早起きは三文の得

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早起きは三文の得、なんていう言葉がございます。 


これはまあ、呼んで字の如く、早起きすると三文得するぜ!っていう、それはもう「ウィルス」という件名のメールが送られてくるくらい直球勝負な語句なわけですが、これってば実にどうしようもない言葉だと思うんです。 

三文ってのが現在の価値でどれくらいなのか正確には分かりませんが、おそらく30円くらいの微々たるものだと思います。

言うなればはした金。

チロルチョコくらいしか買えない。

そんなもの欲しさに早起きなんかしてられるか。 


どうせなら三文やるからもう少し寝かせてくれ、最前線に生きるビジネスウーマンは朝の五分であれ戦場、少しでも長く寝ていたいものなのです。

三文が5億円くらいの価値だったら飛び起きるように早起きするんだけどね。 


それでもまあ、わたしもいっぱしの社会人です。

もう五分寝ていたい!と布団の中でまどろむのは至極幸せで永遠に続いて欲しい時間なわけですが、さすがにそればかりやっていたら遅刻の常習犯、リストラ要員として肩を叩かれる日が近くなってしまうのです。


それでまあ、三文なんて欲しくないんですけど、仕事で仕方なく早起きするわけですわな。

わたしは仕事場まで長距離通勤、おまけに朝が早い職場ですから、冬場なんかはまだ日が昇りきらぬ薄暗いうちに起き出して準備しないといけないわけです。 


ホント、三文の得にもなりゃしないんですけど、眠い目を擦って必死なまでのドライビン。

たまに仕事ほっぽりだして眠りたい、路肩に車を停車して心底眠りたい、なんて思うこともありますけど、そこはさすが大人、きっちりと仕事にいくんですからわたしも偉くなったものです。 


そんなこんなで、早起きして仕事に行ってるわけなんですが、先日、こんなことがありました。 


まだまだ薄暗い道をブワーッと運転し、赤信号に引っかかった時でした。

ふと信号機の上を見ると、そこには漆黒のカラスが。 


「ああ、カラスか、不吉だな」 


と思ったのも束の間、落ち着いて周囲を見てみると、なんと一羽だけじゃないのです。

もういるわいるわ、その周囲にわんさとカラスがいやがるんです。

ヒッチコックの鳥みたいで、ちょっと日が差してきて薄明るいはずなのに、そこだけカラスの大群で真っ暗になってた。 


カラスというのは、本能的に人の死を察知する能力があると聞きます。

つまり、ここに大挙してカラスがいるということは、近いうちにこの交差点で誰かが死ぬということかもしれない。

交通事故でも起こるのだろうか、なんにせよ恐ろしいことだ。

そう考えながら青信号になったので車を走らせたのでした。 


もしかしたら、これは早起きした故の得なのかもしれない。

あそこでカラスの大群を目撃したということは、少なくとも帰り道で「カラスがいた、あそこで事故が起こるのかも。あそこでは事故に気をつけよう」と強烈に印象付けられることになる。

そうすれば帰りにここを通る場合でも少しは警戒するようになり、事故に遭うリスクが軽減されることになる。

早起きしたからこそカラスの大群が見れ、それでリスクが減る。 


「こりゃ三文どころか途方もない得なのかも」 


命か助かるならば、それは極上のプライスレス、三文どころの話ではない。

やっぱり早起きはするものなのかもしれないなあ、なんてことを考えながら車を運転していると、いよいよ職場が近くなってきた。 


わたしは職場に接近してきた時に必ず行う日課みたいなものがありまして、確実に職場近くのコンビニに立ち寄るんですよね。

そこでココアやらお茶やら雑誌などを購入しましてね、朝のオフィスアワーを楽しんだりするわけなんです。

で、その日も例外なく、いつもの職場近くのコンビニに立ち寄ったんです。 


そしたらまあ、コンビニに入った瞬間に異様な雰囲気というかただならぬ殺気というか、尋常じゃない何かを感じたんですよね。

まあ、その原因ってのが一目瞭然ですぐに分かったんですけど、なんか雑誌コーナーのところに今風の若者がたむろしていたんです。 


もう、ヒップホップ育ちって感じで悪そうなヤツは大体友達、下手したら「ココロオドル」とか言ってそうな若者数人がですね、ヤンキーオートとか立ち読み、いいや、座り読みしながら鎮座しておられるんですよ。

こういうアウトローな若者の群れって、カラスの群れより性質が悪いよね。 


「あらあらまあまあ、朝っぱらからアウトローですなあ」 


どうせ彼らは早起きなんてのとは無縁で、ドラッグに溺れてオールで遊んでたりしたんでしょうけど、そんな彼らを尻目にわたしは主婦雑誌コーナーへと一直線、朝っぱらからレタスクラブ(好きなゆるキャラの連載)の立ち読みを開始したんです。

まあ、時間に余裕がある時の朝の楽しみですから。 


座り読みして改造車談義に華が咲くアウトロー集団、その横で立ってはいるものの、穴でも開きそうな勢いでカパルのご当地キャラでGo!を読むわたし、朝っぱらからやけに濃いメンツでお送りするコンビニ状態になってるわけなんです。

わたしが店員なら裸足で逃げ出したい気分。 


すると、その状況にさらに追い討ちをかけるかのように情熱的なニューカマーがご来店。 


「ああああああああああああああああああああ!」 


とまあ、人間、死ぬ間際でもこんな大声はあげないんじゃないかっていう奇声を発して老婆が入店してきやがるんですわ。

何があったか知りませんが、さすがに奇声を発してコンビニ入店はやりすぎ狂いすぎ。

ぶっ壊れたコンピューターお婆ちゃんみたいだった。 


その老婆ってのが、魔女の末裔なのか葬式にいくとこなのか知りませんけど、上から下まで黒一色。

毛今にも「ねるねるねるねは、ねればねるほど色が変わり・・・イッヒッヒッヒ・・・」とか言い出しそうな雰囲気なんです。

っていうかカラスかと思ったわ。 


さすがにこの異様な老婆の来店に、わたしもアウトロー軍団も動揺が隠せず、にわかに色めき立ったりしたのですが、老婆はそんなことお構いなし。

叫びながら真っ直ぐにレジのところまで良くと、気の弱そうなもやしっ子である店員にマシンガントークですよ。 


「アンタ!オニギリは体に良いんだよ!」 


基本的にどこの部族の言語だか分からない言葉を話していた老婆でしたが、唯一、オニギリに関する下りだけはかろうじて聞き取れました。

そんなこと言われなくても重々に承知しているのですが、老婆のこのアバンギャルドなお得情報にさすがのアウトローとわたしもポカーンと顔を見合わせるしかない。 


もっと困ったのは直接言われていたもやしっ子店員で、もうドギマギしちゃいながら 


「は、はあ、そうですか」 


と言っちゃってる始末。

まあ、そう返答するしかない。

トランス状態というか、リミットブレイク状態に近い老婆はそれでも収まらず、やおら体を翻すと一目散にオニギリコーナーへ。

なるほど、主張の通りオニギリを購入しようというのだな。 


もう、老婆から目が離せない状態になっているわたしとアウトロー。

もちろん、もやしっ子店員も彼女の一挙手一投足を余すことなく見守ります。

老婆は老婆でマイペース、またもや「ああああああああああ」とか肉食獣の出産みたいな雄叫びを上げながらオニギリを選んでおりました。 


とてもじゃないが日常の一コマとは思えない異様なコンビニ店内、わたしももうカパルとかどうでもよくて、老婆に首ったけ。

このまま会社に遅刻して首になっても良いから老婆の行く末を見守りたい、そう思えてきました。 


「オニギリは体に良いんやで!」 


またもやお決まりの文句を叫びながら、何個かオニギリを鷲掴みにしてレジに向かう老婆。

やっとこさ購入するのか、と思いきや、老婆はそんなことは別次元のトリッキーな行動に出たのです。 


わたしたちが普通、レジを利用する際は品物を購入する目的で利用すると思います。

品物をレジに置き、バーコードを読み取ってもらって精算する。

いまさら書くまでもない当たり前の利用法だと思います。 


しかしながら、この老婆だけは違っていた。

彼女にとってはレジなどただのテーブル、と言わんばかり、ゴロンと置いたオニギリを手にとって片っ端から封を開けると、モグモグと食べ出すじゃないですか。

まだお金も払ってないのに食べだすじゃないですか。 


世の中には色々な万引きってのがあって、それは隠れてコソコソ盗んだり、逆に窃盗の如く盗んだり、あびる優だったりするんですが、いくらなんでもここまで大胆な万引きはあり得ない。

なにせ、店員の50センチ目の前で堂々と食べてるんですからね。 


さすがにそこまでされちゃあ、もやしっ子店員と言えども黙っちゃいられません。

精一杯の気力を振り絞って 


「お客様、お会計が」 


とか言ってました。

この段階になると、もうわたしもアウトローも雑誌なんてどうでも良くて、なるべく近くで観察しようと、適当な商品を手にとってレジ周辺にいたのですが、それでも老婆は怯まない。 


もやしっ子の制止も聞かず、ムシャムシャと食べる老婆。

今にも「うまい!」とか叫びだして、チャーラッチャラー♪とか音楽が流れてきそうだったのですが、さすがに目の前でオニギリを盗み食いされちゃあ沽券に関わるのか、もう一人店員が奥から出て来て連行されるように店の奥へと連れて行かれてました。 


「虐待!虐待!いたたたたた、痛い!」 


両脇を抱えられ、引きずられるように連れて行かれる老婆は、狂ったかのように叫んでいましたが、老人とは思えない活発な動きで抵抗していた老婆の腰の部分から、下着らしきものが垣間見えていました。紫とも紺とも取れる微妙な色合いの老婆パンツ、それだけが妙に印象的だった。 


会計を済ませて店を出ると、すっかり夜が明けており、眩いばかりの朝日が目に飛び込んできました。

早起きをしたから、あのような異様な光景を見る事ができた。

これは三文くらいの得なのか損なのか、あの老婆のパンツが見れた、これは損なのか得なのか、いやいや、そればっかりは損な気がする、そんな気がする。 


なんてことをしきりに考えながら車に向かって歩いていると、100円玉を拾いました。

なんだ、やっぱり早起きは得じゃないか。

それも100円だから10文くらいの得かもしれない、と上機嫌で職場へと行くと思いっきり遅刻していました。


やっぱり損じゃないか。