このすば*Elona 作:hasebe
「あの……何をされているんですか?」
あなたがアクセルの川の上にある橋の縁に腰掛けて釣りを行っていると、背後から誰かが話しかけてきた。
聞きなれた声はウィズのものだ。アンデッドだけあって日光に弱いのかフードを被っている。
店はどうしたのだろうか。
「今日は定休日ですしお天気もいいので久々にお散歩でもしようかと思って。今まではアクア様に会わないように控えてたんですが、結局顔を合わせちゃいましたし。……それで、あなたは何を?」
ウィズは見て分からないのだろうか。
川に向けてクリエイトウォーターを使いながら釣りをしているのだが。
先日魚が食べたいとリクエストをしたのはウィズだ。
「いえ、それは分かります。……分かりますけど、なんでクリエイトウォーターを垂れ流しに?」
現在あなたは初級魔法スキルの熟練度を上げている最中である。
ウィズがあなたの家で一瞬で風呂桶を埋め尽くすほどの量の水を垂れ流しているのを見て、クリエイトウォーターでここまでできるものなのかと強く感銘を受けたのだ。
釣りは片手でできてかつここが水場なのでやっている。釣果を期待して待っていてほしい。
「あ、わざわざすみません……じゃなくて。右手で釣りをしながら左手から水を出し続けてるのってすごい近づきがたい異様な光景なんですけど。現に皆さん遠巻きに見守ってますし」
確かに今もあなたとウィズに複数の視線が注がれている。
今はどちらかというとあなたに話しかけているウィズに興味が集中している気もする。
だが彼らはあなたが物珍しいから離れて見物していたわけではなく、釣りの成果を楽しみにしているだけなのだ。
近くにいないのは危険だから。
「釣りの成果って……この街の川じゃそんなに大したものが釣れるわけでもないのにですか? それに危険って」
釣れる。釣れるのだ。
具体的な話をしようと思った瞬間、グン、と何かが力強く竿を引き始めた。
当たりが来たのだ。周囲がにわかにざわつき始める。
「な、なんか引きが強くないですか? この川は浅いですし、そんな大きな魚はいないはずなんですけど」
ウィズが身を乗り出して橋の下を覗き込んだ。
魚影は無し。ウィズは不思議そうに首を傾げている。
だがあなたが思いきり竿を引くと川の中からマグロが現れた。
黒光りする巨体は釣り上げられてまるで鳥のように空を舞った。
「えっ」
300cmほどの巨体はビチビチと勢いよく橋の上で跳ねる。
周囲で見物していた人間がワっと歓声を上げた。
マグロの一本釣りは男のロマンとはあなたの友人の談である。
――やった! 大当たりだ!
――いいぞ!
――ブラボー!
騒ぎの中、どこからともなく現れたギルドの職員と冒険者達がマグロを素早く回収して去っていった。
必要な分以外は纏めてギルドが買い取ってくれる話になっている。
釣果次第ではアクセルの街はキャベツに続いて魚介類祭になるかもしれない。
「え、なんですかあれ。……えっ?」
ウィズはマグロを見たことが無かったようだ。
あれは海に生息する大型の魚で、食べるととても美味しいのだ。
「マグロは知ってますけどおかしいですよね? 今の説明の中だけでも私達がいる場所と物凄い矛盾する所がありましたよね?」
あなたの持つ釣竿はどれだけ浅い水場だろうと釣りをすることができる。
原理やどこに繋がっているのかはあなたも知らない。
これはそういう釣竿なのだ。
ちなみにあなたの世界では駆け出し冒険者でも買える市販品である。
釣果はエサと本人の腕次第だが。
あなたが釣りのときに使うエサはノースティリスで売っている中でも最高級品のものだ。
ノースティリスで意味も無く買い込んだものがあと五千回ぶんほど残っている。
何度かノースティリスで見たことの無い魚が釣れたので、おそらくはこの世界の海かどこかに繋がっているのだろう。
特筆すべきこととして、タラバガニなる甲殻類が一度だけ釣れた。ノースティリスの幸運の女神の口癖と同じ名前とは凄い偶然の一致だ。
この世界のエサを使った時に何が釣れるのかは興味深いところではある。
「……よかったんですか? 思いっきり目立っちゃってますけど」
良いか悪いかで言えばあまり良くないが、ノースティリスの魔法を使うよりはよほどごまかしが効く。
それにあなたにとって釣りとはこういうものだったので、他の釣り人に混じって特に疑問も抱かずに行動してしまったのだ。
結果、当然大騒ぎになったがあなたに聞き込みを行ってきた者やギルドの職員には旅の途中、ダンジョンで手に入れた魔法の釣竿ということで押し通した。
「なるほど、確かにそれなら有り得なくもないですね。私でも普通に信じちゃいそうです」
魔法は本当に便利だ。
特にこの世界のものは。
「ところでマグロ以外にはどんな物が釣れてるんですか?」
基本的に食用のものが釣れる。見た目はゲテモノでも意外といけるものだ。
今のところ釣れていないがクジラも釣れる。
当然全て一本釣りだ。
「クジラって、なんかもう滅茶苦茶ですよ……」
あなたからしてみればキャベツが空を舞って攻撃してくる方が余程滅茶苦茶なのだが。
ちなみにハズレとしてゴミもよく釣れるが、冒険者の中には特定のハズレを専門に蒐集するコレクターもいたりするので侮れない。
「…………」
あなたはしばらくそのまま釣りを続けていたのだが、ふとウィズがちらちらと釣竿を覗き見し始めた。
やってみたいのかもしれない。ウィズはたまに子供っぽい面を見せるときがある。
釣れるかどうかは分からないがあなたはウィズに釣竿を渡してみることにした。
ウィズはあなたの世界の魔法書を読めたのだ。もしかしたらこれも扱えるかもしれない。
「す、すみません、なんか催促してしまったみたいで……」
ウィズは照れくさそうに笑いながら受け取ってあなたの隣にごく自然に腰掛けた。
何故か周囲が騒然とし始めた。ウィズが釣りをするのがそんなに意外なのだろうか。
確かに格好といい雰囲気といい、インドアな印象を抱く女性ではあるが。
――なん、だと……?
――近くね? なあ貧乏店主さん、さっきからずっと思ってたけど距離が近くね?
――キテル……。
――エレウィズキテル……。
結果、ウィズにも釣竿は扱うことができた。
マグロのような大物は釣れなかったがウィズはそれでも楽しそうに笑っていた。友人が楽しそうで何よりである。
そんなウィズを見物人の女性達は微笑ましそうに、男達は血の涙を流しながら見守っていた。
そこまでは良かったのだが、ウィズは最後に一冊の本を釣った。
とても肌色な本を。
「…………なんですかこれ?」
ウィズが釣り上げたのは《サキュバスの『新人ちゃん』のエロ本》だ。この世界の人物だろうか。
表紙には極めて煽情的な格好をしたスレンダーな白髪の少女が描かれている。
皺一つ無い新品同然のそれに見物人の男達がワっと大歓声を上げた。女性達の男達を見る目がゴミを見るそれに変わった。
――いいぞ!!!
――ブラボー!!!!
――今日一番の大当たりじゃねえか!!!
――あの子ちょっと貧乳すぎない?
――それが……いいんじゃあないか……。
――ママー、あのおじちゃんたちなんであんなによろこんでるのー?
――しっ、ばっちいから見ちゃいけません!
「…………!!」
羞恥からか、男達の歓声に耳まで真っ赤にしながら涙目でぷるぷる震え始めたウィズは《サキュバスの『新人ちゃん』のエロ本》を空に投げ捨てて上級火炎魔法で焼却処分した。
一ページも残らずに灰燼と化した《サキュバスの『新人ちゃん』のエロ本》に周囲の男達は嘆きの声をあげるのだった。
街中で上級魔法をぶっぱなしたウィズは当然のように滅茶苦茶怒られたが、周囲の男達がウィズにセクハラをしたせいだとその場の女性全員が証言したので厳重注意されるに留まった。