挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
種族:人間ではじまるクソゲー攻略! ~レベルとスキルで終末世界をクリアする~ 作者:灰島シゲル

【第一部】 有翼の少女と黄昏の光

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
16/246

二日目・深夜 有翼の少女2

 俺は未だに蹲っているコボルドへと目を向けた。

 すると、ちらりとこちらの様子を伺っていたコボルドと視線が合う。

 視線が合ったことに気が付いたコボルドは、すぐさま怯えるかのように蹲る()()をした。



 明らかにこのコボルドは怖がっちゃいない。

 怯えているフリをしているが、腐っても相手はモンスターなのだ。

 どれだけ懇願しようが、怯えようが、こちらが油断をすればすぐにこいつらは牙を剥いて襲ってくる。

 このコボルドだって、今なお虎視眈々と俺たちを襲う機会を伺っていた。



 もう一度言うが、絶対にこのコボルドは怖がっちゃいない。


 しかし、そのことに気が付いたのは俺だけのようだった。

 少女は、さらに勇気を振り絞るかのように両手を握りしめると口を開いた。



「そうです。怖がっています! あなた、突然現れてこの子たちを、こ、こ、殺したじゃないですか!」



 恐怖で慄く感情を必死で押しとどめるかのように、少女は大声を出した。


 …………えぇ?


 何この子。もしかしなくてもモンスターを庇ってる?

 いや確かに君の前に突然出てきて問答無用でコボルドを瞬殺したけど、それでもこんなこと言われる? 相手はモンスターだよ?



「え、マジで言ってるのそれ」



 俺は蹲るコボルドに目を向けた。

 また俺のことを伺っていたのかコボルドと目が合う。

 すぐさま、コボルドは怯えるフリへと戻った。

 隠すことのないその演技に、俺は思わず舌打ちをしてしまう。



「ほら、こいつ。怯えてるフリじゃん」

「どこがですか。ちゃんと怯えてるじゃないですか」


 俺の言葉に少女は憮然とした態度で言った。



 ……ダメだこの子。何を言っても聞く耳がない。



 わざわざ貴重なSPを割り振ってまで助けに来たのに、まさかこんなことになるなんて。

 俺は隠すことなく大きなため息をついた。



「あのさ」


 俺は少女に向けて言う。



「君、今までこいつらに襲われてたんじゃないの?」

「そ、それは! 確かにそうですが……」



 少女が力なく俯いた。俺の正論に何も言うことができないのだろう。

 けれど、それもつかの間のことで少女はすぐに顔を上げると言葉を続ける。



「ですが、だからと言って殺すことはないと思います。それに、反省する様子がないようですけど、あなた分かってるんですか? 生き物を殺したんですよ!?」

「生き物を殺したって」


 少女の言葉に俺は思わず笑った。



「こいつらはモンスターなの。見て分かるでしょ、明らかに普通に生き物じゃない。顔は犬で、身体は体毛に覆われているのに、手足があって人の姿に似てる。犬でもなく、人でもない正真正銘の化け物なの。人間の敵なんだよ。――まあ、こんなこと君に言っても分からないと思うけど」



 言って、俺は少女の背中を見やる。

 背中から生えた、人間にはありえないその翼。

 淡い光を放ち続けるその翼は、両翼を広げても一メートルもいかないぐらいだ。

 小さな、けれども人間には決してないその特徴。

 言葉は通じているが、この少女が人間か人間ではないか、という話をするならばこの少女も人間ではない。



 おそらくこの少女は『亜人』というやつだろう。

 俺と話す言葉が同じであることを考えると、この滅んだ世界で人間の代わりに台頭してきたのが彼女たち亜人なのだろうか。

 その亜人がなぜコボルドに襲われていたのかは分からないが、こいつらモンスターにとっては、亜人も人間も同じカテゴリーであることは火を見るよりも明らかだった。



「それとも、君はこいつらと同じ仲間なのか? モンスターなのか?」



 だとすれば容赦はしない。

 言外に俺はそう態度で示すと、少女は首を激しく横に振った。



「ち、違います!」

「それじゃあ、なぜコイツらを庇う?」

「別に庇っているわけじゃ……。確かに、あなたの言う通りこの子たちは人間じゃないし、化け物だし、実際に私も襲われてましたけど……。でも、まずは話し合ってみるべきです。あなたはこの子達よりも強くて、話し合いができたはずじゃないですか」



 なおも食い下がる少女の言葉に、俺は苛立ちを徐々に募らせていた。

 話し合いで解決する? 馬鹿なことを言うな。

 ゴブリンと初めて出会ったときの恐怖を、俺は一生忘れることができないだろう。

 ただの人間では絶対に敵うことのない、圧倒的生物としての格の違いが人間とモンスターの間にはあるのだ。



 今でこそレベルもステータスも上がりゴブリンに恐怖することもないが、それでも、ゴブリンやコボルドを含めたモンスターにとっての俺たちはただの餌でしかない。

 仮にこいつらに言葉が通じるとして、誰が格下の――それも餌としか思っていない相手の言葉に耳を傾けるのだろうか。



「それで、お前は話し合いをしたのか? 話は通じたのか? さっき俺が見た――必死で逃げるお前の姿は、コイツらと鬼ごっこをしていた、とでも言うつもりか?」


「それは……」



 苛立ちを隠すことなく言った俺の言葉に、少女が言葉を詰まらせた。

 人と限りなく近い姿をしたこの少女は、コボルド達からすれば恰好の餌でしかないだろう。

 戦ってみた感じ、コボルドはゴブリンとそう変わりない強さだろう。

 そのコボルドから逃げていたのを見るからに、亜人のこの少女は弱い。



 弱いくせに、少女が語る言葉はひどく理想的だ。

 生き物を殺すな、というのは簡単だ。けれど、この滅びた世界で自分の身を守るのは自分でしかない。

 そこに脅威があるのならば、自分の手で取り除かなくてはいけないのだ。



「とにかく、こいつらに同情するだけ無駄だ。逃がしたところで、何のメリットもないし意味なんてない」

「いえ、ですけど!」



 少女はなおも食い下がる。

 俺はもう諦めに似たため息を吐いた。

 これ以上、この議論を重ねるだけ無駄だろう。

 この少女がコボルドを助けたいというのなら、勝手にすればいい。



「それじゃあ、もう勝手にしろよ」



 言って、俺は少女に背を向ける。

 まったく、時間を無駄にしたものだ。似合わない人助けなんてするもんじゃない。

 受付カウンターの裏にでも戻って、また寝よう。

 俺は心にそう決めて、再びビルの中へと足を進めた。



「待ってください!」


 背後で少女の声が聞こえた。


「なに? まだ何かあるの?」



 俺は足を止めて振り返る。

 面倒だと思っていることが分かりやすい、あからさまな態度だったが俺は改めるつもりはなかった。

 少女は俺の顔を見ると、口を何度か開き、それから言いにくそうに言葉を紡ぐ。



「その、ありがとう、ございました」



 俺は少女の顔を見つめた。

 最初からそう言えばいいのに、なんて大人げないことを思ったけれど口には出さない。

 代わりに、片手をあげて今度こそ少女へと背を向けた。




 ――ピタリ、と足を止める。




 少女に背を向ける直前。視界の端に動いた小さな影。

 今まで蹲って機会を伺っていたソイツが、俺が居なくなることを察知したのか動いたような気がしたのだ。



「……」



 数秒ほど逡巡する。

 少女は、コボルドが可哀想だから殺すなと言った。

 その危険性を説明しても、意見を曲げなかったのは彼女だ。

 ならば、俺にはもう彼女を助ける義理がない。



「ひっ――」


 少女が息を飲むのが後ろから聞こえた。


「ガルッ」


 作戦が上手くいった、と嗤い声をあげるコボルドの声が聞こえる。



「~~~~ッ! あー、もう!」


 声にならない苛立ちを口に出して、俺は素早く後ろへと振り返る。



 そこには、今まさに少女へと襲い掛からんとするコボルドの姿があった。

 手には棍棒を持ち、勝利への確信とこれから味わう肉の味に思いを馳せて口から涎を滴らせる。



 少女は、身体を震わせていた。

 それは、庇ったコボルドから裏切られたショックからなのか、それともただ単に恐怖を感じたからなのかは分からない。

 けれど、自分の死を覚悟したのかこれまで以上に蒼白となった顔で、ただ目の前にいるコボルドを見つめていた。



「何をしている! 動けッ!」



 俺は大声を出して少女を叱咤する。

 涙で濡れた少女の瞳が、コボルド越しに俺へと向けられた。

 けれど、少女は動こうとしない。

 恐怖で身体が竦んでしまっているのだ。


「ったく!」



 俺は盛大な舌打ちをすると、少女に向けて駆けだす。

 距離はまださほど離れていない。

 今の俺なら十分に間に合う!





 少女に向けてコボルドの棍棒が振り下ろされる――。


  • ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねで応援
受付停止中
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く際の禁止事項についてはこちらの記事をご確認ください。

※誤字脱字の報告は誤字報告機能をご利用ください。
誤字報告機能は、本文、または後書き下にございます。
詳しくはこちらの記事をご確認ください。

名前:


▼良い点
▼気になる点
▼一言
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。