インフレ・デフレは、どのようにして起こるのか?
著者が解説~池上彰(8)
もともと経済学では、一人ひとりの人間が合理的な経済活動をすることを前提にしています。できれば値上がりする前、あるいは値下がりしてから買いたいと思う。だから、いったんインフレやデフレになるとそこから脱出するのが難しくなるのです。このように、インフレやデフレは人間の心理が大きく作用してます。
インフレやデフレになったときに、何とかそこから脱出するための「インフレターゲット」という金融政策があります。中央銀行が一定の物価上昇率の目標(インフレ目標)を数値で示し、その達成を優先する政策のことです。国民にあらかじめ目標を発表し、これに向けていろいろな努力をするということです。これがうまくいくのかどうかは、学者によってさまざまな意見がありますが、いくつかの国はこの政策をとっています。
日本銀行は、そううまくいかないのではないかと、なかなかこの政策をとってきませんでしたが、長引くデフレを何とかするため、ついに2012年2月、物価上昇率を年率1%をめど(ゴール)にすると発表しました。
~デフレ→円高→輸出減→不景気→デフレ……の悪循環が続く日本経済~
いけがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学特命教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)ほか多数。長野県出身。
日本では、バブル崩壊以降の1990年代から2000年代にかけて、デフレ・スパイラルが起こりました。景気が悪いときは金利を下げて企業投資を増やす、というのがケインズの経済政策です。ところがケインズ自身、デフレでものの値段がどんどん下がると、いくら金利を下げても企業は投資をしなくなるという流動性の罠について、「理論的にその可能性がある」と当時は指摘だけしていました。いまの日本経済は、まさにその状態に陥っています。
金利が低い状態でデフレが進むと、いったい何が起きるのでしょうか。いま1万円で買えるものが、来年は9000円で買える。ものの値段が下がっていくということは、お金の価値が上がっていくということでもあります。厳密にいうと違いますが、わかりやすくするためにここではお金の価値が10%上がっていると考えます。
銀行にお金を預けていても、いまはゼロに近い利子しかつきません。だから銀行に預けないで家のタンスに置いておいても同じです。やや乱暴な言い方ですが、何もしなくても来年はお金の価値が10%上がる、つまり金利が10%付くようなものです。
そうなると、企業はお金を借りて新しい事業に投資しようという気が起きません。なぜならば、投資をして新しい工場をつくったとしても、デフレによって工場の価値がどんどん減ってしまう。すると、投資したお金を回収するのが非常に厳しくなります。それならば、何もしないで現金で持っていたほうが実質的に金利が付くのでいい、ということになってしまうのです。
この日本の状況は、外国人の目から見るとどう映るでしょうか。日本経済はよくないけれど、日本はデフレだから、円を持っていれば実質的には非常に高い金利がついているのと同じだ、それだったらドルやユーロを円に換えておこう、という人が大勢現れます。こうして、円買いが進み、円高になります。円高が進めば輸出が振るわなくなり、不景気になる。そしてまたデフレが進む。さらに円高が進んでいく。このような経済の悪循環に、いまの日本は陥っています。
そうなると、お金はそのまま持っているのが一番いいという、貨幣に対する愛情、貨幣愛が強まっていきます。別の言い方をすると流動性選好です。生活防衛のため、お金で持っているのが一番安心だから、投資をしない、ものを買わないというふうに、みんながお金を使わなくなる。みんなが同じことをすれば、合成の誤謬が起きますね。
いまの日本経済に見通しがつかず、国全体になんとなく閉塞感が募っているわけは、こういうことなのです。続きは本書で……。
次回は、「なぜバブルが生まれ、はじけたか」を取り上げます。
イラスト・北村人
[日経Bizアカデミー2012年6月15日付]