二日目・深夜 天の贈り物
「あの?」
遠い目をした俺に、ミコトから気遣うような声がかかった。
「いや、なんでもないよ」
と俺は首を横に振る。
男のプライドとして、初期の筋力をはじめとしたステータスがLUK以外オール1でした、なんて口に出すことなんてできなかった。
俺は気を取り直してミコトのステータスを見る。
画面にあった初期SPは俺と同じだったが、初期のVITが2であるのに対して初期HPは俺と同じだ。
やはり、この辺りは個人差があるのだろうか?
それよりも注目すべきは、所持スキルだ。
俺のものとは違うそのスキル名に、俺の視線は釘付けとなる。
「天の贈り物、か」
俺の初期スキルである【未知の開拓者】も、説明文のみで意味はなかった。タップして説明文を読んでみないことには分からないが、このスキルも説明文のみでなんの効果もないスキルである可能性が高い。
「あの」
画面を見つめ続ける俺に、少女――ミコトが戸惑いの声を上げた。
「私もよくゲームをするので、この画面がゲームのキャラクターステータスの画面だってことは分かります。でも、これはゲームの画面でしょ? この画面と、あなたが強いっていう今の会話になんの関係があるんですか? そもそも、どうしてこの画面に私の名前が書かれているのかも謎だし……」
「ここに君の名前が書かれているのは、これが、この世界での君自身の今のステータスだからだ」
「これが私のステータス……って、えっ?」
俺の言葉に、ミコトは自分のステータス画面をまじまじと見つめた。
俺はステータスを一から説明するべく、ミコトの傍に近寄るとミコトのスマホ画面へと顔を寄せた。
「信じられないかもしれないけど、本当のことだよ」
言って、俺はミコトのスマホ画面に並ぶ英数字を指さしていく。
「筋力のSTR、防御力のDEF、器用さのDEX、敏捷のAGI、知力のINT,耐久力のVIT、運のLUK。基本的なステータスはこの七つだ」
「…………」
ミコトからの返事はなかった。
不審に思って視線を向けると、俺のすぐそばにあった月のない夜空を思わせるような、綺麗な黒い瞳と目が合ってしまう。
「――っと、悪い」
思わず、ドキリとしてした。
無意識だったがあまりにも距離が近すぎた。
慌てて距離を取ると、ミコトはさっと顔を俯かせて口を開く。
「あ、いえ。その、はい。大丈夫です」
気のせいか、ミコトの耳がほんのりと赤い。
俺としても、ミコトのような美少女を間近で見たからか顔が熱くなるのを感じた。
お互い無言となり、微妙な空気が俺たちの間に流れる。
俺はわざとらしく咳払いをすると、無理やりにステータスの説明の続きを口に出した。
「と、とにかく。その七つの数字が高ければ高いほど、ゲーム中のキャラクターが強くなるように、現実世界の俺たちの身体能力は上がる。簡単に言ってしまえば、自分で自分を育てるようなものだ」
言い終えた俺の言葉に、ミコトの目が大きく見開かれた。
「現実の身体能力が上がるって、ちょ、ちょっと待って! どういうことですか!?」
「そのままの意味だよ。筋力であるSTRが上がれば、現実の俺たちの身体は筋力が上がり、DEFが上がれば身体は頑丈になる」
「そんなの、ありえません!」
「ありえなくても、これが現実なんだよ」
俺はミコトの言葉に言い返した。
はっきりと言い返す俺に、ミコトは口を噤んだ。
俺はさらに言葉を続ける。
「この世界では、モンスターは当たり前のようにそこら中にいるし、俺たちが住んでいた街は崩壊している。人間だってどこにもいない。全部、ありえないことさ。俺だって何度もそう思ったよ。……それでも、これが現実なんだ。俺たちは、トワイライト・ワールドというゲームを始めてしまってるんだよ」
「ゲームを始めてしまったってどういうことですか?」
「覚えてないか? この世界に来た時のことを。〝トワイライト・ワールドを開始します〟って言葉を」
ミコトの顔がハッとしたものになる。
俺の言葉に、どうやら心当たりがあったようだ。
「ゲームを始めて、目が覚めた俺たちがやってきたのがこの世界だ。ここがゲームの中だと思っていたけど、それは違う。この世界では、トワイライト・ワールドのゲームシステムと現実がリンクしているんだ。この世界の現実にはゲームやアニメ、漫画にしかいないモンスターが当たり前のように存在していて、俺たちを襲ってくる。俺たちがモンスターを倒せば、トワイライト・ワールドのゲーム内の俺たちのステータス画面ではレベルが上がり、ゲームのステータス状況は現実の俺たちに反映されている。そういう世界なんだよ、ここは」
俺の言葉に、ミコトは何も答えなかった。
ただただ呆然と俺の言葉を聞いていた。
ミコトの瞳孔は激しく揺れている。
信じられない俺の言葉に戸惑っているのは明らかだった。
「この世界では、俺たちは誰かに動かされるキャラクターでも、キャラを操作するプレイヤーでもない。自分自身がキャラクターであり、プレイヤーなんだ。現実では自分自身でモンスターを狩って――いわばゲームキャラクターと同じことをして、スマホのゲーム画面ではプレイヤーとなって自分自身を強化していくんだよ。…………俺が強い、と君が感じたのは、俺のステータスが君のステータスよりも数値が高いからだ」
「そんな、それじゃあ本当に……」
ミコトはそれ以上のことは何も言わなかった。
ただただ黙って、俺の言った言葉をゆっくりと咀嚼するように受け入れているようだった。
しばらくして、ミコトは口を開いた。
「つまり、私たちはこのトワイライト・ワールドというゲームを始めたことで、この世界――ゲームの世界でもありながら、現実でもあるこの世界にやってきた、ということですね?」
「少なくとも、俺はそう考えてる」
「そうですか……」
ミコトは気を落ち込ませるように俯いた。
けれどそれも長くは続かず、彼女はすぐに顔を上げた。
「……本当に、この世界はこの、トワイライト・ワールドのゲーム内容が影響する世界なんですよね?」
確認をするように彼女は言った。
俺は彼女の瞳を見据えて深く頷く。
「間違いない。あの時、このゲームを始めてしまった俺たちは、本当の意味でリアルとゲームが一緒になったこの世界にやってきてしまったんだ」
「……分かりました」
ミコトは顔を伏せると深い、深い息を吐いた。
それは、すべてを諦めたため息だった。
それと同時に、今自分自身が置かれた状況を納得し、受け入れたため息でもあった。
ミコトは顔を上げる。
「ステータスを上げるにはどうすればいいんですか?」
まっすぐに俺の目を見据えてミコトは言う。
強い女の子だ、と俺は素直にそう思った。
ありえない現実を受け入れ、すぐさま次の行動を考えている。
自分の家も、家族もいないと分かり、さらにはここが元の自分の居た世界ではないと分かれば、普通はすぐに前を向くことなんてできないだろう。
俺は彼女の覚悟に応えるよう、自分の知っている限りのことを話すことにした。
「分かっている限りで、ステータスを上げる方法は二つある」
「二つ?」
「そうだ。一つ目が、レベルを上げることだ」
「レベル、ですか」
ミコトは難しい顔をした。
「それってさっきから言ってる、私たち自身がモンスターを狩ること、ですよね?」
俺は頷きを返した。
「そうだ。俺たち自身が、モンスターを狩る。モンスターを狩れば、アプリ内の俺たちのレベルは上がる。レベルが上がれば、すべてのステータスが1から2は数値が上昇する」
「……つまり、私たちがこの世界で生き残るためには」
「モンスターを狩り続けてレベルを上げていくしかない」
「モンスターを狩り続ける、ですか」
ミコトは唇を噛みしめた。
「それはちょっと、今の私ではステータス的にも危険ですね。二つ目は何ですか?」
「二つ目は、SPを割り振ってステータスの数値を上げることだ」
「SPってこれですか?」
言って、ミコトはスマホ画面のSPの場所を指さす。
俺は頷いた。
「そう。その数値の回数分だけ、自分の好きなステータスの数値を上げることができる。一回の上昇で使うSPは一つだ。だから君は今、三回分どれかのステータスを上げることができる」
「たったの三回……」
ミコトは悔しそうにスマホ画面を見つめた。
「それじゃあ、全然足りない。強くならない。SPはこれ以上増えないんですか?」
「レベルが上がればSPを獲得できる」
「……それじゃあ、ステータスを上げる方法って結局」
「モンスターを狩るしかないんだよ。それこそ、命を賭けてな」
「命を賭けて……」
噛みしめるように言って、ミコトは真剣な目で自分のスマホ画面を見つめた。
それから、ふと何かに気が付いたのか。
目を何度か瞬かせると、ミコトが小さく手を上げる。
「あの」
「どうした?」
「このスキルって何ですか?」
そう言って、ミコトはスマホの画面――ステータス画面のスキル欄に記されたそのスキルを指さす。
「ああ、それは……」
口を開き、考える。
スキルの説明をすることは難しい。
何せ、未だに俺自身もよく分かっていないからだ。
今の俺が説明できることと言えば、スキルには効果があるものと、ないもの、二種類が存在しているということ。そして、その効果を見るためにはスキルの名前をタップしなければならない、ということだけ。
俺の最初のスキルが何の効果もなかったように、ミコトが今所持しているスキルは何の効果もない可能性が高い。
ひとまず、それを見てもらった方が早いだろう。
俺はそう考えて、改めて口を開いた。
「名前をタップしたら、スキルの説明文が出てくるはずだ」
ミコトは俺の言葉に従って、画面をタップした。
俺はミコトのスマホ画面を覗き込む。
≫【天の贈り物】
≫神より送られた天からの贈り物。この世界で待ち受けるあらゆる困難を乗り越えられるよう、天の御使いである子供たちに神は贈り物を与えてくれた。
≫天使の子供たちがこの世界に舞い降りたのか、それとも天を追い出され堕ちてきたのか。神に与えられた贈り物が祝福となるか呪いとなるかはすべてあなた次第。
やはりというべきか、そのスキルは何の効果も書かれていない説明文だった。
「どういう意味です?」
「さあ」
少女の言葉に俺は首を捻った。
「俺も最初に似たようなスキルがあったけど、意味が分からなかったよ」
「どんなスキルですか? 見せてください」
俺は自分のステータス画面から【未知の開拓者】のスキル説明文を開くとミコトへと見せた。
「【未知の開拓者】か。……確かに、説明文も似たような内容ですね。何か意味があるのかな」
「分からん。けど、今は何の意味がないのも確かだ」
【曙光】のように、何か効果があるのならスキル説明文に出てくるはずだ。何もないのならば、気にしたところでしょうがないだろう。
「もう一つ、スキルがあるんですね」
「まあな。こっちも、似たようなものだったよ。それより、ステータスはSPを割り振るとこんな具合に上がっていく。個人差があるのかもしれないが、俺はLUKが比較的上がりやすいみたいだ」
そう言って、俺は【曙光】から俺のステータスへと話題をそらした。
経験値獲得量増加、取得SP二倍なんてチートスキル、おいそれと他人に見せるわけにはいかない。
このスキルの効果を教えるには、まだ彼女を信用できていない俺がいる。
「ほんとだ。LUKだけやたらと高いですね」
上手く会話を誘導できたらしい。
【曙光】から興味を失ったミコトが、俺のステータス画面を見てそう言った。
「……古賀ユウマ」
ステータス画面に書かれた俺の名前でも見たのか、ミコトが俺の名前を呼んだ。
「これが、あなたの名前?」
俺は頷きで返した。
「そういえば、自己紹介もまだだったな。今さらかもしれないけど、古賀ユウマだ。歳は二十歳、大学二年生だった」
俺の言葉に、ミコトはおかしそうにクスクスと笑った。
「そういえば、そうでしたね。私は柊ミコトです。十六歳、高校二年生、でした」
俺たちは互いに自己紹介をする。
過去形だったのは、互いにこの世界に来なければという意味を含んでいたからだ。
「古賀さん、ですね」
「ユウマでいい。苗字で呼ばれるのはどうも慣れない」
大学の友人や先輩はみんな古賀が言いにくいと、名前で呼んでいた。
それに慣れたからか、苗字で呼ばれるのは違和感がある。
ミコトは少しだけ躊躇する素振りを見せて、
「それじゃあ、ユウマさん」
と呼び直した。
「私のことも、ミコトって名前で呼んでくださいね」
「分かった」
と俺はミコトに頷きを返した。