の方がいるんだけどね。子供が不登校で悩んでたんだよ。でもね、ウチに入信したら急に子供が学校に行きだしたらしいんだよ。それもこれも○○さんが熱心に信仰したおかげなんだよ」

「いや、それは○○さんが信仰したからとかではなくて、単に子供が頑張っただけでしょ。その子供の頑張りを褒めることもせずに、信仰のおかげとする姿勢は親として問題がありますよ。」

「いやね、他にも沢山いるんだよ。ウチに入って人生が好転したって人が」

「だから、それは星占いと一緒で…」

こんな問答が長い間続きました。
何だかワクワクしてきます。
わたしはこんなにワクワクして喜々として議論を進めているのにAはずっとうつむいたままでした。
少し後ろめたい気持ちでもあるのでしょうか。
Y先輩もなんか疲れてきてるようです。
当たり前です、わたしは彼らを全否定するという姿勢ですから途方もない屁理屈ばかり述べてますからね。

そして、二時間ほど議論をすると

「あれ、Aじゃん」

とか言って数人の男女が我々のボックスに近づいて参りました。
男性1名に女性2名。
いずれも目がイッちゃってます。
瞳孔開ききってます。
間違いなく信者。
AとYの仲間。
偶然会ったことを装ってますが、明らかに計算づくの行為でしょう。
2時間経って口説き落とせなかったら追加人員投入って決めてたのでしょう。

「せっかく会ったんだし、相席していいかな?」

返事も聞かずに追加人員どもはモリモリと座ってきます。
わたしの左右に新たな女信者2人が座り、対面にAとYそれに男信者という素敵なシフトが組まれました。
もう逃がさないぜ!といった熱い気概がビンビンに伝わってきます。

そいでもってAを除く4人が必死で勧誘トークですよ。
分かったから4人一緒に喋るなって。
聞き取れるわけねぇずら。

「本当に素敵な所だから。集会もクラブ活動みたいな雰囲気だし。一度参加してみてよ」

「絶対に幸せになれるから」

「僕らはね、君にもこの幸せを分けてあげたいと思ってるんだ」

ものすごい勢いで勧誘トークを繰り広げるヘッドギアの似合いそうな信者達。
それぞれに丁寧に反論してあげます。
それでも反論を受けてヒートしてくる信者達

「入信しないと地獄に落ちる」

とまで言い切ってくれました。
面白い。
落とせるものなら落としてみろってなもんです。
防戦ばかりではなんなのでこちらからも少しアクションを。

「あなた達の信仰する○○教の最終的な理想は何なのですか?」

と初めて自ら話題を振ってみました。
しかし、誰も答えられないよう。
理想すらも即答できない宗教なんて馬鹿げてる。

「やっぱり幸せかな。皆が幸せな世界が理想だよ」

信者のうちの一人が言い出します。
幸せでくくればなんでももっともらしくなると思っているようです。

「では、信者だけ幸せならいいのですか?全人類が幸せならいいのですか?それとも全ての生物が幸せである必要があるのですか?」

もう、とんでもない次元まで話が発展していて、キリストがどうしただのとかそういう話題になってました。
結局、追加人員が投入されてからさらに5時間は議論してました。
チョコレートパフェも2回食べちゃったものな。
4人相手に長時間喋るのは疲れる。
しかし、向こうはもっと憔悴しきっているよう。
Aなんかずっと俯いてて喋らないんだけど、他の信者どもも明らかに疲れてきている。

「そもそも愛というのはですね…」

それでも気力を振り絞って議論を持ちかける信者。
もうここまできたらいくらやってもわたしが落ちないことぐらい分かっているだろうに。
それでもやめられないらしい。
可哀想に、きっとやめられない理由があるんだろうな。

明らかにこのままではどちらかが気絶するまで終わりそうにありません。
わたしは一向に構わないのですが、さすがに信者さんたちが可哀想です。
Aも含む彼らはきっと上の人間に言われて引くに引けないのだと思う。
新規入信者を捕まえてこないといけないのだと思う。
ならば彼らと対決してもなんら意味はない。
戦うべきは上の人間だ。

「もうらちがあきませんし、別な場所で話しましょうよ。あなた達が集会を行ってる場所で良いですよ。わたしをそこに連れて行ってください」

彼らが集会をしている場所がどこなのか知りませんが、そこに行けば彼らを操る上の人間がいるはずです。
そこで戦うしかない。
わたしは信者を気遣って上の人間と話をしようとしてるのに、当の信者は

「よかった。やっと瑞穂さんも理解してくれたのですね」

と、まるでわたしが入信するかの喜びよう。
あのね、集会に連れて行けとは言ったが入信するとは一言も言ってないぞ。
それどころか集会場で暴れる気だぞ。

「いえ、入信はしませんよ。あくまでこの目で見定めるためです」

きっぱりと言い切っておきました。
それを受けて信者さんは残念そうな顔をしてましたが

「ではいきましょうか、総本山に」

とか言い出しました。
どうやら敵の本丸に連れて行かれるようです。
途中で逃げぬようにという配慮からでしょうか、わたしが乗ってきた車はファミレスに放置しておくように言われました。
そいでもって、誰の車かは知りませんが白い車に乗せられて移動します。
なんか、わたしは後部座席の後ろに座らされて、両サイドをガッチリと信者がガードという素敵な光景でした。
意地でも逃がさないぞという気迫が伝わってきます。
そんなことしなくても逃げないってば。

車に揺られること1時間半。
山間部にある小規模な都市に連れて行かれました。
緑豊かで街自体にも歴史的名跡が多数ある都市。
信仰宗教の総本山施設があっても不思議ではありません。

さてさて、ここからはかなり気を引き締めて行かねばなりません。
何せ「入信しないと地獄に落ちるぞ」と平気で言うような連中ですから。
入信させるためには手段を選ばない可能性があります。
変な地下施設に連行されて薬物を飲まされ、徹底的に洗脳ビデオを見せられる。
そんな仕打ちを受けても不思議ではないのです。
下手したら完全に洗脳されてヘッドギアとか喜んでかぶる羽目になりかねない。

ギュッと唇を噛み締め、凛とした表情で総本山へと向かいます。

いやね、総本山というと普通は大きな寺のような施設やら、新興宗教とかの場合なら近代的な大きなビルやらアートな建造物であると予想するではないですか。
それこそ、そんな施設なら秘密の地下室とか普通にあって監禁されそうな勢いで怖いのですが、わたしが連れて行かれた総本山はそういった総本山とはかけ離れていました。
ムチャクチャ拍子抜けするぐらい総本山がショボイの。

いやね、何かマンションの一室なのよ。
総本山が。

判明した瞬間に本気でズッコケそうになったもの。
仮にもあそこまで熱烈に勧誘された宗教ですよ。
ものすごく大掛りな信念を唱え「世界中に羽ばたく」とか機関紙に書いてあったような宗教ですよ。
その宗教の総本山がこんなマンションの一室だなんてありえない。
人目を盗んで営業するデートクラブとかじゃないんだからさ。
どうなってんだよいったい。
あーあ、表札に「川口」とか書いてあるし。
もう見てらんない。
どこが総本山なんだよ。

総本山に行くということでちょっとビビっていたわたしですが、あまりのショボサに安心しきりました。
もうムチャクチャ強気になってます。

さて、その総本山と呼ばれるマンションの一室に足を踏み入れると、玄関には多数の靴が行儀悪く脱ぎ散らかされておりました。
何か、ちょうど集会と呼ばれるものが行われているらしく多数の信者が終結しているようです。
狭いマンションの一室に多数の信者が。

わたしも靴を脱ぎ、集会を見学させてもらいます。
わたしを連行してきた信者やAも集会の輪に加わります。
ざっとみて信者は20人ぐらいでしょうか。
男女比は半々ぐらい。
年齢層はわたしぐらいの年齢からマダム層ぐらいまで様々です。
ちょっと若い人が多いような印象を受けました。

皆、手には小さな数珠のようなものを持っており、お経のようなお経ではないような言葉をブツブツと唱えながら祈っています。
一室の片隅に置いてある小汚い像のようなものに向かって狂ったように。
それこそ床に膝を突いて、狂うたかのように髪を振り乱して祈ってます。
20名以上の信者が一斉にですよ。

部屋の片隅でその光景を見ていたわたしは一気に血の気がひきました。
言い切ってしまおう、こいつらは狂っていると。
それよりなによりショックだったのは、旧友であるAまでもが必死の形相で頭を振って祈っているということ。
学生時代に一緒に釜の飯を食い、レポートを貸し合い、授業をサボってパルコにも行ったA。
そのAがまるで別の世界に行ってしまったかのように思えた。
すごくすごく心が痛かった。
心をえぐられたかのような気分になった。
こんなAの姿は見たくないと。

延々と続く祈り。
もうかれこれ1時間近くやっています。
信者達は明らかに疲労の色が隠せないのですが、それでも祈り続けています。
何が彼らにここまでさせるのか。

そうこうしていると、入り口の扉が開き、1人の男が入ってきます。

恰幅のよい中年男性。
やや剥げあがった頭に色眼鏡。
色眼鏡の奥底からはイッちゃって瞳孔の開ききった瞳が伺えます。

「おー、みんなやっとるねー」

馬鹿でかい声で信者達に挨拶をする中年。
その言動から明らかにボス格であることが伺えます。
信者どもは、このボス中年の存在に気がつくや否や、祈りを行う手を休め「お疲れ様です」と挨拶をします。
もはやノリは体育会系。

素早くY先輩がボス中年に近づき何やら耳打ちを。
それを受けて満面の笑みを浮かべるボス。
のっしりとわたしの方に歩み寄ってくると

「今日から入信した瑞穂さんだね、私はここの代表をさせてもらっている○○です。」

とかいって、変なお経のようなものが書かれた冊子と、信者が手にしているものと同じチープな数珠を手渡されました。
なんか、いつのまにか入信したことになっているみたいです。

満面の笑みで握手を求めてくるボス。

満面の笑みで見守るY先輩。

死に物狂いの形相で祈るA。

もう全員まとめて地獄に送ってやりたい。

さらにボスはえびす顔で続けます。

「やったなY君、これで今月の新規勧誘のノルマ達成じゃないか」

とかY先輩の肩をポンポン叩きながら行ってます。
Y先輩もまんざらではない様子で少し照れくさそう。
やはり勧誘にはノルマがあったようです。
それで彼らはあんなに真剣だったのか。

いい加減、そろそろキレても良い頃合かな。
当初の目的が総本山でボス格相手に大暴れでしたし、いつのまにか入信したことにされてるし、そろそろキレても差支えがないかと思います。
さあ、精一杯キレましょう。

「グルルルルルルルルァァァァァァァ!誰も入信するなんて言ってねぇだろうがぁぁぁぁぁぁぁ」

もうありったけの大声で叫んでやりました。
手渡された冊子を破り、数珠を引きちぎりながら叫びました。
Yもボスも目を丸くさせ微動だにせず、熱心に祈っていた信者達も手を止めます。
小さなマンションの一室、間違いなくこの一瞬だけ全ての時が止まっていた。
パラパラと地面に落ちる玉の音だけが響いておりました。

さらにわたしは続けます。

「黙って聞いてればいい気になりやがって、誰が入信するって言った。ああーーん?わたしは入信するなんざ一言も言ってねぇぞ。わたしは君らの宗教の本質を見届けるために来たんだよ、君らの本質を。そしてそれは宗教として大きく間違っていることがわかった。そんな宗教には入る気はない。」

このように、少し無理をしてでも頑なに入信する気はないと主張することが大切です。
普段はおとなしく清楚なわたし(自分で言っちゃう厚かましさ)ですが、無理をして頑張ってみました。
こんな乱暴な言葉遣い、普段なら考えられない。

明らかに気まずい雰囲気が流れ、重苦しい沈黙が襲います。
しかしそこはさすがボス格。
静寂を突き破るかのように口を開きます

「じゃあなにかい?我々がインチキだとでもいいたいのかい?」

宗教として間違っていると言ってるだけなのに「インチキ」なんてワードがボスの口から出てくることに驚きを隠せません。
誰もそんなこと言ってないのに。

「誰もインチキだとは言っていない。あくまで宗教として間違ってると言っているだけ」

先ほどの切れっぷりから一転して淡々とした口調で。

「間違ってるって何が?」

ボスはちょっと切れ気味でした。
不機嫌そうに言ってます。
逆ギレってやつですね。
おお怖い。

「あなた、さっき勧誘ノルマとか言ったでしょ。なんで信仰においてノルマなんてものが存在するのですか。それじゃあマルチとか何ら変わりがないと思いますよ。信じる心をもって信仰するのが宗教。それをなんでノルマに沿って勧誘されなければならないのですか。」

「…それは少しでも多くの人に…」

ボス格ちょっと歯切れが悪くなってきています。

「先ほどの人にも言ったのですが、少しでも多くの人に信仰してもらって幸せにしたいなら、草の根運動やっても仕方ないでしょ。それに、あなた達の勧誘行為はそれはひどいものでしたよ。幸せになって欲しいという想いより勧誘ノルマを達成したいという想いのほうが強いように感じました。勧誘する側ですらマルチっぽいのに、よくそんな理想論を口にできますね。」

「…」

もう返答がありません。
こうなったらわたしの一人舞台です。
もう好きなように演説します。

「無理やり勧誘する宗教を信頼はしない。友人を使って宗教勧誘であることを隠して呼び出すのは違法です。勧誘ノルマをしく宗教はマルチだ。ここにいる大勢の人もそんな勧誘で引っ張ってこられたのではないですか?弱みに付け込んで強引に地獄に落ちるとまで言って勧誘されたのではないですか。そんなの宗教ではない。」

「そもそも、あなたがこの部屋に入ってきた際に、信者の方は祈りの手を休めてアナタに挨拶をしましたね。信仰において祈りとは重要なもの。いくら目上の人間が来ようが何しようが祈りの手を休めるなど考えられないことです。信仰において大切であるはずの祈りが希薄であると感じました。信仰よりも上下関係を優先するといった印象ですかね。ココまで祈りを軽視した宗教など他にありませんよ(ハッタリ)」

もう身振り手振りのオーバーアクション。
大演説大会です。
こんなにしゃべったのは10年ぶりではないでしょうか。
(しゃべる=カロリーの無駄遣い、のわたし)

さて、信者どももこちらに向き直って聞いております。
大勢の人に見られて気分が悪い。
ただ1人、Aだけはバツが悪そうにしてましたが。
連れてくるんじゃなかったと、勧誘するんじゃなかったという表情でした。

「…もういい…帰ってくれ…」

ボスは怒りを沸々と溜め込んだ様子で言います。
帰れと言われても…

「わたしは、逃げないようにという非常に束縛された状態で、あなた達の車に乗せられて来たのです。帰れといわれても帰れない。逃げられない状態で連れてきて勧誘する。それでも都合が悪くなると勝手に帰れですか?皆の幸せをが聞いて呆れます。ハッキリといいます、わたしは帰りたくても帰れない」

そういうとボス格はしぶしぶと財布を開き、1万円札を取り出しました。
どうやらタクシーで帰れという意味のようです。
かなり演説をし、非常に疲れたので有難くその金を頂戴し、わたしは玄関へと向かいました。帰り際に信者の方々に一言

「無理やり入信させられた信者の皆さん、お祈り頑張ってくださいね。いつか幸せになれるかもしれませんよ。じゃあさようなら、カスども」

そのままマンションから飛び出し、家路へとつきました。
タクシーで帰ったのかって?いえいえ、電車で帰りましたよ。
余った金で大好きな預金をしました。

それにしても、こんなことで貴重な日曜の午後を潰すなんて…

宗教や信仰、信じる心は、自分で判断して本当に信じられるものを自分なりに信じていればいいのです。
今回対戦した宗教は、新規勧誘と集会での祈りが完全に義務化されていました。
そんなもの宗教ではありません。

結局、信心と恋人は、人に決められるものでも勧められるものなく自分で決めるもの、ということです。

ちなみにAさんは未だにどっぷり浸かっており、当時の同級生を片っ端から同じ手口で勧誘しているそうです。
皆さんも旧友からの不意の電話には気をつけましょう。


※宗教や信仰行為および特定の団体等を批判する気は一切ございません。
宗教団体名がわからないように宗教的行為や小道具の名称を若干変更しています。