二日目・深夜 柊ミコト
「――私がこの世界にやってきたのは今から約半日前。昨日の昼間のことです」
落ち着きを取り戻した少女がそう話を切り出したのは、あれから随分と時間が経ってからのことだった。
俺たちは今、場所を移して俺が寝床にしていたビルの受付カウンター裏に潜んでいる。
あのまま外に居ては、ゴブリンやまだ見ぬモンスターから奇襲を受ける可能性が高かったからだ。
さらに言えば、少女の背中に生える翼はほんのりと淡い光を放っているので、夜闇の中では非常によく目立つというのも理由一つだった。
体育座りでカウンターの裏に座りこんだ少女は、真っ赤に泣き腫らした目でどこか遠くを見つめながらぽつぽつとこの世界に来た経緯を話していく。
「私はもともとゲームが好きで、よくスマホにアプリゲームを落としては暇なときにゲームをしていました。昨日は、本当だったら友人と駅前で待ち合わせをして買い物に出かける予定でした。
いつものように支度をして、集合場所の駅前で友人を待っていると、人身事故の影響で到着が遅くなるってラインが届いたんです。聞けば、一時間以上は電車が止まりそうとのことでした。
だから私は、いつものようにゲームをして暇を潰そうと気になっていたあのゲームをダウンロードすることに決めました」
「それがトワイライト・ワールドか」
俺の言葉に、少女が頷いた。
「はい。長いダウンロードが終わって、ゲームスタートの画面をタップした途端に、物凄くひどい眩暈に襲われて、気を失った私が次に目を覚ました場所がこの壊れた世界でした。
……何が、どうなっているのか、はじめは分かりませんでした。でも、街の様子が違うこと、手に持っていたスマホがおかしくなったことでただ事じゃないな、って思って。自宅に戻ってはみたものの、私の家も周囲と同じ様に朽ち果ててるし……。家とも呼べない半分瓦礫となった家の前で、私は絶望して長い間途方に暮れるしかありませんでした。
気が付くと辺りは真っ暗になっていて、日付も変わっていました。それから、私は行動することにしたんです。私の他に誰かいないか探そう、と。
人の多い立川駅前に戻り、誰か他に人間がいないか、と探し回っていた時にコボルドと出会いました。それからは、あなたと出会うまでひたすら走り、逃げ回ってました」
「立川以外の街の様子は分かるか? 例えば副都心方面とか、都心方面とか」
「いえ……。すみません。分からないです」
少女は首を横に振った。
「私の家は立川市内なので、他の場所までは……」
「謝らなくて大丈夫。他の場所に、人がいるかどうか聞きたかっただけだから」
「どこかに、居ますかね」
「さあ、どちらにしろ探すしかない」
言って、俺は肩をすくめて見せた。
少女は俺の言葉に考え込むような仕草を見せると手を小さく挙げた。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「あなたも、私と同じようにこの世界に来たんですよね?」
俺は少女の言葉に頷いた。
「そうだな」
「あなたが来たのはいつ頃ですか?」
「昨日の朝だ」
「私とそんなに変わらないんだ……」
俺の言葉に、少女が少なからずショックを受けていた。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ。昨日、この世界に来たわりにはいろいろと凄いな、と。先ほども言いましたが、モンスター――コボルドとの戦闘も手慣れていましたし。もとから喧嘩が強いんですか?」
「そんなことない。ステータスのおかげだよ」
「ステータス?」
少女が初めて聞いた言葉を耳にしたかのように首を傾げた。
まさか、ステータスの存在を知らないのだろうか。
「スマホはある?」
俺の言葉に、少女が一度頷くとロングスカートのポケットからスマホを取り出した。ピンク色のカバーが付いたそれは、今年の春に発売されたばかりのスマホだ。
「ホーム画面はどうなってる?」
「どうって、何もないですよ。あるのは、あのゲームぐらいで。電話をかけることも、メールもできないです」
「そのゲームをこの世界に来てから開いてみた?」
少女は無言で首を横に振った。
「開けてみて」
「えっ、でも……」
躊躇するように少女は言った。
どうやら、ゲームを開くことでまた何かが起きると思っているらしい。
俺は少女を安心させるかのように、自分のスマホを取り出すと少女へと掲げて見せる。
「大丈夫。何もないから。一人で開くのが不安だったら俺も開くから」
「……分かりました」
覚悟を決めたかのように、少女は言った。
「開けます」
「うん」
少女の言葉に合わせて、俺はトワイライト・ワールドのステータス画面を開く。
すぐにゲームは起動して、いつものステータス画面が表示された。
「開いたか?」
「え、ええ」
「何がある?」
「私の名前と、なんだか分からない英数字がたくさん……。これは、ステータス?」
「見せてくれ」
少女は俺の言葉に従って、スマホの画面を俺へと見せてきた。
柊 ミコト Lv:1 SP:3
HP:10/10
MP:0/0
STR:2
DEF:3
DEX:3
AGI:3
INT:2
VIT:2
LUK:2
所持スキル:天の贈り物
柊ミコト。
それが彼女の名前だろう。
俺と同じく、名前部分はカタカナで表記されていた。
彼女の初期ステータス数値は俺よりも高い。
これをみると、やはり俺の初期ステータスは最低の数値だったことが分かる。
唯一ミコトよりも勝っていたのは、LUKのステータスのみ。
いくら運以外、人より優れているところがないと自覚はしていたとしても、やはりそれを数値として見せられると落ち込まずにはいられない。
俺、これでも男だよ?
それなのに、初期STRが女の子のミコトよりも低かったってどうなの……?
ちなみに、ユウマ君の初期ステータスはこちらです。
古賀 ユウマ Lv:1 SP:3
HP:10/10
MP:0/0
STR:1
DEF:1
DEX:1
AGI:1
INT:1
VIT:1
LUK:3
所持スキル:未知の開拓者
見比べるとユウマ君の初期の貧弱さが際立ちますね。