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種族:人間ではじまるクソゲー攻略! ~レベルとスキルで終末世界をクリアする~ 作者:灰島シゲル

【第一部】 有翼の少女と黄昏の光

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二日目・深夜 有翼の少女3

 ――その寸前に、俺は棍棒と少女の間へと身体を滑り込ませた。



「きゃあっ!」

「ぐっ」



 少女の悲鳴と、俺のうめき声が重なる。

 少女が悲鳴をあげたのは、俺が彼女を突き飛ばしたからだ。

 少女を突き飛ばしたことで、少女へと振るわれた棍棒は真っすぐに俺の側頭部へと命中した。


 一瞬、視界がぶれた。

 でもそれだけだ。骨は砕けちゃいない。思考はクリアだ。何も問題がない。


 こめかみから何かが頬を伝う。

 唇に触れたそれを舐めてみると、鉄の味がした。どうやら、皮膚が切れたらしい。



「そんなっ!?」



 少女から慌てた声がかかった。

 目を向けると、荒れたアスファルトに座り込んだ少女が心配そうに俺を見つめていた。



「怪我は?」



 俺は少女へと問いかけた。

 少女は黙って首を横に振った。

 けれど、少女の膝に血が滲んでいるのを俺は見つける。

 俺が突き飛ばしたことで、膝を擦りむいたようだ。

 少女は俺の視線に気が付くと、ハッとした顔で首をもう一度横に振った。



「大丈夫です。これぐらい、怪我に入りません!」

「そう言ってもらえると助かる。立てるか?」

「はい。――あれ」



 立ち上がろうとして、少女は地面に座り込んだ。

 不思議そうな顔をして、また立ち上がろうとするが足腰に力が入らないのか立つことができないようだ。

 どうやら腰が抜けたらしい。

 俺は手で少女の動きを遮る。



「無理に立たなくていい。俺がアイツを仕留める、そこで見てろ」

「仕留めるって、あなた! 今、殴られて……! それに、怪我してる!」

「大丈夫、大したことない」



 俺は少女の言葉に応えると、目の前に立つソイツへと顔を向けた。

 俺に傷をつけたことがよほど嬉しかったのか、コボルドは小躍りして喜んでいた。

 しかし、俺が死んでいないことに気が付くと、すぐさま不機嫌な顔となって棍棒を構えて見せる。



「グルルルルァアアアアア!」


 俺を脅すようにコボルドが叫び声をあげた。


「ひぅっ!」



 傍にいた少女が、コボルドの叫び声に短く悲鳴を上げる。

 俺は、その叫び声を意に介すことなくコボルドを睨み付けると、



「ふぅー……」



 深く、息を吐き出した。

 これまでの戦闘で編み出した、自分のルーティン。

 息を深く吐いて、意識を目の前に集中させる。

 頭の中のスイッチを戦闘モードに入れ替える。



 怪我をしまいと慎重に慎重を重ねてきたのに、怪我をしてしまった。

 この世界での命はたった一つ。

 小さな油断が命とりになる。

 どんな相手でも、全力を出して生き残る。



「すぅー……」


 息を吸って、止めた。


「フッ!」



 短く息を吐いて、俺は両足の筋肉に力を込めた。

 筋肉が盛り上がり、地面を蹴る俺の身体を強く前に押し出す。

 俺は一気にコボルドの顔へと肉薄した。



「グルッ!?」



 コボルドの顔が驚愕で染まる。

 棍棒を振り上げるべくその手が動いたところで、俺は棍棒の先端を掴み力で押さえつけた。



「グガ、ガ、ガ!」



 コボルドが棍棒を動かそうと躍起になる。

 けれど、棍棒はビクともしない。

 俺のSTRはコボルドの筋力を上回っているようだ。

 俺はコボルドが手に持つ棍棒を、力で奪い取るとそれを逆に掲げて見せた。



「グ、グガッ!」



 武器を取られ、自らの負けを悟ったのかコボルドが再び蹲った。

 身体を震わせて額を地面に擦り付けるように蹲るその姿は、先ほどと同じ様に助けてくれと懇願しているようにも見える。


 だが、それは全て演技だ。

 こいつらが本気で許しなど請うことなど断じてありえない。

 俺は少女へとちらりと視線を向けた。

 少女は、これから起こる惨劇から目を背けるように、コボルドから視線を外していた。

 もう少女にはコボルドを助ける気がないようだ。



「……」



 俺はそれを確認すると、棍棒を蹲るコボルドの後頭部へと目掛けて振り下ろす。

 上昇したSTRが、コボルドが振るった以上の速度を棍棒にもたらせる。真っすぐに、導かれるようにDEXによって器用になった手先が、コボルドの後頭部へと狙いたがわずに棍棒を走らせる。


 ――ゴキャ!


 頭蓋を砕く音が辺りに響いた。


「ッ!」



 少女の身体が怯えるように一度震える。

 俺は痙攣を繰り返すコボルドが、次第に色を失っていくのを確認すると、その手に持つ棍棒を放り投げて地面へと座り込んだ。



「くッ、そ。いてぇな」



 耳元でドクドクと心臓の鼓動の音が聞こえた。

 骨が砕けていてもおかしくはない一撃だったが、上昇したステータスのおかげでまだこれだけの傷で済んだ。

 とは言っても、さすがに頭への一撃は肝が冷える。


 もう少し、VITとDEFは上げておいても損はないかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺はぽたぽたと地面に赤い雫を垂らしながら辺りを見渡した。



「応急セットは――って、全部置いてきたんだったか」



 仕方ない、一度ビルの中へと戻ることにしよう。

 俺は立ち上がって、お尻の埃を叩き落とした。



「あの!」



 声がかかり、視線を向ける。

 抜けていた腰も戻ったのか、少女はすでに立ち上がっていた。

 真っすぐに俺へと顔を向け、少女は腰を折って俺へと頭を下げる。



「本当に、本当に、ありがとうございました!」


 それは、少女の心からのお礼だった。



「いいよ、別に」


 俺は軽く手を振って答えた。



「お礼の言葉ならさっき受け取った。だから、そう何度も頭を下げなくていい」


「でも! 私があなたの言葉をちゃんと聞いていたら――。あなたの忠告をきちんと受け入れていたら、そしたら、あなたが怪我をすることもなかった!」



 少女は俯き、唇を噛みしめる。

 おそらく先ほどのことを後悔しているのだろう。

 確かに、俺の言葉をきちんと聞いていればこんなことにはならなかったかもしれない。

 理想を現実として実行するには力が必要だ。



 力がないのに、それを口に出して相手に押し付けることは間違っている。

 少女は間違ったことをしたかもしれない。

 でも俺だって、少女がコボルドに襲われているところへ、言ってしまえばトラブルへと自分から顔を突っ込んだのに、最後まで少女の安全を確保せずにこの場から去ろうとしたのだ。

 力のない少女が一人になれば、コボルドから再び襲われることは分かっていたはずなのに。



 だから、俺からすればお互い様。

 俺は最後まで面倒を見ただけに過ぎないし、少女は次から他人の忠告に耳を傾ければ済む話だ。

 何も、少女がここまで自分を責めることはない。

 それでも、少女が自分を許せないのだとしたら俺から言えることは一つだ。



「モンスター相手に同情は無意味だ。こいつらは自分のことしか考えちゃいない。君が助けたところで、モンスターは君に感謝なんかしないよ」


 言って、俺は空気へ溶けつつあるコボルドの死体へと目を向けた。


「こいつらは化け物だ。化け物に遠慮はいらない。こいつらは腹を満たすために人を襲ってくる。結局のところ、こいつらにとっての人間はただの食べ物でしかないんだ」



 少女は俺の言葉に応えることなく、消えゆくコボルドの死体を見つめていた。

 やがてコボルドが完全に消えて、辺りにはコボルドが流した血だまりだけが残った。

 少女の目が俺に向けられた。



「……あなたは強いですね。それに、なんだか手慣れてる。この死体が消えるのだって、驚いてないみたい。この世界ではこれが当たり前なの?」


「さあ、どうだろうな。でも、倒してきたモンスターは例外なく空気に溶けるよう全て消えてきた――――」




 ふと違和感に気付く。

 今の少女の問いかけは、あまりにも不自然だ。

 俺はこの少女がこの世界で生きる亜人だと思っていた。

 けれど、今の問いかけはまるで、もともとはこの世界で生きてはいないかのような口ぶりだ。



 ――まさか。



 俺の顔から血の気が引くの感じる。


 気が付いたたった一つの違和感が、これまでの少女の言動そのすべての違和感へとつながっていく。

 モンスターの殺生に拘るその態度。

 過酷なこの世界で生きている人間――いや、亜人にしてはコボルドですら倒せず逃げるほどのか弱さ。

 人が消え滅びた街に俺が居たにもかかわらず、まるでそれが当たり前であると、俺の存在に疑問を抱くことなく受け入れる姿勢。



 どう考えても、この世界で生きる住人の言動じゃない。

 モンスターが平然と存在している過酷なこの世界で生きているのならば、モンスターの殺生には拘らないし、自分よりも数が多いとはいえ、ゴブリンと同じぐらいの強さであるコボルド相手に何もせず逃げるはずがない。

 この世界において人間が滅んでいるのであれば、翼のない俺の姿を警戒するだろうし、こうも簡単に気を許してはいないはずだ。


 そして、極めつけは今の『この世界では』という発言。



「……君は」


 震える唇で、俺は言葉をつぶやく。



「この世界をどう思う?」

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