交際相手。ヒモ。無料のセックス。

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ストーカー殺人のニュースを見ていて思うのは、セックスは無料なのか、ということであり、今回の横浜市鶴見区の事件でも、つまり、18歳の美人と無料でセックスできるのであるから、執着して当然とも言える。むしろ執着しないほうがおかしい。交際相手への執着というより、無料でのセックスというのが肝心である。有料だったら執着しない。セックスが有償であると売春になってしまうが、お金が歯止めになっている側面もある。セックスは有料にするべきだという話ではないが、そもそも、世の中あらゆることで無料と謳うと食いつきがいい。なおかつそれが18歳の美人とのセックスであれば、刺すところまでいくのかもしれない。ストーカー殺人の加害者のお歴々を思い浮かべると、ストーカーをしてなくても別の事件で刑務所に入りそうな人間が多いので、どっちみち刑務所に入るなら、という発想もあり得る。底辺層の慣習として、ワル仲間から抜けると許さないという不可思議な怨恨もあるし、われわれ貴族からするとまったくピンとこない感情であるが、彼らは疑似家族が好きなのであろうし、育ちが悪い人間ならではの仲間意識がある。恋人とのセックスは無料であっても、実際は食事とか旅行とか、恋愛はお金がかかるという意見もありそうだが、おそらくストーカーはヒモなので、「俺の女」という具合になるのであろう。なぜヒモなのに偉そうなのか不思議だが、たぶんヒモだからこそ偉いのである。ホストという謎の職業に貢ぐ女性がたくさんいるわけだし、つまり、お金を払ってセックスをする男とは対極のエリートということかもしれない。それは倒錯的な価値観であるが、ヒモというのは物乞いであっても、なにかしら選ばれた乞食なのであろう。
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