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種族:人間ではじまるクソゲー攻略! ~レベルとスキルで終末世界をクリアする~ 作者:灰島シゲル

【第一部】 有翼の少女と黄昏の光

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一日目・朝 命の賭け金

 スマホの画面で確認すると時刻は午前八時を過ぎていた。

 相変わらずカレンダーは4月1日であることを示していたが、この気温を考えるとあながち間違いじゃないのかもしれない。


 半袖短パンという薄着に吹きつける風は冷たい。


 吹きつける風から逃げるように、俺は近くにあった廃墟となったマンションに駆け込んだ。

 マンションの壁はあちこちヒビが入り、通路は崩壊している。だが、奥まで進まなければ例えマンションが崩れたとしてもすぐに逃げられるし、身体を休ませるには十分だ。


 コンクリートの壁に背中を預けて、俺は作戦を練る。

 ……だが、作戦を練ろうにも俺にはいろいろと足りないものが多い。


 俺には武器も、腕力も、体力もない。

 いや、ステータス上では筋力、体力ともに上がっているはずだが、それでもたった一つだけだ。

 その数字がどのくらい現実で反映されているのか分からない以上、戦力として考えないほうがいい。


 だとすれば今の俺が、他人よりも秀でているのは運の良さだけ。ステータスを見ても、それは明らかだ。

 他に何もないのだから、それに頼るしかないだろう。



 俺は頭の中で作戦を立てて、それを行動に移すべくまずは武器になりそうな物を見つけようと廃墟となったマンションの中を探索することにした。


 しかし、武器になりそうな物は中々見つからない。

 マンションの扉にはどれも鍵がかかっており、錆びが浮き朽ちた見た目であるにも関わらずしっかりとその役目を果たしていた。



「クッソ」



 何個目になるか分からない部屋のドアノブをガチャガチャと回し、鍵がかかっていることを確認する。

 このドアで、入り口付近にあったマンションの扉は全て確認したことになる。

 どれも成果はない。すべての扉に鍵がかかっていることを確認できただけだ。


 いっそのこと蹴り破るか?


 普通なら絶対にやらないことだけど、どうせここは元の世界と似た別の世界だ。

 人の目を気にしても、そもそも俺以外の人間がいる気配がない。

 だったら、気にするだけ無駄だろう。

 俺は扉から離れて、距離を取る。



「せーのっ!」



 掛け声とともに、右足を振り上げて突き出した。

 いわゆる前蹴りというやつだ。

 全力で放った俺の前蹴りは、扉に当たって鈍い音を辺りに響かせる。

 だが、蹴り破るまでには至らない。せいぜい、小さく凹んだぐらいだ。


 何度か前蹴りを放ち、それでも蹴り破れず、最後には肩から身体ごと勢いをつけてぶつかったがそれでも破ることができなかった。

 この世界の建物はかなり老朽化しているように見えても、やはりマンションの扉のように鋼板やステンレスといった金属扉を破ることは難しいらしい。


 ステータスの数値が現実に影響するとして、今の筋力値がもっと高ければ破ることも出来たかもしれないが……。



「まあ、〝たられば〟を考えていても仕方ないしな」


 ため息を吐いて、周囲を見渡す。


「おっ」


 おそらくは柱を支える鉄筋だったのだろう。

 半ばから折れたコンクリートの柱のそばに、錆の浮いた鉄の棒を見つけた。

 かなり長い間放置されていたかのように、全体が灰色から茶色に変わったその棒を俺は拾い上げる。


「げっ」


 手に握ると、手のひらにざらりとした錆が付いた。

 だが、握りしめると確かな感触が手のひら全体に伝わる。

 長さは一メートルほどだろうか。

 耐久性を確かめるためにマンションの壁に鉄の棒を叩きつけてみるが、鉄の棒は折れることはなかった。


「うん、これなら使える」


 俺はその結果に満足し頷いた。

 周囲を見渡して、それらしいものが他にはないか探してみるが、どうやら落ちていたのはこれだけらしい。

 俺は鉄の棒を握りしめて、マンションを後にする。


 武器は手に入った。

 あとは標的を見つけるだけだ。

 

 仮にここがゲームと現実が混合した世界ならば、モンスターはどこにでもいるはずだ。

 ゴブリンと言えばモンスターの代表格。そこまで珍しい生き物じゃないはず。

 そんなことを考えて廃墟の街を歩くこと数分。


 想像通り、俺はゴブリンに出会った。

 しかも、そのゴブリンは俺が最初に出会ったゴブリンのようでその手には錆びた包丁を持っている。

 見失った俺を探しているのか、ゴブリンはきょろきょろと辺りを見渡しながら瓦礫や廃墟の中を見て回っていた。


 チャンスだ。あいつはまだ、俺に気が付いていない。


 当初考えていた作戦を変更して、殴りかかるか?

 俺は手に持った鉄の棒と、ゴブリンの姿をそれぞれ見比べる。


 ――いや、無理だ。仮に気付かれずに殴れたとして、そのあとどうする?


 何度も殴るか? 相手が死ぬまで? 果たしてそれが上手くいくのか?



「…………」


 首を振って、俺はその場から離れる。



 運に頼ろうにも、リスクが大きい。

 命を賭けるなら、それに見合ったリターンが必要だ。

 どうせ命を賭けるのならば、一撃で倒せて、なおかつ相手の動きも封じることができる方法にするべきだ。


 俺はゴブリンから十分すぎるほど距離を取り、目に入った家屋へと近づいた。

 かつて民家だったそこは、完全に家屋が潰れていた。……あれはパンジーだろうか。庭先では花を育てていたのか、野生に返った草花が咲いていた。



「お邪魔します」


 誰にともなくつぶやいて、俺は庭先へと入る。

 庭先の大きさを見て、俺はここで考えていた作戦を実行に移すことを決めた。


「よいっ、しょっと」


 両手で鉄の棒を持ち、力を込めて地面に突き刺す。

 突き刺さったその棒を、そばにあった岩を持ち上げて叩く。


 何度も何度も叩いて棒を地面に沈みこませる。

 それから、斜めに向きを整えて位置を調整する。

 位置を決めた後はまた岩で鉄の棒を叩く。

 そうして、全体の半分ほどが地面に埋まったところで俺は鉄の棒を叩くことをやめた。


「ふぅー……」


 息を吐いて、耳を澄ませる。

 静まり返った街に、今の音は結構響いたはずだ。

 その証拠に、ゴブリンが俺を探しているのかさほど遠くない場所で瓦礫が崩れる音が聞こえた。


 時間がない。


 俺はすぐさま作業の仕上げに取り掛かった。

 潰れた家屋から使えそうな瓦礫を選ぶとその棒の周囲に置いていく。


「……やっぱり、筋力上がってるよな」


 作業をしていて、割り振ったステータスの影響を感じる。



 以前は持ち上げるのも苦労しそうな鉄くずや破片、瓦礫なんかが楽に持ち上がる。驚いたのは庭先で朽ちていたを洗濯機を自分ひとりで持ち上げることができたことだ。加えて、筋肉疲労も起きにくい気がする。筋肉疲労が起きにくいのはVITのおかげだろうか。



「この世界で生き残るためには、このスマホが必要ってわけね」



 トワイライト・ワールドのプレイヤーとなった俺にとって、自分のステータスを見て、弄ることができるこのスマホは命にも代えがたい。

 この世界に来た時、苛立ち紛れにスマホを投げつけても傷がつかなかった。トワイライト・ワールドというゲームにおいて、それだけこのスマホが重要だということだろう。



 トワイライト(クソ)ワールド(ゲー)に巻き込まれた原因がスマホならば、生きるために必要になるのもこのスマホだということだ。



「こんなもんでいいか」



 俺は庭先を見て頷いた。

 地面に斜めで突き刺さった鉄の棒。

 その周囲を瓦礫がコの字型で囲み、目の前に立てば逃げられないようになっている。

 俺は最後に穴の手前で深さ十センチほどの小さい穴を掘った。



「よし」


 出来栄えを最後に確認して、


「――すぅ」


 大きく息を吸った。



「こっちだぞ化け物!!」



 大声を出すと、廃墟の街に俺の声が響いたのが分かった。

 俺の声にあのゴブリンが気付いたのか、近くでガラガラと瓦礫が崩れた音がした。

 俺は慌ててその場から離れ、物陰でジッと息を殺す。

 ほどなくして、バタバタと足音を立てながらゴブリンが走ってきた。



「げひっ」


 ようやく見つけた俺の痕跡に、ソイツが嫌らしく笑う。

 けれど、すぐにその顔はきょとんとした顔に変わった。

 おそらく、声が聞こえた場所に俺の姿がなかったからだろう。

 俺はすかさず手に持っていた小石を、棒を囲んだコの字型の瓦礫へと放った。


 ――カラン。


 洗濯機に当たった小石が軽い音を出す。

 すると、ソイツは口元を大きく歪めた。

 俺が瓦礫の裏に居るとでも思っているのか、ゆっくりと、ソイツは鉄の棒へと近づく。


 ……ここまでは作戦通りだ。


 心臓が口から飛び出るかと思うほど、バクバクと音を立てている。

 緊張で手足が震えてしまう。



(大丈夫だ。上手くいく。自分の運の良さを信じろ。俺にはそれしかないじゃないか)



 自然と荒くなる息を、深呼吸をして落ち着かせた。

 賭けに必要なものは俺の命。

 他のチップは存在しない、正真正銘のオールイン。

 あとは、運命のルーレットを回すだけ。



(自分を信じろ。大丈夫だ。俺はやれる。いや、やるんだ!)



 息を吸って、覚悟を決めた。



 何も知らないゴブリンは、俺が瓦礫の後ろにいると思い込んで足を進めていく。


 そして、俺が掘った穴の一歩手前まで近づいたその時、俺は物陰から飛び出した。

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