一日目・朝 東へ
「ふー……」
やがて缶詰の中身をすべて食べきった俺は、膨れた腹をさすりながら満足した長い息を吐いた。
一時はどうなるかと思っていたけど、サバイバルセットのおかげで光明が見えた。
水を絶つことはできないが、食料は切り詰めていけば一カ月以上はなんとかなるだろう。今こそ、貧乏学生の知恵を役立てる時である。
「これから、どうしようかな」
ぼんやりと廃墟となった街並みを見つめながら考える。
この世界が、現実でありゲームでもある世界なのは間違いない。
だとすれば、まず知るべきは世界がどうなっているのか。
俺と同じプレイヤーは存在しているのか、プレイヤーではなくとも、いわゆるNPCと呼ばれる存在はいるのか、はたまた別にこの世界には人間はいるのか、いないのか。
「……そうなると、まずは情報だな」
情報があるとすれば、まず目指すべきは人が多くいた場所だろう。
それもできれば物流や経済の中心であった場所がいい。
「都市部にでも行ってみるか?」
俺が今いる場所は東京西部地域だ。
ここから都市部までは約四十キロ。
以前の世界ならば、半日ほど歩けば辿り着く距離にある。
少なくとも、今すぐここを出れば夜になる頃には到着できるはずだ。
廃墟となって道が壊れている可能性もあるだろうが、かつての線路沿いに歩いて行けばなんとかなるだろう。
もちろん、何もなければだが。
「まあ、悩んでても仕方ない。行くだけ行ってみるか」
そうと決まれば、まずは着替えだ。
今の俺はTシャツ短パン素足。
どこの田舎の少年かと思うような恰好だが、目が覚めて慌ててアパートを飛び出したのだから仕方がない。
Tシャツ短パンで移動することもできるが、春先のように肌寒い気温の中、この恰好で行動するのは少々厳しい。
さらに言えば、一番のデメリットは肌の露出が多いことだろう。
街は草木で覆われて、建物は瓦礫か廃墟同然に倒壊している。これから本格的に移動をして探索をしていくのならば、少しでも布面積が大きい服に着替えておくべきだ。
俺は倉庫から取り出していた麻のシャツとズボンへと着替えを済ます。
それから飲んでいた水の残りで足の傷を洗い流し、応急セットの中から消毒液と絆創膏を取り出して簡単に傷の処置を終えた。
皮の靴に素足を通して、ようやく外出用のそれらしい恰好となる。
残った食料と水、今まで着ていたTシャツと短パンをバックパックの中に詰め込んで、応急セットや防寒用ローブ、火打ち石と打ち金なんかも一緒に詰め込む。
「忘れ物は……ないな」
周囲を見渡して、俺は立ち上がった。
「あ、そうだ」
立ち上がって思い出す。
俺はポケットの中からスマホを取り出すと、アプリを起動してステータス画面を開いた。
「移動する前にステータス上げとくか」
これから、何があるか分からない。
安全に越しておくことはないだろう。
飯を食って水を飲んだからか、先ほどより思考はクリアだ。
俺は慎重に考えながら、ステータスを上げた。
古賀 ユウマ Lv:2 SP:10→2
HP:14/14→18/18
MP:0/0
STR:3→4
DEF:2→3
DEX:2
AGI:3→4
INT:2
VIT:3→5
LUK:7→15
所持スキル:未知の開拓者 曙光
STR、DEF、AGIに一回ずつ、VITには二回、LUKには三回タップしてSPをそれぞれ割り振った。
STR、DEF、AGI、VITはSPを一つ消費すると一つの上昇だった。
それに比べて、LUKの上昇率はSPを一つ消費すると上昇幅は二つから三つと他のステータスに比べるとはるかに大きい。
……これ、上昇率も個人差あるのかな。
確かに昔から運が良い方だったけど、明らかにLUKだけが上昇率がおかしいような気がする。
「まあ、運が良くて困ることはないからいいか」
運が良ければこの世界で生き残る確率も上がるだろう。
さくっと割り切ることにして、俺は残りのSP2をどれに割り振るか考える。
「順当に考えれば、DEXとINTだよなあ。DEXは器用さだから上がったところで恩恵が分かりにくいし。INTは知力だからこの世界でどう活かせるか分からないんだよなあ」
悩みに悩んで、俺はSPの割り振りを保留にすることにした。
残りは必要と判断した場面が来たら割り振ればいい。ステータスの恩恵が大きいことを考えると無難な選択だろう。
他にやり残したことはあるだろうか?
じっと考えを巡らせる。
「あっ、武器がない」
うっかりしていた。
モンスターがいる世界なのだ。
人類も見受けられず、廃墟となった街が広がるこの世界において必要な先立つ物と言えばお金ではなくモンスターを殺せる武器だろう。
周囲を見渡すが、それらしいものと言えばゴブリンを殺した鉄の棒と、その死んだゴブリンが持っていた錆び付いた包丁ぐらいだ。
どちらを持っていこうか悩んで、俺は包丁を手にした。
鉄の棒はゴブリンの血でべったりと汚れている。さすがにそれを手に取ることはできなかった。
包丁の刀身を見つめる。
全体に錆が浮いていて、赤茶色になった刀身に切れ味はないと言っても過言ではない。
この包丁を使って野菜なんかを切ろうとしても、切れずに押しつぶすだけの結果に終わりそうだ。
この包丁に鞘なんてものは付いていないが、どうせ抜き身でも切れやしない。
それでも、この武器で目玉を刺せば簡単につぶれる。
腕を刺せば貫通はせずとも打突にはなる。
こんな見た目でも、武器は武器だ。
思わず、唾を飲み込む。
俺は、生き物を殺すためにこの武器を携帯する。
その事実が俺の心をより一層引き締めた。
「行こう」
包丁の柄を手に持ち、俺は東へと歩きはじめる。
目的は東京の都市部。
東京の要所、新宿だ。