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種族:人間ではじまるクソゲー攻略! ~レベルとスキルで終末世界をクリアする~ 作者:灰島シゲル

【第一部】 有翼の少女と黄昏の光

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二日目・深夜 有翼の少女

 聞き間違いかと思ったが、今の声は違う。

 はっきりとした、人の声だった。



「――ッ!」



 ハッとして俺は立ち上がる。

 モンスターに追われている獲物。

 それが人であると分かった時、俺はバックパックを背負うのも忘れて、包丁を片手に受付カウンターを飛び越えていた。

 薄暗いビルを駆け抜け、ビルの外へと飛び出す。



「お願い! 誰かいないの!?」



 もう一度、あの声が聞こえた。

 素早く目を向けると、少し離れたところに人影を見つける。

 けれど、居たのは人間ではない。


 その人の背中には、小さな翼が生えていた。

 真っ白なその翼は月明りを反射してぼんやりと光っている。

 月明りと背中の翼の光に照らされて、その人のシルエットがぼんやりと暗闇に浮かぶ。

 細い身体だった。男のようにがっしりとした体格ではない。背丈も小さく、身長は150センチ前後しかないだろう。

 ぼんやりとしたシルエットでもわかるその胸の微かなふくらみが、その人物が女性であることを教えてくれた。



「ガルル!」



 その女性は獣に襲われていた。

 いや、それが獣と呼ぶのが本当に正しいのか分からなかった。

 全身は灰色と黒色が混じった毛に覆われて、顔は犬そのもの。だけど、身体は人を思わせる体格で、二本の足で立っていた。


 コボルド。


 そう呼ぶにふさわしいモンスターだった。

 翼を持つ女性を追いかけるコボルドの数は三匹。

 コボルドと言えば、群れで行動するモンスターだとゲームや小説ではそう書かれている。

 この三匹も、きっと群れを作っていたに違いない。



「誰か、助けて! ください!!」



 息も切れ切れに、女性はもう一度そう叫んだ。

 コボルド達の騒ぎ声が聞こえ始めてから結構な時間が経過している。

 その間、休むことなく逃げ続けているのならばその女性の体力ももう限界のはず。

 時間が惜しい。

 俺は素早くスマホを取り出し、ステータス画面を開いた。





 古賀 ユウマ  Lv:3 SP:2→0

 HP:22/22

 MP:3/3

 STR:7

 DEF:6

 DEX:5

 AGI:7→9

 INT:4

 VIT:7

 LUK:17

 所持スキル:未知の開拓者 曙光





 残ったSPをすべてAGIに割り振った。

 これで、少しでも早く駆け付けることができるはずだ。

 スマホをポケットに突っ込んで、俺は姿勢を低くする。



「まに、あえ!」



 全力で地面を蹴った。

 ドン、と一歩足を踏み出すたびに景色がこれまで以上の速度で流れていく。

 まるで自分自身が一つの弾丸にでもなったかのようだった。



「っ!?」



 逃げていた女性が駆け寄ってくる俺に気が付き振り返る。


「ガルッ!?」



 同じく俺に気が付いたコボルド達の慌てる声がした。

 俺はコボルド達の集団に速度を落とすことなく突っ込むと、そのままの速度でその内の一匹に飛び蹴りを食らわせた。

 上昇したSTRとAGIによって繰り出された飛び蹴りは、コボルドの胸骨へと突き刺さりその骨をへし折る音を響かせた。

 蹴られたコボルドがゴロゴロと地面を転がり、やがて動かなくなる。

 即死だったのか地面を転がったコボルドが色を失い始めたのを確認して、俺は残りの二匹へと向き直った。



「残り二匹」


「ガルルルル!!」



 残った二匹がそれぞれ手に持つ武器を構えた。

 一匹は鉄の廃材、一匹は棍棒だった。

 どちらも当たればタダじゃすまない武器だ。

 素早く目を配り、俺は手身近にいた鉄の廃材を手に持つコボルドへ包丁を振う。

 上昇したDEXの影響からか、以前に比べれば真っすぐな剣筋が狙い通りにコボルドの両目を切り裂いた。



「ガウッ!」



 錆び付いた包丁でも、目のような柔らかい部分はそれなりに痛みがあるらしい。

 悲鳴をあげて目を守ろうと、コボルドが片手を上げて目を覆う。

 俺はその瞬間に、包丁を握りしめると柄を全力でコボルドの頭蓋へと叩きこんだ。



「ガッ!」



 鈍い感触とともに、コボルドが悲鳴を上げる。

 骨は割っていないが、相当なダメージとなったはずだ。

 今や、俺のSTRは7となっている。

 最初が1だったことを考えると、単純に七倍。実際は七倍も筋力は上がっていないだろうが、それでも当初に比べれば相当な筋力となっている。

 俺は、目を回して倒れるコボルドが持っていた廃材を拾うと、それをコボルドの身体に突き刺す。


 ――ゴチュ。


 骨を砕き、内臓を潰す音が響く。

 廃材が突き刺さったコボルドは激しく一度動き、やがては色を失って体が崩れた。



「残り一匹」


「グ、グルル――」



 あっという間に倒された仲間を見て、残されたコボルドが後ずさる。

 俺は、後ずさったその分だけ前へ進む。


「グ、ガ、ガウッ」



 詰め寄られたコボルドは、その手に持つ武器を取り落とした。

 そして、まるで命乞いをするかのように額を地面へと押し付ける。

 だが、俺はそれを見ても止まらない。

 手にした包丁を持ち上げ、コボルドの延髄に狙いを定め振り下ろす――。






「ま、待ってください!」





 振り下ろされた俺の包丁は、コボルドの延髄に突き刺さるその前に響いたその声にピタリと止められた。



 この世界で初めて耳にする、自分以外の言葉。

 コボルドやゴブリン達が口にするようなモンスターの言葉ではなく、耳に馴染んだその言葉に驚いて、俺は声の主へと目を向ける。

 その声の主は、コボルドに襲われ逃げ惑っていた女性のものだった。



 いや、女性と呼ぶにか些か若すぎる。

 顔つきはまだ幼く、見た目は十代半ばの少女そのものだ。

 背中に生える特徴的な白い翼と対照的な腰にまで届く黒い髪。大きな目を縁取る長い睫毛と、雪のような白い肌。顔立ちは整っていて、小さな背丈と相まって人形のように思える。

 翼も生えていて、少女の見た目はものすごくファンタジーなのに、身に着けている服はシャツにカーディガン、白のロングスカートにスニーカーと現代的な出で立ちだ。

 無理やりに身に着けたのか、シャツの背中は大きく引き裂かれていた。



 なんというか、いろいろと滅茶苦茶だ。


 街を歩いてて、突然背中に翼が生えてきたら誰もがこんな感じになるのかもしれない。

 そんな俺の視線に、何を思ったのか少女は恐怖を抱くように一度ぶるりと身体を震わせた。

 どうやら戦闘で高ぶった気持ちが、顔つきを険しくさせていたようだ。



「えっと、何?」


 出来るだけ怖がらせないよう、俺は少女に向けて務めて優しい声を出しながら笑みを浮かべる。


「ひっ!」



 少女が軽い悲鳴を上げて、恐怖で顔をひきつらせた。

 少女の視線が俺の顔を――どちらかと言えば顔というよりも頬を見つめていることに気が付く。


「あ、血が付いてた」



 頬に触れるとべったりとコボルドの赤い血が手のひらに付いた。

 おそらく、廃材でコボルドを突き刺した時に辺りに飛び散ったものが顔に付いたのだろう。


 急いで、俺は顔を拭う。


 この時、顔に付いた血が延ばされてさらに猟奇的なメイクへと俺の顔は変わっているのだが、もちろん、そんなことになっているとはこの時の俺は露ほども思っちゃいない。

 これで血が取れただろうと、俺はその猟奇的メイクのまま少女に向けて笑顔を向ける。

 少女の顔がさらに引きつった。


 ……え、なんで? なんで俺こんなに怖がられてんの?


「それで、何?」



 もう一度、俺は少女に問いかける。

 少女は完全に俺のことを怖がっていた。

 顔は白を通り越して青白いし、唇は戦慄いている。

 ブルブルと震える身体を抑えるよう、少女は自分の身体を抱きしめると絞り出すように言葉を出した。



「待ってください、と言ったんです」


 俺は首を傾げた。



「うん、どうして?」

「もう、いいじゃないですか。怖がってます」

「怖がってるって……。え?」



 それって、君の話?

 この場にいるのは俺と少女、そして残された蹲ったままのコボルドだけしかいない。

 この中で、明らかに怖がっているのは少女しかいない。

 そして、その少女を怖がらせているのは間違いなく俺だろう。



「あー……。その、突然出てきてごめん。驚かせちゃったな。でも、もう大丈夫だから」


 安心させるように少女へと俺は笑いかけて、再びコボルドへと向き直る。

 手にした包丁を掴む手に力を込めると、それを察知したのかまた少女が慌てるように声を出した。



「だ、だから! 私の話を聞いてください!」

「うん、聞くよ。まずはコイツを殺してからね」


「それを待ってください、と言ってるんです! その子が怖がっているのが見えないんですか!?」




 少女の荒げた声に、俺は思わず目が点となってしまうのが分かった。


 ……その子って、誰のこと? え、まさかこのコボルドのことを言ってる?


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