「余っているのに売っていない」
地元・秋田にはたくさんあるのに、東京ではほとんど目にしない野菜たち。ほしい人の目に触れる機会すらない現状に疑問を感じた佐藤飛鳥さん(28)は「ゴロクヤ市場」と名づけて自ら卸売業を始めました。
秋田から東京までは「568(ゴロクヤ)km」だといいます。その距離をつなごうと思い立った経緯を、佐藤さんに聞きました。
■イノベーターセッション DIALOG学生部は、若い起業家やアーティスト、社会活動家など、明日を切りひらこうとする人たちを定期的に招いています。対話を通じて、活動への思いや生き方、めざす世界を共有します。
「山菜が余った」って聞いていたのに
——ゴロクヤ市場について教えてください。
秋田県産の野菜を専門とした卸売業です。秋田県以外であまり流通していない野菜も含め、新鮮な状態でレストランやご家庭にお届けしています。
個人のお客様に野菜をお届けする「定期便」には、料理家さんが監修したレシピを同封。家庭的なレシピばかりで、初めて扱う野菜でも調理しやすくなるよう工夫しています。
——ゴロクヤ市場を始めたきっかけは何でしたか。
ゴロクヤ市場を始める前の春、秋田に帰省したら「今年は山菜が余った」と聞いたんです。その後、東京に戻って「山菜が余ってるなら買おう」とスーパーに行ったら、山菜が全く売られていなかった。
「余っているのに売っていない」矛盾に気づいて、自分にも何かできないか考えました。前職で食品の流通に携わっていたこともあり、秋田の野菜を東京で流通させる事業を始めようと決意しました。
現在は主に店舗への卸、マルシェへの出店、個人のお客様への定期便の販売、ポップアップストアの開催を行っています。
最初はマルシェ 海外にも展開
——どんな流れで今の形態になったのですか。
最初は飲食店などにがっつり営業をかけていましたが、なかなかうまくいかなかったんです。そこでマルシェに出店して、一般の方に買ってもらう機会を設けることにしました。
マルシェでは、ときどきシェフやスーパーのバイヤーさんたちが名乗らずに野菜を購入してくださることがあったんです。購入した野菜にご満足いただいたバイヤーの方々から後日お声がけいただいたのをきっかけに、お店への卸が始まりました。
個人のお客様向けの定期便も、マルシェがきっかけで始まりました。マルシェでは多めに野菜を仕入れて販売しているため、どうしても少し野菜が余ってしまう。それを捨てるのがもったいないと思ったので、余った野菜を詰めてお送りする定期便のサービスを開始しました。
現在は北海道から沖縄まで、香港や台湾など国外にも秋田の野菜をお届けしています。
おいしさを届ける 都市と地方をつなぐ
——どうして東京で売ろうと思ったのですか。
秋田野菜には、ほぼ県内でしか流通していない山菜があったり、気候の影響で他の地域のものよりも甘みの強い野菜が育ったりと、他にはない魅力があります。
一方、秋田県内の食料自給率は約160%といわれています。人口減少が進む中で、これ以上、秋田県内でのニーズを増やすのは難しい。秋田野菜のおいしさをたくさんの人に届けるために、人口の多い東京で売ることを決意しました。
輸送技術が発達したおかげで、現在は秋田県内での野菜の移動時間と、秋田から東京までの移動時間がほぼ同じになりました。コンテナの改良も進んでいて、果物や野菜がいい状態のまま遠くまで運べるようになりました。これにより東京だけでなく、海外にまで鮮度を重視した果物や野菜をお届けできています。
自分で値段 高齢者でもイージーに
——アプリ「イージー」について教えてください。
イージーは、誰でも簡単にスマホで使える受発注システムです。農業が抱える課題を解決できるアプリとして開発しました。
これまで、農家は自分が作った野菜の価格を知らないことが多かったんです。そのため農家が直販ルートを開拓するのが難しい現状がありました。また、農家と卸業者のコミュニケーションが円滑に取れず、発注時に問題が起きることもありました。
この課題を踏まえ、高齢者の多い農家でも簡単に自分の野菜に自分で値段をつけられるアプリを開発することを決意しました。
このアプリによって課題が解決できるだけでなく、高齢者のスマホ利用を促すことができ、連絡ツールによる気軽な安否確認にも役立つと考えています。
秋田に来てみて! それが目標
——今後やってみたいことは。
2023年の目標は東京に実店舗を構えることです。ゴロクヤ市場の野菜を買ってくれた人は東京に住んでいることが多いので、その人たちがより野菜を買いやすくなるようにしたいですね。
長期的な目標は、ゴロクヤ市場の利用者に秋田まで足を運んでもらうことです。スーパーで生産者の顔が載った野菜が販売されていると思うんですが、それの上位互換みたいな感じです。生産者の顔や作っている畑、秋田の気候などを知ってもらうことで、もっと愛着を持って野菜をおいしく食べてもらえたらいいなと思っています。
——農業に興味がある若い世代に一言お願いします。
私自身、「社会課題解決を意識しすぎずに好きなことをやる」を意識して行動しているので、若いみなさんにはそれを実践してみてほしいですね。自分の好きなことと、解決したい課題は案外簡単につなげられるので、結果的に課題解決の近道になると思います。
私の場合、農業でした。農業は利益を上げることは難しく、子どもに継がせたくないと考える農家が多いです。それもあって、若者の農業離れが起きています。
私たちは農業をもっと利益を上げられる産業にして、今農業に関わっている人も、これから関わろうとしている人も生活していけるようにしていきたい。そして、ちゃんとやりがいをもって働ける産業であることを、私たちの活動を通して伝えていけたらいいなと思っています。
やりたいことを追いかけて 幸せを届ける
隈部萌栞(DIALOG学生部)
「少子高齢化が進む地元で、何かできないか」
高校を卒業してからずっと私が考えていたことです。そんな中で地域活性化の一翼を担う佐藤さんにインタビューできると聞き、すぐにインタビュアーに立候補しました。
どうして野菜に目をつけたのか、どうしたら地域の役に立てるのか。地元の活性化のヒントになる質問を考えて、取材に臨みました。
しかし佐藤さんは「地域活性化のため」ではなく「秋田野菜の魅力を伝えるため」に活動していました。「地域活性化」という漠然とした目標しかなかった私にとって、農家の方々の働きがいや食卓を囲む人たちの笑顔など、自分の力で「幸せ」を届けられるということは、新しい視点でした。
いつか誰かの役に立てるように、今は自分がやりたいことをやる。この視点をもって、好きなことに取り組んでいきたいと思います。
佐藤飛鳥(さとう・あすか)
1994年、秋田県生まれ。2017年に秋田県産野菜専門の卸「ゴロクヤ市場」を立ち上げ、同時にAIfrece composition株式会社を設立。2020年、高齢農家も使いやすい農作物の受発注サービス「イージー」の開発に着手。現在、東京・秋田の2拠点で活動中。
(本文の写真はすべて佐藤さん提供)