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種族:人間ではじまるクソゲー攻略! ~レベルとスキルで終末世界をクリアする~ 作者:灰島シゲル

【第一部】 有翼の少女と黄昏の光

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二日目・早朝 新たなクエスト

 ≫≫黄昏の世界での初めての夜明けを経験しました。



 突然耳に届いた女性の機械音声のアナウンスに、俺はハッと目が覚めた。



 ≫≫黄昏の世界で初めての夜明けを経験したことで、必要条件を達成しました。



 あたりを見渡すと、ビルの中には薄っすらと陽光が差し込んでいる。

 その声は、俺のポケットと――背後から聞こえてきた。

 振り向くと、そこには寝ていなかったのか、それともずっと起きていたのか。直前の記憶と全く変わらない位置と姿勢で座る彼女が目に入った。

 ミコトは、俺が寝る直前に渡したローブにすっぽりと身を包んで、不安げな表情で手元のスマホに視線を落としていた。



 ≫≫ストーリークエストを受信します。



 俺と、ミコトのスマホの両方からまったく同じ声が同時に流れる。

 チュートリアルクエストの他にも、やはりと言うべきか他のクエストが存在していたらしい。

 それも、チュートリアルではなくストーリーという何よりもそれらしいクエストだ。



「思った通りだな」



 と俺は言った。

 俺の声に反応して、顔を上げたミコトと目がぶつかる。

 不安で揺れるミコトの目に、俺は安心させるように頷きを返した。




 ≫≫ストーリークエスト:放浪する小鬼 を受諾しました。

 ≫≫…………ストーリークエスト:放浪する小鬼の開始条件を満たしていません。

 ≫≫ストーリークエストは吉祥寺駅に到着することで開始されます。




 そう告げると、アナウンスは終了したかのように沈黙した。

 俺たちは顔を見合わせる。

 最初に口を開いたのはミコトだった。



「今のは……。一体なんでしょうか。突然、スマホから声が聞こえ始めて……」



 ミコトは体育座りをしていた自分の膝をぎゅっと抱き寄せた。

 俺が渡した防寒用のローブは男性用だったのか、背丈の小さな彼女が着るには少しばかり大きく、袖口からは彼女の指先が辛うじて見えている。

 不安そうに小さくなった彼女のその姿は、背丈とも相まって幼い子供が怯えているようにも見えた。



「ストーリークエスト、って言ってたな。やっぱり思ってた通りだ。この世界は――いやこの現実はゲームでもあるんだから、クエストをこなしていけばきっとクリアできる」



 それは眠る直前にミコトと話していた内容だ。

 トワイライト・ワールドのゲームを始めたことで、俺たちはゲームと現実が一緒になったこの世界へとやってきた。だとすれば、この世界から出る方法はトワイライト・ワールドというゲームをクリアするしかないんじゃないか? という仮説。

 ストーリークエスト、というぐらいだから最終的に到達するクエストはゲームのクリア条件である可能性が高い。

 考えていた仮説が裏付けされて、俺は心の中で安堵の息を吐き出す。



 しかし、そもそもどうしてこのタイミングでストーリークエストが開始されたのだろうか。

 チュートリアルクエストはゴブリンと遭遇した時に、開始されたはずだ。

 同じようにクエストがあったとしても、何かしらのモンスターと遭遇することで始まると思っていたけど……。



「いや、待てよ。確か最初に必要条件を満たしたって言ってたな」


 俺は眉根に皺を寄せて、今しがた聞こえた声を思い返す。

 黄昏の世界での初めて夜明けがどうとか……。そのあとに必要条件を達成した、とあの機械音声は言っていた。

 そのことを考えると、ストーリークエストが発生する条件だったのは、この世界で一日を生き残ること、だったりするのかもしれない。



「それにしても〝小鬼〟か」


 つぶやき、俺は考える。

 放浪する小鬼。

 それがストーリークエストの名前だろう。

 小鬼とは、言ってしまえばゴブリンで間違いないはず。

 しかし、ゴブリンなんてそこら中にいる。

 あちこち餌を求めて彷徨っている姿を見ると、そのゴブリン達は放浪しているといってもおかしくはない。


 だが、そうじゃないのだろう。

 そのあとに続いた言葉は開始条件を満たしていない、という内容だった。

 ということは、何かしら別の条件か、もしくは別のモンスターということだろうか。



「吉祥寺駅か」



 そこに行けば開始されると言っていた。

 開始条件、とやらが分からないが今はとにかく向かうしかないだろう。



「行くんですか?」


 とミコトは言った。



「あの声に従って、本当に大丈夫でしょうか」

「ミコトは今の声を聞いたのは初めてか?」



 俺はミコトに問いかけた。

 すると、ミコトは小さく頷きを返してきた。



「ユウマさんは、落ち着いてますね……。私なんて、いきなりスマホから声が流れてきて不安でしょうがなかったのに」


 小さくミコトは笑った。



「まあ、何度も聞いてるからな。多分、この声はトワイライト・ワールドのゲームシステム音声なんだと思う」

「ゲームシステム音声、ですか?」


「ああ、何かしらこの世界で何かが進行するとき、もしくは変化が起きた時、俺は今までこの声を聞いてきたから」

「それじゃあ、今言っていたストーリークエストっていうのも」


 俺は頷きを返した。



「この世界で夜が明けて――二日目、つまりは今日になったことで始まったんだと思う。ストーリークエストっていうぐらいだから、今の俺たちにはこのアナウンスに従うしかないな」



 ミコトは思案顔になると、一つ頷いた。



「そう、ですね。どちらにしろ、今のところは選択肢がありませんから」

「そうと決まれば、飯を食ってさっさとここから出よう」

「分かりました」



 ミコトの返事を聞いて、俺はトワイライト・ワールドの倉庫画面から食料と水をそれぞれ一日分ずつ取り出した。

 気が付けば、目の前に現れている水2Lのペットボトル一本と、缶詰三つと乾パン三個。

 俺にとっては一度見たものだし、なんとも思わなかったがミコトがこれを見たのは初めてだ。

 ミコトはいつの間にか出てきた水と食料に目を大きくした。



「えっ、あれ? コレ、どうやって。てか、いつの間に……」


「昨日も言った、チュートリアルクエストの報酬だよ。その中に、水と食料が三十日分あったんだ。他にもバックパックとか火打石とかいろいろあって、それが全部この中に入ってる」



 言って、俺は枕にしていたバックパックを叩いた。


「水とか食料とか取り出すと持ち運ぶのが大変だから、個別に取り出してるんだ。取り出す個数も選べるみたいだし」


「取り出すって、ゲームの中からですか!?」


「そう。って、今さらそんなに驚くなよ。ここは現実でもあるし、ゲームの中でもあるんだから。ゲームの中の俺たちのステータスが現実に反映されてるんだから、アイテムだってゲームの中から取り出せるんだろ」



 俺はそう口にすると、水のペットボトルを手にした。

 蓋を開けて、中身を口に含んで喉を潤す。



「……なんというか、ユウマさんは豪快というかサバサバしてるというか、凄いですね」


 水を飲む俺を見て、ミコトが呆れたように笑った。


「普通の人なら、たった一日でここまでこの世界に適応できませんよ」


 俺はペットボトルから口を離して答えた。



「そうでもないよ。俺だって、最初はそれなりに驚いたさ。……でも、気にするだけ無駄なんだよ。気にしたところで、現実は変わらない。リンゴが木から落ちるのを見て、アイザック・ニュートンは万有引力の法則を見つけたけど、それは元からあった世界の法則に名前を付けただけにすぎない。ニュートンがその法則を見つける前から、世界中の人間が〝リンゴは木から落ちる〟と当たり前のように受け入れていたはずだろ? その世界での当たり前を受け入れて、その世界で生きていくだけなら難しく考える必要はないんだ」



 そう、生きていくだけなら難しく考える必要はない。

 ゲーム上のステータスがなぜ現実の肉体に反映されるのか、ゲーム内のアイテムを取り出すとなぜアイテムが目の前に現れるのか、そんな不思議な現象がこの世界では当たり前のことなのだ。

 この現象を研究するのなら〝なぜ〟ということを突き止めなければいけないだろう。



 だが、俺はそんなことに興味はない。

 必要なのは、このゲームと現実がリンクした黄昏の世界で生きるための知識。そして力だ。

 ペットボトルの蓋を閉めると、俺はミコトへと差し出した。



「飲む?」


 ミコトは首を横に振った。


「いえ、昨日いただいた物がまだあるので大丈夫です」



 見れば、ミコトの横にはペットボトルが置いてある。

 ボトルの中身は残り少ないが、それでもミコトにとっては十分なのだろう。

 まあ、飲み干したらまた渡せばいい。

 そう考えて、俺はミコトの言葉に頷きで返した。



「飯は?」

「いえ、大丈夫です。それに、さっき食べ終えたばかりですし」



 そういえば、ミコトには寝る直前に缶詰と乾パンを渡して無理やり食べさせたのだった。

 そばにある空の缶詰を見る限り、食べ終えたというのは本当らしい。

 俺は自分の分の缶詰と乾パンを一つずつ手に取ると、残りの食料をバックパックに詰めた。



「いただきます」



 両手を合わせて食前の挨拶を済ませてから、缶詰を手に取る。

 プルタブを開けると中身はトマト缶だった。どうやら果物以外の缶もあるらしい。

 俺はトマト缶の中に乾パンを浸して頬張る。



「……」



 もそもそとした触感はないが、何かが物足りない。

 何というか、乾パンがトマトそのものの味になっただけだった。



「……塩が欲しいな」



 心からそう思った。

 サバイバルセットで出てきた食料や水はありがたいのだが、必要最低限のものしかないのだ。

 いろいろと落ち着いたら、調味料でも探してみようと俺は心に誓った。

 食事中の会話は必然的にさきほどのストーリークエストのことになる。



「やっぱり、吉祥寺を目指すんですか?」


 とミコトが俺の手にある乾パンを見ながら言った。


「そうだな。ストーリークエストを開始するためにも、行ってみようと思う」



 吉祥寺と言えば地理的にも新宿とさほど遠くない場所に位置している。

 俺たちが今いる立川は東京の西部に位置する街だから、まっすぐ東に進めば吉祥寺に辿り着く。吉祥寺からさらに東へと進めば、俺が当初予定していた目的である新宿だ。



「まあ、もともと俺は新宿を目指していたからちょうどいいよ」



 言いながら俺はミコトに乾パンを一つ差し出した。

 すると、激しく首を横に振られる。

 どうやらたった一度の食事で乾パンはミコトに嫌われてしまったらしい。

 俺は差し出した乾パンを口に入れると言葉を続けた。



「でも、ストーリークエストが出てきた以上、まずはそれをクリアしていくことが当面の目標だな。その途中で、新宿とか人が多かった場所に立ち寄ることができればいい」


「どうしてですか?」

「人が多かった場所なら、何かしらありそうだろ?」

「なるほど、確かにそうですね。もしかしたら、誰かいるかもしれませんし」



 ミコトは俺の言葉に頷いた。



 俺は乾パンとトマト缶を無理やりに腹へ詰め込んで、朝食を終える。


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