信じる想い

 

 

「アルヴィス───っっ!!」

 ギンタの声にアルヴィスは振り向いた。

 そして手にした木切れで、ギンタの手にしたものを受け止める。

 それを見てアルヴィスは呆れたように息をついた。

「なんだ、それは」

 ギンタはニッと笑った。

 彼の手には、紙を幾つも束ねたものが握られていた。

「ハリセン。折角だからお前を一発殴ってみようと思ってさ」

 その言葉にアルヴィスはため息をついた。

 3RDバトル前の朝。

 アルヴィスは1人、戦いの前に精神を整え、集中していた。

 魔力だけではなく、技術。

 気配を捉え、敵を倒す。

 そこにいきなりギンタが飛びこんできたのだ。

 邪魔と言えば邪魔かもしれないが、別にそれほど邪魔とも思っていなかったりする。

 だがアルヴィスは内心を押し隠して、ギンタに冷たく言い放った。

「不意打ちでオレに一撃を与えられないようではまだまだ未熟だな。いずれはナイトが出てくる。その程度ではあっさり殺されてしまうのがオチだ」

 辛辣な言葉。

 だがギンタは気にも止めた様子もないようだった。明るくからからと笑う。

「そうだよな。オレも不意打ちで一撃加えたらどうなるかって思ったんだけど、まだ無理みたいだよな」

 でも、待ってろ。

 彼は元気に宣言する。

「オレ、絶対に強くなるからな!」

 そう言って、手にしたハリセンをパシパシと鳴らした。

 そんな彼をアルヴィスは不思議そうに眺めた。

 彼は傷つくことがないのだろうか。

 自分は相当に厳しい事を言った筈だ。

 でも堪えた様子もなく、明るさは消えない。

 どうして……どうして彼はここまで明るくいられるのだろう。

 昨夜の祝勝会。

 ギンタははっきり言い放った。

 自分がダンナの息子だと。

 そして、アルヴィスは過去に思いを馳せる。

 ダンナの死をギンタに伝えたのは、他ならぬ自分だと。

 ギンタは傷ついていないのだろうか。

 それでも戦えると言うのであろうか。

 自分の父親を殺した連中を相手に。

 

 

 と。

 パシッ。

 アルヴィスの額がはたかれた。

「え……?」

 ギンタのハリセンがアルヴィスの額に当てられていた。

 金色の髪の彼はニッとイタズラっぽく笑う。

「今のは完全にアルヴィスの油断だよな」

 思いがけないギンタの反撃にアルヴィスは言葉を失った。

「アルヴィスはオレが弱いって思ってんだろ。だから油断した。でもそんなんじゃ、いつかきっと、思いがけないところで殺されちまうんだぜ」

 確かに今のはギンタの言うとおりだ。

 完全に自分の油断。

 絶句したアルヴィスに、ギンタは嬉しげに声をあげて笑った。

「へへっ、でも何か嬉しいな」

「何、がだ?」

 一本取れた事か?

 そう問うと、ギンタは首をふるふる振って言った。

「今、アルヴィスが油断してたってことは、そんだけオレに気を許してくれているってことだよな」

 続けられたギンタの言葉にアルヴィスは驚いた。

「気を許すって……そんなことは……」

 だがギンタはアルヴィスの肩をドンッと強く叩くと、力強く笑った。

「あるだろ。でなきゃ、警戒心の強いアルヴィスがこんな無防備な姿でここにいるわけないもんな。たとえばさ……」

 瞬間。

 どんっとアルヴィスは、背中に激しい痛みを感じた。

 身体が強かにギンタによって地面に叩き付けられていたのだ。

 アルヴィスは起き上がろうとして、しかしひやりとしたものが背筋を流れるのを感じた。

 ギンタの指がアルヴィスの喉に押し当てられていた。

「こんなことだってされるかもしれないんだろ?」

 彼は真っ直ぐにアルヴィスを見ると、指先に力を込めた。

 きゅっとアルヴィスの細い喉が締められる。

 同時に気道が締め付けられた。

「な、何を……」

 だがそれ以上は言葉にならなかった。

 呼吸が出来ない。

 息が苦しい。

 アルヴィスは必死でギンタの腕を振りほどこうとした。

 だが、異世界から来たギンタの力は自分より遥かに強い。

 それで締められる指が弱まることはなかった。

 むしろ指先にどんどん力が込められる。

 身体が熱くなる。

 息が出来なくなって。

 アルヴィスは喘ぎながら必死でもがいた。

 何を。

 自分たちは今何をしているのだろう。

 戦うべき敵は他にいる。

 こんなことして何になるのか。

 アルヴィスは必死で声を絞り出した。

「意味の……ないこと……は、やめ……ろ……っっ……」

 だがギンタは、そんなアルヴィスにも冷たく笑うだけだった。

 そして冷ややかに言い放つ。

「アルヴィスは気を許していない……オレにもまだ気を許していないんだろう……だったら関係ないだろう……」

 だが、ギンタの語尾はどこか震えていた。

 泣いているようでもあった。

 それを見ながら、アルヴィスはぼんやりとギンタの顔を見つめた。

 あの人と同じ色の髪。

 優しかったあの人の大事な1人息子。

 彼を呼んだのは自分。

 遠い昔に気を許した人。

 そしてここにいるのは……

 やがて、アルヴィスの身体から力が抜けてきた。

 もがこうにももがく力が出ない。

 頭が真っ白になる。

 そんな中。

 アルヴィスは小さく呟いた。

「ダンナさん……」

 

 

『信じなければ道は開かれない』

 遠くから声が聞こえる。

 それは大事な人。

 愛した人が発している言葉。

 そう。

 信じないといけない。

 信じたい。

 だけど。

 信じた人はみんな死んでしまった。

 それでも信じなければいけないのだろうか。

 信じることが出来ると言うのであろうか。

 

 

 風が頬に当たる。

 アルヴィスはふっと目を開けた。

 そこには異世界のあの少年が、側で自分の身体を必死で揺さぶっていた。

「ギン……タ……?」

「アルヴィス!!」

 ギンタの顔がホッとしたかのように緩んだ。そして更にアルヴィスの身体を強く揺さぶった。

「大丈夫だよな……大丈夫だよな……?」

 その言葉に、アルヴィスはゆっくりと身を起こした。

 そして自分の喉に手をやる。

 言葉が上手く出せない。

 さっきギンタに首を締められたのは夢ではなかったようだ。

 彼はしょんぼりとうなだれた。

「ごめん、アルヴィス。カッと来たらやりすぎちまって……」

 アルヴィスはじっとギンタを見た。

 異世界から来た少年。

 彼も信じるべきなのだろうか。

 気を許した人はみんな死んでしまった。

 だから信じないようにした。

 自分が一番傷つかないように。

 でも、それで傷つかないふりが出来るのは 自分だけなのだ。

 自分だけ。

 信じられていない他人はどれほどまでに傷つくのか。 

 

 それは目の前のこの少年のように。

 

 アルヴィスは少し笑った。

 そう。

 自分は自分の身を守っていただけ。

 他者のことなど考えてはいなかったのだ。

 アルヴィスはギンタに優しく言葉をかけた。

「わかっている」

 ギンタは顔を上げた。

 アルヴィスは微笑みながら言葉をつむいだ。

「オレは誰も信じないつもりだった。だけど、お前のことは信じてもいい」

 お前が死なないと約束してくれるなら。

 アルヴィスはそう、哀しげに言葉を続けた。

「気を許した者が死んでいくのはもう見たくない。だから約束してくれ。死なないと。それなら……信じてもいい」

 その言葉に、ギンタの顔がぱっと明るくなった。

 彼は力強く頷いた。

「大丈夫。オレは死なない。絶対に生き延びてファントムを倒すよ!!」

 アルヴィスも笑って頷いた。

 

 

 気を許した人。

 許して死んでしまった人。

 その人たちはもう帰って来ない。

 だけど。

 信じられるのならば、信じてみたい。

 今度こそ。

 

 今度こそ仲間となった異世界の少年を。

 

 

おわり