前回の記事(小山田圭吾が炎上した”イジメ発言”騒動。雑誌による有名人の「人格プロデュース」は罪か?)で指摘したとおり、1990年代の2雑誌の記事に関しては、それぞれの編集部の責任を無視できないのは当然としても、小山田氏の側に反省すべきところが大きいこともまた、否定しようがない。しかし昨夏の騒動の直接の背景にあるのは、21世紀におけるウェブ空間の展開だ。
まずは巨大匿名掲示板2ちゃんねる(今日の5ちゃんねる)をはじめとするアンダーグラウンドなウェブ空間において、『ROJ』のいじめ発言の引用が広められ(以下、「2ちゃんコピペ」)、小山田氏をめぐる歪んだイメージが、そうした空間に出入りする人びとの間で強化されていった。これは今日「エコーチェンバー」現象として知られる事態にほかならない。
全世界に開かれているはずのインターネット空間のあちこちに小さな閉鎖空間が生まれ、そこが共鳴室(エコーチェンバー)のようになって同質の情報や感情のみが響き渡り増幅することで、閉鎖的なコミュニティの內部で誤情報や極端な信念が共有されていく。
21世紀初頭に最初に指摘されたこの現象が、今日に至るまで社会の大きな脅威であり続けているのは、日本の2ちゃんねるから派生した米国の4chan(フォーチャン)が、「Qアノン」と呼ばれる陰謀論者たちの温床となったことからも明らかだ。
しかし、今日いっそうの脅威として注目されているのは、エコーチェンバー內部の歪んだ情報や意見が何かのきっかけで一気に外に溢れ出し、広く一般に共有されるようになって、社会全体に感染症のように広まっていく事態だ。
小山田氏をめぐる騒動は、全体的には「インフォデミック」――「インフォメーション(情報)」と「パンデミック(世界規模の感染症)」からなる造語――と呼ばれるこの現象の一事例として説明され、記憶されるべきだろう。
小山田圭吾はなぜ炎上したのか。現代の災い「インフォデミック(情報感染拡大)」を考える
2021年、コーネリアスの小山田圭吾が東京五輪開会式の楽曲担当であることが発表された途端、過去の障害者「いじめ」問題がSNSで炎上。数日間で辞任を余儀なくされた。この「いじめ」はどのように生まれ、歪んだ形で伝わったのか? 批評家・片岡大右の新著『小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか 現代の災い「インフォデミック」を考える』発売にあたり、片岡大右氏が集英社オンラインに寄稿した検証記事を再公開する。(初出:2022年9月23日)
あるブログ記事が作り上げた禍々しい小山田圭吾像
アンダーグラウンドな閉域から「2ちゃんコピペ」を引き出したのは、まずはあるブログ記事だった。「小山田圭吾における人間の研究」と題するこの記事は2006年から存在していたが、2012年夏、大津市の中2自殺事件が世間の注目を集める中でにわかに大反響を得て、以後10年近くにわたり読みつがれ、2021年夏の騒動を静かに準備していく。
このブログ記事は、自慰と食糞の強要が記された「2ちゃんコピペ」をそのまま冒頭に掲げ、そこに続けて『QJ』の「いじめ紀行」からの引用を組み合わせることで、『ROJ』には存在しない障がい者いじめの文脈を結びつけている。最初の引用箇所は、「沢田」氏の性的羞恥心の乏しさに付け込み、下半身を露出させて笑いものにしたという高校時代のエピソードだ。
残酷な逸話と言うほかないけれど、小山田氏はこの件に積極的に加担したのではない。このブログでは省かれているが、『QJ』ではその後に、小山田氏が「ちょっとそういうのはないなー」と感じ、級友たちの悪事を半ば引きながら見ていたという発言が続く。
友人の苦境を前にしてのこうした傍観者ぶりを咎めることはできるだろう。しかし少なくとも筆者には、完全に理想的とは言えないにしても意義深い交流を築いていたように思われる小山田氏と沢田氏の関係について、数十年の時を越えて外野から口を挟む資格が自分にあるとは思えない。
こうしてこのブログ記事は、「自慰と食糞を強要し、障がいのある生徒を性的に虐待して楽しむ小山田圭吾」という、すべてが事実に反する禍々しい人物像を作り上げた。
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