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狭く、短く、薄暗い迷宮だ。
地上階層から下に向かう階段があったので、下りた。
階段も岩肌がせり出してきていて狭い。そして薄暗い。
〈立体知覚〉を持っていなければ、何度も頭を打ったことだろう。
階段はさほど長くなかった。
一階層に入った。
やはり薄暗い。
突然、ぼんやり光る何かがたくさん飛んできた。
レカンに襲いかかろうとしている。
レカンは素早くその正体をみぬき、呪文を唱えた。
「〈
まばゆい光が現出し、何十という数の敵が、恨めしげな声を残して消え去った。
妖魔系の魔獣で、魂鬼族に分類される、非実体の魔獣である。
その発する声を聞くと恐慌を来し、能力が低下する。
また、身体、特に頭部に取り憑かれると、活力を失い、気を失う。そのまま生気を奪われ続ければ、死ぬ。
以前、ゴルブル迷宮でこの魔獣に遭遇したときは、〈ローザンの指輪〉のおかげで、正気を取り戻すことができたが、あのときは一体一体が離れて浮かんでいたし、動きも緩慢だったから、対処するのは難しくなかった。
だが、今現れた虚声は、ゴルブルで出会ったものとは、まったくちがった。
まず、魔力の強さが段違いだ。つまりたぶん、位階が高い。
レカンが姿を現すなりいきなり攻撃してきた機敏さも、ゴルブルの虚声にはなかったものだ。
もっとも、今のレカンは〈インテュアドロの首飾り〉を身に着けている。これを装備していれば、虚声がどれほど強力な魔法を放っても恐れることはない。
(ふむ)
(妙に薄暗いことといい)
(もしかすると妖魔系の魔獣が多い迷宮なのかもしれんな)
(ということは)
レカンは、〈ラスクの剣〉をしまい、〈
(これの使い心地を試す機会か)
思わず顔がゆるんだ。
そして二階層に下りた。
二階層への階段は長かった。
二階層に入ってみると、魔獣がうじゃうじゃいた。
ただし頭上遙かな高さにいた。
天井から無数の氷柱が下がっており、その氷柱のあいだを縫うように魔獣が飛んでいる。
白く半透明で、その造形は人間の少女の上半身のようにみえなくもない。
たぶんこれは
白氷姫たちは、空を飛びながら白い息を吐いている。
それは空気に溶け込んで空気を少しずつ白く濁らせている。
(寒いな)
一体の白氷姫が、口から何かをレカンに向かって吹いた。
氷だ。
とがった氷だ。
なかなかの速度である。
レカンは飛んできた氷のナイフを〈妖魔斬り〉で払った。
何十体という白氷姫が氷のナイフを吹き付けた。
「〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉!」
レカンは続けざまに火矢を放った。
一つの呪文につき、十本の〈火矢〉が生成され、天井に向かって飛んでいく。
〈火矢〉が突き刺さった白氷姫は、悲鳴を上げながら砕けて消えた。
白氷姫が放った氷のナイフは、〈インテュアドロの首飾り〉の障壁に当たって砕けた。
本当の氷なら障壁を素通りしたはずである。ということは、白氷姫自身も非実体系の妖魔だが、その攻撃も実体を持たない魔法攻撃だったようだ。
「〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉! 〈火矢〉!」
もうめんどくさかったので、敵が全滅するまで〈火矢〉を撃ち続けた。
そして白氷姫はいなくなった。
〈生命感知〉は、この階層に一体の魔獣も残っていないことを示している。
「〈図化〉」
念のため、〈図化〉の魔法も使ってみたが、やはり魔獣はいない。
レカンは、抜き身のまま右手に持っている〈妖魔斬り〉をみた。
この剣が妖魔にどの程度の効果を持つのか、また非実体系の妖魔も斬ることができるのか知りたかったのだが、これではどうしようもない。
三階層に続く階段に足を踏み入れたレカンは、呪文を唱えた。
「〈階層〉!」
頭のなかに地上階層だけが浮かんだ。
ということは、一階層にも二階層にも印ができていない。
(妙だな)
大迷宮は、それぞれ独特の造りになっているが、普通の迷宮は、どれも同じような構造になっていると聞いている。普通の迷宮では、大型個体を二体続けて倒したら印ができて、その階層に跳ぶことができるはずなのだ。
なのにこの迷宮では、一階層と二階層の魔獣は全滅させたのに、そこに印ができていない。そもそも大型個体などいなかった。そして魔獣を倒しても魔石が落ちてこない。
(この迷宮は普通じゃない)
(どこかおかしい)
三階層の魔獣も、非実体系だった。たぶん、〈
よく正体のわからない魔法攻撃を飛ばしてきたが、〈インテュアドロの首飾り〉の障壁がレカンを守った。
闇精は、とらえどころのないもやの塊のような魔獣で、大きくなったり小さくなったりする。しかも体の大きさを変えるだけでなく、存在の気配も大きくなったり小さくなったりする。少々厄介な相手だったが、〈電撃〉の魔法で倒した。
四階層では、虚声が出た。一階層のものより強力で、数も多かったが、レカンの敵ではない。
五階層では白氷姫が、六階層では、闇精が出た。
まさかと思ったが、七階層では虚声が、八階層では白氷姫が、九階層では、闇精が出た。
レカンはうんざりしてきていた。
戦いは楽しくないし、得られるものが何もない。
〈妖魔斬り〉の性能を試すことさえできない。
(それにしても)
(ここは攻撃魔法が使えて魔法防御ができないと探索できない迷宮だな)
(しかも九階層の闇精に勝つには魔法の威力も相当高くなくてはならん)
(魔法使い向けというか魔法使い専用の迷宮だな)
十階層に続く階段を下りながら、この次に出てくるのはより強力な虚声なのだろうかと考えていた。
(つまらんな)
(こんなつまらん迷宮はさっさと踏破してしまおう)
だが十階層では、まったく予想もしていなかった敵が待っていた。